大晦日のコンサートに向かったら 第十五話

『春希君へ
お久しぶりです。
元旦に依緒から聞きました。かずさが帰ってきたこと。
春希君が元旦に熱を出して、かずさが看病していたこと。
春希君にメールをしようか、ずっと悩んでいました。
でも、かずさがいつ帰っちゃうか分からないから、
どうしてもかずさに会いたいから、
かずさと春希君が二人で居る時に、伝えたい事があるから。
クリスマスの事で春希君が私を許せないのは分かります。
でも1度だけ三人で会う時間を私に下さい。
場所も時間もいつでもいいです。お願いします。
                         雪菜』

タクシーの中で、春希は先ほど雪菜から届いたメールをかずさに見せた。

「どうする…春希?」

メールを読み終わると、かずさは不安そうに春希を見つめた。携帯を春希に返し、その手を彼の膝に寄せる。

「――俺の部屋に来てもらおう、三人で…話そう」

かずさとは反対に春希の表情には不安の色が無かった、雪菜とのケジメをつけることの覚悟はすでに出来ていたから、武也がケジメをつけることの必要性を再確認させてくれたから。

クリスマス、雪菜は春希を拒絶した。それでも雪菜は、春希とかずさが一緒に居るところを見て少なからずショックを受けるだろう。

春希とかずさは、雪菜に二人で居るところを見せる覚悟をしなければいけない。

雪菜は、春希とかずさが二人で居ることを受け入れなければいけない。

――誰にも、自分に対してでさえも嘘を吐くことをやめなければ、WHITE ALBUMの季節は終わらない。

◇◇◇

1月6日 18時

「いらっしゃい、雪菜…」

「春希君…」

玄関で、雪菜を出迎える春希。

もうすっかり体調が回復した春希とは反対に、痩せこけた印象を受ける雪菜の顔。

大丈夫か? と、一瞬春希は雪菜に声をかけそうになった。でも今の自分は雪菜の体調を気にかけれる立場に無いことを思い出す。

「――入って、中にかずさがいる」

「うん」

雪菜が玄関に入ると、女物の黒い靴が目に入った。コートハンガーには二本のマフラーが掛けられている。廊下の隅には開けっ放しのトランクが置かれ、中には女物の服と化粧品が入っていた。
春希の部屋に、かずさの存在が染みつき始めていた。そんな部屋の廊下を、雪菜はゆっくり歩いて行く。

「かずさ…」

「――雪…菜」

リビングで、かずさと雪菜は三年ぶりの再会を果たした。
かつて親友であろうとした二人の再会、雪菜は目に薄く涙を溜めながら、どこか諦めともとれる笑みを浮かべていた。

かずさは三年ぶりに雪菜の姿を見て驚いた。

三年前には無かった落ち着いた雰囲気と、危うさと憂い帯びた視線と表情。

美しくもあり妖しくもある、雪菜はそんな『女性』に成長していた。

雪菜をこんな歪な成長をさせてしまったのは自分と春希なのだ、自分たちが雪菜に経験させてしまった身を切るような辛い恋のせいなのだ。

そしてこれから雪菜にとってさらに辛い現実を突きつけなければいけない。

かずさは自分の残酷さに自己嫌悪に陥りそうになるが、振り払う。
今の自分を否定することは、自分を愛してくれている春希を否定することになってしまうから。

「――とりあえず、座ろう」

春希はトレイにコーヒーを三つ淹れて運んできた。
カップをテーブルに置いていく。当然、かずさにはシュガースティック5本も一緒に。

テーブルの周りに、春希がかずさと雪菜の間に挟まれる形で座っている。

春希とかずさはコーヒーを一口飲んだ。
雪菜はカップを口元まで運んだが、口に含まずにコーヒーを置いた。胃が、刺激物を避けたがっていた。

「春希君、風邪を引いてたって聞いたけど、元気そうで良かった」

雪菜は、必死に明るい声を作っていた。

「ああ、かずさが…ずっと付きっきりで看病していてくれたんだ」

春希は平静を装いながら伝えた、一週間、春希とかずさはこの部屋で生活を共にしていたことを雪菜に伝えた。

「母さんたちが買い出しとかしてくれたし、うどんの作り方を教えてくれたのは水沢で、部屋を綺麗にしてくれたのは部長だよ」

「依緒から聞いたよ、かずさの方から依緒たちに、春希君を助けて欲しいってお願いしたって。かずさ、変わったね。三年前だったら、絶対他の人を頼ろうとしなかったと思う。自分一人で春希君の看病しようとして、でもできなくて、結局救急車呼んじゃいそう」

「……そうだった……かもね」
かずさは変わった、春希のために変わった。

「――ッ」
春希は三年前の光景を思いだし、胸が締め付けられていた。

三年前、春希も風邪を引いて寝込んだことがあった。かずさが卒業後、ウィーンへ行くと曜子から聞かされ、雪菜の誕生日パーティに行かずにかずさを追った次の日。
寒空の中、かずさに自身の春希への想いを吐露され、どうすることもできずに御宿の町で一人立たずみ、風邪を引いてしまった春希を看病してくれたのは、雪菜だったから。

「私はね、三年間変わらなかった。私は頼りになる人が好きだった。私のワガママを一生懸命叶えてくれる人が大好きだった。
口うるさいんだけど、ぶつくさ文句は言うんだけど、それでも絶対に見捨てたりしない。誰にでも平等に優しくて、けれど私にはほんの少しひいきしてくれる、そんな男の子をずっと追いかけてた。
ねぇかずさ。春希君はね、三年間ずっとあなたの事を忘れてくれなかったよ。春希君がほんの少し他人よりひいきしてくれるのは私じゃない、あなたなの、かずさ…」

「――そして私は、そんな春希君を受け入れられなかったの。
二人とも、これから言うことが私の思い込みだったらごめんね。もしも二人が一緒にいることに、私のせいで抵抗とか遠慮があるのなら、それは…」

「――雪菜」

「な、何? 春希君」

「今、雪菜の言ったとおり、それは雪菜の思い込みだ。俺、かずさと一緒にいることに抵抗も……雪菜にも、誰に対しての遠慮も無い」
春希は雪菜の目の前で、隣にあるかずさの手を指を絡めて握った。

「俺が好きなのはかずさだけだから。かずさの他に好きな女性なんて…いないから。
だから雪菜、今度は俺が言いたい。
もしも俺の思い込みだったらごめん。もしもまだ俺が雪菜の事を好きな気持ちが少しあって、何かをきっかけに雪菜の手を取る事があるかもしれないって考えてるなら…それは間違っている」

春希は胃からこみ上げてくるものを抑えながら雪菜を突き放した。

雪菜に、自分の事をもう男性として意識して欲しくは無かった。

新しい恋を歩み始めてもらいたかった。

雪菜に心から幸せになって欲しかった。

――本当に、雪菜の事が好きだったから。

「は、ははは…。それは春希君の思い込みだよ…私はもう…春希君のことを好きなる事は無いよ。今日二人に会いに来たのはそのことを伝えるため。
二人は二人で居ることに、私のせいで罪悪感を感じる事は無いんだよ。
二人は、二人でいる時間を思いっきり楽しんでいいの。
二人で手を繋ぎながら、町をデートしていいんだよ。
そして…二人の肌を触れ合わせていいの。
――だから、だからさぁ…」

雪菜の瞳から涙がぽろぽろとこぼれ、きつく握られた手の上に落ちていく。
そして絞り出すように声を出した。

「――私とまた、友達になって下さい…たまに、本当にたまにでいいから、友達として三人でいる時間を私に下さい。学園祭のステージの思い出を笑いながら話せる機会を下さい…」

かずさには、涙を流しながら言った雪菜の言葉の重みが理解できた。
それは自分が好きになった男が、他の女と一緒に居るところをずっと見続ける事を覚悟の上での言葉。

自分が、拷問と表現した過酷な行い。

かずさが、雪菜のことを全く恨んで無かったと言えば嘘になる。

自分が春希にあいまいな態度をとり続け、雪菜に対しても春希に気が無いと言い続けてきた。

それでも、雪菜が春希と付き合うことになったとき、どうしても雪菜に春希を取られたという気持ちが芽生えてしまった。

そんな気持ちは今、涙に肩を震わせている雪菜の姿を見て霧散していく。

雪菜は今、自分と春希に友達になってほしいと言ってくれた。

自分が愛した男が愛した、自分ではない女に対して友達になって欲しいと言ってきた。

その雪菜の言葉にかずさは…

「ねぇ……雪菜」

「ん……ぐす……なに?」

「今のあたしたちみたいに……お互いの事何でも言い合える関係って……友達じゃなくて親友って言うんだと思うんだけど」

「あ……」

「何でも言い合えるから、あたしたちのこれからの事も話すよ。あたしは近いうち、ウィーンに戻る。そして春希は…」

かずさの言葉を遮り、春希が繋ぐ。

「俺は大学を卒業したら、冬馬曜子オフィス、ウィーン支部の社員になるんだ。そしてこれからずっとマネージャーとして、いや、マネージャーとしても…かずさの全てを支えて生きていく」

「うん…」

雪菜は春希の告白に驚いた様子は無く、小さく頷いただけだった。春希がかずさを追って日本を離れる可能性について、武也が雪菜に説明していたから。

「一年後、俺たちは雪菜の側にいられなくなる。それでもまだ、雪菜は俺たちを友達と、親友と思ってくれるのか?」

「二人とも、本当のこと話しててくれてありがとう…。私たちの距離は離れてる。簡単に会える距離じゃ無いよ。
でも、誰かを大切に思う気持ちに距離は関係ないって事、春希君とかずさの二人が教えてくれた…
だから私も日本からウィーンにいるあなたたちを応援し続ける。二人の親友として…
そしていつか私も…私の事をそばでずっと支えてくれる男の人を見つけられたらなと思うんだ…」

「雪菜…」

かずさは雪菜を抱きしめた。三年前、高校の屋上のように。

「ああっあああぁぁぁ…」

雪菜はかずさの胸の中で声を上げて泣いた。

その雪菜の涙の理由を一つに絞ることはできない。

かずさと三年ぶりに再会できて

クリスマスにひどい扱いをした春希がまた会ってくれて

かずさと春希が自分を親友と認めてくれて

春希がもう自分を女性として見てくれることはないと分かって

二人が来年日本を離れる事を知って

世界にたった二人の自分の親友が、異国の地でもきっと幸せにやっていけるだろうと確信して…

雪菜が泣き止むまで、かずさは雪菜の髪を優しく撫で続け、

雪菜が泣き止むまで、春希は雪菜から目をそらさず、じっと唇を噛んでいた…。

◇◇◇

「ねぇ…春希君、お願いがあるの…」

落ち着きを取り戻した雪菜、涙を拭いながら春希に語りかける。

「何だ、雪菜?」

「春希君、雑炊…作ってくれないかな? 三年前にかずさが風邪を引いたときに私が教えたレシピ……私に作ってくれるって話したけど、作ってもらったこと無かったから」

「そういえば…そうだったな。分かったよ…ちょっと待っててな、かずさも食べるだろ?」

「ああ、頂くかな」

春希はキッチンへ向かう。
雪菜の様子から、雪菜が最近まともに食事ができていないことは察していた。
それなのに、自分の手料理を望んでくれている。

――多分これが、雪菜から自分への最後のワガママ。

今ならもう少し手の込んだ雑炊を作ることもできる。それでもあの時、かずさに作ったのと変わらない雑炊を作ろう。

リビングではかずさと雪菜が自分たちの三年間を笑いながら語り合っていた。

そんな様子を目端に入れながら、春希はゆっくりと鍋を混ぜる…

◇◇◇

――テーブルには、空になったお皿が三つ並んでいた。

「ねぇかずさ…あなたは高校の時食べて、美味しかった?」

「ああ、美味しかったよ。雪菜が教えてくれたボンゴレ雑炊、本当に美味しかった」

「まるで自分で作って食ったみたいな言い方だな」

「う、うるさい!」

「――ははは、そっか…そう、良かったぁ…」

雪菜はここ数日、まともに食事をとる事ができなかった。食べ物を体が受け付けなかった。

しかし雪菜は、この雑炊を全て食べきる事が出来た。

決して無理に詰めこんだわけでは無い。

普通に美味しいと感じる事ができたし、春希とかずさの三人で食事をするということが心から嬉しかった。

「――本当に、良かったぁ……」

雪菜は、優しく微笑んだ…

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