インターミッション・短編


『その瞳に映る光景〜かずさの場合』


著:黒猫




何をやっているんだ。
あたしが春希から待ってくれってお願いされた期限は、遥か昔に過ぎ去っている。
もうかれこれ1時間も持っているんだぞ。
そもそもなんで春希は、自分のミスでもないのに、他人の仕事を一週間も
徹夜続きでやっているんだ。
そんなことだから、あたしが春希に甘えられないじゃないか。
それは一週間前のこと。
今でもあの電話をかけてきたスタッフに蹴りを入れたい気持ちは収まっていない。
たぶん、今度のコンサートで顔を合わすんだろうけど、きっと春希があたしとそのスタッフを
接触しないように配置しているんだろうな。
そういう細かいところはしっかりしているのに、なんであたしに関してはずぼらなんだ。
こんなにも待ち望んでいるのに。
一週間も「待て」を命令されて、お預けを喰らっているのに。
春希ときたら、のんきなものだ。
きっと今も、自分がやる予定ではなかった他人の仕事を、
テキパキと頑張っているんだろう。
でも、今朝の約束では、11時には終わるって言ってたじゃないか。
それなのに、今は12時だぞ。
春希のことだから、もしかしたら早く終わるかもしれないと思って、
10時までには、シャワーを浴びて、ばっちりとメイクをして、
春希がこのまえ選んで買ってくれた服も着て、いつでもデートに出かけられる準備を
完了させたというのに、春希はまだ部屋から出てこない。
それは、寝室兼仕事部屋なのだから、あたしがベッドで寝転がって待っていても
いいんだけどさ。
それだと早くしろって、催促しているみたいじゃないか。
実際、今朝の段階でも、散々文句を言って、催促しまくったけど、
春希が仕事をしているときには邪魔したくない。
その辺の我慢は、覚えたからな。
なにせ、あたしが構ってほしいオーラを出すと、春希はあたしに夢中になってしまうからな。
・・・・・・まあ、構ってくれないと、噛みついたり、ぐずついたりして、
春希が困り果ててしまうってこともあるんだろうけど、
あたしに夢中ってことに間違いはない・・・、はず。
と、仕事部屋へと続くドアの前で2時間も、もんもんと待っているわけだけど、
そろそろ我慢の限界に近付いている事はたしかだ。
あたしは、静まり返った廊下を見渡し、異常がない事を確認してから
ドアノブを回すかチャリという音さえもたてないように、そっとドアを少し開ける。
ドアから覗き込んでも、この角度からは春希は見えやしない。
だから、すっと耳を近づけてみるが、物音ひとつしていなかった。
普段ならば、心地よいキータッチの音が鳴り響いているはずなのに、
物音一つしないだなんて、おかしくないか?
たしかに、春希がこの部屋に入っていくのは確認したし、他の部屋にもいないはず。
あたしは、これ以上の考察は諦めて、行動に移す。
いくらあたしが考えたって、答えが出るはずもない。
それに、このドアの向こうに春希がいるかどうか確かめたほうが早いじゃないか。
というわけで、あたしは警察犬のごとく四つん這いになって中に侵入していく。
ベッド越しから覗き込むと、春希はいるが、ノートパソコンは閉じられている。
さらには、今朝はあったはずの床に詰まれていた書類も、テーブルの横にまとめられていた。
仕事は終わったのか?
でも、だったら何故春希は部屋から出てこないんだ?
ここからだと春希の背中しか見えないし、もっと近づくか・・・。
両手両足を巧みに使い、そろり、そろりと、音をたてないようにして忍び寄る。
春希が気がついた様子はない。
別に気がつかれたっていいんだけど、なんで忍び足なんてしているんだ?
ま・・・、いいか。そんなこと。
それよりも、春希の様子を確かめないとな。
・・・・・・寝てるのか?
春希は、ローテーブルに手をのせて、自分の腕を枕代わりにして寝ているようだった。

かずさ「春希?」

あたしは、ちょっとだけ声を抑えて春希に呼びかける。
しかし、春希は全く反応しなかった。

かずさ「春希?」

もう一度だけ、少しだけ声量を上げて呼びかけてみたけど、春希の声を聞く事は出来なかった。
やっぱり寝ているのか?
徹夜続きだったもんな。今朝も寝むそうだったし。
どおりで春希が部屋から出てこないわけだ。寝てるんだもんな。
でもさ、扉の向こうで、あたしがいまかいまかと待ちわびていたっていう事も
忘れないでほしいよな、ったくぅ。
いつまでも「待て」を命令を守っていると思うなよ、春希。
そんなにあたしをほうっておくと、いつか春希の前からいなくなってやるからな。
そうだなぁ・・・・・、10年。ううん。20年くらいの「待て」なら
待ってやってもいい。
泣きながら待っているんだろうけど、絶対迎えに来いよな。

ガタっ。

突然発せられた物音に、あたしは身を固くする。
春希を睨みつけながらニコニコしていたら、いつのまにやら、
春希の寝顔を魅入っていたらしい。

春希「う、うぅん・・・」

静けさが満たされていた室内に、
心地よい日差しに刺激されて寝返りを打ったようだ。
春希のくせに、脅かしやがって。
そんな姿勢で寝ているから、体を痛くするんだ。
どうせ寝るんだったら、ベッドで寝ればいいのに。
そうすれば、あたしもベッドに潜り込めたのに・・・、くそっ。
あたしの気持ちなんか知らないで、気持ちよさそうに寝てるな。
お疲れさん、春希。あたし達のコンサートの為に頑張ってくれてたんだよな。
こんなにも無防備な姿をさらけ出していたら、危ないぞ。
外での休憩中でも、こんなにもきゅんってくる寝顔を披露しているのか?
その辺の事情は、あとで春希に要確認だな。
・・・・・・そうだな。この寝顔をいつでも堪能できるように、写真に撮っておくか。
あたしが黙っていると、すぐにあたしをほったらかしにするんだよな。
ふんっ、あたし達の為の仕事だからっていう理由がいつまでも通用すると思うなよ。
でも、春希が起きる前に写真撮っとかないと。



1分後
あたしは、寝室のドアのところに置きっぱなしにしてあった携帯を手に取ると、
再び春希の元へと音も立てずに戻ってくる。
春希からの呼び出しがいつ来てもいいように握りしめていたのに、
結局はこの一週間、一度もかかってこなかったな。
でも、今こうして春希の写真を撮ることができるんだから、役には立ってるか。
あたしは、さっそく携帯のカメラを起動させて、フレームに春希を収めていく。
レンズのピントがあい、ここだっというタイミングでシャッターを押そうとしたが、
ギリギリのところでシャッターを押すのを思いとどめることができた。
・・・危なかった。こんなにも春希の耳元で携帯のカメラなんて使ったら、
シャッター音で春希が起きてしまうかもしれないじゃないか。
うかつだった。目の前に美味しすぎる獲物があったせいで、冷静さを失ってたな。
あたしは、気合を入れ直すと、今度は自宅スタジオへと向かっていった。




1時間後

かずさ「ぷはぁ〜・・・。んふふふふ」

満面の笑みを浮かべながら大きく息を吐くと、溢れ出る喜びを隠すことができないでいた。
一週間我慢した甲斐があったな。至福の時間とは、こういうことをいうんだな。
もう13時過ぎってことは、1時間近く撮影していたのか。
今日もいい絵が撮れた。春希コレクションもだいぶ溜まってきたし、
これだと写真の個展も開けるんじゃないか?
ピアノだけじゃなくて、写真の才能もあったなんて驚きだけど、
でも、春希しか興味がないっていうのが問題だな。
それに、これ以上春希を表舞台に出すっていうのも気に食わない。
あたしだけの春希なんだから、あたしだけが見て楽しめばいいんだよ。

冬馬かずさコレクション。冬馬かずさの死後、遺族が発見したかずさコレクションは、
遺族が世間に発表した事で、絶大な人気を獲得することになる。
ピアニストとしては世界的に有名だった冬馬かずさではあったが、
死後、写真家として成功するなど誰も予想していなかった。
それもそのはず。なにせ、冬馬かずさが被写体に選んでいたのは、9割以上が夫の
冬馬春希だったのだから、その偏った選択では、成功を予想するなど不可能である。
そもそも家族でさえ、そのコレクションの存在は秘匿されていた。
そして、残り一割の被写体は、子供たちや母曜子の姿であったが、
かずさコレクションの中には、かずさ本人が映っている写真は一枚しかなかった。
それは、母曜子が、初めてかずさが出産したあとに撮った、子供、春希、そして、
かずさの三人を写したものである。
ただ、膨大なかずさコレクションの中でも、絶大な人気を誇り、一番人気となった写真が
母曜子が撮った、たった一枚の写真であると冬馬かずさが知ったのならば、
あの世で親子喧嘩をしているのかもしれない。
あの世でも冬馬親子は元気にやっているはずだ。
なにせ、娘冬馬かずさがピアニストを引退した後も、
母冬馬曜子は100歳まで演奏を続けたのだから。

あたしは、手に持っているミラーレス一眼カメラに収めた画像を確認し終えると、
撤収作業に入る。
春希の周りに設置されている機材を、音をたてないように撤去していく。
撮影用の4K対応カメラレコーダーや高性能集音マイク。
見る者が見れば、その価値を一目でわかるほどの一流品らしい。
その辺素人のあたしであっても、その無骨な存在感と使用目的に特化された機能に
一般使用の物との違いを感じとれた。
これらの機材は、春希が自宅でも収録や撮影ができるようにと集めたものであるから、
プロ仕様の品であり、値段もはるのだろう。
あたしは、最初のうちは自宅での撮影であっても拒み続けていた。
だって、あたしがピアニストであって、グラビアアイドルじゃないんだぞ。
いやらしい視線の前にさらされるだなんて、我慢できない。
なんて、不満たらたらだったけど、結局は春希に丸めこまれてOKしちゃったんだよな。
でも、あたしは以前の何もできないあたしではなかった。
ただじゃ起き上がらない。この高性能機材。春希を撮影するにはもってこいじゃないか。
そうとわかったわたしは、率先して機材の使い方を春希から習ったものだ。
最初は訝しげに見ていた春希も、熱心にあたしがきいているものだから、
あたしが満足するまで説明してくれたっけ。
使い慣れた機材は、手慣れた手つきで音も立てずに片付けるのだって習得していた。
その技術を発揮してあたしが最初この部屋に入ってきた時と同じ状態に戻すと、
あたしが巻き散らかした熱気さえも全て拭いとられていた。
体の内にこもった熱気も、春希の隣でクールダウンしてはいるが、
さらなる熱気が沸いてきそうで、困ったものだな。
散々撮影したけど、やっぱり生で見る春希が最高だ。
今度はレンズ越しじゃなくて、この目でしっかりと見ておかないとな。
と、そう決めて、10分ほど蕩けきっていたが、人間の欲は底がしれない。
そう、見ているだけでは満足できない。
一週間もかまってもれえなかったのだから、見てるだけで満足なんかできなやしない。
あたしは、頬にキスしようと、そっと近寄っていく。
手でしっかりとテーブルを握って、春希に寄りかからないように気をつけて、
慎重に事を進めていく。
あたしと春希の距離がゼロになったとき、この上ない幸福感があたしを襲う。
写真やビデオや録音なんて、やっている場合じゃなかった。
とっととキスしたり、抱きついたりすべきだったんだ。
そう後悔しだしたけれど、それでもコレクションは大切なんだよなと、
あとでこっそり後悔は取り消した。
今度は口だな。キスといったら、口と口でするものだし。
あたしはそう決断すると、さっそく行動に移ろうとした。しかし・・・。

春希「ん・・・むぅ・・・」

春希が寝返りを打つ。この時ばかりは、自分の欲求よりも罪悪感があたしに絡みついてきた。
だから、音を立てずに身をしならせると、ふわりとその場から遠のく。
二メートルくらい春希と間合いを取っても、警戒を緩める事ができなかった。
両手を前に伸ばして、しっかりと両手両足で床を掴んで身を低くする。
どうやら今度も寝返りを打っただけか。
そうとわかれば、警戒モードを解除していき、前方でしっかりと床を掴んでいる両手の
方へと体重を移していく。
そして、両手両足を器用に使ってペタペタと再び春希の元へと戻っていった。
脅かすなよ、春希。でも、いけない事をしているみたいで、ワクワクするのも事実なんだよな。
カメラだって、春希に頼めば撮らせてくれるだろうけど、
このスリル、やめられない、かも。
そう艶っぽく惚けると、再度キスをしたいという欲求をかなえるべく行動する。
しかし、今度は完全に断念するしかなかった。
なにせ、この角度からではキスができないのだから。
春希が寝返りを打ったせいで、キスができないじゃないか。
どうしてくれようか。
あたしは、ローテーブルに両腕をのせて顔をうずめると、じぃっと春希を見つめながら
考えを巡らせていく。
こうしてあたしが困っているっていうのに、暢気なもんだな。
あたしが困っていたら、いつでも助けに来るって言ったじゃないか。
まあ、今助けに来られても、困るだけなんだけどさ。
あたしは、無意識のうちに春希に手を伸ばしていた。
春希の髪は柔らかくて、すぅっとあたしの指と溶けあう。
何度味わっても飽きることがないんだよな。
これが幸せっていうんだろうけど、気持ちよすぎて、やめられないのが玉に瑕だな。
でも、あたしがこんなにもそばにいるっているのに、なんで寝てるんだよ。
そんな気持ちよさそうにして寝ている春希を見ていると、あたしまで眠くなっちゃうだろ。
・・・まあ、いいか。春希のそばにいられるだけで幸せなんだから。
でも、もうちょっと近寄って、春希を感じたいな。
あたしは、春希の体に身を密着させると、そのまま春希がいる夢の世界へと潜り込んだ。




あたしが目を覚ますと、すっかりと日は暮れかけ、西日が忍び寄り始めていた。
日が暮れ出したというのに温かいというのは、
春希に身から温もりを分けてもらっているだけではなかった。
どうやら春希がタオルケットをかけてくれていたようだ。
まめな男だな。こういうまめなところができるというのに、
どうしてあたしをほうっておくことができるんだ?
不思議だよな・・・。ん? タオルケット?
ということは、春希が起きたのか?
あたしは、うっすらと開けていた目をしっかりと開くと、
目の前には春希の顔が迫って来ていた。
細く開かれていた春希の目が、あたしの瞳とかちあう。
春希の肩がぴくっと震えると、春希は気まずそうにあたしから離れていった。

春希「おはよう、かずさ。寒くはないか?」

かずさ「あぁ、おはよう、春希。うん、寒くはないよ」

つい数秒前までは、気まずそうな顔をしていたっていうのに、今はなんでもないですって
いう顔をするんだもんな。切り替えがはやすぎるって。
これが春希の時間短縮術で、仕事をする時間を確保する術なんだろうけど、
あたしとのプライベート時間にまで持ち出すなって言いたい。
余韻ってものがどれほど大切かって、春希はわかっていないんだ。
そんな唐変木な春希だってわかってるあたしだから我慢できるんだぞ。
そこんとこ、忘れるなよ。
・・・と、文句をたらたらに心の中でぶちまける。
一方で、寒くはないって春希に言いながらも、身をこすりつけているあたりは、
母さんからすれば、ずるがしこい女になった証拠だそうだ。
あたしほど最愛の人に忠実な彼女はいないと思うんだけどな・・・。
この辺の感覚ばかりは、世間様の感覚はよくわからないって思ってしまう。

春希「ごめんな、かずさ。仕事が終わったと気を緩めたすきに、寝ちゃってさ」

かずさ「それはしょうがないよ。春希が一人で頑張りすぎたんだからさ」

春希「どうする? 時間も時間だし、食事でも食べに行くか?」

春希は、遅刻してしまったデートを、今までの余韻も忘れて再開させようとする。
だから春希は春希なんだよ。

春希「どうしたんだ? 機嫌直してくれよ。せっかく仕事もひと段落したんだから
   かずさと仲良くしたいんだけどな」

春希は、ぶすくれるあたしの原因がデートの遅刻だと思ってるんだから。
違うって。そうじゃないんだよ。

春希「なぁ・・・。この通り、反省してます。かずさとの約束を破って、
   かずさを一人にしてしまって、寂しい思いをさせてしまって
   申し訳ないって思ってる」

たしかに、春希が言うこともあるけどさぁ。ちょっとは察してよ。

かずさ「それは、まあ、なんというか、理解してるよ。
    春希があたし達の為に頑張ってくれてるんだから、一応我慢できる範ちゅうかな」

春希「そうか。・・・だったら、なにをむくれてるんだよ」

かずさ「・・・キス」

春希「キス?」

かずさ「おはようのキスを途中でやめただろ」

春希「あぁ、そのことか」

かずさ「そこのとか、じゃない。こっちは、心待ちにしていたのに、
    途中でやめるだなんて、あんまりじゃないか」

春希「それは、なんといいますか。・・・突然かずさが目を覚ますもんだから、
   タイミングがな」

かずさ「だったら、ほらっ」

あたしは、顎を上げて、キスをせがむ。
ちょっとぶっきらぼうで、可愛げがない催促だってわかってるけど、
これが照れ隠しだってことは、春希だけがわかってくれているんなら、それでいい。

春希「じゃあ、ほら」

春希は、聞きわけがない子供をなだめるような口調であたしの頬にキスをする。
ふわりと漂う春希の臭いがあたしを酔わそうとする。
でも、軽い頬へのキスは、さらなる刺激を求めさせる効果しかなかった。

かずさ「それだけか?」

春希「おはようのキスだろ? だったら、これでいいんじゃないか?」

かずさ「そうかもしれないけど、さっきは違うところにしてくれようとしてたじゃないか」

春希「さっきは、さっきだ。
   それに、未遂だから、どこにキスしたかなんて、確定していないだろ」

かずさ「いいや。口にしようとしていた」

春希「それは推測だろ? もしかしたら、鼻かもしれないし、おでこだったかもしれない」

かずさ「むぅ〜・・・」

屁理屈で武装しだした春希には、あたしの全面的な我儘攻撃でしか突破できない。
ただ、今それをやるべきか?
あたしとしては、心地よい目覚めからの余韻たっぷりのキスを求めただけなのになぁ。

かずさ「もういいよ。・・・このタオルケットは、春希がかけてくれたんだろ?
    ありがとう」

春希「コンサートも迫ってるしな。ここで風邪をひかれちゃ、頑張って仕上げた仕事が
   吹き飛んでしまうからな」

かずさ「それだけか?」

春希「もちろん、かずさに風邪なんて、ひかせないよ」

かずさ「だったら、ベッドの上で裸のままにするなっていうんだ」

春希「それは、かずさが服を着ないからだろ。
   俺が着させようとすると、いつも文句を言ってくるのはかずさの方じゃないか」

かずさ「それは、春希が悪い」

春希「なんでだよ」

かずさ「余韻っていうものを、春希はわかっていない」

春希「かずさほどじゃないけど、俺も大切にしてるよ。
   でも、ほっとくといつまでも俺に絡みついたままじゃないか」

かずさ「それも春希が悪い」

春希「なんでだよ。それこそ言いがかりじゃないか」

かずさ「違うって。春希の温もりから離れられないんだって。
    春希の心臓の音を聞いていると、心が落ち着くんだって。
    だったら、春希から離れられなくなるのが当然だろ」

春希「なんだか赤ん坊みたいな感覚なんだな」

ん? 赤ん坊が母親の鼓動を聞くと、ぐっすりと寝てしまうっていうやつか?
たしかに近い感覚かもな。
春希を感じられると、心が蕩けてしまうものな。

かずさ「でっかい赤ん坊で悪かったな」

春希「悪いなんて、一言も言ってないだろ」

かずさ「そうか? なら、いいけど。
    ・・・・・・・なあ、春希」

春希「ん?」

かずさ「春希もさ、寝るんだったら、ベッドで寝ればよかったんだよ。
    テーブルで寝てたんじゃ、疲れが取れないだろ」

春希「寝る予定じゃなかったからな」

かずさ「だったら、あたしにだけは甘えていいんだからな。
    疲れているんなら、デートの約束をしていても、寝てもいいんだからな」

春希「今度からは、そうさせてもらうよ」

かずさ「うん。・・・でも、春希はわかってない」

春希「かずさ?」

かずさ「デートなんかよりも、春希が健康で、元気にあたしにかまってくれるのが
    一番大切なんだからな」

そうだよ。デートなんて、べつにどうだっていい。
外に食事なんて行かなくたって、春希が作ってくれる料理が最高なんだぞ。
そういうところが、春希は全くわかっていない。

春希「ありがとう、かずさ」

かずさ「うん、・・・・・・でも、でも、春希は全くわかってない」

春希「まだあるのか? この際全部まとめていってくれよ」

かずさ「キスだ」

春希「キス? キスだったら、さっきしたじゃないか」

かずさ「違う。あたしが頬にだけで満足できるわけないじゃないか」

春希「それは、だな・・・」

かずさ「なんだよ?」

春希「かずさは、フライングで俺の頬にキスをしたろ?
   俺の頬へのキスは、その返事っていうか、そんな感じなんだよ。
   だから、口づけをかわすのは、デートに行ってからにしようかなと思ったんだよ」

春希の衝撃的な告白が、あたしの体をぶるっと震わせる。
春希の動きがスローモーションどころか、
あたしの体が100倍速で動きだしそうな勢いであった。
だって、春希は、あたしが12時にこの部屋に来た時、起きてたって事だろ。
いつから起きてたんだよ。このポーカーフェイスめ。
だったら、あたしが、春希の寝顔に見惚れていた事も、
春希の頬にキスした事も、
口にキスしようとしてできなかったことも、
そして、寝顔の写真を撮りまくってコレクションを増やしていた事も
全部知っていたってことか?
・・・・・・逃げ出したい。いや、逃げるとしても、春希の胸の中って決めているんだから、
このままひっついていればいいか・・・。いや、よくないだろ。

かずさ「どこから起きてた?」

春希「どこからって、かずさがこの部屋に来た時から・・・かな」

かずさ「それって、最初からって事じゃないかっ」

春希「まあ、そういうことに、なるかな」

かずさ「だったら、寝たふりなんてしないで、起きてくれればよかったじゃないか」

春希「そうなんだけどさ、ちょっとした好奇心?」

かずさ「ちょっとした好奇心でも、そんなことするなよ」

春希「悪かったって」

かずさ「全く反省してないだろ?」

春希「してるさ。それに、半分寝ぼけていたっていのもあるんだから、仕方ないだろ。
   ・・・・・あと、スタジオの機材を積極的に覚えようとした理由もわかったし、
   目的がどうあれ、仕事にいかされるんなら文句はないよ」

かずさ「っつぅ・・・・・・・」

体が焼けるようにに熱い! 体中の血液が沸騰して、皮膚が真っ赤に染め上がっているはず。
それなのに、体は凍りついたまま、動けないでいた。

春希「かずさ?」

あたしが体を硬直させていると、春希はあたしが困り果てていると察してくれたのだろう。
そっとあたしの体を引き離すと、デートに行こうと準備を始める。

春希「ほら、デートに行くぞ。俺も楽しみにしてたんだから」

行動目標を決めた春希の行動は早い。テキパキとテーブルの上を片付けると、
出かける準備をすべく部屋から出ていこうとする。

かずさ「春希っ」

とっさの行動で、自分でも何をしたかったのかわからないけど、
春希がこの部屋から出したくないって事だけは理解できた。

春希「かずさぁ。ちょっと、重いって」

かずさ「重いっていうな。これは、幸せの重みだ」

あたしは、春希の行動を止めるべく、春希の背中に飛びついていた。
春希もいきなりでおどろいたものの、あたしが振り落ちないように
絡みついた足を丁寧にすくい上げると、しっかりとおんぶをしてくれる。
だから、あたしもそのお手伝いとして、春希のお腹に足をまわしてがっちりと挟み込む。

春希「これじゃあ、動けないって。危ないだろ」

かずさ「だったら、春希がしっかりあたしを支えていればいいんだ」

春希「もうやってるって」

かずさ「春希が悪い」

春希「またか? 今度は何が悪いんだ?」

かずさ「あたしは、デートがしたいんじゃない。春希と一緒にいたいだけなんだよ」

春希「か・ずさ・・・」

かずさ「それに、外に行くよりも家の中の方がいいんだ。
    だってさ、外だと、あたしがひっつこうとすると、春希は照れて嫌がるだろ。
    でも、家の中だと、春希はあたしの我儘を聞いてくれる」

春希「いやいや。外でもひっついて離れないだろ」

かずさ「それでも十分に自重してるんだよ。
    ・・・・・・それに、春希はわかっていない」

春希「今度は、何がわかってないんだ?」

春希は、別段怒っている風でも、呆れているわけでもない。
優しく微笑みかけてくれるから、あたしは心から甘えられる。
だから、春希は、あたしのことを誰よりもわかっている。

かずさ「デートまで、キスの「待て」は、我慢できない。
    あたしがいつから「待て」を喰らっていると思っているんだ。
    一週間だぞ。一週間も待っているのに、それなのに、さらなるお預けを
    するだなんて、あんまりじゃないか」

春希「それは・・・」

かずさ「そりゃあ、さ。春希のためだったら、何時間でも、何日でも、何年でも
    待っていられる自信がある。
    でも、今回の「待て」は、春希の為のものじゃない。
    春希の思い付きで、しかも、あたしを虐める為の「まて」にすぎないじゃないか。
    そんな「待て」を命令するだなんて、あんまりじゃないか」

春希「そんなつもりで言ったんじゃ・・・」

かずさ「わかってる。わかってるけどさぁ。
    ・・・それでも、それでもあたしは、一刻も早く、春希に構ってもらいたいんだ」

そこまでしか、あたしの理性は保てなかった。
春希の自由を奪っていた足を離すと、その背中から降り立つ。
でも、すばやく春希の前に回り込むと、再び春希を拘束した。

かずさ「春希が悪いんだからな。春希がわかってないから悪いんだ」

一週間貯め込んだ春希欲を解放させたあたしは、ここまでの記憶しかない。
あとは、キスを繰り返したっていうところまでは、なんとなく覚えているけど、
昼食? いや、夕食とデートは、延期だな。
あとで、夜食を作ってもらえばいいや。
春希は、わかっていない。あたしの春希欲は、まだ始まったばかりだということに。
春希が悪いんだ。一週間もあたしをほうっておいたから、こんなにも甘えてしまう。
つまりあたしは誰よりも春希を愛している。




インターミッション・短編『その瞳に映る光景〜かずさの場合』 終劇
次週は
クリスマス特別短編『それでもサンタはやってくる』をアップします。







インターミッション・短編『その瞳に映る光景〜かずさの場合』あとがき


短編です。
本編では、かずさの登場回数が少ないと著者自身が嘆いております。
いや、まじですよ。
というわけで、短編でリフレッシュです。
一応『その瞳に映る光景〜雪乃の場合』もありますが、原作が違います。
最初は、どちらか一方で書こうとしましたが、いっぺんに2作同時で
同じネタで書くのは初めての試みとなります。
同じネタだけど、両方読んでくださる読者の方々が飽きないように工夫しました。
まだまだ未熟な腕ですが、楽しんでくださればなによりです。
最後にネタばれですが、タイトルの『その瞳』の持ち主は、春希です。


次週は、クリスマス特別短編『それでもサンタはやってくる』をアップします。
こちらももちろん冬馬かずさ濃度200%でやらせていただきます。

来週も、火曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので
また読んでくださると、大変うれしいです。








黒猫 with かずさ派

このページへのコメント

かずさと春希が穏やかの日々の中イチャついてる話ですね。久々なのも相まって結構楽しめました。

しかし春希が冬馬春希って冬馬姓になってるということは、「心はいつもあなたのそばに」のSSのように本編でも冬馬家に婿入りするのでしょうか。
その辺の経緯がいずれ明かされるのも楽しみです。

0
Posted by N 2014年12月12日(金) 23:50:41 返信

更新お疲れ様です。
久しぶりのかずさ満載の話を堪能させて頂きました。春希との楽しげな他愛の無い会話の話というのはかずさ贔屓の人間にとっては読んでいて1番楽しいssですね。
今月いよいよ発送されるミニアフターは雪菜もですが、かずさと春希がどんな風になっているのか応募した全ての皆さん心待ちにしていると思います。勿論私もその一人です。

0
Posted by tune 2014年12月09日(火) 18:16:34 返信

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