2009年夏 横浜の片隅に生まれた小さな森がありました。つながりの森は、人と人とのつながりの中で新しいものを生み出そうとする人たちが暮らす場所。人々はその場所を「Y150ヒルサイド・つながりの森」と呼び、歌い、作り、育て、奏で、走り、語り、そして笑いました。このページは、そんな「つながりの森」の住民達の語りを後世に残し、新たなつながりの森へとつなげていくために作られました。

小中学生の理科離れに拍車がかかる中、理系大学生として、理科の面白さを伝えようと、
自らが代表を務める学生サークル「ECO Friend College」の仲間達とともに、
水をテーマにしたおもしろ楽しい化学実験ワークショップを、展開しました。



―関東学院大学の学生さんである伊禮さんが、
そもそもこの創発事業に参加しようと思ったきっかけを教えて下さい。

まず、一番大きいのは、サークル活動の強化です。
研究室に来てただ研究するだけでなく、
理系の人間として何か社会に貢献したいと思っていたのですが、
その当時、あまり活発に活動をできていなかったんですね。
そんな時、この話を伺い、
横浜市の事業に関与するという、大きなミッションを持とうと思ったんです。

―なるほど!それで、出展してみてどんな成果がありましたか?

まずは、色々な世代の方達と関わりが持てたことが、大きな経験になりました。
特に上の世代の方からの、アドバイスはとても役に立ちました。

そして、メンバー内の声としては、就職活動に役立ったという声を聞いています。
大学内での研究だけでなく、社会的活動を評価する企業も多いので、
そういった面で非常に成果があったそうです。
ワークショップを通じて人前で話すことに抵抗が無くなったという声も聞いています。

また、今後に活用できる様々なノウハウが蓄積されたという事も大きいです。
例えば、企画書や研究書を描くときにも、まず誰に届けたいか、ターゲットを考えるようになりました。
この「ターゲットを絞る」という視点は個人的に大きな成果です。



―参加したメンバー個々人に、色々な成果が生まれているんですね!
ちなみに伊禮さん自身は、この創発の長いプロセスを振り返ってどんな感想を持っていますか?


そうですね。いろいろな場所を見学しにいった事や、
ワークショップを実演した事が大きな経験になりました。

特に、錦台中学校のワークショップでは、プログラムの「良い/悪い」の具体的な反応があって、
話をきいてもらう為にはどうしたらよいか?どのようにアプローチすればよいのか等、
本当に学ばせていただきました。
そもそも理系の悪いところは結果と結論が全てで、それ以外はあまり重要に思っていないんですよ。
でも、ワークショップはその学びの過程がとても大切なんですよね。
そのことを掴めたことは、非常に大きかったと思います。
おかげで、メンバーの結束力やプログラムの充実度は圧倒的に向上しました。

また、3月のリハーサルでは、色々な指摘をされたにも関わらず、
なかなか人が動かず、プロジェクトを指揮する難しさを痛感しました。
その後、マーケティングの本を読みあさり、リーダーシップについて色々と学ぶ中で、
次第に統制がとれるようになりました。

今では、自分が不在の時でも、他の誰かがきちんとリーダーシップをとれるような組織となり、
問題が起こっても、自分達で解決できるようになりました。



―そうですか!でも、メンバーをそうさせた要因って何だったんでしょうね?

やはり、逃げられないという状況がそうさせたのだと思います。
辛い事が多かったですが、
最後の方はプロジェクトを楽しもうを合い言葉に頑張りました。
そのおかげで、メンバーの笑顔が生まれない日は無かったと思います。
プログラムを考えている時が、非常に楽しくなったんですよね。
最初は、あまり仲の良いとは言えないひとりひとりだったのですが、
終わってみて、また一緒にやりたいという仲間が出来たと思います。
本当に、苦しいことを分かち合うということの大切さを感じています。

―最後に、これからの展開を聞かせて下さい。

実は、Y150で生まれたワークショップを様々なところで提案しています。
中でも、クウシンサイを通じた緑化活動の提案は、
いくつかのところから反応があり、実際に金沢区では、
区役所の屋上で、緑化活動をやらせてもらえることになりました。
こうして、Y150で培ったノウハウを、
今後も別の事業にどんどん展開していきたいと考えています。

<了>

【シヅカマサノリ】

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