チョ・ゲバラのエロパロSS保管庫 - 俺の妹がこんなにとびっきりに変態なわけがない (4)
episode4 「おっぱいからミルクがでる女の子は好きですか?」

 
 貴賓室と呼ばれたのその客室は、二十畳に及ぼうかと思われる広々とした和室の空間だった。
「すごい部屋だね。本当にこんな部屋に泊まってもいいのかな?」
 俺――乃木涼介は、その部屋のあまりの豪華さに少々怖気づいていた。だってそうだろう。まず貴賓室という名前からして、俺のような一般庶民には縁遠いものだ。
「もちろんいいわよ。みんなでゆっくりと羽を伸ばしましょう」
 ゆるやかにエアウェーブした長い黒髪の眼鏡の少女――東郷綾香が言った。
 彼女は俺のクラスメイトで、学園一の美貌と誉れ高い。非凡なものはその外見だけではなく、頭脳明晰、運動神経抜群と文武にも秀でており、まさに天は人に二物も三物も与える、という不条理を地で行っている美少女だ。
「うん……でも、本当にありがとう東郷さん。こんなにいい部屋を用意してもらって、なんか悪いね」 
 しかもだ。これで料金が格安というのだから、この眼鏡っ娘には頭が上がらない。
「私の遠縁の親戚が経営している旅館だから、なにも気にする必要はないのよ」
 そのことは前々から聞いてはいたのだが、まさかこんなに大きな旅館だったとは思いもよらなかった。
「お兄ちゃ〜ん、こっちに来てー」
 部屋の奥から声が聞こえてくる。
「なんなの?」
「見て見てー。なんと部屋のお外にお風呂があるんだよー」
 黒絹のような長い髪を腰まで伸ばした小柄で愛くるしい少女――乃木真帆奈は、屋外に設置された家族四人でも入れそうな立派な檜風呂を見て興奮していた。
 こいつは俺の不肖の妹で、見てくれだけは多少というか、かなりいい方に部類する。が、中身はポンコツ天然宇宙人でオマケに変態だから、見た目だけに騙されてはいけない。
「なるほど。ここから海を見ながら風呂に入れるわけだ。家族や恋人で使うんだろうね」
 日が穏やかに傾き始め、うっすらと茜色に照らされた相模湾と熱海の街並みの景観は、絶景の一言だった。さぞや夜景も美しいことだろう。
「本当に素敵ですね」
 ブラウンが混じったセミロングの髪の少女――秋山麗が相槌を打った。
 彼女は俺の妹の親友件悪だくみの参謀長で、チャームポイントの泣きぼくろと中学生離れした胸の果実の成熟ぶりは、例えようのない色気を周囲に醸し出していた。
「そのお風呂ならいつでも入れるわよ。お湯もちゃんと温泉から引いているそうよ」
 なんと。
 至れり尽くせりとはこのことである。
 一時は手頃な旅館の予約が取れなくて中止が濃厚だった本日の温泉旅行だが、これも急遽、旅行に参加することが決まった東郷さんの人脈のおかげだった。やはり持つべきものはお金持ちの友人である。
「東郷さんは、いつもこんなすごい部屋に泊まってるの?」
「普段は家族三人だけだからもう少し小さい部屋に泊めてもらうわよ。今日は六人いるから、ちょっと大きめの部屋にしてもらったの」
 ちょっとどころではない。この部屋なら十人いても楽々泊まれそうだ。
 ちなみに現在、メンバーは四人。どうしても時間の都合が合わなかった児玉姉弟は、後から合流の予定だ。
「さて、これからどうしよっか?」
 時計を見てみると、午後四時を回った中途半端な時間だった。
「もちろんお風呂だよー」
 真帆奈が爛漫に提案する。
 わざわざ温泉旅館に来たのだから、普通はそういう選択になるわな。
「んじゃ、みんなもそれでいいかな……って、真帆奈! こんなところで服を脱ぎ出すんじゃない!」
「えー、服を脱がないとお風呂に入れないよー」
「もしかしてここのお風呂に入るつもりなの?」
「家族や恋人で使うと聞いたら黙ってられないよー。まさにお兄ちゃんと真帆奈のためにあるようなお風呂なのだ」
「……せっかくここまで来たんだから露天風呂に行こうよ」
「そうですよね。おにーさんと二人っきりでここのお風呂も悪くはないですけど、どうせなら露天風呂に入りたいですよね」
 麗ちゃんの問題発言はスルーすることにした。
「真帆奈ちゃん、この旅館の露天風呂は大きいから気持ちいいわよ。きっと気に入ってくれると思うわ」
 東郷さんが真帆奈を優しく諭す。
「うー、それなら真帆奈は露天風呂でもべつに構わないけど、でもでも、お兄ちゃんと混浴だけはぜーったいにぬずれないんだよ」 
 ゆずれない願いを抱きしめないといけないんだよ、と真帆奈は瞳をメラメラ燃え上がらせる。
 いったいどこの魔法騎士様だ。
「まぁ、水着も持ってきたしべつにいいけど……東郷さんと麗ちゃんは大丈夫?」
「もちろん大丈夫ですよ。私もちゃんと水着は持ってきてます」
「私もいいわよ。せっかくだから旅行の思い出にみんなで一緒に入りましょう」
 あっさりとOKが出てしまった。むしろ二人ともノリノリだ。水着を着用するとはいえ、一応俺は男の子なんだから、少しは恥ずかしがるとかそんなリアクションがあってもいいような気がしないでもない。
「そっか。じゃあみんなで行こうか」
「やったー。お兄ちゃんと一緒に温泉だー。真帆奈がお兄ちゃんの身体を隅から隅まで洗ってあげるからね。しかも素手で。うっしっしっ……」
 よからぬ妄想をしながら大橋巨泉のように笑う不肖の妹。
「あのね……露天風呂に行ったら他のお客さんだっているんだから、くれぐれも馬鹿なことをするのだけはやめてよね」
「なにを言ってるの、お兄ちゃん。全然馬鹿なことじゃないよ。本来なら兄妹がお風呂で愛を確かめ合うのは世界の常識なのに、お兄ちゃんが恥ずかしがって全然一緒に入ってくれないのが悪いんだよ」
 そんな世界常識はない。
「私もおにーさんと一緒にお風呂に入るの久しぶりですね。楽しみです」
「あらっ、麗ちゃんも乃木くんと一緒にお風呂に入っていたの?」
「そうですよ。私が真帆奈の家に泊まった時は、ほぼ毎回三人で一緒に入ってました。でも、突然おにーさんが嫌がるようになってしまって……あの時はすごく寂しかったです」
 ヨヨヨと泣き崩れるような真似をする麗ちゃん。
 小学生ながら目に見えて麗ちゃんの胸が膨らみ始めたので、これはヤバイ! と思って自主規制をしたのだ。
「ちょっと待ってよ、麗ちゃん。一緒に入ってたのは子供の頃だけなんだからね。東郷さんが変な誤解しちゃうよ」
 あまり東郷さんを刺激したくなかった。実はこのお嬢様は、うちの不肖の妹以上に暴走することがままあるので、ニトログリセリンのように扱いは慎重を極めなければならない。彼女と親しい付き合いが始まったのはつい最近のことだが、そんな僅かな期間だけでもううんざりするほど骨身に沁みているのだ。本当に切実に……。
「早く温泉に行こうよー。真帆奈、もう待ちきれないよー」
 真帆奈が俺の腕をグイグイと引っ張ってくる。
「わかったわかった。んじゃー、露天風呂に行こう」
 つーか、東郷さんと混浴したことが学園の連中にばれたら、市中引きずり回しの刑にでもされそうだな。


 熱海港の目前に建てられた温泉旅館『三笠園』は、地上八階建ての宿泊施設である。
 その最上階に位置する場所に、混浴露天風呂『月の湯処』があった。
 家族連れ、恋人、友人同士、などの人達で賑わうその露天風呂で、俺は一人、大理石製の湯船の中に浸かってリラックスしながら連れの女の子達を待っていた。
「はぁ〜、気持ちいい〜」 
 ふんだんに鉄分を帯びたやや熱めのお湯が、しみじみと骨身に染み渡っていく。
 日本人は風呂好きの民族だとよく言われるが、こんな甘美な行為を愛することができなくていったいなにが文明人なのか! と本気で思う今日この頃。
 見上げた空は広大で、塩の香りを含んだ心地よい風が吹いていた。
 眼下に広がるのは熱海湾。遥か遠くから小指の先ほどの大きさをした客船が入港する姿が見えた。
 やっぱり露天風呂はいい。なんか開放的な気分になってくるね。 
「乃木くん、お待たせ」
 東郷さんの声がした方向に視線を向ける。
 髪を後ろで結い上げうなじを晒した眼鏡っ娘は、驚くほど布面積の少ない大胆なブラックのビキニでご登場だった。
「――ッ」
 俺は言葉を失った。
 90の大台に乗った(麗ちゃん情報)双子のメロンちゃんはもちろんのこと、とにかくびれた腰が細くて脚が長い長い。まさに完璧すぎるプロポーション。おまけに露出されたうなじが大人の色香を際立たせ、まるで露天風呂に降臨した天女様といった感じだ。
 周囲の男連中も彼女の姿に釘付けになっている。
「そんなにジロジロと見られたら恥ずかしいわ……」
 セクシーすぎる身体を更に妖艶にくねらせる東郷さん。
「ご、ごめんなさいっ」
 俺は慌てて謝罪した。
「涎が出てますよ、おにーさん」
「えッ!? う、うそっ!」
 麗ちゃんにからかわれ、思わず唇をゴシゴシやってしまった。
 さて、そんな小悪魔もかなりすごいことになっている。
 麗ちゃんの得物は花柄のホルターーネックビキニ。ところどころやや肉が付いた安産型の体形は、とても十三歳とは思えないアダルティーな雰囲気を醸成させていた。
 実は今日の混浴温泉で、俺はみなさんが大変気になっていることを調査するつもりだった。
 それは東郷さんと麗ちゃん、いったいどちらのおっぱいが大きいのだろうか、ということだ。
 いやっ、俺はこれっぽっちも気になんかなってなかったんだけど、みんながどうしても知りたいだろうと思って仕方なく調査するだけなんだからねッ!
 さて、それでは二人のおっぱい対決の結果発表だ。
 結果は、互角。
 二人の胸のサイズは、今ここでほとんど差がないことが明らかになった。だが、年齢差を考えれば、近い将来に麗ちゃんが東郷さんを超える日が来るのは、ほぼ確実かもしれない。恐るべし秋山麗。今日は彼女の健闘を純粋に称えようではないか。
「どうしたんですか、おにーさん。さっきからぶつぶつ言って?」
「なんでもないよ。全然気にしないで。ところで真帆奈はどうしたの? いないみたいだけど?」
「真帆奈なら後から来るそうですよ。あっ、おにーさん、お隣りお邪魔しますね」
「う、うん……」
 俺の隣に入浴してくる麗ちゃん。
「私もお邪魔するわね」
 かけ湯をしていた東郷さんも、俺の隣に入浴してきた。
 つまり、ダブルおっぱいにオセロのように挟まれてしまったのだ。
「あらっ、いいお湯ね……」
「そうですねー。でも屋外でお風呂に入るのって、なんだか水着を着ていてもドキドキしちゃいますね」
「そうね。プールに入るのと同じことなのにね。ところで麗ちゃんの水着可愛いわね。よく似合ってるわよ」
「ありがとうございます。東郷さんの水着もすごく大胆でとても素敵ですよ」
「ふふっ、ありがとう」
「でも、やっぱり東郷さんはスタイルいいですよね。私なんか色々と付いてはいけないところに肉が付いちゃってて……、はぁ……、本当に羨ましいです」
「そんなことないわ。全然肉なんか付いてないわよ」
「いえいえ、そんな慰めはいいんです。体重計は嘘をついたりしませんから……。これもおにーさんの手料理が美味し過ぎるせいですね。恨みます」
「確かに乃木くんの料理は美味しいわよね」
「ですよねー。やっぱり料理ができる男の人はポイント高いですよね」
「そうね。ところで乃木くん、さっきからなぜ黙り込んでいるのかしら?」
「えつ! い、いや、ちょっと考えごとをしていたもんで……べつに深い意味はないよ」
 湯面からネッシーのように顔を覗かせる幸せの塊達の谷間と谷間のハーモニー。
 こんなところで下半身が馬鹿になってしまわないか、ただただ非常に心配な状況が続く。まるで新手の拷問のようだ。
「し、しかし、真帆奈遅いなー。いったいなにやってるんだろうなー」
 とにかく目のやり場に困るので、真帆奈を探すような振りをしながら視線を泳がせた。
「おにーさん、どうしたんですか? なんだかお顔が紅いですよ」
「そ、そうかな……」
「本当だわ。もしかして熱でもあるんじゃないかしら? これは一大事ね」
「いやっ、温泉に入ってるんだから顔が赤くなるのは当たり前……って、ちょ、ちょっと待って! な、なんで近づいてくるのさ、二人とも!?」
 左右からおっぱいが迫ってくる。
「だって熱があるのだったら大変だわ」
「そうです。大変です」
「熱なんかあるわけないから!」
「それは確かめてみないとわからないわ」
「そうです。わからないです」
 俺の両頬に、接触しそうになるほど接近してくるダブルおっぱい。
 あわわわ……。
「本当に大丈夫だから! か、からかうのはやめて!」
「そうなの。それは残念だわ」
「そうですね。残念です」
 ふふふ、と微笑む水着の小悪魔コンビ。
 この二人がコンビを結成して以来、このような小悪魔攻撃が頻発するようになったのに加え、影響を受けやすい変態妹がさらに悪乗りしてしまうので、最近はほとほと手を焼く日々が続いているのだ。
「お兄ちゃ〜ん」
 そんなことをしている間に、ようやく真帆奈がやって来たようだ。
 で、振り向いてみたらびっくり。
「ブーーッ!! な、なんなのその格好はッ!?」
 不肖の妹は、『コミックマーケット79カタログ冊子 とらのあな購入特典 クリアファイルケース』の石恵先生デザインの女の子のコスプレ姿だった。ロンググローブにニーソックス、大切な部分にヌーブラみたいなものがちょろっと張り付いているだけで、ほとんど裸同然の格好だ。
「どぉーだぁー!」
 そんないやらしい格好でセクシポーズを決める真帆奈。
「さっさと着替えてきなさいッ!」
 まったく! どいつもこいつも!
「えー、なんでなんでー? せっかくお兄ちゃんのために衣装を作ってもらったのにー」
「もっとTPOを考えなよ! そんな格好で温泉に入る馬鹿がどこにいるのよ!?」
 そんなもん新手のAVくらいだぞ。
「そんな心配しなくってもだいじょーぶだよ。靴下と手袋はちゃーんと水着の素材を使ってるから濡れても平気なのだ」
「誰もそんな心配してないでしょ! いいから早く着替えてくるッ!」
 せっかく用意したのにー、と真帆奈はごねながら渋々脱衣所に戻った。
 やれやれ……頭が痛くなってくるよ。
「あの衣装は私が作ったんですよ」
 裁縫もお得意な麗ちゃん。
 実に素晴らしいコスプレ衣装の再現だったが、真帆奈が馬鹿なことを頼んできたらとめて欲しい。もう本当にお願いします。
「もしかして、違うコスプレで来たりしないよね?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと普通の水着も用意してましたから」
 だったら最初からそれを着てくればいいのに。少しはツッコミを休ませて欲しい。
「お兄ちゃ〜ん」
 スクール水着を着た真帆奈が、奥からトタトタと走ってきた。
「見て見てー、スク水だよー。旧スク信者のお兄ちゃんも、これなら大満足だね」
 とんでもない誹謗中傷だ。いったい俺がいつ旧スク信者になったというのか? そんな恥ずかしいカミングアウトをした覚えは一切ない。
 ちなみに旧スク――旧型スクール水着とは、股部分の布と下腹部の布が分離した構造になっているモデルチェンジ前のスクール水着のことをさし、現在でも一部のマニアの間で根強い人気を誇る。
 まぁ、そんな妹の軽口もいいとしよう。それに関してはあえてツッコまないことにするが、どうしても他にツッコまざるを得ないことが俺にはあった。
「つーか、そのネコ耳は取れッ!!」
 真帆奈は、ネコ耳付きのスクール水着姿だったのだ。
「えー、これがないといまいち萌え分が不足なんだよ」
「お風呂に入るのにそんなもんいらないでしょ」
「うー、せっかくお兄ちゃんのために用意したのにー」
「なんでそんなもんばっかり用意するのよ? いいからさっさと取る」
「うー……」
 ぶーたれながら渋々ネコ耳を外す真帆奈。 
 はぁ……本当に疲れるよ……。
「あらっ、可愛かったのに残念だわ」
「大丈夫よ、真帆奈。あの衣装だったら家に帰ってから着れば、きっとおにーさんも喜んでくれるわよ」
 東郷さんと麗ちゃんが真帆奈を慰めている。
「二人とも、そんなに真帆奈を甘やかしたら駄目だよ。そんなことしたら、またすぐに調子に乗るんだから」
「べつに甘やかしてませんよ。だいたい甘いと言ったら、おにーさんが一番真帆奈に甘いです」
 麗ちゃんが反論してくる。
「なにを言うのよ、麗ちゃん。俺は甘くないよ」
 とんだ言いがかりだ。もしろ俺はビシビシやっている方だと思うぞ。コスプレも着替えさせたしな。
「さて、それはどうですかね。東郷さんはどう思いますか?」
「そうね……やっぱり少し甘いかしらね。でも、優しいのが乃木くんのいいところよ」
「ですよねー」
 おっぱいズは、共にコロコロと花咲くように笑うのだ。
「うにゃー、それはお兄ちゃんが真帆奈のことを愛してるからなのだ!」
 俺の胸に飛び込んでくる真帆奈。
「でも、お兄ちゃんはもっと真帆奈にきびしくしてもいいんだからね。真帆奈は痛いのも好きなんだよ」
 むしろ痛い方がいいのかも、と真帆奈は上目遣いのウルウル瞳で誘惑モード。
 つーか、ぺったんこの胸をウリウリしてくるんじゃない。
「なんでそんなにくっついてくるの。みんな見てるんだからちょっと離れてよ」
「えー、べつにいいじゃない。二人っきりの兄妹なんだから、この程度のスキンシップはほんの序の口なんだよー」
「真帆奈ちゃんは、いいお兄さんを持ったわね」
「いいでしょー。エヘヘ……」
 結局真帆奈は、俺の股の間に居座ることになった。
 うーん、俺はそんなに真帆奈に甘くないと思うんだけどな? 
 さて、そんなこんなで俺達はゆっくりと露天風呂を堪能し、しばらくしてから内湯へと移動した。
 ここの屋上露天風呂は、ガラス一枚で内湯と露天に分かれている。露天風呂の開放感もいいのだが、内湯には色々な種類のお風呂があってそれもまた楽しい。
 で、真帆奈と麗ちゃんがお風呂巡りをやり始めた。
「麗ちゃ〜ん、あっちにもお風呂があるよー」
「あらっ、本当ね」
「行ってみよー」
「おーい、走ったら危ないよー」
 きゃっきゃっと実に楽しそうな中学生コンビ。
 そんな二人の無邪気な姿を見てると、自然に頬が緩む。なんだかんだ言っても、まだまだ子供なのだ。色々と手こずらされてはいるけどな。やっぱり温泉に来てよかった。本当に東郷さんには感謝しないといけないな。
「どうしたの、乃木くん?」
 隣にいた東郷さんが俺の視線に気付いたようだ。
 ちなみに現在俺達は、泡がぶくぶくのジャグジーに浸かっている。
「真帆奈も麗ちゃんも喜んでるし、これも東郷さんのおかげかな、と思って。本当にありがとうね」
「そんなことはいいのよ。私だってみんなと一緒に旅行に来られて楽しませてもらっているわ。むしろ私の方がお礼を言いたいくらいよ」
「そっか」
「そうよ」
 俺と東郷さんは顔を見合わせて笑った。
「でも、真帆奈ちゃんと麗ちゃんは本当にいい子ね。可愛いし。まるで本当の妹ができたような気分だわ」
 一時はどうなることかと思ったが、ここ最近でこの三人は、本当の姉妹のように仲がよくなった。
 先日、俺の家にちょくちょく来ると宣言した東郷さんは、宣言通り本当にちょくちょく来るようになった。現在のところ週五のペースだ。彼女はうちに来るたびに真帆奈にスウィーツなどの餌をふんだんに与え、完全に餌付けに成功してしまった。同族の麗ちゃんとも気が合うらしく、なにやらよからぬ密談をコソコソとやっている姿を目撃することがある。実によろしくない。
「あの二人もお姉さんができたみたいだって、きっと喜んでると思うよ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
「えっ、ちょっ、な、なんなの……?」
 泡立つ湯船の中で、東郷さんの手が俺の太股に優しく触れてきたのだ。
「なにかしら? ふふっ」
 妖しい含み笑いの東郷さん。 
「い、いやっ、だから、その……て、手が……」
「さて、なんのことだかよくわからないわ」
 いやっ、人の太股をさわさわしておいて、よくわからないはないですから。
「ところで例のアレは決めてもらえたかしら?」
「え、えっと……例のアレはというと?」
「もちろん、首輪のことよ」
 俺の耳元でしっとりと唇を震わせる東郷さん。
 ああっ、やっぱりそのことだったか……。
 首輪――。
 またとんでもない単語が出てきたな、と驚きだろうが、実はゴールデンウィーク前に俺は東郷さんからある物を手渡され、大変に困惑した出来事があったのだ。
 それでは回想シーン行ってみよう。

「東郷さん、これは一体なんなの……?」
「カタログよ」
「いやっ、それはわかるんだけど……首輪しか載ってないのはなぜ?」
「それは首輪専門のカタログだからよ」
 うーん。
 どうも話が噛み合ってないような気がする……。
 放課後に用事があるから少しだけ教室に残ってくれと言われ、こんな首輪専門のカタログを渡された俺は、いったいなにをどうすればいいのだろうか?
「つかぬことをお伺いするんですけど、このカタログでなにをするの?」
「買うのよ」
「首輪なんか買ってどうするの?」
「もちろん私がするのよ」
 ニッコリ。
 思春期真っ最中の男子生徒どもを、夜な夜な悶々とさせる罪作りな東郷スマイルが炸裂する。
 はい。このお嬢様は、自分でするとはっきりとおっしゃいましたよ。
「これはやっぱり、飼い主である乃木くんが決めるべきだと思うの。一応私が気に入った首輪には印をつけておいたから、考慮してもらえると嬉しいわ。もちろん乃木くんの決断の方が優先されるのだけれど」
 印がされている首輪を確認すると、裏革がふかふかになったワインレッドのいかにも高級そうな本革製の物や、ところどころに宝石らしい物が散りばめられ光沢を帯びたブラックの本革製で、前部に『Bitch 』と刺繍されている物などがあった。
「……ほ、本当に東郷さんがこれをしちゃうの?」
「そうよ。だってこれがないとなにも始まらないわ。散歩にだって行けないんですもの」
 いやいや、散歩はべつに首輪なんかしなくても行けますから。
「あの、その散歩には俺も一緒について行かないといけないのかな?」
「もちろんよ。ちゃんと飼い主が側にいてくれないと散歩とは言えないわ」
 先日、一方的に俺のペットになると宣言した東郷さん。その後は具体的な話もなくうやむやになっていたのだが、やっぱりなかったことにはなってなかったんだね。
 さて、これは困ったことになったぞ。俺には女の子に首輪を付けて散歩をするような趣味などない。
「えっと……普通の散歩に付き合うのは一向に構わないんだけど、首輪を付けてとかそんなアブノーマルな散歩をするのはどうかと思うんだよね。もし誰かに見つかりでもしたら、東郷さんが一番困ることになると思うんだけど……」
「散歩のコースはちゃんと下調べをして、できるだけ人気のない時間と場所を考慮して行うからなにも心配はないわ」
「そういう問題じゃなくて……。つーか、どれだけ下調べをしても絶対ってことはないんだし、外でそういうことをするのはやっぱり危険過ぎるよ」
「少しくらい危険な方がいいのよ。恥ずかしい姿を誰かに見つかってしまうかもしれないスリル感を存分に満喫することができるわ」
 とんでもない性癖だ。そんなリスクを背負ってまでやらねばならないことなのだろうか?
「うーん……やっぱりこういうのはちょっと困るよ。だいたい俺は、東郷さんの飼い主とかになると言った覚えはないんだし……って、ちょ、ちょっと東郷さん! なんで眼鏡を外しちゃうのさッ!?」
 東郷さんの度の入っていない眼鏡は一種のリミッターのような物で、これを外してしまうと彼女は、暴走機関車のような情け容赦のない特攻を敢行してくるのだ。
「……私のパンツを奪った癖に」
「ちょっと待ってよ! そんな奪っただなんて酷い言いがかりだよ! 東郷さんが勝手に俺のポケットの中にパンツを忍び込ませたんじゃないかッ!」
 いくらなんでもこの歴史改竄は酷すぎるだろ。
「勝手にだなんて酷いわ! 乃木くんが私のパンツを枕の下に入れて寝てるの知ってるんだから!」
「な、なんでその事実を知ってるのさ!?」
 もしかしたらこれでいい夢が見られるんじゃないかと、ついつい魔が差してしまっただけなんだ! こんちくしょーーッ!!
「と、東郷さん、とにかく冷静になって。まだ他の生徒が残ってるかもしれないんだから、あんまり大きな声を出したら聞こえちゃうよ」
「……私のパンツの匂いを嗅いでる癖に」
 追撃の手を緩めない素顔の東郷さん。
「ななな、なんでそんなことまで!?」
 カメラか!? 監視カメラが設置されているのか!? ああっ、臭ったさ。目の前にパンツがあったら誰だってする行為だろう。むしろしない方が男として正常ではないはずだ。ちなみに彼女のパンツは、熟れた果実のような甘い香りがしたよ。
「私のパンツの匂いを毎日嗅いでいる癖にッ!」
「毎日は嗅いでないよ!? つーか、もうそれくらいでやめてくださいッ!」
 俺はがばっと平伏し、三跪九叩頭を繰り返して懇願した。
「首輪の件はちゃんと考えておきますから、もうこれくらいで許してください! 本当にお願いします!」
 東郷さんは流れるような仕草で眼鏡をかけると、
「わかってもらえて嬉しいわ。大切な物だからじっくりと考えてね」
 と、しれっと微笑んだ。

 はい。回想終了。
 これでわかってもらえたとは思うが、彼女は可愛い顔をしてるのにかなりたちが悪い。とにかく人の話は全然聞いてくれないし、目的のためなら手段を選ばない人だから。
「ご、ごめん、まだ……決めてないんだよね」
 ここで簡単に決めてしまうと、もう後戻りできなくなってしまいそうなのが怖い。じゃあ、今なら戻れるのかと言われると、それもかなり微妙だが……。
「そう……そうよね。そんなに早く決められないわよね。ごめんなさい。なんだか催促してしまったみたいね。ゆっくりと選んでもらって構わないわ」
「うん……それはわかったけど……あ、当たっちゃってるんですけど……」
 俺の腕にものすんごい柔らかさと弾力を兼ね備えた物体が、ムギュムギュと押し当てられているのだ。
「はてさて、いったいなにが当たっているのかしら? はっきり言ってもらえないとわからないわ」
 東郷さんの口角が妖しく釣り上がる。
「だから……む、胸が……あああッ! ちょっと東郷さん! そ、そこは駄目だよ!」
 俺の太股を優しく撫でていた東郷さんの手が、あろうかとかデンジャラスゾーンへと侵攻してきた。
「そんなに心配する必要はないわ。ここなら誰にも見つからない」
 俺の耳朶にねっとりとした熱い吐息が絡みつく。
「見つかるとかそういう問題じゃないから!」
「大丈夫よ。ちょっとだけだから。ちょっとだけぎゅって握ったらそれで終わりにするから。だから大人しくじっとしいて」
 ちょっとだけって、いったいあなたはなにを握るつもりなんですか!?
「ほ、本当にそんなのは駄目なんだからねッ!」
 バシャバシャとお湯をかいで必死で奥へと逃げる俺。
 人魚のようにすいすいと優雅に追いかけてくる東郷さん。
 で、あっという間に角に追い詰められてしまった。
「さぁ、もう逃げ場所はないわ。大人しく観念してちょうだい」
 ゆっくりと眼鏡を外しながら言い放つ東郷さん。
「ひいぃぃッ!!」
 こんなところでまた暴走だよ! つーか、いったいなにを観念すればいいのかさっぱりだよ!
 そんな絶体絶命のピンチの俺を助けてくれたのは、
「なにをやってるの?」
 真帆奈だった。
「真帆奈!? べ、べつになにも疚しことはなにもしてないよ……」
「そうなんですか? なんだか今にも女豹が子羊に襲いかかるような構図でしたけど?」
 麗ちゃんが不思議そうな顔をして言う。
「そ、そんなことはないよ。ねぇ、東郷さん?」
「そうね。麗ちゃんの考えすぎよ。それに乃木くんは、子羊というよりも子兎の方が合ってるかな」
 そんなよくわからないことを言ってから、東郷さんはスチャっと眼鏡を装着した。
 その姿を見て、ようやく俺はほっと胸をなで下ろした。もうトラウマになりそうな勢いだよ。
「なるほど。確かに仔兎ですね。ふふっ」
 ふむふむ、と麗ちゃんはなぜか納得顔だ。
「違うよー。お兄ちゃんはカピパラだよー」
 もう子兎でもカピパラでもどっちでもいいよ。
「それで、いったいどうしたのさ?」
「向こうにサウナがあるからお兄ちゃんも一緒に行こうよー。汗をいっぱいかいたら毛穴がすっきりで肌がツルツルなのだ」
 サウナか。まぁ、それでもいいけどな。東郷さんと二人っきりでいたら、今度は本当に握られてしまいそうだしな。
 ちらっとそんな握ろうとした張本人に視線を向けてみると、まるでなにごともなかったかのような澄まし顔だ。なんて怖い娘なの……。
「じゃ、じゃあ、みんなで行こうか……」
「おー」
 空は鮮やかな茜色に染まり、静かに黄昏の刻が訪れようとしていた。


「かんぱーい」
 俺達は浴衣に着替えてラウンジに集合し、ジュースで乾杯の真っ最中だった。
 サウナでカラカラに乾いた細胞の一つ一つが、貪欲に失った水分を吸収していく。
 美味い。
 そのあまりの美味しさに、一気にコップを空にしてしまった。
「ぷはー、サウナの後のジュースは最高だね」
 真帆奈も一気飲みのようだ。
「本当だね。おかわりするか?」
「するー」
 店員さんを呼んで、二人分のジュースを注文した。
「それで、これからどうしよっか?」
 みんなに聞いてみた。
「確か下の階ににカラオケがあったと思うのだけど、よかったら行ってみる」
 温泉上がりの火照った肌が色っぽい東郷さんが言った。
 うーん、やっぱり浴衣っていいよね。
「カラオケか。それも悪くないね」
 アニメソングしか歌えないけどな。
「あの、私にいい考えがあります」
 麗ちゃんが挙手した。
「なに?」
「部屋に戻ってゲームをしませんか? 実はこんなこともあろうかと、家から色々とゲームを持ってきたんですよ」
 真田さんのようなことをおっしゃる。
「第二回モンハン大会でも開くの?」
 第一回は、来る途中に電車の中で開催したのだ。
「いえいえ、他にも色々とあるんですよ。なにをするのかは後のお楽しみということで」
「真帆奈もゲームでいいよー」
「俺もいいけど、東郷さんは?」
「私もそれでいいわよ。ゲームにしましょう」
 というわけで、俺達は部屋に戻ってきた。
「ちょっと待ってくださいね。今からゲームを用意しますから」
 麗ちゃんは自分のスーツケースをがさごそと漁り、数々のゲームを部屋に並べていく。
「トランプ、花札、麻雀、UNO、人生ゲーム、モノポリーなどがあります」
「……本当に色々持ってきたんだね」 
 一泊なのにスーツケースで来たから、なんかおかしいとは思ってたんだよね。
「真帆奈、麻雀がいいよー。ここはやっぱり脱衣麻雀しかないよね」
「いったいなにがやっぱりなの? 絶対にしないから」
「えー、なんでなんでー?」
「いちいち説明する必要はないと思うんだけどな」
 浴衣でそんなもんやったら、半荘終わったら大惨事だよ。
「うー、わかったよ。じゃあ脱衣花札で」
「麻雀じゃなくて脱衣の方が駄目だって言ったんだよ!」
「脱衣麻雀も花札もいいですけど、私の個人的なオススメはこれです」
 そう言って麗ちゃんは、じゃじゃーんと効果音付きである物をお披露目した。
「ツイスターで〜す」
 パーティーゲームの定番、ツイスター――。
 ルールは簡単。審判の支持に従って四色のツイスターマットの上で手足を動かし、最後までバランスよく倒れずにいられるかを競う。男女ペアでやったりすると、身体が触れ合ったり、エッチな体勢になったりと、否が応にも盛り上がってしまうゲームなのである。
 ちなみに俺はこの手のゲームをやったことがない。だってそうだろ。オタク仲間が集まってこんなゲームをやったら、後で死にたくなるじゃないか。こいつはリア充御用達の悪魔のゲームなのだ。
「ナイスだよ、麗ちゃん。真帆奈はこういうゲームを待ち望んでいたんだよ」
 うしし、と真帆奈はいやらしく笑う。
「面白そうね。私もやってみたいわ」
 東郷さんも乗り気の様子だ。
「おにーさんはどうですか?」
「まぁ、みんながしたいんだったら俺もいいけど……」
「それでは決まりですね。ただ普通にツイスターをするだけでは少々物足りないので、ここは一つ、みんなでコスプレなんかしてみてはどうでしょうか?」
「えっ、コスプレ?」
「はい、コスプレです。あっ、心配はいりません。みんなが着るコスプレ衣装はちゃんと用意してきましたから」
 小惑星探査機「はやぶさ」の開発スタッフ並の用意周到ぶりだ。
「真帆奈、コスプレ好きー。こんな壮大な計画を考えていただなんて、さすが麗ちゃんだね」
「私のコスプレもあるのかしら?」
「もちろん東郷さんの衣装も用意してきましたよ」
「コスプレするのなんて初めてだわ。なんだかドキドキしちゃうわね」
「その気持ちわかります。東郷さんも病み付きになっちゃうかもしれませんよ」
 メガネッ娘と小悪魔がフフフと笑い合う。
 どうやらコスプレツイスターは決定してしまったようだ。
「じゃあ、真帆奈はさっきのに着替えるね」
「ちょっと待って。さっきは駄目だよ」
「えー、なんでなんでー?」
「さっきのはほとんど裸でしょ!」
 妹にあんなエロコスプレでツイスターなんかさせるわけにはいかない。
「なに言ってるの、お兄ちゃん。あれは芸術なんだよ」
 アートなんだよ! と真帆奈は握りこぶし片手に力説する。
「アートだろうがなんだろうが駄目なものは駄目」
 俺は、駄目なものは駄目、とはっきり言える厳しい兄なのだ。
「うー、しょうがない。麗ちゃん、プランBを考えて」
「無問題よ。真帆奈にはべつの衣装をちゃんと用意してあるから」
「うぉー、麗ちゃんから後光が差して見えるよー」
「……」
 完全犯罪が達成できそうな計画性だな。
 麗ちゃんがスーツケースからコスプレ衣装を取り出し、全員に配っていく。当然のように俺の衣装もあった。
「えっと……俺もコスプレしないと駄目なのかな?」
「だめだよー」
「駄目よ」
「ダメです」
 0.2秒で駄目出しの合唱をされてしまった。
「う、うん……」
 この状況では断れそうにない。どうやら諦めるしかないようだ。
「さぁ、それではみんなで着替えましょう」
 麗ちゃんの号令一下、部屋の襖を閉めて男女に分かれてお着替えタイム。
 真帆奈と麗ちゃんが家でコスプレをしているのはちょくちょく見る(見せにくる)のだが、俺がするのは東郷さんと同じくこれが初めて。麗ちゃんは前々から俺にコスプレをさせたかったようで、何度もお誘いがあったのだがそのつど断ってきた。しかし、それも年貢を収める日が来てしまったようだ。なんだかものすごい計画的に、観音様の掌で踊らされているような気分だった。
 今から自分が他のキャラクターを演じる、という緊張感と一沫の高揚感が俺の胸を圧迫する。なんだろうかこの気持は? これがコスプレ効果というものなのだろうか? まるで戦場に赴く新兵のような心境だった。
 お隣に意識を向けてみると、しゅるしゅると布ずれの音が聞こえてくる。襖一枚向こうで女の子達が生着替えをしているのかと思うと、お腹の奥底から熱い物が込み上げてくる。
「とーごーさんも麗ちゃんも、おっぱいがおっきくていいなー。真帆奈は毎日マッサージをしてるのに全然変わらないよ」
 真帆奈の声が聞こえてくる。
「心配しなくても大丈夫よ。私も中学生の頃は、真帆奈ちゃんと同じくらいの胸のサイズだったのよ」
「えー、ほんとに!?」
「本当よ。だから安心していいわ。これからちゃんと成長していくわよ」
 これは意外な事実発覚だった。つまり東郷さんは、高校生になってからあれほど胸を発育させたというのだろうか? 中国経済以上の成長率だ。
「でも、胸が大きくてもあまりいいことはないのよ。重いし、肩はこるし、時々男の子からはいやらしい目付きで見られるし。むしろマイナス面の方が多いかもしれないわ」
「うー、そうなんだ……。でもお兄ちゃんはおっぱい星人だから、真帆奈はやっぱりおっきい方がいいよー」
 いつから俺はおっぱい星の住人になってしまったのだろうか? 
「だったら真帆奈、おにーさんに胸のマッサージをしてもらえばいいんじゃない。私の胸も、実はおにーさんに毎日揉み込んでもらったおかげでこんなに大きくなったのよ」
「えーっ! そ、それっ、ほんとのことなの麗ちゃん!?」
「嘘だよッ!!」
「あららっ。聞こえてたんですか、おにーさん?」
「全部、聞こえてるよ! そんな嘘付かないで!」
「ちょっとした冗談ですよ、冗談。ふふっ」
 先っぽが尖った尻尾をフリフリしている麗ちゃんの姿が容易に想像できた。
「うー、麗ちゃん、びっくりさせないでよー」 
「ごめんね。でも好きな人に揉んでもらうと、胸が大きくなるのは本当のことらしいわよ」
「それはいいことを聞いたよー」
 こうやって根拠のない都市伝説が蔓延していくわけだ。やれやれだな。もう向こうのことは放っといて、俺も着替えることにしよう。
 素早く浴衣を脱いで、濃紺のワンピースらしきものを着る。エプロンがセットになっているのでこれも付けよう。次はホワイトのニーッソクスを履き、ホワイトプリムを頭に装着すれば、ミニスカメイドの完成だ。
 …………って、おいッ!! な、なんで男なのにメイドのコスプレなのよ!? 全部着るまでまったく気がつかなかった俺も俺だけど、せめて執事とかにしておいてよ! 鏡がないからどんな姿なのかさっぱりわからないが、これは常識的に考えて完全にアウトだろ!? いくらなんでもこれは変態すぎるよ。こんな姿を妹の前に晒しては、兄の沽券に関わる。脱ごう……。
 と、本当になぜ着てしまったのかわからないメイド服を脱ごうと決意をしたところで、襖が勢いよく開かれた。
「お兄ちゃ〜ん、みんな着替え終わっ……ああああっっ!!」
「いやぁぁぁーーッ!! み、見ないでッ!!」
 俺は羞恥のあまり、女の子みたいに両手で胸のあたりを覆い隠した。
「うぉぉぉぉーっ! メメメ、メイドさんだよーっ!」
「ちょっ、ちょっと真帆奈! 写真を撮るのは止めてッ!」
 大興奮の真帆奈は俺の言葉など聞く耳持たず、パシャパシャと携帯で写真を撮り続ける。
「や、やはり私の見立てに間違いはありませんでした……。おにーさん、お見事です」
「なんで俺がメイドのコスプレなんかしなきゃいけないの!?」
「なにを言ってるんですか! 完璧です! これほどメイドのコスプレが似合う男の娘は、おにーさんを置いて他にはいません!」
 四コマ外人のようなガッツポーズで言い放つ麗ちゃん。
 まったく嬉しくないよ!
「乃木くん…………ありだわ」
 東郷さんは、まるで連載を決定する編集長ような真剣な表情だった。
 いったいなにがありなのだろうか? つーか、レンズの向こうの双眸がマジ過ぎてちょっと怖い。
「はい、お兄ちゃん。そこでスカートをチラッとめくってっ」
「めくるかッ!」
 もう散々ないたぶられようである。
「と、とにかくこれはいくらなんでもあんまりだよ。ちゃんとしたやつに着替えさせてよ」
「だめだよーっ!」
「駄目よッ!」
「ダメですッ!」
 瞬時に三重奏で拒否された。
 ううっ……恥ずかしい……。
「真帆奈は新たな趣味に目覚めてしまいそうだよ。はぁ……はぁ……」
「これはいいインスピレーションになるわ。あっ、あっ、降りてくる! 傑作が降りてくる予感がする!」
「第一段階は成功です。これで次は……セーラー服……いやいやっ、ちゃんとお化粧もしてチャイナドレスなんかがいいかしら……」
「絶対にチャイナドレスなんか着ないんだからね!」
「あらっ、聞こえてましたか? ふふっ。まぁ、おにーさんの素晴らしいメイド姿は堪能させてもらったので、今度は私達のコスプレをじっくりと鑑賞してください」
 先程まではそんな余裕はなかったのだが、少し冷静になって見てみると、みんなもしっかりとコスプレ衣装に着替えていた。
「お兄ちゃん、見て見てー」
 真帆奈はトトリのアトリエの、トトゥーリア・ヘルモルトさんのコスプレだった。
 つーか、目の前にリアルトトリがいるぞ。年齢や身長や胸がぺったんこなど、真帆奈とトトリは相似している部分が多いからな。兄の目から見てもよく似合っていて、充分に可愛いと思えた。
「どうどう? かわいい?」
「う、うん……まぁ、可愛いけど……」
「やったー! お兄ちゃんがかわいいって言ってくれたよー! 今晩はもうこの勢いでベットインだね!」
 さっぱり意味がわからん。
「ちなみに真帆奈のスカートはめくり放題だよ」
 スケスケスカートをヒラヒラさせるトトリさん。
「絶対にめくらないから。つーか、この衣装って麗ちゃんが作ったの?」
 めくればきっといいことがあるのにー、と真帆奈がゴネているがもう放っておく。
「そうですよ。完成するまで結構な時間がかかりました」
 たいしたもんだな。あのトトリややこしい衣装が細部まで忠実に再現されている。ほとんどプロの技だ。
「乃木くん、私はどうかしら?」
 俺と同じくコスプレ初体験の東郷さんが、やや頬を上気させながら聞いてきた。
 彼女のコスプレはというと、エヴァ破の真希波・マリ・イラストリアス制服Ver.だった。
ちゃんと髪型もおさげにしており、眼鏡とニーソックスと巨乳の三種の神器を備えた素晴らしいコスプレだった。
「う、うん、よく似合ってると思うよ」
「ありがとう。乃木くんもよく似合ってるわよ」
 だからそれは嬉しくないって……。
「最初はガルフォースのシルディにしようかと思ったんですけど、やっぱり眼鏡繋がりで真希波にしてみました」
 確かにスラリと背の高い黒髪の東郷さんにシルディはハマリ役かもしれないけど、そんな昔のアニメはゆとり世代は知らないですから。
「ちなみに『COSMIC CHILD』は名曲ですよ」
「『アニメだいすき!』で放送されてから爆発的に人気が出たのよね。昔は真昼間から乳首が出ても問題がなくてよかったわね」
 古きよき時代を回顧する東郷さん。
「いやっ、話がマニアックすぎるから! 『アニメだいすき!』も関西地区でしか放送されてなかったから、読んでる人はほとんどわかんないよ!」
「真帆奈はイクサー1が好きだったよー」
「もういい、止めろ」
 小ネタがよくわからないとか言われてるんだ。この話はもうこれで終わりだ。
 さて、最後は麗ちゃんだ。
「どうですか、おにーさん」
 この計算高い小悪魔は、ラブプラスの姉ヶ崎寧々さんだった。
 うーん、まるでDSから本物が出てきたみたいだ。ちょっと若い頃の寧々さんって感じだな。お色気とおっぱいはオリジナルに引けを取らないけど。俺は愛花派なんだが、寧々さんもかなりいいかもしれない。つーか、本当に君は中学生なんですか?
「う、うん、綺麗だと思うよ……」
「お世辞は上手なんだね。それじゃあ、ご褒美……あげちゃおうかな」
 すげー! 声までそっくりだ! 参議院議員じゃない方の柔ちゃんだよ!
 まぁ、しかしだ。
 こうしてみんなでコスプレをしていると、自分のメイド姿もなんかもうどうでもよくなってくるな。まるで熱病を患ってしまったかのようだ。おそらく感覚がどんどん麻痺しているのだろう。もうこうなればヤケだ。とことん行き着くところまで行ってやろうじゃないか。人はこれを開き直りと言うのだろうが。
「さてそれでは、第一回チキチキコスプレツイスター大会を開催したいと思いまーす。ルールは簡単です。二人で対戦して、先に身体が地面に付いた方が負けです。ちなみに負けた方には罰ゲームが待ってます」
「罰ゲームがあるの?」
 俺の場合、このコスプレ自体がもう罰ゲームなんだけどな。
「真帆奈にいい考えがあるそうです」
「そうだよー。真帆奈に名案があるのだ」
「えー、いったいなんなのよ?」
 こいつが名案とか言い出しても碌なことがないので、反射的に身構えてしまう。
「負けた人はこのサイコロ振ってその指示に従うんだよ。なにごとも備えあれば憂いなしだね」
 真帆奈から手渡されたサイコロには、なにやら文字が書かれてあった。

『マウス・トゥ・マウス』
『フル・フロンタルでハグ』
『尺八のお稽古』
『69』
『空中遊泳(縄使用)』
『エントリープラグ挿入』

「候補を六つに選ぶのが大変だったよ。できれば十六面体にしたかったくらいだよ」
 ドヤ顔の真帆奈。
「カーッ!」
「うにゃーっ!」
「なにが十六面体よ! こんなのセクハラサイコロでしょ! つーか、こんなもん作っていったいなんに使うつもりだったのさ!?」
「これは真帆奈がなにか失敗したときのおしおきのために、お兄ちゃんが実行させやすいだろうと思って作っておいたんだよ」
 実の妹にこんな卑猥なお仕置きをさせる兄がいったいどこにいるというのだ。
「私はこれでもべつに構わないわよ」
 スチャっと眼鏡を整えながら東郷さんが言った。
「いやっ、絶対に駄目だって!」
 もし『エントリープラグ挿入』とかが出たら、いったいなにをどこに挿入すればいいのさ!?
「それじゃー、負けた人が勝った人の言うことをなんでも聞くってことでどうですか?」
 なんでもっていうのが危険だな。このメンバーだと、本当に際限なく要求がエスカレートしていきそうだ。
「それでもいいけど、あまり無茶な罰ゲームは止めようよね」
「そんな無茶なんかしませんよ。ねぇ、東郷さん」
「そうよ。無茶なんかしないわ」
 かなり無茶をする人が言っても全然説得力がなかった。
「ではジャンケンで順番を決めましょうか。あっ、おにーさんはしないでいいですよ」
 ジャンケンに混ざろうと思ったら拒否された。
「俺はしないでいいの?」
「そうですよ。ツイスターは男女ペアでするゲームなんですから。順番を決めるのは女の子チームだけです」
「……いやいや、そんなルールはべつにないんじゃないかな? 男女ベアでとか言い出すと、俺だけずっと出ずっぱりになっちゃうんだけど……」
「なにを言ってるの、お兄ちゃん。ちゃんと空気を読まないとだめだよー」
 普段からまったく空気を読まない人に言われてしまったぞ。
「最初はグーでいきましょう」
「お兄ちゃんとの初めてのツイスターは、ぜっーたいに真帆奈がゲットするのだ」
「私も負けないわよ」
 俺の意見は完璧に無視され、女の子チームのジャンケンが始まった。
 ひどい扱いだな……。
 さて、ジャンケンの結果は、
 一番、真帆奈。
 二番、東郷さん。
 三番、麗ちゃん。
 と、なった。
「うにゃー! 正義は必ず勝つのだ。さて真帆奈が勝ったらお兄ちゃんにどんなことをしてもらおうかな。くっくっくっ……」
 真帆奈の瞳が血走っている。
 これは絶対に負けられないな。
「おにーさんと真帆奈は、マットの端に立ってください。今から私の指示どおりに手足を動かしてくださいね」
 俺達兄妹は、ツイスターマットの上に向かい合うように並ぶ。
 片やトトリで片やメイド。
 他所から見たら、いったいどこの馬鹿兄妹なんだ! とお叱りを受けるかもしれないが、旅の恥はかき捨てということでご了承願いたい。
「それでは始めまーす。右手赤です……左手緑です……左足緑です……」
 麗ちゃんがスピナーを回して次々と指示を出してくる。
 序盤なのでまだまだ俺は余裕なのだが、運動オンチの真帆奈は早くも苦戦中。バランス感覚がないで、すでにもうフラフラの状態だ。
「うー、むずかしいよ……」
 ふっ、どうやらこれは楽勝のようだな。
 例え実の妹が相手であっても、勝負の世界は厳しいのだ。
「右手緑でーす」
「うにゃー」
 真帆奈は右手を移動させ、ちょうど四つん這いのような格好になる。 
 が、そこで大変なことが発生。
「ブーーッ! ちょ、ちょっと真帆奈! もしかしてブラジャーしてないの!?」
 トトリの衣装はかなりセクハラレベルが高い。そんな上着がペロンとはだけ、僅かに隆起した双丘と先端の薄桃色が、俺の目の前で露出されてしまっているのだ。
「ほよ? 真帆奈はお風呂上がりはブラジャーはしない主義なんだよ。そんなことはお兄ちゃんが一番よく知ってるじゃない」
「そんなこと知らないよ!」
 人聞きの悪いことを言わないで欲しい。
「お兄ちゃんのえっちー。そんなにじろじろと見られたら、真帆奈、なんだか身体が熱くなってきちゃうよ」
「じゃあ隠しなよ!」
「ぷぷぷっ。お兄ちゃんったら、そんなに照れちゃってほんとに可愛いんだから。真帆奈の手はふさがってるから今は無理なんだよー」
「おにーさん、動いたら負けですよ」
 なるほど。
 勝負の世界は厳しいのだ。
「ごめんなさい。私、ちょっと席を外すわね」
 東郷さんはなにかを思い付いたように、そそくさと奥へと消えて行く。
 なんだろう? ものすごい嫌な予感がするな。
「さーて、次は左足緑でーす」
 チラチラ見え隠れする妹の桃色ポッチをできるだけ視野に入れないようにし、俺はなんとか左足を移動させる。しかし、なんで妹とこんな馬鹿なことをやっているのだろうか?
「うー……もう、耐えられないよ……」
 真帆奈の腕がプルプルと震え出す。
 一度も腕立て伏せができない真帆奈には、今の四つん這いの体勢は辛いのだろう。
 つーか、胸ッ! 胸ッ! もうっ! 女の子がそんなはしたないことをしたら駄目なんだからねッ!
「う、う、うにゃーっ!!」」
 で、真帆奈はバタンと前のめりに倒れ込んだ。
「はい、終了ー。おにーさんの勝ちでーす」
「うー、負けちゃったよー」
 女の子座りでぺろっと舌を出す真帆奈。
 負けたのになぜかニヤニヤと嬉しそうだ。
「なによ? ニヤニヤしちゃって?」
「えー、べつになんでもないよ。ぷぷぷっ」
 笑いが堪え切れないといった様子だ。実に感じが悪い。
「麗ちゃん、これは手応えありだったよ。お色気ノーブラ作戦大成功だね」
「明らかに動揺してたわね。オロオロしているおにーさん、可愛かったわ」
 真帆奈と麗ちゃんがなにやらヒソヒソやっているが、よく聞き取れない。どうせ碌でもない話でもしているのだろう。
「それでは、おにーさん。真帆奈に罰ゲームを指示してください」
「罰ゲームか……なんにしようかな?」
「あらためて言っておくけど、真帆奈は痛いのも大丈夫だからね」
「そんな趣味はないから」
 さて、どうしようか? べつに真帆奈にさせたいことなんかなにもないんだけどな。せいぜい少しは真人間になってもらいたいくらいだ。
「んじゃ、これから朝は一人でちゃんと起きるってのはどうかな」
「えー! そんなの無理だよー! お兄ちゃんに朝起こしてもらうのは、真帆奈の最大級の楽しみの一つなんだよっ! いずれはそのままなし崩し的にお布団の中に一緒に入って、ぎゅーってしながら粘膜と粘膜をくちゅくちゅーってしたいんだよっ!」
 そんなとんでもない欲望を隠して持ってやがったのか。
「いや、絶対にそんなことはしないから」
「うー……昔は毎日してくれてたのに……」
「そんなことした覚えは一度もないよ! お願いだから妄想と現実の区別くらいつけてッ!」
 旅館に着いてからツッコミっぱなしだ。いいかげんに兄を楽にさせて欲しい。
「とにかく朝一人で起きるとかじゃなくて、もっと身体を使ってご奉仕する方が、真帆奈はいっぱいがんばれると思うんだよ。例えばある物を咥えてみたりとか、ある物とある物をぬぷぷーって合体させてみたりとか、恥ずかしがり屋のお兄ちゃんが普段は言えないことなんかを、いい機会だから今ここでぶちまけてみるべきだよ」
「そんなこと言われてもなー。ぶちまけるようなことなんかなにもないし」
「嘘だッ!!!」
「な、なによ!? いきなり大きな声出して……」
 ひぐらしがなく頃はもう少し先だぞ。
「溜め込んでおくのは身体によくないんだよー。その溜めに溜め込んだダークマターのようになった肉欲を、真帆奈をぶち壊すくらいに思う存分に叩きつければいいよ」
「そんなダークマターは持ってないから。朝一人で起きるのが嫌だったら、なんでもいいから家のお手伝いしてよ。お風呂の掃除とかさ」
「えー」
「『えー』じゃないでしょ。負けたらなんでも言うこと聞くんじゃなかったの?」
「うー……わかったよ。だったら真帆奈は、これから毎日お兄ちゃんと一緒にお風呂入るよっ!」
「誰も一緒にお風呂に入れなんて言ってないでしょ! 掃除ッ! お風呂の掃除をするのよ!」
 まったく。なんでもかんでも自分の都合のいいように考えやがる。もうついて行けないよ。
「あらっ、もう終わったのかしら。どちらが勝ったの?」
 中座していた東郷さんが戻って来たようだ。
「いちおう俺が勝ったんだけど……」
 戻ってきた東郷さんの姿を見て、俺は思わず息を飲んだ。
 さて……いったいどうツッコめばいいのだろうか? 
 今、起きたことをありのままに説明しよう。
 真希波のコスプレをしている東郷さんは、席を外す前まではちゃんとネクタイを締めていたはずなのだが、戻って来たらなぜかノーネクタイ。しかも必要以上に襟元がはだけ、胸の谷間が強調されている。そして、巨大な双乳のせいでパツンパツンになったワイシャツから、二つのポッチがうっすらと浮き出ているのが視認できた。
 つまり端的になにが起きたのかと言うと、奥に行ってわざわざブラジャーを外してきやがったな! ということだった。
「いったいどうしたのかしら、乃木くん? そんな狐につままれたような顔をして」
 魔女のような妖艶な笑みを零すノーブラ眼鏡。
 どうしたもこうしたもないよ! そんなんでツイスターなんかしちゃったら、もうどえらいことになっちゃうじゃないか!
「私もちょっと席を外していいですか?」
「駄目ッ! もう席を外すの禁止!」
 麗ちゃんが部屋から出て行こうとするのを寸前で阻止した。
「さぁ、それじゃあ次は私の番ね。乃木くん、覚悟してちょうだい。手加減はなしなんだからね」
 どうやら俺の本当の戦いはこれからのようだ。
 期待と不安を内包しつつ、物語は後編に続く(キリッ)。 


「まったくッ! 油断も隙もあったもんじゃないわねッ!!」
 茶髪の幼馴染――児玉雫は、怒髪天を衝いて怒り狂っていた。
 やや勝気そうなのが玉に瑕だがかなり可愛い部類に入る、とクラスの男子達の間でも評判のその顔は、もう赤鬼のように恐ろしく歪んでいた。
 俺はメイド服のまま正座させられている。
「ねぇ、アンタはいったいなに考えて生きてるわけ? バカなの? 死ぬの? 妹の前でそんな格好してて恥ずかしくないの? そ、そんな…………か、可愛いじゃない……」
 最後の方はよく聞き取れなかった。
「えっ、なんだって?」
「な、なんでもないわよ馬鹿ッ!」
 怒られた。
 さて、これまでの状況を簡単に説明しておこう。
 厳かに始まった俺とノーブラ東郷さんとのツイスター対決は、予想通りの波乱に満ちたものとなった。軟体動物のように身体が柔らかく、山猫のようにバランス感覚に優れる東郷さんは、麗ちゃんの指示に従って四肢を縦横に動かし、とても親兄弟には見せられないあられもないボージングを次々に取っていく。例えば女豹とか、例えばおっぴろげM字開脚とか、なぜかジョジョとか、そんな感じだ。
「こんな格好するの恥ずかしいわ。乃木くん、お願いだからそんなに見ないで……」
 東郷さんは頬を染め、本当に恥ずかしそうに悶えてはいるのだが、正直、自分で好きでそんなポーズをしているとしか思えなかった。
 そして、本当になぜこんなことになってしまったのか理解できないのだが、
「の、乃木くん、ダメッ! そ、そんなの……いやっ、は、恥ずかしい……」
 と、ノーブラ眼鏡はその必要性もないのに俺のマウントを取り、シックスナインのような格好の荒業を仕掛けてくるではないか。スカートの中のピンクとホワイトの縞々模様が目の前でドアップになり、俺はあえなく体勢を崩して倒れ込んでしまった。本当に恐ろしい技だったよ。
 児玉姉弟が旅館の中居さんに連れられて部屋にやって来たのが、ちょうどそんな最悪の瞬間だった。どれくらい最悪だったのかというと、俺と東郷さんがお互いの股間に顔面を突っ込んでいるくらい最悪だった。
 で、今に至る。
「これはゲームをしていただけなのよ。児玉さんがなにをそんなに怒っているのかよくわからないわ」
「ちょっとしたゲームで、なんであんないやらしい体勢になっちゃうわけ!?」
 バンバンバンとテーブルを叩き割りそうな勢いだった。
「それはついゲームに夢中になっていたからじゃないかしら。ねえ、乃木くん。私達はべつに疚しいことをしていたわけじゃないわよね」
「そ、そうだよ。神に誓って疚しいことはこれっぽっちもないよ。あれはただの事故みたいなもんなんだから」
「はぁ? つーか、アンタなにどさくさにまぎれて足崩してんのよ? 正座でしょ。せ・い・ざ」
 なんと目ざとい奴だ。いや、もうマジで足が痺れて限界なんですけど……。
「まぁまぁ、雫さん。本当にただの時間つぶしのゲームだったんですから、そんなに目くじらを立てる必要はありませんよ」
 なだめるのアビリティを持つ麗ちゃんが、怒りが鎮まらない猛獣をどうどうと落ち着かせる。
「麗ちゃん、光の具合はどうなの?」
「光君ならもう大丈夫ですよ」
 秋山光――雫の弟で、日に焼けたスポーツマン風のなかなかのイケメン男子。が、物心が付く前から真帆奈に片思いをしている純情少年には、先程のシーンは色々と刺激が強すぎたらしく、部屋に入ったと同時に漫画のように鼻血を撒き散らしてぶっ倒れてしまった。現在は、奥でトトリのコスプレをした真帆奈が介抱中。余計に頭に血が昇ってしまいそうな気がしないでもない。
「そうだ。よかったら雫さんもコスプレしてみませんか? 雫さんの衣装もちゃんと用意してあるんですよ。きっと似合うと思います。おにーさんも小躍りして大喜びです」
 麗ちゃんは、自分の鞄から常盤台中学の制服を取り出して雫にお披露目した。
「なっ!? こ、こんな恥ずかしい格好、私には絶対にできないわよ!」
「普通に学校の制服だと思えばなにも恥ずかしくないですよ。ほらっ、可愛いですよー」
 まるでメフィストフェレスがファウスト博士を誘惑しているような図だ。
「こ、こんな格好……でも、喜ぶんだったら、まぁ着てやってもいいか……って、な、なんで私が涼介なんかのために! そ、そうよ、あんないやらしいことしてた変態に……いやっ、で、でも……」
 こちらをチラチラと意識しながら、雫はなにやら小声で思案に勤しんでいる。
「えっ、なんだって?」
「な、なんでもないわよ変態ッ!」
 また怒られた。
 まぁ、このメイドの姿では、まったく反論しようがないわけだが。
「と、とにかく、私はコスプレなんか絶対にしないんだからねッ!」
「そうですか。それは残念です」
 意外にも麗ちゃんはあっさりと引き下がった。
「せっかく旅行に来たのだから、少しくらいは羽目を外せばいいのに。ねっ、乃木くん」
 なぜかボヨンと胸を揺らすノーブラ眼鏡。
「う、うん……」
「東郷さんは羽目を外しすぎよ! だいたいなんで、し、してないのよ?」
「してないって、なんのことかしら?」 
「ブラジャーよ、ブラジャー! なんでしてないのよ! いったいどうなってんのこれは!?」
「これはこのキャラクターのコンセプトだから、忠実にキャラクターになりきっているだけよ」
 真希波にそんな挑戦的な設定があったのか? うーん、もしかすると全記録全集にでも記述されているのかもしれないが、あれは高いから手が出ないんだよな。
「忠実って言ったって限度があるわよ! ちょっ、ごるらぁぁぁーっ! そこの変態ッ! いやらしい目付きでジロジロと見るんじゃないッ!」
 もちろんここで変態といったら俺しかいない。
「み、見てないよ……おかしな言いがかりはやめて」
「きぃーーっ!! さっきからずっと血走った目付きで東郷さんを見てたでしょ! いやらしいッ!」
「あれれー、ゲームの続きはしないのー?」
 奥からのほほんと真帆奈がやって来た。
 流石、空気が読めないゆとり世代。こんな状況でもマイペースは乱さない。
「光、大丈夫か?」
 真帆奈の隣でカチンコチンになっている、テッシュを鼻に詰めた少年に声をかけた。
「う、うっす。ご迷惑をおかけして申しわけないっす。じ、自分が不甲斐ないっす」
 純情少年は極度の緊張状態にあるようだ。できるだけ隣のトトリを視界に入れないように努力している。
「べつに迷惑はかかってないから。気にしないでいいよ」
「う、うっす。ありがとうございます。しかし、その……涼介先輩、すごい格好っすね」
「そのことはあまり触れないで欲しい」
 冷静に言われると死んでしまいたくなるからな。
「ねーねー、ツイスターの続きはしないのー?」
 お前はいい加減に空気読めよ。
「どうやらツイスターは中止みたいよ。児玉さんが許してくれないの」
「えー、そうなの雫ちゃん?」
「私が許す許さないの問題じゃなくって、そこの変態と一緒にそんないやらしいゲームをするのは危険だって言ってるのよ」
「お兄ちゃん、変態だったの?」
「そんなことは俺に聞かないで」
 つーか、もう本当に足がヤバイよ。マジ限界。なんとかしてこの状況から抜け出さないと……ピキーン。そうだ!
「ところで雫さん。せっかくだから温泉にでも行ってきたらどうでしょうか? 来るのに疲れただろ? 温泉い入ったら癒されるぞー」
「チッ……」
 舌打ちだよ。もうまともに会話すらしてくれない。
「まぁ、温泉には入りたいけど……。みんなはもう入ったのかしら?」
 まだまだ全然怒りの矛は収まらないが、とりあえずといった感じで聞いてきた。
 しかし、なんでこんなに怒られないといけないのだろうか。さっぱり理解できないよ。
「お兄ちゃんと一緒に入ったよー。広くてすっごく気持いいんだよー」
「えっ! 一緒に入ったって!?」
「混浴だよ。水着を着てみんなで一緒に入ったんだよ」
 茶髪の人におかしな誤解をされる前に説明した。
「な、なんだ混浴か。ふーん、そんなのもあるのね」
「じゃあ折角ですから、夕食前にまたみんなで露天風呂に行っちゃいましょうか」
「名案だよー。今度という今度は、兄ちゃんの身体をピカピカに洗ってあげるのだ」
「そうね。少し汗をかいたみたいだし。私もいいわよ。乃木くんの身体をピカピカに洗ってあげるわ」
 アライグマコンビだね、と意味不明な言葉を発しながら、真帆奈と東郷さんは俺の身体を洗う段取りを勝手に決め始める。
 この二人、本当に仲がよくなったな。
「いやいや、自分の身体は自分で洗いますから……」
「ちょ、ちょっと待ってよ! もしかして混浴に行くわけ!?」
 雫が素っ頓狂な声を上げた。
「もちろんそのつもりですけど、なにか問題でもありますか?」
「大ありよ! こんなメイド服なんか着てるような変態男と、一緒に温泉なんかには入れないわよ!」
 ゴミを見るような視線を向けてくる雫さん。まるで白銀聖闘士が青銅聖闘士を見下すような態度だ。
「えっと、水着を持ってきてるんですか?」
 麗ちゃんが小首を傾げながら聞いた。
「水着は、まぁ、一応は持ってきたけど……」 
「だったらいいじゃないですか。お風呂に入ればメイド服は脱ぐんだし。きっとおにーさんも雫さんの水着姿を見たがっていると思いますよ」
「なっ!?」
 雫の顔が瞬間湯沸かし器のごとく一気に赤く染まったかと思うと、
「べ、べつにアンタみたいな変態ためにわざわざ新しい水着を買いに行ったわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよねッ!」
 と、まったく聞いてもないことで激高した。
 つーか、これってもう完全に情緒不安定のレベルだろ?
「俺はなんにも言ってないよね? だいたいそんなに混浴が嫌なら無理して一緒に入らなくてもいいよ。一人で普通に女湯にでも行けばいいじゃないか」
「な、なんですってーッ! きいぃぃぃーッ!」
 正論を言ったまでなのに。もういったい俺にどうしろと……。
「あらっ、児玉さんは一緒に来ないのかしら。それはとっても残念だわ。じゃあ、私達だけで露天風呂に行きましょうか。ねっ、乃木くん」 
 東郷さんが挑発的とも言える余裕の微笑で言った。雫は八重歯剥き出しの狂犬状態。両者の視線が虚空で激しく衝突し、バチバチと見えない火花が周囲に飛散した。
「べ、べつに一緒に行かないとは言ってないでしょ!」
 さっき変態とは一緒に入れないって言ったくせに。
「じゃあ、どうすんのさ?」
「東郷さんなんか一緒に温泉なんかに行かせたら、またなにを仕出かすのかわからないわよ……」
 小声でなにを言っているのかよくわからないが、指摘するとまた怒られるので少し待つことにする。俺にだって少くらい学習能力はあるのだ。
「くっ……なんて卑怯な……わかったわ。い、行くわよ……。アンタ、覚えてなさいよねッ!」
 なぜにそんな雑兵の捨て台詞みたいなことを言われなければならないのだ?
「雫さんが納得してくれてよかったです。光くんももちろん一緒に来るわよね」
「お、俺!? おおお、俺はその……あ、あの……」
「あらっ、どうしたの? もしかして真帆奈と一緒に温泉に入るのが嫌なのかしら?」 
「えー、そうなの光ちゃん?」
「そ、そ、そんなことは一言も言ってないぞ!」
「だったら光ちゃんも一緒に行こうよー」
「お、おう……」
「よかったわね、光くん。夢が一つ叶って。なんだったら真帆奈に背中でも流してもらったらどうかしら」
「い、いやっ! そそそ、それはいいよ!」
 天敵がケケケと純情少年を追い詰めていく。
「いいよー。お兄ちゃんの身体をすみずみまでピカピカにしたら、光ちゃんの背中を洗ってあげるよー」
「ぶごッ!」
 光の鼻からまたしても一筋の血液が逆流。
「うおっ、また鼻血だよ」
「光くんはしょうがないわね」
「まぁまぁ、そんなもんでいいだろ。そんなことよりも早く温泉に行こうよ」
 このままだとまた部屋が血の海になりかねないので、哀れな子羊を救出してやることにした。
「そうですね。その前にまず着替えないと、流石にこの格好では行けませんよね。……ところでどうしたんですか、おにーさん?」
「いや、足がもう限界で……」
 俺は築地のマグロのように畳の上に寝転がり、足をピクピクと痙攣させていた。
「お兄ちゃん、だいじょーぶ?」
「ごめん。しばらく動けないと思うから先に行ってて」
「いやらしいことばっかり考えてるからそういうことになるのよ」
 いい気味だわ、と優しい幼馴染さんが吐き捨てるようにおっしゃいました。
「しょうがないなー。お兄ちゃんのお着替えは真帆奈がしてあげるよ」
「い、いやっ! こんなところで服を脱がすのはやめてッ!」
「くっくっく、汚れを知らぬ愛い奴め。さぁ、そんなに恥ずかしがらずにお前の全てを曝け出すのだー。はぁ、はぁ……」
「あーれー」
 いったいお前はどこの鬼畜キャラだ。こっちは口調に男らしさがないって言われてんだぞ。こんなことしてたら、また同じような指摘をされちゃうじゃないか。
「アンタ達、本当に仲がいいわね……」
 雫の絶対零度の視線が痛い。
 で、ひととおり兄妹漫才が終了してから、みんなでまた露天風呂に行くことになった。


 夕食は、豪華特選神戸牛のすき焼きだった。
 芸術と呼んでも過言ではない霜降り肉は、まるで宝石のようにキラキラと輝いており、特製の割り下を使用して野菜と一緒にグツグツと鍋で煮詰めると、得も言えぬほどの食欲をそそられる香りが部屋いっぱいに充満していく。
 その火が通った一枚の肉切れに生卵に付け、おもむろに食した。
「美味い! こんな柔らかい肉は初めて食べたよ」
 肉の旨味と甘味はもちろんのこと、噛まなくても口の中で溶けてなくなってしまうほどに柔らかい。まさに絶品の肉と言えよう。
「うにゃー、美味しいよー! やっぱり神戸出身の牛さんは一味違うね」
「いっぱいあるからどんどん食べてね」
 鍋奉行の東郷さんが、煮えたら速攻で瞬殺される神戸牛を次々に追加していく。
「本当にこれ美味しいわ」
「マジで美味いっす!!」
「肉が美味しいと野菜も美味しいですよね。おにーさん、ご飯のおかわりしましょうか?」
 麗ちゃんが茶碗にご飯をよそってくれた。
「ありがとう。麗ちゃんも食べてね」
「いただいてますよ。美味しいですね」
 ニッコリ。
 本当に気が利く子だな。野獣のように食べるだけの、どこかの誰かさんとは大違いだ。
「……お兄ちゃん、そんなに見詰められたら恥ずかしいよ。今晩の心の準備はもうとっくにできてるから、そんなにがっつかないで食べ終わるまで待って欲しいよ」
「なんの準備なの!? いったい今晩はどんな素敵なイベントが待っているっていうのさ!」
 しかもなぜにそんな上から目線!
 まぁ、こんな感じで夕食のすき焼きは大好評だった。露天風呂で結構長湯をしていたので、みんな腹ペコキャラになっていたからな。まるで餓鬼の集団のようだ。
「涼介、アンタは野菜をもっと食べないとダメでしょ。ほらっ、小皿貸しなさいよ」
 今度は雫が小皿に野菜と肉をよそってくれた。
「ありがとう……」
「これくらい、べつにいいわよ」
 先程とは打って変わってニコニコ顔の雫さん。
 もちろんこれにはわけがある。露天風呂に入っている時のことだった。いつまで待っても脱衣所から出てこない雫が、イヤイヤしながら麗ちゃんに引きずられるようにしてやって来た。水着姿の雫はしきりにこちらを意識しているように見えた。なにかあったのだろうか? と訝しんでいると、麗ちゃんが雫の後ろから、『褒めて! 褒めて!』と書かれたカンペを出してきた。いったいいつそんな物を用意したのか謎だった。
 茶髪の幼馴染の贅肉の欠片もないスレンダーボディーを纏った水着は、レッドマリンのボーダーパンツタイプビキニで、お日様のような健康的な美しさで輝いていた。まぁ、それはよかったのだが、一つだけ疑問が俺の中で燻る。なぜか普段よりも若干胸部が膨らんでいるように見えるのだ。これはもしかしてもしかすると、胸パッドか? と疑惑が生じてしまった。が、もちろんそんなことをストレートに口にするほど俺は破滅主義者ではなかったのだが。
「う、うぉー、ちょーマブじゃん。えっと……こ、こいつめー。どこのお嬢様かと思っちゃったぜー。め、めっちゃ可愛いぞ。見えないトコまで勝負使用みたいだなー」
 麗ちゃんのカンペの通りに棒読みしただけだったのだが、
「か、か、可愛いッ!? ななな、なに言っちゃってくれてんのよ! も、もうっ! へ、変なこと言わないでよねッ!」
 と、雫はものすごい取り乱しようでそんな憎まれ口を叩きながらも、それからはここ数年間では見たことがないほど機嫌がよろしくなった。時折、零れそうになる笑みを必死で堪えるような気持ち悪い仕草を見せるほどだった。
 なぜこんなに豹変してしまったのか俺には皆目理解できなかったが、旅行先でまでプンスカされたらこちらの身が持たないので、深く考えずこれでよしとすることにした。麗ちゃんには心から感謝だ。しかし、女の子っていつまで経っても謎な生き物だよね。
 さて、食職旺盛の育ち盛りのみなさんがまだまだいけると言うので、恐れ多くも神戸肉を追加注文したころだった。
「実は家からいい物を持ってきているんですよ」
 麗ちゃんが例の四次元バックをガサゴソ漁り始めた。
 いったいなんだろうか? まぁ、もうなにが出てきても驚かないけどね。
「これで〜す」
 ドンとテーブルの上に一升瓶を置いた。
 お酒だった。ラベルには麗梅酒と書かれてある。
「秘蔵の一品を持ってきました」
 なにを隠そう、いや、べつに隠すつもりはないのだが、麗ちゃんの家は酒屋さんなのだ。その影響のせいなのだろうか、彼女は中学に入学してから酒を覚えてしまった。今では相当イケる口だ。麗梅酒は、名前を見てわかるとおり彼女の自家製で、ラベルも市販の物と殆ど変わらないくらい凝った作りのデザインになっている。以前にこれと同じ物を一瓶もらったことがあるが、非常に美味しかったことを覚えている。
「あらっ、お酒なの?」
「はい。私達だけでは注文できませんからね。東郷さんはかなり飲める方だと思ったんですけど。家でシャム猫でもさすりながらワインを飲んでそうです」
 確かに東郷さんには、そんな川島なお美のようなイメージがあるな。
「私はお酒はあまり飲まないわよ。少し嗜む程度かしら」
「それはナイスです」
「えっ?」
「いえいえ、こちらの話ですから気にしないでください。だったらぜひこのお酒を飲んでもらいたいです。美味しいですよ。梅酒は健康にも美容にもいいんです」
「美容……そうね。いただこうかしら」
 美容という言葉に反応を示す東郷さん。
 あなたはこれ以上、美容に気を使う必要はないと思うんだけどな。
「雫さんはどうしますか?」
「私、お酒は飲んだことないのよね」
「大丈夫ですよ。水割りにすれば初めてでもグイグイいけます。それに梅酒を飲むとお肌がスベスベになるんですよ」
「お肌がスベスベに……もらうわ」
「はいは〜い。光くんはもちろん飲むわよね」
「いや、俺も飲んだことないんだけど……」
「あらっ、私のお酒が飲めないって言うのかしら」
 一滴も飲んでないのにもう絡み酒だ。
「いや、その……もらうよ……」
「真帆奈も飲むー」
「お前は駄目だよ」
「えー、なんでだめなのー」
「お前は飲むとえらいことになるだろ」
 真帆奈は酒に弱くはないのだが、妖怪べったりになってしまって大変なのだ。
「お肌がスベスベと聞いたからには、もう飲まないわけにはやってられないんだよー」
「そんなこと言って、散々な目に遭うのは俺なんだからね」
「まぁまぁ、おにーさん。真帆奈の分は薄くしておきますから、少しくらいなら平気ですよ」
「流石、麗ちゃんだね。やっぱり話がわかる親友だよー」
「……麗ちゃんが言うんならいいけど、あんまり調子に乗って飲んだら駄目だからな」
「わかってるよー。真帆奈は自制心の塊のような妹なのだ」
 よくそんな嘘が付けるもんだ。
 しかし、なんだろう。なぜかはわからないが、麗ちゃんが巧妙にみんなにお酒を飲ませようと画策しているような気がするぞ。
「おにーさんも飲みますよね。ロックにしますか? 水割りにしますか?」
「……じゃあ、水割りで」
「了解です」
 ビシッと婦警さんのように敬礼すると、麗ちゃんは梅酒の水割りを作り始めた。
「ふんふんふふんふんふ〜ん」
 ご機嫌だった。やはりこれはなにやらよからぬことが起きそうな予感だ。いったいどうってしまうことやら。
「上手にできました〜。それではみんなで乾杯しましょう」
 さて、それから約二時間後。
「石原はなにもわかってないよ!」
 ホロ酔い夢気分の真帆奈が管を巻いていた。
「きんしんそーかんは人類至高の文化だというのに!」
 どうやら青少年保護育成条例に物申すことがあるようだ。
「そうね。文化よね」
 ぐっとボヘミアクリスタルのマイロックグラスを傾け、麗ちゃんは琥珀色の液体を一気に飲み干した。うーん、実に男らしい飲みっぷりだ。
「ふー、美味しい」
 彼女の頬はアルコールの摂取でほんのりと桃色に上気しており、今やそのお色気は東郷さんに勝るとも劣らない勢いだった。
「それはヨスガノソラを見れば一目瞭然だよ。やっぱりヨスガノソラは、真帆奈が期待した通りの神アニメだったよ。時代の最先端は玄関だね」
 やれやれである。
 さて、麗梅酒は大好評だった。
「これ美味しいわね。すごく飲みやすい。今度、作り方を教えてほしいわ」
「いいですよ〜」
「お酒がこんなに美味しい物だったとは知らなかったわ。麗ちゃん、おかわりちょうだい」
「はいは〜い」
 と、東郷さんと雫はみるみると杯を重ねていた。
 実は、この飲みやすいというのが非常に曲者なのだ。あまりお酒を飲まない若葉マークは、そのせいで自分の許容限界以上まで飲んでしまい、悪酔いすることになってしまう。目の前の二人のお嬢さんのように。
 雫はアルコールがかなり顔に出るタイプらしく、まるで顔がタコのようでゲソ。いや、これはイカだったか。
 東郷さんは普段とまったく変わらない様子なのだが、
「分娩台に拘束してから……バイブ? いや、それはマンネリか……やっぱりもっとインパクトが必要……例えば野菜なんか……」
 と、なにやら不穏なことをブツブツと言っている。
 よろしくない状態のようだ。
 あっ、ちなみに光は早々に麗ちゃんに潰され、今では奥で安らかな眠りについているよ。人が多すぎると書きにくいからさっさとハブしてしまえとか、そんな大人の都合では決してない。
「ちょっと、涼介! 私の話を聞いてるの!?」
「はいはい、ちゃんと聞いてますよ」
 酔っ払いの相手をするのにやや辟易しながら、俺は梅酒の水割りを一口含んだ。絶妙な甘さと芳醇な味わいが口内で拡がり、まろやかな梅の香りが鼻腔を突き抜ける。これは本当に美味しい。なんでも隠し味にブランデーと蜂蜜が入っているらしい。これなら店で出しても結構売れそうだ。
「アンタはねぇー、鈍感なのよ、鈍感! 女の子の気持ちなんてこれっぽっちもわかってないんだからぁ……まったくっ……」
「……もう飲まないほうがいいんじゃないか?」
「うるさぁいいッ!! これが飲まずにやってられますかってんだ!」
 なんで切れているのかさっぱりわからなかった。
「おかわり」
「はぁ〜い」
 麗ちゃんが手早く水割りを作って雫に手渡した。
「だいたいアンタはねぇー……よその女の子にデレデレしすぎなのよっ! いやらしいッ!」
「そんなデレデレなんかしてないでしょ。いったいどこで見た話をしてるのさ?」
 自慢じゃないが、俺は学校でも女の子とめったに会話なんかしないんだぞ。
「嘘嘘嘘ッ! 嘘ばっかり! いつの間にか東郷さんと随分と仲よくなってるじゃないの! フンッだ」
「東郷さんとは最近一緒に晩ご飯を食べてるから……」
 なんせ東郷さんは週五だからな。昼のグラサン並だ。先日、雫も俺の家に来るようなことを言っていたけど、やはり色々と忙しいらしくあまり実現はしていない。
 その東郷さんをチラっと確認してみた。
「ふふっ……ふふっ……やっぱり野菜よ。茄子だって胡瓜だってあるじゃない……それに……大根だってがんばればきっと……ふふっ……」
 非常によろしくない状態のようだった。
「こらぁぁぁぁっ! いったいどっち見てんのよ! 私が話をしてるんだから、ちゃんとこっちを向きなさいッ!」
「痛い痛いっ! 耳を引っ張ったら駄目だからっ」
「まさか私がいないからって、家でも東郷さんとさっきみたいないやらしいことばっかりしてるんじゃないでしょうね?」
 ドスの利いた声色で難癖を付けてくる茶髪の幼馴染。
「そ、そんなことしてないよ! さっきのはただのゲームって言ったでしょ!」
「本当でしょうね? アンタ、嘘ついてたら酷いわよ……」
「もうすでに酷いことをされてますからっ!」
「まったく……もうっ!」
 ようやく耳を解放してくれた。福耳に整形されそうな勢いだった。
 雫はゴクゴクと水割りを一気飲みし、ぷはぁーと酒臭い息を周囲に撒き散らす。
 こいつ酒癖悪いな……。
「……私だってね。……私だって、本当はこんなことばっかり言いたくないのよ」
 んっ、なんだ? 急にテンションが下がったぞ。
「でも……でも……涼介はちっとも気付いてくれないし。私はずっと昔から……こんなにも……こんなにも……うっ……ううっ……うわぁぁ〜ん!」
 なんと。急に泣き出してしまったぞ。
「えっ、ちょ、い、いったいどうしたのよ? ずっと昔から、なんだって?」
「そ、そんなこと言えたら苦労なんかしないわよー! うわぁぁぁ〜ん!」
 駄目だこりゃ。
 どうやらこいつは泣き上戸のようだ。
「あらあら、どうしたんですか?」
「いや、急に泣き出しちゃって……」
「雫さん、いったいどうしたんですか? なにか悲しいことでもあったんですか?」
 優しいおっぱいの大きな保母さんのように、麗ちゃんが泣きじゃくる雫を慰める。
「ううっ……だ、だって……だって……」
 嗚咽が酷くてよく聞き取れない。
「なんですか?」
「うっ、うっ、だって……涼介くんが……涼介くんが、私のお婿さんになるって約束してくれたのに、よその女の子とばっかり仲よくするんだもの! 涼介くんのばかぁぁぁーーっ! うわぁぁーーん!」
「……おにーさんったら、雫さんとそんな約束してたんですか? もうっ、女泣かせですね。プンプンです」
「いや、まったく覚えがないんだけどな……」
 いったいいつの話のことをしているのだろうか? 酔っぱらいの言うことだから話半分でいいんだろうけど。そんな約束をした記憶はどこにもないよ。
 さて、どうしたものだろうかと困惑していたら、
「うにゃー!」
 と、真帆奈が奇声を上げてダイレクトアタックをしてきた。
「なっ、今度はなに!?」
「お兄ちゃん分の補給なのだー!」
「出たな! 妖怪べったり!」
 説明しよう。アルコールを摂取した真帆奈は、通常時の三倍の勢いでベタベタと甘えてくるようになるのだ。
「またよその女の子といちゃいちゃしてるー! うわぁぁ〜ん!」
「よその女の子って……妹だから。つーか、もういい子だからもう泣きやんでよ」
 どうしようか、と麗ちゃんにアイコンタクトを送る。
「さて、どうしましょうか?」
 うーん、困った……。
 そこで、また新たな問題が発生。
「キタキタキター! ついに降りてきたわーっ! 神様の降臨よぉぉーーッ!」
 虚ろな表情でブツクサと言っていた東郷さんが、突然雄叫びのような絶叫を発し、それと同時に自分の手帳にバリバリと速筆を開始した。
 マジで吃驚したよ。麗ちゃんもかなり驚いたらしく、ハイエナに襲われたアルパカのような顔をしている。
「彼女には色々と事情があるから、そっとしておいてあげて……」
「はぁ……」
 で、
「うひょー! 傑作ッ! これは間違いなく傑作の予感よぉぉっ! 傑作……け、傑作……けっさ……くー……」
 そのままころりとうつ伏して動かなくなった。
「東郷さん、大丈夫……?」
「くー……」
 返事がない。ただの屍のようだ。
 まぁ、これは一人片付いたと、いい方向に考えるべきだろうな。
「あっ、おにーさん。雫さんがちょっとやばいです」
 ソニータイマーが切れたようにピタリと泣くのをやめた雫は、顔を真っ青にして焦点の合わない視線を彷徨わせていた。
「雫、どうしたんだ?」
「……気持ち悪い。お、おぇぇぇぇ……」
「うわぁぁーっ! こ、こんな所で吐くなよ! 麗ちゃん、早く雫をトイレに連れて行って! つーか、真帆奈、邪魔だから離れなさいッ!」
「うにゃー、真帆奈とお兄ちゃんは永遠に離れられない運命なのだ……むにゃむにゃ……」
 この非常事態にこいつだけはッ!
 仕方がないので、発情期のスッポンのように離れてくれない真帆奈をズリズリと引きずりながら茶髪の酔っ払いをトイレまで連れて行き、なんとか中に放り込んで大惨事を回避することに成功した。まさに間一髪の危機だった。
 さて、せっかくの神戸牛をゲーゲーと胃袋から吐き出した幼馴染と、妖怪べったりを悪戦苦闘の末になんとか寝かしつけた俺と麗ちゃんは、熱海の夜景を眺めながら一息ついていた。
「ふー、ごくろうさん。大変だったね」
「いえいえ、だいたい予定通りですから」
「えっ?」
「なんでもありませんよ。こちらの話です。ふふっ」
 いったいどちらの話なのだろうか?
「それでこれからどうしますか? 飲み直しますか?」
「麗ちゃんはお酒強いね。俺はもう飲めないよ。これ以上飲んだら向こうの酔っ払いみたいになっちゃうから」
「いいですよ。そうなったら私が、誠心誠意介抱してさしあげます」
「それは魅力的なお話なんだけどね。あんまり麗ちゃんに格好悪いところを見せたくないし、やっぱりやめておくよ」
「そうですか。それは残念ですね」
 今宵は月が綺麗だった。
 漆黒の奥底で茫漠と輝く半月は、夜の帳に風雅な淡い光の雨をしとしとと降らせていた。
「そうだ。俺、寝る前にお風呂に入ってくるよ」
この客室に露天風呂が付いていたことを、ふと思い出したのだ。
「お風呂ですか?」
「うん。確か部屋にも露天風呂が付いてたよね。せっかくだから使っておかないともったいないかなー、と思って」
 俺って貧乏性だからな。
「それはナイスな考えです!」
 予想外に麗ちゃんの食い付き方がすごかった。ちょっと動揺している俺がいる。
「な、なに? どうしたの?」
「ちょうど私も寝る前にお風呂に入ろうかなー、と思っていたところだったので、少し興奮してしまいました。すいません」
「そうなんだ……。いや、べつにいいんだけどね。それだった先に入る?」
「いえいえ、私は後で結構ですので、おにーさんが先に入って来てください」
「いいの?」
「もちろんです。その方がなにかと都合が……ごにょごにょ……なんでもありませんよ。ふふっ、ゆっくりと入ってきてくださいね」
「……そっか。じゃあ行ってくるよ」
 なにやら怪しさ満点だったが、まぁ、いいか、と俺は一人でお風呂に入ることにした。  
 おっと、その前に、よい子のみんなは酔ってお風呂に入るのは危険な行為なのでやめておけよな(キリッ)。
 あまり自覚はないのだが、俺は案外お酒に強いようだ。流石に麗ちゃんには負けるだろうけど。あの娘が一番飲んでいたはずなのに、ちょとだけ頬を上気させただけで、まったく酔っ払った形跡が見えない。うーん、本当に末恐ろしい娘だ。
 まぁ、そんなことを考えている間に俺は服を脱ぎ、浴槽が備わっている室外へと出た。
 塩気を含んだ冷えた夜風は火照った身体にちょうどよく、ネオン豊かな熱海の街は、まるでおとぎの国のような美しさで彩られていた。
 なみなみと温泉が貯められた湯船の中に、俺はゆっくりと片足を入れた。
「おおっ……いい感じだ……」
 そのまま一気に、ざぶーんと肩まで浸かった。
「ふー、気持ちいい……」
 月もよく見えるし、こいつは風情があって最高だな
「あああぁぁ……」
 思わず奇声が出てしまったくらいだ。
 しかし、やっぱり今日はみんなで温泉に来れてよかったよ。サービスシーンもいっぱい出せたしな。個別ルートに入るまではもう少し時間がかかるから、それまではもっとエロで釣っていかないとないけないよな、と自分でもさっぱり意味がわからないことを考えている最中だった。
「おにーさ〜ん」
 脱衣所の方から麗ちゃんらしき声が聞こえてきた。
「麗ちゃん? どうしたの?」
「私も入りますね〜」
「……えっ!?」
 静かに脱衣所のドアが開くと、すっぽんぽんの麗ちゃんが登場したではないか。
「麗ちゃん!? ななな、なんで入ってくるの!」
「しーっ。ダメですよ、おにーさん。そんな大きな声を出しちゃったら、みんなが起きちゃいます」
 一応手に持ったタオルで下半身のとても大切な部分は隠されてはいるが、巨大な双子のメロンちゃんはどっかーん状態。惜しげもなく外気に晒されたその巨大な物体のなんと素晴らしいことか。見るかぎり相当な重さあるはずだろうに、重力に反してぷりんと張りのあるお椀型をしており、巨乳特有のやたらと大きながっかり乳輪などではなく、小さくコンパクトなクールピンク。すでに勃起したサクランボは、ツンと生意気に月に向かって吠えているかのようだった。
「わぁー、すごい。夜景が綺麗ですねー」
「夜景が綺麗じゃないよ! な、な、なんで入って来ちゃったの!? 入ってきたら駄目でしょ!」
「そんな堅いこと言わないでいいじゃないですか。おにーさん、ちょっとお邪魔しますね」
 全裸の麗ちゃんが湯船に入ろうと足を上げて跨いだ刹那、タオル奥から一房の黒っぽいヘヤーがチラリと顔を覗かせた。
「ぐはっ!」
 海綿体に最高スピードで血液が逆流。俺の下半身の第二人格が、ニョキニョキと鎌首をもたげた。
「気持ちいいですね〜。ふふっ、念願のおにーさんと二人っきりのお風呂ゲットです」
 全身をお湯の中に沈めた麗ちゃんは、甘く蕩けるように微笑んだ。
「お、俺は先に出るから! 麗ちゃんだけでゆっくり入ってて……」
「あっ、ダメですよ! 実はこれからおにーさんに大切なお話があるんです。だから出ていかないんでくださいっ」
「なにもこんなところで話なんかしなくっても……」
 とても冷静に会話ができるような状況ではなかった。
「それは裸の付き合いってやつですよ。とても話しづらいことなので、これくらい思い切ったことをしないと口にできません。だからお願いします。話を聞いてくださいっ」
 そんなすがるような瞳を向けられてしまっては、流石にここから出ていくわけにはいかなかった。
「……わかった。麗ちゃんがそこまで言うんだったらちゃんと聞くけど。その前に、そ、、そ、それだけは隠して!」
 湯面にプカプカとおっぱいが浮かんでいては、気になってとても話など聞けないのだ。しかし、一種の都市伝説なのかと思っていたのだが、おっぱいって本当に水に浮くんだね。一つ勉強になったよ。
「あっ、すいません。お見苦しいものをお見せしてしまって。恥ずかしいです……」
 全然お見苦しい物ではないからっ。つーか、恥ずかしかったら裸で入ってこないで。
「それで、なんの話なの?」
「はい、それなんですけど、その……話を聞いても笑わないって約束してくれますか?」
「もちろん笑ったりしないよ」
「本当ですか?」
「うん。約束するよ」
 麗ちゃんは胸部の極悪兵器をタオルで隠しながら、憂いある表情を見せた。
 いつもニコニコと笑顔を絶やさない彼女のこんな顔を見るのは、あまり前例がないような気がする。どうやら本当に相談したいことがあるようだ。
「この話をするのは、家族以外ではおにーさんが初めてなんです。真帆奈にも話していません。でも、おにーさんだけにはちゃんと知っててもらいたいですから……」
 どうやらこれはただごとではないようだ。チラチラと見え隠れするおっぱいが気にならないでもないが、麗ちゃんは俺の妹も同然。悩み事があるならちゃんと聞いてあげなければならない。
「なにか心配なことでもあるの? 俺でよかったらなんでも力になるから話してみて」
「ありがとうございます。その前におにーさんに聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「いいよ。なんなの?」
 若干の逡巡の後、麗ちゃんがとんでもないことを問うてきた。
「おにーさんは、おっぱいからミルクが出る女の子のことをどう思いますか?」
「……えっ、お、おっぱいからミルク?」
「はい、おっぱいからミルクです」
 ……いったいなんなのだろうかこの質問は? これが大切な話とどんな関係性を持っているのだろうか?
「どうと言われましても……どうなんだろう……?」
「それでは質問を変えます。おにーさんは、おっぱいからミルクが出る女の子は好きですか? 嫌いですか?」
「……」
 質門の本質はなにも変化していないような気がする。だいたいそれって、好きとか嫌いとかの問題ではないと思うんだよね。女の子は妊娠すれば母乳が出るのは当たり前のことなんだし。それを好き嫌いで判断するなんてできないよ。
 が、麗ちゃんは固唾を飲んで俺の言葉を待ち望んでいる様子。どうやらなにか解を出さなければならないようだ。
「うーん……そうだね。べつにそれで嫌いになることはないと思うんだけど。常識的に考えて」
「じゃあ、好きってことですか?」
「好きか嫌いかで言えば、まぁ、好きなのかな……」
「本当ですか! よ、よかった……」
 麗ちゃんは心から安心したようにほっと吐息をついた。彼女の眉根には、仄かに淡い涙の塊が浮かんでいるようにも見えた。
「麗ちゃん、大丈夫?」
「は、はい、大丈夫です……。おにーさんが好きって言ってくれたからもう平気です」
 彼女は涙を拭いて、いつもの向日葵のような笑顔を見せてくれた。
 うん。やっぱり麗ちゃんはこっちの方がいいな。
「それはよかった。で、大切な話ってなんなのかな?」
「それなんですけど、実は私のおっぱいからはミルクが出ちゃうんです」
「……えっ? 誰のおっぱいからミルクが出ちゃうの?」
「私です」
「……麗ちゃんのおっぱいからミルクが出ちゃうの?」
「はい。出ちゃいます」
 かなり多めに出ちゃいます、と付け加える麗ちゃん。
 おーけー。
 先程の質問の意味は理解できたが、これは予想を遙か斜め上に行く展開になってきたぞ。
「えっと……念のためにもう一度だけ話を整理させてもらいたいんだけど、麗ちゃんのおっぱいからミルクが出ちゃうんだよね? 麗ちゃんのお母さんじゃなくて?」
「はい、私のおっぱいからミルクが出ちゃいます」
 これはいったいどうすればいいのだろうか? こんな話をされてもどうすればいいのかわからないよ。いやっ、ちょっと待てよ。よくよく考えてみると、おっぱいから母乳が出るということは……ま、まさかっ、麗ちゃんは妊娠してるってことなのか!? そ、そんな、ありえない……麗ちゃんは、たった一つの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供だぞ。
 いやいや、落ち着け。ゲームはまだ始まったばかりだ。でも、妊娠しないと母乳なんか出るわけないよな……。となると、相手は一体誰なんだ? 学校の同級生とかなのだろうか? つまり妊娠したことを誰にも話すことができず、藁にでも縋る思いで俺に相談してきたってことなのか。な、なんてことだ……。
「麗ちゃん、ご、ごめん。ちょっと時間をもらってもいいかな……」
「はい」
 そうだったのか……。そんな元気な姿を装っておきながら、心の中ではずっと不安に圧し潰されそうになっていたんだね。大丈夫だよ。俺はどんなことがあっても君の味方だから。
「と、とにかくこれはとても重要な問題だと思うから、これから俺は色々と聞きにくいことを麗ちゃんに聞かないといけないんだよ。だから正直に答えて欲しい。いいよね?」
「はぁ……」
「えっと……まず、相手は誰なの?」
「相手? 相手というのはなんの相手ですか?」
 なるほど。言えない相手というわけか。となると……ま、まさか教師とか!? 最近はロリコン教師が増えてるっていうからな。クソッ、いったい生徒に手を出した変態教師はどこのどいつだ!
「麗ちゃん、相手のことを話しにくいのはわかるんだけど、やっぱりちゃんと教えて欲しいんだ。これは麗ちゃんだけに責任がある問題じゃないんだよ。相手の男にだって責任はあるんだからねっ」
「……おにーさんがなにを言っているのかよくわかりません。相手の男って、いったいなんの話をしているんですか?」
 そこまでとぼけないといけない相手なのか。となると……ま、まさか無理やり乱暴されて赤ちゃんができちゃったってことなのか!? そ、そんな……妹同然の女の子がレイプされた挙句に孕まされただなんて……ふ、不憫すぎる。ううっ……。
「ちょっ!? お、おにーさん、なんで急に泣くんですか?」
「ご、ごめん……麗ちゃんが一番辛いのにね。でも大丈夫だから! 俺はなにがあっても絶対に麗ちゃんの味方だからね!」
「……なんだかものすごい勘違いをされているような気がします。相手の男っていったいなんの話なんですか?」
「だから、お腹の赤ちゃんの相手のことだけど……」
「お腹の赤ちゃん……。いったい誰のお腹に赤ちゃんがいるというんですか?」
「いや、麗ちゃんのお腹に……」
「私のお腹に赤ちゃんなんかいません! もうっ! いったいなにを言い出すんですか! 私は赤ちゃんができるようなことなんて一度もしたことありませんっ!」
 ポカポカと猫パンチを繰り出してくる麗ちゃん。
 駄目駄目! そんなことをしちゃうと、おっぱいがいっぱい見えちゃうから!
「えっと……し、したことないの?」
「あたりまえです! どこの誰とそんなことをするっていうんですか! 私の初めては、おにーさんにもらってもらうってずっと前から心に決めてます!」
 それはそれで問題発言のような気がするな。
「ず、ずっと前から決めちゃってるんだ……」
「はい。小学校五年の春にそう決めました」
「決めるの早ッ!」
 その年頃の女の子なら普通は、「私、おにーさんのお嫁さんになる!」くらいのレベルが適当なのではないのか!?
「早い、早いよッ! そんな大切なことをそんなに早く決めたりしたら駄目なんだからね!」
「いいんです。初体験は、おにーさん意外には考えられません」
 考えられませんか……。いや、まぁその話は一先ず置いておくことにしよう。とりあえず、おっぱいミルクの件に話を戻そう。
「ちょっと待ってよ。さっき麗ちゃんは、おっぱいからミルクが出るって言ったよね? 妊娠してないと母乳は出ないんじゃないの?」
「なるほど。そういうことでしたか。いえいえ、違うんです。実はおっぱいからミルクが出というのは、うちの母方によくある体質だそうなんです。どうやらそれが遺伝したらししくて……」
「そんな体質があるんだ?」
「はい。お母さんはそうじゃないんですけど、祖母はどうやらそういう体質だったらしいので……」
「なるほど。つまり隔世遺伝ってやつなんだね」
「そうなんです。わかってもらえましたか?」
「うん、わかったけど……」
 驚きの体質だ。むしろ素敵過ぎる体質というべきだろうか。なるほど。遺伝だったのか。それで君のおっぱいの成長はこんなにもすごかったんだね。七不思議の一つがやっと解けたよ。
「そういう体質だと色々と大変なこともあるでしょ?」
「はい、それはもう絞るのが大変です。朝起きたら胸が痛いくらいにパンパンになってますから、毎朝、搾乳機を使ってぴゅーって絞るのが日課です」
 毎朝……想像するとものすごい光景だ。
「そ、そうなんだ。でも、なんで俺に話す気になったの? 遺伝なら俺がアドバイスできそうなことはなにもないと思うんだけど」
「それはいつなにが起こるかわかりませんから。事前に情報もなしにおっぱいからミルクが出たりしたら、おにーさんをすごく驚かせちゃいます。ムードもへったくれもあったもんじゃありません」
 彼女はいったいどんなシチュエーションを想定したのだろうか? 
「それに、もしその秘密を知ったら、おにーさんが私を受け入れてくれるかどうかすごく心配でしたから」
「そんな心配をする必要はないよ。さっきも言ったけど、俺はどんなことがあっても麗ちゃんの味方だからね。おっぱいからミルクが出るくらいで、俺と麗ちゃんの関係が変わったりなんかしないんだよ」
「おにーさん……。やっぱり、おにーさんに話してよかったです。すごく、安心できました」
「そっか、それはよかったんだけど……な、なんでそんなに近づいてくるの?」
「ちょっとくらいいいじゃないですか。誰も見てないんですから」
 いやいや、お月様はちゃんと見てらっしゃいますよ。
「真帆奈が羨ましいです。いつもおにーさんにいっぱい甘えられて。私も真帆奈みたいに、おにーさんに甘えてみたいです。おにーさん、私じゃダメですか?」
 ミルクがたっぷりと詰まった麗ちゃんの柔乳が、俺の胸板でボヨヨ〜ンと跳ね返った。
「う、麗ちゃん、当たってる! 当たってるから!」
「当ててるんですよ」
 有名な台詞が飛び出してきた。
「当てたら駄目でしょ!」
「でも、おにーさんのも私のお腹に当たってますよ。ビクビクッて動いてます。ふふっ、可愛いですね」
 いやぁーーっ! 恥ずかしいから、そんなこと言わないでッ! 
「と、とにかく離れて。女の子がこんなことしたら駄目なんだからね!」
「聞こえませ〜ん」
 聞こえません作戦発動。裸体の小悪魔は、挑発するかのように俺の首の後ろに両手を回し、ねっとりと挑発的に素肌を密着させてくる。
「あわわわ……」
 水滴をいとも簡単に弾くきめ細やかな乙女の柔肌は、プニプニと極上過ぎるほどの心地良さで、羽毛のように吸い付いてくるかのようなフィット感だった。まるで全身がおっぱいのようだ。これからは全身おっぱい娘と呼称しよう。
「男の人のって、こんなに熱いんですね。もう火傷しちゃいそうです」
「あっあっ、そ、そんなに、ぎゅーってしたら……」
 もう変なモノが出ちゃっても知らないんだからねッ!
「ふふっ。それで、どうします?」
「ど、ど、どうって、なにがどうなの?」
「……飲んでみますか? 私の、ミ・ル・ク♡」
「飲むわけないでしょ! この娘はなんてことを言い出すの!」
 いくらなんでもそれはサービスしすぎだよ!
「なにも心配はいりません。お医者さんが言うにはちゃんとした母乳だそうですので、飲んでも身体には影響ないって言ってました。むしろ栄養満点だそうです。品質は保証しますよ」
 世界的にも非常に珍しい処女の母乳の味とは、いったいどんな味がするのだろうか? 興味がないと言えば嘘になってしまう。
「品質のことを言ってるんじゃないよ。も、もっと自分を大切にしないと……そんなに簡単に他人に自分のミルクを飲ませたりするのは禁止!」
「おにーさんは他人じゃありません! 私の大切な人です。いつもお世話になっているんですから、これくらいするのは当然です」
 強硬手段に打って出た全身おっぱい娘は、自身の巨大な乳房を両手でよいしょと持ち上げ、あまりにも可憐な突起物を俺の目の前にずいっと差し出してきた。
「どうぞ。遠慮しないで、ちゅぱちゅぱとやっちゃってください」
「ちゅ、ちゅぱちゅぱ!?」
「ちゅぱちゅぱです。これはおにーさんの当然の権利ですから」
 ちょっと待ってよ! いつ俺におっぱいを飲む権利が与えられたというの!
「どうしたんですか? こうやって待っているのも結構恥ずかしいんですよ。早くお願いします。それとも、私のおっぱいなんかちゅぱちゅぱできませんか? もしそうだったら泣いちゃいますよ」
「そ、そんな、で、できなくはないけど……それはやっぱり道義的な観点からまずいというかなんというか……」
「不味くありません。きっと美味しいはずです」
「いやっ、そっちの不味いじゃないから!」
「ふふっ。ほーらぁ、ほーらぁ、こっちのおっぱいは美味しいですよー」
 ついに麗しの生おっぱいが、たぷんたぷんと上下に揺れながら接近を開始した。どうやら零距離攻撃を仕掛けるつもりのようだ。な、なんて……奴だ……。
 接敵まで、残り約一センチ。こんなにも素晴らしいおっぱいが目の前にあって、ちゅぱちゅぱといかない修行僧のような精神力を持った人格者が、果たしてこの世界に何人いるというのか。例えそれが妹同然の女の子のおっぱいであったとしてもだ。むらむらと腹の奥底から熱い物が込み上げてくる。緊張に晒され続けた俺の理性の糸は、もはやぷっつりと切れようとしていた。
 刹那、
 脱衣所のドアが勢いよく開かれ、一人の少女が飛び込んできた。
「うにゃー……」
「げっ! ま、真帆奈!?」
 し、しまった! よりによって一番めんどくさい奴に見つかってしまったぞ!
「うにゃー……トイレ……」
 真帆奈は夢遊病者のようにふらふらと風呂場に入って来、浴槽の中の俺と麗ちゃんの姿を凝視してピタリと足を止めた。
「あの……真帆奈さん、ここはトイレじゃないですからね」
「……うにゅ?」
 決定的な現場を目撃した真帆奈は、瞳を白黒させて凍りつく。何度もゴシゴシとやっては双眸を細め、じーーっとこちらを見つめ続けること数分間。
「あああああああぁぁぁーーっ!!」
 魂すら揺さぶりかねない絶叫を発した。
「なんでお兄ちゃんと麗ちゃんだけでお風呂に入ってるのー! ずるいーっ! 真帆奈も一緒に入るーっ!」
「こ、こらっ! お前まで入ってどうすんだ!? 服を脱ぐんじゃないッ!」
 真帆奈は勢いよく浴衣を脱ぎ捨てると、ピンクの布地にらくがきのような柄が散りばめられたキュートなショーツだけの姿となった。ブラジャーはしていない。したがって上半身はまったくの裸で、ほんの申しわけない程度だけ膨らんだ胸が丸出し状態。
「もうっ、女の子がはしたないんだからねッ!」
 真帆奈はただ黙して最後の一枚がずり下ろした。僅かな産毛だけが繁茂している背徳の三角州が半月の下で露となる。淡い月光に映し出された幼い体躯はあまりにも儚く可憐で、処女の柔肌の清らかな白さは、兄の目から見ても妖精のように美しいと思わざるを得なかった。
「いざー、とつにゅうーっ!」
 で、フライングボディープレスで湯船の中に飛び込んできやがった。
 ざぶーん。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
「うー! 真帆奈だけ仲間はずれにするなんてひどいよー! これは裏切り行為だよー! 総統閣下もきっとお怒りなのだ!」
 ニコニコに字幕を付けてアップしそうな勢いだった。
「誰も裏切ってなんかないよ! だいたいお前まで入ってきたら駄目でしょ!」
「な、なんてことをっ! お兄ちゃんは、お風呂で麗ちゃんとエッチなことをしているところを真帆奈に見せつけるつもりだったの!? なんというマニアックな放置プレイ! いくら真帆奈がお兄ちゃんの忠実なる性奴隷だったとしても、そんな過酷なプレイには精神が持ち堪えられないよ! せめて3Pにしてっ!」
「馬鹿なこと言わないで! もうっ! 絶対に3Pなんかしないんだからねッ!」
「まぁまぁ、真帆奈もおにーさんも落ち着いてください」
 全ての元凶が綾波レイのような冷静さで言った。
「真帆奈、私とおにーさんが一緒にお風呂を楽しんでいたのは、ちゃんとした理由が無数に存在するのよ。でも、それは今となっては大して重要な問題ではないわ。本当に重要なことは、今この瞬間だとは思わないかしら」
「こ、この瞬間……」
「だって私達三人は、今こうして一緒にお風呂に入っているじゃない。昔のように。この事実こそが全てとは思わない?」
「す、全て……」
「ここは小異を捨て大同につき。おにーさんと裸の付き合いをとことん堪能しちゃうべきよ」
「なんだか巧妙に論点をすり替えられているような気がしないでもないけど、お兄ちゃんと裸の付き合いをとことん堪能しちゃうのは大賛成だよ」
 なるほど。
 こうやって小悪魔は、いつもうちの単純な妹のマインドコントロールをしているわけだ。
「というわけで、お兄ちゃん。さっそく裸の付き合いとしゃれこんじゃうんだからね。これはもう行けるところまで、終点まで特急で行っちゃうよ!」
 トッキュウマンモスから三冠王に変形だよ! と興奮状態の真帆奈が意味不明なことを叫ぶ。
「さっぱり意味がわかんないよ!」
 本気で貞操の危機を感じた熱海の夜だった。


 常闇の宇宙で流星が輝いた。
「あっ、流れ星だ」
 音もなく夜空を切り裂いた光の軌跡は、瞬きする間に跡形もなく掻き消える。
「お兄ちゃんから触手が生えてきますように!」
「お兄ちゃんから触手が生えてきますように!」
「お兄ちゃんから触手が生えてきますように!」
 そんなシビアなタイミングであるにも関わらず、変態妹が馬鹿な願い事をしやがった。
「そんな願い事しないでよ! 本当に生えてきちゃったらどうするのさ!?」
 風情もへったくれもあったものではない。
「なに言ってるのっ! お兄ちゃんからい〜っぱい触手が生えてきたら、夢の触手プレイが実現可能になってしまうんだよ! お兄ちゃんは触手祭りを楽しんでみたくないの!」
「楽しみたいわけないでしょ! そんな業を背負って生きていくのは絶対に嫌だよッ!」
 ズガーンとショックを受ける真帆奈。
「な、なんてことなの……てっきりお兄ちゃんと真帆奈の共通の夢だと思って追い求めていたのに……」
 信じられない発言だった。
「それはお前だけのアブノーマルな夢だから。人を巻き込むのだけはやめて」
「だったらおにーさん、もし一つだけなんでも願い事が叶うとしたら、どんなことをお願いしますか?」
 ひとしきりクスクスと笑っていた麗ちゃんが聞いてきた。
「うーん、一つだけなの? あと百回ほど願い事を聞いてくれってのはなし?」
「なしです。シェンロンはなんでも願い事を叶えるとか言っておきながら、普通に断ったりしますから」
 どうせ願い事を叶えてくれるなら、女神さまのほうがいいんだけどな。まぁ、ことあるごとに契約を迫ってくる、猫だかウサギだかわからない腹黒い淫獣よりかはいいか。
 さて、どんな願い事をしようか? 今のところこれと言って欲しい物はないんだよね。俺ってあまり物欲ないからさ。せいぜい首からパックリと食べられてしまった某黄色の魔法少女さんを、生き返らせてあげるくらいかな。いやっ、いかんいかん。これでは奴の思う壺か……。
「真帆奈はねー。黒い玉を使ってもう一人おにーちゃんを再生してもらうよ。そしたら前と後ろから同時に……ぐ、ぐふふふ……」
「俺にそんなリスクばかり背負わせるのはやめてっ」
「あれもだめこれもだめなら、真帆奈の夢がなくなっちゃうよー。お兄ちゃんは妹が夢のない無気力人間でもいいのー」
「もういいよ……」
 頭が痛い。
「えっと……急に願い事とか言われても思いつかないね。麗ちゃんだったら、どんな願い事するのかな?」
「私ですか? 私はですね……」
 ほんの少しだけ間を置いた後、麗ちゃんは優しい光を湛えた瞳で語り始めた。
「こうしておにーさんと真帆奈と私と三人で、ずっと一緒にいられれば素敵だなって思います」
 みんなでずっと一緒にいたいか。いいこと言うな。どこぞのアホな妹とは大違いだよ。俺は今の学園の大学に進学するつもりだし、真帆奈と麗ちゃんも高校進学は普通に県内だろうから、まだ当分は一緒にいられると思うよ。
「もちろんずーっと一緒に決まってるのだ! 一本の矢なら簡単に折れてしまうけど、三本の矢なら簡単には折れないんだよ!」
 その逸話はまったく関係がない。
「そうね。だったらいっそのこと、三人で結婚しましょうか? そうしたらずっと一緒にいられるわ」
 小悪魔がお色気たっぷりの流し目をこちらにチラリ。
「ぶーッ!」
 そんな非常識なことは、問屋も日本国憲法も許してくれないよ!
「うぉー、それは名案だよー!」
「全然、名案じゃないよ。だいたい麗ちゃんとならともかくとしても、お前とはなにがどうあっても結婚なんかできないから」
「うー、なんでそんなことを決めつけたりするのー!」
「法律でそうなってるんだよ」
「そんな法律なんて、衆議院と参議院で過半数を取っちゃえばすぐにでも改正できるんだよ! 全国のお兄ちゃんとの結婚を心から望む妹のみなさんのために、真帆奈は先頭に立って断固として戦うよ!」
「お願いだからそんな愚かな戦いに身を投じるのはやめてッ!」
「あらっ、ならおにーさんは、私とだけだったら結婚してくれますか?」
 そうすれば毎日おっぱい飲み放題ですよ、と麗ちゃんは、生おっぱいを俺の身体に押し当てながら耳元で囁いた。
「そ、そんなことは言ってないから……だいたい結婚なんてまだ早過ぎるでしょ」
 お、おっぱいが……柔らかいおっぱいが……。
「あー! また真帆奈だけ仲間はずれだよ! 裏切りの星、ユダだよ! そんなことは絶対に許さないのだ!」
 真帆奈が隣から生ぺったんこをぎゅーっと押し付けてきた。
 大小四つの乳房にサンドイッチ状態の俺。
「こ、こらっ! 二人とも早く離れなさい!」
 今まで結構冷静に会話をしていたように見えたかも知れないが、実際はかなり前からテンパイだったのだ。所謂、ダマテンというやつ。ちなみに今のサンドイッチでツモった。
「嫌です」
「嫌なのだー」
 なんて聞き分けのない娘達なの! もう大変なことになってしまうというのに、そんな娘達に育てた覚えはないんだからね!
 そんな時であった。
 真帆奈が脱ぎ捨てた浴衣の内ポケットから、「消える飛行機雲、僕たちは見送った……」と有名なメロディーが聞こえてきた。
「真帆奈アラームが発動だよー」
 どうやら携帯電話のアラームのようだ。
「たった今、五月五日になったのだ。さてお兄ちゃん、今日はいったいなんの日でしょうか?」
 言われなくてもわかってるよ。こいつの十四回目の誕生日だ。旅行から帰ったらドッキリ誕生日会を開くため、すでにケーキはストレイキャッツに注文済みだったりする。
「誕生日おめでとう」
「おめでとう、真帆奈」
「エヘヘヘ……ありがとう」
 ペッタンコを擦りつけるのはやめなさい。
「お、お前もこれで十四歳になるんだから、少しは大人になろうな」
 戦国時代なら元服して大人扱いになる歳なんだぞ。
「おおお、お兄ちゃん! そ、それはつまり真帆奈の処女を奪って、今日こそはお前を大人の女にしてやるぜってことなんだね!」
 十四歳になっても相変わらずの我が妹だった。
「誰もそんなことは言ってないでしょ! もうっ、絶対にそんなものは奪わないんだからね! お願いだからそういう馬鹿なことばっかり言うのはやめてッ!」
 なんで力づくで奪わないのー! と真帆奈が金切り声を上げているが、もう放っておくことにする。
「おにーさんと真帆奈は本当に面白いですね。ふふっ」
 麗ちゃんに笑われてしまった。
 君も相当なもんだと思うよ。
「ふふふっ……」
 ふと気付くと、俺も麗ちゃんと一緒に笑っていた。
 いつまでも変わらないということは、それはそれで幸せなことなのかもしれないな。聞きわけがよくて正論を吐く真帆奈なんて、想像もつかないもんな。まぁ、もう少しだけなら、このままでもいいかもな。このままみんな一緒で……。
「うにゅ? なんで二人は笑っているのー? はっ! も、もしやまた真帆奈だけ仲間はずれにするつもりなの!?」
「お前も笑えばいいんだよ。ふふふっ」
 真帆奈が一人でキョトンとするなか、俺と麗ちゃんは腹の底から思う存分に笑うのだった。
 うん、やっぱり温泉はいいな。