「で? 俺に用ってまた急にどうした……ってか杉浦。お前昨夜徹夜でもしたのか?」

小春と対面に座る中性的な外見の男性――小木曽孝宏――は
小春の表情が優れないことにすぐ気がついた。
元来、化粧っ気の薄い小春の目の下には、あからさまにクマが出来ていた。

峰城大のカフェテラス。亜子が指定したのは人目も多く、また知人も何処にいても
おかしくないという環境だった。小春が孝宏と2人で話がしたいと言い出した時、
亜子はなんとなく小春がしようとする話題を察した。
そして、そのことに触れられた孝宏が怒るかもしれないという事も。
最悪、小春と言い争いになる可能性も考え、この場所に決めたのだ。
だが、同じテーブルにどころか、カフェテラスの中に亜子はいなかった。
それは小春と孝宏、両者への信頼の証でもあった。

「うん、ちょっと色々考えてたら朝になっちゃってて……ふわぁ〜ぁ」

思わず噛み殺せないほどの大欠伸をしてしまう小春。
そんな無防備な姿を、複雑な想いで見つめる孝宏。

「あ、やべ……ふわぁぁぁ……ちぇっ、伝染っちまった」

いつもどおりの孝宏を見て、ふふっと微笑む小春。
だが同時に、小春も複雑な気持ちを抱く。

……これからする話で、小木曽は機嫌を悪くするかもしれない。
もしかしたら、今みたいに友達として。親友の彼氏として
笑い合えなくなるかもしれない。

それでも、小春はどうしても孝宏と会って話をしたかった。
それが昨晩、寝ずに悩みぬいた結論の第一歩だった。

テーブルに置かれたコーヒーを一口啜ってから、小春は切り出した。

「ねぇ、小木曽。単刀直入に聞くけど……小木曽先輩、今どうしてるの?」
「……」

同じようにコーヒーカップを口元へ運ぼうとしていた孝宏の動きが止まる。

「その……ごめん。知ってるかもしれないけど。回りくどいやり方は苦手なんだ、私。
 亜子から、聞いたんだ……だいたいの、ことは」
「そっか……そうだよなぁ、亜子に喋っちゃったら当然、お前らにも伝わるよな」
「あ、でも亜子のこと怒らないでやってね? 亜子は亜子なりに……多分、美穂子のために
 話してくれたんだと思うから」
「矢田のため、か。そういや矢田って好きだったらしいもんな。……あの最低野郎が」
「……っ」

孝宏の表情から、色が無くなった。小春はそう感じた。
それでも、声色からはまだ怒りを感じられなかった。

「別に亜子を責める気はねーよ。それならそもそも亜子に喋った俺が悪いことになる」
「ありがとう、小木曽。……それで、本題なんだけど」
「姉ちゃんの事なんて気に掛けてどうしようってんだ? 杉浦、お前まさかウチの
 姉ちゃんにまでお節介焼こうなんて思ってるのか?」

孝宏は、小春の性格をよく知っていた。
面倒ごとがあれば首を突っ込み、誰かのために一生懸命になれる。
お節介と言えばそれまでだが、小春は第一に相手のことを親身になって
考えて、動いてくれる。そんなところに、孝宏は憧れにも似た感情を抱いていた。

けれども、今回の件に関しては。

「杉浦、お前の親切は俺もよ〜く判ってる。判ってるんだけど、
 今の姉ちゃんは、そっとしておいてくれないか」

そう答えるしかなかった。
だが小春はまるで想定の範囲内だとでも言うように

「そっか。やっぱり、そういう状態なんだ」

と、目を伏せて呟いた。

小春が孝宏と会おうと決めた理由の一つが、この「雪菜の現状確認」である。
昨晩、一人で悩み考え続けた小春は、いくつかの仮定を頭に思い描いていた。
亜子からは、「北原先輩が小木曽先輩を捨てて別の女性と海外へ行ってしまった」
としか聞いていなかったから、後の部分は小春の想像で補完するしかなかった。

だが、亜子とは得ていた情報量が違う小春にとって、その補完は大した作業ではなかった。
相手が冬馬かずさだと半ば確信した上で考えられることは、そう多くなかったのだ。
そして、その補完の大前提は「春希とかずさの再会によって2人の恋愛感情が再燃した」
という、小春にとっては心情的に受け入れたくない、しかし間違いないだろうなという内容だった。

もし、雪菜も納得した上で2人が海外へと飛んだのであれば、小春の出番はもう無い。
それに口を出す権利も、立場も。今の小春には無いのは自覚していた。
だが、もしそうでなく。今まであった世界から目を背け、海外へ「逃げた」のであれば……。
今の雪菜の状態が判れば、この答えは自ずと出る。小春はそう考えたのだ。

仮に前者だとすれば。きっと家族に余計な心配をかけまいと気丈に振舞っているだろう。
雪菜と直接親交があったわけではない小春ですら、それは容易に想像できた。
何故なら、「空白の三年間」のことを小春は知っていたから。春希と付き合い続けていると
小木曽家の面々は――母の秋菜だけは薄々異変に感づいていたようだが――信じていた、
けれど現実はそうではなかった期間があったことを、小春は春希から聞いていた。

だから、今の孝宏の反応で小春は察してしまった。
……自分が考えていた中でも最悪の展開の方が現実らしい、と。

第5話 了

第4話 傍観者の懊悩 / 第6話 歩き出す傍観者(中編)
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