「右」の諸君、米国が、戦前、日本、ひいては東アジアに対して犯した犯罪と戦後日本がその占領下にあることに憤れ。「左」の諸君、米帝国主義への憤りを忘れたのか、その米帝の植民地となっている現状に甘んじ続けるのか。日本独立に向けて決起を!〜作成中

米国が太平洋戦争以降に直接的間接的にアジアにもたらした死

  1. 太平洋戦争
    1. 日本人死者数  …277万5322人(ジョン・ダワー。内、対米戦死者数154万5506人)
    2. フィリピン人死者数  …約100万人(フィリピン政府見解)
    3. ベトナム人死者数  …約200万人(ベトナム政府見解)
    4. インドネシア人死者数  …約400万人(ジョン・ダワー)
    5. 米国人死者数  …40万212人(米国政府見解。ただし、フィリピン人を除く)

  2. 朝鮮戦争
    1. 北朝鮮人、中共軍人死者数  …131万6579人、46万人(Matthew White氏のまとめサイトより)
    2. 韓国軍人死者数  …13万7899人(韓国政府見解)
    3. 韓国当局が殺害した韓国民間人  …25万人(真実と和解のための過去史整理委員会)
    4. 米国人死者数  …5万4246人(米国政府見解)

  3. ベトナム戦争
    1. 北ベトナム人死者数 …178万5000人(R.J.ラムル)
    2. 南ベトナム軍人死者数 …31万3000人(R.J.ラムル)
    3. ホーチミンルート爆撃によるカンボディア人ラオス人死者数 …80万人(R.J.ラムル)
    4. 米国人死者数   …5万8220人(米国政府見解)

  4. (参考)米比戦争
    1. フィリピン人死者数 …約53万人(R.J.ラムル)
    2. 米国人死者数    …約5000人(Kramer)

米国による直接的死者米国人死者数対米側/米国の比
太平洋戦争日本人1,545,506400,212約21倍
フィリピン人1,000,000
ベトナム人2,000,000
インドネシア人4,000,000
小計8,545,506
朝鮮戦争北朝鮮人1,316,57954,246約40倍
中共軍人460,000
韓国軍人137,899
韓国当局が殺害した韓国民間人250,000
小計2,164,478
ベトナム戦争北ベトナム人死者数1,785,00058,220約50倍
南ベトナム軍人死者数313,000
ホーチミンルート爆撃によるカンボディア人ラオス人800,000
小計2,898,000
小計13,607,984512,678約27倍
米比戦争530,0005,000約106倍
対中東戦288,00010,325約28倍
合計14,425,984528,003約27倍

米国による間接的死者
支那国共内戦(1928〜37年)5,000,000
国共内戦(1945〜49年)2,500,000
毛体制(1949〜1975年、チベット動乱、地主殺害、大躍進、文化大革命など)40,000,000
処刑(1983〜84年)5,000
天安門事件(1989年)3,000
小計47,508,000
ベトナムホーチミン作戦(南北統一作戦、1975年〜)365,000
ラオスラオス内戦(1953〜75年)62,000
カンボディアカンボディア内戦(1970〜75年)600,000
クメール・ルージュ(1975〜1978年)1,650,000
カンボディア内戦(1978〜91年)225,000
小計2,475,000
マライ(マレーシア)マライ共産党叛乱(1968〜89年)367
インドネシア1965年の9月30日事件400,000
インドインド共産党(毛沢東派等)叛乱(1968〜82年)2,000
ネパールネパール内戦(ネパール共産党毛沢東主義派叛乱、1996〜2006年)12,700
合計50,825,067



米国による直接的死者

太平洋戦争

<日本人死者数>
ジョン・ダワー
『人種偏見(War Without Mercy)』
陸海軍人・軍属戦没者数
(旧厚生省調べ)
先の大戦における戦没者概数
(厚労省調べ)
内訳軍人軍属など1,740,955(*1)
(内、対米戦 911,139)
2,135,561外地2,100,000
内地及び周辺200,000
民間人393,367(*2)
(内、対米戦 393,367)
*****戦地戦没者300,000
戦災死亡者500,000
その他の軍民641,000(*3,*4,*5,*6,*7)
(内、対米戦 241,000)
***************
  • ジョン・W・ダワー『人種偏見』(TBSブリタニカ。1987年。PP356-357)によると、日本人総戦死者数は 277万5322人。
     対米戦に相当する赤字部分を足し合わせると、対米戦日本人総死者数は、(海軍戦死者すべてが対米戦ではないはずなので)最大で154万5506人。

PP356-357より引用。


日本政府見解


<フィリピン人死者数>
  • 在フィリピン米国大使館U.S. Department of State
     『an estimated 1 million Filipinos』
  • 中日新聞東京新聞
     『111万人』
  • 赤旗
     『約100万人』
  • フィリピン国家人権委員会委員長のLEILA M. DE LIMAによるスピーチ
     『It has also been estimated that the Second World War resulted in civilian deaths in the Philippines , of from 500,000 to 1 million people. These Filipinos died due to massacres, forced labor, war-related famine and disease, among others.
     In addition, it has been estimated that 57,000 Philippine soldiers died in World War II. An estimated 42,000 Filipino prisoners of war died in Japanese captivity.』
  •  「市街地に立てこもった日本軍に対し、アメリカ軍は徹底した砲爆撃を加えた。これにより、市街地は廃墟と化した。アメリカ軍の支援を受けたフィリピン人ゲリラ約3,000人も、戦闘に参加した。」
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%8B%E3...

     この砲爆撃の威力は、こちらでご覧になれます。
     フィリピン人たるマニラ市民がこれにより大量死したことは間違いないでしょう。

     もう一点考えなければならないのは、
     「当時、マニラ市内には約70万人の市民が残っていた。その多くがアメリカ軍に協力的で、直接ゲリラとして日本軍と戦闘するものもいたという。」
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%8B%E3...
    という事実です。
     このゲリラ兵が仮に制服を着用していた、あるいは戦闘員であることを明示する標識をつけていたとしても、ゲリラに参加したり積極的に協力したマニラ市民全員がそうしていたとは考えられないのであって、そういう勢力を殺傷することは(現在もそうですが、当時も)国際法違反にはあたりません。
     もちろん歴とした国際法違反に該当する行為もあったでしょうが、マニラ攻防戦がなければ、(そして更に遡れば、日米戦争開戦時にフィリピンに米軍がいなければ、)そんな行為は行われなかったはずであって、その犠牲者を除外する必要はないでしょう。
    (以上、http://blog.ohtan.net/archives/51456878.htmlより)

<ベトナム人死者数>
  • Ministry of Agriculture and Rural Development
     『Sixty years ago, under the imperialist and colonialist regimes, more than 2 million Vietnamese people died of famine. 』
  • 日刊ベトナムニュース
     『 1945年の大飢饉を後世に、記念日制定を議論
     6日にハノイで開かれたベトナム歴史科学協会の「1945年の大飢饉を伝える」と題された会合の中で、今後毎年陰暦の3月15日を1945年の大飢饉記念日に制定する意見とハノイ市内に記念碑を建造する意見が発表された。
     これらの意見は今後まとめられ政府に提出される予定。1945年の大飢饉では北部地方で約200万人が餓死(政府発表)したとされている。 』
  • ジョン・W・ダワー『人種偏見』(TBSブリタニカ。1987年)
     『日本軍はフランスのビシー政府の行政機構を通じてインドシナ支配を行な<ったが、>戦争の最終段階には、ひどい飢餓の場となった。独占的な日本のコメ政策(日本軍に食べさせるため)、米軍の空襲、それに44年後半からの海上封鎖(国内の輸送機関を寸断した)が相まって45年の飢餓をもたらし、トンキンとアンナンで100万人を越すベトナム人が死亡した。』(355頁)
  •  (日本の直接占領下にはなかった)仏印はもとより、(日本の占領下にあった)マレー(含シンガポール)、インドネシアにおいてはもちろん、そこで起こった餓死等は、日本にも間接的・直接的な責任があるけれども、(戦前からの)日本に対する米国の主導による経済封鎖に加える米国の主導による軍事攻撃が最大の原因であり、米国に基本的に責任がある、と考えるわけです。
     要するに、武器による死者についても、餓死者等についても、それらをもたらした国の中で、最もそれらと相当因果関係のある原因をつくった国に全面的に責任を負わせることは、必ずしもおかしくない、というのが私の考えです。
    (以上、http://blog.ohtan.net/archives/51456878.htmlより)

<インドネシア人死者数>
  • ジョン・W・ダワー『人種偏見』(TBSブリタニカ。1987年)
     『国連の調査・・・<47年の報告書>・・・によれば、「日本人に殺されたり、飢え、病気、医療の不足によって死亡した総数は、ジャワ島だけで300万人、周辺の島々では百万人にのぼると推定されている。』(355頁)

<米国人死者数>

参考


朝鮮戦争

<北朝鮮人、中共軍人死者数>

参考


<韓国軍人死者数>

<韓国当局が殺害した韓国民間人>
  • 真実と和解のための過去史整理委員会
     『国立公文書館にあたる韓国国家記録院によると、朝鮮戦争中、殺害、または行方不明となった韓国側市民の数は約75万人にのぼる。 国家人権委員会(National Human Rights Commission)の出資で2005年に行われた調査では、このうち「左派」とみなされた韓国人25万人が、自国の軍隊や警察、民兵などに殺されたと推測される。一方、国家記録院によると、北朝鮮側でも非戦闘員108万人が死亡している。』
 参考
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%9D%E5%B0%8E%E9...
 http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=...

<米国人死者数>

参考


ベトナム戦争

 ベトナム政府見解は、
  ・北ベトナム軍人死者数:110万人
  ・南ベトナム軍人死者数不明
  ・南北ベトナム民間人死者数:200万人
であり、南ベトナム軍人死者数、北ベトナム民間人死者数が分からない。

gov.vnサイト内でオリジナルソールが見つからなかったので、ニュースソースで代用

参考


 ラムルの最大推定値(3,206,000)が、ベトナム政府見解(110万人+200万人)と大体同じなので、ラムル最大推定値から推定することにした。
  • R.J.ラムル著(ハワイ大学名誉教授)、Statistics of Democide:ラムル氏のHPTables 6.1ATables 6.1Bより
     ベトナム人総死者数(ラムル最大推定値): 3,206,000 (line 785)
      ・北ベトナム軍人民間人総死者数: 1,489,000 (line 212/778)
      ・guerrilla war directed by North Vietnam from 1954 through 1959: 86,000 (line 778a)
      ・南ベトナム軍人民間人総死者数: 1,033,000 (line 214/779)
        ・内、南ベトナム軍人死者数: 313,000 (line 129)
        ・内、南ベトナム民間人死者数: 720,000 (line 117)
      ・North Vietnam's democide in North Vietnam: 75,000 (line 780)
      ・North Vietnam's democide in South Vietnam: 227,000 (line 781)
      ・democide by South Vietnamese and others: 284,000 (line 782)
      ・US, Korean democide: 12,000 (line 783, 784)

<北ベトナム人死者数>
・北ベトナム軍人民間人総死者数: 1,489,000
・democide by South Vietnamese and others: 284,000
・US, Korean democide: 12,000

<南ベトナム軍人死者数>
・南ベトナム軍人死者数: 313,000

<ホーチミンルート爆撃によるカンボディア人・ラオス人死者数>
  • R.J.ラムル著(ハワイ大学名誉教授)、Statistics of Democide:ラムル氏のHPTables 4.1Aの36行目より
     400,000人(最小で30,000〜最大で800,000)
     ただし、カンボディア人とラオス人のみの死者数か、ベトナム人も含めた死者数かは不明。
     ベトナム人と同じように、最大推定値を採った。
     「While there are estimates of those killed in the American bombing campaign in Cambodia, there are none of how many of these were democidal. That is, what proportion of the deaths were due to intentional attacks on civilian targets or the result of an utterly reckless disregard of civilian casualties. Many of the sources bear on this, in particular Shawcross's revised Sideshow and the critiques of his arguments included therein.9 Taking these materials into account and the reports of survivors that are scattered throughout the literature, I believe that from 10 to 25 percent of the deaths, perhaps most likely 15 percent, were probably democidal (line 37).」

参考:カンボジア内戦総死者数(1970-1975)


<米国人死者数>

参考


(参考)米比戦争

<フィリピン人死者数>
 通説では、比民間人死者は最大で25万人だが、Smallman-Raynor & Cliffを考慮し、ここではR.J.ラムルを採った。
  • Paul Kramer著(元ジョンズホプキンス大学准教授)、The Blood of Government:ジョンズホプキンス大学新聞より
     『・比軍人死者:1.2万人と推計
      ・比民間人死者:25万人と推計』
  • Matthew Smallman-Raynor(ノッティンガム大学教授) and Andrew D Cliff(ケンブリッジ大学教授)、論文:英ウィキペディア脚注原論文)より
     『・比軍人死者:2万人と推計(1.6万人は確定数(actually counted))
      ・比民間人死者:25〜100万人と推計
      #ただし、戦死者、栄養失調死者、コレラ死者の合計である。』
  • R.J.ラムル著(ハワイ大学名誉教授)、Statistics of Democide:ラムル氏のHPTAB13.1の53行目・83行目より
     『・比軍人死者数:2万人と推計(最小で1.6万人〜最大で2.5万人)
      ・比人死者数:51万人と推計(最小で25万人〜最大で97.3万人)』
  • Matthew White氏によるまとめより
     『・Filipino, battle: 16,000-20,000
      ・Filipino civilians: 200,000-250,000』

<米国人死者数>
  • Paul Kramer著(元ジョンズホプキンス大学准教授)、The Blood of Government:ジョンズホプキンス大学新聞より
     『米軍人死者:nearly 5,000 U.S. casualties』
  • R.J.ラムル著(ハワイ大学名誉教授)、Statistics of Democide:ラムル氏のHPTAB13.1の7行目より
     『米軍人死者数:最小で4,500人』
  • John Whiteclay Chambers II 編(ラトガース大学教授)、The Oxford Companion to American Military History:英ウィキペディア脚注より
     『米軍人死者:4,196人』
  • Matthew White氏によるまとめより
     『US, battle: 4,234』


米国による間接的死者

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