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【定義】

幕末の曹洞宗にいたとされる三人の能書家のこと。なお、その書風の源流は董其昌(1555〜1636)であるとされるが、董は中国明代末期の文人・書家であり、三能書が直接師事したわけではない。
幕末の曹洞宗に三能書といふのがあつた。それは河内の琰眉和尚と、伽藍瑞龍で聞えた高岡瑞龍寺の国常和尚と、今一人はあまり広くは聞えてゐないが、能州田鶴浜の東嶺寺の仁鳳和尚との三人である。別に三能書などいふ名のあらう筈もなく、また三老が自らそんな名のあることを知らなかつたではあらうが、而かもこの三老に誰れいふとなく三能書の名を伝へたのは、この三老が共に一の董其昌に依て書法を学んだからである。然るに同じ董其昌を学んでも末は各々別々で、国常和尚はアノ黒々とした太いまん丸い大師流に似て非なる書風となり、仁鳳和尚はやはらかくてやさしくてチヨツト菘翁を思はせるやうな書風となり、独り琰眉和尚のみが稍や董其昌の面影を残しはしたが、その風格はやはり、一箇の琰眉となつて董其昌その物ではなくなつた。但し三人三様ではあつても、共に董其昌に出発して辛苦した功は争はれぬもので、遂に三能書の名を博したことに変りはない。 『栗山禅師自適集?』375頁

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