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タグ検索で道元215件見つかりました。

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信心銘拈提

不思量而現、不回互而成」という部分は[[道元]][[禅師]]の『[[坐禅箴]]』から引用されているため、明らかに[[道元]]禅師の後代に於いて作成されたことが分かる。 以降の箇所についても、四字二句の八字を一つの単位として詳細な解説が付き、またその解説は多くの禅籍から言葉を引用しながら行うという非常に高度な内容であるので、少なくとも誰かが適当に捏造したような代物ではない。 それを直接に裏付ける資料はないが、様々な観点から瑩山禅師の著作であろうとされている。 瑩山禅師の時代以降は、特に[[日本曹洞宗]…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%bf%ae%bf%b4%cc... - 2006年09月29日更新

修証義

[[日本曹洞宗]]では、[[高祖]][[道元]][[禅師]]以来、在家信者向けの[[布教]]に際しては、直接に言葉を聞かせる[[説法]]もさることながら、「[[仮名法語]]」と呼ばれる、和文で教えを優しく説いた[[法語]]を用いていた。特に、江戸時代に入ると、幕府による宗教政策の影響もあって、多くの寺院で「檀家」という、信者組織を持つことになった。その方々や、特に禅に興味のある人に向けて、「[[仮名法語]]」が作られて流通するようになる。ただ、それらの多くは唱える文言というよりは、自分で読んで研鑽を積むた…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%bd%a4%be%da%b5... - 2011年01月20日更新

教授戒文

[十六条戒]]などの戒文を指す。 [[道元]][[禅師]]が戒法を授けるときに、[[教授師]]となった[[懐弉]][[禅師]]が示した『[[仏祖正伝菩薩戒]]教授戒文』のこと。全1巻。 &color(blue){''【内容】''} [[日本曹洞宗]]の[[授戒]]方法を定義している『[[仏祖正伝菩薩戒作法]]』では教授道場での[[教授師]]の進退について、以下のように規定している。 ''広く戒相を説く。〈今、教授師文有り。〉'' [[道元]]禅師が戒法を授けるときに、教授師として招かれた…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%b6%b5%bc%f8%b2... - 2006年11月27日更新

永平大清規

]である[[永平寺]][[開山]]・[[道元]][[禅師]]が、その生涯において必要と思われたたびに、[[修行]][[道場]]の規則をまとめたもの。「[[清規]]」とは「清浄大海衆の規矩準縄」という意味である。さらに、『永平大清規』というのは、[[玄透]][[禅師]]『[[永平小清規]]』に対する名前ともされており、道元禅師が統一的に付けた名前ではない。 &color(blue){''【撰述時期】''} 各々独立した六編で、それぞれに撰述時期が記されている。一々を以下に挙げる。 ''・[[典座教訓]…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%b1%ca%ca%bf%c2... - 2007年02月04日更新

日本曹洞宗

高祖]][[承陽大師]][[永平]][[道元]][[大和尚]]が中国から伝えた[[禅宗]]の一派である(対外的には、或いは社会通念上は「禅宗」に分類されるが、教義的にはそれほど単純ではない。詳細は「[[禅宗]]」項参照)。現在の宗教法人名は「[[曹洞宗]]」というだけであり、この項目が「日本曹洞宗」となっているのは、中国に存在した曹洞宗の系統と区別するためでしかない。つまり、「日本の曹洞宗」或いは「曹洞宗道元派」に関する記述ということである。 また、[[国際布教]]を通して、海外にも展開している事実が撥…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%c6%fc%cb%dc%c1... - 2008年08月21日更新

神通

通]]・[[漏尽通]]とされる。 [[道元]][[禅師]]の『[[正法眼蔵]]』の巻名の一。95巻本であれば25巻、75巻本であれば35巻。仁治2年(1241)11月16日に[[興聖寺]]で弟子達に示された。 &color(blue){''【内容】''} 神通とは、通常では常識では推し量ることの出来ない超能力を意味するが、[[道元]]禅師は、そういった神通は小神通であり、大神通として喫茶喫飯という修行の日常底を示している。 ''かくのごとくなる神通は、[[仏家]]の[[茶飯]]なり。[[諸仏]…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%bf%c0%c4%cc... - 2006年10月11日更新

釈迦牟尼仏五百大願

が作られ、巷間に流布していたという。[[道元]][[禅師]]は、その経典をご覧になり、『[[正法眼蔵]]』にて引用される。 ''釈迦牟尼仏五百大願のなかの第一百三十七願…… 『[[正法眼蔵]]』「[[出家功徳]]」巻''…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%bc%e1%b2%e0%cc... - 2011年01月26日更新

洗面

} ヾ蕕鮴い、歯を磨くこと。 [[道元]][[禅師]]の『[[正法眼蔵]]』の巻名の一。95巻本では56巻、75巻本では50巻。延応元年(1239)10月23日[[興聖寺]]で[[学人]]に示されており、他にも寛元元年(1243)10月20日[[吉峰寺]]にて重ねて[[学人]]に示されている。また建長2年(1250)1月11日[[永平寺]]にて[[学人]]に示されている。なお、同巻は後に[[瑩山]][[禅師]]が「日中行事」を学ぶ際の軌範として数えている。 ''十二時中の[[行履]]は、[[弁…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%c0%f6%cc%cc... - 2006年10月23日更新

道元禅師伝

[[日本曹洞宗]]の[[高祖]]・[[道元]][[禅師]]の伝記のこと。近代には『承陽大師伝』と名付けられた同様の文献もあり、また単に『[[道元]]』と題された伝記文献もある。小説としては大谷哲夫『永平の風』(文芸社)、立松和平『道元禅師(上下)』(東京書籍)なども知られる。 江戸時代の享保15年(1730)に、京都神応寺の23世であった、古渓秀蓮(?〜1761)が執筆した道元禅師の伝記。詳しくは『日本洞宗始祖道元禅師伝』という。全1巻。単体での刊行はされず、享保16年に古渓が刊行した『永平道元禅師語…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%c6%bb%b8%b5%c1... - 2012年03月08日更新

永平寺

or(blue){【定義】}'' [[道元]][[禅師]]によって開かれた福井県吉田郡永平寺町志比にある[[日本曹洞宗]]の[[大本山]]。[[山号]]は吉祥山(きちじょうざん)。[[開基]]は[[波多野義重]]公。 ''&color(blue){【歴史】}'' 当時同地を領有していた[[波多野義重]](出雲守・雲州太守)を[[開基]]としている永平寺は、中国から[[正伝]]の[[仏法]]を[[将来]]された[[道元]][[禅師]]によって寛元2年(1244)7月18日に開かれた。当初の名前は「[[…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%b1%ca%ca%bf%bb... - 2008年08月04日更新

日本曹洞宗史略年表

(blue){''【定義】''} [[道元]][[禅師]]が日本に[[将来]]された「[[日本曹洞宗]]」の歴史を、略して年表にした項目である。なお、項目の典拠としては『[[日本洞上紀年]]』、『[[曹洞宗全書]]』「大年表」、『[[禅学大辞典]]』「禅宗史年表」、[[宗務庁]]刊『[[宗侶必携]]』などを参照しながら、適宜簡略化して記事にしておく。日付は、特に断りがない限り、旧暦。元号の後にある日本・中国などの国名は、該当国家に於ける元号。何も無い場合には、上の項目に同じ。 &color(blue)…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%c6%fc%cb%dc%c1... - 2015年03月24日更新

本証妙修

、仏の[[修行]]を行うこと。元々、[[道元]][[禅師]]『[[弁道話]]』の中に出る言葉から、後になって生み出された[[曹洞宗]]の修証観に関わる用語である。なお、伝・[[懐弉]]禅師『[[光明蔵三昧]]』に「妙修本証」の語が見え、また江戸時代の[[学僧]]・[[面山]]瑞方師『[[面山広録]]』巻13には「本証妙修」という四字句が見える。そして、近代に入ると曹洞扶宗会が道俗一体なる教化組織を打ち立て、同会雑誌の冒頭で「本証妙修」と「修証不二([[修証一等]]に同じ)」を中心に「[[四大綱領]]」を説…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%cb%dc%be%da%cc... - 2008年07月25日更新

懐弉

(blue){''【定義】''} [[道元]][[禅師]]の後を嗣いで[[永平寺]]2世として住した懐弉(えじょう・懐奘とも)[[禅師]]のこと。[[道号]]は孤雲ともされるが、古伝には見えない。諡号は道光普照国師。 生没年:建久9年(1198)〜弘安3年(1280) 出身地:京都 俗 姓:藤原氏(九条家系) &color(blue){''【略歴】''} 藤原氏に生まれた懐弉禅師であるが、史伝では「九条大相国」と称された藤原伊通(1093〜1165)の曾孫であるとされる。比叡山横川に円能法印に就い…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%b2%fb%d7%b2... - 2020年08月24日更新

永平発菩提心

(blue){''【定義】''} [[道元]][[禅師]]が著した『[[学道用心集]]』の「可発菩提心事」のみを単独で扱う場合の名称。単純に『[[発菩提心]]』とも。詳細は、「[[発菩提心]]」項を参照されたい。…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%b1%ca%ca%bf%c8... - 2020年07月19日更新

発菩提心

て[[修行]]に入ることをいう。 [[道元]]禅師の『[[正法眼蔵]]』の巻名の一。 [[道元]][[禅師]]『[[学道用心集]]』「第一則 発菩提心事」のみを訓読し、[[学人]]が読誦できるようにした一篇を、特に『発菩提心』または『[[永平発菩提心]]』『永平高祖発菩提心』などと名付けられ、更に巨海東流禅師による註釈『[[永平発菩提心弁解]]』もある。 &color(blue){''【内容】''} [[道元]]禅師の『[[正法眼蔵]]』に於ける「発菩提心」巻と「[[発無上心]]」巻とは密接な関…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%c8%af%ca%ee%c4... - 2010年03月05日更新

修証一等

} [[日本曹洞宗]]の開祖である[[道元]][[禅師]]が主張した考え方で、[[修行]]それ自体が[[証悟]](悟り)であることから、修行僧は日常の全てを[[仏行]]として怠ることなく生きることを述べたものである。この考え方が開示されたのは、道元禅師にとって最初期の著作にあたる『[[弁道話]]』に於いてであり、具体的な内容は以下の通りである。 ''それ修証はひとつにあらずとおもへる、すなはち[[外道]]の見なり。[[仏法]]には、修証これ一等なり。'' この考え方は「[[本証妙修]]」等にも拡…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%bd%a4%be%da%b0... - 2020年04月21日更新

正法眼蔵

日本曹洞宗]]の[[開祖]]とされた[[道元]][[禅師]]が記した著作の題名。漢字仮名交じり文で書かれており、道元禅師の宗教を知ることが出来る主著。仮字正法眼蔵とも呼ばれる。観音導利院([[興聖寺]])にて書かれた「[[摩訶般若波羅蜜]]」巻(95巻本などでは『[[弁道話]]』を数えるが、ここでは除く)から[[永平寺]]にて書かれた「[[八大人覚]]」巻に至るまで、その時々で撰述されている。32歳で書かれた『弁道話』から54歳で書かれた「八大人覚」巻まで数えると、生涯に綴られた著作だと思われやすいが、実…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%c0%b5%cb%a1%b4... - 2007年11月02日更新

示近衛殿法語

(blue){''【定義】''} [[道元]][[禅師]]が、仁治3年(1242)4月12日に、近衛殿(具体的に誰を指すかは議論があるが、藤原氏の1人)に謁して、法談したときの内容を[[法語]]にしたものであり、[[永平寺]]に伝わった。六世[[曇希]][[禅師]]が書写して伝え、後に『[[建撕記]]』に収録された。まず、近衛殿と謁見した事実については、道元禅師が元々松殿基房(藤原氏)の[[猶子]](養子)になった事実や、[[興聖寺]]を開く際に弘誓院殿(九条教実)から[[法座]]を寄進されていることな…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%bc%a8%b6%e1%b1... - 2010年07月23日更新

貧の学道

(blue){''【定義】''} [[道元]][[禅師]]が、中国禅宗の龍牙居遁禅師の言葉(出典は『禅門諸祖師偈頌』)を引用して導いた概念(類似した言葉は、達磨大師と同年代ともされる宝誌和尚にも見える)。[[学人]]は衣食住の充実に腐心することなく、財物を貪らずに[[修行]]すべきであるという教え。注意しなくてはならないのが、社会的貧困を許容する教えではないということである。 ''龍牙云く、「[[学道]]は先づすべからく貧を学すべし。貧を学して貧なる後に道まさにしたし」と云へり。 『[[正法眼蔵随…

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%c9%cf%a4%ce%b3... - 2009年12月30日更新

道元

)、[[承陽大師]](1879年) 道元禅師に関する伝記文献の書名。1935年に圭室諦成が日本評論社から刊行した『道元』、1992年に竹内道雄が吉川弘文館人物叢書から刊行した『道元(新稿版)』、2011年に和辻哲郎の「沙門道元」が文庫本化される際、書名が変更された『道元』(河出文庫)などがある。 &color(blue){''【略年表】''} ''※略年表リンク先は、それぞれの年代にジャンプする。'' 正治2年(1200) [[誕生>道元#anchor1]] 建永2年(1207) 母の死 …

https://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%c6%bb%b8%b5... - 2008年03月31日更新

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