「はい、それでは「アフタヌーン・ティー」本日のスペシャルゲストは、マンスリーレビュワーの柳原朋さんのご紹介で、瀬之内晶さんですー! よろしくお願いします瀬之内さん。」
 画面の中では、司会の鶴田アナウンサーの紹介に、さっぱりしたショートヘアにブルーのスーツの千晶――瀬之内晶が微笑んで頭を下げた。
「よろしくお願いします。」
「瀬之内さんは、柳原さんとは高校大学の先輩後輩とか……。」
と鶴田アナが水を向けると、千晶が応えようとするのを遮るかのように、上から下まで淡いバイオレットで固めた朋が、脇からかぶせてきた。
「ええ、ちょうど私が瀬之内さんの一こ下で、そのころから瀬之内先輩は演劇部の鬼部長として名をはせてたんですよー。大学に入ってからも劇団の看板女優で。もうブイブイ言わせてました!」
「ブイブイですか。」
 鶴田アナが目を丸くすると、朋は
「ええ、ブイブイ。」
とにやついた。しかし千晶は涼しい顔で、
「いやー柳原さんには負けるよー。グラドルやってたし、ちょうどそのころのミス峰城大も三連覇してたんじゃない? その上局アナとして内定決めちゃうしさー、ブイブイっつったら柳原さんの方がよっぽど……。あたしなんか単位落としまくりで、ほどなく中退ですよ。」と応じたが、負けずに朋も
「……で渡米して、ほどなくニューヨークでブイブイ、ですもんねー。世界ですよ世界。」
と火花を散らした。しかし悠揚迫らぬ鶴田アナは、一向困ったそぶりも見せず、丸い目をますます丸くして
「なるほどー、お二人とも峰城キャンパスに咲いた大輪の華、女王の座を争って火花を散らしていた……、というわけですねー!」
とまとめたものだから、さすがに二人とも毒気を抜かれて、顔を見合わせた。
「いや……あたしはそんなつもりは全然なくて、授業サボって部室とスタジオにこもりきりだったからどっちかっつうと隠花植物? ――て感じでしたね。人気なかったわけじゃないけど、キャンパスでっていうより芝居好きの間でのことですから、キャンパスの華って言ったらやっぱり柳原さん……。」
と頭をかきかき千晶が言うと、朋の方も
「――いやー、まあ、瀬之内先輩がそうおっしゃるなら……っていうか、実はその時は実質人気ナンバーワンの無冠の女王って人がいたんですよ。悔しいけど「キャンパスの華」って言ったらそっちじゃないかなー。……で、実は今日のお話、今日ご紹介する本も、その人と深いご縁があるんですよねー、瀬之内さん?」
と応じた。
「今日のテーマ……瀬之内さんの処女戯曲集、がですか?」
 またもや目を丸くして見せる鶴田アナに、うまく枕を振りおおせた満足感とともに千晶は、
「はい、この度鴻出版さんから出していただきました、恥ずかしながら私の最初の本ということになります、こちら、『時の魔法』ですけど、ここに収めた二本は連作をなしてまして、実在の人物をモデルにさせていただいてるんですね――無許可で。いや、その後ちゃんと謝って、今回の本のことについては関係者の許可は得ていますよ? ただ、肝心のこの「キャンパスの華」の方は、私が日本に戻るその直前に亡くなられていて、こればかりは悔やまれますが……。
 そう、遠目で見てあこがれていたその「キャンパスの華」とお友達のことをもとにイメージを膨らませたのが、この連作なんです。」
とそこで画面にクローズアップされた表紙には、舞台の上、雪音の扮装で歌う千晶の写真があった。
「私も、二部作の後半、「時の魔法」の方の舞台は拝見させていただいたんですよ。」テレビの中では珍しいしんみりした風で朋が言った。

 若くして既に大女優の風格をみせる千晶と、さすがにアナウンサーというしゃべりのプロである朋のやり取りは、『時の魔法』のモデルたる雪菜のみならず、かずさの人物像や人間関係までを、プライバシー暴露にならない範囲で浮かび上がらせていった。
「そう、この「雪音」さんと「榛名」さん、第一部の劇中では現実と反転させて、雪音の方がアイドルとして世に出て、榛名は市井の人に――という風に配されているんですが、事実は小説より奇なり、と言いますか、その後の実在の方の「雪音」さんも劇中ほどではないけれど、レコード会社にお勤めのかたわら、インディーズでボーカリストとして息の長い活躍を続けられるんです。そしてほどなく帰国されたかつての恋敵の「榛名」さん――冬馬かずささんとも、帰国直後から公私ともに二人三脚を続けました。冬馬かずささんのファンの方なら、ご記憶かもしれません、「子供のためのコンサート」のうたのおねえさん、SETSUNAさんのことを。雪音――SETSUNAさんは担当のレコード会社員としてだけじゃなく、ミュージシャンとしても榛名――冬馬かずささんの相棒であり続けました。」
 朋のナレーションの背後で、雪音役の千晶の写真と微妙にオーバーラップさせつつ、ライブハウスや「子供のためのコンサート」での雪菜の映像が画面に映し出される。
「冬馬さんのコンサートの「おねえさん」って、いま柳原さんが引き継がれてるんですよね? 雪音と榛名――SETSUNAさんと冬馬かずささんのコラボレーションを、ずっと近くで見ておられたんですね。」
「近くで――というほどではありませんけど、頑張って引き継がせていただいてます。」
「そういう方に『時の魔法』をご覧いただけたということは、光栄な半面、何というか、面はゆくもあります。第一部『届かない愛』の方は私自身の経験、ほんの少しですが実際にお元気だったSETSUNAさんとも、また和希――のモデルの方ともお付き合いして見届けた現実を基に想像を膨らませたものですが、第二部『時の魔法』の方はこれはまた全くの妄想の産物ですからね。そばにいてお二人をよくご存じの柳原さんから見ると、いろいろあるんじゃないかなー、と。」
 字面の上では控えめな発言を、それとは裏腹の自信たっぷりの笑顔で、しかし決して嫌味でなく繰り出して見せる千晶に、ここはこの路線で行く、と決めたのか朋はらしからぬ落ち着いた風情でこたえた。
「いえ、さっき「事実は小説より奇なり」とわたし言いましたけど、アメリカにおられてSETSUNAさんたちとの交流が長らくなかった瀬之内さんが想像で書かれた『時の魔法』ですけど、にもかかわらず二人の関係の一番肝心のところを抉り出してくださっていて、さすがの洞察力だ、と思いました。――『時の魔法』二部作は一見したところ三角関係、すんごい魅力的な二人の女性が、はた目からはどこがいいのかわからないしょうもない男を取り合う痴話喧嘩の話ですが、同時にこの二人の女性の友情物語であり、成長物語でもあるんですよね。」

「――プッ!」
 テレビを見ていた曜子はそこで耐え切れずに吹き出してしまったが、かずさの方は憮然たる面持ちで画面を凝視していた。いつもいつも本人に対しては悪口雑言でも、他人に春希の悪口を言われるのは、また別の話なんだろう。春希としては無論、苦笑いする以外にはなかった。それを知ってか知らずか、画面の中の千晶も苦笑した。
「――ま、しょうもない男……というのは和希のモデルの男性の方に対しては、あまりといえばあまりにも身も蓋もない話ですが――「女の友情と成長」物語であるというあたりをわかっていただけたのは幸いです。雪音と榛名――SETSUNAさんと冬馬さんとの関係について、いろいろ妄想をたくましくして脚本(ホン)を書いてたら、現実のお二人はそれ以上に、稔り多い関係を長くはぐくんでおられたようで、意外でもあり、期待通りでもあり……。
 ――でも、和希も和希なりに成長はしてるんですよ? そして現実の和希さんもまた、お二人と支えあっておられた。その辺も、柳原さんよおくご存知ですよね?」
「いやまあ、私に言わせれば、二人とも男の趣味が悪いなあ、というか、あんな堅物のどこがいいのやら、ってところですけど――でも、仕事はできるし、子供たちのいいお父さんではあるようですね。――というところでそろそろ本日の二冊目と行きたいと思います。こちらは打って変わってちょっと堅い本ですが、実は一冊目の『時の魔法』とあながち無関係でもありません。」
 と朋が取り出したのは、開桜社から出たばかりの橋本健二の処女出版『ピアノという近代』だった。
 むろん事前に朋から知らせをもらっていたとはいえ、いざテレビの画面にその表紙がアップにされると、さすがの春希も少しばかりどぎまぎした。いっぽうかずさは
「――やっとかよ……。」
と軽く毒づいていた。

「はいこちら、やはり先週出たばかりの『ピアノという近代』ですが、著者の橋本健二さんはご存知の方も多いかと思いますが、冬馬かずささんと並んで、日本の若手ピアニストの中では一、二を争う有望株というか、国際的にも注目されつつある未来のマエストロです。実際冬馬さんとも兄弟弟子の間柄で、家族ぐるみのお付き合いだとか――。で、この橋本さんは多才な方で、演奏家であるだけではなく作曲家、そして音楽学者としても活躍されています。この本はそうした、音楽学者とピアニストの二足の草鞋を履いた橋本さんの、学者としての本格デビュー作、といったところですね。」
「デビュー作、と言うのはちょっと語弊があるな……。論文ならたくさん書いてるんだから。」
 朋の紹介に思わずつぶやいた春希に
「普通の人にとってはそんなもんだろ。細かいこと言うなよ。」
とかずさはダメ出しした。
「橋本さんのピアノね、私も大好きなんですよ。柳原さんも、よく橋本さんのリサイタルにはおいでになりますよね?」
 鶴田アナの突っ込みに朋は軽く流すと思いきや、
「ええ、冬馬かずささんとのコラボがきっかけでファンになりまして。正確で丁寧ででも気持ちのいい開放的な演奏をされる方です。ご本人は大きな図体に似合わず、すっごい気配りの人で、腰が低くて。でもおしゃべりしてみるととっても楽しい方です。CDもいくつか出されてますけど、もっともっと注目されていい方だと思います――で、今日のこちらのご本、橋本さんの最初の本を紹介させていただくわけです。」
と生真面目に応じた。そのあと少しばかり意地の悪い笑みを浮かべて、
「――これがまた偶然にも、担当編集者の方が、なんと和希――のモデルさんなんですね。さっき私が「堅物」呼ばわりしちゃった方です。ね、なかなか奇妙な因縁でしょう?」

 元来ラジオやテレビという媒体は、発信力、訴求力が強い半面、非常に時間の制約がタイトで、不自由なメディアである。そうした不自由さはネットの普及以降、とみに強く意識されるようになった。出版崩壊がささやかれて久しい今日、企業側の危機感からかラジオ・テレビの書評コーナーはむしろ増えつつあるくらいだが、この時間の制約は堅めの本や変わった本の魅力を伝えるに際してはどうしてもハンディとなる。
 その中で今日の放送は、限界の中で、それでも精いっぱいの努力をしてくれていたと言わざるを得ないだろう。
 何より今日の放送は、春希が仕掛けたものではなかった。こちらから見本を送っていたわけでもない朋と千晶が、自分たちの判断で手配してくれたのである。
 公共の電波で「堅物」「しょうもない男」とののしられたことなど、それに比べればどうということはない。






作者から転載依頼
Reproduce from http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&ca...
http://www.mai-net.net/

このページへのコメント

あ~後、、、第二ボタンの行方も、知りたいな。

0
Posted by のむら。 2016年10月28日(金) 02:45:11 返信

 え~それで、実は良ければですが?柴田さん、、、と、カズサのエピソードが結構好きなのですが、見たところ?誰も?他の書き手さんも、チョイスされていないようなんですが、誰か出してくれないかな?とかって、思っています。
 諏訪先生や、担任の先生とか?ってのも、在りますが、、、やっぱ柴田さんだな~。
 画像もないけど。。。

0
Posted by のむら。 2016年09月21日(水) 09:44:05 返信

 更新、待っていました。
 僕の中で、の、wa2の 熱 が、オールクリア迄の二ヶ月間を過ぎても、やや冷め切らず、ssに辿り着いたのですが、このセツナの死後の話しは、そう言った熱が冷めた後も楽しめるクオリティーを保っておられて、なんというか、驚嘆してます。

0
Posted by のむら。 2016年08月02日(火) 14:03:25 返信

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