雪菜Trueアフター「月への恋」第二十四話「遠雷の予感(2)」

7/15(火)グッディーズ、休憩室


 小春は孝宏がシフトに入っていない日を見計らってグッディーズに来た。
 念のため、亜子と孝宏の件の事件の目撃証言を得るためである。

 休憩室で中川から事の一部始終を聞かされ、小春は胸をなで下ろした。
「じゃあ、小木曽は全然気にしてないって感じですか。良かった…」
 亜子は『小木曽を怒鳴りつけてしまった』と言っていたが、傍目からは『やや控えめな声で抗議じみたコトを言って不機嫌な様子で帰っていった』くらいにしか見えないものだったらしい。
 その後、中川は「さっきの彼女バンドの子? 付き合ってるの?」などとからかってみたらしいが、孝宏から『面白い』反応は返って来なかったということだ。

「まぁ、あの大人しそうな子にしてはやっちゃったほうなのかな。『嫌われたかも!?』なんて、初々しいね〜 」
 中川はそう言ってくすくす笑いつつ、小春に確認する。
「やっぱり、あの子小木曽くんに気があるの? なんてわかりやすい…知らぬは小木曽ばかりなり、だよね」
「そうなんです。あいつは超鈍感なんです。
 女の子に優しくしておいて…ホント、誰かさんに似てある意味、女の敵ですね」
 あきれたように言う小春。

 それを聞いた中川は、邪悪な笑みを浮かべつつ小春の顔に手を伸ばすと、両頬をつまんで思い切り引っ張った。
「あ〜らあら。そんなコト言うのはこの口か〜?」
「!?痛いたはわふっ! 中川さん、何を!?」

 驚く小春に中川が諭すように言う。
「あなたにそんなコト言う資格ありません。杉浦小春ちゃん」
「い、いったい何でですか!?」
「あなた、小木曽くんがあなたに気があったこと、気づいてた?」
「!」

 全く気づいていなかったことを表情で語る小春に、中川は悪魔の微笑を崩さず追撃する。
「小春ちゃんはそんな小木曽くんの気持ちも知らず、優しくバイトの面倒を見たり、自分のバンドに誘ったりしていたのでした〜♪」
「あ、あ…」
 小春は驚きのあまり言葉も出ない。

「しかも、一度バンドに入るや、バイトの先輩の立場悪用して雑用押しつけるわ、女装やらせるわ、そのくせ空気扱いして打ち上げには呼ばないわ…小木曽くんのハートはもうズタズタ〜♪」
「ざ、雑用押しつけてたのは主に早百合で、私は…」
「バイトのシフトとかスケジュールをリークしていたのよね。語るに落ちたわね」
「………」

「小木曽くんの気持ちに超鈍感。優しくしておいて、バンドにいれるや女の友情優先して、こき使って、女の格好まで強要して男のプライド傷つけて。
 小木曽くんが女の敵ならば、小春ちゃんは鬼か悪魔ですか〜?」
「じょ…女装を勧めたのは美穂子で…」
「写真をバイト先でも回覧させたのは?」
「…だって、だってすごく似合ってたじゃないですか!」
 答えに窮してよくわからない抗弁に至った小春だったが、中川もその点には同意だった。
「うん。似合いすぎていて怖いくらいだった。女として脅威感じた…」

「ま、そんな訳だけど、不幸か幸いか、小木曽くんはもうあなたのことあきらめた。少なくとも一年前には」
「………」
「…残念? 取り逃がした魚は大きい?」
「いいえ…」
「そう。
 小木曽くんがいまだにあなたたちのバンドでやってくれている理由はわたしには正直わからない。
 でも、彼があなたたちとはバンドだけの関係って線引きしていることはわかる。
 亜子ちゃん、だっけ? 厳しいと思うよ。主にあなたのせいで」
「………」

 表情がだんだん深刻になっていく小春に、中川は思い出したように言った。
「ノブ子ちゃん。覚えてる?」
「? 去年入った子ですよね? 辞めてるみたいですが、何か?」
「あの子、あなたが居なくなってからソッコー小木曽くんに告ったわよ」
「ええっ!」
「そりゃあ、最大の障害がなくなればねぇ…」
「ど、どうなったんですか?」

 慌てて聞く小春に、中川は落ち着いた声で答える。
「辞めちゃってるでしょ。そういうこと」
「あ…」
「でも、あなたやあなたの教育係よりは全然マシな振り方だったわよ。あの子が勝手に居づらく感じて辞めただけ。安心しなさい」
「わたしは、小木曽を振ってなんか…」
「そうよね、気付きすらしなかったわよね。
 そして、このままでは亜子ちゃんも同じ運命」
「…誰と?」
「ノブ子ちゃんか、小木曽くんか、…あるいはあなたか」
「………」
「小木曽くんも小春ちゃんあきらめてから面白くないオトコノコになっちゃったわね。攻略不能キャラってカンジ?」
 中川は店舗の不振を嘆くような口調でそうつぶやいた。

 そうこうしているうちに、休憩時間も終わりに近づいた。
「ああ、休憩時間ももう終わりだね。あとひとつ、超重大機密情報を小春ちゃんにプレゼントします」
「何ですか?」
 すっかり落ち込んでいた小春であったが、何かしらいい情報が聞けるかと期待し、顔を少し輝かせた。

 残念ながらそれは朗報ではなく、警告だった。
 今までずっと冗談まじりに話していた中川は、その情報を伝える時だけ目を細め真顔になると、小春の耳元でささやくように言った。
「小木曽くんがあなたのことあきらめた理由のひとつなんだけど…
 あなたが北原さんのコトが好きってこと、小木曽くんにバレてるよ」



翌7/16(水)峰城大のカフェテリア


 小春は背負うギターが鉛でできているのではと感じるほど気が重かった。
 孝宏の事を亜子にどう言おうか、それだけでも気が重いのだ。
 加えて、自分でも忘れようと努力していた春希への慕情を、よりによって春希の婚約者の弟である孝宏に感づかれていたというのだ。
 冬馬かずさに会えることを差し引いても、もう旅行にも行きたくない気分であった。

 そんな気分でいつもの3人組とカフェテリアで合流したが、どうも3人の様子がおかしい。なんだかピリピリしている。
 思い当たるフシはありまくり。小春も内心オドオドしつつ席に着く。

 席につくや、早百合が怒りをかみ殺しているような口調で言った。
「小春…携帯電池切れでしょ」
「あ、ゴメン。こないだスマホにしてから電池切れ速くって…なんかあった?」
 そこで美穂子が庇うように口を挟む。
「あ、あのね。たぶん、みんながちょっとずつ悪いだけで、誰のせいでもないと思うの」
「そう。わたしも小木曽くんや小春に任せきりだったし…」
 亜子も申し訳なさそうにつぶやく。

「? …事情が飲み込めないんだけど?」
 小春が訳の分からないといった顔で事情を聞く。

 それに応えて、早百合がゆっくりと、一つ一つここまでの経緯を確認する。
「泊まりは冬馬かずささんと同じ、水沢さんの保養所でいいって伝えたよね」
「うん。雪菜さんと水沢さんに」
「部屋割りは4人一部屋、あとは適当にって、小木曽通じて伝えた」
「そうだけど…」
「そして、旅行目的は『バンドの合宿』って」
「うん」
「………」
 沈黙する一同に小春は不安になって尋ねる。
「なになに? 何かあったの?」

 美穂子が重い口を開く。
「あのね。冬馬かずささんが私たちの演奏『ぜひ聞きたい』って」
「へ?」
「去年の峰城祭で大好評だったって、雪菜さんから聞いたらしくって…」
「ええ〜っ!」

 確かに大ウケだった。…主に孝宏の女装が。

「でも、合宿と言っても楽器も持っていかないし…あ!」
 小春は気づいた。今まで一度も連れて行かなかった孝宏が『合宿』の実態を知るはずもない。きっと、ちゃんと練習するものだと思っていたのだろう。

 早百合はあきらめたように言った。
「もう、演奏用にミーティングルームおさえたって。断れない。練習しよ。野外ライブ用の1曲を合宿までに仕上げてこ」
「テ、テストとレポートは?」
「低空飛行で。
 幸い、わたしと小春以外今年は通年の授業しか取ってないし」
「小春、頑張ろ…」
 美穂子も小春を励ます。冬馬かずさの大ファンである彼女としては余興とはいえ手を抜きたくない。他のメンバーもさすがに練習していないのがまるわかりな演奏をするのはマズいと思っている。
 本当は合宿後の1週間足らずで集中して仕上げるはずだったのだが…

 早百合は孝宏にメールを打ち始めた。テストとレポートの合間で仕上げるには美穂子と孝宏がいないとキツい。
 とはいえ、小春がコピーしてきた孝宏の予定表を元に、早百合がどんなムチャな要求をしているかと思うと、罪悪感で胃が痛んだ。

「わ、わたしはギター頑張らないと…」
 一番下手なセカンドギターの亜子はギターのほうが問題だ。
「あ、亜子…」
「何?」

 小春は亜子に声をかけようとするが、かける言葉が見つからない。
 孝宏のことを何と言えばいいのだろう…

「大丈夫。小春。わたし、頑張る」
 意気込む亜子の姿に、小春は胸を痛めることしかできなかった。



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