掃除が終わり教室へ帰るともう皆席に座っていて先生の終礼の合図をまだかまだかと待ちかまえていた。
ボクらが席につくと待ってましたと言わんばかりに先生が日直に声をかける。
起立礼さようならの御決まりの挨拶。
それと同時にシュウ君がボクの前まで駆け寄ってきて乱暴にボクの腕をつかんだ。
動揺するボクをシュウ君が無言で引っ張っていく。教室を出るボクらをクラスの皆が驚いた顔で見ている。
「ねえ・・シュウ君どうしたの・・・?」
「・・・・・・」
シュウ君はずっと無言で・・・・こっちを向いてくれなかった。
今は背中しか見えないけど思いつめた顔をしていた気がした。
そのときクラスメートの男子数人が固まってこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
どこかに逃げ出したくなる衝動を覚えた。そういえば終礼のとき空いている席がいくつか合った気がする。
掃除の時間が終わってもなかなか戻ってこない彼等を無視して終礼を終わらしてしまったのだろう。
この状況が怖かった。ボク独りが絡まれたってかまわない。
・・・いや本当はそれも怖いんだけど、でもそんなのボクが我慢すればいい。
だけど今はシュウ君と一緒に居る。

実は掃除の時間以外でシュウ君と話をしたりする事はほとんどなかった。
クラスで孤立し皆からはぶられているボクがシュウ君と一緒に居るのは不自然だからだ。
シュウ君の友達のグループとボクを虐めたりするグループはほとんど重なっていた。
シュウ君はその事でいつもボクに謝っていた。
「ユキトごめんな・・・ユキト・・・」
その時のシュウくんの顔は苦しそうで・・・そんな顔はして欲しくなかった。
こうやって・・・優しく髪を撫でてくれればボクはそれでいいのに。なんだってどんな事だって我慢できるのに・・・

集団には必ず疎まれ、捌け口となる人間が必要なんだと思う。シュウ君も孤立するのが怖いんだと思う。
もし虐められているボクをシュウ君が助けるような事があれば、それはシュウ君がそのグループから外れるのと同じ事だ。
少しでも輪からはみ出た者は除け者にされる。シュウ君が除け者にされてしまう。
そんな役目はボク独りでいい・・・それがずっと孤独だった三年間でたった一つ学んだ事。

ちょっと前に・・・シュウ君が一緒に下校しようって誘ってくれた。
「お前はなんか遠慮してるみたいだけどさ・・・俺はユキトと一緒にいるの好きだよ・・・」
そういってシュウ君はボクをじっとみつめた。ボクだって、そうだ。ずっといたい、ずっと、いつまでも一緒に・・・
「シュウ!シュウーーー! なにやってんだよー 早く帰ろうぜー!」
廊下から声がした。シュウ君が本来一緒に帰るべき人の、そしてボクを拒絶し否定する人たちの声・・・
「シュウ君は・・・ボクなんかと一緒にいちゃダメだよ・・・」
逃げるようにその場から離れた。少し、泣いた。

廊下の奥から教室へと向かう男子グループの一人がボクらを見つけ指をさして笑っている。
隣の子に耳打ちしている。すぐに全員の顔が虐めっ子特有のニヤニヤ笑いに変わる。
シュウ君が立ち止まった。やっぱり無言で、ボクに背中を向けたまま。
もう彼等との距離は2,3メートルまで縮まっていた。
胸が、ざわついた。
「シュウ、ユキトつれてきたのかよ。助かったよ、俺最近金欠でさー」
皆馬鹿笑いしてる。わざとらしいくらいに。
1人がボクの前まで来て言う。「ごめんちょっとサイフ貸して、すぐ返すから」
ポケットを勝手にまさぐりサイフをとると無抵抗のボクの頭を突き飛ばす。
「お前が最近コイツと普通に掃除しちゃってるから俺たちちょっと引いてたんだよ。」
シュウ君は無言でピクリとも動かない。ボクも怖くて固まっていた。いつもと同じ様に。
「先生にマークされてるとか言い訳してたけどさ、実は真面目ぶってる振りして
俺らより先に金引き出しててたんだろ。な?当たりだろ?」

シュウ君はその問いには答えなかった。変わりにその子の手にあったボクのサイフをひったくって
変わりにシュウ君のサイフを投げ渡した。・・・叩き付けたと言った方が正しいかもしれない。
呆然とした。ボクも・・・ボクを虐めていた人達も。シュウ君が何をしているのか一瞬判らなかった。
「これからは俺のサイフをとればいい。・・・二度とユキトに触るな。」
「行こう、ユキト」
唖然とする周りを尻目にシュウ君がこちらを振り向いて言う。
まっすぐボクを見るその眼。初めて一緒に掃除したときと同じ眼。ボクの全部を包み込んでくれる優しくて・・・
「・・・ッ・・・アッ・・・・」返事をしたいのに・・・あまりのことに失語症になったみたいに喉が反応してくれない。
顔が真っ赤になってるのが判った。
ボクの前に立ったシュウ君が今度は腕じゃなく掌を握る。シュウ君の優しさが沁みこんでくる。
周りで何か声がするけどもう何も聞こえなかった。うん・・・・行こう、一緒に・・・・
止まった時の中、世界でボクとシュウ君の2人だけがそこから抜け出して走りだしている。そんな風に感じた。

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