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【定義】

‘本曹洞宗の禅戒論に関する文献。京都・永興寺で『正法眼蔵』の註釈書である『正法眼蔵抄(御抄)』を完成させた経豪禅師が、それに引き続いて完成させた『梵網経』に関する註釈書のこと。ただし、その全文への註釈ではなく、あくまでも宗門所伝の十六条戒に因む、十重禁戒・四十八軽戒に関する内容となっている。延慶2年(1309)6月16日になったという。伝写本が大分県泉福寺に残り、『正法眼蔵抄』に付録される形で見ることが出来る。なお、この『梵網経略抄』は江戸時代の学僧・万仭道坦師が、禅戒論を展開するにあたって『禅戒鈔』に引いたことから、その後の議論に大きな影響を与えた。なお、テキストは『曹洞宗全書』「注解二」巻か、『永平正法眼蔵蒐書大成』巻14などで見られる。
日本の法相宗で、玄靴猟鏤劼任△辰秦閏遏723〜797)が唐や新羅で編まれた『梵網経』註疏を参照して書いた日本成立の註釈書の一。

【内容】

『御抄』に付録されている『釈尊讃歎説法詞』の末尾にある識語は、以下のようになっている。
延慶二年六月十六日梵網経抄物終に功了す。此の十戒四十八経、乃至懺悔、仏供養等の詞は一一先師上人の説なり、更に余詞を交えず。仰せことは信じるべき者なり。其の質は不肖にして頑魯、拙なりと雖も、宿縁深きに依りて今知識に逢って、此の極理を見聞す。宿殖般若の善種は疑うべきに非ず。尤も憑あり。歓喜すべし。随喜すべし、随喜すべし。

前年末に『御抄』を完成させたことから考えれば、僅か半年で『略称』を完成させたことになる経豪禅師は、老齢にいたり、自ら『略称』の識語に「就中、近日は無常は耳に満ち眼を遮る」とするほど、死の差し迫ったことを実感されている。そういう中で、「先師上人(=道元禅師という説と、詮慧禅師という説がある)」の一言一句をも漏らさず記録しておこうという意図があり、この『略称』を完成させたと思われる。

『略称』ではまず初めに、『梵網経』には上下巻があったのに、特に下巻のみが用いられていると述べている。いわゆる菩薩戒が載っている箇所が下巻にあることからいわれたものであろう。また、道元禅師と中国天童山で同参であった隆禅?和尚も唱えていたことが知られている「菩薩戒序」については、経文ではないとされ、「布薩序」であるとし、本来上巻にあったのに、巻を調えるにあたって、下巻の最初に置かれたことなどを指摘している。

また、『略称』の内容の詳細は、十戒を説くことにあり、特に『教授戒文』の参究に基づく禅戒論を示すことにあった。これはまさに、曹洞宗に於ける戒の解釈の第一義であるといえる。さらに四十八軽戒、懺悔持戒などの解説も含んだ註釈書である。

【論文】

※多数の研究論文が存在しており、以下はその一部。

・晴山俊英「『梵網経略抄』の考察(1〜17)」※諸紀要に収録しているので省略
・石島尚雄「詮慧・経豪に関する一考察 ―特に『聞書抄』・『梵網経略抄』を通して」『宗学研究34』H4.3
・黒丸寛之「懺悔と戒行について ―『梵網経略抄』研究序説」『宗学研究6』S39.4
・黒丸寛之「禅戒における懺悔論 ―『梵網経略抄』の所説について」『印度学仏教学研究12-2』S39.5
・池田魯参「梵網経略抄の問題 ―梵網戒経の研究史からみた」『宗学研究14』S47.3
・中山成二「『梵網経略抄』考」『宗学研究17』S50.3
・酒井得元「大乗戒義と禅戒の源流としての梵網経略抄」『岡本素光博士喜寿記念論集・禅思想とその背景』春秋社、S50.7

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