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【定義】

「お茶でも飲んで行きなさい」という、日常の所作そのものが禅の悟りであることを意味する言葉。茶席や、様々な墨蹟などでも珍重されている。中国禅宗の趙州従諗に始まるとされており、本来の意味は「お茶でも飲んで出直してこい」或いは「お茶でも飲んで考え直せ」という、修行僧の見解の未了さを指摘しあしらう言葉。
趙州、僧有りて到り、便ち問う「曾て此に到るや、否や」と。僧云く「曾て到る」と。師曰く「喫茶去」と。又、僧に問う「曾て此に到るや、否や」と。僧曰く「曾て到らず」と。師曰く「喫茶去」と。院主問う「曾て到ることろば、且く従らく、曾て到ずんば、如何なるか喫茶去」と。師、乃ち、院主を喚ぶ。主、応諾す。師曰く「喫茶去」と。 『真字正法眼蔵』下-33則

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