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薄絹をジュノーに手渡し、“禊の間”に入る。
【大戦】時に用いられた、数々の忌わしい兵器によって、世界のあちこちが“死の毒”に汚染された。山・森・湖・平原・・・【迦沼】や【砂蛇】ほどではなくとも、世界の各国は、命の寄り付かなくなった大地や水を多く抱えている。我が領国【ジィーア】も例外ではない。
しかし、しかし、運よく汚染を免れた場所も少なからず存在する。この離れにある泉もその一つ。この300年、清らかな水を滾々と湧き出している。
地下は大気の影響を受けず「温かい」。「凍らぬ水」(記録によると、それでも“摂氏十度”を切っている)があると言うことは、生活の面でも、そして防衛の面でも重宝する。
清水を、桶に汲み、素肌に掛ける。
「・・・んっ!」
最初の一回は、痛く感じられるほどに冷たい。もう一度、桶を満たし、肩口から掛ける。
「・・ふぅ。」
止めていた息を吐き出す。さらに数度、水を被る。冷たさは、既にさほどでもなくなっていた。
苦笑いが浮かんでしまう。
「“この身体”では、禊の意味が大して無いかもしれぬな。」
泉の中心へと歩を進める。・・・腿・・腰・・胸・・・そして、肩・・・・清水の中へと、躯を沈めていく。
世界全土を巻き込んだ【大戦】から、ようやく300年が経とうとしている。私達が“神”という名の“人柱”になったのは、あの時の“過ち”を再び繰り返さないため。
朱に染まった雪原。
夢でみた光景が頭を霞める。私達【神王】が互いに争い合えば、必ず多くの人間達が死ぬ。悪夢が現実となる。
長い年月を掛けて、人々を“愚に還した”のは、彼等を自然と共に歩ませ、争いの連鎖から解放するためだ。決して、戦の駒にするためだからではない。
頭を泉の中へ沈ませる。ちゃぷん、という小さな水音が耳に響いた。
キエラクスとミューラの奮闘により、ジィーアの民は団結を覚え、常なる飢えを克服しつつある。だが、まだまだだ。
自然の気紛れによって生まれ出でた“弱き者たち”は、ひとたび自然の猛威に出遭ってしまえば、ぱたぱたとあえなく命を落としていく。「弱き者は淘汰される」のが自然の在り様だろうが、それは在るべき「理想郷」の姿ではない。やるべきことは、氷河のように残されている。
そう、ここで、終わらせるわけにはいかない。
勢いを付けて、水面から頭を出す。揺らぐ水鏡の中に、あどけなさを残した少女の顔が浮かび上がる。―――彼女の瞳は、もう迷っていない。
「さぁ、往こうか。」
小さな躯を、泉から引き上げた。
2008年03月09日(日) 22:56:37 Modified by curios_moon