第57話


かずさ


 手の震えが止まらない。
大事なコンクールの本番前であろうとあたしの手が震えたなんて事はなかった。
 このままあたしも意識を失ってしまえばどれほど楽だっただろう。
 でも、そんなことはできない。
 春希が悲しむから。
 どこまでも独善的な理由で自分を奮い立たせようとするあたしに、
あたしは自分が嫌いになってきていた。
 それでも震えながら椅子から立ち上がり、テーブルの下を見つめると、
風岡さんが青白い顔をして倒れたまま動かないでいる。
 今さっきまであたしと話していたのに、どうして?
 元気ってわけでもないだろうけど、倒れるような雰囲気はなかったはずなのに。
 でに、サンドイッチ食べられなかったかの。そうだよな。だって、
風岡さんはあたしが来てからは、まともに食事ができないでいたって春希が言ってたし。
 やっぱり、あたしの前では弱ってる姿なんて見せられないよな。春希にしかみせられないよな。
 あたしは風岡さんみたいに春希に弱ってる姿なんて見せられなかった。
いつもかっこいい冬馬かずさを見せたいって思っていて、いっつも空回りして、
空回りしかできないで、最後の最後で春希を困らせて傷つけた。
 もっとあたしが春希に甘えられていたら。
 もっとあたしが春希を信頼していたら。
 あのとき、あたしが素直になっていたら、
彼女を深く傷つけることなんてなかったのかもしれないのに。

麻理「…………んっ」

 かすかに漏れる出る苦痛の吐息にあたしは現実に引き戻される。
 この人を助けないと。春希が大切にしているこの人を助けないと。
 あたしになにができる? なにをしないとしけないんだ?
 そうだ。人を呼ぶんだよな。でも、誰を?
 あたしはいまだに震えが止まらない手を無理やり動かし携帯を手に取る。
 ウィーンでは何度も電話しようとしても最後までやり遂げることが
できなかった春希の番号を迷いもなく押す事ができた。

春希「もしもし? …………もしもし?」

 春希の声が聞こえるっていうのに、あたしはなにを話せばいいかわからないでいた。
 こっちが無言でいると、春希のほうもこっちに異常があったのではと声に焦りが混ざってくる。
 春希の焦りを感じてもなお、あたしは声を出せないでいた。

春希「かずさ? 今練習の休憩中か? ……かずさ?」

かずさ「……あ」

春希「かずさ? いるんだろ? なにかあったのか? なあ、かずさ?」

かずさ「かざ…………」

春希「かざ? かずさ?」

かずさ「だ、から…………」

春希「かずさ? かずさが言いにくい事なら麻理さんに代わってもらってもいいぞ。
   麻理さんいるんだろ?」

かずさ「だから、風岡さんが…………」

春希「麻理さんが?」

 ようやくあたしが言葉を紡げるようになったおかげで春希の言葉から焦りの色は消えていく。
 しかし、あたしの様子が変である事には変わりはなく、
春希はあたしの異常を気にかけているようであった。

かずさ「いきなり倒れて、だから、どうしたらいいかわからなくて。
    助けて……助けて春希っ!」

春希「かずさ落ち着け。今麻理さんと二人なのか?」

かずさ「うん」

春希「スタジオにいるんだよな?」

かずさ「うん」

春希「スタジオのスタッフは?」

かずさ「いると、思う」

春希「わかった。誰でもいいからスタッフに携帯を渡してほしい。あとは俺が伝えるからさ」

かずさ「うん。……ごめん」

春希「いいって。俺もすぐ行くから」

かずさ「うん」

 春希が救急車よりも早く来て、
病院へ風岡さんが運ばれていくのをあたしはそばで見ていただけだと思う。
 春希の声を聞く事ができて安心できたという事もあるけど、
目の前で風岡さんが倒れたというショックもでかかったはずだ。
 いつの間にかに母さんも病院にやってきてあたしをホテルに連れ帰ろうと
したらしいんだけど、それはあたしが拒否したらしい。
 どうもそのへんの事情はあたし自身でさえあやふやだけど、あとで母さんに聞いた話に
よると、あたしが春希の側にいたほうがいいと思って無理には連れ帰らなかったとか。
 つまり、あたしの精神状態も相当やばかったんだと思う。
 錯乱状態で暴れまくったわけではなかったみたいだけど、今のあたしが考えつく答えとしては、
もしかしたらあたしが風岡さんみたいになっていたかもしれない未来と重ねてしまったのだろう。

春希「かずさ、大丈夫か?」

 病室から出てきた春希は、あたしの顔を見て不安そうな顔で尋ねてくる。
 静まり返った廊下は人の気配はなく、ときおり遠くの方で響く足音がする程度であった。
 最初は風岡さんは処置後に大部屋に移される予定だったらしいが、母さんがあたしとの
繋がりを隠す為に個室に移したとか言ってたけど、それだけじゃない気がする。
 きっと母さんなりに風岡さんに負い目があったんだと思う。
 あたしも母さんも風岡さんを追い詰めたって自覚があるから。
 もちろんあたしも春希も、そして風岡さんも加害者であり被害者ではあるはずだけど、
誰よりも自分以外の二人を大切にしていたのは風岡さんだっていえる。

かずさ「あたしは大丈夫だよ。風岡さんは?」

春希「今日はこのまま病院に泊まって、明日には退院できるだろうって。幸い明日は日曜日
   だし、月曜日からは麻理さんの事だから出社しそうだけど、どうしたものかなって
   考えてはいる。普通なら家で休んでもらったほうがいいんだろうけど、麻理さんの
   場合は仕事をしている方が落ち着くのかなって」

かずさ「……そう。春希は?」

春希「俺? 俺は仕事に行くと思うけど」

かずさ「違くて……、ショック受けたりしてないのかなって」

春希「俺の場合は覚悟ってほどではないけど、麻理さんと一緒に暮らしていたからさ。
   だから、麻理さんの事を支える為の心構えくらいはできていたから大丈夫。でも、
   かずさはショックだったんじゃないか? 俺の事を気にするよりも、
   コンクールの事だけを考えていいんだぞ」

かずさ「コンクールは別に大した問題じゃないよ。本番は来年のジェバンニだし」

春希「でも、スポンサーとかあるって言ってたじゃないか」

かずさ「そうだけどさ、そのへんは母さんに任せてあるから」

春希「だったらなおさら今回のコンクールも頑張るべきじゃないか? 曜子さんも色々動いて
   くれているみたいだし、その期待には応えたほうがいいと思うぞ。
   その為の練習をしてきたんだし、今はコンクールに集中すべきだ」

かずさ「だけどさ、あたしのせいで風岡さんが…………」

春希「かずさだけのせいじゃない。俺のせいでもあるから」

かずさ「だけど、あたしの目の前で倒れたっていうのに、あたしは何もできなかった」

春希「それは仕方がないことじゃないか。
   誰だっていきなり人が倒れられたらパニックになるだろうし」

かずさ「でもっ、あたしが風岡さんを傷つけて」

春希「俺もかずさを傷つけた。日本で、かずさがいるって知らないでさ。…………駅前で
   見たんだろ? 俺が麻理さんに抱きしめてもらっているところ」

かずさ「あっ……うん」

 あの時の光景は今でも夢に出てきて、うなされて起きる事がある。
 春希の前から逃げたっていうのに、しかも会いに来てくれたのに会わなかったというのに
何を言ってるんだよって自分で自分を責めたいほどなのに、目の前で春希が離れていって
いるのを見せつけられてしまうと、あたしの覚悟の浅さを思い知らされてしまう。
 それと同時に春希への想いの深さを知ることにはなるけど、
そんなの春希に伝えなきゃ意味がない事だ。

春希「あれさ、なぐさめてもらっていたんだ。俺の心がボロボロになって仕事に逃げて、
   体までボロボロになっていたところを麻理さんに救ってもらおうとしていたんだ。
   麻理さんから逃げようとすれば、必ず麻理さんが追ってきてくれるって
   わかっていてさ、わざと逃げて、そして、抱きしめてもらった」

かずさ「……そっか」

春希「俺は、ずるいんだよ。麻理さんを罠にはめたんだ。その結果俺の体調は良くなった
   けど、俺以上に麻理さんの体と心はボロボロになった。なにやってるんだかって
   話だけど、俺のせいで麻理さんを傷つけてしまったんだ。……最低だろ? だから、
   麻理さんが完全復帰とまではいかないまでも、ふつうに食事ができて、
   仕事に打ち込めるようになるまでは待っていてほしんだ。
   それまでは麻理さんを一人にはできない」

かずさ「そうだよね。あたしもその方がいいと思う」

春希「だから、もう少し待っていてほしい。必ずかずさの元に行くから、
   だから、もう少しだけ時間がほしい」

かずさ「春希…………」

春希「身勝手な話だってことは重々承知してる。曜子さんにも呆れられるだろうし、
   かずさを傷つけてしまうってこともわかってる。でも、頼む。麻理さんを助けたいんだ」

かずさ「春希……。わかったよ」

春希「ありがとう」

 あたしは春希の顔を見ることができなかった。
 春希はあたしが怒っていいるか照れ隠しをしているんだろうと思っているみたいだけど、
実際のあたしはそんな綺麗なあたしではなかった。
 むしろ怒っていられればどれほどよかったことか。
 感情のままに春希に怒りをぶつけ、泣きさけんで春希を困らせる。
そして、駄々っ子になりさがったあたしをあやしてもらって、一件落着?
 そんな単純で、純粋で、綺麗事だけで済ませられる自分でいたかった。
 だってあたしは、春希に伝えられなかった。
 風岡さんは春希の研修が終わったら、
今のリハビリ共同生活を終わらせるつもりだって言ってたんだから。
 そのことを春希はまだ知らない。
 それなのにあたしは春希がしばらく待ってほしいという希望を聞き入れてしまった。
春希の事をしばらく待つ必要もなく、半年もすれば共同生活が終わるのを知っていた。
 だから春希の要望を聞き入れる事が出来たって思えてしまう。
 そんな醜いあたしが、そんな汚らしいあたしを、どんな顔をしているか
わかったものではないあたしを、春希に見せたくなかっただけだった。







翌日 かずさ


 翌日春希と一緒に病院に向かうと、風岡さんの体調は回復し、
今すぐにでも退院しようと準備を進めていた。
 その姿を見てほっとしたのと同時に、この強さの源はなにかなって考えてしまう。
 考えるまでもないか。だって春希に弱っている姿をいつまでも見せたくはないもんな。
 あたしだったらそうするだろうから、風岡さんならなおさらか。

春希「退院の許可は下りましたけど、今日いっぱいはしっかりと休んでくださいよ。
   医者もそうするように言っていましたし、もし休んでくれなければ、
   明日無理やりであっても休んでもらいますからね」

麻理「わかっているわよ。それに今日はもともと日曜日だし、休みの日よ。仕事はしないわ」

春希「それならいいですけど」

麻理「かずささんもありがとね。目の前で倒れられたらびっくりするわよね」

かずさ「あたしは何もできなくて、ごめん」

麻理「いいのよ」

かずさ「……でも」

麻理「それに、練習の邪魔しちゃって、こっちのほうが悪い事をしてしまったって
   思っているのよ。今日も練習あるのでしょ?」

かずさ「このあと行く予定」

麻理「そう。……曜子さんに毎日練習を聴きに来るようにって言われているけど、今日は……」

かずさ「いいんだ。そのくらい母さんもわかっているから」

麻理「ごめんなさいね。でも、春希医師の許可が下りでば行けるかもしれないから、その時はよろしくね」

かずさ「あぁ、でも無理はしないでほしい」

 春希は苦笑いを浮かべながら風岡さんの提案にさっそく不許可を示す。
 その姿がなんだか微笑ましく思えてしまう。ちょっと前までのあたしなら激しい嫉妬を
だだ漏れにしてしまっているはずなのに、今は心静かにその姿を見つめることしかできないでいた。

春希「じゃあ支払いの方を済ませてきますね。その間に持ってきた服に着替えておいて
   ください。あっでも、支払いに時間かかるだろうからゆっくりでいいですからね」

麻理「わかってるわよ。でも、休日だし支払いはすぐ終わると思うけど?」

春希「だったらもう一度担当医師とお世話になった看護師の皆さんに挨拶してきますから、
   ゆっくり帰宅の準備をしていてください」

麻理「はぁい」

春希「じゃあかずさ。後頼むな」

かずさ「あぁ、任せておけとは言えないけど、留守番くらいならできるかな」

春希「それで十分だよ」

 春希を送り出すと、さっそく風岡さんは着替えを始める。あたしが病室から出ていく
べきか迷っていると、風岡さんはあたしがいるのに着替え始めた。
 まっ、女同士だしいいか。それに、着替えの最中に倒れられても大変だしな。
 と、あたしはとりあえずエチケットというわけでもないが、
着替えを見ないようにと窓際まで進み、どことなく目を外へ泳がす。
 布が擦れあう音がしばらく続いたが、それもすぐに終わりを迎える。
 
麻理「お待たせ。服は着替えられたけど、汗で体がベトベトなのは嫌よね。
   はぁ……、早くお風呂に入りたいわ」

かずさ「病院に来る前に春希がお風呂の準備していたみたいだから、
    家に帰ったらすぐにお風呂入れると思うよ」

麻理「さすが春希ってところね」

かずさ「そうだな」

麻理「春希って昔からこんな感じなのかしら?」

かずさ「こんな感じって?」

麻理「女心には鈍感なくせに、他の事なら先回りっていうか事前準備が
   万全っていうのか。……そういう感じ、かな」

かずさ「それだったら昔からそんな感じだと思う。しかもお節介で、
    こっちの迷惑を考えないで行動するところがうざかったかな」

麻理「うざかったっていうことは、今ではうざいほどにかまってほしいって事じゃない?」

かずさ「そんなことは…………」

 この人に嘘をついても意味はないか。虚勢を張っても絶対に見破られるだろうし、
それにこの人には嘘をつきたくないっていうか。
 そうだな。日本にいるだろう彼女とは違うタイプ。そう、彼女とは正反対だけど、
それでも素直でまっすぐで、春希の事を想うだけじゃなくて、しっかりと前をみて行動できる人。
 今はやややつれた顔色を見せてはいるが、それさえも大人の魅力だと思えるほど人を引きつける。
 気丈に振舞う姿もやせ我慢とは違う意思がこもった言動は、
春希じゃなくてもそばで支えたいって思えたしまうんだろうな。
 そんな風岡さんが羨ましくて、逃げ出したくて、自分がみすぼらしく思えてしまう。
 でも、そんな人だから、春希だけじゃなくてあたしも認めたくなる人だから、
あたしも病気を克服してほしいって思えてしまった。

かずさ「そうだな。春希は昔からうざくて、こっちが迷惑だって追い払ってもしつこく
    付きまとってきたけど、今ではそれも懐かしいかな」

麻理「そっか。でも、私が知っている北原春希は、そんなねちっこさなんて見せは
   しなかったけど、物事の先を見て行動している奴だったかな。ほんとに大学生なのっ
   て思えるほどしっかりしていたけど、しっかりしすぎて自分の体っていうか、
   体調面なんて気にもせず働いてしまう部分は心配だったけどね。まあ、あとになって
   何故春希がそこまで体をいじめ抜いていたかを知ったら理解できたわ」

かずさ「春希は……、危うかったのか?」

麻理「そうね。こちらが止めに入らなければ働き続けていたでしょうね」

かずさ「あたしのせいだ」

麻理「自分だけを責める必要なんてないと思うわよ。失礼で、しかもお節介すぎるとは
   思うけど、春希から高校でのあなたたちのことは聞いたわ。身勝手な他人からの
   意見としては、みんな悪かったってことじゃないかしら? 当事者じゃないから
   適当なことしかいえないけど」

かずさ「お節介な奴には慣れているから大丈夫だ。それに、春希が教えたんなら、
    その必要があったってことだよ。だから、雑誌の記事にされるのは困るけど、
    風岡さんが知っている分には構わないよ」

麻理「ありがとう」

かずさ「いいんだ。……春希は、どうだったんだ?」

麻理「かずささんがいなかった間のことかしら?」

かずさ「あぁ……」

麻理「私も大学での春希を知っているわけでもないし、編集部では仕事を一生懸命
   やっていたっていうことしか知らないのよね。かずささんのことを聞いたのも
   つい最近だっていってもおかしくないほどだし。でも、そうね。春希も認めている
   事だけど、仕事をすることで見たくない現実から逃げていたわ。くたくたになるまで
   仕事して、大学でもきっちりと勉強して、そして家に帰ったら何も考えずに
   寝られるようにしていたって教えてくれたわ。やっぱり私も春希も、そしてかずささん
   も周りの評価ほど強くはないのかもしれないわね。いっつも見栄張って強いふり
   していても体と心はガタガタになってるし」

かずさ「そうだな。笑えないほど見栄張っちゃって、自業自得だ」

麻理「見栄を張る事自体は悪くはないわ。そこそこでやめられるようにしないといけど」

かずさ「高校で一度やめたピアノも、春希に引っ張られて再開したんだ。結局は春希から
    逃げる為にピアノを利用してウィーンまで行っちゃったけどさ」

麻理「春希は仕事で、かずささんはピアノかぁ。似た者同士ね」

かずさ「それは風岡さんもだろ?」

麻理「かもしれないわね」

かずさ「でもさ、ピアノは春希の為だけに弾いてきたわけじゃないけど、
    やっぱりこのままコンクールに出ないでウィーンに帰りたいと思う」

 あたしからしたら衝撃発言だと思うのに、風岡さんは驚かない。
 この人はやっぱりわかっていたんだな。
 あたしが逃げ出したいってわかっていたんだ。
 すべてを見透かすような瞳は嫌いじゃない。
だって、あたしを写す鏡みたいで、どこか応援したくなってしまうから。

麻理「そう……。春希には?」

かずさ「まだ伝えてない」

麻理「曜子さんには?」

かずさ「母さんは、わかっていると思う。あたしの練習を聴きに来ても何も言っては
    こないけど、たぶん母さんは全てわかっていると思う。
    あたしが弱い人間だと誰よりもわかっているからさ」

麻理「そうかしら?」

かずさ「なにが?」

麻理「曜子さんはかずささんが弱いって知っていると思うわ。母親であり、先生であり、
   なによりもかずささんの一番の理解者だもの」

かずさ「そうだろうな。ぜったい母さんには言えないけど」

麻理「そうね。いいお母さんね」

かずさ「外から見ている分にはそう思えるだろうな」

麻理「そうかしら? ……でも、いつも驚かされないといけないとしたら
   苦労するかもしれないわね」

かずさ「だろ?」

麻理「だけど、かずささんの将来を一番心配しているのも曜子さんだし、
   信頼しているのも曜子さんよ」

かずさ「あたしを過大評価しているだけだ。あたしは母さんみたいには強くはない」

麻理「だからウィーンに帰る?」

かずさ「そうだ」

麻理「あと半年もないわ。そうすれば春希はかずささんの元に戻るわ。だから……」

 風岡さんの魅力的すぎる提案にあたしの心は揺れ動く。
 弱いあたしは今すぐにでもあたしだけの幸せを求めようとしてしまう。
きっとこの幸せを手繰り寄せても幸せになると思う。
 春希も風岡さんのことを気にしながらも、あたしの事を誰よりも大切にし、
あたしだけを見ようとしてくれるはずだ。
 あたしも、たまに春希がニューヨークの方角によそ見をするのを気がつかないふりを
続ければ、穏やかで愛され続ける日々を送れるはずだ。
 だけど、それが本当にあたしが求める幸せなのかな?
 あたしだけが幸せになるって本当にあたしが求めるものかな?
 だってあたしは、春希に幸せになってほしい。
 誰よりも愛していて、世界でただ一人愛する春希には、幸せになってほしい。
 それに、あたしが幸せにしてあげたいとさえ思ってるし、
春希を幸せにするのはあたしの役目だって、誰にも譲れないって思ってる。
 だから、だからこそ、風岡さんが差し出す甘すぎる幸せは、受け取れなかった。





第57話 終劇
第58話につづく







第57話 あとがき

ようやくかずさの出番が増えてきて、ほっとしております。

来週も月曜日に掲載できると思いますので、
また読んでくださると大変嬉しく思います。

黒猫 with かずさ派

このページへのコメント

更新お疲れ様です。
風岡麻里が当事者の1人ではありますが原作とは違い、麻里さんが春希と結ばれたいという気持ちが(内心は願望があるかもしれませんが)無く最終的にはかずさに返すことが前提ということもあってより複雑な感情が絡んでその辺りが原作よりも大人の物語になっていますね。春希もかずさも麻里さんに甘える事から卒業するのが目標の一つでもありますね。
次回も楽しみにしています。

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Posted by tune 2015年08月03日(月) 13:06:07 返信

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