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【定義】

〔誼里里海函2罅垢梁減澆虜底にある根本的な無知のこと。十二因縁の第一支。生老病死などの全ての苦をもたらす原因。無明を滅することによって、我々の苦も滅する。愚かさ、迷い、根本的な煩悩
教家経師論師等の、仏道を遠聞せる、なほしいはく、即於法性、起法性見、即是無明。この教家のいはくは、法性に法性の見おこるに、法性の縛をいはず、さらに無明の縛をかさぬ。法性の縛あることをしらず。あはれむべしといへども、無明縛のかさなれるをしれるは、発菩提心種子となりぬべし。 『正法眼蔵』「行仏威儀」巻

⇒0貔簑个覆訖瓦凌秦蠅肪することが出来ず、心の本性に相応せず、忽然として、種々の煩悩が生起すること。

【内容】

〆源的な無知のことであり、意識され得ないものである。例えば、『倶舎論』では「無明とは能く真実の義を見るを障うるが故に称して明となす」といい、『大乗起信論』では、無明は不覚であるとされ、「一法界に達せざるを以ての故に、心に相応せずして、忽然として念の起こるを名づけて無明となす」と定義する。
燈を菩薩の道に譬え、炷を無明に譬う。焔は初心相応?する智慧の如し。仏祖一行三昧?に相応の智慧を修習し、無明の惑を焦くに、初めにも非ず、後にも非ず、初後を離れず。乃ち、仏祖正伝宗旨なり。 『宝慶記』第44問答

道元禅師は、如浄禅師から如上の如く指導を受けた。無明を焼いて、菩薩道の灯火を掲げるのである。

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