「右」の諸君、米国が、戦前、日本、ひいては東アジアに対して犯した犯罪と戦後日本がその占領下にあることに憤れ。「左」の諸君、米帝国主義への憤りを忘れたのか、その米帝の植民地となっている現状に甘んじ続けるのか。日本独立に向けて決起を!〜作成中

 戦前の日本の悲劇は、軍事と非軍事の双方に通じた人材が育たないところの、分断された高等教育が行われていたことです。
 更に言えば、軍事においても、陸軍と海軍の双方に通じた人材はいませんでした。
 その唯一の例外が昭和天皇です。
 だから私は、昭和天皇は昭和期の戦前の日本の最高の知識人であると言ってきたのです。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/51335200.htmlより)

 私自身、昭和天皇(や今上天皇)を高く評価しているわけですが、私としては、もっと単純に、歴代天皇の行動原理は、「日本のため」ではなく、「天皇制を維持するため」である、と解しています。(コラム#省略)
 だからといって、歴代天皇の行動は「日本のため」ではなかったということには必ずしもなりません。
 天皇制が維持されてきたことが結果的に日本のためになってきた、と私は考えているからです。
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/52004803.htmlより)

 このコラムニストの国益論は完全な誤りだ。
 安全保障は国益を守るわけだが、国益とは「(その時点における)国民の生命幸福自由」の「最大化」なんぞではなく、「(その時点において)国民の大多数が共通に抱いている価値観の擁護」なのさ。(誰か典拠探してくれ。)
 国旗や国歌、はたまた天皇に敬意を表するのは、それらが、かかる価値観の象徴だからだ。
 公務員や教師は、(内心どう思っていようと自由だが、)外形上はかかる価値観の遵守者、あるいは体現者であってもらわなくっちゃ困る。
 だから、日本国憲法に規範性がなかったとしても、また、君が代の「君」に天皇以外の意味がなかったとしても、日本国憲法に規定されているように、天皇は(憲法上に規定のない国旗や国歌以上に「権威」ある)日本(国民の価値観の)象徴であり、現行の国歌の歌詞はそのことと整合性がある以上、その歌詞が自分の価値観と合わないという理由で、国歌斉唱の時に起立しないような人物は、公務員として、あるいは教師としてふさわしくないんだよ。↓
 ・・・「国益」とは理念的に言えば、国民の生命幸福自由の確保のことであり、リアルに言えば、実効的な法治と通貨の安定のことである。
 私たちが国益を優先的に配慮するのは、「そうするほうが私的な利益を最大化できるから」である。・・・
http://news.livedoor.com/article/detail/5597844/
 卒業式の君が代斉唱時に起立するよう教職員に求めた校長の職務命令が、憲法一九条の「思想・良心の自由」を制約し、違憲かどうかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁第二小法廷(須藤正彦裁判長)は三十日、「職務命令は間接的な制約に当たるが、必要性や合理性があり、思想・良心の自由を侵害しない」として合憲の初判断を示した。・・・
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK...
(以上、http://blog.ohtan.net/archives/52082883.htmlより)


#214(2003.12.23) 天皇家の歴史観(その1)
#215(2003.12.24) 天皇家の歴史観(その2)
#936(2005.11.7) 報道の自由「後進国」の日本
#937(2005.11.7) 報道の自由「後進国」の日本(続)
#938(2005.11.8) 報道の自由「後進国」の日本(続々)
#939(2005.11.9) チャールスとカミラの米国訪問
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