友近浩樹は、冬は出来るだけ学内放送を聴くようにしている。
お気に入りの『届かない恋』が頻繁にかかるから。
学内放送関係者に音源を貰えないかと頼んだこともあるが、断られた。
だから、学内にいる限りはできるだけ放送を聴くようにしていた。
それが、今日はとんでもないアクシデントだ。
今年度ミス峰城の、柳原朋が『届かない恋』のボーカリストとして小木曽を登場させたのだ。
しかも、小木曽の意思とは無関係に、バレンタインライブへの出場まで発表してしまった。
小木曽は、どうみても困っているようだった。そんなつもりは無いと感じられた。
「いったい、あの女は何を考えているんだ…」

翌日、早速その柳原朋を捕まえて文句を言ってやろうとした。が…
「あなたは小木曽雪菜の歌を聴きたくないの?あの女だってはっきりと嫌だって言ってないんだし。
それに、北原さんは歌って欲しそうだったわよ。まあ、ホントに嫌だったら歌わなければいいだけだし。
それよりもさ、ちょっと困ったことになっているんだけど助けて貰えないかしら?
あなたみたいな小木曽雪菜寄りのスタッフがいて、あの放送聴いて手伝いを断ってきちゃったのよね、こんな差し迫った時期に…」
「それは、あんたの自業自得だろ?」
「そうかもしれないけど、でも、もし小木曽雪菜が歌う気になったら、あなただってきちんと歌わせてあげたいでしょ?」
「ん…まぁ…そうだが……」
「だったらちょっとこっちへ来てよ」
朋に半ば強引に連れられて、気がつくと友近はライブスタッフの手伝いをすることになってしまった。
「仕方ないな…」
確かに、もし、小木曽が歌うのなら、出来る限りのサポートをしてやりたかった。
もちろん春希に対しても…
「それにしても、きみはどうしてそんなに小木曽に歌わせたいんだ?」
「別に…私はただ、あの女が全然歌わないのが気に入らなかっただけよ。意地でも歌わせてやるんだから…」
そう言うと、朋はすたすたと歩き去っていった。

それから数日…
友近はバイトの時間をやりくりして、ライブの手伝いをしていた。
どうしてそんなことをしているのか、自分でもよく分からなかった。
ただ、もし、小木曽の歌を生で聴けるのなら、それを一生の思い出にするつもりだった。

そしてライブ当日。
ラストナンバーとして『峰城大付属軽音楽同好会』が登場し、『届かない恋』が流れた。
アコースティックギターだけの地味な演奏だったが、誰もが聞き入った。
ただ、そんな聴衆のなかでただ一人、柳原朋だけは感極まって大泣きしていたのが印象的だった。

ライブ終了翌日の片付け作業中に朋が友近に声をかけてきた。
「おかげで助かったわ、お礼と言っちゃ何だけど、これ、あげるわ」
朋が手渡したのは古びたミュージックプレーヤーだった。
「私のお古よ。そのうちに私が有名になったらプレミアがつくかもしれないから大事にしなさいよ。
…それと、一応一曲だけなら入ってるから。昨日のラストナンバーだけだけど」
「え…?」
「いいから受け取りなさいよ、こんな物でも私が以前使ってた貴重な物なんだから」
それだけ言うと、以前と同じように朋はすたすたと歩き去っていった。

「あっ、友近くん。お疲れ様」
作業が終了すると一人の女の子が声をかけてきた。柳原朋といつも一緒にいるメンバーのうちのひとりだった。
「ごめんなさいね、朋の我侭で手伝いさせちゃったみたいで…」
「いや、気にしないでいいよ。俺も楽しめたし」
朋から受け取った物を持った手をひょいと挙げて、気にしないでくれと伝える。
「あ、それやっぱり友近君に渡したんだ…あの娘スタッフに必死になって頼み込んでたんだよねぇ」
意外なことを言ってくる。あの柳原朋が必死に?頼む?
「あの娘、あんなんだから、結構誤解されやすいんだよね。何考えてるか分からないって。
私たちにとってはすっごく分かりやすい娘なんだけどねぇ。自分に素直っていうか、裏表が無いっていうか。
思ったまんまを口に出しちゃうし、そのせいか、未だに彼氏いない暦=年齢だしね、実質」
「え…だって、彼女ミス峰城だろ?」
「言い寄ってくる男は多いんだけどね。最初のデートでみんな朋についていけないって感じちゃうみたい。
さんざん振り回されて、文句言われて、こんな娘だと思わなかったって…」
確かに友近自身も実際に話してみるまでは、あそこまで一方的に物事を進められるとは思っていなかった。
だが、結果的に成り行き上とはいえ彼女のしたかった通りになってしまったこの結果に不満が無いのも事実だった。
そして、彼女から手渡されたもの…
「必死に…頼む…か」
これは、彼女なりのお礼なのだろうか…
友近はこれまでの朋の言動を思い返してみた。
その全てを好意的に考えてみると、朋のやっていることには何の悪意も無いと思われた。
朋の願いは小木曽雪菜が歌うこと。そして、そのライブをサポートした友近に対する感謝。
「いいやつ…なんだろうか……」
受け取ったミュージックプレーヤーを見ながらそうつぶやいた。
「もしかして、俺が欲しがっていたのを知っていた?」
そこから聞こえてくる『届かない恋』はライブで生で聞いた時よりも心に染み渡った。

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