その後、無事に卒業を確定させた俺たちであった。
そして、冬馬がピアノを再開すると告げてきたことには俺も雪菜も大いに喜んだ。
だって、俺たちは冬馬のピアノのファン第一号と第二号なのだから。


そして、12/24、世間ではクリスマスと浮かれているが、今の俺の状況は別の意味で浮かれているとも言える。
何せ、学園1,2を争う女の子二人と温泉旅行に行けるのだから
が、俺の心は不安だらけであった。
例の夢がこれから起きることを意味しているのだとしたら、本日冬馬は自家用車で来るから
流石にそんなことはないと信じたいのだが、一応、念のため、昨日は寒冷地で車を運転する上での注意点、本日の温泉への車を使った場合の道筋等を全て頭に叩き込んでおいた。
自分でやりながらも無駄になることを祈っているのは、正直言ってどうなのだろうと思ったが
それはさて置き、集合時間15分前に末次町で待っていると、雪菜がやってきた

雪菜「春希く〜ん!」

春希「あ、雪菜。早いな」

雪菜「春希君ほどでもないよ。冬馬さんは?」

春希「見ての通り、まだだけど」

雪菜「あ、冬馬さん…」

春希「え?そっちはロータリー…」


と思って振り向くと、予想通りというべきか、何と言うかべきか高級外車の窓から顔を出す冬馬がいた。

かずさ「よ」

雪菜「え?何これ?冬馬さんの家の車?」

春希「…………」

俺はもう完全に絶句するしか無かった。
夢の中と同じく、冬馬が高級外車を運転してきた。
色々と考えたかったのだが、今は目の前の事態を何とかするべきだろう


…………
……


何ともできませんでした。
とりあえず、俺たち三人を乗せた車は、まず地図を買うために本屋へ、そして寒冷地対策グッズを買うために車用品店へ向かい、目的の温泉旅館へと向かうことになった。

春希「そう。もうちょっと行ったら、大きな交差点があるから、左に曲がってくれ。そうだ、今の内から左車線に寄っといてくれ」

かずさ「わかった」

ただ、夢の内容とは違い、俺はナビとしての役割を滞り無くこなしていた。
前日に車での移動経路を完璧に頭に叩き込んでおいて本当に良かった。

雪菜「春希くん、車の道に詳しいね」

春希「こんなこともあろうか準備しておいたから…」

ナビに意識がいっていたため、何も考えずについ本音で返事してしまう俺

かずさ「こんなこともって…北原、お前、何で今日車で移動するって予想してたんだ?」

春希「あ…いや、違うんだ。え、えーと、そう!今日か明日は天気が悪くなるかもって予報で言ってから、電車が止まって帰ってこれなくなる可能性も考えてたんだ。電車が止まってタクシーで帰ってくる場合、道を知っておいた方がいいだろ」

かずさ「タクシー使うぐらいなら、もう一泊するだろ」

春希「あ…そう言われればそんな気が…」

かずさ「何だよ、北原らしくないな。期末試験の疲れが残っているのか?」

春希「いや、そういうわけじゃないけど…って期末試験は主に冬馬を見てたから疲れたんだよ!」

雪菜「まぁ、それはさて置き、春希くん。疲れたら言ってね。代わりにナビくらいするから」

春希「あ、ありがとう…」

とうまい具合に話が逸れて助かった。
まぁ、あんな夢のことは人には言わないほうが良いよな
俺たち三人の関係に影響がでても困るし

…………
……


夢の中では道に迷うわ事故に逢うわと散々な目に逢いながらも何とか宿に辿りついた様な気がするが、現実にはそんなことは無く、予定時間通り宿に辿り着くことができた。
まぁ、前日に俺が車での移動ルートを頭に叩き込んでおいたおかげだが…
だが、宿の部屋を見た途端、再度絶句する羽目になった。

雪菜「見て驚いてね〜。すっごくいい部屋を確保できたんだよ〜」

と言いながら、扉を開ける雪菜に続く冬馬。

かずさ「お!露天風呂付きの部屋か!」

珍しく興奮する冬馬とは逆に俺は全く声が出ない。


夢で見た光景そのまんまじゃないか…
どういうことだ?
雪菜は確かにこの部屋のことを俺たちには秘密にしていたのに…
やっぱり、あの夢は予知夢なのか?


雪菜「春希くん、わたしたち、この宿の探検に行くけど、一緒に行こうよ」

と浴衣に着替えた雪菜が声を掛ける。

春希「いや、ごめん。思ったより疲れてるから少しゆっくりさせてくれ。二人で行っといてくれ」

雪菜「そういえば、ナビ役大変そうだったもんね」

かずさ「運転もしてないのに、なんてザマだ」

と両者全く違う反応を見せながら、別々行動に移る俺たち。


ようやく一人になれた。
よし、例の夢に対する考えをまとめよう。
ここまで来ると、単なる夢ではないと断言できる。
正直言って、この後の展開はある程度予想できる。
夕食の音頭にて、冬馬が「自分に彼氏ができても三人で集まれというのか?」と発言して場の空気を少し悪くするかもしれないから対抗策を練っておこう。
そして、夕食後に一人露天風呂に入っていると、酔った雪菜と冬馬が乱入してくるという夢の様な出来事が起きる…はずなのだが、本当かな?
あの夢の中では、俺と雪菜が付き合ってる状況だからこそ、雪菜はあんなことができた訳で、今のこの状況でそんなことが起きるとは考えにくいから何も考えなくても良いだろう。
それよりも、帰りに俺と雪菜を送り届けた冬馬が心配だ。
一人になった途端に泣き出した冬馬を思い出すと、そんなことだけは絶対に阻止しなければならないと思うのだが、あの夢では俺と雪菜が付き合っているから冬馬は泣き出したと考えられるため、別に心配は要らないのでは?
…あれ?先のことが分かっても特に何もしなくてもいいのか?俺?
せいぜい、冬馬の空気を悪くする発言を収める考えだけで良いのか?
何度か思考を繰り返したのだが、結局同じ結論になった。
よし、今はこの温泉旅行を楽しもう。
夢の中である程度体験済みとはいえ、料理の味や温泉の感触や二人との細かい会話までは覚えていないのだから

…………
……


雪菜「メリークリスマス!」

春希・かずさ「メ…メリー・クリスマス…」

とまぁ、そんなテンションで始まったクリスマス会兼、忘年会兼、軽音楽同好会第0回同窓会だった。
開始時のテンションは低くても、料理の味も良いし、何よりもこの二人と一緒の食事で楽しくないはずが無い。
俺もすっかり良い心地だった時のことだ。

雪菜「来年も再来年もこの三人で集まろうね〜」

かずさ「…約束はできないよ」

雪菜「え?」

かずさ「先のことなんてどうなるかわからない。あたしはお前たちと進路だって違う。来年の今日のことなんて…約束できないよ」

雪菜「で、でも…せめて年に一度くらいは…」

かずさ「でもさ、この中の誰かに彼氏彼女ができたら?」

春希「……」

夢の内容と少し発言内容が異なっていたが、予想できていた事態だったので俺は無言とポーカフェイスを貫き通す。

かずさ「で、四六時中、そいつのことしか考えられなくなって、昔の友達付き合いなんて煩わしくなったら?」

雪菜「でもさ、わたしたち、三人であのステージに立ったんだよ!だから、また三人で集まりたいよ!」

かずさ「そのせいで新しくできた彼氏彼女との関係にヒビが入っても?」

雪菜「そ、それは…この三人の中の彼氏彼女なら、わたしたち三人のことを理解してくれるはずだよ」

かずさ「でも、北原は男であたしたちは女だ。やっぱりまずいんじゃないかな?」

なんで、こういうことをこの場で言うんだろうな
多分、この三人の関係について注意を言いたいだけなんだろうけど、少し引っ込みがつかなくなってるんだろうな
よし、割り入るならここだ

春希「じゃあ、俺が女になれば良いのか?名前は北原春子でいくか?」

かずさ・雪菜「「……………」」

案の定、二人は数秒もの間、固まってしまい、

かずさ・雪菜「「あはははははははは!」」

大笑いした!
よし、何とかこの場の空気を収めることができた。

かずさ「何だよ!北原!頭がおかしくなったか!?」

雪菜「何それ?春希くん、どうしちゃったの!?」

と、大笑いしている二人に心配される俺。
流石にいつもの俺の台詞じゃなかったか?
こっちは溜めに溜めた台詞だからな

春希「うそです。ごめんなさい。俺は男のままが良いです」

かずさ「い、いや、この際だ!新しい自分を発見するのもありかもしれないぞ」

雪菜「確かにそれはそれで見てみたいかもしれない!春子ちゃーんって言ってみたい!」

大笑いしている二人が何とか収まるのを待ち、


春希「まぁ、とにかく、冬馬もそんなに雪菜を責めなくてもいいだろ」

と仕切りなおしたところで肝心の一言を俺は言った。

春希「俺もこの三人で来年も集まりたい」

かずさ・雪菜「……………」

春希「そりゃ先のことなんてよく分からないけど、でも最初から目標を持っていたら違うんじゃないかな?少なくとも俺は今、この三人で集まれる様にがんばろうって思えるよ。だって、雪菜の言うとおり、俺たち三人であのステージを成功させたんだぜ。やっぱり三人でいたいって思うよ」

かずさ「北原…」

雪菜「春希くん…」

と、二人とも妙に神妙な視線で俺に注目する。
そんな俺を見ながら、ため息をついた冬馬は

かずさ「小木曽も北原もそこまで言うなら仕方ない。」

といたずらを思いついた子供の様な顔で笑った。

かずさ「見せてもらおうか?三人の友情の証って奴を」

と言いながら、大きな酒瓶を机の上にドンと置いた。


…………
……


その後、すっかり酔っ払った雪菜が冬馬と一緒に俺が漬かっている温泉に乱入してきたりと、とんでもないトラブルがあったが、何とか無事に就寝できそうになった時だった。
隣の部屋から声が聞こえてきた。

雪菜「ねぇ〜冬馬さ〜ん」

かずさ「小木曽…いい加減に酔いから醒めろ…」

雪菜「わたしたち、友情を誓い合った仲だよね〜」

かずさ「人の話を聞いてないだろ…って抱きつくな」

雪菜「ならさ〜、雪菜って呼んでよ〜、かずさ〜」

かずさ「お…小木曽…」

雪菜「え〜誰それ〜?かずさは誰を呼んでるの〜?」

かずさ「………」

雪菜「それとも、三人の友情は嘘だったの…?ねぇ、かずさ…」

かずさ「せ…せつ…な」

雪菜「もう一回!」

かずさ「…雪菜」

雪菜「ありがとう!大好き〜かずさ〜」

かずさ「わかったから離れろよ…」

雪菜「嫌なら、無理矢理はがしたらいいじゃない?」

かずさ「…………」

雪菜「そこで黙っちゃうかずさが益々可愛い〜」

かずさ「はぁ…、もう勝手にしろ…」

冬馬ってば、完全に雪菜に翻弄されてるな…



…………
……


少しだけ眠っていた様だ…
5分か10分か、経過した時間はよく分からないが、意識が戻った時には隣部屋からの話し声は未だ続いていた。
どうも、その声から、雪菜は酔いからある程度は醒めている様だった。

雪菜「ねぇ、かずさ、真面目な話があるの」

かずさ「なんだ?」

雪菜「学園祭の前にわたし、言ったよね?」

かずさ「何だっけ?」

雪菜「わたしは春希くんが好き。大好き。」


え……


雪菜「わたしは隠さないよ。好きだって伝えたい」

かずさ「そ、それがどうしたんだよ…?」


冬馬が動揺しているのが分かる。まさか…


雪菜「でも、今は三人で一緒にいたいから、まだ何もしないつもり」

かずさ「あ、ああ…」

雪菜「だから、コンサートに向けてのピアノのレッスン、安心して集中して」

かずさ「言いたかったことはそれか?」

雪菜「うん。コンサート1月の下旬だっけ?」

かずさ「ああ、それまでは一日10時間のレッスンの生活に舞い戻りだ」

雪菜「その間、わたしたちと一緒にいれる時間が少なくなると思うの。でも、わたしと春希くんの間には何も起こさないから安心して」

かずさ「安心って、何を安心しろっていうんだ…」

雪菜「そこまで言わなきゃダメ?」

かずさ「ああ」

雪菜「たとえば、かずさの知らないところでわたしと春希くんが付き合い始めたとしても平気? わたしたち、キスとかしちゃうんだよ?」

かずさ「う…」

雪菜「ほらね? わたしもかずさを追い詰める様なことはしたくないの。今度のコンサートはかずさのピアノ人生にとって大事なものなんでしょう?だから、かずさに影響を与える様なことはしないから安心してって言いたかったんだけど、その調子を見るとやぶ蛇だったかな?」

かずさ「う、うるさい。お前たちがどうなろうと、あたしが弾くピアノに影響が出るもんか」

雪菜「うん、なら安心だね。それと、レッスン中に困ったことがあったら何でも言ってね。わたしも春希くんも何でも力になるよ」

かずさ「力になる…って、お前たちピアノのこと知らないだろ?」

雪菜「確かに、ピアノのことは知らないけど、家事とかなら力になるよ。家政婦の柴田さんだっけ?毎日来てる訳じゃないんでしょ?なら、炊事洗濯掃除も含めたかずさの栄養管理や体調管理なんかもやるよ」

かずさ「雪菜、そのお節介は、何だか北原に影響されてないか?」

雪菜「それはあるかも…」

と、ここで話は先ほどの話題から逸れていく。


なんてことだ…
今の会話から、雪菜と冬馬は両方とも俺に男性として好意を持ってくれていることが確信できた。
今までの18年の人生で全く女性と縁が無かったが、これがモテ期という奴か?
と、そんなことを考えている場合ではない。
とにかく今は事実として受け入れるしかない。
問題は例の夢だ。
例の夢の最大の前提条件となる、雪菜と冬馬が俺に対して好意を持っているという条件が現実でも満たされてしまった。
ということは、あの夢は、俺と雪菜が付き合い始めた場合にどうなるかを予知したものであると結論付けることができる。
何故、あんな夢を見るようになったのかは今は考えないでおく。
おそらく考えても結論が出るものではないので。
とにもかくにも、今はあの夢の中で冬馬がどうなるかが心配である。
夢の中の俺は、幸せなのだろう。
でも、その幸せの向こう側で冬馬が泣いていること、泣かせていることを夢の中の俺は知らない。
なんて無知なんだ
バカなのか?
夢の中の俺が目の前にいたら、殴ってやりたい
大体、冬馬が泣いていることを知っても、冬馬を泣かせていることを知っても、俺は幸せで居続けることができるんだろうか?

怒りの感情が湧き上がりつつも、世間一般の常識に照らし合わせると、冬馬が感じる悲しみは誰でも味わっているものであると判断している冷静な自分が心のどこかにいることに気がついた。
そう、確かに誰かの恋が叶うことは、別の誰かの恋が叶わないことを意味する。
そのせいで人が泣くなんてよくあること。
だから、これは仕方の無いことだ。
いつもの俺なら、そういった正論を自分の結論とするはずなのだが…

ふざけるな!!!!!!!!!

俺の心は怒りで満たされていた。
夢の中での冬馬は本当に苦しんでいた。
本当に辛かったんだ。
それを誰もが味わう悲しみだから耐えろって言うのか!
あの苦しみを仕方がないの一言で片付けろって言うのか!
正論だか一般常識だか何だか知らないが、そんなもの知るか!

…………
……


しばらくして、俺は気付いた。
ああ、やっぱり俺は冬馬が好きなんだな
自分の中の人間としての正しさ、常識を無視することができるぐらいに


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