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【定義】

本来覚った仏である存在が、仏の修行を行うこと。元々、道元禅師弁道話』の中に出る言葉から、後になって生み出された曹洞宗の修証観に関わる用語である。なお、伝・懐弉禅師『光明蔵三昧』に「妙修本証」の語が見え、また江戸時代の学僧面山瑞方師『面山広録』巻13には「本証妙修」という四字句が見える。そして、近代に入ると曹洞扶宗会が道俗一体なる教化組織を打ち立て、同会雑誌の冒頭で「本証妙修」と「修証不二(修証一等に同じ)」を中心に「四大綱領」を説くに至った。同会が曹洞教会と統合され、後には曹洞宗教団の中でも重きを置くべき用語となったものである。

【内容】

道元禅師が著した最初期の著作であると言って良い『弁道話』にて示した概念で、悟れる者が修行が行うべきことを示した言葉。なお、原文は以下のようになっている。
妙修を放下すれば本証手の中にみてり、本証を出身すれば妙修通身におこなはる。

直訳すると「素晴らしい修行を止めれば本来の悟りが手の中に満ちるし、本来の悟りを身から出せば、素晴らしい修行が全身で行われるのである」となる。なお、同じ『弁道話』で、修行と悟りの問題が以下のように考えられていることも合わせて参照されたい。
それ修証はひとつにあらずとおもへる、すなはち外道の見なり。仏法には、修証これ一等なり。いまも証上の修なるゆえに、初心弁道すなはち本証の全体なり。

直訳すると「修行と悟りが1つではないと思うのは、仏教を信じない者の考え方である。仏の教えには修行と悟りが1つである。今も、悟りの上で修行するからこそ、初心者の修行が、そのまま本来仏の全体なのである」となる。

つまり、道元禅師が修行した比叡山で流行した中古天台の本覚思想において、仏教はあらゆる世界の現象がそのまま、仏の存在そのものであるとした。その意味で、存在論的な仏教論は悟り一元の世界を扱うことで、行き着くところまで行き着いたといえよう。しかし、道元禅師は更に行為論的な問題を充てることで、現実に修行する必要性を組み込んだと見て良い。その根幹となるのが、修証一等であり、更に一歩を進めた本証妙修である。なお、仏が仏の修行するという論理は、その後に次々と書かれる『正法眼蔵』の各巻でも敷衍されていく。

そもそも、何故「本証妙修」でなければならないか。それは、もし修証各別にしてしまえば、修行はどこまでいっても修行にしかならないため、修行を悟りに届かせるには、必ず「修行によって成長する自己」を設定しなくてはならない。しかし、「成長する自己」は我々の「本体」或いは「本質」として定義されることになるため、一足飛びに「本体に気付けば修行は不要である」という議論(=待悟)が起こることになる。道元禅師はそれらを、その批判の軸として「本証妙修」はあると考えられよう。

本来仏であるからこそ、修行は文字通りの仏行となるのであり、同時に仏行を行っているからこそ、我々は本来仏であると直観できるが、この循環の論理こそ「本証妙修」の特異な点である。

【曹洞扶宗会の「本証妙修」】

曹洞扶宗会の大内青巒居士が示した「本証妙修」は、道元禅師の文脈から導き出される内容や、江戸時代に検討された内容などとは違っており、至極単純な内容であった。要するに、「受戒入位」として示された『梵網経』の一文、「衆生仏戒を受くれば即ち諸仏の位に入る、位大覚に同うし已る、真に是れ諸仏の子なり」をもって、受戒によって「本来成仏」が「本証」として成就するとし、その本来成仏という有り難い教えを唱え、残してくださった仏に報いることこそが、「行持報恩」としての「妙修」だとしたのである(青巒居士演説「修証義編輯の精神」、同『修証義聞解』を参照)。

【論文】

・青龍宗二「道元禅師の修証観(1)」、『駒澤大学仏教学部論集9』1978年
・鏡島元隆「修証一等と本証妙修」、『道元禅師』春秋社・1997年

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