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【定義】

迷いの中で、また迷うこと。迷中有迷
迷を大悟するは諸仏なり、悟に大迷なるは衆生なり。さらに悟上に得悟する漢あり、迷中又迷の漢あり。 『正法眼蔵』「現成公案」巻

【内容】

この「現成公案」巻に見る同句については、『正法眼蔵御抄』の解釈の影響が大きく、悟上得悟と同じ意味であると考えられてきた。
迷いを大悟するを諸仏と云、悟に大迷なるを衆生と云ふ、是は打任て、凡夫等の思ならはしたる義に同じぬべし。但是は其義なるべからず。迷悟諸仏衆生但同事也。不可有差別故、悟上得悟迷中又迷と被結。只諸法仏法の時節の迷悟諸仏衆生等を入ちがへて被書たるなり。 『御抄』「現成公案」篇

以上の解釈については、いわゆる『弁道話』で説かれる「証上の修」、あるいは「夢中説夢」巻の一句とも相まって、一定の解釈可能性を有するものである。
しかあれば、仏道をならはざらんと擬する人は、この夢中説夢にあひながら、いたづらに、あるまじき夢草の、あるにもあらぬをあらしむるをいふならん、とおもひ、まどひにまどひをかさぬるがごとくにあらん、とおもへり。しかにはあらず。たとひ迷中又迷といふとも、まどひのうへのまどひと道取せられゆく道取の通霄の路、まさに功夫参学すべし。 「夢中説夢」巻

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