「え……?」
「だから、今日誕生日だろ。おめでとう、小春」

春希はそう言って、小さな箱を小春に差し出した。
昨日開桜社でのバイトへ行く前に寄り道し、用意したものだった。

「あ、あの……ありがとう、ございます……。
 でも春希先輩、今は勉強に集中しないと……」

小春は顔を赤らめながら、照れ隠しなのか
机の上のテキストや参考書に視線を向けて言った。
……単に春希の顔を見てるのがこっ恥ずかしくなっただけかもしれない。

ここは春希が一人暮らしをしているマンションの一室。
このところはほぼ毎日…もしかすると大学にアルバイトに忙しい
部屋の主よりも長い時間を過ごしているかもしれない女の子は、
ペンを走らせる手の動きを完全に止めていた。



あれから約半年。
卒業直前での青泉大への一般入試受験という進路変更は
ごく短期間しか出来なかった試験勉強という突貫工事の甲斐なく不合格。
しかしそれも覚悟の上だった小春は思ったよりも落ち込むことなく、
早々に来年の受験に向けて猛勉強を開始した。

そんな中で、今日は11月16日。小春の誕生日だ。
直前になっても二人の話題に小春の誕生日があがることは無かった。
小春は単純にそれどころではなく忘れていただけであり
春希は覚えていたが敢えて話題にしなかったのだ。

「もちろん、今は勉強が一番大事だ。けど休憩も必要なのは小春ほどの人間なら判ってるよな?」
「それは、その……そう、ですけど……」
「そして今日は一年に一回しかない、小春の誕生日だ。お祝いさせてくれないか?」

小春は顔を真っ赤にして俯いている。そんな小春を優しく見守る春希。

「わ、わかりました……す、素直に受け取ってあげます……」

搾り出すような声で、小春はそう呟いた。
『ぜんぜん素直じゃないな』と喉まで出掛かった台詞を春希は必死に飲み込んだ。

「それじゃあ、これ。誕生日プレゼントだ。気に入ってくれればいいんだけど」

そう言って手渡された箱を開ける小春。
中には深い青色をした綺麗な石のようなもので出来たブレスレットが入っていた。

「春希先輩、これ……?」
「ああ、ラピスラズリ。パワーストーン、って言えばいいのかな?
 判断力とか直観力とか、そういうご利益があるらしい。
 あと、正しい道を示してくれる、って効果もあるらしい。小春にぴったりだろ?
 合格祈願も兼ねて、ちょうどいいと思ってコレにしたんだ」
「わぁ……嬉しいです、春希先輩……ありがとう、ございます……!」

小春は愛おしそうに、青いブレスレットを頬にあて、目を閉じた。
うっとりしたその表情に、春希は満足げに微笑んだ。



一通り愛おしげな頬ずりをすると、小春はそれを左手首に嵌めた。

「うん、似合ってるよ、小春。小春は青が似合うな」
「もう、そんな褒めても何も出ませんからね!」
「え、出ないのか?」
「出ないどころか、お祝いついでにもう一つプレゼントが欲しいです!」

 あれ、いつから小春はこんなに欲張りになったのだろう。
 俺のバイト代まで節制を求めてくるようなこともあったのに……。

と内心春希が思っていると、小春はさっきの勢いはどこへやら、
急にもじもじしながら上目遣いで春希の顔を見上げ、ぼそぼそ呟いた。

「あ、あの……私、試験勉強頑張ってるから……来年こそ合格するんだって
 頑張ってるから……あの……」

そこまで言われて、春希はいつぞやの、ある冬の日のことを思い出した。
小春が何を欲しているか勘付いたのだが、敢えて最後まで言わせたくなった。

「……い、いいこいいこって……してください」
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