「ええと…どこからお話したら良いか…」

4人は場所を移して、御宿のショットバーで本日2度目の乾杯を交わした。
小春を含め、全員の視線は先ほど降って湧いた、例の花束に集まっている。
ただ、4人の中で雪菜はそれほど驚いた表情を見せていないようだ。

「ほんとに…世界の冬馬曜子さんとお友達なんだね…」

と、小春にではなく自分自身に言い聞かせるよう、ぼそりと呟いた。

「開桜社でバイト始めたって時点で冬馬曜子と接触する可能性は俺も考えてたが…
 まさか誕生日祝いに花贈られる仲になってるとは聞いてなかったぞ、小春ちゃん?」

武也は以前、この店で小春と2人で飲んでいた時に曜子の冒されている病について
話をしたことを思い出しながら、依緒の様子を窺いながら話した。
そして、その依緒はというと――

「……」

無言で小春をじっと見つめている。その視線は言外に『説明しろ』との意思が
ありありと表れていた。
そもそもこの二次会の場が、依緒と武也の間にある蟠りについて解決しよう、という
場だったはずであることを置いてけぼりにしているようだったが。

小春もそれが判っていながら、生来の気質か、目の前の課題を片付ける事を選んだ
――わざわざ、本題を棚に上げないよう釘を刺しながら。

「すみません、私もこれには驚いてて……ちょっと頭の中を整理させて下さい。
 それはそうと、次は水沢先輩と飯塚先輩の話ですからね?」
「判ってる。でもなんで杉浦さんが、『冬馬かずさの母親なんか』から祝われる?」
「依緒、そういう言い方は……」
「まずは杉浦さんの説明。あたしへの糾弾は後にしてくれ」
「……」

決して怒りという感情を表に出しているわけではないが、依緒の言葉に
どこか冷たさを感じた武也は、それ以上何も言わなかった。
その様子をちょっとだけ悲しい視線で見ている雪菜と、それに小春。

「まず、先ほど飯塚先輩が仰ったように、私は開桜社でバイトを始めました。
 目的は…言わずとも皆さん既にご承知のとおりです。
 そこで、幸か不幸か。冬馬曜子さん本人と面識も出来ました。
 雪菜さんには先日お話しましたが、時々電話やメールをするくらいの仲で
 可愛がって貰ってる……と、思っています」
「へぇ、だいぶお近づきになってるじゃないか。『取材対象』に取り入るなんて
 まだ学生なのに仕事のできることで」
「……社会人になると、誰もが皮肉めいた話し方をされるんでしょうか。
 私、そういうの正直言って好きじゃないです」
「これが皮肉ってすぐに見破るからには、そういう会話をする素養はあるんじゃない?」
「曜子さんには――まぁ、いろいろありまして。私のことを気に入ってくれたと」
「で、今日のお祝いも嬉々として喋っちゃったわけ?」

そこで小春は、ふと考える。

 あれ、そういえば曜子さんはなんで今日、この時間、あの店で…なんて知ってたんだろう。
 そもそも曜子さんには今日の集まりのこと、話してないはずなのに……。

小さくかぶりを振って、小春は続ける。

「いえ、曜子さんには今日のこと、お話してないはずです」
「じゃぁなんでそんな花束を? しかも従業員さん? まで使って」
「それは……正直、わかりません。曜子さん時々、私の持ち物に盗聴器でも
 仕掛けてるんじゃないかって思うくらい勘が良い時ありますけど……」
「あ、あはは……さすがに、カンで小春さんの居場所や花束の手配はできないよ、ね?」

雪菜が苦笑いしながら、小春に助け舟を出す。

「ふーん……まぁ、嘘は言ってなさそうだね」
「はい、ここで皆さんに嘘をつくメリットはありません」
「世界の冬馬曜子ってくらいだし、妙な情報源でもあるのかもしれないね。
 じゃぁそれは置いといて……」

ぐいっとグラスを煽ってから、

「潜入捜査……とは言い方悪いかもしれないけど。ここまでの成果は
 あたしたちにも情報共有してくれるんだよね?」

と、依緒は追求の手を緩めるどころか更に厳しくなった。
しかし小春は毅然と

「いえ、曜子さんに関して今日は皆さんにお伝えできることは特にありません」

きっぱり言い切った。

「そもそも。確かに私は、北原先輩と冬馬先輩のことを知るためという理由もあって
 開桜社で働くことを選びました。ですが、純粋に自分の将来のことを考えての
 こともあります。卒業後は出版系、狙ってるんですよ。
 ――つまり、守秘義務は冒せないし冒すつもりもありません」

曜子のことを、依緒に『取材対象』と言われたことに対し、小春は敢えて皮肉っぽく返した。

「っ……」
「……ぷっ」
「あはは、これは小春さんが一本、だね」

憮然とする依緒に、武也と雪菜は思わず笑みをこぼす。

「すみません、水沢先輩。勿論、皆さんにお話しなければならないと思うようなことがあれば、
 その時は、聞いて下さい。勝手なお願いかもしれませんけど……」
「雪菜は……」

小春の言葉を遮るように、依緒は切り出した。

「雪菜はさ、それでいいの? ――本当に、それで、前を向けるの?」
「……」
「杉浦さんがいろいろ動いてくれて、それはあたしだって有難いと思ってる。
 現にこうやって、雪菜とまた酒を飲みながら昔のように楽しい時間を過ごせてる。
 ……けれど、ここが終着点じゃないよな? これから先、雪菜はさ――」

どこか悲壮感をも滲み出した、そんな依緒の心の叫びに対し雪菜は、

「ありがとう、依緒。それに改めて、武也くん、小春さん。
 本当に、いろいろ……あったね。そして、いろいろ、考えた。
 わたしは、やっぱり3人でいたい……春希くんと、かずさと。みんなと――
 みんなで、いたいの。もちろん、依緒や、武也くんや、小春さんも。
 ……わたし、わがままなんだ。知ってるでしょ?」

はっきりとそう言って、特上の笑みを咲かせた。

第37話 了

第36話 混迷の花束 // 第38話 前へ、前へ
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このページへのコメント

ついに曜子と小春の関係がみんなにも明かされましたね

続きが楽しみです

1
Posted by 名無し(ID:L9xPvfKaBw) 2018年12月29日(土) 14:09:32 返信

今回も楽しく拝見しました。ありがとうございます!

3
Posted by 名無し(ID:jIhDdrfvLQ) 2018年12月26日(水) 01:40:48 返信

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