「右」の諸君、米国が、戦前、日本、ひいては東アジアに対して犯した犯罪と戦後日本がその占領下にあることに憤れ。「左」の諸君、米帝国主義への憤りを忘れたのか、その米帝の植民地となっている現状に甘んじ続けるのか。日本独立に向けて決起を!〜作成中

  1. 集団的自衛権を認めることに賛成ですか?
  2. なぜ集団的自衛権を認めることに賛成なのですか?
  3. 軍事力を用いた国際貢献とは何ですか?
  4. 日本はどのような国際貢献をする必要がありますか?
  5. 今後も、集団的自衛権が行使できないままであれば、自衛隊はどうすればいいですか?
  6. 「集団的自衛権の行使ができないのであれば、自衛隊は廃止すべきです」の真意は何ですか?
  7. 英米は、どのような軍事的国際貢献をしていますか?
  8. 憲法9条の問題点は何ですか?
  9. 憲法9条改正に賛成ですか?
    1. 改憲論者ではない(集団的自衛権行使は首相の決断だけで可能)
    2. 帝国憲法にも日本国憲法にも規範性はない
  10. 憲法9条改正反対論者を、どのようにして説得しますか?
  11. 関連コラム抜粋



集団的自衛権を認めることに賛成ですか?
 私の持論は、全面的に、かつ、ただちに集団的自衛権行使を認めるべきである、というものですが、そんなことは、到底自民党中心の政権の下では不可能でしょう。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51360226.htmlより)

 私は、集団的自衛権の禁止は究極のエゴイズムだという言い方を一貫してこれまでしてきたところです。(最近では、コラム#2989
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51311145.htmlより)

 私は、かねてより、集団的自衛権行使を是とするか否かは、政治家と政治屋を見分けるメルクマールだと指摘しているところです。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51972984.htmlより)

なぜ集団的自衛権を認めることに賛成なのですか?
 日本は世界第二位の経済大国であり、日本の経済的繁栄は、世界の人々が資源を売ってくれ、日本がつくり出した財・サービスを世界の人々が買ってくれるからこそ維持されています。
 その日本が世界の平和と安定に応分の貢献することは当然ではないでしょうか。
 それは、せっかくこれだけの規模の熟練した自衛隊を活かす道でもあるのですよ。
 現在でもPKOへの参加等、自衛隊は国際貢献をやっている?
 イラクのサマワでの民生支援やインド洋での燃料の提供なんて自衛隊じゃなくてもできます。
 自衛隊は軍隊としての機能を発揮する形での国際貢献など全くと言ってよいほど行っていませんよ。
 その証拠に、派遣された自衛隊は「敵」を殺すことも戦死者を出すことも事実上禁じられています。いや、そんな必要が生じないような場所、場面にしか派遣されていないのです。
 私は、自衛隊に軍隊としての機能を発揮する形での国際貢献をさせるべきだと考えているのです。
 このオプションは、論理必然的に自衛隊員に「敵」を殺させ、自衛隊員に戦死者を出すことにつながるオプションなのです。
 このオプションを採用するためには、憲法第9条を改正するか同条の政府公定解釈を変更することによって集団的自衛権の行使を可能にする必要があります。
 前者は事実上不可能なので、私が推奨しているのは後者です。
 そのようにして初めて、日本はNATO等の本格的な双務的安全保障機構に入ることができます。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51095100.htmlより)

 国際貢献のための防衛力をも整備、維持すべきであると国民が決定した場合、集団的自衛権の行使ができなければ国際貢献ができないのですから、まずは政府が憲法解釈を改めないと話になりません。
 これは、日本の米国からの自立云々とは次元の異なる問題です。
 なお、自衛隊は軍隊です。ただし、軍隊として機能させることを国民から禁じられている軍隊なのです。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51060073.htmlより)

軍事力を用いた国際貢献とは何ですか?
 現在われわれは、人道上の理由から国内問題に介入できるという慣習国際法が形成されつつある時代に生きているということです。
 旧ユーゴスラビアのボスニアやコソボで、国連安保理の決議という明確な法的根拠なしに、それぞれ1994年と1999年にNATOの軍事介入が行われたのがかかる慣習国際法形成への大きな契機となったと言ってよいでしょう。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51148047.htmlより)

 冷戦が終わった現在、軍事力の最大の役割は、中央政府がない世界における法(国際法)の執行です。国際平和維持活動と言い換えてもいいですが・・。この活動は、ほとんど100%、通常兵力が担っています。
 自衛隊が活躍を期待されるのは、もっぱら軍事力を用いた国際貢献、と私は言い続けてきているわけです。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51304937.htmlより)

日本はどのような国際貢献をする必要がありますか?
 今よりはPKOは増やすべきだが、PKOで稼ぐ発展途上国の邪魔になるほどしゃしゃり出てはいけない。
 というか、途上国には荷が重い、PKO中の(アフガニスタンのISAF等の)PKFへの参加こそ、中長期的に日本が目指すべきことだ。
 いずれにせよ、時期を見て、日本が集団的自衛権を行使できるようにすることがすべての大前提だ。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51408153.htmlより)

 憲法を改正しようがしまいが、私は日本が、独英仏以上米国未満の自由民主主義大国として、独立の暁には、自由民主主義陣営の一員として、軍事力においても世界の平和と安定に貢献するのは当然だと思っています。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51206187.htmlより)

 見通しうる将来にわたっての日本の国益にとって、在外資産/自国民の保護はもとより、本土防衛よりも重要なのは、法の支配の確保と自由・民主主義の維持・推進という観点からの軍事力を用いた国際貢献であると私は考えます。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51143042.htmlより)

 ナショナリズム、共産主義、ファシズム、市場原理主義は、欧州文明がキリスト教(の神)を殺した上で、その代替物として、18世紀末から、次々に創り出してきた新宗教・・政治的宗教・・です。
 今、世界では、共産主義に引き続き、市場原理主義も急速に力を失いつつあり、政治的宗教で活力が残っているのはファシズムくらいですが、他方で、歴とした宗教である、イスラム教、キリスト教、及びヒンズー教、とりわけそれぞれの原理主義勢力は依然隆盛を極めています。
 これらの政治的宗教を根絶させるとともに、宗教・・別段「無くならな」くてもかまいませんが・・を世俗化させて無害化させるのは、「独立」した暁の日本が果たすべき世界史的役割の一つである、と私は考えています。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51421308.htmlより)

米国の神がかり状況だけど、
 ・・・The tilt of religious change in the United States over the last half century has clearly been in the secular direction, ・・・but the pattern is complex and nuanced.・・・
http://www.nytimes.com/2009/10/24/us/24beliefs.htm...
とは言うものの、
 ・・・Nearly 6 out of 10 Americans pray one or more times each day・・・
・・・more Americans believe in a life after death and pray daily than in the 1970s. ・・・(同上)
ってんだから、改めてげんなりするよな。
 オバマ新政権になってどう変わるのか、あるいは変わらないのかまだよく分からないが、中央アジアは、アングロサクソンとロシアという従来からの構図からひと味変わって、現在は、これに支那が加わった形のグレート・ゲームになっている。↓
 その中央アジアも急速に再イスラム教化しつつある↓ってんだから、世の中真っ暗闇でござんすって言いたくなる。
 ・・・Central Asia is now the focus of a new “Great Game” as Russia, China and the US vie for a strategic foothold, partly with a view to the war in Afghanistan and partly because of the huge oil, gas and other mineral resources with which the region is blessed (or cursed).・・・
 The Soviets temporarily succeeded in damping religious sentiment but by 1987, notes Hiro, a poll of undergraduates with a Muslim background at Tashkent university showed that only 7 per cent described themselves as atheist. There was an upsurge of men with beards and women with headscarves as religion became a form of political dissent. When the Soviet Union fell apart, even leaders such as President Karimov, a brutal adversary of Islamic militants, visited Mecca and restored his first name to Islam. Only after the terrorist attacks of 9/11, did he, like other regional leaders, make airspace and military bases available to the Pentagon for its war against Islamist extremism. The Americans were subsequently expelled.・・・
 The acceptance of, even outright support for, authoritarian leaders is something Tayler encounters throughout his travels from Russia’s Red Square to China’s Tiananmen.・・・
http://www.ft.com/cms/s/2/cb05bc64-bf64-11de-a696-...

 そんな場所で、欧州文明を継受したファシズムの支那、準ファシズムのロシア、アングロサクソン文明と欧州文明のキメラの米国のグレート・ゲームが展開するんじゃ、中央アジアの人々は救われない。
 「独立」後の人間主義的・世俗主義日本も、中央アジアでの有力プレヤーにならなくっちゃ。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51418189.htmlより)

今後も、集団的自衛権が行使できないままであれば、自衛隊はどうすればいいですか?
 憲法第9条を改正しない、あるいは憲法第9条の現在の政府公定解釈を維持する、ということは、自衛隊に永久に働き場所を与えない、ということであり、言葉を変えれば、自衛隊は何分の一かに縮小しても良い、縮小すべきだ、ということです。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51095100.htmlより)

 自衛隊は、海外では危険な地域にこそ派遣されるべきです。
 また、その場合、集団的自衛権の行使が欠かせません。
 それができないのであれば、自衛隊は廃止すべきです。
 ・・・空自は昨年12月までの4年9カ月、3機の輸送機を派遣し、クウェートを拠点にイラクへの輸送業務にあたった。当初は、イラク南部で活動する陸上自衛隊の支援が中心だったが、陸自撤収後はバグダッドや北部に飛行範囲を広げて、国連や多国籍軍部隊の輸送を助けてきた。・・・
 自民党政府は、この活動が人道復興支援のための輸送であることを強調した。・・・
 <しかし、>空輸した人員の7割近くを米軍兵士が占めていた。小銃や拳銃を携行するケースも多かった。・・・
 空自のイラク派遣については、名古屋高裁が昨年4月、「他国による武力行使と一体化し、憲法9条などに違反する」という判断を示したことも記憶に新しい。・・・
http://www.asahi.com/paper/editorial.html魚拓

 危険ではない地域(海域)で、現時点ではパキスタンへの石油製品無償供与というODAを自衛隊がやっているに等しいインド洋での給油活動は、継続すべきではありません。
 長島政務官は間違っています。↓
 来年1月に期限が切れる海上自衛隊のインド洋での給油活動について、長島昭久防衛政務官が「法改正で国会の事前承認を義務付けたうえで給油活動を継続すべきだ」との考えを表明、北沢防衛相との間で意見の違いが起きている。・・・
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20091006-OY...魚拓

 北沢防衛相も間違っています。
 このままでは自衛隊の実態が分からない内局官僚と、ポリティカルコレクトネスの観念が欠如した自衛官が温存されるだけです。
 それに加えて、自衛隊に具体的ミッションを与えない状況を続いたり、よりひどくなるようなことがあれば、早晩、再び不祥事が噴出することによって、北沢防衛相以下、防衛省首脳達は総辞職を余儀なくされることは必至です。↓
 北沢俊美防衛相が6日の記者会見で、内局官僚(背広組)と自衛官(制服組)の混成化を軸とする防衛省組織改革の見送りを突然発表した。・・・
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/20091006010007...魚拓
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51412327.htmlより)

 私が言っているのは、自衛隊に対して具体的な任務を与え、それに必要な予算をつけよ、ということに尽きます。
 日本の領域(国土)防衛という任務だけでは、これまで自衛隊の保持してきた機能や自衛隊の規模、ひいては防衛費の規模の説明は不可能です。
 説明が不可能である限り、自衛隊に対して具体的な任務を与えたことにはなりません。
 そして、具体的任務を与えなければ、自衛隊の退廃、腐敗、そして不祥事や事故の頻発が続くことは避けられません。
 将来、領域防衛任務の重要性が増す可能性が強いと思うので、それに備えるべきだとおっしゃるのであれば、整備すべきは自衛隊というより、自衛隊をとりまく国内環境・・防衛基盤・・の方でしょう。脅威の増大が現実化してきたら、防衛産業を拡大したり、自衛隊を拡大したりするための基盤の整備です。
 しかし、現時点でより行うべきことは、現状で与えうる任務相応に自衛隊の規模、ひいては防衛費の規模を大幅に圧縮するか、集団的自衛権を行使できるようにして、自衛隊の海外派遣任務を質量共に増やすことによって、現在程度の防衛費や自衛隊の規模を維持しつつ、トータルとしての自衛隊に具体的な任務を与えることだと私は考えます。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51172579.htmlより)

 憲法第9条を「押しつけた」米国は、日本に対する侵攻については、米軍が日本に駐留していればもちろんのこと、駐留していなくても、侵攻の予兆をつかんだ時点で日本に米軍を送り込めば対処できると判断していました。
 ところが、朝鮮戦争が起こり、米国は朝鮮半島向けの予備兵力として警察予備隊(後に自衛隊)をつくりますが、その朝鮮戦争が終わり、戦争以前には駐留していなかった米軍が韓国にも駐留することとなり、やがて韓国軍も整備されていくと、自衛隊の存在根拠はなくなってしまいます。
 こうして自衛隊の存在根拠はなくなったまま、現在に至っている、ということなのです。
 そうである以上、テロリスト的攻撃に対処するための警察力に毛が生えた程度の自衛隊を残し、自衛隊は大幅に削減すべきなのです。
 そうではなくて、現行の自衛隊の兵力を維持したいというのであれば、日本の領域防衛以外のミッションを自衛隊に与えるべきなのに、そうしないから、防衛省は論理必然的に退廃し、腐敗することになるのです。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51084758.htmlより)

英米は、どのような軍事的国際貢献をしていますか?
 18世紀初め以降、地上軍の侵攻を受けたことのない英国や、およそ地上軍の侵攻を受けることなど考えられない現在の米国同様、戦後日本も地上軍の侵攻を受ける懼れがない、という意味で私は日本に脅威はないと言っているのです。
 ですから、単に日本を地上軍の侵攻から守るためだけであれば、日米安保があろうとなかろうと、また米軍が日本に駐留していようといまいと、自衛隊の規模は現在より相当縮小してもよいのです。
 (日米安保があり、しかも米軍がほんの少しでも日本に駐留していれば、自衛隊はゼロに近くても大丈夫ですが、自助努力がゼロに近いとみなされ、米国から日米安保を解消されてしまうでしょう。)
 しかし戦後一貫して、米国はもとより、英国だって対GDP比で日本よりはるかに多額の防衛費を投じて防衛力を整備し、維持してきています。
 これは、米国はもとより、英国も、国際貢献のために、自らの国土の防衛のために必要な防衛力をはるかに上回る防衛力を整備、維持していることを意味しています。
 では、日本もそうすべきなのでしょうか。
 仮にそうすべきだとして、どの程度の(国際貢献用の)防衛力を整備、維持すべきかは、防衛省が様々なオプションを提示し、国民的論議の下で決定されるべきでしょう。
 なお、以上は、日本に対する核の脅威を捨象した議論であることをお断りしておきます。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51060073.htmlより)

 米国は「自国の利益のため」、また米国がその主要加盟国であるNATOは「NATO加盟国の利益のため」に自らの領域を防衛するために必要な防衛力を上回る防衛力を整備、維持しているわけです。
 しかし、世界政府が存在しない以上、自らの領域を防衛するために必要な防衛力を上回る防衛力は、(少なくとも米国と同盟条約を結んでいる国や、それ以外の自由民主主義国にとっては、)国際公共財なのであり、そのような意味において、私は米国やNATO諸国の防衛力は「国際貢献のため」の防衛力であると考えているのです。
 (このような観点からは、実は、自由民主主義国の自らの領域を防衛するために必要な防衛力も、国際公共財であり、従ってまた国際貢献のための防衛力であると言えるのですが、話が混乱するのでこれくらいにしておきます。また、公共財とは何かについては、経済学辞典等にあたってください。)
 なお私は、集団自衛権行使へと憲法解釈を変更した上で、日本はNATOに加盟すべきであると考えています。その場合、NATO(北大西洋条約機構)という名称を変更しないと何だかヘンですが・・。
 実は、これはカーター政権末期の1980年頃から米国政府が描いている構想でもあるのです(コラム#30参照)。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51060969.htmlより)

憲法9条の問題点は何ですか?
 憲法9条の問題は国内法上の問題であり、国際法上の問題とは性格を異にします。
 憲法は法であり、守られなければならないことは自明であり、しかも守られるべく国家権力によって担保されています。
 それはともかく、「緊急状態は法を破る」という自然法上の大鉄則が存在することは事実です。
 国家存亡に係わるときに活動することを本旨とする自衛隊のために憲法は非常識的な拡大解釈をされてきましたし、実際国家存亡の時がやってくれば、自衛隊はこの拡大された憲法解釈も乗り越えて超法規的に活動することを命じられることになるでしょう。
問題は自衛隊が、平素からかかる超法規的活動ための訓練を行ったり、必要な装備を調達しておくことができないことです。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/50955231.htmlより)

 私自身が集団的自衛権の問題を国家主権の自主的な部分的放棄という問題として特に訴えてきた理由を法律論と実態論から簡単に説明しましょう。

 まず、法律論です。
 第一に、ネガ、ポジの話(コラム#227)は法律の話であるのに対し、集団的自衛権の問題は憲法の話であり、より重大だからです。
 すなわち、緊急事態下で、通常のネガ、ポジの話なら、その時の政府は、超法規的措置と称して乗り越えることができるけれど、集団的自衛権(の少なくとも中心的部分)は、憲法(の政府解釈)上の禁止事項(ネガ)であることから、乗り越えることは、より困難です。
 第二に、安全保障に係る憲法(解釈)上の定めとしては、このほかに「戦略核や本格空母等、他国に脅威を与える軍事力を保有してはならない」、「徴兵制をとってはならない」がありますが、前者はお経みたいなものですし、後者は実害がないので、実質的な禁止事項は「集団的自衛権を行使してはならない」だけだからです。

 次に実態論です。
 日本の戦略的地勢を前提にすれば、日本が安保条約によって法的に米国に守られている上に、より重要なことは、その米国が韓国及び台湾に軍事的コミットメント行い、かつ念を入れたことに、米軍が日本のみならず韓国にまで前方展開している、というのですから、日本が自らその領域防衛のため(=個別的自衛権を行使するため)に自衛隊(軍事力)を持つ必要は戦後一貫してこれまでありませんでした。このことは、現時点で見通しうる将来についても同様です。
 日本が日米戦争直前まで保有していた軍事力は、その大部分が領域(内地)外を防衛するための軍事力、つまりは広義の集団的自衛権行使のためのものであったことを思い出してください。
 ですから、日米安保及び米軍の前方展開の下で、日本が軍事力を保有するとすれば、その用途は大部分、米国とともに、あるいは単独で集団的自衛権を行使するためである、ということにならざるをえません。
 ところが、日本は憲法(解釈)上、集団的自衛権を行使できないというのですから、必然的に自衛隊の大部分は無用の長物だ、ということになってしまいます。

 以上のような、法律論と実態論を踏まえれば、日本は主権の一部を自主放棄して米国に委ねており、その結果日本は米国の属国(保護国)であることに甘んじている。米国に対して思いやり経費を支払っているのは宗主国たる米国への貢ぎ物であり、自衛隊を保有しているのは、単に、米国から武器を買うことで更に宗主国の歓心を買うためと、無知な米国の選挙民に日本だって宗主国米国に軍事面で全面的に依存しているわけではないという申し開きをするためだ、ということになるでしょう。
 集団的自衛権を行使できるようにすることは、ほぼ、日本が独立することとイコールである、と私が考えているゆえんがお分かりいただけたでしょうか。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51285309.htmlより)

憲法9条改正に賛成ですか?
 政府解釈変更により集団的自衛権行使等
 最も望ましいのは、憲法第9条第2項の削除
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51381874.htmlより)

 私は、改憲論者ではありません。(*1)
 ただし、ずっと以前から、集団的自衛権行使を禁ずる政府憲法解釈を改めるべきだと主張してきたところです。
 それは、憲法改正が極めて困難であること、第9条の政府解釈は変遷を重ねてきていること、集団的自衛権を行使できるようになればそれでほぼ十分であること、からです。
 私が、これに加えてしばらく前から、帝国憲法も現行憲法もそもそも規範性がない、だから、憲法を改正する必要性がそもそもない、と主張するに至っていることもご承知おきください。(*2)
 なお、自衛隊が米国向けの見せ金軍隊だとすれば、憲法改正は自民党のタカ派国民向け見せ金党是であり、だまされては、というか、だまされたフリをしてはなりません。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51972375.htmlより)

(*1)改憲論者ではない(集団的自衛権行使は首相の決断だけで可能)

 こういう状況は、今後とも半永久的に続くし、そもそも日本国憲法に規範性などないのだから、政府解釈の変更で対応する以外にないんだよ。↓
◆憲法全体をみて、いまの憲法を改正する必要があると思いますか。必要はないと思いますか。
 改正する必要がある 54(47)
 改正する必要はない 29(39)
◆憲法は9条で「戦争を放棄し、戦力を持たない」と定めています。憲法9条を変えるほうがよいと思いますか。変えないほうがよいと思いますか。
 変えるほうがよい  30(24)
 変えないほうがよい 59(67)
http://www.asahi.com/politics/update/0502/TKY20110...
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/52076382.htmlより)

 なまじ憲法改正が現実化して、おかしな制限付きの自衛権が条文に明記されるようなことがあれば、それこそ、後世に禍根を残すと思わないかい。
 なお、第9条に係る政府解釈、とりわけその集団的自衛権行使の禁止なる解釈がいかにナンセンスであるかは、拙著『防衛庁再生宣言』70〜77頁で、また、日本における憲法には規範性がないということについては、主なものだけでも、コラム#2526#2922#3079#3207#3221#3223#3241#3255#3384で触れているので、関心ある方はご参照ください。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51402408.htmlより)

 日本は集団的自衛権を保有しているが、行使はできない、とする政府の憲法解釈は、国際的に通用しない。こうした安倍前首相の問題意識により、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が発足した。・・懇談会では、検討対象の4類型のうち2類型について、集団的自衛権を行使して反撃・迎撃すべきだ、という意見が大勢を占めた。「公海上で我が国艦船近くの米艦が攻撃された場合」と「米国に向かうかも知れない弾道ミサイルを我が国のレーダーで捕捉した場合」だ。・・だが、懇談会は、会合を5回開いた後、3か月近く開店休業状態に陥っている。安倍前首相が退陣したためだ。しかも、参院選での与党惨敗と政権交代で、状況は一変している。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20071124ig...
 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(柳井俊二座長)は二十四日、今秋予定していた報告書の取りまとめを年内は見送る方針を固めた。福田康夫首相が性急な憲法解釈見直しに慎重な上、海上自衛隊によるインド洋での給油活動を再開させる新テロ対策特別措置法案の国会審議への影響も考慮した。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK...
→こんな限定的検討を行っていること自体が時間と労力のムダです。「日本は憲法上集団的自衛権を保有しており、行使もできる」と首相が言い切ればよいだけのことです。(太田)
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51109144.htmlより)

(*2)帝国憲法にも日本国憲法にも規範性はない

 日本に憲法なんてないと私は考えています。明治憲法も、日本国憲法も一度も改正されていないのがその証拠です。改正されていないのに、明治憲法下で日本は立憲君主国から「自由民主主義」国へと変貌しましたし、日本国憲法の下で私学助成が行われているし、憲法第9条の解釈は初期において転々と変わり、何と現在では日本に軍隊が存在しています!
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51309328.htmlより)

 帝国憲法も現行憲法も一度も改正されていないこと、前者においては君主主権から事実上の国民主権へ、後者においては軍備禁止から是認へ、といった解釈の許容範囲を超える解釈「変更」が行われたこと等から、日本においては(成文)憲法に規範性がない、ということです。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51973624.htmlより)

 明治憲法も現行憲法も一度も改正されていないけれど、どちらも憲法の変遷(公定解釈の変化)があった。
 他方、憲法を持つ先進国で、第二次世界大戦後だけをとっても、一度も憲法が改正されていないのは日本くらい(典拠省略)です。
 これらの事実から出てくる結論はただ一つ。日本では憲法に規範性がない、ということです。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51329904.htmlより)

 明治憲法も、現行憲法も、一度も改正されたことがありません。
 これは、単に明治憲法も現行憲法も硬性憲法(改正要件が厳格)であるというだけでは説明がつきません。
 実際、世界の立憲国の中では極めてめずらしい部類に属します(典拠省略)。
 私は、日本は立憲国家ということになっているけれど、実は憲法は存在しないと考えるべきだと思うに至っています。
 これは日本に実質的憲法が存在しない、ということでは必ずしもありません。
 天皇は国の象徴であるとか、政府は国民のための政治を行わなければならない、といったことは、律令国家の頃以来の日本の実質的憲法の条項であると言ってよいでしょう。
 つまり、日本は英国同様、不文憲法国であって、成文憲法国ではない、と思うのです。
 だから日本政府は、堂々と集団自衛権行使を禁じている政府憲法解釈を改めればよい、と申し上げておきましょう。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51193080.htmlより)

憲法9条改正反対論者を、どのようにして説得しますか?
 私なら、憲法第9条・・その核心部分は集団的自衛権行使の禁止なる政府憲法解釈・・を維持したいというのは、自己決定権を放棄するとともに、人倫の道に反することだ、と説得します。
 まず、憲法第9条維持論者は往々にして安保条約維持論者でもあることに着目し、米国によって一方的に守られるというのは、日本が米国の属国に甘んじるということであって、これは自己決定権の放棄である、と説くわけです。
 次に、集団的自衛権を行使しない(行使できない)ということは、救いを求めている他者を助けないということであって、人倫の道に反することだ、と説くのです。
 作家の瀬戸内寂聴、哲学者の鶴見俊輔、梅原猛、大蔵流狂言師の茂山千之丞、臨済宗相国寺派管長の有馬頼底の各氏らが「憲法9条京都の会」を結成するという記事が出ていました(
http://www.asahi.com/kansai/entertainment/news/OSK...
。6月27日アクセス)が、彼らにこのような説得をしてみたいものです。
 自己決定権放棄を主張する哲学者や人倫の道に反することを主張する宗教者(瀬戸内寂聴氏も仏僧)なんて、ブラックユーモアですね、とね。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51227122.htmlより)

関連コラム抜粋
集団的自衛権
#21(2002.3. 1) 切迫する危機に備えていない「有事法制」の欠陥
#30(2002.4.29) オンリー・イエスタデー・・冷戦時代の自衛隊
#57(2002.9. 1) 苦悩する自衛隊――インド洋への海上自衛隊の派遣をめぐって
#58(2002.9. 5) 日本の防衛力の過去と現在――新たなあり方を考える出発点として
#110(2003.3.24) 再び集団的自衛権について
#393(2004.6.27) 集団的自衛権「論争」
#2196(2007.11.25) 本日の記事等の寸評

国際貢献
#22(2002.3. 1) インド洋派遣自衛艦
#83(2002.12. 9) 対イラク戦後の治安部隊派遣?(その1)
#118(2003.5.9) 国際貢献度がビリの日本
#119(2003.5.16) イラク復興のために日本は何をすべきか(その1)
#120(2003.5.17) イラク復興のために日本は何をすべきか(その2)
#121(2003.5.18) イラク復興のために日本は何をすべきか(その3)
#124(2003.6.9) イラク復興で問われる戦後型「利己」的支援(「エコノミ スト」毎日新聞社2003年6月17日特大号(6月9日発行)78〜80頁「脱却」より転載)
#189(2003.11.20) イラク情勢と自衛隊の派遣問題(その1)
#190(2003.11.21) イラク情勢と自衛隊の派遣問題(その2)
#194(2003.11.25) イラク情勢と自衛隊の派遣問題(その3)
#227(2004.1.10) イラク派遣自衛隊をめぐる法的諸問題(その1)
#243(2004.1.29) イラク派遣自衛隊をめぐる法的諸問題(その2)
#244(2004.1.30) イラク派遣自衛隊をめぐる法的諸問題(その3)
#248(2004.2.3) 自衛隊イラク派遣と民主党
#251(2004.2.6) 自衛隊と国際貢献(その1)
#252(2004.2.7) 自衛隊と国際貢献(その2)
#255(2004.2.10) 自衛隊と国際貢献(その3)
#1832(2007.6.24) 自衛隊エレジー
#2062(2007.9.14) 海自艦艇インド洋派遣問題(その1)
#2066(2007.9.16) 海自艦艇インド洋派遣問題(その2)
#2111(2007.10.8) 海自艦艇インド洋派遣問題(続)(その1)
#2113(2007.10.9) 海自艦艇インド洋派遣問題(続)(その2)
#2115(2007.10.10) 海自艦艇インド洋派遣問題(続)(その3)
#2117(2007.10.11) 海自艦艇インド洋派遣問題(続)(その4)
#2119(2007.10.12) 海自艦艇インド洋派遣問題(続)(その5)
#2124(2007.10.14) 海自艦艇インド洋派遣問題(続)(その6)

憲法
#34(2002.5.15) 米国憲法修正第二条
#602(2005.1.22) 2島返還で、北方領土問題解決を
#2518(2008.4.30) 再び防衛問題について
#2913(2008.11.14) 「諸君」に見る小沢一郎像
#3804(2010.2.1) イギリス史落ち穂拾い…日本は憲法を持たないという素晴らしい国なんだよ。後は「独立」しさえすればいいんだ。
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