6月になった。あれから大学、開桜社、グッディーズと忙しい日々を送っていた小春は
依緒に自分の決意を伝える間も、雪菜と出会う間も取れずにいた。

ゴールデンウィーク中には積極的に開桜社でのバイトに勤しみ、グッディーズで
忙しなく動き回り。それを境に、グッディーズでのシフトは減らしていった。
が、今度は依緒の都合がなかなかつかず、仲介役の武也もため息が増える一方だった。

しかしその反面、開桜社内での小春の評価はどんどん上がり、グッディーズ内では
佐藤が情けない声を上げる頻度がどんどん上がっていた。

そんな中、小春は依緒にも雪菜にも会えていない現状が不満だった。
一度自分が決めた道なのに、思うように進めないことにもどかしさを感じながら
今日も開桜社でバイトとは思えない仕事量をこなしていく。

「おーい杉浦、頼んどいた集計できてるかー?」
「はい、共有フォルダの中に入れてあります。一応、項目別に再集計できるよう
 マクロ組んであります……けど似たようなファイルありましたよ?
 折角先達が作ったものがあるなら、これをもっと活用すれば良かったと思いますが」
「あー……いや、ちょっと俺こういうの苦手で……」
「杉浦さん、悪いんだけどこの原稿の校正しといてくれないかな。できれば今日中に」
「判りました、でも今日中ならもっと早く言っていただけると助かります」
「ぐ……すまん、次から気をつける……」
「ね〜ね〜小春っち〜。都内ラーメン屋ランキングシリーズが今度、塩ラーメン編に……」
「ネットのレビュー拾いでいいんでしたっけ? ……こういうのって自分の足と舌で
 取材するのが本当なんじゃないんですか?」
「あは、は……なんて正論……」

バイトの身でありながら常に一言加えなければ気が済まないのは、
そんな現状に対するストレスの捌け口なのか、小春の元々の性分なのか。
……はたまた、その両方か。

そんな折、浜田の机の内線が鳴った。

「はい、浜田です。ああ、どうもお疲れ様です。え? はい。
 あーっと、判りました。バイトでも良ければ」

受話器を置いた浜田が、小春と鈴木に声をかけた。

「杉浦、すまん。アンサンブルの編集長が応接室で接客中らしいんだが
 あっちの編集部、今ちょっと立て込んでて手が足りないらしい。
 悪いんだが、茶出してやってくれないか。あと鈴木、杉浦はお茶汲み
 経験なかったと思うからついてやってくれ」
「はいは〜い、そういや初日はお茶汲みやんなかったし次の日からは
 雑用よりこっちメインだったもんね〜。じゃ給湯室いこっか小春っち」
「判りました」
「んで鈴木、もうひとつ。どうやら客は例のあの人らしいんだ。
 というわけでコーヒー1つは特製スペシャルで」
「あらま、そりゃ大物ですね〜。了解」
「?」

小春は今のやり取りが理解できないまま、鈴木と給湯室に向かった。

「コーヒーやお茶はこの戸棚に入ってるからね。んで砂糖とかガムシロとかはここ」
「あの、鈴木さん。このコーヒー薄すぎません? というか、砂糖5杯は入れすぎじゃ……」
「あー、いいのいいの。あの人はこれじゃないとダメなのよ」
「いったいどんな人なんですか……ああ、身体に悪そう……」
「んー、たぶん小春っちも知ってる人だと思うよ? 一応、世界的に超有名人だし。顔見たことあるかは判らないけど」
「そんな人への応対、バイトの私なんかがやっていいんでしょうか」
「ああ、うん。気さくな人だし気にしないと思うよ〜」

そういう問題なのだろうか、と内心では思ったがここは鈴木に従うしかない。
お盆にコーヒーカップを2つ載せ――中身はまったく別物だが――鈴木に
「じゃ、後は頑張っていってらっしゃ〜い」と背中を押された小春は、応接室の扉をノックする。

「はい、どうぞ」
「失礼いたします。コーヒーをお持ちいたしました」
「あら、ありがとう」

小春は丁寧に、コーヒーカップをアンサンブル編集長と客人――女性だった――の前に置く。
……中身を間違えないよう、細心の注意を払って。

「? あら、あなた……」

客人が小春を見て、声を掛ける。小春は不思議そうな顔をして客人を見つめ返した。
同性から見ても美人と言えるだろうその人は、初対面にしては突拍子もないことを言い出した。

「ねぇ、あなた。ちょっとポニーテール解いてくれない?」
「はい?」

小春は内心、軽く苛立ちを覚えた。もちろん、相手は客なのだからそんな態度を表に出すことは
なかったが……目の前のこの女性は、なんと不躾なんだろう、と。
これで相手が知己の人間であれば、確実に説教コースだったろう。

「あー、すまん。この人、こういう人なんだ。すまんが頼みを聞いてやってくれんかな」

所属違いのはずの編集長は、そんな客の態度を咎めるどころか後押しをしてくる。
小春もここで断る方がデメリットが大きいと思ったのか

「……判りました。でもいったいどういった意図なんでしょうか」

と問いながら、客の言葉に従い髪を下ろした。

「ああ〜、やっぱり! 小さいころの娘によく似てるわ〜」

既に二十歳を超えた小春にとって「小さいころの」と言われるのは非常に心外であり
第一印象と合わせて、目の前の女性に対して全くいい感情を抱かなかった。
が、そんな小春の胸の内は編集長の一言で見事に吹っ飛んだ。

「へぇ、言われて見れば……冬馬曜子の娘似かも。ってつまり、かずさちゃん並に美人ってことじゃないか」
「!?」
「そうねぇ、でもかずさの方が大人っぽいかしら? なんて、親バカもいいとこよね」

そう言って、けらけらと楽しそうに笑う客人。

思いがけないところで思いがけない名前を聞かされた上に……そして似ているという点に
少しだけ自覚があった小春は、それでも思いがけない遭逢に目を丸くするしかなかった。

 目の前の女性が、冬馬曜子であること。冬馬先輩の、母親であること。
 この人は、北原先輩の件と関わりがあるのだろうか、と。
 いや、無いはずがない。だって、北原先輩が、飯塚先輩にだけ伝えた事実がある。

思考がぐるぐると回る。
相手はバイト先の会社の、別の編集部の、客人で。
部署が違うとは言え、丁重に持て成さなければいけなくて。そして武也から病気の事を聞いていて。
でも件の関係者で。自分の知らないことを知ってるかもしれなくて。
そして最後に、小春は、やっぱり真っ直ぐで。客人――冬馬曜子――に向かって言わずにいられなかった。



「どうして……どうして北原先輩と冬馬先輩を止めてくれなかったんですか!!」

第18話 了

第17話 小春の凋落、そして再起 / 第19話 母親だからこそ(前編)
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Posted by m2fp3ba381 2018年08月28日(火) 17:59:10 返信

いつもコメント本当にありがとうございます。

tune様
あの部分はそうですね、原作のあのシーンを春希でなく小春がやったらどうなるか、をイメージして書きました。人によってはパクリにしか見えないかもしれませんし否定できませんがw;
そして、こちらが意図しつつも書ききれなかった心情描写の説明、ありがとうございます。まったくもって仰るとおりです。

shinken様
そうですね、初対面でこんなこと怒鳴られたら普通引きますよねw
そこは曜子さんの度量で何とかしてもらうことにしました。

N様
お褒めいただきありがとうございます。
前々から「小春が髪を下ろしたら」とずっと思っていたのですが、最近ノベライズ4巻を読了して「これは書くしかない!」とずっと思っておりました。
タイミングは迷いましたが…雪菜と会うときか春希と会うときか、で結局母に認定してもらうことにしました。

0
Posted by ID:pU7TGRxo+Q 2014年11月11日(火) 20:11:53 返信

まさか雪菜と会う前に曜子さんと会うとは。髪を下ろした小春がかずさに似ているという設定をここで持ってくるのはうまいですね。

しかしまあ曜子さんを通じればウィーンにいるかずさと春希にメールでコンタクトを取ることはできるんですが、そう容易くはいかないんでしょうね。小春は悪手を打ってしまったのかな。

0
Posted by N 2014年11月10日(月) 21:58:05 返信

うわぁ・・・流石は小春希、曜子さんにとっては完全に赤の他人で第3者から見れば下手すれば危ない人認定される行為だよ此れ
春希がかずさにベタ惚れしているが故の行動、ホテルで警察呼ばれる覚悟で強引に外に連れ出した春希を思い出した。
もう小春希は猪突猛進、完全に恋する乙女って感じだなwww

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Posted by shinken 2014年11月10日(月) 21:28:44 返信

開桜社編集部での小春と鈴木達のやり取りは先代へのリスペクトといったところでしょうか?一言付け加えるところは先代より厳しいですね(笑)。最後の小春の台詞は平常時なら出ない台詞でしょう。依緒や雪菜に会うことが出来ずちょっと苛立っているところにお客様とはいえちょっとばかり弄られ、あろうことかその人物が今現在の小春が最も知りたい人達の母親となれば仕方が無いのかもしれませんね。しかしながら事情を全く知らない第三者のいる場所で言ってしまった事は迂闊でしょう。次回は小春vs曜子でしょうか?楽しみにしています。小春が曜子さんに軽くいなされてしまうかな?

0
Posted by tune 2014年11月10日(月) 21:10:35 返信

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