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【定義】

“詭の言葉のこと。釈尊仏法を、摩訶迦葉が正嫡として受け次いだことについて、摩訶迦葉にだけ理解できた「秘密の言葉」があったのではないかとされた。『大般涅槃経』などで主題化された。道元禅師はそれを批判している。
道元禅師の『正法眼蔵』の巻名の一。95巻本では51巻、75巻本では45巻。寛元元年(1243)9月20日、吉峰寺にて示衆された。

【内容】

道元禅師は、仏祖大道とは、各仏祖方がそれぞれに仏法を「如是」として護持してきた事実を明らかにされる。
諸仏之所護念の大道を見成公案する、汝亦如是、吾亦如是、善自護持、いまに証契せり。

同巻の主題としては、雲居道膺禅師の言葉への提唱をもって進められるのだが、それは以下のような内容である。
雲居山弘覚大師、因みに官人、供を送りて問うて曰く、世尊密語有り、迦葉覆蔵せずと。如何なるか是、世尊の密語。大師召して云く、尚書。其の人応諾す。大師云く、会すや。尚書曰く、不会。大師云く、汝若し不会なるは世尊の密語なり、汝若し会なるは、迦葉不覆蔵なり。

ここから、一般的に世尊が摩訶迦葉に法を伝えたのは、2人にしか理解できなかった「密語」があるためだとする者がいたのだが、道元禅師は「密語」を次のように解釈される。
いはゆる密は親密の道理なり。無間断なり、蓋仏祖なり、蓋汝なり、蓋自なり、蓋行なり、蓋代なり、蓋功なり、蓋密なり。

そこで、ここからすれば「密語」というのは、仏法と親密な言葉ということであり、釈尊に限られたことではなくなってくる。
この一段事の密語の現成なる、ただ釈迦牟尼世尊の密語あるにあらず、諸仏祖みな密語あり。

だからこそ、修行している事実が言葉にされたとき、「密語」なのである。
人にあふ時節、まさに密語をきき密語をとく。おのれをしるとき密行をしるなり。いはんや仏祖よく上来の密意・密語を究辨す。しるべし仏祖なる時節、まさに密語・密行、きほひ現成するなり。

この一巻を受けて、道元禅師が「ひそかに」或いは「密」を使われる場合には、「秘密」という意味ではなく、「親密」と理解すべきなのである。

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