第11話





7-2 麻理 麻理マンション 1/9 日曜日 午前9時





目覚ましを止めると時計は9時を示している。
あまりにも遅い夕食を食べ終わった後、シャワーを浴び、ベッドに潜り込んだものの
朝日が昇っても寝付けなかった。
遮光カーテンから漏れ出る朝日を眺めつつ、
この部屋にいた北原の姿ばかり思い出している。
だから、目覚ましも、9時のアラームが鳴るのをカウントダウンをして待ち、
鳴り始めた直後にスイッチを切っていた。

カーテンを開けても、さそど眩しくはない。カーテンの隙間からの陽光だとしても
日の出から太陽の光に目を慣らしていたおかげだった。
キッチンに行き、うがいをしてから、冷蔵庫からサンドウィッチを取り出す。
おもむろに一つつまみあげ、ゆっくりと味わって食べる。
中身をみると、卵、トマトとレタス。それにアクセントとして
炒めたみじん切りの玉ねぎが挟まっていた。
料理は得意ではないと言いながらも、できる限りの料理をしてくれるのが心にくい。
一つ目を食べ終わると、次のサンドウィッチに手を伸ばし、
一つ目とは違い、勢いよく食す。途中喉に詰まりそうになるが、
水を流し込み、サンドウィッチを喉に流し込む。
そして、お皿にあったサンドウィッチは、またたく間に麻理の胃袋に収まった。

食事が終わると麻理は、すぐさま春希を迎える準備にとりかかる。
まずは、夜セットしておいた洗濯物を片づけ、春希の目にとまるとやばいものを
クローゼットの押し込んでいく。
春希が掃除してくれたおかげで、綺麗だった部屋は、とくにいじるところはない。
むしろ麻理が触ると余計なゴミが発生しそうなほどである。
なので、部屋の片づけは早々に切り上げ、自分の準備に取り掛かった。
まずは歯を磨き、次にバスルームにこもって、念入りに体を洗い、シャワーで流す。
本当は湯船にもつかりたいところだけど、北原のことだ。時間より早く来るに決まってる。
だから、ゆっくり湯船につかる時間はないと断念する。
服選びに時間を取られ、メイクもばっちりしたところで、時刻は11時40分。
あと10分もすれば、あいつのことだからやってくるはず。
麻理は、インターフォンの受話機がよく見えるところに陣取って、
いまかいまかと春希の訪れを待ち望んだ。



時刻は11時50分ちょうど。待ち望んでいたチャイムが鳴り響く。
時間ちょうどに鳴ったところをみると、マンションの前で時間調整したのが読みとれる。
そう思うと、自然と笑みがこぼれおちる。
インターフォンに向かう足取りも軽く感じられた。
インターフォンに映しだされる北原を確認すると、
すぐさまエントランスの解除キーを操作する。

麻理「北原。今開けたから入ってきていいぞ」

春希「はい。ありがとうございます」

北原の声が聞けただけなのに、麻理の心は躍る。
急いで玄関に向かおうが、すぐに北原が来るわけでもないのに、早足になってしまう。
玄関の扉を開けて待とうか、それともエレベーターまで迎えに行こうか迷う。
結局どちらも北原に重い女と思われるのが嫌なので却下されるが、
迷う時間があったおかげで待ち時間でじれる必要がなくなり好都合であった。














7-3 春希 麻理マンション 1/9 日曜日 午前11時53分






春希「こんにちは、麻理さん。今日の料理考えてきました。
   お気に召すかわからないので不安ですが」

昨日、本屋で今日の料理候補を決め、本を購入し、そのままスーパーで
食材のチェックを済ませてある。
しかも、第3候補まで考えてあるんだから、どれかしらOKがでるはず。

麻理「いらっしゃい。ちゃんと考えてきたんだな。えらいぞ、北原」

春希「難しい料理ではないので、期待されると困るんですが、失敗するか可能性だけは
   下げてきました」

麻理「それを聞くと、いかにも北原らしい発想の料理理論だな」

麻理さんから笑みが漏れるとこで、俺も気が少し楽になる。
どうしても実際会って話すまでは、身構えてしまっていた。
どう接していいか戸惑うところがあったが、今の雰囲気ならば杞憂に終わりそうだ。

春希「あまり誉められてない気がするのは、気のせいですかね」

麻理「誉めてるぞ。ふふっ・・・・ははは・・・・・」

麻理さんがお腹を抱えて笑うようなことは言っていないのに。
いつもの二人の距離感のはずなのに、なにか違和感を感じずにはいられなかった。

春希「そんなに笑わなくても」

麻理「いや、すまない。・・・・ふふ。で、何を御馳走してくれるんだ?」

春希「はい。エビと鶏肉の黒酢あんかけにしようかと思っています。
   それに、みそ汁とサラダをつければいいかなと。どうです?
   一応他の案も考えてきたので変更もできますよ」

麻理「それでいい。楽しみにしているぞ。では、行こうか」

麻理さんは、靴を履き、そのまま俺の腕を取って、玄関の外に引っ張っていく。
俺は連れて行かれるまま、エレベーターに再度乗り込むことになる。

春希「どこに行くんです?」

麻理「決まってるだろ。スーパーに買いだしに行かないと、材料なんてないんだから」

麻理さんが、質問すること自体馬鹿げたことだと言わんばかりの表情を見せる。
いかにして料理を作るかを考えてばかりいて、食材を買ってくることを忘れていた。
あれだけスーパーで材料の吟味までしていたのに、買うこと自体を計画に
いれるのを忘れてしまうとは。
やはり俺の方は本調子とはいかないみたいだ。
エレベーターが1階に着き、エレベーターの扉が開くのを待つ。
扉が開ききり、だれも正面にはいないことを確認してから動きだそうとするが、
その前に左腕が引っ張られる。
あまりにも自然すぎて、あまりにも俺がその位置にいてほしいと思ってしまう彼女が
俺の腕に絡まっている。
柔らかい温もりを左腕から伝わり、心が揺れる。
俺は麻理さんに腕を組まれたままスーパーに向かった。




平日とは違い休日の昼間ということもあって、スーパーは賑わいに満ちていた。
いくら買うものが決まっていようと、人が多ければ動きも鈍くなる。
しかも、右手に買い物かご、左腕には麻理さんという動きが制限される状態ならば
なおさらである。
買い物かごに商品をいれようとしても、麻理さんは腕を離してくれることはなく、
俺がとってほしい商品を告げるしかなかった。
別に麻理さんが俺に寄り添ってくることが迷惑と思うことはない。
むしろ嬉しかった。だからこそ、嬉しいと思ってしまう自分が許せずにいた。





マンションに戻ると、麻理さんは腕を解放してくれた。
スーパーでも、レジや荷を詰めるときは離してくれている。
麻理さんが俺の左腕が所定の位置であり、なおかつ、
俺がそれを受け入れていること自体が問題なのだ。
だけど、簡単に解決策など見つかるわけもなく、今目の前にある料理という難題に
取り組むことしか道はなかった。

料理を始めると、とくに問題などなく、スムーズに料理が完成されていく。
料理の本を参考にいして、自分なりにノートにまとめたのが功を奏したらしい。

麻理「料理まで自分なりにまとめてくるなんて、面白いやつだな」

春希「失敗できませんからね。必死なんですよ」

麻理「そうなのか? 私は失敗してもいいと思ってたけど」

春希「失敗作なんて食べてもらえませんよ」

麻理「お前は、彼女が失敗作を作ったら食べないのか?」

春希「そんなことしませんよ。美味しいって言って、全部食べると思います」

麻理「だったら、今も同じよ」

つまり料理の良しあしも重要だけど、
作ってくれるという過程と心遣いが大切ってことか。
逆の立場のことなんか考えもしたことがなかったから、気が付きもしなかったな。

春希「そうなんですかね。できれば、美味しいって思ってほしいですよ」

麻理「そうだな。では、私もはりきって手伝うよ」

春希「あ、それ。入れる順番違います」

麻理「す・・・・すまん」

立派な大演説をしてたかと思えば、可愛いミスをしでかす。
ほんと、見てて飽きない人だ。ほんとうに愛らしい女性だと思える。
いつまでも見守っていられるんなら、どれだけ・・・・・・。

春希「そういえば、昨日作っていった料理どうでしたか?
   自信はないですけど、食べられないでほどではなかったと・・・思うのですが」

麻理「ああ、美味しかったよ。また作ってくれると助かる」

春希「それはよかったです。サンドウィッチも大丈夫でしたか?」

麻理「あれも美味しかった。仕事の差し入れで今度作ってきてほしいほどだ」

春希「それは構わないですけど、鈴木さんになにか言われますよ?」

麻理「大丈夫だって。隠れて食べるから」

笑いながら言ってるけど、本気なんだろうな。
作ってあげたい。それに、NYに行くまで日数も限られているし。
それにしても、マスタードがほんの少し増量したサンドウィッチが一つ用意しておいたけど
麻理さんは辛くなかったのかな?
辛いものが好きなら問題はないだろうし、自分がやった罠に自分が返り討ちに
あったのを隠しているのか?
ふと疑問にも思いもしたが、目の前の料理に集中すべく、疑問を頭の片隅に追いやった。







綺麗に空になった皿を目の前にして、ようやく肩の荷が下りる。
いくら美味しいって言ってもらえても、食べてもらえなければ自信をもてるはずもなく。

麻理「北原は、なんでもできるんだな。料理はあまり得意ではないと言いながらも
   こんなにも美味しい料理を作ってしまうのだから、まいるよ」

春希「誉めてもらえるのは嬉しいのですが、そこまで誉めてもらえるものは
   作ってないですよ」

麻理「謙遜するな。私が満足してるんだから、それでいいじゃないか」

春希「そうですか。今度作るときは、もっと腕を磨いてきますから
   その時は、もっと自信をもって作れるようにしてきます」

麻理「そうか。また作ってくれるんだな。楽しみにしてるからな」

春希「ええ。あっ、そうだ。麻理さんに部屋の鍵返そうと思って、持って来たんです」

俺は鍵を取り出し、麻理さんに差し出す。二人の視線は、自然と鍵に集まる。
麻理さんの部屋の鍵。
麻理さんのプライベートに立ち入ることが許される免罪符ともいえる心の鍵。
もう、麻理さんに返さなければならない。俺にはもつ資格などないから。
しかし、麻理さんは鍵を受け取ろうとはせず、ただ鍵を見つめるだけであった。

春希「麻理さん?」

麻理「その鍵は、北原がもっててくれないか」

突然の申し出に俺は戸惑うばかり。
一方、麻理さんは真剣な眼差しなのだから、俺をからかってるわけではないみたいだ。

春希「でも、な・・・・いえ、俺が持ってて大丈夫なんですか?」

何故なんて、分かり切ってる。それを聞くなんて、麻理さんを傷つけるだけだろうな。

麻理「あまりかしこまると、こっちが困る。いや、困らせてるのは私の方か」

自嘲気味に笑う麻理さんが痛々しい。

春希「俺は、困りなんかしませんけど、でも・・・・」

麻理「これから、NYにいったり来たりで部屋を留守にするからな。
   だから、たまに空気を入れ替えてくれると助かる。
   それに、家に誰もよりつかないとなると物騒だろ」

麻理さんが言うことがこじつけだっていうことは、俺にだってわかる。
それを指摘するのも簡単だけど、俺は・・・・、

春希「わかりました。時間ができたら、空気の入れ替えだけではなく
   掃除もしておきますね」

麻理「そこまでする必要はないって言っても、お前のことだ。掃除するんだろうな」

春希「分かってるんなら遠慮しないで下さいよ」

麻理「なら、掃除も頼むわ」

春希「はい、喜んで」

その後、二人並んで食器を片づけたり、ソファに二人寄り添って
今後のNY息の予定や、大学の試験の日程やバイトのシフトを話し合う。
すでに二人でいることに俺は違和感を感じることはなくなっていた。
そこにいるはずの存在が、当然のごとく存在している。
それに何故違和感を感じるのだろうか。
だけど、そんな甘えは、いつまでも俺には許されてはいない。
今日麻理さんに会いに来たもう一つの理由が、俺を引きとめる。

春希「2/14なんですけど、NYに行く日を一日遅らせませんか?
   その日大学でヴァレンタインコンサートがあるんですが、俺も出演するんです。
   だから、できれば麻理さんにも見に来てほしいです」

麻理さんの表情が移り変わるのが見てとれる。
穏やかな頬笑みから、驚愕と戸惑い。そして、諦めと決意へと。
俺は、その一つ一つの心の変化が手にとるように理解できてしまう。
理解できてしまうからこそ、心が痛む。
今は、その心の痛みこそが、心の支えとなった。

麻理「どうしても見てほしいのか?」

春希「はい、是非麻理さんに見に来て欲しいです」

麻理「そうか。わかった。スケジュールは調整しておくわ。
   ヴァレンタインを過ぎたら、今度日本に戻ってくるときは、
   最後の引き継ぎだろうし。
   ま、最後の引き継ぎといっても、顔見せと書類の提出程度だろうけどな」

春希「最後なんですね」

麻理「そう暗い顔するな。NYまで会いに来るって約束しただろ」

春希「はい。きっと・・・・、そうですね、ゴールデンウィークには行きます」

麻理「気が早いな」

懸命に笑いを作り出す麻理さんの心が俺に突き刺さる。
そして、俺は、喜んで痛みを受け入れる。

春希「計画的って言ってほしいですね」

麻理「計画的な北原は、その次はいつの予定なんだ?」

春希「夏休みにでも」

麻理「そっか。・・・・・・就職は、うちにするのか?」

春希「できれば」

麻理「お前なら大丈夫か。もし落とすようなら、うちの方が危ないな。
   その時は、私も転職を考えないと」

春希「そこまでは・・・・・」

麻理「冗談だって。いや、冗談ではすまない事態かもな」

麻理さんは、笑いを込めて真剣に悩む。俺は、どう反応すればいいか迷ってしまう。

麻理「ま、大丈夫だろ。人事にも同期がいるし、北原のこと高くかっていたしな」

春希「そうなんですか?」

麻理「お前は、私が育てたんだ。だから、自信を持ちなさい」

春希「はい」

夜は更けていく。深夜になろうが、始発電車が走り出そうが、
二人寄り添いソファーで朝を迎える。
もうじき朝日が昇ろうとするころ、俺達は少し早い朝食をとって、
俺は自宅へ、麻理さんは開桜社へと戻っていく。
麻理さんが、駅で名残惜しそうに俺の腕から手を離していく姿が脳裏に焼きつき、
いつまでも忘れることができなかった。
集中が途切れるたび、月光の中、身をよじる麻理さんの温もりと柔らかさを思い出す。
肺いっぱいに吸い込んでいた麻理さんの香りは、肺から抜け出すことはなく、
細胞の奥までしみ渡っていた。














8-1 春希 冬馬邸 1/10 月曜日 午前9時49分





約束の10時まで、もうすぐちょうど10分前。
チャイムを鳴らそうとすると、玄関の扉が開く。
中からは曜子さんが顔を出し、俺の顔を確認すると目を丸くする。

曜子「ほんとに10分前に来るのね。言ってた通りだわ」

春希「誰が言ってたか追及しませんが、おはようございます」

曜子「おはよう、北原君。さ、あがって」

曜子さんに俺のことを話すやつなんて一人しか思い浮かばない。
しかも、悪口込みで言ってそうだから、曜子さんの俺の評価を聞くのが恐ろしい。

曜子「なにをしているの? 寒いから中に入ってちょうだい」

春希「すみません。久しぶりに来ましたけど、すごいお屋敷だなって」

曜子「そう? ウィーンの方がでかいわよ」

春希「そうですか・・・・。おじゃまします」

とっさについた出まかせだったのに、その嘘のせいでびっくりするとは。
冬馬家の財務状況ってどうなってるんだよ。

曜子「さっそくで悪いんだけど、説明していくわね」

曜子さんは、玄関に上がるとすぐに今後の方針について話し始める。
色々俺のことやかずさの事を聞かれるよりは、ましだけど、
どうも話のリズムがつかめずにいた。
歩きながら説明を続け、リビングまで行く。
部屋の中は、意外と生活感が残っている。ウィーンに越してしまっているから
家具などはないと思っていたけど、以前来た時よりは断然殺風景だが、
最低限暮らしていくには必要なものは揃っていた。
だけど、ここにかずさはいない。
一番必要なピースが欠けているこの部屋は、俺が知るかずさの家ではもはやなかった。

曜子「この家にあるものは、なんでも使っていいわ。
   お腹がすいたら冷蔵庫の物を食べてもいいし、疲れたならソファーで寝ても
   いいし、お風呂に入ってもいいわ。掃除なら気にしなくても
   昼間ハウスキーパーが来て掃除するから、なにもしなくてもいいわ。
   あ、でも、2階には上がらないでね。
   仕事で使ってるから、色々まずいものもあるの」

春希「はい、わかりました」

曜子「よろしい」

そう言うと、地下スタジオに独り向かう。俺は置いていかれないようにと
慌ててついていく。
地下スタジオに入ると、こちらも記憶に残るスタジオとは異なっている。
部屋の中心に陣取るピアノは同じなのだが、部屋に複数設置されている集音マイク、
ビデオカメラ、PCなど、最新の機材が設置されていた。
曜子さんが言うように、この家を使って仕事をしているのだろう。
もともと本格的なスタジオだったから、少し手を加えれば録音くらいできるだろうし、
マスコミの目も気にしなくていい分、レンタルスタジオよりは断然使い勝手がいい気がした。

曜子「はい、このギター使ってね」

曜子さんが差し出すギターは、俺でさえ知っている有名ギター。
しかも、見てからして高級そう・・・・・・。

春希「もっと安いギターでよかったんですけど」

曜子「そう? 御希望なら、安いギターを改めて用意するけど」

春希「いいです。それでいいです」

俺は、慌ててギターを掴み取り、安いギターを辞退する。
この人、絶対俺が金銭感覚わかってて言ってるはず。
安いギターだとしても、1万はするし、それを改めて買うなんてもったいない。
俺が、このギターを使うのももったいないことだけど、
このギターの腕に見合った人が使ったほうが有意義だと思うけど、
無駄遣いだけは遠慮したい。

曜子「ふぅ〜ん」

俺を細部まで観察する曜子さんの目がこそばゆい。
俺の今の反応さえ予想の範ちゅうなのだろうか?
かずさは、どこまで俺のことを曜子さんに話しているんだろうか?
ふと疑問に思いもしたが、それよりも、かずさが曜子さんと俺の事を話題にするにせよ
会話ができる親子をやっていることに、胸をなでおろした。

曜子「じゃあ、ギターの練習について説明するわ」

春希「はい」

曜子「曲は、『届かない恋』1曲だし、そもそも弾けてたわけだから
   反復練習しかないわ。そこのカメラ見える」

曜子さんが指差す先には、2台のカメラが設置されていた。

曜子「そこの椅子に座ってくれれば、あなたとギターの手元が映るように設定
   されているわ。あとで微調整しなくちゃいけないけど」

春希「そうなんですか・・・・」

曜子「別に、ずっとその椅子で座って練習しなくちゃいけないわけじゃないけど、
   細かい指示を貰いたいなら、そこに座ってくれると助かるわ」

カメラにマイク。俺を撮影するためみたいだけど、いまいち自体が読みきれない。

曜子「その顔をみるところ、どうやらわかってないみたいね。ごめんなさい、
   とばしすぎて」

春希「いえ、説明を続けてくだされば、理解していきますし、
   それでもわからないことがあれば、後で聞きます」

曜子「そう? じゃあ説明を続けるわね。
   私は24時間付きっきりで練習見てあげてもいいんだけど、
   それだと春希くんも気まずいでしょ?」

春希「そんなことは・・・・」

あるわけだけど、言える訳はない。
かずさの母親と2人きりで、かずさのことを考えるなという方が無理だ。

曜子「安心して。私も少しは仕事があるし、練習しているところを録画しておいてくれれば
   後で見直して、そこのノートパソコンに気がついたことを
   メールしておくから」

春希「なるほど、わかりました」

曜子「だけど、リアルタイムでも見ているときもあるから、気を抜いたらだめよ」

春希「そんな時間ありませんって。それに、ずっと録画されてるのに
   気を抜くも抜かないもないじゃないですか」

曜子「それもそうね。春希君のほうも、聞きたいことがあったら、パソコンで
   メールしておいてくれれば、なるべく早く解答するわ」

もともと反復練習がメインだけど、プロの目からのアドバイスはありがたい。

曜子「それと、ここを使っていい時間だけど、夜の8時から朝の8時まで。
   だから、悪いけど8時前には出ていってくれると助かるわ。
   ハウスキーパーがそのあと掃除に来て、昼間は事務所として使うし、
   スタジオもね。夜中しか使ってもらえないのは心苦しいけど、ごめんなさいね」

春希「そんなことないです。スタジオを使わせてくれるだけでも感謝しているのに、
   しかもアドバイスまで頂けるのですから。
   でも、こんなにも甘えてしまっていいんでしょうか?」

曜子「かまわないわ。私が好きでやってるんだから」

ここで合宿が始まる。
ピアノの主はいないけど、大切な思い出の地に戻ってきた。
俺を見つめる曜子さんの視線は気がかりだけれど、今はここに戻れただけで幸せだ。
さっそくギターの音を出してみようと奏でてみたが、
調子っぱずれの音に、俺も曜子さんも失笑を漏らすしかなかった。







第11話 終劇
第12話に続く

このページへのコメント

お約束の展開ということでw
あきらかに読者はわかってるけど、中の登場人物はわかっていない。
ただ、それをいかに自然に書くかが問題であってorz

0
Posted by 黒猫 2014年08月26日(火) 02:48:02 返信

2階を使うなという指示がまた良いですね。
理由は曜子さんが言った理由とは違うだろう事は皆お察しという事で……。

0
Posted by SP 2014年08月20日(水) 20:45:35 返信

前半の麻里さんとの話も良いですね、このまま麻里さんルートで進めて行っても構わないくらいです(笑)。
後半の方は予想に近い展開でしたが、規模が思ったよりも大きかったですね。春希の練習をカメラを通して見てアドバイスするのはおそらく彼女なんだと思いますが、次回も楽しみにしています。

0
Posted by tune 2014年08月19日(火) 03:42:14 返信

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

SSまとめ

フリーエリア

このwikiのRSSフィード:
This wiki's RSS Feed

どなたでも編集できます