今日は初めて任された独占取材。といっても翌日には目の前の女優のインタビューが開桜社で行われるのだが、情報は一日でも早い方がインパクトが産まれる。後日に得られる詳細記事よりも、先に報道された雑なつくりであっても衝撃を与えられる記事の方が世間の心を掴める。
 入社して、まだ一年も立っていないが、徐々に顔が売れてきて漸く与えられた取材。ここで失敗する訳にはいかない。
 化粧を入念に、再度チェックを入れる。数年前から行ってきた化粧はいつもと変わらずノリがいい。今日、これから取材する女優にも負けない位にテレビに映える事が出来るだろう。

 そして、そろそろ打ち合わせの時間。女優が姿を見せる。二年前、芸能界に入り、世間を圧巻させる程の演技力を、見ている者を引きつける魅力を持った生粋の女優。負けるわけにはいかな――

「やっほ〜、今日はよろしくね、東亜テレビの柳原朋さん」

 そこにいるのは黒茶色をした髪を結いあげ、青いナイトドレス、黄色い薄手のストールを羽織った色気を振りまく女性。
その姿には見覚えがあった。三年前に、雪菜を陥れようとした医学部との合コンの時に扉で鼻を強打してくれたあの憎い女。


「長瀬、昌子!?」

 出鼻から一気にくじかれた。






 打ち合わせの時点からギスギスとした空気が満ちている。周囲にいるスタッフも困惑気味で、特に朋はテレビではお見せできない程に、今すぐにでも噛みつきそうな表情を浮かべている。

「ごめんね。ちょっと二人で話したいから、出てってくれるかな?」
「その、別にいいですが、柳原とは」
「本番までには大丈夫じゃない? 学生じゃないんだし」
「――――っ! えぇ、そうですね。それまでに何とかしたいと思います。先輩方すみません」
「いやいーよ、まぁ、相手は稀代の女優だ。局の顔に泥塗るなよ」
「分かってます」

 朋と千晶を残してスタッフは足早に去っていく。片方は興味がそもそもないのか目線すら向けず、もう一人も目の前にだけ興味が集中しているのか見送りすらしなかった。

「あぁ、そだ。お腹すいたし、ごはんでも食べに行かない?」
「昼食、まだなんですか?」
「稽古ずっとしてたから」
「分かりました。こちらで持ちます」
「えっ、いいの? やぁ〜、助かるなぁ。期待の女優とはいえ、まだまだ新人だから給料が安くて」
「えぇ、お気になさらず」




「お待たせしました。シーフードパスタに、マルガリータ、ツナサンドに」
「あっ、こっちに全部で。後、ミックスパフェも早めによろしく」
「かしこまりました。どうぞ、ごゆっくり」
「よっし、来た来た。それじゃ、食べますか。そっちは珈琲だけだどいいの?」
「見ているだけで胸やけがします」
「そっ。いや〜、一度稽古をすると、どれだけエネルギー補給してもすぐに尽きるから」
「随分とネエルギッシュですものね、どの舞台も」
「おっ、調べたんだ。さすが、リポーター」
「えぇ、穴が見る程見ました。六年前の映像も」
「そっか。そりゃ、知ってるよね、私が峰城の付属からいた事」
「えぇ」

 バチバチと朋の眼から火花が生まれる。だが、のれんに腕押しとでもいうのか千晶はまったく気にせず、モグモグと口いっぱいに食べ物をリスのように頬張る。
 妖艶なる女の様に色香放つというのに、行動は子供そのもの。目の前にいる千晶は朋が調べたとおりの人物だった。

「それで、この後のリポートなんですが」
「…………(ングング) 別にそこら辺は適当でいいよ。何とかなるし」
「舐めているとしか思えない発言ですね」
「ハハッ、貴女こそ、女優を舐めないでほしいなぁ。あっ、すみませーん。スパニッシュオムレツ追加で〜」
「なるほど。そういう事ですか。それで、どうして今回、私達のリポートを受けてくださったんでしょう?」
「あっ、今更だけど敬語とかいいから。貴方とは対等に話し合いたいし」
「〜〜〜〜っ! えぇ、そうします。それで、どうして受けてくれたの?」
「決まってる。柳原さん、貴女がインタビューアーだから」
「…………私が?」

 覗き込むような千晶の視線から逃げる様に朋は視線を切り、千晶の言葉の意味を考える。
 社会人となってまだ一年にも満たない朋。はっきり言って、東亜テレビとしても幾らでも使い潰しの効く新人でしかない。十年後には向こうからすり寄ってくるぐらいの人間になるつもりではあるが、現在においてこの芸能界で友誼を持つほどの価値があるかと聞かれれば否と答えられる。
 では、将来性を見越して? という話になるが、それならばなおさら朋では役者不足となる。ディレクターやプロデューサーになる可能性を秘めた局のADならば考えられるが、朋は決してそうは慣れない。せめて看板キャスターと言った所である。
 あまりにも解せない。

「私と懇意になって何か利益でも?」
「そういえば、人づてだけど聞いたよ」
「〜〜〜〜っ!」

 あまりにも自分勝手な千晶の行動。興味を持つと言いながらも、まるで興味を示さない。真意が何処にあるのかが気になる以前に、その行動によって朋の沸点は迎えようとしていた。

「春希と雪菜、結婚するんだって」
「――――えっ?」

 意表を突く言葉。確かに、千晶は峰城の付属にも大学にも所属していた。だが、朋は劇団ウァトスでの活躍までしか調べていなかった。どこの学部にいたのか、どの研究室にいたのか。そこまでは調べられなかった。無理もない。瀬ノ内晶としてウァトスの記録は調べても、和泉千晶としての軌跡の大半は調べていない。
 だから、当時の春希の雪菜よりも傍にいた人物の事を知らずともおかしくはなかった。

「私もあの三人のおっかけしてたんだ。まぁ、去年はちょうど劇があってその時期はそっちだけに集中してたから情報が入らなかったけど、やぁ〜っと入ったんだ。いや〜、最初に冬馬さんが帰ってきたって聞いてそりゃびっくりしたよ」
「随分とお詳しいみたいですね」
「そりゃ、六年前のあのステージからずっとおっかけしてるから。貴方よりも多分、三人の事に関しては詳しいんじゃないかな?」
「へぇ〜、ほぉ〜〜」

 怒りを押し殺している声が朋の口から漏れ出ていた。何よりも刺激したのは、自分よりも詳しいと言いやがった事だった。

「まぁ、私としてはあの三人の結末を知ってる貴女と友好な関係を築きたいと思ってる訳なんだけど」
「却下ですね」
「あれ〜? やっぱり、おかしいなぁ。せっかく今までわずらわしいと思ってた取材も柳原さんに会う為に受けたっていうのに」
「? どういう事」
「ん? 柳原さんがインタビューアーなら受けてもいいって話にしてたんだけど」
「知らない」
「あぁー、そっか。それでか。会社ってのは嫌だね。本当」
「どこかで横やりが入ったか、それとも鼻を伸ばさせる訳にはいかないって訳、か」
「苦労するねぇ〜、キャスターは」
「ふん。社会人ですもの。ある程度は許容しないと。後で問い詰めるけど」
「怖い怖い。それで、聞いていいかな? あの三人の物語を。あの三人の大ファンとして」
「雪菜や北原さんに聞けばいいんじゃない?」
「いや〜、これでも忙しい身でして。それに、なんていうかなぁ。今があまりにも楽しすぎてさ。私の周りにはそれこそ演じる事だけを考えてるバカの方が多くて、初めて一緒にやってて楽しいって思える時期だから、大切にしたいんだ」

 真剣な、それこそ一生の生きがいを楽しんでいる千晶の眼に、朋は飲まれた。その目は雪菜に少しばかり似ている。
 歌を歌う事が好きで好きで仕方がなくて、唯々、歌うだけで幸せを感じられる雪菜と似た瞳。もっとも、千晶のそれは雪菜よりも更に、深く、怖気を誘う程であったのだが。

「だから、手っ取り早く聞ける立場であり、仕事上でも会う事の多い私に聞こうっていう訳ですか」
「ピンポーン。いいかな?」
「その前に一つ、貴女はあの三人の誰の味方?」
「ん〜、難しい質問だね。あの三人を遠くから見る立場としては誰にも肩入れはしたくないんだけど。そぉだなぁ。春希になら抱かれてもいいと思うし」
「だかっ!」
「あれ、もしかしてその外見で、処女?」
「経験したことぐらいあるわよ!」
「何回ぐらい?」
「えっと、それは――――ってなんで私が答えないといけないの!?」
「いや、ごめん、ごめん。ついつい反応を楽しみたかったというか」
「はぁ。それで、誰の味方ですか?」
「あぁ、話はちゃんと戻るんだ。春希は言ったけど、そうだな。冬馬さんに関してはとても興味がある。あの人ほど、春希の近くにいれないのに春希を求めてる人は珍しいから。それで、雪菜は、そうだな。彼女が一番、春希の傍にいるべき存在だとは思うよ。そんな所?」
「三人の内、誰かの味方になるのなら雪菜という意味で解釈しても?」
「三人の中で誰がお気に入りかって聞かれたら雪菜だけど。味方じゃない。三人に興味があるだけ」
「ふーん」

 千晶の言葉に朋は違和感を覚えた。興味がある。だが、同時にそれは守るべきものには値しないとも言っているようにも聞こえる。
 そう言えば、と思い出す。彼女の学生時代の演劇の様々な活躍ぶりを。主に、舞台で相手の男優に告白され、こっぴどく振っていたという過去を。舞台の為ならば、全てを切り捨てられるイカレタ人間だというそんな評価を受けていた事を。

「そう、三人の味方ですらないという訳、ね」
「そうなるね。でもさ、一つ聞いていい?」
「何?」
「三年前ならいざ知らず、今、私が邪魔したり、色々と画策したりする程度で、仲を取り戻したあの三人の絆を壊せると思う?」
「……………………」

 思わず、その言葉に絶句してしまう。だって、それはその通りだから。その程度の事で壊れるとは決して思えない。

「あっ、あははははははははっ!」
「あれ? 私、そんなに的外れな事言ったかな?」
「いえ、その通りです。あぁ、本当に参ったな。今日は負けちゃった。えぇ、話します。話しましょう。最も私が知る範囲で、だけど」
「おぉ、ありがとう。それじゃ、聞かせてくれるかな。あの三人の物語を」
「えぇ、ご堪能下さいな」

 そして、朗々と朋は春希とかずさと雪菜の物語を語った。あの三人のファンという最大限、理解し合える立場にある千晶に自慢するように。








「は〜、インタビューやっと終わった〜」
「これからも懇意によろしくお願いします」
「うん、うん。その代り、色々とこっちこそよろしくね、柳原さん」
「えぇ、いいです。精々自慢してあげます。私、貴女の事、あんまり好きじゃないですし」
「ありゃりゃ、嫌われちゃった。まぁ、情報が聞きだせるのなら印象とかはどうでもいいけど」
「貴方はそういう人だものね。それで、雪菜に会う予定は?」
「今の所、無いかな〜。接点がないってのも困ったモンだ。あっ、でも春希になら明日、取材受ける予定があるから、そっちでも詳しく聞くよ」
「ん?――――えぇ、そうですか」

 一瞬、千晶の瞳に喜びが見えた気がした。それは、三人の物語の行く末を楽しみにしていた時とはまた、違う光。
 そして、思い出すと同時に、なんとなく思ってしまった。ある意味で春希の初恋の人であるかずさに似ているという事実に。

「ねぇ、貴女、もしかして北原さんの事…………」
「私は女優だよ」

 背中を向けて告げられる言葉。それは答えではないが、同時に明確な答えであった。

 そう、和泉千晶は、誰よりも女優である。だから、もし、仮にその気持ちを抱いたとしても付き合い方は誰よりも知っている。彼女は女優なのだから。

このページへのコメント

 千晶と、かずさが、似ているという柳原の分析、、、とてもよく解ります。
 ある種の障害?と、も、現在ではされかねない?性格。
 所謂、高機能自閉症、、、孤高であり孤独であり、共感は出来ても、同調までに思考の隙間を持ってしまう。
 故に、和を持って尊しとする大和、日本社会に普通のポジションを得づらいタイプですね。
 野良猫と、野良犬の違いは、在るけど?両者の、そう言う共通点を僕も感じました。

0
Posted by のむら。 2016年09月21日(水) 21:46:54 返信

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