なんか怪獣イラスト/怪獣の話などのてきとうwiki

   

なんかabout-15.7からの続き




●2015.7.12 続・手巻き煙草の経済学

なんかとりま中間報告的に。

いちおう「自分の煙草」を追求しつつ、どちらかというとタバコ代節約にはげんでいるみたいな。
自分の煙草に関しては、それなりにパッケージを完成しつつある。


この前「口付タバコ」というものを知ってから、これだ! となったが、次は包装。
  • これがいくらかかるのだろう、100円ショップで揃えたものを箇条書すると
    • スティックのり
    • 銀色の折り紙
    • デザイン折り紙
    • 封印用のシール
となる。

シールはパッケージひとつ作るのにふたつ、百円で百枚以上買えるので50回分か。
銀紙は150×150ミリを一度に1枚使い切る、パッケージは70ミリだが上下を閉じなくてはならないので。 逆に外側のデザイン折り紙はふたつ取れる。
何故かと言うと、参考にしているゴールデンバットがそのようなくるみ方なんで、上部分を折らなくてもすむため。


そう考えていくと、パッケージひとつにいくらかかるやら、よくわからん事に。
まあ素材みっつで三百円、これで平均して30個作れるなら、大雑把に言ってひとつ10円くらいだろうと予想。

ゆうてもパッケージは趣味で、将来的には自分でデザインしてネットプリントしたものを創りたいがココアシガレットの箱でもいい。
つうかそんな余分を作ってどうするとも思える。
外出時はケースに入れていけばすむ話だし。




それはいいが、中身の件。

どうも今月、タバコ買いすぎみたいな感じで。
まあ手巻き煙草とかはじめて、面白がってたくさん吸うみたいな最中でもあるし、またいちど作ったフィルター付きタバコを80本くらい、全部バラして口付タバコに作り変える作業のため、紙も無駄にした。
つか紙は今月、少なくとも5つは買ってる。 つまり250枚500円なわけで、これまたかさむんでタバコに付属する巻紙はアテにしている。
ホント、ちゃんと安上がりなのか心配になるよね手巻き煙草。

ところで煙管用の小粋ってやっぱ安い気がする。
いつだったか書いたが、決して手巻き煙草にして不味い葉っぱではないし、お買い得かもしれないと研究中。
かなり乾燥している刻み幅半ミリゆう恐ろしい細切り刻みで、ゆえに指で揉むと粉みたいになって扱いにくい。
これをタッパーなどに移して小型ヒュミドールなどで加湿、崩れないよう丁寧にほぐしていけば、綿みたいにふっこふこになる。

さて、小粋のお値段だがいまんとこ110グラムで350円である。
他の手巻き煙草、あるいはパイプ煙草の葉っぱは百グラムいくらぐらいかというと。
だいたい2000から4000円くらいっぽい。
この数字だけみると、どうにもこうにも小粋がお買い得に思えてならないわけで。
先述したように加湿して、綿みたいにすれば手巻き煙草の水増し用になるんでわと。

※110gではなくて10gの間違いでした。
箱の表示が小さくて読み違えですすんません。(2015.10.12)



理屈でいえば小粋を半分のブレンドつくれば、タバコ葉の費用は従来の60から70パーセントになるのだが。

ゆうてもじっさい手巻き煙草は、パウチから直接ハンドロール巻いて吸うことが多く、ローラー使った口付タバコは半分以下。
なかなか節約は難しいみたいな。

まとまらないけどそんな話。





最近観た映画



●ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘

なつかしいことこの上ないコンテンツ。
自分自身の原初記憶を辿ると、いちばん旧く視聴した特撮映画はコレか恐竜グワンジのどちらかとなる。
東宝特撮とハリーハウゼン、両方が好きである所以かもしれない。
改めて十年ぶりくらいで観たが、こんな始まり方だったんだーと驚いた。 恐山のイタコシーンからとか、観る映画間違ったかと思った。
そして強引な、エイヤッという掛け声さえ聞こえそうな展開で思い出通りの世界に引っ張っていってくれる。
それにしてもおなじみのメンバーが挑戦的な役どころだよね、だから学芸会のようでもあり、東宝の昔映画は魅力でもある。
宝田明逃亡犯とか赤い竹(元ネタすらもうわからんが)の平田昭彦、天本英世、田崎潤幹部という顔ぶれもなかなか。
天本英世といえば死神博士の印象から、年長組だと思っていたが平田昭彦とは同輩くらいなんだなと再確認する。
ちな製作の都合で29歳の水野久美が19歳の役をやってるそうで、なんか無茶な依頼で困ったみたいな顔で出演。
だが意外と鍛えられているのか、なかなかうまく演じている。 現在なら34歳で19歳の役、といったところだな昭和40年代だと。
それにしても赤い竹の基地はなかなか凝っているよな、大道具を空き地に並べただけの基地なんだけど、単純に仮面ライダーなどより予算があるため、スケールが大きく感じる。
まあそれでも大人の観客は騙されないけどね、どう見ても屋外セットでわざとらしい造りではあるし、ただ南海の孤島までそんなセットを大量に持ち込んだ手間だけは評価したい(←騙されてる)。
新怪獣エビラはサソリの怪獣なんだかザリガニなんだかわからんが、劇中エビの化け物みたいに言っていた気がするのでエビ怪獣かも。
一見鋭角的で重量感もあり、強そうなんだが所詮は原始的動物、ゴジラの敵ではない。
ゴジラも下等生命体には容赦無いのはゴジラvsメガギラスで周知の通り(時系列逆だが)、だが今回は両腕をもぎ取っただけで見逃す優しさも。
日本映画も怪獣映画もだんだんと予算が厳しくなってくるころだが、昭和41年だとまだまだ余裕を感じる。 最後の島が沈むシーンとかそれなりに工夫を重ねて頑張っているし、インファント島の島民もまだエキストラ多め。
今みると、インファント島がいかに脅威にさらされているか改めてわかる映画だな、謎の組織赤い竹に襲撃されて、どうやらエビラも時々襲来するらしく対処法を心得ているし。
核実験やられるし受難の島だな。
だがこんなときに昼寝しているのかモスラは。
あるいは怪獣は眠りが長めなのかもね、だとするとインファント島民の都合でかなり寿命を減らしているかもモスラ。
近所のレンタル屋にVHSがなかったこともあり、DVDレンタルが出まわってからようやく観れたので馴染みではないが、最初に言ったとおり幼少の頃たぶんテレビで観た懐かしい映画。
なんだかんだでやっぱいい。


●ゴジラ×メガギラス G消滅作戦

ゴジラ2000に続く作品だが、物語的には独立。
なんか機龍編と似ている気がするのだが、改めて視聴したところ別な物語とわかった。
つまり舞台設定などは共通してない、それこそ独立した物語になっているようで。
これまた15年ぶりくらいだよな、久しぶりなゴジラ映画。 あいやVHSレンタルとか観たかもしれないが。
1984年版から平成ゴジラに続く舞台設定はオリジナル、その後のゴジラ2000は関連を匂わせているが、ともあれ似たような設定のお話、だがこのメガギラス編で完全に確立したのが、日本ゴジラの描き方みたいな。
昭和29年、初代ゴジラの存在は、新しい物語でも受け継がれるという法則。
まーエメリッヒ版はイグアナなので考えから除外するとして、ゴジラ2014がやっとその呪縛から解き放たれたわけだが、日本じゃメガギラス後のゴジラ・モスラ・キングギドラ大怪獣総攻撃、特生自衛隊の機龍編、ファイナルウォーズに至るまで、昭和29年にゴジラが現れた事実だけは変えていない。
そんだけ別格なんだよね初代ゴジラは。
 ただ、問題もあって。
前にも書いたけど「怪獣と人類のファーストコンタクト」が新作で描けないので、平成ガメラ第一弾のような名シーンが出来ん。
それと脚本的にも制約があるわけだが、それはまあいいか。
ゴジラ×メガギラス G消滅作戦の話だった。
この映画でどーしても言いたいことがあって、それは序盤のほうで工藤が子供たちに手品を見せるシーン。
米とカレー粉などをちょっとずつ机に置いて、お椀をかぶせて数秒後、それが調理された小さなカレーになってるという。
感激する子供たち。 ここまではいい。
だがその種明かしが超小型の電子レンジを組み込んだお椀とマイクロマシーンの仕業と知るや「なーんだ、帰ろ帰ろ」みたいになるのがどうにも納得できねえ。
価値観がわからねえよこのガキどもの。
「スゲえ! 科学の力、スゲえ!」となるのは普通だろ。
そんなナノマシーンを作れる若者はおそらく世界中探してもいないし、どんだけスゴいのか理解できんのか子供たちは。
手品だと目を輝かせるが科学だとガッカリだとでも思っているのかコイツら。
こんな意味不明の、思慮が足りない国民ばかりだから次回作の大怪獣総攻撃でゴジラに襲われるんだよ日本は。
まあ些細なことかもしれないが。
映画本来の話にもどすと、前作でよーやっとシリーズ再開にこぎつけた感じなんで、今回からより本気出すみたいな意気込みはある。
ラドンで有名なメガヌロンを成長させメガニューラに、さらに兵隊アリみたいな戦闘用個体、メガギラスという気合の入った脇役も用意した。
あまり文句を言う気はないがメガギラス、ぶっちゃけ平成ゴジラの頃からあまり変わらないデザインで。
似た設定だとガメラ2 レギオン襲来があるが、あれの出来が良すぎたんだろうね、メガギラスがショボく感じてしまう。
羽もなんか弱々しい造形で、じっさいは物凄い高速運動をしている設定らしいが、そうは見えん。
メガニューラ登場に関して言えば、また子供が関わっているんか、とやかく言うのはどうかと思うが、早めに通報しておけよGグラスパーに。 つかいろいろ詰めが甘い連中だよなこの映画の人物は。
おかげで渋谷が壊滅、そこに至るまで多くの市民が餌になっているようで凄まじい犠牲だ。
これが山奥ならまだ戦術の幅がとれたのに。
まあメガギラスも所詮は下等生命体、防御力も攻撃力も体力も技もすべてゴジラの敵ではないみたいな。
背中のヒレを剣に使う、尻尾を触手のように使うなど、面白い見せ方もしているし。
ツッコミどころをもう少し語ると。
なんで渋谷でエネルギー開発するかな。
海からゴジラが上陸して、直線的に侵攻したらどんな被害になるか想像できるだろうに、せめて海沿いでやれよ開発は、ゴジラが海から来てすぐ開発施設壊して戻る、だけで済むじゃん。
似たような展開が機龍編でもあったような・・・まーいいや。
また前作でゴジラの熱線が届かないロングレンジから攻撃、という戦術があったが、今回は戦闘機バンバン落とされているし、妙に片手落ちなところがあるような。
それでもやはり気合の入ったゴジラ映画で、なかなか良作かも。
ゴジラの背中に取り付いた登場人物は過去、なかなかいないし、挑戦的。

●ガメラ2 レギオン襲来

なんかゴジラ×メガギラス観るんでついでにこっちもみたいな。
改めて名作だと感心する平成ガメラの第二弾。
前作のガメラ大怪獣空中決戦はまだ未熟で、演劇を思わせる独特な「ゴジラ演技」の影響がみられたが、今回のガメラ二作目でかなり脱却してオリジナリティを獲得しているような気がする。
前作と次回作の間に立ち、どちらにも深く関連しているのだが、ひとつの独立した作品としても視聴に耐えるのがエラい。
そのため、もし怪獣映画とか観たことない一般人が特撮入門的に平成ガメラ観るなら、2→1→3の順番で観るといいのではないだろうか。
平成ゴジラシリーズではどうも妙な定型にはまってしまった感じがして、逆に自由度が奪われていたのではないか、という思いがあり、それで平成ガメラはずいぶん発想の幅をとるようにしてたみたいな。 ガメラの胸甲羅がパカっと開いて波動砲みたいなの出すとか、ゴジラじゃできないし、何度も書いたけど怪獣と人類のファーストコンタクトを描くとか伝統があるぶん、ゴジラでは難しい。
袋小路みたいなゴジラのかわりに、怪獣映画とはこう撮るんだ!みたいな意気込みが、平成ガメラにはあった。
現在の日本映画界にとっては、目障りこの上ない作品だろうと思う。
だって近年の日本映画は話題作りで興行成績を上げたが中身はサッパリゆう評価であり、その原因は「予算がないので・・・」という決まり文句だが、じゃああれだ、平成ガメラはどうなん? 第一作目は制作費たった6億ってウィキペディアに書いてあるけど?
となるから。
平成ガメラに費やされた努力と工夫は、並大抵ではないのだろう。
有名な話に、撮影用に作った小型レギオン1001体をフィギュアとして売りさばいた、というのがある。
制作費がギリギリなんで、苦労したということか。
寒空の下、カゴを抱えた少女が「フィギュア買ってください」と歩きまわったと思うと涙を禁じ得ない。 もしかしたら思い違いあるかもだが。
また町中を戦車隊が行軍するなど低予算映画では、というか日本じゃ撮影不可能。
そこで逆転発想、街のセットを演習場に持ち込んだという工夫が光る。
画面で確認できるのは標識、ガードレール、電柱、それにファミレスのセットなどなど。
地下鉄の突入シーンなど非常にソツのない演出で、ゴジラvsビオランテの恥ずかしい下手なバトルと比べるとエラい進歩を感じたもんだ。
レギオンの造形も優れていて、なおかつ撮影の工夫で着ぐるみに見えないように配慮されて迫力が増している。
北海道の対決シーンでは夜間戦闘で、街のミニチュアや怪獣を下からライトアップするという、当たり前のことを当たり前にやる誠実さ。
ガメラの足元で街がドーンと揺れるのを映す心配り。
穂波薬局での謎解きのワクワク感とか仙台決戦のハラハラ感とか純粋に映画としてうまい。
そして前作の長峰同様、穂波というヒロインの活躍がよろしい。
自衛隊は度胸と決断力、学者や技術者は知識で勝負するのだが、この男たちやはり完璧ではなく、技術者でも英語は得意だがネットは・・・という者やその逆だったり、化学には詳しいが生物はあまり・・・という偏った能力を全て橋渡しする役回りを、穂波というヒロインが演じている。
まあそれが極端になるとナウシカになるんだなという感じで。

SF的にも細かいリアリティはわからんが優れていて、また地球の環境を変えて繁殖しようとする侵略者に対しては殲滅戦しかないという単純明快さも持ち合わせていて、たいへん魅力的な話になっている。

樋口真嗣特撮監督は、ホントかような工夫のある特撮では偉人なんだけどなー。
監督としてはどうなんだろうね、隠し砦の三悪人リメイクはパッとしなかったが。
この夏公開の進撃の巨人や今後のゴジラなどでも不安が残る。


●キック・アス

いやー噂通り面白かった。
iTunesStoreで百円セールのを期限ギリギリで観たんだが。
普通の少年が通販で買ったヒーロースーツ(のコスチューム)で特殊能力も何もなしでヒーロー活動するみたいな話なのだが。
ただ、釈然としない点があって。
いや映画そのもの問題点ではなくて、世間のレビューを視聴後に見て回った時に引っかかったのが「こんな映画観たことない!」的な感想が多いこと。
うーんそうなのか? 一般市民がコスチュームで活動して事件に巻き込まれる的なドラマ、過去にいくらでもありそうなのだが、ないのか。
第9地区などでも似たようなこと思ったんだけどね、こーゆー映画今までなかったんだ、という。 映画をあまり観ない方だと自分を定義付けていたが、今ではそれほどでもないと分かっていて、でも自分は知らないが世界は広い、という感覚はあったんで「いろんな作品があるだろう」という意識は常に持っている。 そのほうが思い上がらずに済むし。
でもなかったんだ、キック・アスみたいな映画って。
 ただ高性能スーツでも特殊能力持ちでもない常人が覆面ひとつで悪に挑むのはこれまでもあったじゃん、ただし腕はたつけど。
というかローン・レンジャーはじめ、それが基本だったんだけどね、特殊能力が後から流行ったみたいな。
アンブレイカブルみたいに市販のポンチョとか羽織っただけの野郎でも特殊能力は保有しているというのが最近の当たり前。
で、キック・アスだ。
この映画では四人のヒーロー(つか覆面野郎)が登場するが、キック・アスは映画のテーマそのもので最初はナイフで刺された上に交通事故で死にかけるが、よほど懲りない性格なのか意志が強いのか、ヒーロー続けてそれなりの成果を出すみたいな。
演じている俳優さんはいい感じに弱々しいけど、そののち成長してかなり体格よくなっちゃったそうで、というかゴジラに出演していたあの人がそうである的な話をこのまえ聞いた。
そして非常にヤヴァいがなんか笑えるのがビッグ・ダディ。
おま、それ、ちょ、そのコスチュームはっ、みたいな感じで、コイツが一番強いんだが、行動論も見た目もバットマン意識しているだろみたいな。
本人が極めて真剣なのもバットマン譲りだろと。
声はどうだったかな、よくネタにされるダークナイトの作り声バットマンとか再現してたっけ。
この作品で魅力なのはやっぱヒット・ガールだろうか、日本で言えば小学生くらいなのにとにかく暴れるし強いという。
最初のバトルでは一緒にいたキック・アスがあまりの惨劇に泣きそうになっていたくらいの暴力が魅力。 これこそ「こんなヒーロー観たことない」なのではないだろうか、バットマンのロビンだって少年というより青年みたいだったし、あれほどえげつない戦い方はしないはず。
そこまで非道なのに、やっぱ可愛いんだよね衣装身につけている間は。
あと何気に魅力なのがレッドミストか。
資金のある自称ヒーローの1人でワケありなんだが、コイツが所有するミストモービルが走りだすシーンはやっぱりバットマンのバットモービルのパロディ言うか、テーマ曲がもうそれっぽくて笑える。 コスチュームもバットマンのゲストキャラ、リドラーやら何やら足してその数字だけ割ったみたいな微妙でいい感じになっている。
レッドミストは闇堕ち要員で、どう成長するのか楽しみなキャラだった。
ストーリーで言うと、最初はちょっと退屈だったかな、キック・アスになって活動しようとする主人公の日常とかが淡々としていて。
それとスーパーヒーローが存在しない世界観だったのに、ビッグ・ダディはいるじゃん、という疑問が。
偶然、キック・アスの登場とビッグ・ダディ登場が重なったのだろうか。
そして世界はヒーローだらけになるのか。


●怪獣島の決戦 ゴジラの息子

怪獣総進撃の前作らしい映画。
なんか文献から、怪獣総進撃で大盤振る舞いしてその次のオール怪獣大進撃から低予算&低年齢対象になったと思っていたが、実はキングコング対ゴジラからの流れみてると、フツーに順当に低予算化していたっぽく、このゴジラの息子もそのタイムラインのあるべきところにはめ込んでみると、なるほどジャストフィットする感じ。
だいたいオール怪獣大進撃の後もガイガン登場やメカゴジラ登場など、それなりにやってたわけだし。
にじみ出るB級感は隠せなくなり、かつての威厳はなくなってゆくが、それはすべての邦画ジャンルに共通だと思う。
でもってカマキラス、クモンガと題名通りミニラの登場となるこの映画。
むろんかつての超大作感はなくなってくるが、まだまだ健在。
そもそも怪獣映画の衰退ってウルトラマンなどテレビ特撮の出現により、アイデアが枯渇したことが理由なのではと思えて。
80年代に大量登場したハリウッドアクションが、その後少なくなったのも同じではないかな、怪獣とアクションってとにかくアイデアが勝負だから。
真面目な映画作家なら、劇中のボス敵でさえ他の映画と同じ死に方はさせまいと知恵を絞るのではと想像。
かような映画製作の最前線で、ゴジラの息子はなかなか頑張っているかと。
これを書いている現在、7月の真夏日になるためこの映画の南国地獄は身にしみるし、土屋嘉男隊員が「こんなところにいられるか〜」的におかしくなるのも無理ないゆうか、しょっぱなからいい感じのドラマだなこれ。
さらに冒頭で、この島に何があるんだ的な投げかけもあるし、でかいカマキリは歩き回っているし、気象実験隊というには過酷なシチュエーションが素晴らしい。 まあ怪獣映画だからそりゃそうなんだが。
ヒロインの南国ガールもなかなか魅力。
それに加えてミニラという新キャラが観られるわけで、観ていて思うのは、子供心をくすぐられるのでは・・・ということ。
じっさい南海の大決闘を子供の頃観たらワクワクしたし。
まあ映画全体が壮大な環境破壊であり、かなりの惨劇だけどね。
あの島に野生動物とかいるのかな、いきなり雪国になってエラいことになるのだが。
それ以前にいちど失敗して、気温70度とかになった時点でたいがい死滅しそうだが。
気象実験はいいけど、手加減とかできないのかね。
ちなゴジラの脅威度はだんだん薄れているね、このような島に勝手に住むぶんには日本に被害がないわけだし。
よく考えたらもっともマトモな落とし所であり、ゴジラ2014も実はそんな感じで、人類とゴジラ、別な場所で暮らしていればいいみたいな?
怪獣大戦争のあと、しばらく宇宙侵略者とか登場しないゴジラ映画が続いた、いわば中休み的な作品群でもある。
緊迫感はないが、なかなか楽しいゴジラ映画。




●シャークトパス

タイトルからして魅力なサメ映画。
観た後にぐぐったらロジャー・コーマン製作であった。
失礼ながらご存命でしたかコーマンさん。
アサイラムにくらべると質が高いのが特徴で、同じ底辺B級映画でありながら、やっぱりコーマンは可能な限り努力するスタイルなのか。
むろんCGとか低品質で、内容も立派とは言いがたいが、殺人魚フライングキラーくらいの作品にはなっている。
頭がサメで下半身がタコというアホな企画にもかかわらず、けっこう真面目に造られているわけ。
このシャークトパス、スペックだけみると非常に強いんだけど、そこがうまく描かれていないのは残念。
単にサメというだけではなく、かなり大きなサメで、下半身のタコは器用で陸上を歩くこともできれば触手でちょっとした作業もできるみたいな。
そのわりに脅威度が低めな仕上がりなんだよね。
触腕の先が尖っていて、ぶっちゃけこれで刺されるだけで充分危険なのだが、そうはならなくて。
例えばダブルヘッド・ジョーズみたいな底抜けのバカ映画とは違うが、やはりB級映画として堪能するのがいい。


●クラーケンフィールド

意外と普通なモンスター映画。
アサイラムみたいな底辺感とかコーマンみたいな攻撃的な作品でもなく。
ちなみにぐぐって気づいたがタイトル。 コレってクローバーフィールドのパチモン商品として登場したもので、パッケージ写真みるとまづ色合いを似せて巨大な触腕&自由の女神コラージュで「クラーケンフィールド/HAKAISHIN」とゆう文字がっ!
決して大作映画とは言えないクローバーフィールドに複数、パチモンがあるんですね・・・・。
むろん日本の配給の話であって、原題はクラーケン:深海からの怪物みたいな、普通な題名。
逆にクラーケンなのかテンタクルスなのかスキュラなのかハッキリしないが。
間違いないのはタコではなく、イカだということ。
じっさいの映画はNHKで撮られたダイオウイカよりやや大きい程度のヤツが一体、どこぞの海辺で泳ぎまわっているだけ。 異常に活きが良く、何人もが犠牲になるが、特定の海底財宝を狙うトレジャーハンターだけが襲われるだけで、攻撃本能を人工的に操作されて上陸した先日のシャークトパスなどとはだいぶん、趣旨が違う作品。
ダンジョンの財宝&ドラゴンみたいな感じかと。
内容的にも映像的にもだいぶん普通で、逆に面白みもあまりないかも。
アホな脚本をツッコむような楽しみ方ではない、みたいな。
また明らかな弱点として、イカとの決着がイカ・・・・よろしくない感じ。
ラストは海賊の末裔である敵キャラが新たな船を出してきて、そこが新ステージになるのだが、この船がまた漁船なのか、サルベージ船なのか複雑怪奇な構造になっていて、マストやらウィンチやら多数ある面白船舶。 ここに巨大イカが乗り込んでくるのだからどう始末するのか、観客は楽しみなはずなんで。 複数の触腕をそれぞれのマストにからめて取り、そのまま広げて帰還すれば巨大な日干しスルメイカの出来上がりじゃん。
それ以外にもいろんな料理法が考えられ、築地などのマグロ解体みたいなもんで、「よしゃああ!ショータイムだ!」となるはずが。
短機関銃でパパパッと撃って死んじゃうの?
何の芸もみせずに。
それでもモンスターの端くれか、と説教したいが死んだイカに何言っても無駄か・・・。
とまあわりと淡白なB級モンスター映画だが。
先述したとおり極端に凹んだところもないんで、普通の観客にはそこそこオススメかも。



番外編:最近観たアニメオープニング


アニメのオープニング評

アニメはあまり観ない方ではあるが、オープニングだけチェック、などという場合もある。
そも、観ない方ゆうても過去を遡ればやっぱり「観た方」となるので、オープニング評ならわりと得意だ。
単純なクオリティからテーマに至るまで、分析することは多い。
とりま比較的近年の作品をいくつか、ここで論じてみたい。
思うところあるので、自分メモ的な意味もあるし。


●アルスラーン戦記:第一期

ちょっとここで、おそらくは一般的なアニメファンに共通の意識、について少々。
昔ながらのアニメファンというのはだいたい、他のジャンルを酷評しないもんだ。 理由はアニメというジャンルそのものが日陰者だったから。
ゆえに他者の痛みにも敏感で、あからさまな悪口は言わない傾向みたいな。
もっとも最近になって「アニメは日本が誇る主流コンテンツ」的な意識が人によってはあるっぽいので、今後はどうなるかわかんないけど。
増上慢が増えるかもねー、でも今んとこ、アニメファンは配慮好きなセンシティブだから。
それを踏まえた上で、アルスラーン戦記第一期のオープニング曲は悪い、と思う。
自分も他者の悪口は言いたくないタイプだが、考えた末、悪い。
「僕の言葉ではない これは僕達の言葉」という楽曲だが・・・・繰り返すが悪口は言いたくないけど、決してうまいとはとても言えないような。 まあ歌詞の内容はわからんでもないんだけど、とにかくうまくない。
だがそれはいいとしよう、問題は曲と作品が合っていないこと。
アルスラーン戦記は大河歴史ドラマ風ファンタジーで、それと曲調があっていないのはもちろん、いちばんマヅいのは、その歌詞と本編につながりが感じられない。
かなり出来の悪いオープニングでも劇中の誰かの言葉、と解釈ができたりするもんだが・・・。
この「僕の言葉ではない これは僕達の言葉」というのはどのキャラの言葉なのだろう、見当がつかない。
二十年来のアルスラーン戦記ファンだが、わからない。
ようするにチグハグなわけ。
映像の方は及第点ゆうか、自分は異常に評価が甘いのでそうなるのだが。

ただしこのアルスラーン戦記第一期オープニング、早送りで飛ばしたことはない。
流して聞いていて、ノイズになるようなことはないので。 つまり中身がこれっぽっちも作品と合致しないだけで、アニメオープニングとしてはまあ及第点なのかも。


●血界戦線

Hello,world!というこの曲。
良質なアニメーションと相まって最高のオープニングとなっている。
先ほどのアルスラーン戦記とは逆で、第一話を観終わって(一話にはオープニングなし)第二話のオープニングをはじめて観た時点で早くも「これはレオナルドの歌だ」と確信する。
キャラクターと楽曲がむっちゃ合っているわけ。
エンディングもまったく同じ感想で、映像もいいし曲もいいし歌詞はやはり主人公のレオナルドに違いないし。
オープニングの映像ではとにかくレオを中心に描いてクラウスを後ろに下げることで、このアニメの主人公がレオであること、強調しているっぽい。
まあそのくらい配慮しないと、誰もが主役クラウス、と思ってしまうからな。
ぶっちゃけこのアニメは名作級というわけではないのだが、突出した作品ではある。


●ブラックジャック(第二期?)

なんかブラックジャックの映像化というともう大量にありすぎてわけわからんくらいだが。
十年ほど前にテレビアニメ化したらしいのをGyaO!で配信している。
加山雄三のブラックジャックはじめ、24時間テレビのアニメなどにゲスト出演したりネット上のフラッシュアニメみたいなのがあったり、とにかく多すぎて把握できないが、普通にテレビアニメなってたとは知らなかった。
それまで胡散臭さと謎の人みたいな雰囲気強調だったブラックジャックを比較的原作に近い感じでアニメにしているのは好感。
別に本名隠しているわけでもないし、とくべつ寡黙でもないし、けっこう普通に話せる人物だよねブラックジャックは。
それはいいとしてオープニング。
これは、ハッキリ言って放送事故レベル。
作品イメージとあわないのはもちろん、ひとつの曲としてハァ?と言いたくなる出来で。
このオープニングが放送された件について、誰か謝罪しろくらいに思えるが、手がけたのは小室哲哉・・・ホントかいな。
あの人こんなに無能だったっけ?
一時期アマチュアのボーカロイド曲を大量に聞いたのでわかるのだが、この曲ってそのレベルではないかと。
とにかく歌詞が響かない。
だから何? みたいな内容で。
なんつかなー、音楽やったことない普通なOLが書いたような・・・・まあいいや。
どうやら第二期かなんかの曲らしく、globeのHere I Amゆうみたい。

アニメそのものはけっこう楽しめたのに、残念。
ちなエンディングはそこまで事故ではない。


●うしおととら

これはまた名作オープニングが来たもんだ。
過去にもアニメ化されてるが、こんどは最終楽章まで突っ切るらしくて。
1話2話観たが、原作に対する理解度が高くて充実した感じに。
それにあわせてオープニングも「わかってるなあ」的なものになっている。
曲は筋肉少女帯なのか、あのサウンド、わかってるなあ。
絵は原作のカッコ良さを踏襲、わかってるなあ、みたいな。
実は歌詞はまだ聞き取れていないんだけどね。
でもいいんだよ、オープニングはノリのいい方が勝つんだよ、という法則がありまして。
いやー満足度の高いのを久しぶりに観ました。

●アルドノア・ゼロ

思ったほど大傑作にはならなかったが、手堅いアルドノア・ゼロの第一期オープニングはやはり手堅い。
なんかぐぐったら担当アーティストのKalafinaはアルスラーン戦記第二期エンディングですな、なんか聞き覚えある音だとは思った。
具体的なことはサッパリだし、早くて聞き取れない部分もあるけど、全体的に地球と火星の人びとを歌った楽曲と感じられ、雰囲気で勝利みたいな。
またアニメオープニングの曲ってリズム感も大切だけど、流れというものが肝要で、例をあげるとサイコアーマー・ゴーバリアンなんかがそれに該当。
絵も下手だし作品そのものがあまり記憶に残らないマジンガーZの亜流みたいだが、オープニングだけ作品価値があるみたいな。
ましてや一流アニメ作家が集結したアルドノア・ゼロだけに出来がいいのも当然かな。
もっともガンダムシリーズみたいに、一流集っても今ひとつなのもあるけど。

●ディスクウォーズ・アベンジャーズ

これは意外な良作オープニングだった。
そもそもマーベルヒーローズを日本で、ややキッズ向けにアレンジした作品で、そのオープニング曲はぶっちゃけ何言ってんだコイツみたいな歌詞で、でもそれがややこしいスーパーヒーローの主題としてふさわしいみたいな、けっこう巧妙な造り。
多感な少年少女にはかような意味ありげ歌詞が逆に響くんでないかと。
それでいてアップテンポで勢いがあるし。
エンディングも同じ調子でいい感じだった。
曲はT.M.Revolution


●とりあえず比較として
あまりこーゆーこと言いたかないが、昔はよかったなーと。
最近のアニメオープニングはまったくもう、あーどっこいしょ、お茶がうまい。
そんな年寄りじみた愚痴とかそーゆーのではなく、具体的にアニメオープニングの出来不出来について、比較用として「海のトリトン」でも持ちだそうかと。
YouTubeなどでいくらでも観れる昔アニメのオープニングだが、聞けば一発、トリトンの歌だとわかる。
おそらく視聴者の立場に近い何者か、第三者によるトリトン賛歌、あるいは応援歌だ。
映像もトリトンが海で活躍する冒険ものとすぐわかる模範的な出来で、まあ贅沢をいえばオリハルコンの短剣をかざす勇姿を歌詞に取り込めばなお良かったが。
なんつてもワクワクするよね、海のトリトンオープニングは。

こうでなくては、と思うわけ。
なのに同じ手塚治虫アニメであるブラックジャックは悲惨なことに・・・。
ともあれ傑作オープニングはこの海のトリトンのように、主題がすぐにわかる造りが基本。
うしおととらも、血界戦線も、そーゆー意味でちゃんとしていて、なおかつ曲も映像もいいとゆう。
本来そうあるべきなんだよね、昔よりはアニメも曲も技術進んでいるんだから、いいものが出来て当然な気が。


とまそんな話





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