現銀と貨幣権の争奪 ３
| 年月 | 項目 | 対象国 | 内容 | その他 |
| 昭和８年１０月 | 蒋介石の金融政策 | 中国 | 山西省出身の銀行家孔祥熙は、蒋介石率いる国民党政府の財政部長に就任する。 | |
| 昭和９年６月 | ピットマン法成立 | 米 | 銀貨吊り上げの法律 | ニューディール政策は、いち早く均衡財政へ回帰しようとする動きから後退が起き、危機的な状況へ陥いる。 |
| 昭和９年10月 | 銀輸出税の強制徴収 | 中国 | 中国財務部は、中国国内の銀は急激に外国へ流出しはじめる銀の流出を食い止める政策に出る。 | ピットマン法成立以降、海外へ流れた銀は２億元以上される。 |
| 昭和１０年１月下旬 | 孔祥熙財政部長が日本に対して借款を要請を行う。 | 中・日 | 日本側は、北満鉄道買収を含む満州国関連の支出が大きく、高額な対中借款やクレジット設定は不可能という結論。 | 日本と交渉する以前に、英米との交渉も行っているが、不調に終わっている。 |
| 昭和１０年８月 | イギリスは、経済外交のベテラン リース・ロス卿を極東に送る。 | 英 | この出発の前、イングランド銀行総裁モンタギュー・ノーマンと協議し、イギリス政府側の意向をまとめている。 | 下記参照 |
| 昭和１０年９月6日 | 英・財政顧問リース・ロスを東京に訪問 | 英・日 | 中国に対し、共同借款の意向を打診するとともに、中国の法幣改革を進言する旨報告。 | 高橋蔵相は、時期尚早として断る。 |
| 昭和１０年９月21日〜24日 | 英・財政顧問リース・ロスを中国に訪問 | 英・中 | 汪行政委員長、孔財政部長などと会談。 | |
| 昭和１０年11月1日 | 汪兆銘、狙撃 | 中国・日 | 抗日派の新聞記者に南京にて狙撃され重症をおい、行政院長を辞任 | 遭難事件で緊張が増し、現銀の兌換を求めるモノが殺到した |
| 昭和１０年11月２日 | 孔祥熙財政部長の使者が有吉大使を訪問。 | 中国・日 | 中国・中央・交通の3銀行が通貨発行権を独占し、現銀との兌換を停止し、外国銀行保有の現銀は3銀行の紙幣をもって買い上げる幣制改革案を内報し、日本側の同意と協力を求める。 | 有吉は即座に否定的見解を示す |
| 昭和１０年11月3日 | 「法幣改革を断行 | 中国（援助;米・英） | 従来の銀本位制を廃止して、政府系銀行が発行する「法幣」を、全中国の通貨として流通させるようにしたもの | 中国の経済的統一を促進し、蒋介石政権を強化するのに役立った。 |
| 昭和１０年11月3日 | 蒋介石の金融政策 | 中国（援助;米・英） | 孔財政部長は、銀国有令を発布し、天津銀行公会に対し華北における銀を上海に輸送 するよう命じる。 | |
| 昭和１０年11月8日 | 磯谷少将が『幣制改革』に反対表明(注) | 日本 | 『華北』の現金輸送には、実力発動辞せぬと表明 | 磯谷の反発『何の準備も改革実行できる人材もなく、一部財政家と財閥が結託して行えば、中国民衆の破滅 をもたらすもの』 |
| 昭和１０年11月11日 | 蒋介石の金融政策 | 日(対)米中 | 為替市場開始と同時に、大規模に中国通貨を売り浴びせる。 | 孔財政部長は、豊富な資金を持つ米国と連携して為替介入が実施され、日本の通貨攻撃はあえなく、撃退される。 |
| 昭和１０年11月 | 親日政権の樹立 | 中国・日本 | 華北において、11月25日に冀東防共自治政府、同30日には冀察政務委員会という2つの傀儡政権が設立される。 | |
| 昭和１０年11月 | 米・中、銀政策で会談 | 米・中 | 上院議員ウイリアム・キング氏、上海で孔財政部長、宗子文氏らと会見し世界の銀問題一般につき協議 | 『近くアメリカ上院議員の金融銀行委員会はアメリカ銀価引上法の支那にあたえた影響などを討論するかも知れない 。』と述べる。 |
| 昭和１０年11月 | 米、ロンドンにおける銀の購入停止 | 米・英 | アメリカは銀の生産国と同時に最大の銀の購入国であるため、ロンドン市場は売り先が無くなり、暴落 | 支那をスターリングブロックから切り離そうとの意向。 |
| 昭和１０年12月 | 英議会で銀問題を巡って紛糾 | 英 | ホーア外相支那『幣制改革は支那政府が自発的に断行したところである。』ことを言明し、全く無関係であるという建前をとる | |
| 昭和１１年５月 | 米支通貨協定の成立 | 米・中 | 米国は支那の売り出す銀を一手に買い取る協定 | 背景に、英が蒋介石からかき集めた銀塊15億オンスをロンドンに輸送させ、一斉に売り出すと米国に威嚇。米国は銀の暴落を防ぐため、協定に至る |
【 結 果 】
法幣改革での英中の暗躍
◆英・財政顧問リース・ロスを東京に訪問、中国の法幣改革を必要性を説き、日本にも中国に対し、共同借款の意向を打診しているが、実際は、現銀を巧みに香港に輸送して、現銀８７％に当たる１兆４，６００万元を売りさばいている。発案者のリース・ロス自身が、中国の法幣改革など全く信用していなかった証拠である。なお、法幣改革前後の各銀行の手持ち銀の比較。
(単位；千元)
| 昭和８年末 | 昭和９年末 | 昭和１０年10月末 | |
| 中国国内銀行(８行) | ２７１，７８６ | ２８０、３２５ | ２９３、５２９ |
| 英国銀行(８行) | １５９，９４５ | １２，９７９ | １３，９５８ |
| 邦銀(６行) | ３８，３１３ | １６，６６８ | １１，７４６ |
| その他 銀行(13行) | ７７，４０２ | ２５、００７ | １５，１８０ |
◆リース・ロスは、上海でアメリカの銀買上げ政策で痛めつけられた中国民衆から、思わぬ熱烈な歓迎を受ける、そして、リース・ロスの提案した「法幣改革」は、イギリスの利害を無視した中国の経済的支援策として評価される。当時、このリース･ロスの支援を評価する中国の論評にこんな記事の見出しがある。
『英国がかくの如く支那の法権を尊重したことが歴史に嘗てあったであろうか？』
『英国人は現実主義者として有名である。その現実主義者が、もし利益のないことで、かくまでに
侠気を示した事が有っただろうか？』
支援を拒絶した日本には中国の法幣改革に協力しえない分離主義者の刻印を押されることとなる、近代史でも、このリース・ロスの提案を受け入れなかったことが、大戦の惨事を防げなかった分岐点の１つともされている。
そして、高橋是清蔵相がリース・ロスの提案を承諾し得なかったのは、高齢による気力の衰えと軍部による見えざる終えない無言の圧力があったとも言われる。
昭和10年12月15日 神戸新聞はこう伝えている---------------------------------------------某所入電によればリース・ロス氏は先般来平津地方に於て銀南送を画策、盛んに暗躍しつつあり既にその南送額も二、三百万元に達したと言われている、これに対し北支自治団当局は大いに憂慮し防止に努めつつあるが何分銀行が外国租界にありまた外国船舶を利用しているため取締りは極めて困難であるが、同氏今回の行動は北支経済界の大攪乱であるとし北支自治当局ならびに特殊地位を有する方面では頗る重視し慎重対策を考究している。
◆この法幣改革は、『如何なる外貨とも特殊な関係を持つものではない。』と定義したが、英中の間では、『法幣の対外為替相場は５ヵ年間の平均相場を基準として決める』とする暗躍があったとされる。実際、下記のような数字となる、
| 対英為替相場 | 対米為替相場 | 対日為替相場 | |
| ５ヵ年平均 | ２．４７０ | ２６．６９ | ７９．５５ |
| 新定相場 | ２．５００ | ２９．７５ | １０３．００ |
英中の話し合いどおり、対英為替相場は、５ヵ年平均と新定相場はほぼ一致する。対米為替相場は一割、対日為替相場に至っては２割引き上げられることとなる。
法幣制度での国民党の暗躍
◆法幣改革を食い物にしたのは、リース･ロス率いるイギリスだけではなかった。孔祥熙財務部長の宋家一門は盛んに買いあさった先物取引で、新令発布により一挙に数千万元の利益を得たといわれる。勿論、蒋介石婦人の宋慶齢も多額の利益を得たことは想像に難くない。
※なお、孔祥熙の妻は「浙江財閥」を率いた宋家の三姉妹の長女の靄齢。次女の慶齢は孫文、三女
美齢は蒋介石。孔祥熙の前任の財務部長は、宋家長男の宋子文。
◆各外銀の手持ち銀は、治外法権を利用して輸出するにしても、５割の平衡税を掛けて利益が取れず、中国側の新貨幣と現銀の間には、相当の値の開きがあるから、プレミア付きの引渡しを交渉した所で、中国側に一蹴される。
◆現銀の交換条件は、現銀６割と公債４割で法貨１０割の条件になり、日本を含む外銀は完全に営業権を剥奪され、金融・為替の支配も国民党の息のかかった中国の国内銀行に移されることになる。
法幣制度の英米の暗躍
◆リース・ロスは、イングランド銀行総裁モンタギュー・ノーマンとの協議はこのようになっている。
・中国は中央銀行が発行する「通貨」を正価とする新しい貨幣制度を発足させる。
・「新通貨」は、英ポンドとリンクするポンド・ペック方式とする。
・ポンドと元の為替ルートを維持させるための、準備資金として、中国政府は１千万ポンド用意する。
・上記の１千万ポンドは、日英が５千万ポンドづつ、折半で出し合う。
・その１千万ポンドは、直接、中国に貸与するのではなく、「満州国」に引渡し、「満州国」から
「中国」に支払われる。
・その日本の支払った５千万ポンドの代償として、日英は「満州国」を承認する。
※この提案は、日本の反対を意図したモノである、日本の立場から考えると、経済的な逼迫もあるが、何らメリットもないどころか、「満州国は、あくまでも主権国家である。」との日本の主張からすると、第３国が承認するかしないかを強制するモノでも、経済的に借款を迂回させるとの判断をするものでもない。
「今次の貨幣制度は、日貨の切り離しであり、中国をスターリングブロックに取り込もう。」とする意図が見え見えである、しかし、断れば断ったで、中国より、「中国の経済政策に協力しえない、分離主義。」との非難を浴びる事は必至である。
◆第1次米中銀協定は、5000オンス、3250万ドルで、６５セント／オンスで協定を結んでいるが、12月９日に、ロンドン市場における銀の市場を停止する、アメリカは銀の生産国でもあるが、世界最大の銀の購入国でもある、買い手のない中国銀は翻弄される。
昭和10年12月12日 神戸新聞はこう伝えている◆◆◆支那の銀売 恐慌の有力原因 米財務省の出方注目--------------------------------------------------------------------------------【ロンドン銀市場商内中止】モントリル惨落【モンリール十日発聯合】アメリカ政府の買渋りから宛ら恐慌状態に陥った世界各地銀塊市場は、本日はロンドン市場が遂に相場立たずニューヨーク市場におけるハンディー・ハーマン商会の建値は６３．４３セントと前日に比し１セント安を示したが、モントリール定期銀塊市場は商内混迷相場は崩落を演じ、期近十二月限は８〜９セント方暴落大引の唱えは５５．５０〜５６．５０と本年二月以来の安値に陥り、先物の三月限・五月限は共に、前日に比し５セント安の５５．０５セントに達した、商内は相当あったが取引所当局では事態を重大視し十二月十二日以降売買証拠金増徴を決定発表した 。
※米英の貨幣権の攻防だとされるが、第2次・第３次米中銀協定が翌年５月、１億8700万オンス、１億ドル ５３セント／オンスで購入する契約を交わす、行き場のなくなった中国銀は、「渡りに船」で、これは、近代史では、「中国政府がイギリス（リース・ロス）に相談して作成した幣制改革のプランを、アメリカが完成した。」との、真に御最も注釈に付けているが、話がうますぎる。
◆リース・ロスは、昭和１０年９月に中国に渡る前に東京に立ち寄っているが、その前に何故か、カナダにも上陸している。
これを、『アメリカが愚かな「銀買上げ政策」を止めれば、中国の通貨問題もいっぺんに片がつく。』とアメリカの再考を促すために、一端、カナダに上陸して、そこでワシントンに意向を伝え、色よい返事が来なかったため、ワシントンの訪問を諦め、そのまま東京に旅立つことと伝えているが、正式な外交であるならば、そのままワシントンによっても良いし、その程度の意向を聞くだけであれば、手紙や電報で済まされるはずである。
カナダにおいて、公開できない非公式な会談があったと見る方が自然である。
この法幣制度で、結果的には、中国は英米の通貨ブロックに組み込まれることとなり、貨幣権が握られることは、中国の領土を占領されるより屈辱的な出来事かもしれない。
また、銀市場を巡っての英米の執拗なまで攻防も、結果的には、第1次米中銀協定より、１オンス当たり１２セントも安く購入することとなり、第1次米中銀協定の契約相場で計算すると、第２次米中銀協定では、2155万ドル得したこととなる。それも、銀の売り手に困っていた中国に恩を売って、アメリカとの米中銀協定が『藁をも掴む』形で契約させられたこととなり、これまでの、「銀買上げ」政策に拠る経済混乱に対する恨みさえも帳消しにされ、お釣りが来るほどまでにも。
これが、何のシナリオ無しの正攻法の英米中の３者会談では、絶対にこんな落とし所は見つけられなかっただろう。これで、イギリスはアメリカに大きな貸しを作ることとなる。
その代償としてイギリスはどれほどの要求を派したのだろう、中国で利権を争っている対日工作、その後の戦争の深い楔を打ったとも思われる。
◆イギリスは、リースロスが法幣改革で、中国に渡る前後に、ハモンド少将をして、華南方面の鉄道・鉱山の詳細な調査が行われ、華南地盤の強化が行われた、翌年昭和１１年３月、反日で有名なイーデン特使をスターリンの元に派遣している、名目は英国の利権であるインドの安全保障である。
イーデン特使はスターリンとの会談後、「英ソ両国は、極東政策に於いて、完全な一致を見た。」との声明を出した。
しかし、日本陸軍はこの会談は、中国共産党を利用した蒋介石を取り込む策略だと見ていた。案の定、その年の暮れ西安事件が起こり、国共合作が成立。
イギリスは、その年から、その後の日支事変・蒋介石の中国奥地への敗走・しいては、太平洋戦争を想定したと思われる莫大な公共投資を行っている。香港やシンガポールの要塞の莫大な経費を使っての強化、広州と漢口とを結ぶ粤漢（えつかん）鉄道の建設。将来、蒋介石が重慶に移ったときに蒋介石ルートと呼ばれたビルマー雲南間の道路工事さえ、この年に建築を始めている、この地域は本来、フランスの勢力範囲であったが、民族運動に悩まされ計画が中断していたが、国民政府の後押しもあり、着工に取り掛かる、粤漢（えつかん）鉄道にしては、急ぎに急いで、翌年の９月に完成を見る。
その他、仏領インドシナと広西、同じくインドシナと雲南の道路建設、翌年には、南寧ー仏領インドシナ間の鉄道借款と、昭和１２年から始まる支那事変での日本陸軍の行動を先取りしたような、戦時体制のインフラ整備に取り掛かる。
支那事変と毛沢東へ ⇒
2007年04月22日(日) 19:32:54 Modified by yuyu122222