「それじゃ、今日はどうもありがとうございました。おやすみなさい、飯塚先輩」
「ああ、おやすみ小春ちゃん。改めて、これからもよろしくね〜♪」

武也に自宅前までタクシーで送り届けて貰った小春が降車する。
結局、今日の飲み代もタクシー代も武也が負担した。小春は頑なに割り勘を主張したが

「男が女のコ誘ったんだから当然だろ? 少しでも俺に悪いって思ってくれてんなら
 また付き合ってくれりゃそれでいいからさ」

と、武也が譲らなかった。……こうして2回目のデートを取り付けるのが武也の
手口なのだろうか、と小春は思ったが今後武也とは協力していく必要がある。渋々、

「では、今回はお言葉に甘えます。ありがとうございました。
 でも次があったら、もう奢りはナシでお願いします。じゃないと、もう2人ではお会いしませんからね」

と、牽制球を投げるだけで我慢した。



「……ふぅっ。ちょっと飲みすぎちゃった、かな……」

自宅に入り、両親に帰りが遅くなったことを詫びてから自室に戻った小春は
飲みすぎたことと、そして喋りすぎたことを少しだけ後悔していた。

 結局、飯塚先輩にも言っちゃったなぁ……。
 これ、私が私自身の外堀埋めてるんだよね。
 好き「だった」って過去形で誰かに話すことで。無理矢理昇華させようと……。

 いや、違う。私の恋は実際に過去形だ。
 2年前の小木曽家のリビングを、峰城大のバレンタインコンサートを思い出すんだ。
 あの時、終わったの……終わった、はず……。

 終わって……。



「ぅ……っぇ……う、うぅ……っ」

小春は、人前では決して見せない姿を自室でだけ晒していた。



その頃、武也はタクシーの車内で今夜のことを思い返していた。

「小春希、か……ホント、どこまでも相手の事情に介入してくるのな。
 ……おい春希、お前は雪菜ちゃんだけじゃなく、小春ちゃんも傷つけてるぞ。
 その小春ちゃんが、お前らのためにどんだけ頑張ってるか知ってるか?
 今の間違ったお前より、小春希の方がよっぽど……ん?」

その時、武也の携帯に一件のメールが届いた。

「なんだってまぁ、こんなタイミングで……久々だな、依緒」

メールの送信者は依緒だった。

2月のあの日、居酒屋で朋と共に春希を糾弾していた依緒は、武也に制止された。
「春希とあたし……どっちの味方なんだよ!?」と声を荒げた依緒に、武也は
「決まってんだろそんなの……春希だよ」と、冷徹なまでの声色で返答し、
あろうことか春希を庇い、依緒との間に大きな亀裂を生じさせた。
その後、春希を説得できなかった武也は依緒にただ一言「すまん、ダメだった」
とだけ打ったメールを送った。返信は、なかった。

その時以来の依緒からの、メール。
が、そのメールを開いた武也は思いっきり顔が引き攣った。

【春希がいなくなったら代わりに小春希かい? お前節操なさすぎ】

そんなとても短い、だが武也の心に深く突き刺さる言葉だけが並べられていた。

「ちっ……どこで見てやがったんだ……」

【俺が節操ないのは今に始まったことじゃない、それはお前が一番よく判ってんだろ。
 というか久々の連絡がそれだけか? 言いたいことはそれだけなのか?】

武也はそこまで返事を打って、指を止めた。先ほどのバーでの小春の言葉が思い出される。

「仲直り、しといてくださいね」

ふぅ、と深いため息を吐いてから武也は今打った文面をすべて消し、一から打ち直した。

【小春ちゃんは、雪菜ちゃんのことを真剣に心配してくれてる。
 もしかしたら、俺やお前よりもあの3人のことを理解しようとしてるかもしれない。
 俺が言えた義理じゃないのは判ってる。が、依緒。一度会って話しないか?
 俺は明日ならいつでも空いてる】

そうして、今度は送信ボタンを押した。



「あのコが、雪菜を心配……?」

武也からのメールを受けた依緒は、不可解だと言わんばかりの表情だった。

2年前。依緒はなんとなく、小春が春希に対して特別な想いを抱いていたことに気付いていた。
クリスマスイブのお膳立て。ただのバイト先の先輩と後輩の間柄のはずが、あそこまで周囲をも
巻き込んで、春希と雪菜の仲を後押ししたあの現場監督が、本当はどんな気持ちで行動していたのか。

だからこそ不可解だった。小春が春希の味方をするのなら判る。
だが武也から送られてきたメールが真実なら。何故小春が雪菜を心配するのか判らない。
小春と雪菜の間には、ほとんど交流はなかったはずなのに。

体育会系らしい、さばさばした性格の依緒は武也の誘いに乗ることにした。
判らないものを判らないまま抱えていたくない。
……武也と仲直りする機会かもしれない、と考えたかどうかは依緒のみぞ知る。

【明日10時、南末次駅前のカフェ】

それだけ書いてメールを送った。



翌日、指定された場所へ10分前に到着した武也は、一人コーヒーを啜っていた。
5分もしないうちに、依緒が現れ対面の席に座る。

「……よぉ、久々だな」
「ああ、そうだね」
「……」
「……」

挨拶も素っ気無く、いきなり沈黙が二人を包む。
あれから2ヶ月ぶりの邂逅は、それよりももっと長い時間一緒にいたはずの2人は。
どこか居心地の悪さを感じていた。

このままじゃ埒があかない、と二人とも思ってはいたが、例の件以来の再会に
どう切り出せばいいか判らなかった。しかしこの重苦しい空気に耐え切れず、先に口を開いたのは

「「あのさ」」

結局、2人同時だった。それがほんの少し、2人の間の緊張を和らげた。

「……ったく。お前とは気が合うんだかなんだか。先に言えよ、レディファーストだ」
「じゃあそうさせてもらう。……昨夜、御宿でタクシーに乗るところを見た」
「ああ、その時かよ……言うまでも無いだろうが、俺と小春希に男女の間柄は無いぞ」
「そりゃ……判ってる、よ」
「そこで溜めんじゃねぇっての」
「しょ、しょうがないだろ。あんな時間に、お前が女と2人きりでタクシー乗って……」
「信用されてねーな俺。……まぁ、自業自得か」
「それよりも。あのコが雪菜を心配してるってのは本当なのか?」
「ああ、本当だ」
「春希の味方じゃ、ないのか」
「そうだな……」

 ――北原先輩に、恋をしていました

「本人は、今の自分の知る情報で判断するなら雪菜ちゃんの味方だ、って言ってた」
「今の……?」
「あの3人の間で何があったのか。どうして春希は間違った道を選んだのか。
 きちんと事情を把握しないと、誰の味方をすべきか判らない、とさ」

 ――今のこの結末は絶対に許せません。許しちゃいけないんです!

「小春ちゃんは2年前、春希に寄り添う雪菜ちゃんを見て、報われたって思ったんだとさ。
 だからこそ、今のこの現実は受け入れられない……ということらしい」

武也の頭の中で、昨夜の小春の心からの叫びが木霊する。

「ふぅん……でもあのコがいくら小春希だからって、お節介も限度があるんじゃない?」
「それは俺も思ったさ。けど小春ちゃん、俺と会う前に既に孝宏と話つけてるらしい」
「はぁ? ……呆れた、元クラスメイトだからって踏み込みすぎじゃん」
「だからこそ小春希なんだがな。……今じゃ本家よりよっぽど春希らしいかも、な」

武也の、春希と小春を比較しての言葉に、依緒は思わず呟いた。

「春希の過ちを正せるのは、春希だけ……か」
「依緒?」
「いや、流石にちょっと今のはナシ。あのコは……小春希は、春希じゃないよ」
「そりゃそうだ。だが、俺も昨夜小春希とずっと話してたが……少なくとも俺よりも
 あの3人のことを客観的に見ようとしてる。雪菜ちゃんの味方とか春希の味方とか
 そんな小さいレベルじゃなくてな……『3人の世界の味方』なんじゃないかって思えてくる。
 いや、流石にそれは言いすぎだな。『春希と雪菜ちゃんの味方』と言ったほうが正しいか」
「2年前からブレない、ね」
「ああ、あんな真っ直ぐなコ、そうそういねーよ」

武也と依緒は、もう10年以上の付き合いになる。
2人の間に、友情以外の感情が燻ってるのは周囲の誰もが気付いている。
それはお互いに色々とありすぎて、もう当人同士ではどうしようも無いところまで来ていた。
どちらか片方でも、小春のような真っ直ぐさがあれば……と、この時考えたのは武也だったのか、依緒だったのか。

「ねぇ、武也」
「あん?」
「あたし、小春希と……杉浦さんと、話したいな」
「そうだな。少なくとも協力関係築いといて損はねぇと思うし」

だが、依緒はそんな武也を睨み付けるような視線を投げた。

「あたしはまだ協力するとは言ってない」
「は? お前、この期に及んで何を……」
「あのコのお節介が、雪菜に必要かどうか見極める。協力するかどうかはそれからだ」
「依緒、お前……」
「武也。あたしはお前をまだ心から許せたわけじゃない」
「っ……」
「あの時、春希の味方をしたお前を許せたわけじゃない」
「あれはお前らが春希を一方的に追い込むことしかしなかったからだろうが」
「そうだね。あれから時間が経った今なら、判る。あたしと朋のやったことは
 少なくとも春希への『説得』じゃなかった。そこに多少の後悔の念はある」
「それなら……」
「でもな、武也。理性ではそう思ってても、感情はどうしようもないんだ。
 あの時の春希を許せない気持ちも。そんな春希を庇ったお前を許せない気持ちも、まだ確かにあるんだよ」
「……」

武也はそれ以上、言葉を返せなかった。あの時のように、感情に身を任せた依緒ではなく
冷静にあの時のことを省みた依緒に、それでも許せないとはっきり言われたのだから。

「だから、まず杉浦さんと話をさせてくれ。あのコの気持ちを、確かめさせてくれ」
「……お前の気持ちはよく判った。で、俺にその場をセッティングしろってか?」
「ああ、頼む」

「やれやれ、俺たちはどうやっても、当人同士だけじゃ解決できない運命なのかねぇ……」

武也はぼそりと呟くと、携帯を取り出しアドレス帳から昨夜交換した小春の連絡先を開いた。

第14話 了

第13話 小さな世界(後編) / 第15話 武也の嘘
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このページへのコメント

奈々氏様
お読みいただきありがとうございます。そして

>原作ゲームの肉付けそのまま

このお言葉、本当に嬉しいです。ありがとうございます。
極力原作からキャラ崩壊させず、WA2プレイヤーの皆さんが違和感を覚えないよう気をつけてるつもりなので
そう言って頂けると嬉しいです。

と申し上げた側からお恥ずかしい限りですが、当SSの小春については
仰るとおり、無謬すぎるかもとは自覚しています。
ただ、「間違わない子」ではありませんので今の時点での小春が本当に正解かどうかはまだ判りません。

これからもご期待に沿えるよう、頑張ります。

0
Posted by ID:pU7TGRxo+Q 2014年11月07日(金) 21:55:40 返信

ここまで一気読みさせていただきました。各キャラの心情や行動、原作ゲームの肉付けそのままという感じで説得力ありますね。

> ……おい春希、お前は雪菜ちゃんだけじゃなく、小春ちゃんも傷つけてるぞ。
> その小春ちゃんが、お前らのためにどんだけ頑張ってるか知ってるか?
> 今の間違ったお前より、小春希の方がよっぽど……ん?」
ここなんて自分達の事を棚上げして春希を批評する武也っぽいなぁ、とニヤニヤしました。
小春はちょっと推測の正確さとかが無謬過ぎる気がしますがそうでないと話が進まないというのもあるのかな?

とにかくこれからも期待しています。

0
Posted by 奈々氏 2014年11月07日(金) 10:58:54 返信

いつもコメントありがとうございます!

tune様
いやいや、答えを見せるだなんてそんな大層な事は私の技量では出来ませんorz
ただ物語上、武也と依緒の関係に触れないわけにもいかないのでなんとかしてみます。
そして依緒と小春のタイマンは私もそう思いましたので回避しました。

shinken様
取り敢えず現時点で言えるのは、「寄りが戻ったら〜」はありませんのでご安心を(というのもヘンかもですがw)

0
Posted by ID:pU7TGRxo+Q 2014年11月05日(水) 19:19:41 返信

うーん小春希はどうあっても春希と雪菜が寄りを戻してほしいのかな?自分の為も無意識に入ってて
まぁそれで万が一寄りが戻ったら春希が一体何がしたいのか?って話になるんだけどw

0
Posted by shinken 2014年11月04日(火) 23:14:16 返信

かずさTedのラスト雪菜の傍にイオタケは揃っているけれど仲直りしたのかそれとも雪菜の前では一時休戦ということにしたのかは明確にはされていないので、このssが一つ答えを見せてくれる事を期待しています。依緒と小春が一対一で話合ったら先に感情的になってしまうのは依緒の方かなと思います。

0
Posted by tune 2014年11月04日(火) 21:11:56 返信

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