「りくにぃ」
りくがランドセルの中身を明日の時間割に入れ替えていると、
弟のあきとが部屋に入ってきた。
「おまえ、ちゃんとノックしろよ」
「りくにぃ、練習つきあってよ」
あきとは、兄の咎めなどどこ吹く風といった様子だ。
「練習…?」
「うん」
「キャッチボールか?」
「うぅん」
「じゃぁ何だよ」
弟の考えが読めずに、りくの声にわずかな苛立ちがこもる。
あきとは後ろ手でドアを閉め、答える。
「お医者の練習」
「お医者…?」
手を止めてあきとの方に向き直ったりくは、
不思議な生き物でも見るような目で弟をみつめる。
「お前、4年生にもなってお医者さんごっこがしたいのか…?」
「違うよ!」
呆れたような、馬鹿にしたようなりくの口調に、
あきとは頬を紅潮させる。
「ごっこじゃなく、練習!俺、医者になるんだ!」
「医者ぁ?あきとが?」
「そうだよ!」
りくは自信満々に胸を張っている弟に近づき、頭をグリグリと小突く。
「ちゃんと勉強しなきゃ医者にはなれないんだぞ」
「うるさいなぁ!もう、いいから早くそこに座ってよ!!」
あきとは焦れてバタバタと腕を振りまわして喚く。
「はいはい」
気の短い弟をからかうのが楽しいりくは、しかし、
これ以上苛めると本格的に癇癪を起こしそうな気配を感じ、黙って従うことにした。
りくがベッドに腰かけると、あきとはその向かいに椅子を持ってきて座った。
ご丁寧に首からはおもちゃの聴診器をさげている。
「はい、どこが悪いですか?」
「え?…えーっと…その、お腹が痛いです」
それを調べるのが医者じゃないだろうか、と思いながらも、
りくは大人しく弟につきあう。
「それでは、服をまくってください」
「はい」
シャツをたくし上げると、あきとが聴診器をりくの胸に当てる。
ヒヤッとしたその硬質な感触に、りくの肩がわずかに跳ねる。
「……」
「ほかに痛いところはありませんか?」
「…いいえ」
あきとは真剣な顔つきで、ピタピタと聴診器を当てていく。
しかし、顔が近いため、かすかに肌に息がかかり、
りくは徐々に居心地が悪くなってきていた。
「それでは、服を脱いでそこに横になってください」
「へ?」
一通り診察モドキをした後言われた言葉が、りくは一瞬理解できなった。
どうせすぐに飽きるだろう、そう高をくくっていたのだ。
「もういいだろう」
「まだだよ、これだけじゃ何の病気かわかんないじゃん!」
しかし、りくの予想に反して、あきとの「お医者の練習」は本気だった。
「いやだよ」
「なんで?」
「だって…恥ずかしいだろ…?」
りくはうつむいてぼそぼそと答える。
「変なりくにぃ。いつも一緒にお風呂入ってるのに、なんで恥ずかしいの?」
不思議そうにそう言って、あきとは、りくの顔を覗き込もうとする。
事実、お互い裸など見慣れているのだが、
小5にもなって弟とお医者さんごっこしているという状況のせいか、
それとももっと他の理由のためか、
りくは服を脱ぐのが妙に気恥ずかしかった。
「しょうがないなー、じゃあ、カーテン閉めてやろう」
あきとは窓際に歩み寄ると、カーテンに手をかける。
「やっぱり、もうやめよう」
「いやだ、もっとやる」
りくはわずかに哀願をこめて止めるよう言ってみたが、
あきとはそのままカーテンを閉め、戻ってくる。
いつも共働きの両親の代わりに弟の面倒をみているりくは、
自身の淋しさも相まって、弟には甘かった。
宿題をやれ、早く着替えろ、と兄貴面をしていても、
弟に強く言われると大抵のことはきいてしまうのだ。
それを理解しているあきとは、言い出したらきかな癖があった。
結局、しぶしぶとシャツを脱ぎ、ベッドに横になった。
裸の上半身に触れる空気が、妙に粘っこい気がした。
あきとは、さっそく兄の腹に触れる。
ふと、目に入ったおへそをつついてみた。
「ちょ、ちょっと!…っ!」
りくはわき腹をヒクつかせて派手に身をよじる。
「あきと、くすぐったい!」
もっとくすぐったがらせようと、あきとはやわやわと指を動かしてみたが、
りくはそれ以上派手なリアクションを起こしてくれなかった。
胃の辺りを少し押し、尋ねる。
「痛いのはここですか?」
「いいえ」
次々と触れたり、押したりしてみる。
よく見ると、兄の身体が、たまにピクッと引きつっていることに気付く。
あきとは、先程の野望を叶えようと、攻撃の手を広げることにした。
まず鎖骨をなぞる。
窪みの部分の感触が心地よくて何度も撫でると、兄は身体を強張らせて顔を背けた。
白い喉がさらされ、あそこも後で診察しなくちゃ、とあきとは思った。

 

編集にはIDが必要です