大学の夏休みが終わった。
最近まで学校が休みだったため、春希はたくさん開桜社のバイトに出ることができたので、3ヶ月もしないうちに一般社員と変わらないほ
どの仕事っぷりを発揮していた。
その成果の要因は、直属の上司があの、無茶な仕事を押し付ける、風岡麻理なのも理由の一つだった。
春希にとって憧れの職業である、雑誌編集者。
麻理の指導は厳しいが、春希は仕事が楽しくて仕方がなかった。
「お〜い北原!今鈴木さんと一緒なんだけど北原も一緒に休憩しようぜ!麻理さんは今取材中でいないんだろ?」
新入社員の松岡は春希に気さくに声をかけた。
「はい!ありがとうございます。」
春希は松岡と鈴木と一緒に休憩室へと向かった。
「いや〜〜〜まさかあの人気アイドルに直接取材できるなんて、オレこの仕事やっててよかったよ。」
松岡は一人感動していた。
「もっと他のことそう思ってほしいものだけどね。」
鈴木は苦笑した。
「いや〜でもホント可愛かった!北原だってそう思うだろ?」
「え?オレですか?」
「そうだよ!それとも北原は可愛いアイドルよりもセクシー系のグラビアアイドルのほうがいいのか?」
「うーん…オレはどちらかと言うと…カッコイイ女性ですね。」
「カッコイイ?」
「いや、ちょっと違うかも、見た目がクールで口調も強くて、得意なことはバリバリと才能を発揮するんだけど本当は不器用で…ちょっと
曲がってて…でも…すっごく可愛いところもあって…。」
「なんか妙に具体的だな。好みの女性というよりもある特定の人物のことだったりするんじゃないのか?」
「いや……別に…そういうわけじゃ…。」
春希は好みのタイプを言ったつもりが、まんまかずさのことを言っていることに気がついた。
「それってあれだな…。」
「…そうよねぇ。」
鈴木と松岡は目を合わせて笑った。
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「今日は思ったよりも早く仕事も終わったし…たまにはかずさのこと迎えに行ってみようかな…。」
春希は仕事が終わるとかずさの通う音大へと向かった。
校門のところでしばらく待っていると、かずさがやってきた。
「おーい!かず……さ?」
かずさは知らない男と一緒に歩いていた。
楽しそうに話をしているわけではない。
ただ、かずさの表情は真剣だった。
かずさは春希に気がついた。
「春希!?どうしてここに?」
「仕事がおもったより早く終わったから…メール送っておいたんだけどな。」
かずさと一緒にいた男は春希を見た。
「………冬馬さんの知り合いですか?」
「はい、北原春希と言います。学校の人ですか?」
「4年の設楽曜平です。冬馬さんとは同じ講師からピアノ指導を受けています。」
「そうですか、かずさがいつもお世話になっています。」
「いえいえ、北原さんは…もしかして彼氏ですか?」
「…はい。」
「そうですか。よろしくお願いします。」
かずさと一緒にいた設楽という男は真面目そうな好青年で高校の音楽科にいた人たちのような嫌味な感じもなかった。
「それじゃあ設楽、私はこのまま帰る。」
「また明日冬馬さん。あの話し考えておいてくださいね。」
設楽はそう言い残すと大学へと戻っていった。
「あの話しって?」
気になった春希がかずさに尋ねた。
「……………ちょっと誘われていて…。」
「誘われているって何に?デートかよ?」
「落ち着け春希。そんなんじゃない。」
「じゃあなんだって言うんだ?」
「作曲家のカリキュラムを初めて見ないかって言われてるんだ。」
「作曲家の?」
「今の私は演奏家としての…ピアニストとしての勉強しかしていないからな。授業数は増えるけどいろんな可能性をためした方がいいって。」
「………どうしてかずさに?」
「母さんを…冬馬曜子を超えるには作曲家としても活躍すべきだって。自分が書いた曲を弾くってのは確かに母さんやらないからな。」
「冬馬曜子について詳しいんだな。」
「設楽は小さい頃から冬馬曜子を目標にピアノをやってたんだそうだ。設楽の母親が冬馬曜子の大ファンで息子の名前に同じ文字を入れたくらいだからな。」
「…なんで…今になってかずさに接触し始めたんだ?そんなに冬馬曜子に入れ込んでいるならもっと早くに話しかけそうなのに。3年になるまで待つなんて。」
「話すようになったのは一緒に連弾をしたのがキッカケかな。それ以来何かとお節介焼いてくるんだ。」
「……珍しいな。」
「確かに、私にお節介を焼くのは今まではお前くらいしかいなかったよ。」
「そうじゃなくて…かずさはあまり他人に干渉されることを嫌うのに。あの設楽って人は平気なんだなって。」
「誰かさんのおかげですっかり慣れたみたいだな。それに…ちょっと春希に雰囲気が似てるからあまり嫌な感じがしないからかな。」
「オレに似てるか?あっちのが明らかに背もオレより高いしハンサムだけど…。」
春希は自分で言ってて虚しくなた。
「……そういうことじゃないんだけど…。」
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翌日、開桜社の自販機前で、鈴木は麻理をからかっていた。
「え?北原が?」
「はい!あれはまさに麻理さんのことですよ〜。」
「ただ好みの女性のタイプを言っただけで私のことじゃないだろ。」
「えぇ〜カッコイイのに抜けてるところがあるとかまさに麻理さんじゃないですか。」
「それは褒めてるのか?」
「いいじゃないですか、どっちにしろ麻理さんは北原くんの好みの女性ということには変わりないんですから。」
「盛り上がってるところ悪いけど、北原には彼女がいるぞ。」
「え?そうなんですか?」
「仕事が遅くなりそうなときとか彼女への連絡はマメにしてるからな北原は。」
「それは残念ですね。」
「なにが残念なんだか。」
「麻理さん!こんなところにいた!」
麻理を探していた春希が走って麻理のところに来た。
「き、北原どうしたんだ?」
「次の取材先の準備完了しました。そろそろ行かないと…。」
「北原、水は買ったか?」
「水ですか?」
「外は暑いから熱中症にならないために、水は欠かせないぞ。」
「わかりました。さすが麻理さん、身体のことちゃんと労っていますね。」
「…北原……それは私がもう若くないからとでも言いたいのか?」
「そ、そういうわけじゃ…。」
鈴木は二人のやりとりを微笑ましく眺めながらつぶやいた。
「お似合いなのになぁ…。」
取材が終わるともうあたりはすっかり真っ暗になっていた。
春希と麻理は電車から降りると開桜社へと向かって歩いていた。
「北原はこのまま直帰してもいいと言ったのに。」
「麻理さんのインタビューの編集見せてくださいよオレにも。」
「でも…。」
麻理は鈴木に言われたことのせいで春希を意識してしまっていた。
「お、春希か?」
「…武也?」
開桜社へ向かう途中、春希は偶然武也に出会った。
「こんな時間どうしたんだよ?春希。」
「オレは仕事中だよ。武也こそ何してるんだ?」
「今まで大学の友だちと飯食ってたんだよ。誰かさんはなかなか時間作ってくれないけどな。」
「悪い悪い。」
「北原、大学の友人か?」
二人のやりとりを見ていた麻理が春希に尋ねた。
「はい。高校からの友達で。」
「春希、こんな美人と二人きりだなんて冬馬は知ってるのか?」
武也は春希に耳打ちした。
「職場の上司だよ。」
「へぇ…上司ねぇ…。」
武也は麻理をジッと見た。
「なにか?」
「いやいや、美人だなぁと、彼氏はいるんですか?」
「え?ちょっと…いきなりなにを言い出すんだ北原の友達は。」
麻理は焦り春希に助け舟を求めた。
「武也、お前そんなこと言ってる場合なのかよ?依緒に言いつけるぞ。」
「そんな怒るなって。冗談だよ。でもアレだな、冬馬にちょっと似てるな、春希の美人上司は。」
「え?」
「なんとういか雰囲気っていうか。物腰というか。ちょっと冬馬のほうが凶暴そうではあるけど。お前の好きなタイプだからって浮気する
なよな?」
武也はニヤニヤしながら春希をからかった。
「お前と一緒にするな。じゃあもう行くぞオレは。」
「ああ、またな春希。」
「…似たタイプ……なるほど、そういうことか。」
麻理は一人納得していた。
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春希が家に着いたのは夜10時だった。
しかし家に着くとかずさはまだ帰っていなかった。
心配になった春希はかずさに電話をかけようと思ったが、その瞬間かずさは帰ってきた。
「かずさおかえり、ずいぶん遅かったな。何していたんだ?」
「春希もどうせ今帰ったばかりなんだろ?」
「そうだけどオレはバイトだし。」
「私は食事だ。」
「もしかしてあの設楽って人か?」
「設楽もいたが、音大の講師に作曲家コースのカリキュラムの説明を受けていただけだ。」
「そっか、カリキュラム受けるのか?」
「作曲家にならなかったとしても、表現力を養ういい機会になると言われたんだ。だからどんなものかしてみようかなという気持ちはある。」
「いいと思うよ。将来の可能性は多いに越したことはないんだし。」
「お試しでからでいいって言われていたから、とりあえずはやってみようかなと思う。」
「そっか。がんばれよ。」
それによって、自分との時間が減ってしまうのではないかと思ったが、それはお互い様なのだと春希は自分を納得させた。
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しばらくして、春希が開桜社へ行くと、鈴木がひどく落ち込んでいた。
「どうしたんですか?鈴木さんは。」
春希は木崎にこっそりと聞いた。
「どうやら彼氏と喧嘩したみたいです。」
「え?喧嘩?」
「この仕事してたらよくあるんだよ。時間が不規則ですれ違いが多いからね。この仕事をなかなか理解してもらうのは大変だよ。」
「確かに時間も休みも不定期ですからね。」
「その点オレは同じ開桜社の人が彼女だから、理解はあるし、会える時間も融通がきくからなぁ。」
「営業に彼女がいるんでしたよね?」
「そうだよ。付き合って2年になるけど、こんなに長く続いたのはこの仕事して初めてだよ。ところで北原も彼女がいるって聞いたけど、
うまくいってるのか?」
「……順調といえば順調ですが、最近なかなか時間がお互いあわないというか、オレもすれ違いが多いです。」
「バイトのうちからこれだと、社員になったらもっと大変だぞ。」
「……やっぱり…そうですかね。」
卒業後、かずさとどうなるかなんて今まで具体的に考えたことはなかった。
お互いやりたい仕事をした時、同じ道を歩むことが出来るのだろうか。
ましてやかずさは母親のように世界的ピアニストになる可能性を秘めている。
そうなったら拠点を国外にする可能性であってある。
でも、春希も春希でやりたい仕事があって、夢があって…。
そうぼんやりと春希は考え事をしながら廊下を歩いていると話し声が聞こえてきた。
「だから、あれは…北原は彼女のことを言っただけで私のことを言ったわけじゃなかったんだ。」
麻理の声だった。
「えぇ〜絶対麻理さんだと思ったのに。でも麻理さんは北原くんのこと…。」
もう一人の女性の声は鈴木だった。
「ちょっと、何言ってるの?」
「バレバレですよ。公私混同してないから別にいいと思いますが。」
「だから…そうじゃなくて。」
「どっちにしろ麻理さんが付き合う人は仕事に理解ある男じゃなきゃダメですよ。私なんていつもいつも責められてばかりで。その点北原
くんだったら理解してくれそうじゃないですか。それどころか一緒に同じ道を歩いてくれるんですよ。」
「北原はまだここに就職すると決まったわけじゃないだろ?」
「もうすでに戦力になってて北原くんが望めば採用確定みたいなものじゃないですか。」
「だいたいあなたは人の心配している余裕なんてないんじゃ?」
「う……それはそうですが…。」
「同じ道を歩く…か。」
春希はつぶやいた。
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仕事が終わり、春希が家に帰ると、家の前に一人の男が立っていた。
設楽だった。
「どうかしたんですか?かずさ家にいませんか?」
「いや、冬馬さんはまだ大学だ。今日はあなたに用があって来たんです。」
「オレに?」
「はい。冬馬さんの彼氏さんに。」
春希は設楽を家のリビングに入れ、コーヒーをいれた。
「どうもありがとう。」
「いえ…オレに用事ってなんですか?かずさのことですか?」
「……まぁ…そうなんですけど…。」
もしかして、設楽がかずさを好きになってしまい、宣戦布告でもしに来たのではないのかと春希は身構えた。
「言っておきますが、オレはかずさとは…。」
「届かない恋。」
「え?」
「素晴らしい曲ですよね。」
「知ってるんですか?届かない恋。」
「ええ。峰城大付属の音大には知り合いも結構いるので学祭に顔を出しました。そこでたまたまライブを見たんです。素敵な曲でした…そ
して冬馬さんも…とても素敵だった。」
オレも一緒にいたんだけど…と春希は思ったが口にしなかった。
「あの時のかずさは本当にすごかったですね。」
「はい。本当はオレ、またああいう曲を作って欲しくて作曲家の勉強をしないかと誘ったんです。」
「…よくわかりましたね、かずさが作った曲だと………。」
「3人の中でどうみても音楽に長けてるのはあのキーボードの子くらいでしたから。」
「音楽家にはわかるんですねそういうの。」
「まぁ…そんなわけで試しに一曲書いてもらったんです。悪くはないですし周りからもそこそこの評価もえられました。でも届かない恋に
比べたらまだまだで……けど…冬馬さんの才能をなんとしてでも引き出したいと思ってます。」
「はぁ…。」
「北原さんが冬馬さんの力になれてればいいのですが…冬馬さんの邪魔をしている可能性もあるかもしれないです。」
「そんなこと…なんであなたにわかるんですか?」
「どうも最近の冬馬さんはどこか上の空というか…。」
「上の空?」
「はい。だから少し心配になって今日はこうして来てしまいました。お節介が過ぎてるのはじゅうじゅう承知のうえです。」
「………。」
本気でかずさを心配して気にかけているのだなと春希は思った。
だからこそ、モヤモヤしたものを春希は感じたのだった。
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設楽が帰り、しばらくするとかずさは大学から帰ってきた。
「ただいま春希、誰か来ていたのか?」
「設楽さんがちょっとね。」
「なんでまた春希のところに。」
「…まぁ…たいしたことじゃないよ。かずさのことがちょっと心配だったみたいで。」
「それだけでわざわざうちに来るとかホント春希みたいなお節介野郎だな。」
「…褒めてないな。ところでかずさ、作曲の方は今どういう具合なの?」
「……つまらないわけじゃないけど……今ひとつのらない。やっぱり向いてないのかも。」
「でも、以前あんなにいい曲作ったのに。」
「歌詞つきの曲とピアノ曲は全然違うからな。あの時は歌詞があったし。」
「そういうものなのか。」
「今度の大学の演奏会で自作した曲を披露してほしいと言われているけど、このままだと辞退することになるかも。」
「演奏会があるのか、それオレが行ってもいいのか?」
「いいけど、春希は仕事で忙しいんじゃないのか?」
「その辺はなんとか折り合いつけるから。」
「そうか。でもあまり期待はするなよ。今のままだとかなり厳しい。」
「オレは楽しみにしてるよ。久しぶりのかずさの晴れ舞台。」
春希は精一杯の笑顔で言った。
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数日後、春希は鈴木、松岡と一緒に飲みに居酒屋へ行っていた。
春希が浮かない顔をしていたので二人が誘ったのだった。
「北原、お前の悩みはズバリ恋愛だろ?」
「え?」
春希は意表を突かれた顔をいた。
「いや〜わかるぜ。今お前は彼女と危機なんだろ?この仕事はじめたら大体の人がそうなるからな。」
「ホントに…私なんて…どうにか仲直りしたとはいえよくまだ続いてるなんて思うもの。」
「別にうまく行ってないってわけじゃないです…ただ…今、彼女の側に別の男の人がいて…同じ大学の人なんですが…。」
「なにそれ?浮気か?」
「浮気とかじゃないです。たぶん彼女に気があるとは思いますが…でも問題はそこじゃなくて。」
「はっきりしろよ。何が問題なんだ?」
「その人は彼女の将来を考えていて、音楽のこといろいろ教えてあげていて…もちろんオレだって彼女の将来のことに興味が無いわけじゃ
ないです。でも立場的に同じ音大にいて、同じ境遇の彼は…貢献できることがあまりにも違いすぎて…。」
春希はうまく言葉にできず、つまってしまった。
「なるほど。その人は北原くんにとって麻理さんみたいな人なのかな。」
鈴木はうーんと唸りながら言った。
「え?」
「今、麻理さんも北原くんがこの仕事を卒業後も続けられるように指導しているからね。」
「なるほど、今お互いにそういう人が近くにいるってことか。」
うんうんと納得している松岡の言葉にさらに鈴木がポツリとつぶやいた。
「しかも…彼女と似たようなタイプの人…。」
「マジかよ!?麻理さんと北原の彼女似てるのか?」
「顔はわからないけど…私は北原くんが言ってた好みのタイプ、麻理さんにしか思えなかったし。」
「じゃあもし北原が彼女に振られたりしたら、麻理さんのこと好きになってたこともあったのかもな。元カノの面影求めて。」
「そんな仮定の話しをされても……。」
「でもよ、今お互い同じように自分の将来なりたい仕事の理解者がそばにいるんだ。お互いそっちへ行くのもありなんじゃないか?」
「そうよね。しかも彼女と似たタイプなら好きになるのだってそう難しい話じゃ…北原くんの彼女の方はわからないけど…。」
かずさの方も、設楽がなんとなく春希と雰囲気が似ていると言っていた。
そしてかずさは他の男とは違って設楽をある程度受け入れていた。
お互い似たような状況なのは春希が一番わかっていた。
だからって春希は別れる気なんてさらさらない。
でも、相変わらず胸の中にモヤモヤしたものを抱えていた。
嫉妬に近い…けれど微妙に違っていて…。
春希はその理由がわからないままだった。
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次の日、開桜社へ出社すると、春希は意外なことを麻理に言われ驚いた。
「冬馬曜子の取材?」
「そうだ。北原は娘と同級生らしいからなにかと融通がきくかもしれないので北原にやってもらおうと思う。」
「でもオレ、まだ見習い中ですよ?」
「私がバックアップを全力でするからそのへんは安心しろ。それに音楽誌アンサンブルのトップを飾るわけじゃない。今冬、日本公開は現
実的なのかというどちらかとゴシップに近い内容だからな。気楽な気持ちでやってもらっていい。」
「わかりました、ところでどうやって取材を?冬馬曜子は今はフランスで公演中ですよね?」
「お、詳しいな冬馬曜子に。」
「え?……まぁその…。」
娘のかずさに聞いて知っているとは春希は言えなかった。
「東京に冬馬曜子オフィスがあって、そこの社員に取材を申し込んでいる。」
「ああ……美代子さん…。」
「え?」
「いやぁなんでもありません!!」
「そろそろ北原も一人で仕事を任せていいんじゃないかなと思ってるんだ。だから絶対成功させてくれ。」
「もちろんです。嬉しいです。」
麻理は春希なら大丈夫だろうと思い頷いた。
「……そういえば、北原はどうしてこの仕事を選んだんだ?」
「え?」
「他にも似たような仕事ならあるだろ、新聞記者とか、あとはそうだなぁ…小説家…はちょっと違うか。」
「オレ、皆が知らないようなことを取材して、その取材したものの魅力を伝えたいって思ってるんです。他にもあっと驚くようなこととか。そしてオレの記事で誰かが感銘を受けたら最高だなって思います。」
「なるほど。誰かを感動させたいってことか。その気持ち忘れるな。仕事に対する本質を。」
「はい!」
そして春希は冬馬曜子オフィスへと向かった。
「まさか北原くんが取材にくるなんて。」
美代子は春希にコーヒーを出しながら言った。
春希はかずさに美代子を紹介されており、美代子とはすでに顔見知りだった。
「まさかオレも冬馬曜子の取材をするなんて。」
「かずささんはこのこと知っているのですか?」
「いえ、いきなりだったので。」
「そう。知った時なんていうのかしらね。」
美代子はふふっと笑った。
そして春希はひと通り取材をした。
日本公演のことは可能性は大きいということがわかった。
あとは冬馬曜子の気分次第でもあるらしい。
冬馬曜子の気まぐれな性格は春希もよくわかっていた。
「とはいえ、私が絶対に日本公演実現させてみせますけどね。」
「美代子さんがですか?」
「冬馬曜子が日本で活躍していたのは結構昔のことで、今は海外ばかりだから、今の日本の若い子たちに冬馬曜子を知ってもらう良い機会だもの。」
「なるほど。」
「スポンサーだってこっちがお願いしなくても名乗り出るくらい人気は未だあるんだし。他にも冬馬曜子が日本公演するなら是非着てほしいと申し出る衣装のブランド会社もありますからね。何社も。」
「さすが冬馬曜子ですね。」
「その中から、素敵な衣装を選抜して冬馬曜子を説得させる一つの武器にします。」
「美代子さんが決めているんですか?衣装。」
「ええ!どれが一番冬馬曜子に似合うか考えて選ぶんですよ。」
「そうだったんですね。」
「他にも日本に来た時に社長に出すお菓子とかまで調べて用意するんです。社長のモチベーションはかなり大事ですから。」
「なるほど、冬馬曜子にお菓子は欠かせないですね。そうやってその気にさせるんですね。」
「ええ。それに選曲も、昔のクラシックだけでなく最近の新しいクラシックの曲も探しては社長に聴かせています。それによって客層の幅も広がるので。」
「客層の…幅?」
「オファーがあるのはだいたい決まった国や大都市ばかりなので、それ以外でも需要がありそうな国への公演をこぎつけたり、社長に説得させたり、いろいろしてるんですよ。クラシックをあまり聴かないような国にまで公演をこぎつけちゃったりしちゃいます。」
「そんなことまで…。」
春希は驚いていた。
てっきり美代子は雑務や経理など、そういう事務処理をしているだけだと思っていた。
「やっぱりすごいです社長は。どこへ行っても成功させるのですから。」
まるで、マネージャーいや…そうじゃない。
「プロデューサーみたいですね。」
「え?」
「冬馬曜子の。」
「そうかな?そんなだいそれたことしてるつもりはないけど。」
「でも、売り込みとか、勝手に冬馬曜子がやってるもんだと思っていたので。」
「確かに私が何もしなくても順調に社長は活躍はしていったと思います、でも私はそれでもより多くの人に冬馬曜子を知ってほしいから…彼女の魅力を沢山の人に伝えたいから…。」
「冬馬曜子の魅力?」
「はい、彼女を知れば、彼女のピアノを聴けば多くの人が感動します。」
「どうして…そこまで…冬馬曜子のために?」
「社長のためだけじゃないです。私の夢でもありますから。」
「夢?」
「だって私、冬馬曜子の大ファンですから。私の力で彼女の魅力が一人でも多くの人に伝わる。こんな嬉しい事はないです。」
春希はハッとした。
高校の学祭のバンド演奏の時に、、春希はどうすればかずさの魅力がみんなに伝わるか必死に考えていた。
キーボードだけでなくサックスやベースをかずさに演奏させた。
あのライブは、かずさの魅力を皆に伝えるのも目的の一つになっていた。
そして…演奏が成功し、かずさの凄さ、魅力が学校の人たち知れ渡り、また、学校の人だけじゃなく、それが冬馬曜子にまで伝わった。
春希はそれがどんなに嬉しかったことか。
だって春希は、冬馬かずさの第一号のファンだったのだから。
そして春希はずっとモヤモヤとしていたものの正体がわかった。
「そうだよ……あいつじゃない…オレが…オレが一番かずさがすごいやつだってわかっていて…かずさの魅力を伝えたいって思っているんだ。」
大好きな彼女に近づく男への嫉妬だけじゃない。
将来も、そして今までも、かずさの成功を一番に願って力になりたいのは春希のはずなのに、他の男がその役目を担うのが春希は我慢ならなかった。
「北原くん?」
「かずさの演奏を聴けば…きっと世界中の人が感動するに決まってる。」
「ええ、母親譲りの素晴らしい才能の持ち主ですからね。」
その時、春希は麻理に言われたことを思い出した。
仕事の本質を忘れるなと。
「一緒だ…オレがなりたい記者も、美代子さんも…本質は同じだ。」
「本質?」
「すごいと思うものの魅力を自分の手でたくさんの人に伝えて感動させるということ。たくさんの人を驚かせるということ。」
それが冬馬曜子か、冬馬かずさか、それ以外の取材したものかの違いだけ。
やり方はいろんな方法がある。
雑誌編集者はその一つに過ぎない。
それだったら美代子みたいに自分の手でかずさの魅力を誰かに伝えたい。
かずさのことをプロデュースしたい。
なりたい将来の夢に、かずさと一緒に歩みたい。
春希はそう思った。
「冬馬曜子の成功の影に、1人の女性あり………なかなかおもしろい記事だな。」
「よかったです。」
春希は開桜社へ戻ると麻理に記事を読んでもらっていた。
「冬馬曜子日本公演はこの女性にかかっていると言っても過言ではない…か。」
「オレ、最高の記事にしてみせますから。全身全霊かけて。」
「…ずいぶん力入っているんだな。」
「せめてもの…お礼に…。麻理さんや開桜社のみんなに…。」
「どういうことだ?」
「オレ、将来この会社には入りません。バイトもこの記事が終わったら辞めようと思っています。」
「え?」
「他にやりたいことが…見つかったので…。」
「やりたいこと?」
春希は一部始終を麻理に説明した。
「そっか…北原の彼女って…冬馬曜子の娘だったのか。」
「はい……きっと将来はすごいピアニストになると思ってます。」
「そりゃ冬馬曜子の娘だからな。ピアノ界のサラブレッドみたいなものだろう。」
「ピアノ以外はてんでダメですけどね。…麻理さん、オレ進む道は変わってしまいますが、今まで麻理さんに教わった事はこれからの人生に役に立つことばかりでした。本当に感謝しています。」
「北原…私もお前にたくさんのことを学ばせてもらったぞ。お互い様だ。」
「オレがですか?」
「ああ、北原を見ていたら私も…もっといろんなこと挑戦してみたくなったよ。」
「麻理さんがこれ以上挑戦することってどんなことですか?」
「実はな…今まで黙っていたが…アメリカの支社からオファーがきているんだ。」
「え?」
「私になんて務まるのかな、なんて思っていたけどやってみたくなった。北原を見ていたら。」
「……オレこそ…麻理さんのおかげです。麻理さんが仕事の本質を忘れるなって言ったから…だからオレ…。」
麻理は泣きそうな気持ちを必死でこらえた。
「…北原……世界的ピアニストになった時は取材させてもらうからな。」
「え?」
「冬馬かずさを。優先的に。」
「それはもちろんです。」
「ならよし。」
麻理は笑ってうなずいた。
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「冬馬曜子オフィスで働く?来月から?」
かずさは春希をジト目で見た。
「ああ。曜子さからもOKをもらっているよ。」
「なんで私の知らない間にそんなことになったんだ。」
「将来のためだよ。」
「将来って…。」
「オレに何が出来るかわからない。けれど…冬馬かずさっていうピアニストをオレの手で世界中に広めたいんだ。」
「まだ私はピアニストになっていないけどな。」
「なれるよ。オレがしてみせるから。そのために美代子さんのところで働くんだ。」
「春希…。」
「オレの夢なんだ…ピアニスト冬馬かずさを沢山の人に知ってもらうことが。オレ自身の手で。…ダメかな?」
「………ダメ…なんてことは…ない…。」
「よかった。これでずっと一緒にいられるな。そのためにもオレ頑張るから。だからかずさも…。」
「なんか…いい曲が書けそうな気がしてきた。」
「ホントに?」
「ああ…完成するの楽しみにしてろ。」
「ああ!」
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音大の演奏会の出場者は20人ほどだったが、将来有能なピアニストばかりのため、たくさんの人が大学の講堂に集まっていた。
春希は客席でかずさの出番を待っていた。
「続きまして、3年、冬馬かずさ、曲は冬の街路樹。」
アナウンスが流れるとかずさが出てきた。
そして演奏が始まった。
かずさは防音室に閉じこもって作曲や練習をしていたため、曲を聴くのは春希も初めてだった。
こっそり聴くこととも出来たが、演奏会で聴かせたいというかずさの主張をこの日まで春希は守っていた。
そしてそうして良かったと春希は思った。
素敵な音色、曲、会場の誰もがかずさに釘付けだった。
演奏会が終わっても、皆かずさの曲のことばかり話題にしていた。
春希は嬉しそうにその様子を眺めていた。
「…寒い冬に…春の陽射しの暖かさを感じるような曲だ。」
「え?」
講堂から出ると、春希は設楽に話しかけられた。
「さすが冬馬かずさ。ここまでの曲をかきあげるなんて…一体彼女に何があったのだろうか。」
「さぁ…なんでしょうね。」
「ピアノはクチほどに物を言いますからね。明らかに彼女になにかあったからこそここまでの曲が出来たというのがわかります。すごく嬉しい事があったのでしょう。それが伝わってきました。そういえば…。」
「はい?」
設楽は春希を見た。
「北原さんの名前に…春希でしたね………冬に…春…か。敵わないなぁ…やっぱり。きっと北原さんがらみなんでしょうね。」
「そうだったら嬉しいですね。」
「学祭のあの日…キーボードの女性に心を奪われました。同じ音大ってわかった時は嬉しかったです。どうやって声をかけるかもたもたとしていたら気がついたらもう3年になって…ようやく連弾をすることでキッカケがつかめたと思ったんですけどね。」
「やっぱり…かずさのこと…。」
「でも…冬馬さんは全然オレの気持ちになんて気づいてなかったです。」
「あいつはオレの気持ちにもまったく気が付かなかったスーパーウルトラ鈍感ですからね。」
「でも、北原くんを見た時すぐにあの時のギターの人だって気が付きました。恋人だってことも。」
「…………。」
「ホントいうとあの学祭の演奏のときにすでに気づいていましたけどね。二人が両思いだって。」
「え?」
「気づく人のほうが少ないでしょうけどね。お互い見つめ合って気持ちが通じているのがわかりました。芸術家だからかな。」
「……かずさのことを渡すつもりはありません。でも、あなたのおかげでかずさは作曲家という新しい可能性を見出すことが出来ました。それは感謝しています。」
「感謝されるようなことじゃない。進めることは誰にでもできる。けれど才能を引き出すことは誰にでもできることじゃない。それを痛感したよ。出来るならオレが…そうしたかったよ。」
「設楽さん…。」
「安心して、言い寄ったりするようなマネはしないから…。二人の仲を壊すことは、冬馬かずさの才能を潰しかねないってこともわかったから。音楽家としてそんなことはしたくはない。」
「…あなたは…ただかずさ目的で近づくだけの男じゃなく根っからの音楽家なんですね…だからオレもあなたに嫉妬したんだと思います……。」
「オレに?」
「はい。今までかずさに言い寄ってくる男はたくさんいました。音大に入ったばかりの頃なんて特にすごかったです。」
「確かに、ミスコンもエントリーしたら優勝確実って言われてるくらいですからね。」
「なので一つ一つ嫉妬していたらキリがないのである程度慣れてはいたのですが…今回はどうにも…。」
「でも、北原さんも冬馬さんも、多少すれ違ったとしても別れるなんてこれっぽっちも考えないんですね。」
「それはまぁ…そんな気まったくないですから。」
「……冬馬さんが作曲家のカリキュラムを受けた本当の理由知っていますか?」
「え?」
「北原さんが将来の夢の仕事についたとき、ピアニストになったら北原さんと同じ道を歩めない。でも作曲家なら日本が拠点でもやっていけるかもしれない…そう思って始めたんですよ。将来も北原さんの側にいたいから。」
「だから…オレがかずさの邪魔をしているかもしれないって言ってたんですか。」
「それもありますけど、嫉妬もありました。オレと仲良くしてたのも結局のところ北原さんの側にいるために作曲家のこと学びたいためだったわけですしね。」
「そういうの無自覚なのがかずさらしいというか…。」
春希は苦笑したがそんなかずさを愛おしく思った。
「春希!」
かずさが講堂から出てきて春希のもとに駆け寄った。
「かずさ…もういいのか?」
「ああ、どうだった?」
「すごく良かったに決まってるだろ。」
「ほんとうにか?」
「うん。なんだか歌詞をつけたくなっちゃうくらい…。」
「それはやめておけ。」
「否定するの早すぎ。」
かずさはクスクスと笑った。
はしゃいでる二人を見て設楽はつぶやいた。
「気がついたのは…君たち二人だけの気持ちだけじゃないんだけどな…スーパーウルトラ鈍感はどっちなんだか…。この調子だと…気づい
ていなかったんだろうな…ボーカルの子の気持ちも…。それに…演奏する北原くんを真剣に見ていた女の子がいたことも…。」
----------------------------
その日は久しぶりに二人ゆっくりと一緒にいられた日になった。
春希はベッドの中でかずさを腕枕しながら今日の出来事をかずさに話した。
「え?設楽が私を?」
「そうだよ。オレはすぐに気がついたけどな。」
「うーん…気付かなかったな…。」
「学祭の時、演奏してるかずさを見て惚れたんだって。あの時のかずさカッコ良かったから仕方ないといえば仕方ないけど…。」
「春希だってカッコ良かったぞ。春希のことももしかしたら好きになったやついたかもしれないだろ。」
「いるわけないよオレなんて。」
「……まぁ…いたら……困る……けど。」
「え?なんだって?」
「なんでもない!寝る!」
春希はクスッと笑うと、かずさにキスをした。
to be continued…
あとがき
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は個人的解釈?見解?になりますが
春希はどんな√でもかずさと結ばれたら
かずさTのような仕事につくという話です。
かずさTで春希はああするしかなくてああしたとか
かずさに尽くすのが幸せだからとか(それはそうでしょうが)
それだけでかずさTでああやってるってわけじゃないというか
春希自身の意志や、想い、夢はかずさTでも果たされるということを書きたかったです。
春希は学祭でかずさの魅力を伝えるのに頑張りますが
他にもCCのアンサンブルのかずさ記事でも頑張っちゃいますw
とどのつまりかずさプロデューサー兼マネージャーは春希にとって一石二鳥なお仕事w
かずさが作曲したことにした曲はゲームのBGMです。
好きなのでかずさが作曲したことにしました。
いろいろ迷いましたがすごい好きなので。
冬の曲なのに春っぽいなぁと私自身も思いました。