2011年に入り、事態を打開するため葉鍵社民党が動きだし、杏さん党に対し藤林杏内閣の樹立を持ちかけた。
葉鍵社民党の政策をほぼ丸呑みせよという内容ではあったが、
坂上智代代表自らが動いたことに加え、
藤林杏委員長にも自身のヘタレぶりが半年以上にわたる政治空白を生んだという自責の念があり、基本的に受け入れることになった。
ところが相変わらず葉鍵社民党側は無理難題を提示し、杏さん党側の交渉担当者である
長谷部彩もこの条件を呑むことは不可能と判断するに至る。葉鍵社民党内部でも、同人系で親杏さん党である
木田恵美梨・リベラル派の
緒方理奈らが坂上智代の提示する条件は受け容れがたいことを説明し党幹部の説得に走るが、幹部陣らもここで折れては葉鍵社民党の存在意義がないと強硬な姿勢を崩さず、連立協議は破綻寸前に陥る。
最後の手段として
木田恵美梨が離党を賭して党幹部の説得に走り、結果、葉鍵社民党も一定の妥協をしたことで杏さん党・葉鍵社民党両党が協力する方向で決まった。
この動きに
うぐぅ民主党から
甘党に移籍した
神北小毬が呼応、
美坂栞首相を説得し、新内閣への甘党からの入閣と甘党・杏さん党の和解を条件に藤林杏の首相就任を承諾させた。これに、水面下で葉鍵社民党との関係強化を模索してきた
満腹実現党と、従前から杏さん・社民両党と友好関係にあった拡大リトルバスターズ連合の2党(
リトバス社会大衆党、
維新政党わふー)も加わり、葉鍵社民党の友党である食福会も加えて、新政権樹立の流れが固まった。
だが、新首相指名に必要な臨時国会の召集を、
伊吹風子議長が拒否。理由は、美坂栞内閣成立直後の大混乱を収束させるため伊吹風子議長が下した「神采配」で、「議長と首相はこちら(新興政党系)で貰う」としていたためであった。
藤林杏は自身の首相就任にはこだわらない意向を示したが、では誰を首相にするのかという、2010年総選挙後の流れが再現されそうな雰囲気になった為、今度こそ失敗できないと各議員が走り出した。
結局、食福会の
久寿川ささらをはじめ杏さん党の
まーりゃん・
姫百合珊瑚・葉鍵社民党の
柚原春夏といった
ToHeart2広域県?出身議員が
笹森花梨オカル党代表と直接交渉し、当分の間2つの政権を併存させるということで合意した。オカル党としても、ただでさえ寄り合い所帯の美坂栞政権から、首相自身も含めて甘党・満腹実現党・白チーズ系が抜ければ完全に少数派に転落してしまい、いずれ来る通常国会で伊吹風子議長の不信任決議案を出されたら対抗しようがないという事情もあった。
ただ、伊吹風子議長が召集する国会で新首相を指名すると、自動的に美坂栞「首相」は失職してしまうことになる為、伊吹風子議長はじめオカル党議員は敢えて水瀬秋子が占領して使用不可能となっている国会議事堂に入り、その一方で他の議員の大半は「伊吹議長が水瀬秋子の管理下に置かれ職務執行が不可能である」との名目で葉鍵国際展示場で「緊急議会」を開催し、
牧村南を議長代行
*1として首班指名選挙を行い、藤林杏内閣を成立させた。
同日、
美坂栞は首相官邸を中立系NGOに引き渡し、自らは藤林杏内閣の法務大臣に就任。名目上は伊吹風子議長下での国会で指名された首相の肩書きを残すものの、首相としての実務は行わないこととなった。ただ、元より首相の実務の殆どは伊吹風子議長が代行していたのが実情であり、実態としてはあまり変化はなかった。
この後、両政権間で中央官庁や地方政府の主導権を巡って水面下で攻防があったものの、水瀬秋子の存在が抑止力となって、表面上は可能な限り平和裏に事が進められている。官憲は国家人権委員会の指導によって、一ノ瀬政権時代とほぼ同様の方針(謙抑路線)に基づいて動いている。地方政府は知事の裁量でどちらに付くか委ねられるとされ、
ONE県(
柚木詩子知事)や
リトルバスターズ!県(
西園美鳥知事)は美坂栞政権側、
CLANNAD県(
柊勝平知事)
*2は藤林杏政権側に付いている。また、
Kanon県(
川澄舞知事)のようにこれを機に中央政府の統制下に一切入らないという県も存在する。これ以外の殆どの県は知事が
葉鍵創新党系に押さえられている為、結果的に中立となっている。