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【定義】

僧侶の食器のこと。単にとも、応量器とも言う。比丘六物十八種物の一。
道元禅師の『正法眼蔵』の巻名の一つ。95巻本では78巻、75巻本では71巻。寛元3年(1245)3月12日、大仏寺にて修行僧に示された。

【内容】

“盂という名称について、『禅苑清規』巻五では以下のように示される。
梵には鉢多羅といい、これを応量器という。今は略してといい、又呼んで鉢盂という。すなわち華梵兼名す。

なお、出家するときには、必ず衣鉢を用意しなくてはならず、また禅宗室中では、大法の伝授の表信として、衣鉢を師資相伝する。

道元禅師は、袈裟僧侶の外面を作り、鉢盂による食事は僧侶の内面を作ると考えており、仏門に於いては両方ともにもっとも尊重されるものであるとしている。また、仏祖正伝してきた鉢盂は古今を超越し、仏祖現成の事実そのものであるとされるのである。
鉢盂は鉢盂に罣礙?せられ、鉢盂に染汚せらる。いま雲水の伝持せる鉢盂、すなはち四天王奉獻の鉢盂なり。鉢盂もし四天王奉獻せされは現前せず。いま諸方に伝仏正法眼蔵の仏祖の正伝せる鉢盂、これ透脱古今底の鉢盂なり。

なお、道元禅師は袈裟や鉢盂について、『律』に定められた素材の問題については、強く批判され、どのような素材であっても、今ここで現成している鉢盂の事実を肯定すべきであるという。
仏祖堂奥参学せざるともがらいはく、仏袈裟は、絹なり、布なり、化糸のおりなせるところなり、といふ、仏鉢盂は、石なり、瓦なり、鉄なり、といふ。かくのごとくいふは、未具参学眼のゆえなり。仏袈裟は仏袈裟なり、さらに、絹布の見あるべからず、絹布等の見は、旧見なり。仏鉢盂は仏鉢盂なり、さらに石瓦といふべからず、鉄木といふべからず。

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