まえがき

初のSS投稿です。
全部で70000字ほどあるので、前編と後編に分けさせてもらいます。
内容は、原作でヒロインになり得なかったあるキャラクターの完全ifストーリーです。
相当本作ネタバレになる要素も入れています。

時間に余裕のある方、
キャパシティーの広い方、
そして同じくWA2を愛していらっしゃる方。
もしよろしければおつきあい下さい。

では、どうぞ。






 ねぇ。北原君。

 私は、あなたのおかげで自分を取り戻すことができたんだよ。

 なのになぜ、そんなに悲しそうな瞳をしているの?

 ねぇ、北原君・・・。



   ―November 24th―

??「おはようございまーす!!」

我ながら毎日毎朝よくも飽きもせず同じフレーズを繰り返すなぁ…。
なんてことは全く思わないけれども。

社会人として当然のことを、
私はこの御宿にある企業ビル『開桜社』で2年弱も続けている。
まぁ、言ったほうが絶対気分がいいしね。
自分も他人も。多分。

??「おはようございます、今日も元気ですね。鈴木さん」

鈴木「北原君は全然元気じゃないくせにいつも私より早いよね!
   まぁ『元気がない』と『早い』を相殺して及第点かな?
   松っちゃんなんて私より早いの見たことないし」

北原「ははは…」

だいたいいつもと同じなんてことのない雑談と、
彼の乾いた笑いで私の開桜社での一日は幕を開ける。
今週は別段〆切と呼ばれるものはないし、
部内全体に『どちらかといえば』穏やかな空気が流れている。
あ、同期の木崎だけはヒーヒー言ってたっけ。
…仕事には何の関係もない件で。

北原「じゃあはそろそろ大学に向かいます。
   お疲れ様です」

鈴木「うんじゃあまた夜にね〜」

そして、彼は学生の本分に帰っていく。

開桜社の業務内容は主に雑誌の編集だ。
私が配属されたのは『開桜グラフ』という雑誌の編集部であり、
彼は今年の4月から新しく採用されたバイトだ。
あくまでもバイト。
なぜバイトの彼が一番出社なのであろうか?

仕事に対して真摯なのはいい事だが、どのように解釈しようとしても、
頭の中から疑問符が消え去ることはない。
そんで夜に大学や別のバイトから戻ってきても、
全開で平然と私や松っちゃんと比べても遜色のない量の仕事をこなすし。
まぁ、直属の上司に1年目でしかもバイトに与えられるものとは思えないほどの量の雑務を与えられているという裏事情もあるのだが。

鈴木「ほんと、意味わかんないよねえ。」

とりあえず、ひとりごちる。
そろそろ私も自分のいるべき戦場で力を発揮しなければならないから。

鈴木「あ、麻理さん。浜田さん。おはようございまーす!」

陰気な後輩バイトが去って、
年中ワーカホリックな女上司と、
髭面ナイスミドル(要するに老け顔)な男性上司のご出勤だ。
ここ一か月くらいはこの流れが主流になってるなぁ。
さあ、今日も仕事仕事!



   ―November 26th―

麻理「どしたの?週末なのに。
   彼女にデート、キャンセルされた?」

北原「そうですね。そんな感じです。
   まったく、甲斐性なしで…」

麻理「…ほっとした顔で肯定しないの。
   一発でもっとタチ悪いことしてきたってわかるわよ?」

何やら斜め前の席がトラッシュトーキング。
しかしそれはヒートアップし得ない分別のついたプライベートの探り合い。
いや、そう言うには一方通行すぎるな。
北原君は自分のカードを見せようとしたことはないし、
麻理さんは刺激しない程度にだが、いつも彼の手持ちのカードの内容を窺う。
それは松っちゃんにも木崎にもしない、自分専用の雑用マシーンにだけの特別扱い。

鈴木「……ふふっ」

この奇妙な空気感に気づいているのは自分だけだろう。
周りはジャーナリストの癖にセンサーが錆びついてる鈍物ばかりだし。
個人的には色気の皆無な開桜グラフの島に、一足早く春が来たっていいと思っている。
いざとなったらいくらでも相談に乗りますよ。麻理さん。



   ―November 28th―

浜田「この時期なってこんな初歩的なミスしてるって…お前一体どういうことだよ!」

松岡「本当にすみません!!
   しかしこの件に関しましてはまだ新人だからということで、
   ご容赦いただきたく存じておりますというか…」

何やらうちの島の一部がヒートアイランドと化している。
どの企業においても上司が部下のミスを説教することは、
単純明快にして必要なシステムである。
問題は部下の方に反省の色が見えにくく、
また、その反省が今後活かされるかどうかが非常に不明瞭ということだ。

あ、終わったようである。
まだ少し頬を赤く染めた浜田さんが部のドアを開けて休憩室へ。
残された松っちゃんが若干うつむき加減でゆっくりと自分のデスクへ。
一連がパターン化されたグラフではこれは見慣れた光景で、
このあとに彼から紡ぎだされる言葉も簡単に予想できる。
先に心の中で謝っておこう。ごめん、松っちゃん!

松岡「鈴木さ〜ん。木崎さ〜ん。このあと飲みに行きましょうよ〜」

木崎「はぁ〜…お前がまず細心の注意を払ってミスを減らせばいいんじゃないか?
   そうすればこの微妙な空気になることが減るし、
   お前のために飲みに行く出費も、何もかも減るんだがなぁ…」

松岡「恩に着ます木崎さん!じゃあ8時に一緒に出るということで…、
   鈴木さんもそれでいいですか?」

   
鈴木「ごめん松っちゃん!
   あたし今日は駄目なんだ!また今度にして!」

松岡「うぅ…薄情ですね鈴木さん…後輩がこんなに悲しい目に遭っているのに…。
   やっぱり伴侶(あいて)がいる人はイイなぁ…はぁ〜あ」

木崎「俺だっているよ!こないだまでとんでもねぇ修羅場だったんだぞ!
   しかもまだ微妙に潜りきれてないんだよ!」
鈴木「あはは…ごめんね〜…あ、北原君戻ってきたよ!」

松岡「北原ぁ〜先輩の愚痴をきいてくれぇ〜…」

とりあえず飲みに行くメンバーは決まったようだ。
先輩に泣きつくというのは正しい構図ではあると思うのだが、
後輩に泣きつくという控え目に言ってもみっともない構図を経て。
私はそんな彼らを尻目に今日は家路を急ぐ。
松っちゃんの言うことは正しい。
私は今日はその為に同僚の飲みの誘いを断ったのだから。
さぁ、帰ろう。
うちで待っている、彼の為に。



   ―December 3rd―

鈴木「綺麗〜…ツヤツヤの黒髪ロングに、黒いドレスのハマってること。
   これで二十歳そこそこってやんなるなぁ」

浜田「それだけじゃないぞ。話題性も抜群だ。
   こりゃ、クラシック界で久々に来たかなぁ」

私たちは今、クラシック界に突如現れた新星について話をしている。
無論ただの雑談では有り得ない。
開桜社は音楽雑誌『アンサンブル』を刊行している。
本来グラフの面々とは関係のない話だが、
わざわざ麻理さんが、わざわざみんなを集めてまで話題に挙げるということは…。

麻理「あっちの雑誌、本来なら編プロにグロスで発注してるんだけど、
   今回のは急遽決まった企画だし、元ネタ拾ってきたのが私だし…」

浜田「要するに、また他の編集部の仕事を引き受けてきた、と」

そら来た。
つまり、余計…やり甲斐のある仕事がまた一つうちの島に流れ着いたというわけだ。
今週来週は私も忙しいだけならまだしも、
死線を潜れるか否かという不安を抱えた状態なわけで、
これ以上仕事が増えるのは物凄い勢いで遠慮したいところである。
でも私か木崎あたりに矛先が向くんだろうなぁ〜、
という諦め半分な想像をしていたところ…。

麻理「そんな訳で北原…あんたには引き続きこっちの記事を担当してもらう」

北原「え…」

え…??

鈴木「た、担当してもらうって、だって…」

木崎「バイトだぞ、北原…」

麻理「異論は?」

………

北原「やります。是非やらせてください」

麻理「それじゃ、早速向こうの編集長のところに行くわよ。
   ついてきなさい、北原」

松岡「って、ちょっと待ってくださいよ麻理さん! 
   〜〜〜〜〜!!!!」

結論。
私の業務量は致死量ギリギリから致死量にまでアップせずに済んだみたい。
何やら松っちゃんがぎゃんぎゃん騒ぎ立てているが、
もしも彼にその仕事が任されるような事態になったら、
フォローやらなんやらでまた致死量越えを予感せざるを得なくなることは明白だ。
自分のことだけで考えるなら…はぁ、良かった良かった。

けれど、バイトの北原君にその役目が行くことは考えなかった。
確かに前号で取り上げた彼女の見出しをまとめたのは北原君だ。
そしてバイトとしては信じられないくらいの仕事に対する熱意。
それに伴う力量。期待値。
麻理さんからそれだけの信頼を寄せられるのも至極当然なことなのかもしれない。

しかし驚いたことが2つある。
まず1つは、これがその号を代表する特集記事になるかもしれないということ。
後から聞いた情報である、彼が特集される対象である新進気鋭のピアニスト、
『冬馬かずさ』の同級生であったという事実を踏まえたとしても、
彼はあくまでアルバイトであり、アルバイトでしかないのだ。
本来は、取材しやすいという利点だけで、こんな重責を負わせられるようなことはない。
きっとこんなことは前例になく、前例にならないまま終わるだろう。

そしてもう1つ。
気づいたのは恐らく私だけだ。
スルーしておいた方がよかったのかもしれない。
いや、この先私が言わなければ何も起こらないことかもしれない。
しかし、私にはハッキリ見えてしまった。

『そんな訳で北原…あんたには引き続きこっちの記事を担当してもらう』

『え…』

この瞬間、彼の瞳に宿った、驚き以外の色が。



   ―December 10th―

麻理「つまらん」

北原「っ…」

予想できる結果ではあった。
どんな仕事でも手は抜かないであろう彼が、初めて担当する記事の初稿は、
手心が全く加えられていない言葉により一蹴された。

麻理「客観的すぎ。杓子定規。枯れてる。淡白。熱くない。
   こんなの拾ったコメントを羅列しただけ。
   一体なんなんだこの駄文は?
   読めば読むほど気持ち悪くなってくる。
   得意なのは雑用だけだった?頭使う仕事は無理?」

鈴木「ま、麻理さん…そのくらいにしといた方が…」

浜田「そうそう。北原、バイトだし。自分で書くのは初めてだし」

麻理「初仕事で頼まれてもいない提灯記事書く奴がいるか。
   しかも提灯なのに媚びてもいない。最低だこんなの!」

私のフォローも同期のフォローも耳に届いていないらしい。
怒りが持続しない彼女には珍しいほどの激高だ。
いや、激高というよりは…。

麻理「北原…一体どうしたんだお前?
   いくらなんでもこんな読んでもしょうがない文章書く奴じゃなかったろ?」

麻理さんは、心底残念がっているようだった。
私は目を通していないので分からないが、もしも麻理さんの言うような提灯記事が、
彼が渾身の力を込めた結果生まれた初稿だったとしたら、
私だってきっと残念がるし、期待はずれに思うかもしれない。
だって、最終的に引き受けたのは紛れもない彼なのだから。

結果、彼の初稿は総没となった。
そして次の締め切りは来週の火曜日らしい。
つまり彼には再びチャンスが与えられたというわけだ。

麻理「それじゃ、私はこれから会議だから。
   今日はもう帰っていいわ。お疲れさま」

北原「はい、失礼します」

浜田「ま〜その、なんだ。気にするなって」

鈴木「そうそう、北原君バイトなんだからさ。元々ハードルが高すぎるんだよ」

北原「大丈夫です。麻理さんの指摘は全部正しいですから。
   …俺が気にしようが気にしまいが」

鈴木「…やっぱ気にしてんのね」

そして当然のように後に残された者たちがフォローに入る。
しかし、その誰もが彼の意識の高さを知っているので、
あくまでも形式上の慰めに終わってしまう。

浜田「まぁ、根詰めるなよ?どうしても進まなかったら相談に乗るからさ」

北原「ありがとうございます。それじゃ、失礼します」

そんな風に言いながらも、浜田さんも麻理さんも勿論私だって、
窮地に立った時の彼の底力と責任感を信じている。
真面目な努力家が報われて欲しいと願うのは当然の事だ。
いつもより少しだけ元気なく見える帰り支度の彼に心でエールを贈ろう。

しかしまだ、違和感が抜けない。
合致しない。附合しない。
初稿を見れば何かが分かるかもと思っていたのだけれど。
感が鋭いって麻理さんからお墨付きを貰ったこともあるのだが、
鋭く尖りすぎたセンサーは根元から折れていたのだろうか。
まぁいい。
願わくば彼の第2稿が麻理さんの期待に多少は添うものにならんことを。
今はそれだけを願って、自分の仕事に戻ろう。それじゃ…

鈴木「お疲れ〜」



   ―December 13th―

休憩室から戻ると、編集部気付の荷物が届いていた。
送り主は…峰城大付属学園。
ということは…。

鈴木「真理さ〜ん、宅配」

麻理「私に?」

鈴木「うん、編集部気付になってるけど…、
   送り主が峰城大付属学園になってたから」

麻理「峰城大付って…」

鈴木「北原君がこの前取材に行ったところですよね?
   だから麻理さんでいいかなって」

麻理「なんだろ?あ…」

鈴木「なんでした?」

麻理「DVD…?」

鈴木「んん?DVD?
   どうします?会議室で観ちゃいますか?」

麻理「鈴木…なんであんたそんなに興味津々なの?
   ていうか自分の仕事は?」

鈴木「ちょっとぐらいいいじゃないですかぁ〜!
   じゃあ、私お茶入れてきますんで!
   今会議室、空いてますよね?」

麻理「…まったくもう。
   それにしてもなんなんだろこれ」

特に何かを考えた上での行動ではなかった。
仕事に忙殺される前の、ただ単純な息抜き。
この時点ではそれ以上でもそれ以下でもなかった。
彼に抱いていた違和感の正体が分かるかもしれないだなんて、
深層にはあったのかもしれないが、表層で明確に考えていたわけでは全くなかった。
故に、鼻歌交じりにドアの空いていた会議室に入る。

麻理「これ観たらさっさと仕事に戻んのよ全く…」

しかしそれは…。

鈴木「わかってますって〜」

それは………。

麻理「あ、始まった」

鈴木「なんだか遠い距離から撮った映像ですねぇ」

麻理「いったいこれがどうしたって…え…?」

鈴木「え…え?」

麻理「な…ちょ、ちょっと…き、北原?なんで…」

鈴木「…………………」

麻理「なんで黙って…って、そりゃ隠すわよねぇ」

鈴木「…………………」

麻理「何よあいつ。いいじゃん、別に。…普通にカッコいいじゃない」

鈴木「…………………」

麻理「…あっ、違うわよ鈴木!別に変な意味じゃなくて、
   普段の根暗なあいつとは違うというかなんというか……鈴木?」

鈴木「………えっ、なんか言いました?麻理さん?」

麻理「聞いてなかったのか…本来は先輩の話を聞かないなんてのは駄目だが、
   今回に限っては二重丸だ」

鈴木「大体想像つきますけどね〜。
   カッコいいとか思っちゃったんでしょ?北原君のこと」

麻理「〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

そうだ、確かにカッコいい。この北原君。
開桜社に来てから一度だって見たことのない表情。
笑って、カッコつけて、自分に酔ったような爽やかな笑顔。
ギターの腕前も高校生にしては相当なものに見える。
そして麻理さんのこの反応。
だからからかうのをやめられないんだ、この方面の話で彼女を。

でもこれ以上追及しない。
ううん、出来ない。
私は今激しく動揺しているから。
真っ赤になって何やら私に弁解している乙女の顔になった上司よりも、きっと。

だって………

私は、知っている。

私は、見たことがある。

私は………見ていた。この光景を。



   ―December 14th―

一夜明けても、整理できていない。
動揺が私の心身から出て行ってくれない。
しかしそんなこと誰にも言えるわけもなく、新人時代から考えても、
昨夜から夕方までの私の仕事の効率は最低レベルにまで下落してしまった。
まったくもって、此度のトラブルにはどう対応していいものか…。

そして私の動揺のタネがもうじき開桜社に出社してくる。
あの日、自己陶酔しきっていた彼が。
9カ月間、役職は違えど同じ職場で共に仕事をした彼が。
そして…あの日と同じ笑顔で、また私の目の前に現れた、彼が。

彼は持ってくるであろう。渾身の第2稿を。
それを見れば私の最初に抱いた違和感は払拭されるだろうか?
それを見れば私の仕事の効率は以前ほどには戻せるだろうか?
しかし、望みは限りなく薄い。
少なくとも後者は。

麻理「何だこれは……」

鈴木「ま、麻理さん…だから北原君は…」

松岡「そうそう。この際だから努力くらいは認めてあげましょうよ。
   一応、締め切りには間に合わせたんだし」

麻理「何もわかってない奴らは黙ってろ」

鈴木&松岡「は、はいっ」

本当に何も分かってない。
分かっていたらこんな状態になっていない。
第2稿が採用されるにしろ直しが入るにしろ初稿と同じく総没になるにしろ、
私は麻理さんが手に持っているそれをなんとかして読みたい。
業務に支障が出るとかそんな綺麗な理由ではない。

原稿の内容は麻理さんが大雑把に言った。
週刊誌が好きそうなゴシップ要素の羅列。
そして彼がそのすべてを本人から聞いた、ということを彼の口から知った。
そうか、彼は『冬馬かずさ』を知っていたんだ。
知人としてではなく、同級生としてでもなく、恐らくもっともっと近い存在として。

原稿が、回ってきた。
……なるほどこれはマスコミの格好の餌食だ。
そして冬馬曜子と直接繋がる窓口を持っている開桜社の一員としては、
この原稿は日の目を見ない方がいいと判断される可能性を否定できない。
しかし、現状その判断のバトンを握っている麻理さんは…。

麻理「本当に載せてもいいんだな、これ?」

実に彼女らしい、攻撃的なスタートを切った。

北原「それは今の段階では何とも言えません。
   一度、学園側にチェックしていただかないと。
   …取材したこと、何も反映してませんし」

麻理「学園側のコメントとこの内容は何も関係ないんだろ?
   なら、文句を言われる筋合いもない」

北原「…そういう考え方もありますね」

麻理「向こうには『取材したけど使わなかった』とだけ言っておけばいい。
   連絡は私の方からしておく」

北原「それって…」

鈴木「ま、麻理さん…まさか?」

松岡「これOKなんですか…?」

鳩が豆鉄砲喰らったような空気を醸している周りに合わせて、
私も十把一絡げな反応を示す。
しかし麻理さんの性格は知っている。
原稿に目を通した瞬間こうなる予感はあった。
目をかけている部下の、これ以上ない会心の第2稿。
企業としてよりジャーナリストとしての矜持を大事にする彼女にしてみると、
もうこの時点でこの原稿を否定する理由はないらしかった。

しかし私が気になるのはそこではない。

麻理「私が『いいんだな』って聞いたのは、そんな形式上の意味なんかじゃない」

北原「え…?」

麻理「これがそのまま掲載されて、日本中の人の目に触れることになっても。
   もう、北原だけの真実じゃなくなったとしても…」

そう、ここ。
絶対に北原君は冬馬かずさに対して特別な感情を抱いていた。
その感情の正体がどういうものかまではわからない。
しかし、見た目にはスキャンダラスに見えるが、
懊悩や慈愛、そして羨望に溢れたこの原稿、
そして、あの日のあのステージ、
裏付けられる要素は多分にある。
こんな、自分の大事な思い出を切り売りするような真似をしちゃっても、
後悔しないの?…北原君。

北原「あ…」

…あの目だ。
ただの驚きではない。
悲喜交々すべての感情が綯い交ぜになったような瞳の色。
彼はいつも、自分のカードを相手に見せることを極端に避けている。
しかし今回彼は、
自分の最も核心に近い部分をさらけ出す必要があるところまで追い込まれてしまった。
…そんな趣だ。
謎が一つ、解けた。

麻理「お前は、いいんだな?」

核心を見せずに誰が見ても賞賛されるような記事が書ければどれだけよかっただろう。
でもきっとそれは神様にだって無理だ。
そして彼にも、先の出来事が示すように、
直属の上司の怒りをあれだけ買うほどに無理なことだった。
彼は、その問いかけに、躊躇いを思い出したように目を瞑った。
しかし、次に目を開けた時には、決意の色だけを瞳に宿し…

北原「はい」

短い言葉を、発した。

…………………

波の引いたあとのグラフの島は、奇妙なほどに静かだった。
荒波の原因を作った当事者2人は休憩室に逃れ、
私以外に巻き込まれた人間はもう全員帰ってしまった。
私は…勿論やるべき仕事も残っているのだが、
なんだか帰る気になれなかった。

鈴木「………」

私は、今、どういう状態なのだろう?
仕事において自分史上最高のスランプ下に置かれてる今でなお、
まだ誰にも見抜かれてはいないし、見抜かれないまま終わらせようと画策している。
そして、ある一人の後輩に対して煩悶している今でなお、
場違いなほどに明るいいつもの『鈴木』を演じられていたと思う。
つまり、自分の胸に収めきれない程に肥大した悩みの種を、
それでもなんとかして誰をも巻き込まず縮小させて消化しなければならない、
ということだ。

鈴木「…なんか、疲れちゃうなぁ…」

つい2日前まではこんな思いをするとは思ってなかった。
北原君に見た微妙な違和感も、
チャンスがあれば刺激しない程度につついてやろうと思っていた。
麻理さんが北原君に抱きはじめている、
『大事な部下』に対してを越える感情についても同様だ。
しかし、そんなことは大局的にはどうでもよくなってしまった。

とは言え、個人的に気にならないかといえば、そんなことはない。
今2人はどんな会話をしているのだろう。
いつものように少しだけ踏み込んでくる麻理さんを、
北原君がさらりと躱す展開だろうか。
そもそも麻理さんが付け入る隙はあるのだろうか?
邪魔立てする気は毛頭ないのだが、
気づけば自分も、2人のいる休憩室に向かっていた。

いた。
パーテーションの向こうに2人。
内容すらはっきり聞こえる距離で彼らは会話している。
普段の私なら嬉しくなっちゃうくらい、乙女の雰囲気を醸し出す麻理さんと、
…憎らしいくらいいつものローテンションを保ち続けている朴念仁。
あ、なんとなくもうすぐ終わりそうだ。

麻理「っ、おい青年!」

北原「は、はい?」

麻理「恋の傷は、恋で癒せよ。仕事なんかに頼るな!」

北原「え………」

麻理「………」

北原「………」

麻理「〜〜〜っ、以上!」

北原「あ…」

麻理さんは、俯いた顔を真っ赤にさせて休憩室をあとにした。
私に気付かなかったのは私にとっても好都合だったかもしれない。
どうしよう。
彼に声をかけてみる?
かけてみたとして、何の話をするつもりなのだろうか?
何も知らない自分なら、先程の話題の件でも無遠慮に突っ込んでいけたかも知れないのに、
もう今は、軽々にそれを出来ない。
彼と2人きりになって平静を貫ける自信もあんまりない。

北原「…はい」

1人になった北原君の方から声が聞こえたのを契機に、
意味のない逡巡を繰り返すのもやめて、私も休憩室をあとにする。
謎が一つ解けたということだけを拠り所に、
明日には多少心が落ち着いていることを祈りながら、
私は、『彼』の待つ部屋へ、今度は躊躇いなく歩を進める。
…麻理さんの告白をつつけるくらいには回復するかなぁ。



   ―December 17th―

ついにこの言葉が本当に相応しい季節がグラフ編集部にもやって来た。
年末進行という『THE・修羅場』。
厳冬に重ねてやって来たこの旋風は、
普段は温厚な人間にも、『関係ない』と言わんばかりに容赦なく吹き荒ぶ。

浜田「北原ぁぁぁ〜、こいつの集計頼むぅぅぅ〜」

鈴木「あ〜駄目ぇ!浜田さん北原君取っちゃだめぇぇぇ!
   わたしの頼んだ仕事が先ぃぃぃ!」

木崎「俺のは!?俺の記事の注釈付けはどうなってる?」

こんな具合に。
海千山千のはずの大人が、
よってたかって学生バイトをあてにするというのもなんだかなぁ…。
挙句その学生バイトに仲良くしろとたしなめられる始末。
もう完全にお笑い種だ。

麻理「ふぅ、たっだいま〜!お、みんな頑張ってるね〜」

なんだかテンションが予想外に高い仕事魔人が帰ってきた。
渦中にいる時なら周りを寄せ付けない空気を背中に背負ってる人が、
この感じということは…?

麻理「こっちは入稿終わった!やった〜、奇跡だ!週末休める〜」

やっぱし。

麻理「さて、早く終わったし明日は来なくていいし、今からどうしようかな?
   今から飲みに行く人〜」

彼女が上機嫌な時は小学生のように屈託のない振る舞いに変わる。
まぁそれを損ねればワガママお嬢様みたいに物凄く面倒くさいことになるのだが。
あ、2回目のこの指とまれ。もう既にちょっと機嫌悪そうだ。
だからと言ってこの島に吹き荒れる旋風が去ることはない。
小学生のお嬢様から玩具を取り上げるのが一番平和な終わり方なのだが、
仕事以外の案件じゃこの人根に持つタイプだからなぁ…。
仕方ない、次善の策だ。

北原「あの、麻理さん…実はですね、仕事が終わってるの…」
   
鈴木「麻理さんと北原君だけなんですよ」

北原「ぇえ!?」

もう、そんな反応しないの。
キラーパスを通すには演技力が必要なんだから。
結局半ば排除するような強引さで、北原君には犠牲になってもらった。
部の空気を、部の存続を、延いては会社の利益を守るための尊い犠牲だ。
まぁ、恋の傷を恋で癒すなら、この展開もいいんじゃない?
北原君も『はい』って言ってたじゃない。
聞いてたのはわたしだけだけど。

麻理さんが照れてたことには、男性諸君も驚きを禁じ得なかったようだ。
ゴシップに慣れている我々にとっても、
身内の、しかも身持ちの固い美人女上司のそれともなると…
色めき立ち方が尋常じゃない。
色恋沙汰にキャイキャイ言ってしまうのは学生も社会人も同じだったみたいだ。

ま、いいか。
みんなも大人だしぼちぼち自分の持ち場へ帰るだろう。
修羅場で、スランプで、さらに最強の雑用を失うという状況でも、
やらなければいけないことは、やらなければいけないことのままだ。
あとひと踏ん張り、頑張ろう。
2時間経って状況が好転しないようなら、お嬢様のご機嫌を伺おう。

…………………

そして私は今、そのお嬢様と24時間営業のファミレスにいる。
時刻、17日換算で30時半。
グラフの人間として正しい判断をしたと思う。
意中(と言ってもいい気がする)の男とサシで飲んでるであろう女性を呼び寄せることに抵抗がないわけではなかったが、
背に腹はかえられないというのはまさにこのことだ。

戻ってきた彼女はまぁまぁそれなりに上機嫌だった。
楽しさの峠をしっかり味わっての帰還…ということらしい。
情けなさを棚上げした私の好判断は、幸運も合わせて連れて来たみたいだ。
そしてその最強の助っ人は、
今日済ませるべき仕事量のボーダーラインをあっという間に越えさせてくれた。
そのお礼も兼ねてのモーニング、というわけである。

麻理「鈴木もまだまだねぇ、このくらいで泣きついてくるなんて」

鈴木「うぅ…返す言葉がまったくございません…」

麻理「あんなの北原にやらせればよかったじゃない。
   私にちゃんと報告すれば貸してあげるのに、雑用マシーン」

鈴木「いや、流石に学生バイトをそこまで巻き込むのに気が引けたというか…」

麻理「あいつ開桜社志望って言ってんのよ?
   感謝こそされても、恨まれる筋合いなんかないわよ」

いや、私の知ってる限りでは、北原君は編集社志望なだけで、
誰かが無意識に印象操作を始めてるという感じなのだが…こんな風に。
それにしても特定の誰かの話題の時はやっぱり楽しそうに話すなぁ、麻理さん。
これはもう、確定的だよね。

鈴木「でもそのおかげで2人の時間を過ごすことができたじゃないですか〜!
   それこそ感謝こそされても、そんな風に言われる筋合いないですよ〜」

麻理「なっ!?」

ブッ込んでみた。 
おぅ、赤くなっとる赤くなっとる。
疲れと眠気のせいで思考がシンプルになっていて、
一つのことにしか意識が集中しないみたい。
ならここぞとばかりに目の前の可愛い乙女を揺さぶるのも一興だ。

鈴木「たのしかったんでしょ〜〜〜見てたらわかりますよ!
   ねぇ、北原君とどんな話をしたんですか?」

麻理「佐和子もあとから合流したの!!
   鈴木、なんか最近タチ悪くなってない?」

鈴木「あ、そうだったんですね?
   てっきり二人きりだったんだと…」

麻理「ど、どうせだったら人数いた方が会話も弾むかと思ってね!
   鈴木、あんた最近妙につついてくるわね。
   あんたの方が北原に興味持ってんじゃないの?
   DVD観たときもそうだったし!」

照れ隠しと誤魔化しが混ざった切り返しのまぁなんと早いこと早いこと。
話をはぐらかす為に後輩にお鉢を回すだなんてもう…照れ屋さんなんだから。
えっと、この質問にはどう返すのがいいんだっけ?
すぐさま否定するのがいいんだっけ?
嘘丸分かりの感じで『実は私も…』的なことを言えばいいんだっけ?
それともそれとも…。

麻理「…?」


そもそも、今私は、彼のことをどう思っているんだっけ?


麻理「…鈴木?」

その問いかけに、我に返った。
そしてその時には既に、不自然過ぎるほどの時間が空いていたことに気づいてしまった。
一生の不覚。
その言葉の似合う、不本意な間隙。

鈴木「やだなぁ麻理さん、私にはダーリンがいますから!」

そう、私には彼がいる。

鈴木「そもそも年下のオトコになんてまるで興味ないですし」

一緒に歩いていこうと本気で誓い合った彼が。

鈴木「麻理さんの所有物取っちゃおうだなんて気、毛頭ないですよ!」

だから気づかないで、気づかないでください、麻理さん。

鈴木「もうそろそろ帰りましょうか、はぁ、だいぶ眠たくなってきちゃった」

麻理「あ、うん」

私が必死で守り通してきた、最後の砦の存在に。



   ―December 21st―

年末進行の峠を越した開桜グラフ編集部。
さぞかし穏やかな空気が流れているかといったら…そうでもない。
次の締め切りに向かって、それぞれ緩やかながらスタートをもう切っている。
ある者は与えられた大量の雑用を淡々と機械のようにこなし、
ある者は時間の感覚にルーズな連載作家を密着マーク。
ある者は屁理屈だけが上達していく新人部下とのイタチごっこ。
そしてある者は、眼前に迫ったクリスマスを手透きにする為の裏工作、根回しに奔走。
…他でもない私なんだけどね。

それぞれがそれぞれの活動をやめない中、
先述の例から唯一漏れた女上司が、穏やかならぬ面持ちで島に帰ってきた。

麻理「ちょっとみんな会議室に集まって。緊急ミーティング」

厳しい口調で言い放ったその言葉は、
それでも、少しだけ年末進行に比べたら落ち着いた雰囲気だった同じ島の面々に、
また、新たな嵐を予感させた。

…………………

バイトの北原君だけを島に残し、私たちは急いで会議室へ向かう。
一体何があったんだろうか?
グラフで追ってたネタを他社にスッパ抜かれたとか?
…まさか、先日私たちに衝撃を与えたあの原稿の内容が、
先方の逆鱗に触れてしまったとか?
とにかく、行ってみないと始まらない。

しかし、私たちが一様に感じていた張り詰めた空気を逃がすように、
私たちの目に飛び込んできたのは…
…お菓子?
……クラッカー??
………新号の『アンサンブル』の見本!!!
なるほど、そういうことですか。

麻理「北原がもうすぐお茶持って来るから!
   みんな急いで準備して!」

もう、こういうことなら、もっと早くに耳に入れてほしかった。
普通はこういうことはされる側に驚きがあるのであって、
する側も驚いてたらもう何のこっちゃわからない。
ま、いいや。
真面目で頑張り屋な彼が、苦悩の末に掴み取った成果を、
目に見える形でしっかりと祝福してあげよう。
あ、足音が近づいてきた。

ガチャ…

北原「失礼しま〜」

パン!パパン!パン!

普段は何事にも動じない彼も、突然の破裂音には驚きを隠せなかったらしく、
盆の上のお茶を盛大に、それはもうマンガみたいにこぼした。
さぞ重苦しい空気を想定していたのであろう。目が真ん丸。

北原「………すいません、淹れ直してきます」

麻理「じゃないって!ほら、主役は真ん中に座れ。飲み物もちゃんとある」

鈴木「も〜、みんなクラッカー鳴らすだけで、
   『おめでと〜』って言わないのが悪いんですよ?」


松岡「鈴木さんだって無言だったじゃん」

浜田「だってなぁ…いきなり会議室に呼び出して、
   30秒後にお祝いしろって言われても、こっちも心の準備が」
   
北原「一体何の騒ぎですかこれは………あ」

アンサンブル2月号。
その表紙には、彼にとって思い入れの深い女性の姿があった。
頭のいい彼はそれを見ただけで、
今回のこの騒ぎの原因が自分にあったことを理解したようだ。
そしてまた、瞳の色が濁る。

センセーショナルな記事の内容と圧倒的な見栄えにより、
あくまで紙面上でだが、新人ピアニストとしては破格の扱いを受けた冬馬かずさ。
その姿に、恐らく久方ぶりに触れた彼は、
恥ずかしそうに、でも少し泣きそうに優しい眼差しを向ける。
ありきたりな私たちからの祝福の言葉や、
照れ隠しの言葉などあまり届いていないのだろう。
彼は今きっと、忘れられない世界の中にいるのだから。
…ちょっとぐらいは準備の立役者をねぎらってあげてほしいな。

まぁあれこれぐだぐだと考えているうちに、
彼の瞳の色がまた変わっていることに気づいた。
これは多分…憧憬の色。
手の届かなくなった相手を本気で想う時の色。
きっと、私たち相手では永劫見せることのない、色。

…………………

彼の華々しいデビューの祝賀会は、とりあえずプログラムの一通りを消化した。
具体的にはしゃべる。食べる。からかう。しかも会議室で。
しかし、自分のことすら進んで話すことを全くしなかった彼が、
冬馬かずさについて多少なりとも軽口で応えてたのは意外だった。
もしかしたら、この激動の数日間は彼にとっても大きな転機になったのかもしれない。

麻理「あ、そうだ。編集長から何冊か見本誌もらってきたのよ。
   …ほら、まず一冊はお前のものだよ、北原」

北原「あ、ありがとうございます」

それを初めて手に取った彼はまず、その重みに驚いたようだ。
流石は質実剛健がテーマの隔月誌である。
そしてその表紙を飾るのが…ともなると、
彼もどう表情を作っていいのか分からないらしい。

麻理「それで、あと何冊欲しい?」

北原「え…」

麻理「あげたい人、いるだろ?
   家族とか、友達とか、あと…」

最後を微妙に濁した麻理さんに少し笑っちゃいそうになったが、
確かにその点は私も気になる。
編集社志望の青年の初めての記事が載った見本誌。
しかも取材対象が表紙を飾り、明らかな特別扱い。
もしも彼の自己顕示欲が強ければ、
自ら吹聴して回ってもおかしくないくらい誇らしいことであるはずなのに…

北原「いえ、やっぱりもういいです」

帰ってきた言葉は、意外なような意外でないような、
テンションだけはやっぱりいつもの彼らしいものだった。

麻理「え…。
   そんな…誰か喜んでくれる人、いるだろ?」

北原「いや、別に。
   バイトだし、そんな大したことじゃないし」

鈴木「大したことじゃないってよ、松っちゃん」

松岡「明日からバイトいじめに走っていいよね?
   俺、それくらいの仕打ち受けてるよね?」

麻理「北原…」

私は彼の先輩であり、
ここにいるメンバーには自分が明るい性格だと認識されているはずだ。
だから会話にはしれっと参加する。
仕事上ではそうでもないが、こういう時の松っちゃんは非常に重宝する。
私にとっては非常に貴重な人材だ。
…こういう時に限り。

しかし、麻理さんが戸惑い、訝しがる以上に私は確信していた。
彼は嘘を吐いた。
彼にとって今回の一連が『大したことでない』わけがない。
思い起こしたくない過去だったはずだ。
…忘れられない過去だったはずだ。

それに、喜んでくれる人は本当にいないのだろうか?
例えば、彼女。
あのステージ上で輝かしい瞬間を共有していたもう一人。
『おぎそせつな』と言っていたボーカルの彼女なんかはどうだろうか?
それに、北原君ほど真面目で誠実さを追求する人間が、
今回の出来事を身内や友人に対して、おくびにも出さないものだろうか?
普通に考えて。

それとも、そんなこともすべて引っ括めて、
本当は記憶の奥底に永久に眠らせておきたかった、
ということなのだろうか。

…………………

本日までの必死な裏工作、根回しの結果、
私の24日の予定は、何とか半休という形で一応の決着を見、
客観的にも、彼氏持ちの人間だからなぁ…と思わせる為の導線を引くことができた。
うん、上出来だ。

しかし、ここのところの私は、毎日いろいろなことに気付かされてばかりだ。
今年の4月にグラフにやって来た初々しい学生バイトが、
実は初対面でなかったこと。
メンタルが揺さぶられるとすぐに仕事にも影響してしまうほど、
自分の社会人としての意識がまだまだ乏しかったということ。

そして、今日気付いてしまったこと。

麻理さんの言葉が、自分の言葉だったということ。
麻理さんと同じ目線で、彼のことを見ているということ。

できれば知りたくなかったことだった。
しかしである。
それを知ったことにより何かが変わるということはあってはならないし、有り得ない。
私にも、守らなければならないものがある。
大事な人がいる。
大事な…思い出がある。



   ―December 25th―

イブを過ぎた街はいつもと変わらないながらも、
昨夜の名残を少しだけ残し、寂しさを感じたりもする。
…具体的にはケーキの叩き売りみたいなね。
特別な夜を越えた今日は、なんだかいつもより空は明るく感じた。

鈴木「おはようございま〜す!
   あれ?麻理さんもしかして、帰ってないんですか?」

麻理「おはよう。あんたはお楽しみだったみたいねぇ。
   別にいいのよ私は、普通にやることあったし」

鈴木「クリスマスイブを完徹で仕事なんて本当に枯れちゃいますよ?
   ホント勿体無い!…麻理さんかわいいのに」

麻理「うっさい!」

鈴木「あはははは!
   まぁ最近はちょっとそっち方面でも楽しんでるみたいですしねぇ…。
   じゃ、退散しま〜す!」

麻理「タチ悪いわねあんた…(別に何もなかったわけじゃないわよ)」

聞こえないようにつぶやいたその声は、その思惑を越えて私に届くことはなかった。
だったらつぶやかなきゃいいのにと思う私は天邪鬼なのだろうか。
徹夜明けなのに顔色がいいように見えた麻理さんに背を向けて、自分の机に急ぐ。
血色がいい理由を邪推くらいは自由にしますけどね?

不意に途中にある、
島の共用のゴミ箱が視界に入る。

鈴木「あれ………?」

…紙皿?生クリーム?それも2人分。
見る者が見れば一発で分かる聖夜にはしゃいだ者達の夢の跡。
もしかして昨日…?

麻理「鈴木?どうかした?」

鈴木「…ううん、なんでもないです!」

麻理「あんた最近歯切れが悪いとき多いわね。
   なんか悩み事でも抱えてるの?」
  
鈴木「やだなぁ麻理さん!
   私に悩み事なんて仕事の泣き言以外であるわけないじゃないですかぁ!
   そんなことにまで気を回してたらお肌荒れちゃいますよ?」

麻理「あんたホントいい性格してるわね…」

何も、聞かなかった。
もし私の想像していることが実際にここで行われていたとしたら、
それはきっととても祝福すべきことなのだろう。
いや、祝福すべき…という段階まではいっていないのかもしれないな。
なにしろグラフを代表する堅物コンビだし。
その前にエンカウントなのか示し合わせたことなのかも定かじゃないし。

でも私はこの話題に関してだけは無頓着を装うことに決めた。
もしお祝いすべき事態になったとすれば、
その時めいっぱい私らしさを発揮すればいいだけのこと。
今はただ自分からその話題に触れて、
その時自分がどうなるか、どういう顔をしてるか、それが分からない。
分からないということは、リスク以外の何物でもないのだ。

聖なる夜を経ても、
私の胸に出来たしこりは消えることはない。
日を跨げば跨ぐほどむしろ、存在感を増すばかりだ。


   ―December 27th―

編集部としては、苛烈極まる年末進行は終わった。
イベントとしては、恋人たちの最もロマンチックな夜も過ぎていった。
年末の風物詩として残るのはあと紅白歌合戦くらいだろうか?
年末年始の束の間の休みに思いを馳せる会社員たちはみな一様に、
自らの業務を早く終わらせることだけを考えてそれぞれに動いている。

北原「…来ない?」

鈴木「うん、今日は外への挨拶回りだけで、そのまま直帰だって。
   明日からの出張の準備もあるし」

北原「………」

鈴木「何しろ、今年の仕事は先週末に全部上げちゃってたし。
   相変わらず文句の付けようのない仕事っぷりでさぁ」

北原「そう、ですか…」

鈴木「今年いっぱいアメリカを飛び回って、
   年明けからグアムでバカンスだってさ。いいな〜高給取りは〜」

出社するなり誰かを探すように周りをキョロキョロ見回した彼は、
私に短い質問をし、返事をされ、落胆した…ように見えた。
部内では、麻理さんの年末年始の行動は周知の事実になっていた。
昨日の段階で今日彼女が出社しないことはみんなにも伝わっていたのだが、
どうやらこの反応を見ると、直属の部下だけ抜けていたようだ。

鈴木「…なに北原君。
   麻理さんに会えなかったのがそんなにショック?」

北原「今週やる仕事の指示受けてなかったんで…」

…図星みたいだ。
彼ってこんなに正直だったっけ?
他人とはいつも測ったように距離を取り、
自分に踏み込んでくる相手をサラリと躱す少し前の彼とは、もう別人だ。
あ、臭いを嗅ぎ付けた休みに思いを馳せる会社員が近づいてきた。

浜田「なに?北原今フリーなの?いいこと聞いた」

鈴木「あ〜、レイアウト全部押しつける気でしょ?
   麻理さんに言いつけちゃおうかな〜」

北原「…別に構わないですよ。
   どんどん押しつけてください。
   鈴木さんも、何かやることありませんか?・・
   何なら年明けの仕事を前出ししてもらってもいいですよ」

鈴木「………マジ?
   麻理さんに内緒でやってくれる?」

北原「あはは…」

渡りに船とはこのことだ。
独力だと年末年始の休暇まで脅かしかねない仕事量を、
彼ならば多少なりとも、いや確実に減少させてくれるだろう。
浜田さんにしろ私にしろ、社員のくせして実に業が深い。

松岡「…と、お取り込みのところすいませんけど、北原」

北原「あ、はい?」

松っちゃんにしては真面目な口調で、北原君にしては間の抜けた返事。
双方にとって失礼な表現であることは承知の上で思う。
先輩の仕事の話に割って入ってまで一体何の話だろうと思って聞くと、
そこまでの価値がある話だと納得せざるを得ない内容であった。

ついさっき松っちゃんが取った電話は麻理さんからで、
アンサンブルの記事を読んだ冬馬曜子オフィスから、
北原君に名指しでニューイヤーコンサートの特別券が送られてくるらしいから、
それを北原君に渡しといてくれ、とのことらしい。
加えて超プレミア席。
『北原君指定』が無ければ身内での醜い争奪戦が繰り広げられていただろう。

しかし彼はどうでもいいとでも言いたげな風情でいる。
そう言えばさっき、麻理さんから自分への言付けがなかったか気にしていたな。
『冬馬』に関することを置いて考えられるくらい、
そっちの方が気になっているの?北原君。
だったらそれはもう祝福すべき段階まで達しているよね、気持ち的に。

でも、彼の様子は『どうでもいい』状態を脱しない。
『何が』、でなく、『すべてが』、である。
瞳から色が、消え失せていた。
周りは気づかないから、私も空気を破ってまで追求できない。
でも、ついこないだ立てた『無頓着の誓い』を破ってしまいたくなる。
でも、状況がそれをさせない。
でも、ものすごく気になる。

私が敏感だから、気づいたんじゃない。
私が知っていたから、気づけたのだ。
一体何が原因でそうなっちゃったの?北原君。
悲しみや絶望で塗り潰された暗い色。
ちょっと前までは平気そうに振る舞えてたじゃない。

原因は何?
麻理さん?
冬馬かずさ?
それとも、私の知らないもっと他の何か?

それは、私が絶望に明け暮れていたとき、鏡に映っていた色。
あの時は、ほんとに自分がどうなるか分からなかった。
実際、どうなっても構わなかった。
ただ、受け入れまいと必死だった。


ねぇ。北原君。

私は、あなたのおかげで自分を取り戻すことができたんだよ。

なのになぜ、そんなに悲しそうな瞳をしているの?

ねぇ、北原君・・・。


私は誓いを、破ることに決めた。
鬼の居ぬ間に、少しだけ彼に踏み込んでみようと決心をした。

北原「珍しいですね。
   鈴木さんがそういうこと言ってくるの」

鈴木「いや〜さ〜、私も現金だよねってちょっと反省してね。
   北原君バイトなのにこんなにおんぶにだっこになっちゃってさ!
   年が明ける前に借りは返しとかないと、気持ち悪いっしょ?」

北原「別に気にしてませんよ、俺。
   むしろ感謝してるくらいだし、いや、本当ですよ」

今まで私からはせず、彼からも当然なかった、
一緒に働く仲間に対しては至って普通の行為である、所謂『飲みのお誘い』。
結構勇気振り絞ってんだよ、私。
ちょっとぐらい他人行儀な反応をやめたらどうなんだい?

鈴木「だ〜か〜ら〜そういうことじゃなくて、
   まぁ言ってみればいつもありがとう!って、
   素直な可愛らしい気持ちもこもっちゃってるわけよ!
   いいじゃない少しくらい、ね?」

彼は『いくらでも仕事を受けつける』という爽やかな勤労意欲を先ほど示したばかりで、
それは私にとっては、『彼には空き時間がある』という言質を取ったことと同じだ。
数十回の押し問答の結果、
今日の夜、ちょっとだけならということで、
私のギリギリ勝利に終わった。

…………………

鈴木「お待たせ〜!
   いやあ出がけに松っちゃんと浜ちゃんに捕まりかけてさ〜。
   危うく終わりの見えない泥仕合に巻き込まれるとこだったよ」

北原「ふふっ、どこぞのお笑いコンビみたいな言い方ですね」

鈴木「いやいや、違いないって!
   お笑いコンビで間違いないじゃん!」

北原「はははは…」

彼の乾いた笑いはご愛嬌。
だって元々これが私たちのスタイルなのだから。

ここはグラフの編集部飲み会でよく使う、
会社から見て御宿駅の逆方向にあるバー。
あまりにも突発的だったために、
ここくらいしか思い当たらなかった。
もしかして先週麻理さんと飲んだのもここだったのだろうか?
だとしたら、反省材料になるかもだけど、さすがにそれは知らぬが仏。
だとしても、私の戦いはここから、挽回するのも、ここから。

北原「どうします?とりあえずビールでいいですか?」

鈴木「そうだねぇ、それでお願い」

北原「さしで飲むのは初めてですね。
   でもいいんですか?彼氏さんに叱られちゃいません?」

鈴木「いいじゃない別にぃ!
   だからといって何が起こるわけでもないし。
   第一何か起きたらもうあなたの上司に顔向けが…」

北原「鈴木さん最近ずっと何か誤解してません?
   別に麻理さんと俺とはそんなことまったく…。
   いや、麻理さん云々じゃなくて、
   俺の問いの答えになってないんですよ、その返答じゃ」

鈴木「ほんと細かいねぇ、北原君は…。
   …そんなこっちゃモテませんよ?」

北原「別にそんなことはどうでもいいですよ。
   あ、来ましたね。
   とりあえず乾杯だけでもしましょうか」

鈴木「そうだねぇ、それじゃ」

…カラン…

グラス同士の接触音。
それはお疲れ様でしたの代わりの音。
彼にとっては現状その程度のものだろうけど、
私にとっては戦いのゴング。

さっき何気なく麻理さんの話題を出すことで彼の反応を推し量ってみたが、
簡単には態度に出ない。
そりゃあそうか。
同僚と一緒に飲みに行くという状況になった時点で、
そういったことはもうとっくに想定してるのかもしれない。
もしそうだとしたら、流石はリスク管理の鬼。
わかんないけどね。

鈴木「先週麻理さんと飲みに行った時は、佐和子さんもいたんだよね?」

北原「麻理さんに聞いたんですか?
   佐和…雨宮さんも途中から合流して飲んでたんですけど、
   途中からバッティングセンターに行って2人の対決を見守って、
   そうこうしているうちに気づいたら解散…みたいな感じでしたね」

鈴木「あのあと戻ってきてもらったけど、
   結構麻理さん嬉しそうだったよ?」

北原「まぁ、楽しんでもらえてたんなら、目的は達成できたんじゃないですか。
   …鈴木さんからのキラーパスだった記憶はありますけど」

あら、覚えてたのね。

鈴木「でも見事に女の影ないよね、北原君。
   だからぶっちゃけちゃうとさ。
   男の影がない麻理さんと飲みに行くくらいならいいんじゃないかと思ってさ。
   別に嫌じゃなかったでしょ?」

北原「俺が嫌かどうかは別にどうでもよくてですね…」

どうでもいいんだってさ、麻理さん。
本当にそうなのかなぁ?

鈴木「まぁ、麻理さんが喜んでたなら良かったと思ってるって感じの
   優等生発言にまとめちゃうわけね?
   本気になったならいつでも相談に乗りますよ?お姉さん」

北原「適当なこと言いますね…鈴木さん」

う〜ん、わかんないな、これは。
元気がないようにも見えるし、いつも通りにも見える。

鈴木「そういえば私も仕事の手伝い頼んだけどさ、
   年末年始も開桜社来て仕事するの?
   麻理さんから仕事の指示はなかったんでしょ?」

北原「そのつもりです。
   有難いことに大量の雑務を島の住民からいただきましたしね」

鈴木「なんかイヤミ〜。
   北原君だって遠慮なく押しつけてって言ったじゃん!
   それに対しての感謝の意を示す場でもつついてくるの?
   結構Sなんだねぇ。ま、知ってたけどさ」

北原「いえいえ、これに関しては結構本気で感謝してますよ。
   将来的にやって損なことは何もないですし、
   別に一人でいてもすることないですしね」

北原君は、話をはぐらかす技術、線引きをする技術は超一流だ。
このまま何も考えずにずっと話していても、
私が聞きたいことは何も聞き出せずに終わるだろう。
分かってはいたことだが、
私が楔を打たない限り状況はきっと何も変わらない。

鈴木「なんか趣味とかないの?
   バンドやってたんでしょ?
   クラシックコンサートには行かないにしても、
   大晦日なら例えば他のカウントダウンライブに行ったりしたりとか…」

北原「いや、あんまり興味ないですね。
   高校の時だって、自分が楽しくてやっただけですし、
   基本的にそういうのには冷めた人間なのかもしれないですね、俺って。
   鈴木さんはそういうの行ったりするんですか?」

自分の話題は早めに、しかも勝手に結論づけて、
すぐに私に対して同じ質問を振る。
これは自分については多くを語らず、
他人に多くを話させるための彼の常套手段なのだろう。
それがわかった今は、素直にこう思う。
『なんてヒドイ男なんだ』と。
なるべく自然に核心を突きたいという私の思いはきっと成就しない。
空気を壊すことも厭わず、楔の一撃を打ち込む以外は。

でも例えば…

冬馬かずさとは付き合ってたの?

とか、

何であの時、あんな悲しそうな瞳をしていたの?

とか…。

そういったことを彼にダイレクトに言ったら、
彼はどういう反応を示すのだろうか?
同じテンションではぐらかしにかかるだろうか?
ならば彼は私に対して警戒心を増し、
もう2度と本当の意味で打ち解けた先輩後輩には戻れなくなるかもしれない。

もしくは怒ったりするだろうか。
踏み込んでくるな、と。
でもこれは彼に限って可能性は薄そうだ。
リスク回避が念頭にある彼なら、きっと私との争いは選ばない。

もしくは…。
何かやっぱり思ってることがあるんだとしたら、
抱えきれない何かが、彼の瞳から色を奪ったんだとしたら、
彼は私に、その何かを打ち明けてくれるだろうか。
先輩と、後輩。
それ以上でも、それ以下でもない、私に。

煩悶の中に身を置いているこの状況でも、
何気ない会話は澱みなく続いていく。
彼もたぶん心中穏やかならざる状態だろうから、
私と彼は本当に似た者同士なのかもしれない。
普段から鉄の仮面をかぶって過ごしている者、という意味で。

私達、似た者同士なんだよ、北原君。
だったらさ…。

私が抱えてる何かを彼に見せてしまえば、
彼も抱えてる何かを、私に見せてくれるだろうか?

…………………

北原「ありがとうございました。
   楽しかったです」

鈴木「お疲れ〜、でもなんか私ばっかしゃべってた気がするなぁ。
   仕事でストレス溜まってたのかな?
   付き合ってくれてありがとね」

彼は結局、徹頭徹尾いつもの彼だった。
そんな調子だから私も、小一時間の奮闘虚しく、
いつもの空気を壊すことができず、本懐を遂げることは叶わなかった。

鈴木「北原君明日も結局来るんでしょ?
   じゃあまた明日だね」

北原「そうですね、また明日ですね」

普段の彼に戻った、という風に解釈するなら、
私の行き当たりばったりも無駄ではなかったのかも知れない。
だって私は、『悲しい瞳をした彼を放っておけなかった』のだから。
だから彼を飲みに誘ったんだから。
そして今、あの時ほどには彼は落ち込んでいないようにも見える。
なら、それでよかったじゃないか。

でも、それも結局は分からないこと。
例えばどうにかして彼の中に入っていって、
その目から私を覗きでもしない限りは。
それが私を悩ませ続けてるって、分かってる?
分かってないよねぇ。
私も何も言ってないもんね。ほんとのこと。

だから私は、その日の結びの言葉に、ちょっとだけ紛れ込ませる。

遊び程度にだけど、
今日私が言いたかったことと、
私が只管に隠し続けてきたことを、形を変えて。

鈴木「でもよかった。
   とりあえず北原君、悲しそうな瞳じゃなくなったし、
   私も独り身の暇な時間を埋めれて丁度よかったし」

北原「………え?」

鈴木「じゃあね、北原君。
   また、明日ね。
   今言ったこと、誰にも言わないでね。
   それじゃ!!」

北原「………え、あ………ま、また明日」

そう言って踵を返し、彼のもとを早歩きで離れていく。
彼といえども、このヒットアンドアウェイは想定していなかったみたいだ。
反撃する機会を与えない、いつもの彼のやり口。
効果は覿面だった。
彼は普段は見せない焦りの色を全身から出し、
でもどうしようもないから、焦りと一緒に、自分の言葉もそのまま結んだ。

意趣返しというにはあまりに悪趣味過ぎる私のささやかな反撃。
彼はこのあと、そのことに少しくらいは頭を悩ませ、
抱いている『何か』を、少しの間でも忘れることができるだろうか。
勿論100%それを狙って発した最後の言葉ではなかった。
私もきっと焦っていたんだろう。
そしてすぐに、そのことを後悔するのだろう。

だけど、私は楽しかった。
彼とたわいもない話が出来て。
彼と一緒にお酒を飲めて。
…彼と一緒に過ごすことができて。
酔いが覚めれば、
先程の言動を猛烈に後悔する時間がやってくることはもう感じている。
でも言わずにはいられなかった。
とにかく、何らかの爪痕を残さずにはいられなかった。

分からないからこそ、悩む。
分からないからこそ、踠く。
分からないからこそ、意地悪したくなっちゃう。
これはきっと…。

あの日から水を溜め続けていたダムが、
とうとう許容量を越えて、決壊してしまった。そんな感じだ。
神様、これは裏切りなのでしょうか?
あの人に、対しての。
別に、何を望んでるわけじゃないんです。
ただ、言わずにはいられなかった。
…それだけなんです。

気づけば頬に涙が流れていた。
これもいつ以来のことなんだろう。
私もまだまだ女だったんだなぁ、
なんて、呑気に構えて日々を過ごしていけたらどんなに楽なんだろう。
本当に、明日からどうしよう…だ。

…結果からお伝えすると、
私はとにかく年内の最終出勤日まで、頑張り通した。
なんとかたどり着くことができた。
いつもの、私のまま。
でももう本当に、疲れ果ててしまった。
来年は、どんな年になるんだろうなぁ………。



   ―December 31st―

どこかで聞いたことがある。
何もする気が起きないときは、
何かをする心のパワーがまだ足りていないときなんだよ、と。
だからその時は、何もしないのが正解なんだよ、と。
まさに今、そんな心境で、そんな状態だ。

いかに大晦日といえど、
何もしなければただの休日だ。
別にテレビを見る気も起きない。
別に二年参りに行く気も起きない。
ただただ来年の心の平穏を祈りつつ、年越しを待つ。

私は一昨日まで出社した。
それまで、彼とは顔を合わせ続けた。
傍目には違和感を与えるような空気にはなっていなかったと思う。
私は、年内はしのいでやるという思いで必死に頑張ったし、
彼のポーカーフェイスは冴えに冴えていた。
しかし、目線はなかなかに合わないし、不自然なくらい会話もなかった。
安心できる状況ではあったものの、切なくもなるよね。

鈴木「…ふぅ」

今、何時ぐらいだろうか。
ベッドに寝そべり続けている。
勤続疲労により年に何回かはこうなったりするが、
余力を残してのこの状態は、開桜社に入社して以来初めてかもしれない。

鈴木「………はあぁ〜〜〜」

私をこれだけ悩ませている人間は、
今日は何をしているんだろう。
私と同じく頭を抱えているのであろうか。
だとしてもそれはきっと私のカミングアウトに気を取られてでは…ないだろうな。
あぁくそ、悔しい。

あ、でもちょっと、眠れそう。
紅白も、お笑い番組も、今の私には必要ない。
泥のように眠って、起きて、また眠って。
そうしているうちにまた忙しい日常に身を投じる日がやって来て。
そうしたら、時間が少しずつ私の胸のしこりを溶かしてくれる。

だから、おやすみ。
…来年はいい年になるといいね。北原君。



   ―January 1st―

プルルルルル…

鈴木「…………………ふぇ?」

携帯の着信音で、目が覚めた。
時刻は朝の4時。
えっと…ようやく頭が働いてきた。
年が、明けたんだ。
てことは、誰かからのあけおメール?
差出人は…佐和子さん。

麻理が宿泊先で携帯を壊したから、
仕事関係で急用があったら私にメールしてください。
ついでに、あけましておめでとう、だって。
なんじゃそりゃ。
せっかく夢も見ないで深く眠れてたのに。
まぁ、とりあえず私も。

『了解しました!
 麻理さんでもそういうことあるんですね〜。
 それはそうと、あけましておめでとうございます♪」


送信、送信。
ふぅ〜。じゃあもう一眠りしようか。
まだギリギリまどろみの中と言える今なら、
何の障害もなくもう一度意識をオフれるかもしれない。

プルルルルル………

あ、また佐和子さんかな?
返信の返信なんて要らないのに。
それとも麻理さんの言い訳を活字にして送ってきたのだろうか。
………コールがいやに長いな。
電話?

鈴木「………もしもし?」

北原『もしもし、こんな夜中にすみません、北原です。
   あと、あけましておめでとうございます』

………え?

鈴木「あ、あけましておめでとう…こんな時間にどうしたの?
   なんかあった?」

北原『えっと…なんかあったというか…
   バカンス中のはずの麻理さんからさっき突然着信があって、
   出た瞬間大きい物音があって、そのあとすぐに電話が切れて、
   かけ直しても一向に繋がらないんです。
   分からないですけど、もし何かトラブルでもあったんだとしたら大変だし…
   だから、佐和子さんの連絡先を教えてもらえればな、と…』


ポク、ポク、ポク、ポク、ポク、チ〜〜〜〜ン…


あぁ、なるほど、そういうこと。
無駄にドギマギして損したよ。
ちょっと腹立つからからかってやろうかしら。

鈴木「それは大変だね…なんか大変な事が、あったんじゃない?」

北原『何か知ってるんですか?
   佐和子さんの番号だけでいいんで、今すぐ…』

鈴木「例えば、単に携帯が壊れただけだとか。
   さっき佐和子さんからメール入ってたよ」

北原『………え?』

鈴木「だから、
   麻理さん携帯壊して連絡取れなくなっちゃったんだって。
   だから仕事関係で急用があったら佐和子さんにって」

北原『携帯壊した…?』

鈴木「あははは、麻理さんらしくない失敗だね〜」

北原『は、はぁ…』

鈴木「丁度いいや、いま北原君編集部なんでしょ?
   麻理さんへの緊急連絡は私が取り次ぐって、みんなにメールで展開しといて〜」

これでとりあえず、お役御免だ。
年明け一発目の仕事は、多大な戸惑いを連れて来はしたが、一瞬で終わった。

鈴木「…にしてもさぁ、今、何日の何時だと思ってる?
   北原君なんでこんな時まで働いてんの〜?」

北原『それは、その…暇でしたから』

いやいやいやいや………。
その理由じゃ理由にはならないでしょう、北原センセ。
私、あなたが明らかに嘘を吐いた時だけは、ハッキリ分かるんだよ。
たったの半月の間だけだったけど、
あなたを誰よりも見つめ続けてきた者として。

鈴木「松っちゃんに言ってやってよ、その台詞。
   あいつ一生かかっても北原君に追いつけないよね」

北原『えっと、麻理さんからのメールですけど、
   他に何か連絡とかありませんでした?』

鈴木「ん…ないよ。
   携帯壊れたことと、新しい連絡先のことだけ」

北原『その…俺に伝言とかは?』

鈴木「だからないって、全然」

北原『………』

いやいやいやいや………。
いやいやいやいやいやいやいやいや!
その沈黙は君らしくなさすぎだよ!!
ダメだよそれは…こんなの北原春希の反応じゃないって。

はぁ〜あ。
そっかそっか。
クリスマスからの元気のなさは、
全部麻理さんに起因してたのか。
なんか一人で気を揉んで、本当にバカみたいだよ。
よし、もういっちょ追撃だ。

鈴木「なに?急用?それとも、麻理さんの声が聞きたくて
   我慢できなくなっちゃった?」

北原『またそうやっていい加減なことを…』

鈴木「正直に言ってみ?今すぐ麻理さんに愛の告白したいって。
   そしたら佐和子さんの番号教えてあげるよ?」

北原『だからぁ…俺に回せる仕事ないかなって思っただけですよ。
   出張の方は終わったみたいだし』

鈴木「…年越しの朝まで仕事してて、
   この上まだ新しい仕事を探しますか君は。
   いい加減にしないと抜けるよ色々?」
   
北原『…それは勘弁』

声ちっさ!
歯切れわっる!
ついこないだまで仕事の鬼で隙のない完璧人間みたく思ってた彼でも、
こんなことになっちゃうんだ。
幸先悪い新年のスタートだねぇ、痛み入るよ。

鈴木「ふぁぁぁぁ〜。あ〜やっぱまだ真っ暗か。」
   
北原『すいませんでした。こんな時間に起こしちゃって』

正しくは、そのちょっと前に起きてた、だけどね。

鈴木「いいよ、もう。
   せっかく起きたからご来光でも拝みにいこうかな」

北原『お疲れさまです。
   …今年もよろしくお願いします』

プツッ… 
ツー、ツー、ツー………

拝みに行く気なんて、毛頭ないけどね。
今の私には、目的がないから。

そうかそうか、
彼は麻理さんのことを………。
本当に、この半月はなんだったんだろうなぁ。
無駄に気を回して、邪推して、空回って。
挙げ句に気づく必要のなかった気持ちにまで気づかされて…。

でも、本当はどうなんだろう?
二人の関係が成熟しているなら、
佐和子さんの携帯で、麻理さんから北原君に直接連絡が行くべきだよね。
加えて彼の小声、落胆、
彼らしくない言動の連続。

そもそもやっぱり異常だ。
こんな日のこんな時間にバイトの彼が一人で編集部にいること自体。
彼は、大丈夫なんだろうか。
彼の瞳の色は、少しは平和な色を灯しているだろうか。
ちゃんと、休めているのだろうか。

社会人としてのリスク回避の重要さを身をもって教えてくれるのは、
いつも、まだ社会人ですらない彼だった。
分からないなら、分かりに行く。
取り越し苦労ならそれに越したことはない。
今ならご来光を見に行くついでで、誤魔化せる。

気づけば私はいつもの半分以下の所要時間で、
身なりを整えて部屋を飛び出していた。

…………………

24時間営業の店や…の店くらいしか電気の通っていない、夜更けの御宿の街。
その中に我らが開桜社のビルもそびえ立っている。
予想通り、エントランスのフロア以外に電気がついているのは一箇所だけだった。
念のため…何に対して念のためか分からないけど、飲み物とお菓子は買った。
うん、行ってみよう。
虎穴に入らずんば、虎子を得ず、だ。

ガチャ…

北原「え………?」

鈴木「あけましておめでとう〜北原君。
   こんな時間までお仕事なんて、
   ど〜もお疲れさまですっ!」

ちゃんと自然に入っていけただろうか。
敬礼のパフォーマンスは…引かれただろうか。

北原「鈴木さん?
   え?あけましておめでとうございます、え?
   どうして…」

鈴木「初詣ついでに寄ってみたんだよ。
   北原君一人で頑張ってるみたいだし、はい、差し入れ」

ちゃんと自然に言えているだろうか。
100%の営業スマイルは…やり過ぎだろうか。

北原「あ、ありがとうございます…」

鈴木「どういたしまして、今年もよろしくね」

北原「…………………」

鈴木「…………………北原君?」

瞳を覗いてみても、見えるはずがない。
彼は目を瞑っている。

しかし、ハッキリ分かってしまった。

鈴木「ちょ、ちょ、ちょ…北原君!?」

彼の肩が、震えている。
彼が…泣いている。

北原「…う………うぅ………」

鈴木「ちょ、ちょっと…北原君…どうしたの?」

初めて見る、彼の本当の姿は、
驚きといたたまれなさが混じって見ていてつらかったが、
少しだけ…うれしかった。
でも、こんなことになるとは…。
男の人の所謂『号泣』を見るのは、
シラフでは初めてかもしれない。

北原「うぅ…うあぁぁ…
   あぁぁぁぁああああああああああああ!!!」

鈴木「北原君…泣かないでよ…
   流石にお姉さん、どうしていいかわかんないよ…」

北原「す…すいませ…ひっく…
   うぅぅ…あ…あぁぁ…ひっく……あぁぁぁぁ」

鈴木「ホットコーヒー買ってきたから、
   これ飲んでちょっと落ち着いて?
   私でよかったら、なんでも聞くから…」

北原「はい………。はい………!」

好きなだけ、泣かせてあげようかな。
それで彼が救われるのなら。
彼が、私を救ってくれたように。
それまで私はここにい続けてあげる。
詰め寄らず、かといって、離れもせずに。

…………………

北原「本当にすみませんでした。
   みっともないところを、お見せしてしまって…」

鈴木「いいって、いいって。
   全然気にしてないよ!誰にも言わないし」

北原「…ありがとうございます」

彼が落ち着いたのは、結局あれから随分経ってからだった。
15〜20分くらいは経っただろうか。
その間私はずっと彼のそばにいた。
特に何を考えるわけでもなく、
しかし、彼から溢れ出てきた『何か』を、決して見逃さないように。

そして彼が顔を上げたとき、
彼の瞳には光が戻っていた。
彼の心を蝕んでいたのは、きっと孤独。
あの時の、私のように。

北原「ちょっと、疲れてたのかもしれません…
   本当に、ありがとうございます。
   もう、大丈夫です」

鈴木「流石にそれじゃあ通らないよ、北原君。
   大丈夫なわけ、ないじゃん。
   まだつらそうだよ…誰かに言わないと、壊れちゃうよ」

北原「本当に大丈夫ですよ。
   心配かけてごめんなさい」
  
鈴木「この期に及んで君は、強く振る舞うわけね」

一つ確信したことがある。
彼の『大丈夫』は、全くあてにならない。
仕事に関してならば、信じていい。
しかしもう、メッキは剥がれた。
今の彼は、どうしようもない寂しがり屋で、天邪鬼。
踏み込むなら、今、ここだ。

鈴木「ま、大丈夫って言うなら大丈夫って思うしかないか。
   人それぞれ事情あるしねぇ」

北原「すみません…」

鈴木「それでも、君にはちょっと休憩が必要だと思う。
   仕事は?進捗状況どう?」

北原「…自分で撒いた種ですけど、
   とりあえず後先考えず、全力で効率良くやって、
   ようやく終わりが見えるような感じですね。
   麻理さんが帰ってくる頃に」

鈴木「あらら…身から出た錆…っていうのは可哀想だね、ごめんね。
   でもそれじゃあ休めないねぇ…」

北原「いえいえ、何かやってると気は紛れます。
   それに、情けない話ですけど…
   …さっきのでかなりスッキリしました。
   話し相手になってくれて、ありがとうございます
   捌け口にしたみたいで…申し訳ないです」

鈴木「いや、謝罪には及ばないよ。
   元気になってくれたら、それでいいんだ」

北原「ありがとうございます…」

鈴木「うん、ありがとうだけの方が気持ちいいね。
   私も、北原君も。そうでしょ?」

北原「そうですね。
   気分は多少違いますね。勿論、いい意味で。
   何かお礼がしたくなりますね」

鈴木「お礼?」

北原「ええ」

鈴木「う〜〜〜ん………」

北原「…鈴木さん?」

鈴木「う〜〜〜ん………。
   …あ、それじゃあさぁ。
   今日一日だけ、あたしに付き合ってよ」

北原「え?」

鈴木「暇がないんだったら、
   あたし今年は一日早く出社して北原君を手伝ってあげるから」

北原「いやいや、そこまでしてもらうことないですよ!
   好きでやってるんですし、
   鈴木さんの手を煩わせる理由も、どこにも…」

鈴木「あるんだよ、私には。
   今日一日私に付き合ってくれたら、教えてあげるから」

北原「…え?」

鈴木「私に申し訳ないって思うなら、
   今日一日だけでいいから…何回も言わせないでよ。
   さ、早く支度して」

北原「え、え?」

我ながらなんという暴論を振りかざしているんだろうと思う。
客観的に見ると、
まるで、心が弱っているところを狙いすまして、
年上の女が若い男を篭絡しようとしている…みたいな。

でもとりあえず、取っ掛りが出来た。
有効活用しなければ、女がすたる。
彼が抱えてるものの正体。
それがどういうものだとしても、受けきってみせる。
腑に落ちないというよりは、呆気にとられている彼の腕を掴んで、
とうとう私は、彼を勝負の場に引きずりだした。

…………………

ところ変わって、ここは末次八幡宮。
夜通し遊び組と、純粋初詣目的組が半々ぐらいに見受けられるが、
ピークを過ぎたかこれから迎えるかで、
それほど賑わってはいない。
元旦の5時6時に男女2人で仲良く初詣は、
酔狂な部類に入るのだろうか。

北原「あんまり人多くないですね」

鈴木「明け方だからね…。
   でも10時ぐらいになると来たの後悔するくらい混むよね」

北原「俺も鈴木さんも、酔狂な部類に入るのかもしれないですね」

あ、シンクロした。

鈴木「まぁ時間がどうとかじゃなくて、
   一年の計は元旦にあり!だから、関係ないさ〜。
   あ、もう本殿だね、お賽銭お賽銭。
   北原君は初詣に来ると幾らくらい投げる?」

北原「あんまり来ないですけど…どうですかね?
   だいたい100円くらいかな?
   豪勢にし過ぎるとやらしいし、
   かといって抑えすぎると、神様に見放されそうだし」

あ、またシンクロ。

鈴木「若い子はご縁があるようにじゃないの〜?
   まぁいいや、私もだいたいそんくらいだよ」

北原「じゃ、投げましょうか」

チャリンチャリン!

鈴木「じゃあ、私が鳴らすよ?」

ガランガラン…

2人とも手を合わせてお願い事をする。
元旦の神社では非常にありふれた光景で、傍目には何の違和感もないはずだが、
このツーショットはひょっとしたら神様でも驚いてるんじゃないかと思う。
私の方は終わった。
内容は…教えてやんない。
彼はまだ続けている。
普段は何かに頼ったり、そういうことを敬遠している彼が。
それは何かに縋るというより、私には祈りの姿に見えた。

北原「…あ、すいません。
   なんか長くなっちゃいました」

照れ隠しに彼が少し笑う。
なんか初めて見るような表情だ。
本当に憑き物が落ちたのかな。

鈴木「なんかお願い事したの?
   えらく切実に手ぇ合わせてたね」

北原「いえ、なんとなくですよ。
   折角の初詣なんで、雰囲気です、雰囲気」

鈴木「そんなもんかねぇ…」

嘘をついてるかどうか判別できなくなったのは、
多分彼の心が少し落ち着きを取り戻しているから。
深い関係でもない人間と顔を合わせただけで涙を零してしまう、
そんな弱い彼はとりあえず鳴りを潜めたようだ。
しかし、繰り返させてはいけない。
彼を再び孤独な世界に堕としてはいけない。

私が次に取る行動は、果たして正しい行動なのか。
そんなことは分からない。
しかし、昨年末からの奇妙な偶然の連続。
そしてその偶然のまま私に与えられた、彼との2人だけの時間。
運命だと受け入れる方が、自然なことのように思える。

お節介?
下世話?
麻理さんへの背信行為?
そんなことは知らない。
私だって、本気でずっと気にしてきたんだから。

鈴木「なんだかちょっとお腹空いちゃったね、北原君」

北原「そうですか?
   じゃあどっか朝でも空いてる店に入りますか?」

鈴木「いや、いいや。
   うちおいでよ、北原君。
   朝ごはん、作ったげるよ」

北原「え?いいですよ!
   流石に彼氏さんに申し訳………あ」

鈴木「今頃何か思い出したみたいね。
   うん、ダーリンにも会わせたげる。
   この人に普段お世話になってま〜す、って」

北原「…?
   こないだ言ってたのは、やっぱり嘘だったってことですか?」

鈴木「とりあえず来ればわかるよ、来れば〜。
   どっちにしろ、取って食おうなんて思ってないからさ〜」

釈然としない顔で後ろをついてくる。
彼にとっては本当に不可解な状況だろう。
何故元日の朝から彼氏持ちの男の家に向かっているのだろうか。
大いに悩みなさい。考えなさい。
そしてあなたの心の空白が埋まるなら、大いに結構。

…………………

鈴木「たっだいま〜〜〜」

北原「お邪魔します………」

開桜社から徒歩電車合わせて40分ほどのところにあるワンルーム。
私はそこに入社と同時に越してきた。
実家を離れて約3年。
ずっと、彼と2人で過ごして来た。
女友達でさえ入れなかった2人だけの空間だ。
そして今、その禁忌を破る。

北原「あれ?誰もいないじゃないですか」

違うよ、北原君。
ここにはもう一人、いるんだよ。
あなたに会わせたい、私の大事な人が、もう一人。

うまく話せるだろうか。
最後まで、私が私のまま、話し通すことができるだろうか。

鈴木「あのね…」

それは、長い長い物語。
北原君を初めて見たあの日からちょっと遡って始まった、
誰にも話したことがない、私の物語。

…………………

あれは、私が大学2回生の時。
とある大学の文学部で、単位取得もなかなかに上手くいき、
あとはプライべートもいろんな意味で充実させたいと思っていた頃の話。
それまでも何度か男の子と恋愛関係にはなったけど、
我を忘れてのめり込むようなことはなかった。

そんな時、ゼミのコンパで知り合った彼。
太陽みたいに笑う、カッコよくて、可愛い人だった。
裏表のない彼の人柄にすぐさま惹かれていって、
彼もまた、何故か知らないけど私に興味を持ってくれて、
自然に2人でいる時間が多くなり、
付き合うに至るまでの時間が短くても、躊躇いはなかった。

彼には夢があった。
世界中を旅して回って、
自分の目で見た景色や感動をいつか本にして、
世界中の人に読んでもらいたい、という壮大な夢が。
出版社志望なんだったら、俺の本、その出版社から出してよなんて、
他人が聞いたら荒唐無稽だと思うようなことも、笑顔で話していた。

私は、そんな彼が大好きだった。
一生一緒にいたいと、子供ながらに思っていた。

彼には趣味があった。
ギターだ。
テレビのドキュメンタリーなんかで、
出始めの若手が異国の地でギター1本で外国の方とコミュニケーションを取っている、
そんなありきたりな演出に感化されたらしい。
彼の思考回路はとても単純だった。

私は、彼の隣でアコギの音色を聴いてるのが好きだった。
下手っぴで、しかもなかなか上達しないけど、
真面目な彼の、実直な音が大好きだった。

彼と交際して1年が過ぎた頃、
彼が突然海外に短期留学すると言い出した。
将来のことを考えて、語学力やコミュニケーション力をアップさせたい、と。
しばらく会えないのは寂しいけど、
非常に彼らしいアグレッシブで、尚且つ将来を視野に入れた現実的な計画だ。
引き止める理由は、何もない。
私は笑って送り出した。
でもやっぱりちょっと、いやかなり、寂しかった。

2ヶ月ほど時間が過ぎた。
あと1週間ほどで彼はこの国に帰ってくる。
私の近くに、帰ってきてくれる。
メールや電話で毎日遣り取りはしていたが、
やはり会えないのは寂しかった。思っていた何倍も。

帰ってきた彼を少し休ませてあげて、
そのあとは何をしよう?
彼はどんなお土産話を私にしてくれるのかな?
私は、幸せだった。
とてもとても、幸せだった。

…しかしその幸せは、一瞬にして潰えた。
お正月に初めて彼に会わせてもらった、彼のお母さんからの電話。
お母さんは、泣いていた。
そのわけが、私に知らされた。
信じられなかった。
彼が、留学先で交通事故に遭って、亡くなったということを。

それからの半年ほどは、あまりよく思い出せない。
彼を失うということは、当時の私にとって、すべてを失うということだった。
喪失感で、自暴自棄になった。
何故あんなに夢に真面目に向き合ってた彼がこんなことに…という思いが、
それに拍車をかけた。
心配してくれた友人や、家族も寄せ付けず。
私は、本当の闇の中に堕ちていった。

一人じゃいられない。
でも、誰ともいたくない。
意味もなく街中をさまよい歩く日々。
危ない目にも、何回も遭いかけた。
でも、そんなことは本当にどうでもよかった。
彼のそばに行きたいと本気で思う時も、何回もあった。

そんなことを、どれだけ繰り返した時だろうか。
ある日私は、文化祭で盛り上がってる高校の前を通りがかった。
幸いこの高校出身の知り合いはいなかったし、
誰に遭遇することもないだろうと、何の気なしに入ってみた。

体育館がえらく盛り上がっている。
高校の文化祭程度のお祭りも、それほど捨てたものじゃないのかもしれない。
漏れてくるのは、慣れ親しんだアコギではなく、エレキギターのソロの音。
それがアコギだったなら、すぐにその場を離れたかもしれないが、
喧騒に紛れたくて、私はその輪の中に入っていった。

続いては、最後の曲です。
オリジナルです。
楽しんでやりますので、みなさんも最後まで楽しんでください。
タイトルは…『届かない恋』。
そんな内容のMCが終わり、曲が始まった。

びっくりした。
キーボードの綺麗な女の子の合図に合わせて、
ギター、ボーカルだけでなく、会場中が揺れ動いた。
私も高校時代、きっと未来永劫残っていくような思い出を、
作っておきべきだったなぁ…と思いながら、静かに見ていた。

ボーカルの子は、声が綺麗で、すごく楽しそう。
キーボードの子は、余裕たっぷりに、でもやっぱりすごく楽しそうだった。
この狂騒ぶりは、多少は彼女たちのビジュアルも、
影響を及ぼしているんだろうと確信できた。
だって前の方にいるのは男子ばっかだもん。

その2人の視線が、時折、一人の男の子に注がれていた。
心配そうに、でも心から信頼している、といった風に。
その視線に導かれるようにギターの彼を見たとき、
私はゾクッとした。

彼と、似ていた。

背格好でもない。
顔立ちでもない。
ただ、屈託のない笑顔でギターを弾く姿が。
それを、心から楽しんでいると伝わってくるその姿が。
彼と、強烈にオーバーラップした。

私は、金縛りにあったようにその場から動けなくなったが、
絶望によって凝り固まった心が、少しずつ和らいでいくのを感じていた。

そうだよ、私がしているのもまさに、『届かない恋』。

励ましてくれてるのかな。

背中を押して、くれてるのかな。

名前も知らない、きっともう2度と会うこともない、
でも、彼に似た、君。

彼の笑顔に、久しぶりに会った。
彼は、今の私を見て、どう思っただろうか。
彼じゃない彼を、彼に見立てて、
私は久しぶりに、本気で自分と向き合うことができた。

ありきたりだけど、彼は私のこんな姿望んじゃいない。
胸の痛みは一生癒えることはないけど、
それでも前に進まなくちゃならないんだ。
その姿を、きっと向こうでゆっくりしている彼にも見てもらわなきゃ。

曲が終わって、祭りのあと。
私はどの道をどう通ったのかも覚えていないが、まっすぐ家に帰った。
そして、泣いた。
彼の悲報を聞いた日以来初めて、泣いて、泣いて、泣き喚いた。
何日も、何日も、泣き続けた。
ちゃんと悲しみと、向き合うことができた。

季節を感じることもなかった日々が終わり、
気づけばもう寒い季節。
大学3年生にとっては、避けて通れない『就活』のシーズンの到来。
さぁ、ここからまた頑張ろう。
私は私の道を、しっかりと踏みしめて歩いていこう。

今まで本当にありがとう。
また、向こうで会ったらよろしくね。
じゃあその時まで、元気でね、バイバイ。

そして、本当にありがとう。
名も知らない、でも、私を救ってくれた、ギターの、君。

…………………

彼は、北原君は、絶句していた。
無理もない。
いきなりこんな訳の分からない打ち明け話を聞かされて、
しかも紹介すると言われた彼氏は、写真の中にいるだけだったなんて。

鈴木「そのうち、ほかの人を好きになるんだって思ってたけど、
   大学卒業しても全然恋愛しようって気にならなくてね」

北原「………」

鈴木「だから入社して配属決まった時もめんどくさくて言っちゃったのよ。
   『大学時代から付き合ってる彼氏がいる』ってね」

北原「そう、ですか…」

鈴木「北原君がバイトでグラフに来ても全然気づかなかったよ。
   だって北原君、陰気なんだもん。
   笑顔らしい笑顔、あんまり見せてくれなかったんだもん。
   ただでさえあの一回きりなのに」

北原「そう、ですね………」

鈴木「ごめんね、コメントしづらい話ばっかりして」

北原「いえいえ…そんな…」

そりゃ混乱するに決まってる。
高校時代の、彼にとっては永遠に蓋をしておきたかったであろう記憶。
それが白日の下に晒されたのがつい2週間前。
そしてそこからまた彼の物語は動き出し、
破綻したのが、今朝。
挙げ句に只の先輩から動機の分からない打ち明け話を長々と聞かされる始末。
傍から見れば嫌がらせレベルだよ、もうコレ。

でも、違うんだよ、北原君。
私が伝えたかったのは、話全体じゃなくて、たった一つのこと。
誰にも言ったことのない話だったから、掻い摘んで言えなかっただけで、
別に自分の過去を誰かに分かってもらいたかったわけじゃないんだよ。

ただ、あなたのおかげで救われた人間がここにいる、っていうこと。
それを分かってほしかっただけなんだよ。

北原「…なんだか」

北原君が、話の流れ以外で初めて、重い口を自ら開いた。

北原「自分の悩んでたことが、すごく小さなことだったんだって思いました」

あら、そういう風に流れていっちゃったか。
それは私の本意じゃないよ。
そう促すために言ったんじゃない。

北原「ただ自分が寂しいだけで、自業自得なのに一人で勝手に落ち込んで、
   本当に自分の狭量さが身にしみます。
   本当につらい目に遭ってる人は、たくさんいるはずなのに…」

肩を震わせて、一生懸命言葉を紡ぐ彼。

鈴木「違うよ、北原君。
   それは違う」

心の中で何度も言った言葉を、初めて彼に向けた。

鈴木「自分がどれだけつらいのかなんて、結局相手にはわからないことなんだよ。
   相手にできることは、そこに近づいてみようとすることだけ」

北原「………」

鈴木「でも、そのつらさは本人にとってだけは、その時のすべてだったり、
   そのせいで自分を見失ったりすることだってあるんだよ。
   大きい小さいじゃなくて、そういうもの。
   私も、そうだったから…」

北原「………」

鈴木「そんな時の私を、北原君は救ってくれた。
   だから私も、あなたの苦しみを分けて欲しいと思ってる。
   だからもしあなたさえよければ、私に話してみて。
   あなたが独りで抱え込んでること」

北原「………!!」

数分間言葉を失っていた彼が、
私の方に向き直った。
今にも泣き出しそうな顔で私を見た彼だったが、
その瞳にはあの時と同じ決意の色が宿っていた。

北原「…長い話になるんですが、いいですか?」

鈴木「いいよ、いくらでもどうぞ」

…………………

冬馬かずさ。
峰城大付属高校軽音楽同好会キーボード担当。
記事にも書いていた通りの、孤高の存在。
誰をも寄せ付けないような空気を背負ってた彼女を、
孤独な世界から拾い上げたのが、彼だったということ。

小木曽雪菜。
峰城大付属高校軽音楽同好会ボーカル担当。
自らが望んでない肩書きを背負わされた、実に小市民な存在。
がんじがらめで身動きが取れなくなっていた彼女を、
鎖から解き放ってあげたのが、彼だったということ。

交わるはずのない3人の世界が交わり、
そこには今まで味わったことのないくらい楽しい世界が待っていたということ。

しかし、青春時代の真っ只中、
男女3人という歪な構成の彼らの物語が、楽しいだけで終われなくなっていたこと。

抜けがけ。我慢。逃避。嘘。
そして………裏切り。

運命が、3人の世界を踏み荒らし、
やがて1人がそこから旅立っていき、
1人と、1人が残されたこと。

そして季節はまた流れ、
舞台は付属から大学へと移り、
彼はまるで、償いのように自らを追い込んでいったということ。

変わらずに彼を見つめている1人の視線を感じるたび、
優しさに触れるたび、罪悪感に駆られて逃げ出したこと。

3年のつかず離れずの期間を経て、
彼女ともう1度向き合おうと固く決心をしたこと。

しかし、彼女が彼の本心を見透かしてしまい、
彼女に拒絶されてしまった、ということ。

そして孤独と絶望に苛まれた彼の心の寄る辺が、
開桜社で孤高の存在として知られている女上司しかいなかったということ。

実際に、その人に救ってもらったということ。
これからも、救ってもらえるという期待を抱いたということ。
それが叶えられなかったということ………

…………………

彼の口から紡がれた約3年の物語は、
私にとっては驚きに満ちた物語だった。
あの舞台の上で、これ以上なく輝いていた3人の心は、
見る影もないくらい、今は離れ離れになっていた。

北原「すべてを、無くしてしまった、そんな気分です」

本当に正直に、北原君はすべてを話してくれた。
相手の心の内を完全に理解するのは無理だけど、
疑う余地がないくらい、彼は素直に見えた。

鈴木「で、どう?」

北原「………え?」

鈴木「だから、どう?」

北原「これから、俺がどうすべきか、ってことですか…?」

鈴木「スッキリしたでしょ?」

北原「あ………」

最上級の笑顔で、彼を出迎える。
また、彼の瞼が震え出す。
今は、深いことを考えさせる必要はない。
もしかしたら私に話したことを後悔する日が来るかもしれない。
でも今はただ感情を吐き出して、泣けるなら泣いて、
ただただ、心を開放してあげればいい。

独りで、3年間もよく頑張ったね、北原君。

彼はまた、泣いた。
あの日の私と比べてもひけをとらないくらい、
感情を吐き出しながら、泣いた。

元日の朝。
新たな始まりの舞台としては申し分ないだろう。
きっとまた、素敵な日々がここから始まるよ、北原君。

よかったね。
泣くことができて。
ありがとね。
涙を、見せてくれて。

私は、ただずっとそばで見ていた。
今私の胸に去来しているものの正体は、まだはっきりとは掴めてない。
それでも、はっきりしていることがある。
彼は私にとって、『特別な存在』であるということ。
彼の物語がまた動き出したように、
私の物語も、3年の時を経て動き出したんだ。

気づけば彼は、こたつに突っ伏して眠っていた。
泣き疲れて眠るのは女の専売特許だよ、北原君。
意趣返しじゃないけど、
私はお酒でも飲もうかな?
飲みつぶれて眠るまで…。

…………………

北原「………んぅ。あれ、ここは…?」

鈴木「あ、おはよう、北原君。
   おはようったって、もう夜だけどね〜」

眠ってしまった北原君を横にして毛布をかけたのがだいたい朝8時くらい。
そんで今が、夜の10時くらい。
どんだけ疲れてたんだ、ってくらい彼は幸せそうに寝こけてた。
私もちょっとは寝たけど、
ほとんどの時間を彼を見つめるのに費やした。

北原「あ…おはよう、ございます。
   …………………すいませんでした、なんか」

照れくさそうに、笑う。
さすがに飲み込みの早いこと。

鈴木「じゃあ、約束通り朝ごはん食べようか。
   朝ごはんったって、もう夜だけどね〜。
   誰かさんが人んちで大爆睡かましてくれたおかげで」

北原「すいません…今朝から謝り倒してますね、俺」

起き抜けの頭でも時間の感覚ははっきりしてるみたいね。
めちゃめちゃしっかりしてる。
この子は、本当に強い子なんだな。
大丈夫、絶対にちゃんとやり直せるよ。

いつ彼が起きてもいいように、
作った料理はきちんと冷蔵庫に入れておいた。
まさかそこから半日以上経つなんて思ってなかったけどね。
まぁいいや、日付が変わる前だし。
彼の新たなスタートを祝うニューイヤーパーティーは、
今からでも、遅くはない。

北原「意外に料理上手なんですね、鈴木さん。」

鈴木「意外とかひっどーい!
   普段北原君が私のことどう見てるかよく分かったよ!」

北原「開桜社で働いてたら、
   あんまりそういうことする時間ないんじゃないかと思いまして。
   すごいですね」

鈴木「褒められてんのか貶されてんのか…。
   まぁいいや、今日一日は付き合ってもらうんだからね。
   とりあえず、一緒に食べよ?」

北原「そうですね。
   ありがとうございます。
   いただきます」

鈴木「はいど〜ぞ、お召し上がりください!」

私はこれ以上、何も聞かない。
彼はこれ以上、何も言わない。
それでも、私たちは誰よりも理解し合えた。
遠慮も、しなくなった。
それは、誰に対しても一定の距離を保っていた2人が、
2人の間だけ、垣根をとっぱらったことを意味していた。

…………………

北原「じゃ、帰ります。
   お世話になりました。ありがとうございました」

鈴木「礼には及ばないよ。
   恩返しのつもりだから」

北原「…それにしても、すごい偶然ですね。
   ちょっと、いや、ちょっとどころじゃない。
   年明け早々、世界観ひっくり返りましたよ」

鈴木「そうだねぇ。本当に。
   私もあのDVD観たときはそうなったよ」

北原「そのせいで今は、麻痺してるのかもしれないですけど、
   今日のこと、絶対に無駄にはしません。
   前向きに、頑張ってみます」

鈴木「うん、ファイト。
   またいつでも相談乗るからね」

バタン。

鈴木「ふぅ〜」

ため息とも安堵の吐息ともつかない息を出してしまった。
彼はきっと明日も明後日も開桜社に出て、
見るからに無茶な量の仕事をこなそうとするだろう。
しかしもう心配はいらない。
私が、ついてる。
それに、彼は強い人だから。
もう既に、前を向いているのだから………。

………なんてね。
そんなに簡単に割り切れるなら人生苦労はしない。
彼はこの先どうするだろうか?
もう一度縺れた糸を解こうと全力で問題に向き合うのだろうか?
それとも、その逆なのだろうか?
私に、相談してくれるだろうか?
そして私は、その相談に乗れるだろうか?
100%彼のことだけを考えて。

思わぬ偶然が、私に大きな驚きをもたらした。
そしてその流れのまま、私は彼の本当の姿を見た。
救ってあげたい、と、思った。
でもそれは、本当に彼のため?
本当は………。

私はその翌日も、翌々日も、グラフ編集部に出た。
彼を手伝うという名目で。
自分に嘘を吐きながら、
自分に正直に、自分のために行動していた。

このページへのコメント

shafflさま

ありがとうございます。
後編、そして2もアップさせてもらいました。
また読んでみてください!

ushigara_nekoさま

僕は日本語が大好きなので、
そういう風に言って下さるのは一番うれしいです!
そちらの続編も楽しみにしています!

0
Posted by boragi 2014年06月01日(日) 15:23:45 返信

簡素で、分かりやすく、美しい文章ですよね…。
少し長い詩のようです…。
素晴らしいです。
続編楽しみにしています。

0
Posted by ushigara_neko 2014年06月01日(日) 00:19:31 返信

これってCCの鈴木さんルート!?しかも1って事は2もあるってことですかね?意外な人がピックアップされてて驚きです^−^中編か後編も次回も楽しみでしょうがありません。更新乙

0
Posted by shaffl 2014年05月31日(土) 23:09:33 返信

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