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「――神王様の御成りです。」

 ジュノーの先触れの声が、謁見の間に響く。
 私の到着を、家臣達は跪いて出迎えていた。玉座に着き、ジュノーに軽く目配せをする。
「家臣の皆様方、どうぞ楽になさってください。」
 月人の声に、彼等は音も無く素早く立ち上がる。
 右手には、キエラクス、サムラコフ、ニルティンが、左手には、ミューラ、カムキア、ローゼが並ぶ―――目の前に立つこの六人が、今ある私の手駒・・・嫌だな、こんな思考をしてしまうとは。
 そっと、息を吐く。
「神王様、サムラコフよりご報告がございます。」
 キエラクスが一礼する。先程と同じ光景。
「龍戒神王のことか。」
 質問ではなく、確認。
「はっ、おそれながら。」
 サムラコフが答える。
「神王様、“龍戒神王”が全世界に対して宣戦布告を行いました。」
 かの男は一旦、そこで言葉を切った。頷き、先を促す。
「神王様が仰せられた通り、皇陰・龍戒・アヴァリス・呉宇の4国による交渉は決裂に終わった模様です――」
 一言一句、変わらぬ言葉。いや、当然の流れか。
「そのようだな。」
「神王様。」
 キエラクスが声を発する。
「これから我等は、どのように動けば良いのでございましょうか?」
 慇懃な言葉。これから訪れる戦乱に、うろたえている様な素振り。が、彼等の心は既に決まっている。そして、“神”である私の一声を待ち望んでいる。
「―――キエラクス。」
「はっ。」
「兵達を、集めよ。」
「御意!」
 “氷将”の名を持つ男はすっと立ち上がり、右手を上げた。と、同時に、扉から武装した兵士達が一斉に現れ、またたく間に家臣達の後ろにずらりと並んで跪いた。きっと、この部屋の外の廊下、そしてその廊下の向こうにまで兵士達は並び、跪き、私の挙措を伺っているのだ。
 静かに息を吸い込む。

「親愛なる我が家臣、我が兵士達よ!」

 この三百年の間で数え切れない程、口にした言葉。
「龍戒神王は、世界の安定と言う神王の責務を放棄し、あろうことか“世界への宣戦布告”と言う愚挙を起こした!」
 謁見の間の石壁に、私の声がぶつかり、こだまする。
「対して、世界はその挑発にむざむざと乗り、三百年に渡る秩序は今や崩れ去ろうとしている。」
 キエラクスの方を見た。きっと、この男の筋書き通りに動いているのだろうな。だが、それもいいだろう。
「故に、私は此処に宣言する!――新しき秩序と平和の世を、この神国ジィーアが打ち立てんことを!」
 ふっと、先程の幻がよぎる。
「そう、“安寧の春”を!」
 兵士達から歓声が上がる。何時の間にか、キエラクスが傍に立っていた。
「さぁ、兵士達よ、剣を取れ!そして、我等が御神の悲願、叶えて差し上げるのだ!!」
 氷将は、兵士達に呼びかける。
「ジィーア神王様、万歳!世界に安寧の春を!!」
「「ジィーア神王様、万歳!!」」
「「世界に安寧の春を!!」」


 兵士達の歓声を背後にして、キエラクスが跪く。
「神王様の悲願を成就して差し上げる―――我が一族の務め、今こそ果たしましょう。」

「粉骨砕身、御命に従いまする。」
「非力非才ながら、全身全霊を持ってお助け致します。」
 続いて、サムラコフとニルティン。

「神王様、この時をお待ち致しておりました。」
 爛々と目を輝かせて、ローゼが見つめていた。

「神王様・・・。」
 目を合わせたカムキアは、一瞬、口篭った。が、すぐに言葉を続ける。
「何時、如何なる時でも、神王様を御守りすることを御誓い申し上げます。」

 そして、ミューラを見た。
「神王様の良き様になさいませ。御望みに障りある物が在れば―――私は、その露払いと為りましょう。」


 知らず、不敵な笑みが零れていた。 
「あぁ。お前達の望み、必ずや叶えて見せよう―――この『戦神』の力を以って。」

 そうとも、神王の名に懸けて――。
2008年05月05日(月) 22:14:02 Modified by curios_moon




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