「こんにちは。わたくし、新婦の友人の瀬之内晶といいます。『Stripes』紙の風岡麻理さんですね。どうも、はじめまして」
 開桜社の面々が突然の美人の挨拶に驚く中、麻理は落ち着いて返す。
「こちらこそはじめまして。新郎の元上司の風岡です。どうも」
 千晶はぺこりと小さく一礼して礼儀正しく上品そうな人物を装う。
「どうも。風岡さんの『Stripes』紙の冬馬かずさの記事、楽しませて頂きました…」




 数分も経たぬ内に千晶はすっかり開桜社の面々と打ち解けあっていた。特に、開桜グラフ編集部内のゴシップ担当の鈴木とは意気投合してしまったようだ。
「へえ。あの峰城祭のステージの裏ではそんなコトがあったんですか」
「そうなんですよ。おかげで最高にハジけた独身サヨナラパーティーになっちゃって。飯塚君って、ホントにノリのいい悪友さんで…。鈴木さんは北原君の何かそういう面白いお話、ご存知ないですか?」
「あります! ありますとも! 北原君の大学時代の友人に友近さんってヒトがいるんですけど…」

「ストップ。鈴木」
 鈴木の暴露話に歯止めをかけたのは麻理だった。
「その話はギリギリ出版コードにひっかかる。許されるのは2次会以降だな」
「あはは、そうですね。でも、この会自体半分以上2次会3次会ノリだし、2次会行く人、少なそうですね」
「あら? 雪菜さんのカラオケでの悪名、そんなに知れ渡っちゃってるんですか?」
「それもあるでしょうけど…」

 鈴木は場内を見回した。既に客のほとんどは最初の席についていない。皆、テーブルを移動して思い思いに談笑している。
「…ふふっ。…さんは普段何されてる方なんですか?」
「…へぇ。…さんって面白い人だね…」
「…君久しぶり。付属高以来だね。元気してた?」
 千晶たちのように新郎新婦についての話に興じている者もいるが、若い男女の多くにとってはこの会の目的は既に『出会いの場』になってしまっているようだ。
 朋のように人脈作りの場にしてるのはまだいい方。新郎新婦に一度挨拶したらそれきり、異性に声をかけてまわってばかりの者もいる。春希や雪菜の年代の男女が着飾って集まっているわけだから当然と言えば当然ではあるが、雪菜達の姿を見せられ「次は自分」と発奮する者も多いのだろう。
 2次会等にありがちな男女ゲームこそないもののも、朋が自分が人脈作りし易いように準備させた紹介入り名札と自由席制、長めの歓談時間だけでこれだけ妖しい雰囲気が醸成されてしまった。
 クリスマス直前という時期も異業種から集まった男女のレベルの高さもパーティールームのくだけた雰囲気もまた、それに拍車をかけていた。
 既に親しげに語り合う即席の男女ペアが壁沿いを等間隔に彩っており、席の周りの方がまばらな程だ。早くもこの後どこに行くかを打ち合わせにかかってる男女までいた。
 つまり、2次会にそういう目的で参加しようと考えていた者は既にこの1.5次会で目的を達成しつつあり、残念ながら2次会に流れこむ者はそう多くなりそうになかった。
 もっとも、敢えて主因を一つ挙げれば「2次会は雪菜のワンマンショー」なのが一番最悪なのだろうが。

「まあ、皆さんお盛んなことで。鈴木さんは良いんですか?」
「くうぅ〜。誰かさんが年末進行の時期に長期旅行してたせいで仕事が立て込んで大ピンチですけど、ちゃんと彼氏が居ますから! 来週のクリスマスで挽回ですから! そんな瀬之内さんはどうなんですか?」
「ふふふ、フリーです。舞台の上でなら日替わりで恋ができるんですけどね」
「それはまた、うらやましいようなうらやましくないような。女優さんのお仕事も大変ですね」
「仕事は大事とはいえ、プライベートも大事にしたいとは思っているんですけどね。…風岡さんはどうなんですか?」
「わ、私か!?」
 急に話を振られて麻理は焦った。いつの間にか千晶は麻理の目の前に陣取っていた。
 千晶の目当ては元よりこの麻理という女性の方だった。春希が、雪菜が、かずさが、あのような視線を向ける女性はどのような女なんだろう? そして、編集者北原春希を形作ったその手腕とは? 興味は尽きなかった。

 千晶はカマを掛けつつ、麻理に探りを入れ始めた。
「仕事を離れて久々の母国での長期休暇。大切な人と過ごすため、とお見受けしましたが?」
 麻理はにこりと笑って返した。
「ふふ。まあ、この古巣の編集部の皆と会うため、という意味なら間違ってないかな。特に、北原の晴れ姿は見てやりたかったからな。いつも年末年始はハワイなんだが、この会に合わせて休暇を早めから取った」
「北原さんは麻理さんの虎の子と伺ってます。編集者北原春希を育てあげたのは麻理さんだとか」
「いや、北原は元々優秀なやつだったからな。私はこき使ってやっただけさ」

「ふうん…」
 麻理の表情には大した変化はなかったが、千晶のカンは何かあると告げていた。
 千晶は鈴木をチラ見した後、思い切って独り言のように、しかし、声を絞りつつも鈴木と麻理に聞こえるように爆弾発言をした。
「こんな素敵な女上司の方と始終一緒にお仕事されてたら、わたしなら何かないかと勘ぐっちゃいますけどね」
 先ほどから話を遮られていてうずうずしていた鈴木はその指摘を受け、ポロリと口を滑らせてしまう。
「当時は噂されてたんですけどね…」
「こ、こら! 鈴木!」
 鈴木の余計な側面攻撃を受けた麻理は憮然とした表情で取り繕おうとした。
「…当時の北原は恥ずかしがって雪菜さんという彼女がいることをオープンにはしていなかったからな。勝手に余計な噂をたてる奴らがいても仕方あるまい」

 千晶はそう言葉を紡ぐ麻理の表情や仕種を注意深く観察し、彼女の感情を読み取った。
 そして、満足げにほくそ笑んだ。
『当たりだね。おもしろい。でも、もうちょっと語らせてみないとね』
 千晶はグラスを傾けつつ、この女性をもう少し観察する事にした。要領は雪菜の時と同じだ。
「では、逆に麻理さんの理想の男性ってどんな方なんですか?」
「うっ…ええと…」




 かずさはそんな会話を遠耳で聞きつつイラだっていた。
「ったく。あの女は…」
 そんなかずさに親志がビンゴカードを回してきた。
「ほい。しかめっ面してどないしたん? 締めのビンゴ始まるで」
「あ、どうも」

 台上では司会を交代した朋が声を張り上げてビンゴの説明をしていた。
 しかし、場内の客はなかなか静まらなかった。春希や雪菜と話し込んでいる者はともかく、カップルで話している者が多すぎる。
 はなはなだしい者に至っては、早百合にナンパを仕掛けている男までいた。しかめっ面の早百合にしつこく食い下がる男を、今ミチコが間に入ってようやく追い払ったところだ。

「あ〜あ。いいカンジにグダグダやな。2次会どうするん?」
「遠慮する。雪菜のワンマンショーに付き合ってられない」
「ははは。ま、ワシは春希らに会える機会自体しばらくないし、行ってくるわ。ほな、またな」
 そう行って席を立とうとする親志をかずさは呼び止めた。
「あ…さっきはありがとうな」
 なかなか機会がなかったが、さっきの舞台の件での例がやっとできた。
 そんなかずさのお礼の言葉に親志は小粋にOKサインだけ返して元の席に向かった。




「あれ? 雪菜さんの弟さん? どうしたの?」
 荷物置き場の担当の坂上は心配そうな面持ちで荷物を確認する孝宏に声をかけた。
「い、いえ。ちょっと荷物が心配で」
「何か貴重品?」
「ま、まあ、そんなとこですが」
 坂上が深く追及するまいと思ったところで、孝宏を探しに美穂子がやって来た。
「あ、いたいた! 孝宏くん。ちょっと来て。亜子がちょっと…」
「なに?」
「亜子ったら、ちょっと飲み過ぎちゃったみたいで…」
 美穂子が視線を送った先には亜子がテーブルに突っ伏していた。
「あちゃー…いつもはどうしてるの?」
 言外に『いつも女友達同士で飲んだ時のようにしたら?』とのニュアンスを匂わせた孝宏に、美穂子はキツく咎めるような口調で言った。
「彼氏でしょ? 亜子に近づく男の子のヒト、追い払うだけでも大変なんだから」
「園田、いや、亜子の家ってどこ?」
「えっと…すぐそこらしいけど、亜子に聞いて」
「わかった」
「えっと…あのね」
「何?」
「…なんでもない」
「?」
 すんなり受けた孝弘に『送り狼になっちゃダメだよ』と冷やかそうと思っていた美穂子は直前でその言葉を飲み込んだ。

「亜子、大丈夫か?」
「うーん、ちょっと飲み過ぎちゃったみたい…」
 孝弘は亜子の背をさすったり、水をもってきたりして面倒を見る。
「今日は送るよ。家、近くなんだって?」
「ありがとう…いつも送ってくれたらなぁ」
 孝弘は少しドキリとした。しかし、すぐに表情を戻して答える。
「俺で良ければいつでも。でも、あまり面倒かけてくれるなよ」
「ありがとう。でも、もう会も終わりだから雪菜さんたち見送ってからね」
「無理するなよ」

 そんな二人のやり取りを見つつ美穂子はひとりごちた。
「飲み過ぎたのは誰のせいだと思っているんだか」
 そう言うと美穂子は、亜子が飲み過ぎたもう一人の元凶の方に目をやった。美穂子に睨まれた事に気づいたミチコは素知らぬ顔をつくり、目の前の相手との会話に戻る。
 美穂子はため息一つついた。
「ほんと、ヒトのグチ引き出すの上手いんだから。でも、亜子もストレスたまっていたんだよね…」



<目次><前話><次話>

このページへのコメント

連載再開、ありがとうございます。

雪菜のワンマン・ショーに行きたいです。

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Posted by ushigara_neko 2014年09月28日(日) 22:25:29 返信

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