「北原君北原君、アンサンブル2月号の売り上げ聞いた?」
鈴木さんの弾んだ声が深夜の編集部に響き渡る。

「はあ、結構出たとは聞きましたけど」
話の流れの行き着く先を警戒しつつ慎重に答える。ついでにいつでも逃げられるように帰り支度もしておく。
「結構どころじゃないよ、久々のヒットだよ! これはあれだよ、グラフの仕事じゃないから編集長賞は出ないけど、アンサンブルの編集長にすっごく高いご飯奢って貰えるよきっと」
それは鈴木さんの願望なんじゃないだろうか。という言葉は飲み込んでおく。

「それにしてもやっぱりこの記事の掘り下げ方は凄いよ。冬馬かずさのミステリアスなキャラクター、記事を全部読めばそのアンバランスなところまでマルっと伝わって来るじゃない」
「はあ、どうもありがとうございます。恐縮です」
まるっと全部は伝えてないな、流石に。心の中で密かに答える。例えば母親共々コーヒーには砂糖5杯入れて飲む超甘党だったり、自分の想いを数ヶ月隠し通せてしまうくらいの超演技派の頑固者だったりする事なんかは…。

「しかしこの掘り下げ方、本当にただの同級生ってだけで書けるもんかなぁ? お姉さん疑っちゃうなぁ。いつも一人だったって記事でも書いてあるのに」
やはりこういう流れになるのか。冷静に対処しなければならない。

「何と言われても同級生だから、としか。それに学園祭のバンドに参加してからは少しは交友関係を広げたとも記事に書いてあるじゃないですか」
「そこの辺りが妙にドライに書かれているのがまた怪しいんだよねぇ。それまでこのコの事を贔屓して熱く書いてたのにこう、そこだけ第三者視点っていうかさぁ?」
今日の鈴木さんの追及は厳しい。

「同じクラスに居た人間ならこのくらいの事は分かりますって」
それは全部嘘というわけじゃない。アウトライン程度だが、なるべく冬馬かずさの良いイメージをクラスに伝えようと喧伝していた人間が居たからだ。

「はあ、良いよなぁ。同級生が有名人って最高のコネクションじゃんか。誰か俺の同級生も有名にならないかねぇ? それで俺も編集長に飯奢って貰いたい」
松岡さんが気楽に話に乗って来る。色々問題発言だが今は正直助かる。これで恐らく標的は俺から移るに違いない…。

「お前肝心な過程をふっ飛ばしてるだろ。ちゃんとコネを料理出来る取材力と編集力が備わってなきゃ駄目なんだよ松岡」
案の定、木崎さんからの厳しい突っ込み。

「俺だってやる時はやりますよ! 見てて下さい。同級生が有名になった暁には凄い記事書いて見せますって!」
「松っちゃんその前提条件はカッコ悪いよぉ」
松岡さんの必死な虚勢に冷たい声が被さる。

「松岡ぁ、そんな台詞は俺が任せた仕事を締め切り前に終わらせてから言ってくれよ」
「は、浜田さん…いやぁやっぱりパシりの延長の仕事じゃ気合が入らないっていうか…いやその、あと2時間待って下さいスミマセン」
浜田さんがつい堪らずといった感じで声を掛けると松岡さんは最後はしどろもどろになってしまう。

「それから北原、お前アンサンブルの編集長に受けが良いけど気を付けろよ。お前はあくまで開桜グラフの人間なんだからな。甘い言葉で引き抜かれないように」
更に浜田さんからの流れ弾がこっちにやって来る。

「はあ、気を付けます。…その、今日のところは仕事終わったんで上がっても良いですか?」
「ああそうだな。今は特に追加の雑用も無いしそうしてくれ。お疲れ」
どうにかこの場をさり気なく逃れる事に成功したようだ。

「お疲れ様…元カレ君」
と思いきや、鈴木さんがもはや恒例となったからかいの言葉を掛けて来る。

「だから元彼違いますから」
なのでこちらも慣れた口調で言い返した…と思いたいけど正直自信は無い。ちゃんと表面上はあくまで冗談のやり取りである風を装えているだろうか。


「元彼じゃなかったら何なんだ?」


しかし、せっかく俺が纏った仮面も編集部の空気を切り裂く澄んだ声によって台無しにされてしまった。
開桜グラフの面々が声の主を振り返り見る。いや、それどころかこのフロアにいる全員が仕事の手を止めて一点に集中していた。

「なあ、答えてくれよ春希? 元彼じゃなかったら何なんだ? どうでも良い他人か? ただの元同級生? 同じ部活のバンド仲間? それとも…それとも今も…」
ハスキーな声が段々不穏当なことを言い出したがその内容すら気にならない。何故なら…

「かずさ…」
写真で見た通り相変わらずキッつい目付き。相変わらずサラッサラの黒髪ロングヘアー。相変わらずの真っ白な肌。そして相変わらず、カッコイイ…冬馬かずさがそこにいた。
そして凍りついたフロアの空気の中を悠然と歩いて来る。

「どうして…?」
そんな姿に俺は間抜けな言葉しか出て来ない。

「質問しているのはこっちだ。ちゃんとこっちの質問に答えろ。昔のお前、そういうのに厳しかったよな?」
いや、悠然というのは間違いだった。何だか怒っている?
だが俺の脳みそは、いつも小癪な言葉を思い付いて相手を煙に巻く脳みそは上手く反応してくれない。

「正直に言えば良いじゃないか。お前マスコミだろ? 私との事はネタになるだろ」
かずさの言葉がここまで至るに当たってようやく相手の致命的な言葉を封じようと口が動いた。

「言えるわけないだろそんな事!」
しかし大脳を通さず喋ったツケが出てしまった。これではかずさとただならぬ関係だった事をフロア中に肯定しているのと変わらない。

『やっぱ元カレ』『鈴木さんの勘当たりましたね。流石』『外したぁ、俺は別にそういう関係じゃない方に賭けてたけど負けて悔いは無い。やるじゃないか北原』『お前らなぁ』
早くも声を殺して野次馬話に興じる人たちが出ている。

「…何で言えないんだよぉ」
更にかずさの拗ねたような声が追い討ちを掛けて来る。いや、実際に拗ねているのだろう。さっきまで怒りを湛えていた面に翳りが生じ、上目遣いでこちらを見上げる体勢になっている。形の良い両眉は下がり、何より強気一辺倒という風情を見せていた黒い瞳に湧き上がって来ているものは…
いきなり第二段階だ。

「こんな記事書かれたらさ、つい期待しちゃうじゃないか。ひょっとしたらまだあたしの事…って」
言葉にえづきが混じり始めている。
『あ〜あ、泣〜かした。悪い男だ春ちゃん』『泣き顔可愛いかも』『これは…ギャップにぐっと来るな。良くやった北原』『お前らなぁ』

「お前にとってはさ…犬を拾った飼い主にとってはたくさんいる一匹に過ぎないかもしれないけど、拾われた捨て犬にとっては…私とっては世界でたった一人のご主人様なんだ! 3年経ってもそれは変わらない。だからひょっとしたらお前もって…うぅ」
もうフォローのしようが無くなっている問題発言のオンパレード。

『飼い主!? 犬!? ちょっとちょっとヤバいよこれは! 麻理さん居なくて良かったぁ』『あんな美人を夜は犬扱いとか…う、羨ましい!』『北原ってMじゃなかったのか……』『ゴクリ』

こういう時は速やかに…
「すみません、お先失礼します!」
誰に言うでもなく大声で宣言し、場の空気を一瞬自分の物にしたその勢いでかずさの右腕を取って廊下に退出して行く。一瞬かずさは目を見開いて抵抗する素振りをみせたが俺が引き摺るように歩調を強めると急に大人しくなって歩く向きと速さを合わせた。その事にホッとしつつ表面上は仏頂面を崩さずに入り口の扉を閉じるところまでを何とか完璧にやってみせた。
要するに逃げたのだ。


フロアの突き当たりにある、自販機の並ぶ休憩スペース。どうにかそこまでかずさを引っ張って行って人心地を着ける。
「…それで、どうしてお前がここにいるんだかずさ?」
まだしゃくり上げているかずさの背中をさすったり宥めたりして落ち着かせながら質問すると、まだ少し興奮しているのか理路整然とは行かないながら何とか答えを返して来る。

「…母さんの凱旋コンサートのチケット、預かって来たから開桜社の偉い人に渡せって言われた。渡さない内に無理やり追い出されたけどな…」
「あ…」


翌日出社して『開桜社の偉い人』に事情を説明しに行った頃にはフロア中、あるいはビル中で俺のあだ名が「ご主人様」とか「トップブリーダー」とかになっていたのはまた別の話。鈴木さんにはご丁寧に「元気出しなよ!」と背中を叩かれるついでに「一級調教師」という貼り紙を貼られていたらしく、半日気付かないまま過ごした。…イジメですよね?
人の噂も75日というならあと74日はこの状況を耐えなければならない。



CC中、春希がアンサンブルにかずさの記事を書いたら忠犬かずさ本人が曜子さんのコンサートチケットを口にくわえて編集部にやって来た、というifの設定で書かせて貰いました。もし春希=ご主人様、かずさ=忠犬という関係が周囲にバレたらこうなる……という妄想です。
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Posted by m6ji8nh428 2018年08月27日(月) 20:08:58 返信

この話のヒロインは、鈴木さんかも?

0
Posted by のむら。 2017年04月12日(水) 04:21:19 返信

之は、クリスマス前なのか?な?
だとしたら、、、カズサ優勢は揺るがない。な、、、

1
Posted by のむら。 2016年09月02日(金) 11:00:37 返信

りんくはっといたよ

2
Posted by sharpbeard 2013年10月23日(水) 01:15:33 返信

確かかずさと春希はICでのHシーンで『春希…お前、今はあたしの男だろ?』『ずっとかずさのものだ』
とかやってるからセーフという事で……w

0
Posted by 名無し 2013年10月10日(木) 23:38:55 返信

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