神暦書記 〜VAZIAL小説〜

VN'FC内VASTER CLAWS小説の過去編に当たる物語を断片的に書いていきます。
話の大筋は既に決まってますが、ここではそれを全て書くというコトはせずに部分部分の話を載せていきますので、本文だけでは設定がよく見えない箇所があると思います。
大前提がよくわからない場合は[ 設定集 ]、あるいは[ VN'FC設定集 ]をご覧ください。



Presented by くらうど


夕火に咲く華


第一話


ミャー ミャー


ウミネコの鳴く浜辺。


ミャー ミャー


[ 彼 ]の意識はなかった。


ミャー ミャー
ミャー ミャー
ミャー ミャー


………。
……。
…。


*   *   *


「んーー、いい天気!」

少女はそう言いながら、大きく伸びをして胸一杯に潮風を吸い込んだ。

「こうしてると、戦だとか乱世だとかなんて忘れちゃうな…。」

39番目の神国[ 真陽 ]の誕生を境に、皇国の権威は失落。
そこに生まれた秩序の綻びを統治者としての洗礼を受けた神王達が見逃すはずもなく、各神国は来るべき乱世に備え、各々が独自に軍備の拡張に走った。
そして神暦300年。
もはや皇国は39国の中の一国にしか過ぎず、ただ戦乱の渦に飲み込まれることしかできなかった。

「………いつ、終わるんだろ…。」

潮風になびく長い髪を押えながら、少女はつぶやく。

「……………あれ?」

ふと少女が視線を水平線から浜辺に移すと、倒れている[ 彼 ]を見つけた。

「っ……大変!」

少女は駆け寄り、[ 彼 ]の息を確かめる。

「まだ息がある、でも……。」

潮水に濡れた鎧とマントは、[ 彼 ]の体温を着実に奪っていく。
そして、潮風がそれに拍車をかけるのは想像するに容易い。

「息も弱くなってるし、このままじゃ危ない……………。」

少女は[ 彼 ]の肩を担ぎ、近くの小屋まで運んだ。

…………………。
………………。
……………。
…………。
………。
……。
…。


*   *   *


『………待ちわびたよ、魂騎士。』

(……誰だ、お前は。)

『君がこの大陸に来るのを待ち焦がれていた者さ。』

(オレに何の用だ…。)

『別に僕自身に用はない、あるのは我が主さ。』

(主?敵国の刺客か? どこの国だ。皇陰か?龍戒か?モンバルギか!?)

『くすくす。へぇ、もうこの大陸の神国を覚えたんだ?さすがだねぇ……。』

(どういう……意味だ。)

『選ばれた人間は違うなぁと思ったのさ………………フラートのスピリアルナイト!!

(っ!!?)

「お前はっ………!!」


ガバッ


上体を起こした彼の目に、シーツを被せられた己の下半身が映る。
彼はそこで初めて自分が寝ていたことに気づいた。

「…オ、オレは……。」

周りを見渡すと木造の壁と柱があり、ここが小屋の中であることがわかる。


グツグツグツグツ……
カチャ カチャカチャカチャ………


「……ん?」

音のした方を見ると、誰かが湯を沸かしていた。
髪の長い、少女のようである。
どこかの町の娘だろうか。

「……あ、気がついたんですね。」

少女は振り返ると、安堵の笑みを見せた。
その笑顔で平静を取り戻せはしたが、彼の心にまだ余裕はない。

「ここは………?オレは一体……。」

焦燥する彼を落ち着かせるよう、彼女は優しく話しかけた。

「ここは灯咲国、五花(ウーファ)の町です。貴方は溶鉱洋(ようこうよう)の海辺で倒れていたんですよ。」

(灯咲……というコトは、目的地には辿り着けたワケか…。)

彼は頭の中で現状を整理する。
本国であるネミスより受けた密命は、灯咲国の内情調査。
トランベルより離反したものの未だに版図を拡げられずにいる灯咲を抱き抱え、大陸東方部進出の足がかりとするのがネミス国神王、ミル・フラートの考えである。

ネミスは大陸の最西に位置するため、既にある程度の勢力を拡げている神国では、降伏勧告はもちろん同盟を結ぼうにも相手にされない。
地理的に離れたネミスと同盟しても、利が薄いのだ。
その点、孤立している灯咲なら他国からの援助は喉から手が出るほどに欲しがるはず。
たとえ地理的に真逆の国であろうと、同盟によって内政面での利も生まれる。

灯咲は海岸沿いに位置し、戦略的には有効な場所である。
トランベルを押さえてしまえば大陸の[ 端 ]を取ることが出来、呉宇も取ることが出来れば南西部の掌握は容易になるだろう。
西の果てにあるネミスにとって、灯咲は実は遠い国ではない。
既に紺華を掌握しているため、海を横切ればすぐにトランベル近海に到達することができるからだ。
同盟とは言え灯咲国を押さえることができれば、近い将来ネミスにとって大きな利となる。
大陸北西部を平定した[ 強国 ]ネミスにとって、[ 小国 ]灯咲との同盟は[ 対等な同盟 ]ではないのだから…。

(あまり好きなやり方ではないが、本国の意思には逆らえない……。)

自分の役割を確認し、彼は顔を上げて少女に答える。

「それで、倒れていたオレをキミが助けてくれた、と……。」

「はい。」

「そうだったのか…すまない、何と礼を言ったら良いのか……。」

「ふふっ、当然のことをしただけです。ここは海辺に近いですから、運ぶのにも苦労はありませんでしたので。」

少女は、礼は不要とばかりに微笑む。

「……とにかく、ありがとう。」

彼女から敵意や悪意は感じられない。
素直に信用ができると判断した彼は、心から礼を言った。

「でも、どうしてあんな所で倒れていたんですか?見たところ、この辺りの人ではないみたいですけど…。」

少女は傍らに乾かしてある鎧を一瞥して尋ねた。
彼の身に着けていたものはどう見ても灯咲国のものではない。
それどころか、近隣諸国でも見かけない代物だ。

「ん、ああ……。」

彼は言い出しかけて、ふと考えた。

(ネミスの部将っていうコトは、伏せておいた方が良さそうだな。兵にでも見つかったら調査どころじゃない…。)

言葉を選ぼうとして、口に出た言葉は真実だった。

「遠い……ところから来たんだ………そう、とても遠い………。」

………彼はこの大陸の人間ではない。
気付いた時は1人だった。
訳のわからないままにネミス部将として推挙され、言われるがままに戦ってきた。
拾われた恩義に報いるためネミスに籍を置いてはいるが、彼の心は常に違う場所にあった。

(みんな…………。)

脳裏によぎるのは、離れ離れになってしまった仲間達の顔。
形式上は部下ということになるが、その実態は紛れもなく仲間。
苦楽を共にし、幾度となく死線を乗り越えた仲間達は、もはや家族と言っても良い。

「遠い……アラナダですか?リヴァスですか?それとも………海首?」

少女は思い当たる神国を並べてみるが、彼は全てに対して首を振る。

「………フラートっていう所なんだが……。」

彼は恐る恐る、故郷の名を口にする。

「フラート………あ、確かネミス国の神王様の名前が[ ミル・フラート ]って……。」

「……いや。」

彼は苦笑し、やはり首を横に振る。

「すまない、忘れてくれ。オレ自身、記憶が曖昧でな…。」

失言とばかりに、笑ってごまかす。

「え…?あ……は、はい……。」

少女は不思議そうに首をかしげる。

「剣の修行で旅の途中だったから、自分がどの辺りにいるのかあまり意識してなかったんだ。」

変に意識させないよう、彼は努めて明るい声を出した。

「くすくす、意外とおっちょこちょいなんですね。」

その声につられて微笑みながら、彼女は茶を淹れる。


コポコポコポコポコポ…


ディオ・クリースよりネミス部将として推挙されて以来、かつての様に前線で戦いに明け暮れる毎日。
肉を裂き、骨を断ち、鮮血と断末魔を浴びながらただ人を斬り捨て続ける。
一度は乗り越えたはずの暗い影が、再び彼の心に広まりつつあった。
だが…。

「体を冷やさないようにと思ってお茶を用意しておきました。どうぞ。」

「ああ…ありがとう。」

湯呑から広がる香草の香りが部屋中を優しく包む。
その香りに彼はどこか懐かしい感覚を覚え、心が落ち着いていくのを感じた。





「でも……旅の途中だったっていうことは、事故にでも遭ったんですか?」

自分の湯呑に茶を注ぎながら、彼女は尋ねる。

「…………………………多分、な。」

「多分?」

「船の上から陸地を見つけたところまでは覚えているんだ。でも、その後の記憶がはっきりしない……。」

「………………。」

「唯一覚えているのは……………眼だ。」

「眼…って?」

「誰かに、見られているような気がして………そうしたら、見えたんだ……。」

「眼が………ですか?」

「ああ…………赤い、眼がな。」

「赤い眼……赤法神様でしょうか?」

「赤法神?」

「はい。今はもう龍戒領になってしまいましたけど……司啓国の神王、赤法神リシュ様は、真っ赤な目をしていることで有名です。」

「赤法神リシュ……か。」

「司啓の陥落後、赤法神様は行方不明だそうですから……。」

「ここに居たとしてもおかしくはない、か………。」

「はい……。」

抜け落ちた彼の記憶の中に、まるで植えつけられたかのように根を張る赤い眼。
憎、恨、怒、忌、呪、滅、殺、怨…………。
ありとあらゆる負の感情が全て詰まっているかのような深紅の瞳。
それが何故、彼に向けられたのか。

「…………。」

「……………。」

「…………止そう。」

ふっと、彼は笑う。

「え…?」

「オレは赤法神のコトを何も知らないし、そもそも赤法神だっていう保証もない。考えたってわからないんだから、考えるだけ無駄だ。」

「…………それもそうですね。」

そう言うと、少女も元の雰囲気に戻った。

「でも…いろんなコトを知ってるんだな、キミは。」

「え…?」

「他の町の人とも話したコトがあるけど、周りの国どころか自国の状態すら知らない人ばかりだったからさ。」

「あ……えっと………。」

言われた途端、少女は急に焦り出した。

「え……い、いえ…………。」

「どうした?」

「あ……わ、私は…お、お城でご奉仕させていただいてるんです。ですので…その……噂とかでよく情勢の話を聞くので……。」

「城で………侍女か何かか?」

「そ…そんなところです。」

「? そうか…。」

何をそんなに焦る必要があるのかわからなかったが、彼は深く追求しないことにした。
助けてもらった手前、変に追及するのも気が引ける。

「それで……えっと……。」

「ん?ああ、名前か? クラウド……[ クラウド・アークハルト ]だ。」

「クラウドさん、ですね。私はサキ、[ サキ・飛蓮(フェイレン) ]です。サキとお呼びください。」

「わかった、サキ。」

お互いの名を交わし、笑顔を交わす。

「さっきも言ったように、私はお城でご奉仕していて、基本的にはお城でお世話になっているんです。ですのでこの小屋はクラウドさんのお好きに使ってください。」

「え……いや、介抱までしてもらっておいてさすがにそれは申し訳ない。元々旅の途中だったんだ、すぐにでも出ていくよ。」

そう言ってベッドから降りようとしたクラウドは、肩に違和感を覚えた。

「っつ………!」

「ほら、そんな状態で旅なんかできませんよ。しばらくはここで安静にしててください。」

言いながらサキはクラウドを横にさせ、シーツをかけ直す。

「ここは以前、私がお城のお世話になる前に使っていた所ですから、今は誰も使っていません。私がたまに立ち寄るぐらいしかありませんので、気にする必要もないんです。」

まるで子供をしつけるようにサキは言う。

「まずはちゃんと体を癒してください。私も一日一回は最低でも来るようにしますから、何かあれば遠慮なく言ってくださいね。」

「……何から何まで、すまない………。」

「いいえ。」

シーツを整えると、サキはにっこり笑った。

「じゃあ私はお城に戻りますから、また後で様子を見に来ます。ちゃんと寝てないとダメですよ?」

「わかった……ありがとう、サキ。」

クラウドが頷いたのを確認し、サキは小屋を後にした。


*   *   *


「………何だか、妙なコトになったな。」

クラウドは苦笑するが、どこか心は温かかった。
この大陸に来てから一番の安寧。
砂漠の中やっとの思いでオアシスを見つけたような、そんな心持ちで彼は瞼を下ろした。


< 第一話:了 >



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2009年03月06日(金) 14:10:50 Modified by vnfc

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