【定義】
江戸時代の
学僧・
面山瑞方師が、若狭
空印寺?の
住持であった頃の享保19年(1734)9月9日に出立して、
永平寺に拝登し、孤雲閣に宿しながら半月ばかり、当時の永平寺
貫首・
大虚喝玄
禅師と道交を温めながら、月末29日に永平寺を降りて、10月8日に帰山した一連の日記である。全1巻。日々の出来事は漢文体で書かれており、当時の永平寺の状況を知る第一級の史料でもある。また、
道元禅師と永平寺(
大仏寺)に由来する様々な伝記的問題に関する見解も数多示されている。
従来写本で伝わっていたが、現在では『
続曹洞宗全書』「
法語・
歌頌」巻で見ることが出来る。