1.5次会場近くのファミレス


 千晶は壊されて落ちていた携帯が孝弘の物であり、『雪菜の弟が何かトラブルに巻き込まれた』と悟るや、小春や武也らに連絡した。
 小春や武也らはただ事ではないと判断し、3次会を朋に任せて千晶の元に向かった。祝いの日に余計な心配かけまいと春希達にはまだ話していない。
 千晶と麻理の元へ、武也と依緒、そして小春が状況を把握するべく集まった。
 しかし、孝弘はおろか亜子や小百合まで連絡がつかないことがわかっただけだった。

 依緒は遠慮がちに麻理に言った。
「あの、風岡さん。
 夜も遅いですし、何かあったと決まった訳でもありませんし、お帰りになられても…」
「何を言う。私も第一発見者だ。新婦の弟さんとの面識はないが、私も心配であることには変わりはない。手伝わせてもらう」
 麻理がそう答えたのは、記者としてのプライドが事件の場から去ることを許さなかったのもあるだろう。

「一緒に帰ったかもしれない園田さんや清水さんには連絡は?」
 武也が小春に確認する。
「まだです…。電話つながらなくて。でも、美穂子には連絡取れて。帰りは別で、2時間くらい前に小木曽に電話したけど、すぐ切れたと言ってます…
 早百合もまだ帰っていないらしく、亜子の自宅は場所も番号も誰も知らなくて…」
 孝弘が亜子を自宅まで送ると言っていたことはわかっているが、早百合を含め1.5次会解散後の足取りは解ってない。最悪2人、いや3人とも何かに巻き込まれた可能性がある。

 麻理は来客同士のトラブルを疑った。
「1.5次会でトラブルとかは? 特に、男とか」
「早百合はよく男の人に声かけられてたけど、亜子は特に…雪菜さんの友達と喋ってたくらいで…」
 小春が答えたが、大した情報は得られなかった。

 小春は怖々口を開く。
「や、やっぱり警察に連絡した方がいいでしょうか?」
 皆顔を見合わせた。
 依緒は暗い口調で答える。
「それは最後の手段にしたいね…」
 警察沙汰になると春希や雪菜はもちろん来客の皆にまで事情聴取などが入りかねない。

「単に落として壊したとかならいいんだが…」
 麻理はそう言ったが、その可能性は薄いだろう。
 ねじり壊された携帯は明らかに誰かが、恐らくは男が故意に強い力を加えて壊した物だ。
 少なくとも孝弘はトラブルに巻き込まれた可能性が極めて高い。

 だが、解る範囲の情報では手詰まりだった。近所で聞き込みするか…しかし、この近辺はそれなりの繁華街。とてもこの人数で周りきれるものではない。
 皆が頭を悩ませていると、武也が重い口を開いた。
「…2人と話してた雪菜の友達、榎多なら、力になってくれるかもしれん」

 小春がキョトンとして聞き返す。
「え? どうしてですか? 亜子たちがどこに行くかもとか聞いてたりしてそうとかですか?」
 武也は心底嫌な顔をして答える。
「…それもあるかもしれんが、榎多はこの近所…この矢来の繁華街の事に詳しいんだ」

 麻理は少し考えつつ言った。
「土地カンのある人物なら頼もしいな。なんらかの事件がこの近辺で起こったと考えるのが妥当だからな」
 依緒もそれに追従する。
「向こうには夜遅く迷惑かもしれないけど、知り合いなら協力してもらいなさいよ」

「ああ…」
 武也は観念したように携帯を取り出し、アドレス帳から通話した。
「ああ。俺だ。すまないが、頼みごとがある…ああ、もちろんわかってる。頼みごとができる立場じゃない。しかし、非常事態なんだ…」

 その通話を聞いて依緒は凍りついた。
 武也がこんな口調で話すとは一体…?



すぐ近くのブティックホテル


「ええ。そこならすぐ近くね。10分待ちなさい」
 電話口でそう言いつつ、ミチコは手早く化粧を整える。
「うん。心当たりがあるって程ではないけど…まあ、そちらに行ってから話すわ」
 電話を切って、ミチコは再度鏡で服装等を確認する。
「よし…と」

 そして、傍らのベッドの中で目を覚ましつつある恋人に語りかけた。
「起こしちゃった? ゴメンね。急用が入っちゃって…ここ、泊まりにしておくから」
 そう言うと、携帯番号のメモを枕元に置いた。
「これ、わたしの番号。また連絡してね」

 寝ぼけ眼で肯く恋人を置いてミチコは部屋を出た。



再び1.5次会場近くのファミレス


「やれやれ。わたしを呼び出すなんてどういうつもり? 武也」
 現れるなり武也を呼び捨てにしたミチコに依緒は驚き、不信感を隠せなかった。
『武也。この女とどういう関係!?』
 そう、口をついて飛び出しかけた。

 その言葉が飛び出す前に小春が叫んだ。
「あっ!? 今メール来ました! …早百合です! 早百合は大丈夫みたいです!
 …亜子たちのことは知らないみたいですけど」
 千晶らがメールに群がる。メールには
『ねてた こはるごめん あことおぎそはしらない』
 とだけ書いてあった。小春が胸をなで下ろす。
「まあ、別行動だったみたいだな。となると、雪菜さんの弟とその彼女さんか…行方がわからないのは」
 麻理が心配そうにつぶやく。

 武也は真剣な顔でミチコに詳しい事情を話す。
「さっき言ったように1.5次会の後で雪菜の弟の孝弘君と園田亜子という子がいなくなった。それならまだしも、孝弘君の携帯がこんな状態で落ちているのが見つかった」
 ビニール袋の中の携帯をミチコはチラと見たが、視線をすぐ武也に戻した。

「確かにその2人とは話してたけど、2人とは帰りは別だったから。亜子ちゃんの方が酔ったから送るとは聞いたけど」
「心当たりは?」
「どこかイイトコロに二人で入ってるんじゃない? 二人の仲だし。ここらへん、そういう部屋には事欠かないし」
 いかにも興味なさそうなフリをしつつ言うミチコに武也は食い下がる。
「それなら全然いいんだ。笑い話で済む。
 だが、万一の事があればそうはいかない。
 せっかくのお祝いの日だ。わかるだろう?」
「まあ、警察沙汰あったりしたらそれはそれで最悪の思い出だよね。
 でも、どっちみち何かあったとしたら警察呼んだほうがいいんじゃない?」
 ミチコは明らかに気乗りしない様子だった。武也が真剣になればなるほど、はぐらかそうとしているのがありありと見て取れた。

『武也! こんな女相手にするのもうやめてわたし達だけで探しに…』
 依緒がそう思った時、ぼそりと千晶が小声でつぶやいた。
「あの女。武也に何か執着があるんだね」
 ハッとして依緒が千晶の方を向く。千晶が独り言のように続ける。
「気がないんなら最初からこんな夜中の呼び出しにのこのこやって来ないよ。しかも、気合い入れて化粧し直してまでさ」

 そうか。過去に何かあったのはすぐわかったが、今もこの女はまだ…
 夜遅く呼び出しているからこちらが頭を下げなければいけないのはわかるが、武也がいくら頭を下げても功を奏せずあの態度なのはそういうことか。
 ミチコの態度の理由をつかんだ依緒は、これ以上武也に頭を下げさせてられないと感じた。
 依緒は意を決して武也とミチコの間に割り込むとミチコの目を真っ直ぐ見て言った。
「今日の新郎の春希は武也の親友なんです」
「それで?」
「本当に、本当に大事な親友なんです。協力してください。お願いです」
 そう言うと依緒は深々とミチコに頭を下げた。
「お、おい…」
「ちょっとそこまですること…」
 武也とミチコは慌てて依緒を止める。

 ミチコはため息一つ吐き、依緒を起こしつつその耳元で小声で言った。
「はあ、妬けるね。その正妻力」
「な!? な、せ、正妻ぃ!?」
 依緒は飛び退くと真っ赤になって顔を覆ってしまった。
「?」
 聞こえていなかった武也や他の者が頭上に疑問符を浮かべる中、ミチコはあきらめたように言った。
「あー。まあ、わたしもせっちゃんの心配するとこなんて見たくないし…わかったわ。で、あたしに協力できることは何?」

 ミチコが協力してくれる姿勢になったのを見て、麻理が矢継ぎ早に質問した。
「1.5次会の時に何かなかったか? 2人と話していた時、変わった奴がいたり、どこか行くような話してたり…」
「亜子ちゃんが『孝弘君が就活漬けで冷たい』とかグチってたくらい。変な奴とかはいなかったけど…」
「そうか…あと、このあたりでカップルが巻き込まれるようなトラブルは考えられないか? タチの悪い連中がいるとか?」
「そういうのも最近は聞かないけど…あー。どうするかなー」
 ミチコは答えつつ、何か一つ可能性に思い当たったようだ。

「何か心当たりでもあるの?」
 千晶に突っこまれ、ミチコは聞き返した。
「じゃ、こちらから一つ確認。『園田亜子』ちゃんの『園田』って…」



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