チョ・ゲバラのエロパロSS保管庫 - 俺の妹がこんなにとびっきりに変態なわけがない (6)
episode6 「ある小悪魔中学生のごく平凡な一日」



 私の朝は、乳搾りから始まります。
 先日、楽天で購入した電動搾乳器を乳首に装着。スイッチオンです。
「あ……あんっ……」
 ちょっといやらしい声で出てしまいました。聞かなかったことにしてください。
 この電動さく乳器は、赤ちゃんの哺乳リズムと同じタイミングでミルクを吸引してくれるそうです。なるほど。赤ちゃんはこんな風におっぱいを飲むんですね。手も疲れませんし、これはいいです。買って正解でした。
 私のミルクは結構多めに出るので、片方でだいたい十分、二つ合わせて二十分で搾乳終了。百六十mlの哺乳瓶が満タンになりました。
 ふー、とりあえずこれで一息つけました。起きた時は、母乳で乳房が膨れすぎていて少し痛かったですから。毎日こんなことをするのは本当に大変なんですよ。おにーさんはいつまでたっても飲んでくれませんし。ちょっと悲しいです。ヨヨヨ……。
 あっ、申し遅れました。秋山麗です。なんの因果かは知りませんが、今回のエピソードの語り部は私がすることになりました。とは言っても、なにぶん慣れていませんので、おにーさんのように気の利いたコメントはできないと思いますが、精一杯がんばりますので最後までお付き合い頂ければこれ幸いです。ペコリ。
 それでは制服に着替えて一階に降りましょう。ブラジャーを付けます。
「うっ……」
 ちょっときついですね。どうやらまたおっぱいが大きくなってしまったようです。困ります。これ以上大きなサイズのブラジャーは、日本ではあまり売ってないんですよね。できれば可愛いブラジャーで、おにーさんを喜ばせてあげたいんですが……。今度、東郷さんに相談してみようかしら。
 それでは今まで謎のベールに包まれてきた秋山家の紹介でも簡単にしておきましょう。まぁ、べつにそんな面白い設定はなにもありませんが。
 我が家は酒屋さんです。酔ったお父さんは口癖のように、「この店は百年の歴史がある伝統的な酒屋だ!」と真っ赤な顔で言いますが、このあたりは二十数年ほど前にできた新興住宅地ですので酔っぱらいの戯言でしょう。
「お母さん、おはよう」
「おはよう、もうすぐご飯できるわよ」
 お母さんです。朝ご飯の準備をしています。おっぱい大きいです。これはうちの家系のようです。
「今日はいっぱい出たの?」
「いっぱい出たよ。ほらっ、飲む?」
 私はまだ生温かい哺乳瓶をお母さんに見せました。 
 一般家庭からすると、これはとても異常な光景なのかも知れません。
「私はいいわ。お父さんにあげなさい」
 お母さんは台所に引っ込んでしまいました。
「お父さん、おはよう」
「ああ……おはよう」
 お父さんは、しらふの時はとても無口です。これでよく客商売ができるなーと思うくらいです。
「これ搾りたてなんだけど、よかったら飲まない?」
 例の哺乳瓶をちゃぶ台の上に置きました。
「……いや、遠慮しておこう」
 色々と気まずいのか、お父さんは新聞を読むだけで目も合わせてくれません。
「ご飯できたわよ〜」
 お母さんが台所から、できたてのご飯を持ってきました。
 朝の献立は、目玉焼きにベーコン、鮭とアサリの味噌汁です。いい匂いです。食欲がそそられますね。乳搾りをした後はお腹がペコペコになっちゃうので、もう餓鬼のような心境です。
「麗、ごはんはどうするの?」
「半分にしてくれる」
 しかし、私はお腹いっぱいご飯を食べることはできません。実は先日からダイエットを始めたのです。来るべき大切な日に備えて、なんとしてでも三キロのダイエットに成功してみせます! 負けるな麗! おっと、ちょっと興奮してしまいましたね。
「そのダイエットはいつまで続くのかしらね。はい、ご飯」
 今回だけは絶対に続けてみせます。恥ずかしい身体を、おにーさんの目の前にさらけ出すわけにはいきませんからね。
「いただきます」
 ゆっくりとよく噛んで食べましょう。それが太らないコツなのです。
「おはよ〜」
 ボリボリとお腹を掻きながら、パジャマ姿の気だるそうな女性が居間に現れました。
 私の姉さんです。
『えええーっ!! 麗ちゃんにお姉さんがいる設定なんてあったのーッ!?』
 と、モニターの前で叫ぶ声が聞こえてきそうですが、いたんです。べつ隠していたわけではありません。ただ言わなかっただけです。情報の提示のタイミングは、こちらのさじ加減一つなのです。
「おはよう、姉さん。よかったらこれ飲まない?」
「いらないわよ。お母さ〜ん、ごはん。大盛りね」
 誰も私のミルクを飲んでくれませんでした。結局これも廃棄処分ですね。やっぱり悲しいです。しくしく。おにーさんさえ飲んでくれれば、全て○(マルッ!)と解決するのですが。あの人は本当に手強いですからね〜。まだもう少し時間が必要そうです。
 さて、みなさん気になっていると思いますので、私の姉さん――秋山初穂の個人情報を勝手に公開しちゃいましょう。
 年齢は二十歳。顔は姉妹なので私によく似ています。近所でも似たもの姉妹で結構有名です。やっぱりおっぱいも大きいです。でもミルクは出ません。ずるいです。表向きは家事手伝いになっていますが、家事やお店の手伝いをしているところなんて見たことありません。なにをしているのかといえば、一日中部屋に引き篭っています。いわゆるニートです。あっ、今はレイブルと言ったほうがいいのでしょうか?
 と、今ではこんなんですが、昔は八島の巨乳神童と呼ばれたほどの天才児で、東京の有名国立大学に現役で合格したほどなのです。しかし、なにを思ったのか一ヶ月で中退。家に戻って来てこうなってしまいました。天才のすることはよくわかりません。
「まったく、この娘は。なにもしないで一日中ゴロゴロしてるだけなのに、なんでそうやってお腹だけは空くのかしらね」
 お母さんはてんこもりにご飯よそったお椀を、姉さんの前にドンと置きました。ニートの癖にきっちり三食食べるので、皮肉の一つも言いたくなるのでしょう。
「なによ。あたしだってべつになにもしてないわけじゃないんだからね。ちゃんと頭脳労働ってのをしてるのよ。昨日だってレベル上げで大変だったんだからっ」
 どうやら最近のオンラインゲームは頭を使うようです。
「だいたいね……ガツガツ……そうやって……パクパクパク……人をニート扱いするのは……むしゃむしゃ……やめてくれる……」
「お行儀が悪わね! 食べるかしゃべるかどっちかにしなさい!」
「……」
 黙りました。どうやら食べる方に専念するようです。
 ちなみに姉さんは、今起きたのではありません。これから寝るところなのです。
「ごちそうさま」
 そうこうしている間に、私はご飯を食べ終わりました。まだ少し時間に余裕があるので、ゆっくりとお茶でも飲みましょう。
「お母さん、おかわり」
 姉さんが、ビッシっとお母さんの目の前に空になったお椀を向けました。
 露骨に嫌な顔をしたお母さんは、渋々ご飯をよそいに行きました。
「ところで、麗。最近どうなのよ……?」
 お茶を一気飲みした姉さんが、おずおずと聞いてきました。
「どうって、なんの話?」
 随分漠然とした質問です。これでは答えようがありません。  
「ほらっ、だからアレよ。わかるでしょ?」
「アレ? ……どれ?」
 いくら姉妹でも、アレではわかりません。なかなか以心伝心とはいかないものなのです。
「だから、その……あっち方面の話よ」
「……姉さん、あっち方面だろうがこっち方面だろうが、それだけではなにもわからないわ。聞きたことがあるならはっきりと言えばいいじゃない」
 むむむー、と長考中のプロ棋士のような小難しい顔をした姉さんは、
「……最近、涼ちゃんはどうしてるのかなーって思っただけよ」 
 と、なぜか天井のシミを数えながら言いました。
「おにーさん?」
 なるほど。そっち方面の話でしたか。
「おにーさんがどうかしたの?」
「だからそれを私が聞いてるのよ。元気なの……?」
「元気よ。ついでに真帆奈も元気いっぱいよ。心配するようなことはなにもないけど」
「向こうはご両親もいなくなって結構たつわよね。麗、あまり涼介くんに迷惑ばかりかけたら駄目よ。なんだかんだ言っても、やっぱり二人だけだと大変でしょうから」
 お母さんが話の間に入ってきて言いました。
「わかってます。その話はもういいわ。耳にタコができちゃいそう」
 その件に関しては、すでにちゃんとした形で恩返しをする約束を取りつけてあります。後はダイエットさえ成功すればいつでもゴーです。
「ちょっとお母さんは黙っててよ! 今はそういう話をしてるんじゃないんだからっ!」
 ちょっと興奮気味に姉さんが言い放ちました。
 この娘はいったいなんなの……、とお母さんは納得できない様子でぶつくさ言ってます。
「それでなんだけど……涼ちゃん、あたしのことでなにか言ってなかった?」
「なにも言ってないわよ」
 即答です。
「ちょっとくらい考えてから言いなさいよ」
「……なにも言ってないわよ」
 ちょっとだけ考えてから言いました。
「だーかーらー、そういうのじゃなくて。ほらっ、実際には言葉にしてなくても、話の節々やなにげない態度から、涼ちゃんがあたしことを気にしてるなーって感じたりすることがあるでしょう。そこのところはどうなのよ?」
 難しい注文ですね。
「これといってなにも感じたことはないわ」
 でも正直に答えました。
「……ふー……本当はなにか言ってるんじゃないの? 暫く初穂さんと会ってないけどどうしてるのかな〜、とか? たまには初穂さんも家に遊びに来ればいいのにな〜、とか?」
「そんな話、聞いたことないわね。まずあの家で姉さんの話題が出たことなんて一度もないわよ」
 今まで誰もその存在すら知らなかったわけですから、当然と言えば当然です。
 明らかに不機嫌オーラをまき散らすようになった姉さんは、もの凄い勢いで目の前の大盛りご飯に襲いかかりました。
「ガツガツガツガツ!」
 ヤケ食いでしょうか。
「だいたいおにーさんってなにっ!? 血、繋がってんのかっ! 実は隠し子かっ! 義兄弟の契でも結んでんのかっ! 涼ちゃんとアンタは兄妹でもなんでもないでしょ!」
 今度は八つ当たりですね。
「今さらなにを言ってるのよ。昔からずっとそういう呼び方だったでしょ」
「昔からずーっと気に入らなかった! なんか卑猥な香りがする!」
 何年分の恨みつらみが込められているのでしょうか。
「もうっ、汚いから食べながら話さないでよ」
 ポンポンとご飯粒が飛んできます。
 相手にするのもめんどくさいので、さっさと家を出ることにしましょう。
「それじゃあ行ってくるわね」
「行ってらっしゃい。車には気をつけてね」
「……行ってらっしゃい」
 今のはお父さんです。挨拶の後は一言も喋ってませんでしたけど、さっきからずっといましたよ。
「姉さん、行ってくるわね」
「ガツガツガツガツ!」
 無視ですか。まぁ、いいでしょう。
 それでは乃木家に行くことにしましょうか。これから向こうで一仕事あるので大変です。
 というわけで午前七時半、私は鞄を持って家を出ました。


 ピンポーン。
「……」
 ピンポーン、ピンポーン。
「……」
 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
「出ないわね」
 乃木家のインターホンを鳴らしても、うんともすんとも応答がありません。まぁ、いつものことなので驚きはしませんが。この時間だと、おにーさんは学校に行っているので家にはいません。いるのは真帆奈だけです。出てこないということは、出られない状況になっているのでしょう。
 仕方がないので、私は家の中におじゃますることにしました。ちなみに、これは不法侵入ではありませんよ。ちゃんとおにーさんの許可は得ていますからね。
 家の中に入りました。おや? なぜかドアチェーンが壊れていますね。ていうか、綺麗に切断されています。空き巣でも入ったのでしょうか? 物騒ですね。
 一階には真帆奈がいる気配はありませんでした。二階に行きましょう。真帆奈の部屋のドアをノックして開けました。予想通り誰もいません。
「やっぱり向こうか……」
 私は隣に行って、おにーさんの部屋のドアを開けました。無人であるはずのおにーさんのベットの布団が、こんもりと膨らんでいます。発見です。
「真帆奈、いつまでそんなことをしているの。いい加減にしないと遅刻するわよ」
「……」
 返事がありません。時間がないので、とっとと実力を行使しましょう。
「真帆奈、早く起きてっ」
 私は強引に布団を剥ぎ取りました。
 おにーさんの枕に顔を埋めて身悶える真帆奈が現れました。
 しかも、なぜか裸です。
 乃木真帆奈――ご存知、私の親友であり、私の想いの人の妹です。
 絹のような長い黒髪、愛らしく笑顔がとても似合いそうな顔立ち、淡雪のように白く可憐な柔肌、小柄で華奢な体躯。と、その容姿は、同性の目から見ても思わずぎゅーってしたくなるほどの美少女っぷりです。
「真帆奈……毎日毎日同じことを繰り返すのはやめてくれる? 私は朝からあまり疲れたくないの」
「……」
「ちょっと聞いてるのっ!?」
 私は真帆奈の身体を揺さぶりました。
「ふ、ふにゃ〜……」
 真っ赤に顔を火照らせた真帆奈が、色っぽい奇声を発しました。目がぐるぐるになっています。これはちょっとばっかし駄目そうです。完全にできあがっちゃってます。
「真帆奈、しっかりして」
 ペシペシと私は真帆奈の頬を優しく叩きました。
「ほよ……う、麗ちゃん? いつの間に?」
「さっきからずっといたわよ」
 まさか自分が学校へ行った後で朝から妹がこんなことをやっているとは、流石のおにーさんも夢にも思ってないことでしょう。
「そんなことよりも聞いて麗ちゃん! 大発見だよっ!」
 朝からえらいテンションが高いです。
「なにを発見したというの?」
「裸になってお兄ちゃんのお布団の中でお休みしていると、ものすっごい『ぐわっ!』ってなるよ!」
「……」
 具体的になにがどうなっているのかよくわからない擬音ですが、真帆奈の申しわけない程度に隆起した胸の薄桃色はピーンと勃起しています。彼女が極度の興奮状態であることだけはよくわかりました。
「真帆奈は大馬鹿だよ! なぜもっと早くにこの裸ぶとんを試さなかったのか真剣に悔やむよ!」
 まぁ、くだらなすぎるので無視してもいいんですが、適当にあしらっておくことにしましょう。どんなに馬鹿馬鹿しくてもコミュニケーションは大切です。
「人生なんてそんなものよ。あの時はああしておけばよかった、と人は星の数ほどの後悔を重ねて成長する生き物なのよ」
「うにゃ〜……」
「ちょっと真帆奈! 人のセリフを完全に無視してまた寝ようとしないで!」
 せっかくこっちは付き合ってやったのに、言わせっぱなしはやめて欲しいです。
「うにゅ?」
「『うにゅ?』じゃないわよ。そんな可愛らしく小首を傾げても駄目よ。早く起きて制服に着替えて」
「なにを言ってるの、麗ちゃん。制服に着替えるとかありえないよ。真帆奈の戦いはまだ始まったばかりなのだ」
「あなたは朝からいったいなにと戦っているの?」
「しいて言うなら、この誤った社会の流れとだよ。近親相姦も児童ポルノも規制規制! アマゾンでコミックLO が販売停止になる世の中なんて絶対に間違ってるよっ!」
 私の親友は、早朝からそんな巨大な敵と戦っていたんですね。全然知りませんでした。
「あなたがどんな抵抗勢力と戦おうがそれは自由だけど、とりあえず今は学校に行きましょ。ほらっ、早く起きて」
「うにゃ〜……」
「言ってるそばから寝ようとしないっ!」
「な、なんなの麗ちゃん? なぜそんな執拗に真帆奈の前に立ちはだかろうとするの?」 
「そんな人聞きの悪い言い方はやめてちょうだい。遅刻するって言ってるでしょ」
「うー、しょうがないなー」
 なにを思ったのかは知りませんが、真帆奈がおにーさんの枕を私の前に差し出してきました。
「なに……?」
「今日は特別にお兄ちゃんの枕を貸したげるよー。これで麗ちゃんも一緒に裸ぶとんを堪能すればいいのだ」
 ドヤ顔の親友。
 確かにこれは甘美な誘惑ではあるのですが、負けるわけにはいきません。真帆奈を遅刻させてしまっては、おにーさんに会わせる顔がありませんからね。
「私は遠慮しておくわ。あなたも早く起きなさい。本当に遅刻するわよ」
「……」
 なぜでしょうか? 親友からジト目で見つめられています。
「どうしたの?」
「……そんな優等生ぶった正論を吐くなんて、今日の麗ちゃんはなにか変だよ」
 不本意な言われようですね。
「なにを言ってるのよ。いつもこうしてあなたを起こしているでしょ」
「それが変なんだよー。『ぐわっ!』だよ『ぐわっ!!』。いつもの麗ちゃんなら、もっと飢えたピラニアのように食いついてくるところだよ。もうこの瞬間にも、ルパン脱ぎで全裸になってお兄ちゃんのベットに飛び込んでいてもおかしくないよっ」
 誤解をまねくような発言は控えて欲しいです。まるで私がいつもそんなはしたないことをやっているようではありませんか。
「私は人前でそんな簡単に裸になったりしません」
「そんなの絶対おかしいよ! 玄関開けたら二分で全裸の麗ちゃんらしくないよ!」
「そんなありもしない事実を大昔のCMのフレーズを使って流行らせようとしないで!」
 まったく。いったいどこの露出狂の話なんですか。
「真帆奈に内緒でお兄ちゃんと一緒にお風呂に入ってた癖に……」 
「ハッハッハー。そんな昔のことはとっくに忘れたわ。私は未来志向の女なのよ」
 まだ例の旅行でのことを根に持っているようですね。しつこい娘です。
「だいたいその話は、もう淑女協定を締結したんだからすでに解決済みでしょ」
 淑女協定――細かいことはここでは述べませんが、ようするに抜け駆けするなって協定です。
「……やっぱり変だよ。まるで借りてきた猫状態だよ。麗ちゃんは、いったい誰にいい娘に思われようとしているの?」
「誰にって……ここには私と真帆奈しかいないわよね。変なのはあなたの方よ。おかしな勘ぐりはやめて」
「うー、昨日一緒にお兄ちゃんのパンツを――」
「わーわーわー!」
「いったいどうしたの、麗ちゃん? ここには真帆奈と麗ちゃんの二人しかいないはずだよ。だから今ここで昨日の隠されたエピソードを公開してもなんの問題もないはずだよ」
「昨日のことはべつにどうでもいいじゃない。だいたいそんなエピソードを悠長に公開している余裕なんてはないわ」
 みなさんも知っての通り、真帆奈は時々おかしなことを言いますからね。おにーさんのパンツがどうたらこうたらとか、決して鵜呑みにしてはいけませんよ。
「昨日一緒にお兄ちゃんのパンツを漁って、その後で――」
「わ、わかったわ、真帆奈。私もちょっとだけおにーさんのベットで休憩してみようかしら」
「おー、それでこそいつもの麗ちゃんだよー」
「『いつもの』は余計よ」
 深い意味はありませんが、ちょっとだけ真帆奈に付き合ってみることにしました。本当に深い意味はありません。ただ気が変わっただけです。
「でも、本当に少しだけよ。後、少しだけ休憩したらすぐに学校に行く準備をするのよ」
「わかってるよー。早く早くー。カマ〜ン」
 裸の親友が人差し指をクイクイさせて挑発してきます。
 やれやれです。本当に時間がないので手早くいきましょう。
 私は素早く制服と下着を脱いで生まれたままの姿になると、えいやとおにーさんのベットに飛び込みました。
「これで麗ちゃんも裸ぶとんの虜だよ。ほらほらー、枕も使ってみて〜」
「はいはい」
 私はおにーさんの枕にぽふっと顔を埋めてみました。
 ふむふむ……。
 ほほー……。
 なるほど……。
 ……こいつは、ぱねーな。
「どうよどうよー、いいでしょー」
 真帆奈が嬉々として聞いてきます。
 確かにこれは、想像以上によいです。
 ぶっちゃけ全裸になっておにーさんのベットで寝ているシチュだけでご飯三杯はいけますし(食べたら駄目ですけど)、おにーさんの匂いが色濃く染み付いた枕をクンクンしていると、もう「アーッ!!」って叫びたくなってきます。
「そうね。まぁ……思ったよりいいわね……」
 まずいです。これはちょっと癖になってしまうかもしれません。裸ぶとん、恐るべしです。
「くっくっくっ、真帆奈の思った通りの展開だよ」
 なんだか癪にさわる展開です。
「そして、ここで真帆奈は温存していた予備戦力を投入するよっ」
 真帆奈は布団の奥の方をゴソゴソと漁り出しました。
 そして、
「てれれてってれーっ! お兄ちゃんの脱ぎたてパジャマなのだ!」
 と、有名な効果音と共に超レアアイテムを取り出しました。
「おおー」
 家族でなければ決して手に入れることができないお宝です。こいつは一本取られましたね。
「これをこうしてこうで……うっしっしっ」
 真帆奈はおにーさんのパジャマの上着を羽織ると、ズボンの股の部分に顔を埋めて、これでもかと言わんばかりにクンカクンカしました。
 パタリ。
 真帆奈は倒れました。
 そのまま動きません。
「……真帆奈、大丈夫?」
「ふ、ふにゃぁぁ〜……あっ、ああ……い、いいぃぃ……」
 で、私の親友はその幼い裸体をピクピクと痙攣させています。
 エピソードを重ねるたびに、この娘の変態がどんどん悪化していくのが正直怖いです。
「……う、麗ちゃん……お布団をかぶせて……」
 真帆奈が息も絶え絶えに言いました。
 仕方がないので言われた通りにします。私たちは、狭い布団の中でお互いの裸体を寄せ合いました。
「あっ……おにーさんの匂いが……」
 全身がおにーさんの匂いで包み込まれてしまいました。まるで抱きしめられているかのような錯覚を覚えます。うはっ、ちょーやべー。これは確かに、ぐわっ! っとなってしまいますね。
「クンクンクン……はぁ、はぁ……あっ……や、やだぁ……」
 奥底からぬるっと熱いものが込み上げてきました。おにーさんのベットを汚してしまわないか非常に心配です。が、その緊張感がまた性的興奮に繋がってしまい、ここにいけない好循環が成立してしまいました。
「…………ダ、ダメーッ!」
 私はがばっと跳ね起きました。
「はぁ、はぁ……」
 ふー、危うくお痛をしてしまうところでした。こんなことをしていては、もう学校へ行けない身体になってしまいます。休憩は強制的に終わりにしましょう。……べ、べつに名残惜しいとか思ってないんですからねっ!
「真帆奈、休憩は終わりよ。早く学校に行く準備をして」
 隣を見てみると、いつの間にか真帆奈はおにーさんのズボンを頭からかぶっていました。
 困った娘です。
「早く起きなさいっ」
 おにーさんのズボンを剥ぎ取りました。
「ほよ……う、麗ちゃん? いつの間に?」
「それさっきやったわよ。約束よ。早く起きて着替えて」
 時計を確認してみると、もう八時前です。本気でヤバイです。
「うー……今日はもう学校をお休みするって選択肢もあるんだよ」
「ないわよ。そんなことしたら後でおにーさんに叱られるんだから」
「お兄ちゃんにお仕置きしてもらえるなら、それはそれで悪くないかも……」
 ドMの扱いは本当に難しいです。
「駄目よ。それは私が許さないわ」
 そんなことを見過ごせば、私の面目は丸潰れです。最悪、引きずってでも学校に連れて行きます。
「うー、麗ちゃんだって本当はまだもの足りないって思っているはずだよー」
「思ってないわ。もう充分におにーさん分は堪能しました」
「そんな強がりばっかり言って……じゃあ、このビーチクの状態はどう説明する気なのっ」
「きゃあっ!」
 真帆奈が私の無防備な乳頭をきゅーってしてきました。
「ほらー、こんなにピンコ立ちになってるよっ。まったくっ! 真帆奈は許せないよっ!」
「な、なにが許せないの……あっ……こ、こらっ……やめなさい……あんっ……」
 私はあっけなくベットに押し倒されてしまいました。
「真帆奈に無断でこんなにおっぱいを大きくして。とりあえずおっぱいは大きければいいなんて安易な発想だよっ。まったくっ! 真帆奈は許せないよっ!」
「ちょっと……趣旨が明らかに変わってるじゃない……。い、いやぁん……あっ、あっ……だめぇぇ……はうぅっ……」
 真帆奈は私の身体の上に覆いかぶさってくると、執拗に胸部への攻撃を開始しました。
 この娘……結構上手いです。抵抗できません。そして、不本意にも少し感じてしまっている私がいました。く、悔しい……。
「ほーらほーら、ええのんかー。ここがええのんかー。くっくっくっ」
「んん……っ、あっ、あっ……そ、そんな……はぁ、はぁ……はぁああんっ!」
 ここまでいいようにされてしまっては、流石の私も黙っていられません。
 反撃開始です。
「い、いい加減にしなさいっ!」
 私は真帆奈の身体を押しのけてマウントを取ると、ペッタンコを乱暴に揉みしだいて先端のサクランボをクリクリと弄り倒しました。
「はにゃぁーっ! う、麗ちゃん! なんてことをするの!?」
「自分からやってきておいてよくそんなことが言えるわね。もう許さないわよ。ほらっ、早く降参しなさいっ!」
「えっ! そ、そんなことまでっ!? いやぁんっ……はうぅぅっ! にゃっ、にゃっ……は、はにゃぁぁぁーっ!」
 私がなにをやったのかは、ここで詳しくは記述しません。裏技とだけ言っておきましょう。ふふふっ。
「あらっ、真帆奈、もう終わりかしら? まだまだあなたには負けないわよ。さぁ、なにか言うことはない? ん? ごめんなさいは?」
「う、ううっ……こ、こうなったら真帆奈も奥の手を出すよっ! がおーっ!」
「まだそんな力が残っていたの!? えっ……きゃあぁぁ、い、いやぁーっ! 真帆奈、いくらなんでもそれは恥ずかしいわ!」
「もうこうなったらルール無用のデスマッチだよ。降参するのは麗ちゃんの方なんだからっ。早く負けを認めないと赤ちゃんができちゃうよ。うっしっしっ」
「な、なんですって……あ、赤ちゃんができちゃうのは真帆奈の方よっ!」
「はううっ! 麗ちゃん、そんな奥までっ!? ら、らめぇぇぇーっ!!」
 本当になぜこんなことになってしまったのか自分でも理解できませんが、私たちはおにーさんのベットの上で、勝敗が決まるまで己が極めた技の数々を出し尽くすのでした。
 

 なんとか学校には間に合いました。
 とは言っても、ギリでした。ホームルームが始まる十秒ほど前に教室に飛び込んだんです。
 やっぱり朝から馬鹿なことをやっていてはいけませんね。まだ少し身体が気だるいです。おかげで一時間目の授業は全然集中できませんでした。反省します。
 あっ、ちなみに勝負は私が勝ちました。ちょっと本気を出せばこんなものです。まだまだ真帆奈には負けませんよ。ふっふっふっ。
 さて、そんな我が親友はというと、私の後ろの席でなにやら物思いに耽っているようです。こうして黙って座っていると、本当に深窓の令嬢のようにしか見えません。こんな娘がまさか朝から変態行為に勤しんでいたとは、誰も夢にも思わないことでしょう。
「麗ちゃん」
 真帆奈が唐突に発言しました。
「なにかしら?」
「実は重大なニュースがあるんだよ」
 真帆奈は珍しく真剣な表情をしています。
 急に改まって、いったいなんの話でしょうか? 気になります。
「実は……朝、急いでたからパンツを穿いてくるの忘れたよ」
 ズッコケました。
「ちょっ……あなた、いったいなにやってるのよ……」
 普通は気付くでしょ。るんちゃんじゃあるまいし……。すると現在はノーパンですか。流石にそれはまずいです。
「今日はあまり動かないでじっとしときなさい」
「そうするよー。ところでなんだけど、パンツを穿いてないだけでこんなにもドキドキするんだね。いつもとは世界が違って見えるよ。また大人の階段を一つ上がったね」
 やれやれです。
「乃木さん、秋山さん、おはよう。今朝は二人共来るの遅かったね。なにかあったの?」
 クラスメイトの――奥風花がやって来て言いました。
「風花ちゃん、おはよー」
「おはよう、風花」
 風花とは二年に進級してからお友達になりました。最初の席替えで同じ班になった真帆奈と気が合ったみたいです。以来、私と真帆奈と風花で、いわゆる仲良し三人組を結成しました。
 風花は成績優秀で運動もできる優等生です。性格は温厚で控えめ、容姿はおかっぱに眼鏡と一見すると地味目ではありますが、よく見ると凄く綺麗な顔立ちをしています。そして、スタイルは控えめではなく抜群です。イメージがしやすいように例えると、デュララの園原杏里によく似ています。
 と、まぁ簡単に紹介するとこんな感じの娘ですので、本人は気付いてませんけど隠れファンがどっさりといたりするんですよ。
「そうなんだよ、風花ちゃん。実は朝から麗ちゃんと一緒に裸ぶと――もがっ……」
 私は咄嗟に真帆奈の口を塞ぎました。
「真帆奈、あまりそういう話を外でしたら駄目だって言ってるでしょ」
 そして、真帆奈の耳元で囁きます。
「……あっ、そうだったね。うっかりしてたよ」
 うっかりされては困ります。
「はだかぶと?」
 風花の頭の上から、クエスチョンマークががポンポンと出ています。
「なんでもないわ、風花。今のは忘れて」
「そうだよ、風花ちゃん。今のは聞かなかったことにして欲しいよー」
「えっ、そうなの……じゃあ、よくわからないけどそうする」
 風花は聞きわけのいい娘で助かります。
 で、適当に遅くなった理由を考えていたら、真帆奈がまた馬鹿なことを言いやがりました。
「実は麗ちゃんのウンチが長引いて遅れたんだよー」
「な――ッ!!」
「えっ、ウ、ウンチ……」
「そうなんだよー。麗ちゃんがトイレに閉じこもっていつまでたっても出てこなかったんだよ。真帆奈はちゃーんと起きて準備してたんだけどね。かれこれ一時間ぐらいはトイレに閉じこもってたよ」
「……」
 このノーパン娘が……ッ。ふふっ……どうやら一度、本気でシメる必要があるようですね。
「そ、そうなんだ……秋山さん、お腹の調子が悪いの?」
「下痢なんだよー。ねっ、麗ちゃん」
「下痢じゃありませんッ!!」
「うおっ、びっくりしたっ。どうしたの、麗ちゃん? そんなに興奮して?」
「風花、今のは全部嘘だから信用しないで。遅くなったのは真帆奈の寝坊が原因よ」
「ああ……やっぱり。たぶんそうじゃないかなとは思ってた」
 風花は最初からあまり信用していなかったようです。いい娘です。
「えー、ちょっと待ってよー。全て真帆奈のせいにされてしまうのは納得いかないのだ」
「実際に全部あなたのせいでしょうがッ!」
「うー、なぜそんなにもプリプリしてるのかさっぱりだよ」
 こいつだけは絶対にろくな死に方はしません。
「その話はもういいわ。それで次は英語の時間だけど、ちゃんと宿題はしてきたの?」
「もちろんだよー。真帆奈、宿題好きー。お兄ちゃんも宿題と聞けば、真帆奈を無下にはできないのだ」
 いつもどおり、おにーさんに教えてもらったわけですね。羨ましいです。次は混ぜてもらいましょう。
「できれば保健体育の宿題も出して欲しいよ。実技のっ」
 まぁ、望み薄な話でしょうね。
「乃木さんはお兄さんの話ばかりね」
 風花が純粋な瞳で微笑んでいます。
「優しいお兄さんがいて羨ましいな」
「もちろんお兄ちゃんは世界一真帆奈に優しいよー。でも真帆奈は、そんなに優しくなくてもいいと思うんだよ」
「えっ、なぜ?」
「欲をいうならもっと厳しさが欲しいんだよ。例えば宿題の問題を間違えたら鞭でお仕置きをして、正解したらご褒美に咥えさせてもらえるような、そんなメリハリがもっと欲しいんだよー」
「むち? くわえさせる?」
 再び風花の頭の上から、クエスチョンマークがポポポポーンと連発しています。
 地雷を踏みそうなので、話題を変えましょう。
「ところで、風花に兄弟はいるかの曲芸?」
「えっ、いるかのキョクゲイ?」
 風花に古いネタは通じないようです。
「兄弟はいるのかってことよ」
「そ、そうなんだ。えっと……いないよ。私、一人っ子なの」
「そうだったの」
 風花はしっかりしているので、てっきり弟か妹がいるのかと思っていました。
「うん、だから兄妹とか憧れちゃう。乃木さんの話を聞いていると、私にも優しいお兄さんがいたらっていつも思うのよ」
「流石、風花ちゃん。兄妹の素晴らしさを理解しているね。風花ちゃんもお兄ちゃんのお布団で一緒に寝たり、一緒にお風呂に入ったりしたかったんだね」
「い、一緒に寝る? お、お風呂?」
「風花、冗談よ。ちょっとした真帆奈ジョークよ」
「あっ、そっか……そうだよね。も、もうっ、乃木さんったら、そんなことばっかり言って」 
 風花は頬を薄桃色に染めて言いました。
「ほよ?」
 真帆奈は、なにか私はおかしなことでも言ったのかなーってな顔つきです。
「そうだっ。真帆奈はいいことを思い付いたよ。風花ちゃん、今度家に遊びに来ればいいよ。そしたら真帆奈のお兄ちゃんを紹介してあげるのだ」
「それはいい案ね。みんなで遊びましょう」
「私も遊びに行っていいの?」
「もちろんだよー。お兄ちゃんもきっと大歓迎してくれるはずだよ」
「嬉しいけど、そんな歓迎とかされるとちょっと恥ずかしいかな」
「恥ずかしいのは最初だけだよ。すぐに気持ちよくなるから」
「えっ……なぜ気持ちよくなるの……?」
「それは真帆奈の家に来ればわかるよ。くっくっくっ」
「おにーさんは優しくてツッコミスキルを保有しているから、いくらでも安心してボケられるわよ。ちゃんとそれまでにネタを考えておいてね」
「……なにかネタをしないと駄目なの?」
 風花は少々困惑の様子です。
「まぁネタは冗談だけど。私が思うに、風花とおにーさんの相性はいいと思うわよ。風花は優しいお兄さんが欲しかったのよね。だったら本当のお兄さんだと思っていっぱい甘えちゃうといいわ。ふふっ」
「そ、そんなっ。友達のお兄さんに甘えたりなんかできないよっ」
「他ならぬ風花ちゃんの頼みだから、真帆奈はBまでなら許すよ」
「ビ、Bーッ!? そ、そんなこと頼んでないよっ!」
「風花、本気にしないでね。マイケルジョーダンよ」
 親父ギャクでフォローしておきます。
「あっ……マ、マイケルね……。もうっ、二人してそうやってからかってばっかり……」
 風花は反応が楽しいので、ついついイジってしまいます。
「そうだ。秋山さんには兄弟はいるの?」
 気を取り直した風花が聞いてきました。
「いないわよ」
 即答しました。
「いるよー。麗ちゃん、師匠のことを忘れてるよっ」
 真帆奈は、私の姉さんのことをなぜか師匠と呼びます。その理由も、いつ頃からそう呼ぶようになったのかも、誰もよく覚えていません。
「そうね。そういえば姉さんが一人いたわね。ごめんなさい。忘れてたわ」
 姉さんの件に関しては本当に突然のことだったので、私も少々戸惑っているんです。「なんでZの前にサイサリスやデントロビウムが開発できるんだよ!」みたいなもんです。
 キンコンカンコーン。
 ここで休み時間終了のチャイムが鳴りました。
「じゃあ、席に戻るね」
 風花は自分の席に戻りました。
 さて、次の授業は一時間目みたいにならないように気合を入れていきまっしょい。
 授業中のことをいちいち書いてもつまらないでしょうから、お昼休みまでワープします。実はちょっとした事件があったんですよ。
「麗ちゃん、聞いてっ! ビックニュースだよ!」
 お弁当を食べた後、お花を摘みに行って教室に戻って来た私に真帆奈が言いました。
「なにかあったの?」
「風花ちゃんについに好きな人ができたんだってっ!」
 クラスのみんなに丸聞こえです。男子たちがチラチラとこちらを興味深そうに見ています。
「乃木さん、声が大きいっ!」
 風花が真っ赤な顔で抗議しました。
 なるほど。確かにビックニュースです。女の子が三人集まれば恋話と相場は決まっているのですが、恥ずかしがり屋さんの風花は、今まで一度もその手の会話には乗ってきませんでした。恐ろしくガードが堅かったのです。しかし、ここにきてようやく真帆奈が話を聞き出したようです。これは根掘り葉掘りと追求せねばなりません。面白くなってきました。
「風花も隅に置けないわね。ぜひに私にも詳しく聞かせてもらいたいわ」
「違うのよっ。全然そういうのじゃないのよっ」
「隠さなくてもいいじゃない。人が恋をするのなんてあたりまえのことなんだから。ほらっ、早く麗お姉様に恋話を聞かせなさい」
「だ、だから違うのッ!」
 眼鏡が曇るくらいに、風花はホッカホッカになっています。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。可愛い娘です。
「風花、これでも飲んでちょっと落ち着いて」
 ペットボトルを風花に手渡しました。
 ゴクゴクゴク……。
 風花がミネラルウォーターを飲んでいます。いい飲みっぷりです。
「ふはぁっ……はぁ、はぁ……」
「さて、落ち着いたところでじっくりと恋話を聞きましょうか。ていうか、さっさと洗いざらい白状しろ」
 私は、ずいっと風花に迫りました。
「ひいぃぃっ!!」
 風花は華奢な肩をビクゥッ! とさせて後ずさりました。まるで臆病なフェレットみたいで、嗜虐心がビシバシそそられます。じゅるり。
「麗ちゃん、そんなに風花ちゃんを怖がらせたらだめだよー」
「あらっ、べつに怖がらせてないわよ」
「ドSの麗ちゃんがそうやって青鬼院蜻蛉のように迫ると、風花ちゃんじゃなくてもドン引きしちゃうんだよー」
「私はドSじゃありませんっ」
 あんな変態と一緒にしないでもらいたいです。
「しょうがないから真帆奈が話すよ。実は風花ちゃん、図書館で出会った彼に一目惚れしてしまったのだよ。うっしっしっ」
 ほほー。一目惚れですか。それはまた乙女チックな話じゃないですか。
「誰も一目惚れだなんて言ってないっ!」
「風花ちゃん、図書館で出会った人に恋してしまったって言ってたじゃない」
「ちょっと気になってるって言っただけだよっ!」
「気になって夜も身体が火照って眠れないなら、恋をしている証拠だよー」
「身体が火照る!? そ、そんなことも全然言ってないよっ!」
「あれれー、そうだったかなー。真帆奈の耳にはちゃんとそう聞こえたのだ」 
 なんだ。いつもの真帆奈の現実歪曲でしたか。
「もうっ!」
 風花はぷくーと頬を膨らませました。
「でも気になっている人はいるわけよね?」
「う、うん……それはそうだけど。でも、本当にちょっとだけだよ。乃木さんがあまりにもしつこく聞いてくるから言っただけなの……」
 ポロッと口が滑ったら喰い付かれたわけですね。ご愁傷様です。
「その人は知り合いなの?」
「……知らない人なの。週末に図書館に行くとたまに会うことがあるんだけど……」
 週末に図書館ですか。メモメモ。
「もしかして名前も知らないとか?」
「うん、知らない……」
「しゃべったことはあるのかしら?」
「ない……。あっ、でも……一度だけ高い場所にあった本を取ってもらったことはあるの」
 本を取ってもらったことがあると……。で、名前も知らない。喋ったこともない、と。ふむふむ。つまり完全に赤の他人ですね。また随分と甘酸っぱいことをしているじゃないですか。実に風花らしいです。
「べつに好きとかそんなんじゃないのよ」
「結論はそう簡単に出してはいけないわ。もっと情報を集めて分析しないと真実は見えてこないのよ、ワトソンくん」
「ワトソンくんって……わざわざ分析してもらわなくてもいいのに……」
 風花は、あからさまに言うんじゃなかったって顔で嘆息しました。
 もう遅いです。
「それでそれでー、どんな人なの。カッコイイのー?」
「そ、そんなことまで話さないと駄目なの?」
「もちろんよ。人相がわからないと身元を特定するのは難しいわ」
「身元を特定する気なのっ!?」
 風花は勢いよく立ち上がって言いました。ボヨーンと胸が二、三回揺れます。
「冗談よ。私たちは陰から見守るだけだから安心して。ふふっ」
 楽しいです。おにーさんが見ていたら、先っぽが尖った尻尾をフリフリとか言うのでしょうか。
「そうだよー。真帆奈と麗ちゃんは、陰守マモルのような存在なのだ」
「ううっ……」
 風花は暫く唸り声をあげていましたが、ついに観念したらしく、ボソボソと語り出しました。
「たぶん高校生くらいだと思うんだけど……格好いいというか女の子みたいな綺麗な顔をしていて、凄く優しそうな感じの人なの……」
 高校生で、顔が女の子みたいに綺麗で、優しそうで、本が好きですか……。あれっ、もの凄く身近にそんな人がいるような気がします。気のせいでしょうか?
「風花ちゃんにもついに春が来たね。真帆奈は全力で後方支援するよ。こんどーむの補給は任せて欲しいよ。くっくっくっ」
「そ、そんなことしなくていいよっ!」
「あらっ、ピルの方がいいんじゃないかしら。彼だってそっちの方が喜ぶと思うわ。ふふっ」
「おー、流石麗ちゃんだよー」
「も、もうこの話はおしまいっ! これ以上聞かれてもなにも答えないからねっ!」
 風花はぷいっとそっぽを向きました。
 拗ねてしまいました。ちょっとからかいすぎましたかね。
「拗ねない拗ねない。風花、機嫌を直して。メントスあげるから。ほらっ、ア〜ンして」
「もう知らないっ」
 ふふっ、可愛い娘です。
 そんな時でした。
 いかにもスポーツマン風の少年――児玉光が教室の中に入って来ました。
 彼は、私と真帆奈の幼馴染です。サッカー部に所属していまして、背が高くてスポーツ万能の爽やかボーイですので、学校内でとても人気があるんですよ。サッカーの練習時に複数の黄色い声援が飛んだりするくらいです。
「あっ、光ちゃんだー」
 真帆奈も気が付いたようです。
 光くんは私たちを見つけると、ギクシャクといった擬音が聞こえてきそうなロボットダンスのような足取りでこちらにやって来ました。なにか用事でもあるのでしょうか?
「光ちゃん、どうしたのー?」
 真帆奈がニコニコ顔で聞きました。
「……」
 光くんは無言です。ちょっとフルマラソンでもしてきたくらいに汗だくです。
 いつにも増してテンパっていますね。彼は真帆奈の前に出ると大なり小なりこんな風になります。もう昔っから真帆奈にずーっと恋をしているんです。いわゆる、片思いってやつです。一途ですね。まぁ、私も似たようなもんですけど。
「ほよ?」
 真帆奈が小首を傾げました。
「の、の……ぎ、ぎ、ぎ……」
 そんな可愛い仕草がズキューンときたのか、光くんは自分の胸を押さえて増々テンパっていきます。
「光くん、大丈夫? ちょっとこれでも飲んで落ち着いたらどうかしら」
 ペットボトルを渡すと、光くんはゴクゴクと喉を鳴らしながら一気に飲み干しました。そして、キリッと精悍ともいえる決意に満ちた表情をすると、
「……の、の、乃木ッ! は、話があるから放課後に時間を作って欲しいッ!」
 と、真帆奈に向かって言い放ちました。
 姉さん、事件です。


 三笠市立第三中学校には一つの伝説があります。
 校庭のはずれにある樹の下で告白をして生まれたカップルは永遠に幸せになる、というそんなコナミチックな伝説です。
 冷静に考えればそんなことあるわけないのですが、恋を患った思春期真っただ中の少年少女たちには、そんなソース不明な怪しげな力にでもあやかりたくなってしまうものなのでしょう。スマートフォンがあたりまえのごとく普及するようになった現在でも、第三中学校の定番の告白スポットとして成立しています。
 そんな伝説の樹の下に可憐な黒髪の少女がぽつんと一人。
 真帆奈です。
 昼休みにやって来た光くんに、放課後になったらここで待っているように言われたのです。
 私はその左前方五十メートルほどの体育館の隅の死角で監視任務にあたっています。もう慣れっこです。こういうことは以前にも何度もありましたから。真帆奈のモテモテは今に始まったことではありません。ですが、まさかあの光くんが告白を決意したのは予想外でした。
 私と真帆奈と光くんは、家が近いこともあって幼稚園に入る前からの付き合いになります。昔の光くんは今とは違って凄く泣き虫で、私たちと家でゲームやおままごとなどをして一緒に遊んでいました。「ボク、将来は真帆奈ちゃんのお婿さんになるっ!」がその頃の彼の口癖です。「真帆奈はお兄ちゃんのお嫁さんになるからだめだよー」といつもやんわりと断られていました。
 まぁそんな古くからの付き合いですので、できれば彼の恋を応援してあげたいのはやまやまなのですが、こればっかりは私にもどうすることもできません。真帆奈のお兄ちゃん大好き病は今に始まったことではありませんので、残念ながらなけなしの勇気を振り絞った光くんの告白は、無慈悲にも玉砕に終わってしまうことでしょう。哀れではありますが、これも人生なのです。後でどうやって慰めてあげればいいか今から頭が痛いです。
 携帯電話が振動しました。真帆奈からメールです。
『退屈だよ〜(´・ω・`)』
 真帆奈を見てみると、ふぁあ〜と大きな欠伸をしています。全然、緊張感がありません。まさか今からなにがあるのかわかっていないのでしょうか?
『光くん、もうすぐしたら来るわよ』
 メールを返信しました。
 ここでこうして光くんを待ち始めて、かれこれ十五分ほどが経過しています。
 いけませんね。自分から呼び出しておいて女の子を待たせるなんてマイナスポイントです。告白は断られるとはしても、こういうことはちゃんとしておかないと駄目ですよ、光くん。
『そうだねー。もうちょっと待ってみるよ。ところで光ちゃん、いったいなんの話があるのかなー( ゚д゚)?』
 驚きました。本当になにがあるのかわかっていなかったようです。ここに呼び出されたのだから普通はわかるでしょうに……。
 これは乃木兄妹双方に共通して言えることなのですが、この二人は他者からの好意にもの凄く鈍感なのです。いくらなんでも気づくだろってなくらいスキスキ光線が向けられていたとしても、さっぱり気づきません。その一番の被害者が児玉姉弟ということになります。私もおにーさんの朴念仁ぶりには、たま〜にイラッとすることがありますから。
『さぁ、いったいなにかしらね。本人に聞けばわかるわ』
 そんなメールを返信して更に五分ほどが経過したところで、二人組の男子がこちらに向かってやって来ました。一方は待ち人の光くんですが、もう一人の方はいったい誰でしょうか? 背が高くて髪の毛サラサラのイケ面です。どこかで見たことがあるような気はするのですが。
 二人はなにやらボソボソと内緒話をしてから、サラサラヘヤーくんの方がやや緊張の面持ちで、真帆奈が待っている伝説の樹に向かって一人で歩いて行きました。
 うーん、これはいったいどうなっているのでしょうか? 残された光くんは、焦点の合わない目で呆然とつっ立っています。私がいることにも全然気づいていません。まぁ、だいたいの事情は状況から察することはできますが、一応本人を問い詰めてみましょう。
 私はくノ一のように光くんの背後に忍び寄って声をかけました。
「光くん」
「……」
 返事がありません。一心に真帆奈とサラサラヘヤーくんの告白の行方を見つめています。
「光くんっ!」
「うわぁぁっ! ……うげっ、あ、秋山!?」
「『うげっ』じゃないわよ。あなた、いったいなにをやっているの? 今の男の子はいったい誰?」
「い、いや……あの……アイツは与謝野だけど……」
「与謝野くん?」
 あー、そういえばサッカー部にそんな名前のもう一人の有名人がいましたね。なんでも時期サッカー部のキャプテン候補とかで、光くんと同じくらいサッカーが上手だそうです。
「なるほど。それで、なぜその与謝野くんが真帆奈ところに行ったのかしら? 私はてっきり光くんが告白するものだとばかり思っていたけれど」
「そ、それはその……与謝野に頼まれて……それで……」
 やっぱりです。友達に告白のセッティングを頼まれたので、断りきれず伝令役を務めたというわけでしたか。なんとお人好しな……いえ、ここまでくるともうほとんどマゾに近いですね。
「ふ〜ん。つまり光くんは、その与謝野くんと真帆奈が付き合っちゃえばいいって思っているのかしら」
「そ、それは困るッ!」
 じゃあなんで自分でお膳立てなんかするんですか。
「あっ! いやっ、こ、困るというかなんというか……むにゃむにゃ……」
 むにゃむにゃ言われてもこっちが困ります。
 しかし、よくよく考えれば身体は大きくなってもヘタレの光くんに告白なんかできるわけがありませんでした。心配して大損です。これはちょっとばっかしイジメてもバチは当たらないでしょうね。ふっふっふっ。
「あらっ、それを決めるのは真帆奈じゃないかしら。光くんがいくらむにゃむにゃ言ってもなんの意味もないわよ」
「ううっ……」
「与謝野くんって見た目は結構格好いいし、サッカー部の時期キャプテン候補なんでしょ。そんな彼に告白されたら、真帆奈もコロッといっちゃうかもしれないわね。しかも、他ならぬ光くんから紹介されたようなわけなんだし」
「しょ、紹介した覚えはないよ!」
「似たようなものでしょ。あーあっ、誰かさんが余計なことするからこんなことになっちゃった。これはもう告白の勢いと伝説の樹の力が重なって、ぶちゅーってやることやっちゃうかもしれないわね」
「ぶ、ぶ、ぶちゅー……ッ!?」
「いやっ、むしろやるに違いないっ!」
「はわわわ……」
 血を吐いた後のように顔面蒼白な光くん。
 こんなもんにしておきますか。なんだかとても酷いことをしているような気がしてきました。少なくとも真帆奈がよその男の人と付き合うなんてことはないですから安心してください。
 伝説の樹の下の男女に視線を向けてみると、告白はもう始まっているようです。もちろん、ここからではなにを話しているかまでは聞こえませんけど。
 おや? 与謝野くんがゴールシュートを決めた時のようなオーバーアクションをしてます。なにか動きがあった模様です。隣の光くんは、過呼吸になりそうな息遣いで見守っています。あっ、与謝野くんがこっちに向かって走って来ました。告白の行方はどうなったのでしょうか?
「おおおっ! 児玉、聞いてくれッ! 乃木さんはOKしてくれたよ!」
 彼は、ズザザーとスライディングをするような勢いで私たちの前で立ち止まって言いました。
「ええーっ!!」
 OKってことは、真帆奈は彼と付き合っちゃうってことですか!? これはまさかの展開です。
「これも全部、児玉のおかげだ! ありがとう! お前はやっぱり俺の親友、心の友だッ!」
 与謝野くんはこの喜びを心の友と分かち合いたいらしく、もう抱きつかんばかりの勢いです。熱い男です。
 暫く放心状態だった光くんは、突如、堰を切ったように滂沱と涙を流しました。
 で、
「う、うわぁーーんっ!!」
 と、慟哭しながらあさっての方角に疾走しました。
「お、おいっ!? 児玉、どうしたんだ!」
 それを与謝野くんが追いかけていきます。
 静かになった校庭のはずれに、生温かい風が吹き抜けていきました。
 伝説の樹の下から、真帆奈がこちらに向かってトタトタと走って来ます。
「麗ちゃん、お待たせ〜」
「真帆奈、さっきの彼の告白をOKしたって本当なの?」
「ほよ? したよー」
 本当だったんですか。これは驚きです。いったいこの娘にどんな趣旨変更があったのでしょうか。
「そんな気軽に……あなた、本当にそれでいいの?」
「べつにいいんじゃないかなー。ていうか、なにか問題でもあるの?」
 うーん、なにか話のズレを感じます。
「与謝野くんにどう告白されて、あなたはなんて答えたの? ちょっと詳しく説明してみてちょうだい」
「どうしたの、麗ちゃん? そんな根掘り葉掘りと」
「いいから、言ってみて」
「えっとねー、あの人にお友達になってくださいって言われたから、いいよーって答えたんだよ」
「ああー……」
 なるほど。お友達から始めましょうパターンですか。こう言われると断り辛いんですよね。友達になるのも嫌なのかよってことになりますから。本当に友達関係で終わるんならいいんですけど、結局後々付き合うのが前提みたいになってくるわけじゃないですか。この娘はそのあたりのことを深く考えてはないんでしょうけど。
「ちなみに真帆奈、もし恋人になってくださいって言われたらなんて答えていたの?」
「なにをバカなことを言ってるの、麗ちゃん。真帆奈は身も心も魂すらもお兄ちゃんに捧げた由緒正しい性奴隷だよ。もうすでにちゃんとしたご主人様がいるのに、よその人の恋人になんかなれるわけがないよ」
 憮然とした表情で真帆奈が言いました。
 当然、そういうことになるわけですか。わかってましたけどね。
「あなたも、罪作りな女ね……」
「うにゃ?」
 なにそれ美味しのって顔です。
 後々、めんどうくさいことにならなければいいのですが。まぁ、なにかあったら適当にフォローすることにしましょう。これもお目付け役の仕事です。
 そんなわけで、私たちは学校を後にしました。帰りは私の家に寄りました。
定例の淑女会議兼コスプレ衣装の寸法合わせのためです。
 現在、私用にゴッドイーターのアリスの下乳丸見え衣装を、真帆奈にはジェルノサージュのネイのロリコンホイホイ衣装を準備中です。完成したら撮影会を開きます。カメラマンはおにーさんにやってもらう予定です。今から楽しみです。
「そろそろ麗ちゃんには、お兄ちゃん攻略の作戦を真剣に考えて欲しいよ」
「私はいつも真剣に考えているわ。あの人が手強すぎるのよ。難攻不落の旅順要塞みたいなものね」
「やっぱり真帆奈は、もっと露出度を高めて勝負するべきだと思うんだよ。もう常に裸っ。これしかないよっ」
「それは駄目よ。それだとかえって警戒させてしまうだけだわ。それに、見えそうで見えないチラリズムの方が男の人のリビドーを駆り立てるんものなんだから」
「そういえばその手の写真集が売れたって聞いたことがあるよ」
「『SCHOOLGIRL COMPLEX』のことね」
「それだよっ。だったらすぐに『MAHONAGIRL COMPLEX』の制作に取り掛かるべきだよっ」
「そうね。やってみる価値はあるかもしれないわね。ところで真帆奈、この前よりもちょっとだけ胸が大きくなってるわね」
「えっ、ホントにっ!?」
「今、測ったから間違いないわ。ちょっとだけどね」
「キタ――(゚∀゚)――!! 苦節十四年、ついに真帆奈にも第二次性徴の兆しだよーっ!」
「あっ、ごめんなさい。測り間違いだった。本当は小さくなってたわ」
「ちょっと麗ちゃん! それはどういうことなの!?」
「冗談よ。本当に大きくなってるから安心して。よかったわね。ふふっ」
「まったくもうだよっ!」
 まぁこんな感じで今後の方針の打ち合わせをした私と真帆奈は、おにーさんが帰宅する時間になりましたので、一緒に乃木家へと足を運ぶことにしました。
 やっとおにーさんに会えるかと思うと、おっぱいがきゅんきゅんと疼きます。真帆奈も待ちきれない様子で、足取りがルンルンスキップになっています。
 さて、今日はどんな風に迫ってみましょうか。また偶然におっぱいが当たる方向性でいきましょうかね。ふふっ。ドギマギしているおにーさんってホントに可愛いんですよ。もう食べちゃいたいくらいです。
 乃木家に到着です。
 真帆奈の後に続いて、私も家の中にお邪魔しました。
 玄関にはおにーさんの靴の他に、見かけない靴が一足ありました。どう見ても女物のローファーです。
「あれれー、誰か来てるみたいだよ。とーごーさんかなー?」
「どうかしらね」
 流石にこんな靴で学校へは行かないと思います。いったん家に帰ってわざわざ靴を履き替えてきたとは考えにくいですし、東郷さんの可能性は低いでしょう。となると誰でしょうか? おにーさんのことですから、またどこかでよその女の子とフラグを立てたのかも知れませんね。まったく。一級フラグ建築士には困ったものです。
「もうっ、涼介さんったら……ふふっ……」
 家の奥から女性の楽しそうな笑い声が微かに聞こえてきました。どこかで聞いたような声です。なんだかものすっごい嫌な予感がします。
 私と真帆奈は一度顔を見合わせると、一目散に会話が聞こえるリビングへと向かいました。
「おっ、真帆奈、おかえり。麗ちゃん、いらしゃ〜い」
 のほほーんと挨拶をするおにーさんの対面に、嫌な予感どおりの人物が存在しました。
「あらっ、二人共、おかえりなさい」
「ね、姉さん!?」
 はい。私の姉さん――秋山初穂でした。
 波乱の予感です。
「なぜ姉さんがここにいるのよ!?」
「なぜって、あたしがいたらなにか不都合でもあるのかしら?」
「そ、そんなことはないけど……」
「俺が招待したんだよ。学校の帰りに初穂さんと駅前で偶然に会ってね、久しぶりだからお茶でも飲もうかってことになったんだよ」
 おにーさんが横から言いました。
「そうなの偶然。本当に偶然ばったりと運命的に出会っちゃったのよね」
 やたらと偶然を強調する姉が約一名。
 おそらく午前中に美容院に行ったのでしょうか、朝はボサボサだった姉さんの髪は綺麗にセットされており、ほんのりとお化粧までしています。オマケに服なんかも、降ろし立ての春色チェックのミニワンピースなんか着てずいぶんとめかしこんでいます。
 おにーさん、騙されてはいけません。この人、間違いなく駅前で待ち伏せしていましたよ。
「初穂さん、久しぶりに会ったら凄く雰囲気が変わってて驚いたよ。いったいどこのお嬢様なのかなって思ったくらいだからね」
「涼介さんったらそんなことばっかり言って、あまり大人をからかったら駄目よ。おだてたってなにも出ないんですからね。うふふっ」
 そんなことを言いながらも相当に嬉しいらしく、姉さんの頬を薄っすらと上気させています。しかも、涼介さんですか……気持ち悪いです。
「麗ちゃん、なんだか師匠の様子が変だよ。今だかつて味わったことがない違和感を感じるよ。腐ったトンスルでも飲んだのかなー?」
 真帆奈が小声で聞いてきました。
「そうね。最高級ハチミツで頂く山参と一緒に大量に摂取したのかもしれないわね」
 とりあえず私と真帆奈は、座布団に腰を下ろしました。私と姉さん、真帆奈とおにーさんで、テーブルを挟んで対面になっています。
「はい、麗ちゃん。紅茶どうぞ」
 どうやらおにーさんは私が来ることを予期していたらしく、私と真帆奈専用のティーカップはすでに用意されていました。
「ありがとうございます。それと、遅れましたけどおじゃましています」
 私はペコリと頭を下げました。
「涼介さんの紅茶は本当に美味しいわね。麗ったら、いつもこんなに美味しい紅茶を飲んでいたなんてズルイんだぞっ」
 めっ、と姉さんは憂ちゃんみたいに親指を立ててこちらに向けてきました。
 本当に気持ち悪いからですからやめてください。
「おほんっ。それでおにーさん、姉さんとはどんな話をしていたんですか?」 
「今までのことだよ。初穂さん、大学やめてからずっとボランティア活動をしてたんだってね。あんなにいい大学に入ったのにスパっと辞めるなんて凄いよね」
「ぶーッ!!」
 紅茶を吹きました。
「うわっ、麗ちゃん、大丈夫?」
「ゴホッ、ゴホッ……す、すみませんすみませんっ! 」
 ボ、ボランティアですって……自分の部屋の掃除もろくにしない人がよくそんなことを言えますね。口が腐ります。
 姉さんは、しれっとすまし顔で紅茶を啜っていました。
「ほよ? 真帆奈が麗ちゃんの家に遊びに行ったら、師匠はいつも真っ昼間から寝てるというのに、いったいいつボランティア活動なんかしてるのー?」
「あっ! 涼介さんっ! そこにハレンチ幽霊衣装の夕子さんがッ!」
「えっ、どこどこ!?」
 ドスッ!
「んぎゃーっ!」
「ごめんなさい。見間違いだったわ」
「そうなんだ。残念だな……あれっ、真帆奈、どうしたの?」
「うぐぐぐ……」
 真帆奈はテーブルの上に倒れこんで呻いています。
「きっと紅茶が熱かったのよ。そうよね、真帆奈」
「そうなんだ。気をつけてないと駄目だぞ」
「うぐぐぐ……」
 私は見ました。
 姉の手刀が親友の喉元に突き刺さる瞬間を。
 おにーさんが見ていない一瞬の隙を突いたみごとな地獄突きでした。
「えっと、それでなんの話だったっけ?」
「ボランティアの話でしょう」
「そうそう、ボランティア。全国を回って恵まれない子供たちの支援をしていたなんて本当に偉いよね。尊敬しちゃうよ」
「……」
「麗ちゃん、どうしたの? そんなシャーレイが死徒化した時のショタ切嗣のような顔をして」
「いえ……べつに……」
「そんなことよりも涼介さん、みんなでケーキを食べましょうか」
「そうだね。実は初穂さんがストレイツキャッツでケーキを買ってくれたんだよ。今、持ってくるね」
「私もお手伝いします」
「大丈夫だよ。持ってくるだけだから。麗ちゃんは座ってて」
 そう言って優しく微笑むと、おにーさんはキッチンへと向かいました。
「し、師匠……なんの恨みがあってこんな酷いことをするの? アナザーなら死んでたよ……」 
 復活した真帆奈が息も絶え絶えに言いました。
「フンッ。弟子の分際でろくに空気も読めない女は速攻で地獄行きよ」
 猫の皮をずるりと剥いだ姉さんが、凶悪すぎる目つきをして言いました。
「あんたら覚えときなさい。今度少しでも涼ちゃんに余計なことを言ったら、ニガウリで処女膜ぶち破るかんね」
 なんと恐ろしい脅迫でしょうか。とても実の姉の発言とは思えません。
「よ、よくわからないけど、真帆奈はもうなにも言わないよ」
 真帆奈が本気で怯えています。
 キッ、と姉さんが私の方を睨んできました。
「私もなにも言わないわよ。でも、嘘ついたってどうせすぐにバレるわよ」
「バレないようにあんたらがちゃんと話を合わせなさい。もしバレたらあんたらのせいだかんね。その時は覚悟しときなさい」
 こんな横暴な話が許されるのでしょうか。まるでヨハネスブルグの住人にでもなったような気分です。
「お待たせ〜」
 おにーさんがキッチンからケーキ箱とお皿を持って来ました。
「じゃあ初穂さんから好きなの選んで」
「あたしはなんでもいいから、みんなが先に好きなのを選んでくれていいわよ」
 さっさっと猫の皮を再び被った姉さんは、さも年下の子に優しいお姉さんを装って言いました。
 トンデモない変わり身の早さです。ほんの数秒前までいたいけな少女二人を虐げていた人とは思えません。
「えっ、いいの? お金まで出してもらったのに本当に悪いな」
「いいのよ。あたしはみんなが喜んでくれたらそれだけで満足だから」
「やっぱりボランティアをしてる人のいうことは一味違うね」
 おにーさん、その女に騙されてはいけません!
「真帆奈はチーズケーキにするー」
「はいはい。麗ちゃんはなんにする?」
「私ですか……私はその……」
「麗はダイエット中なのよね」
「そうなの?」
「はい……」
 でも一つぐらいなら食べても余計な脂肪はつかないような……い、いえっ、駄目です! 間食は絶対悪です! そのちょっとした油断が後で命取りになってしまうんですっ!
「私はいいですから、みなさんだけで食べてください」
「本当にいいの?」
「いいんです。私が目をつぶっている間にどうぞ早く食べてくださいっ」
「それはなんか食べにくいな……」
「涼介さん、いいんじゃない。本人が言ってることなんだから、美味しくいただきましょう」
「じゃあそうしよっか。ごめんね、麗ちゃん」
「ううっ……遠慮しないで食べてください……」
 これも全て大切な日のためです。私は血の涙を流してでも我慢します。
「だったら真帆奈が麗ちゃんの分も遠慮しないで食べるよー」
 まるでハイエナのような親友です。
「「「いっただっきまーす」」」
 そんなわけで暫しの拷問タイムです。
 トサカにくるので次のシーンまで早送りします。
「学校に行って家のことも全部しないといけないなんて大変よね」
「そうなんだよ。うちには暇な癖してなんにもしないけど、仕事だけは増やす人がいるからさらに大変なんだよ」
 奇遇ですね。うちにもそんな人が一人います。
「いったいそれはどこのどいつなのっ!? お兄ちゃんを困らせるなんて真帆奈は許さないよっ!」
「本気でそれを言ってるんならむしろ感心するよ」
「うにゃ〜」
「そしてなぜ脈絡もなく抱きついてくるの? お客さんがいるというのに」
 真帆奈は甘えモードで、マーキングでもするかのようにおにーさんにペッタンコを擦りつけています。
「おやつを食べた後はお兄ちゃん分の補給って決まってるんだよ」
 はっきり言って羨ましいです。いつになったら私にも、こんな風に堂々とおにーさんに甘えたりできる日が来るのでしょうか。私のおっぱいならもっといっぱい色んなことができるはずです。挟むのなんかチョーおすすめです。
「もー、暑苦しいからやめて」
「熱いに決まってるよ。なぜならば、震えるぞハートが、燃え尽きるほどヒートしているからだよ。はぁ、はぁ……」
「なんでジョジョなのかわかんないよっ」
 こうなったら私も武力介入を開始します。
「おっと足がもつれて――きゃー、おにーさん、ごめんなさいっ」
 おにーさんの胸の中にダイブです。
「ちょっ、麗ちゃんまでっ! 今、全然足なんかもつれてなかったよねっ!?」
「そんなことありません。これはもう足が痺れて暫く身動きが取れません」
 むぎゅむぎゅ。
「麗ちゃん! 当たってる当たってるっ!」
 当ててるに決まってます。ふふっ。
「ちょっとあなたたち、涼介さんが困っているでしょう。やめなさい」
「こんなありきたりの方法では、お兄ちゃん分の補給はいつまでたっても終わらないよ。これはもうベットに移動するしかないね」
「あーれー、足が痺れて動けません。おにーさん、本当にごめんなさいです」
「やめてー」
 バンッ!!
 鋭い衝撃音が部屋に木霊しました。
 姉さんがテーブルを叩いたようです。
 そして、
「麗に真帆奈、そのらへんにしとかないと後が怖いんだぞっ♡」
 と、姉さんは凄惨な笑みを浮かべて言いました。
 語尾の♡マークは、私には☠マークに見えました。
「お兄ちゃん分の補給は完了したよ……」
「足の痺れは治まったわ……」
 私と真帆奈は、おにーさんから渋々離れました。
「ふー、やっと解放された。麗ちゃんまで悪ふざけしたら駄目なんだかねっ」
「てへっ」
 ピンポーン。
 私がぺろっと舌を出したのと同時に、インターフォンが鳴りました。
「あっ、誰か来たね。ちょっと出てくるよ」
 おにーさんは玄関に向かいました。
 リビングには女性陣だけが残されました。
 少々気まずい空気を切り裂くようにして、
「あんたら、あんまり調子に乗り腐ってたらペットボトル突っ込むわよっ! 1.5リットルのッ!!」
 と、姉さんがドスの利いた声で言いました。
 そんなサイズは流石に入りません!
「あ、あううう……」
 真帆奈は局部を抑えながらガクガクと震えています。
「な、なによ。ちょっとしたスキンシップじゃない。だいたい姉さんが怒るようなことじゃないでしょ」
「さてと……」
「ちょっと待って姉さん! キッチンにペットボトルを探しに行こうとしないで! ちゃんと反省してるからっ!」
 ちょっと反論しただけで即座に実力行使とは、本当に恐ろしい姉です。
「まったく、女の子はもっと慎みを持ちなさい。人前であんなにイチャイチャと羨ま……はしたないっ!」
 今、明らかに羨ましいって言いかけましたね。
 おにーさんが戻って来ました。
「回覧板だったよ。今年は三笠まつりするんだって」
 三笠まつりとは、三笠市が主催する市民参加型のお祭りです。去年は故あって中止になりました。
「おおー! 麗ちゃん、ザ☆八島カーネルサンダーズの復活の狼煙を上げる時が来たよ!」
 真帆奈が喜々として言いました。
 ちなみにそのザ☆八島カーネルサンダーズとは、私と真帆奈のサンバチームの名前です。三笠まつり目玉であるエレクトリカルパレードに参加するために三年前に結成しました。
「またパレードに出るつもりなの?」
「もちろんだよー。パレードと言えば真帆奈、真帆奈と言えばサンバだよ」 
「そんなの初めて知ったよ。まぁどうでもいいんだけど、その苦情がきそうな名前はなんとかならないの?」
「ザ☆八島ミッキー&ドナルドズでもいいよー」
「もっと危険だから。なんでそんな地雷まみれの道を歩もうとするの?」
 チームの名前は真帆奈が勝手に決めました。私は一切責任を負いません。
「二年ぶりだから楽しみね。今年はおにーさんも一緒にサンバを踊りませんか?」
「えー、俺はいいよ。またビデオ担当しとくから」
「あらっ、涼介さんがビデオを撮影するの?」
「そうだよ。一昨年も二人のサンバを撮ったよ。ダビングしたDVDは麗ちゃんに渡してるよ」
「そうなんだ」
「私たち、まだ小学生でしたね」
「今年は大人になった真帆奈の情熱的なサンバをお兄ちゃんに永久保存させてあげるよ。そしていつものように夜な夜な使用すればいいよ。くっくっくっ」
「なんに使用するんだよ。毎晩おかしなことをやってるような言いがかりをつけるのはやめてっ」
「えっと……もしかして涼介さんは、サンバが好きなの?」
「えっ、まぁべつに嫌いじゃないよ。言っとくけど、俺の趣味でビデオを撮ってるんじゃないからね。二人の思い出のために残してるだけなんだから」
「そういうことなら、今年は私もサンバに出てみようかしら。涼介さん、あたしのことも撮ってくれる?」
 姉さんは、潤んだような流し目をおにーさんに向けて言いました。
「う、うん……いいけど……」
「よかった。綺麗に撮ってね。一生の思い出に残るように。うふふっ」
 むむむ……。
 今まではお祭りになんかまったく興味がなかった癖に、どうやらなりふり構わないつもりのようですね。お色気は私の担当なのに、ただでさえキャラがかぶっている姉さんがサンバに出場しては私の影が薄くなってしまいます。これは油断がなりませんね。そして、おにーさん。そんなに鼻の下を伸ばしてデレデレしないでくださいっ!
「おー、ザ☆八島カーネルサンダーズのメンバーが増えたよー。この際だから他のみんなも誘ってサンバに出場するのだ」
 そんなわけで、暫く三笠まつりの話で盛り上がることになりました。
 そろそろ日が暮れようとしてきたところで、おにーさんが言いました。
「そうだ。初穂さんと麗ちゃん、今日はうちで御飯食べていけば?」
「そ、そんなの悪いわよ。それでなくても麗がいつも迷惑をかけているのに、今度は二人して迷惑をかけたりしたら母に叱られるわ」
「麗ちゃんは迷惑なんてかけてないよ。いつも夕食作りを手伝ってくれるからこっちは大助かりしてるよ」
「おにーさん、そんなこと言われたら、じゅん♡ってなっちゃいます」
「えっ、じゅん……?」
「いえいえ、こちらの話ですから気にしないでください」
 なんの音だったのかは内緒です。
「そうなんだ……。まぁとにかく全然迷惑とかじゃないから、そんな遠慮しないで食べていって欲しいな」
「でもね……麗、どうしよっか?」
 姉さんが私の方を見て言いました。なにやら片目をパチパチやっています。ゴミでも入ったのでしょうか?
「おにーさん、お言葉は大変にありがたいのですが、朝もお母さんにチクチク言われましたし、なによりも私はダイエット中ですので今日は大人しく帰ることに――げふ……っ!」
 音速を超えた早さで、姉さんの手が私の喉仏を鷲掴みしました。片手でネックハンギングをされているような形です。声が出せません。
「涼介さん、ごめんなさい。ちょっとだけ時間をちょうだいね。おほほほ」
「う、うん……」
 そのまま部屋の端っこに連れて行かれて解放されました。
「ね、姉さん、なにをするのっ!?」
「あんたまでなに断ろうとしてんのよっ!」
「えっ? 姉さんだって断るつもりじゃなかったの」
「なんにも遠慮しないで飛びついたら、がっついてるように思われちゃうでしょ! ここはあんたが食べていくってゴネて、仕方がないからあたしも残るって段取りだったのよっ! ちゃんとアイコンタクトを送ったのに気づかなかったのっ!?」
 そんなのわかるわけありません。
「だいたい今日に限ってなに断ろうとしてんのよ! いつもはあつかましく食べてくる癖にっ! なにっ、あたしへの嫌がらせのつもりっ!?」
「違うわよ。私がダイエット中だって知ってるでしょ」
 おにーさんの手料理が目の前に出されてしまっては、流石の私の鋼鉄の意志もぐらついてしまいます。
「無駄な努力はやめときなさい。どうせ失敗するに決まってるんだからっ」
 今回だけは絶対に成功させます!
「だったら姉さんだけ残りなさいよ。私は帰るから」
「妹だけ帰してあたしだけが残ったら感じが悪いでしょうがっ! いいからあんたが食べていくって言いなさいっ!」
「ちょ、ちょっと! なんでおっぱい揉むのよっ! や、やめて……あんっ、わ、わかったからっ! ちゃんと言うから揉むのはやめてっ!」
 密談終了です。
 どいつもこいつも胸を狙ってくるのはなぜなのでしょうか。
「涼介さん、お待たせ。時間を取ってごめんなさいね」
「全然気にしないで。二人はいつも仲がいいよね」
 おにーさん、どこをどう見たらそんな感想が出てくるんですか。
「そうなの。仲よし姉妹なのよ。うふふっ」
「……」
 もうコメントする気にもなりません。
「ところで麗がなにか言いたいことがあるみたいなのよ。ほらっ、麗」
「……えっと、先程の件ですが、やっぱりお言葉に甘えて夕食はご馳走になろうかなって思います……」
「麗、そんなわがままばっかりばっかり言ったら駄目よ。もうっ、しょうがない娘ね。めっ」
「いいんだよ、初穂さん。うちは大歓迎だから」
「ごめんなさいね。そういわけだから今晩はお世話になるわね。意地汚い妹で本当に恥ずかしいわ」
「……」
 本当にめんどくさい女です。
 そんなわけで私と姉さんは、夕食をご馳走になることになりました。


「あんただけズルイわよっ! いっつもあんなに美味しい涼ちゃんの手料理を食べさせてもらってっ!」
 家に帰って来てからというもの、姉さんはずっとこの調子です。うるさくて仕方ありません。
「姉さんもまた作ってもらったらいいじゃない」
「そんなの図々しいって思われちゃうでしょ! あたしはあんたとは違ってそんなに図太くないのよ!」
 酷い言われようです。この人だけにはそんなこと言われたくないです。
「だいたい旅行だってあんたたちだけで勝手に行っちゃうし! なんであたしは誘わないのよ! いっつもあたしだけハブられてんじゃない!」
 五月会の温泉旅行の件ですか。この人に話しても自分も連れて行けとか言ってゴネるだけですから、お母さんも口止めして内緒にしていたのを根に持っていたようです。
「だって姉さんは五月生まれじゃないでしょう。あの旅行は五月生まれの人しか参加できなかったのよ」
「五月生まれがそんなに偉いのかっ! だったら役所のサーバーをハッキングして、あたしの生まれ月を五月に改竄してやるわ!」
 この人なら本気でやりそうで怖いです。
「今さらそんなことしても遅いわよ。次からはちゃんと誘うから馬鹿なことするのはやめて」
「あーん! あたしももっと涼ちゃんの手料理が食べたいーっ!」
 ついに幼稚園行かへん状態になってしまいました。
「あんまり騒がないでよ。ご近所迷惑でしょっ」
 姉さんは着ていた服を脱ぎ散らかして、下着姿で堂々と私のベットを占領しています。しかも、その下着はクリスカ・ビャーチェノワがしてそうなブラックのすっごいセクシーなやつで、明らかに勝負下着です。この人、あわよくば既成事実を作る気満々だったようですね。本当に油断がなりません。
「でも、またおにーさんに手料理を作ってもらうとしても、次は今日みたいになにもしないってわけにはいかないわよ。やっぱりお手伝いくらいはしないとね。一番歳上なんだし。それで、姉さんは料理はできたっけ?」
「うぬぬぬ……っ!」
 もちろん姉さんに料理なんかできるわけないです。いい年して今まで一度もしたことないですからね。そして、見栄坊のこの人がおにーさんにそんな恥ずかしいことを告白できるわけがありません。ふっふっふっ。
「だいたいいつまで私の部屋にいるのよ。いい加減に自分の部屋に戻って『料理 初心者でもできる』でググる作業でもしたら」
「なんて性悪な女なのっ! 親の顔が見てみたいわっ!」
 あなたの親と同じ顔をしています。
 で、怒って部屋から出て行くのかと思いきや、姉さんは布団をかぶってそのまま本格的に寝る体勢に入りました。
「ちょっと! なに人の部屋で寝ようとしてるのよ! 私は忙しいんだから早く自分の部屋に戻ってっ!」
「あの部屋の環境は、人が生活するのには適してないのよっ」
 ゴミ溜めすぎて腐海に落ちそうな勢いですからね。
「掃除すればいいじゃない……」
「あたしはコンプガチャで金儲けをしているような企業と自分の部屋の掃除がこの世で一番嫌いなの」
 正義感の強い人なのか、たんなるろくでなしなのかよくわかりません。
 どちらにしても、これでまた週末辺りに私が掃除をやらされるハメになるわけですね。とんだボランティア活動です。とほほ……。
「もういいわ。あたし、寝る前にお風呂に入ってくるから」
「私の部屋で寝るのだけは本当にやめてよね」
「お風呂の中で考えておくわ」
 頭の上で手をひらひらさせながら、姉さんは私の部屋から出て行きました。
 やっと静かになりました。
「ふー、これで乳搾りができるわね」
 私は上着を脱いでブラをはずしました。電動搾乳器を乳首に装着。スイッチオンです。
「あ……あんっ……」
 またいやらしい声が出てしまいました。聞かなかったことにしてください。
 実はおにーさんの家にいる時から胸がパンパンに張っていて辛かったんです。ミルク漏れしちゃうかと思いました。こんなことになるなら、夕方に家に帰って来た時に搾っておけばよかったです。
 規則正しいリズムで、電動搾乳器がミルクを吸引していきます。すでに哺乳瓶には半分までミルクが溜まっています。今晩は結構多めです。たっぷりと栄養を取りましたからね。しかし、いくら搾っても捨てないといけないなんて、なんだか虚しい作業です。
 やっと片方の乳房が終了しました。もう片方の乳首に装着してスイッチオンです。
「あん……っ」
 結局今晩は、ダイエット中だというのにおかわりをしてしまいました。ううっ……絶対に食べてはいけなかったのに……。
 それもこれもみんなおにーさんのご飯が美味しいせいですっ! あんなに美味しい追いオリーブがドバっとかかったプッタネスカや鶏肉のパルメジャーノ焼きなんかを出されてしまっては、誰だっておかわりしてしまうのが人情ってものです! もう許せません! こうなったらおにーさんに抗議のメールです!
『全部おにーさんのせいですからねっ! 近いうちに必ず責任を取ってもらいますから覚悟しておいてくださいっ! ヽ(`Д´#)ノプンプンッ!!』
 撮り溜めしておいた秘蔵のコスプレ写真を添付して送信です。
 すぐにメールの返信が来ました。
『意味がわからないからっ! だいたいこの写真はなんなの!? こんないやらいし写真を送ってきたらダメだっていつも言ってるでしょ!!』
 百花繚乱の柳生十兵衛の大胆ビキニコスプレ写真を送りつけてやりました。あみあみから発売されているフィギュアのポーズを取っています。
 ふふふっ。どうやらおにーさんは、かなり動揺しているようですね。これで少しは胸の溜飲が下がりました。とても恥ずかしかったですが、わざわざアンダーヘアーを剃ってまでして撮影に望んだかいがあったというものです。
まだ実物を見せるわけにはいきませんから、今はそれで我慢しておいてください。
 そんなこんなで搾乳は無事に終了しました。なんだか身体が少し軽くなったような気がします。夜の搾乳を終えると、今日も一日が終わった気になりますね。早く宿題も終わらせて、明日に備えて寝ることにしましょう。


 ンゴー! ンゴー!
 なんの音かと言いますと、姉さんのいびきの音です。
 うるさくて寝られません。
 お風呂から上がった姉さんは、遠慮をするような素振りすら見せずに私のベットを占領して就寝してしまいました。
 酷い姉です。
 結局、なし崩し的に同衾することになりました。この年になってなにが悲しくて姉妹で一緒に寝ないといけないのでしょうか。
 ンゴー! ンゴー!
 姉さんは、実に幸せそうにいびきをかいて熟睡しています。
 イラッときます。
「ちょっと、もういい加減にしてよねっ」
 私はそんな姉さんの顔に枕を押しつけました。 
「んがっ……ん、んごご……」
 ちょっとだけ静かになりました。
 そんなわけで、私の平凡な一日はこれにて終了です。
 いかがだったでしょうか。
 急に語り部をやらされることになって最初は戸惑いもしましたが、今ではいい経験ができてよかったなと思っています。ちゃんと終わることができてホッとしています。おにーさんは毎回こんな大変ことをしていたんですね。本当に凄いです。惚れ直しちゃいました。ふふっ。
 今回のエピソードは外伝的な扱いですので、二万字くらいでさくっと終わらせる予定だったのですが、隣で寝ている人が勝手なことばかりするのでちょっと長引いてしまいました。サブキャラの癖に生意気です。
 次回からはまたおにーさん視点に戻りますので、これからもこの作品を応援してください。いよいよセカンドシーズン本格スタートです。ポロリもあるかも。
 それでは、これで本当にお別れしたいと思います。拙い語り部でしたが、最期まで読んでいただいてありがとうございました。さようなら〜。
 ンゴー! ンゴー!
「うるさいっ!」