管理人さんが帰ってくるまでの仮まとめです

過去に戻れるなら一体いつに戻る?
訊かれたら私はためらいなく10年も昔のあの日に戻ると答えるだろう。
そう人生が大きく変わったあの日に…。



今日は大学の講義もバイトも無いとても幸せな日だ!こういう時はお酒とおつまみを買ってネットかアニメかゲームをするに限る!
…言ってて悲しいが仕方ない。友達の数は少ないし、その数少ない友達はみな予定があるらしい。
まぁ、こういう日も偶には大事だよね、うん。
長年愛用している鞄から家の鍵を取り出し開ける。
靴をポイッと脱ぎ、コンビニで買ったお酒達を片手にルンルンとリビングに向かう。

「おかえり、喪子」

すみません、誰でしょう?
人間はびっくりすると声が出ないというのは本当らしい。
今私の目の前にはやたらとイケメン(アイドル俳優顔負け)がいる。…おかしい。
私は一人暮らしで、彼氏もいない。いたこともない、残念ながら。異性の友達もいない。
え?…じゃあ、彼は誰なのだろう?本当に。

「混乱させてごめんね。説明するからここに座って欲しいな。」
「…え、はぁ、はい。」

私の家の筈なのに、自分の家の様に振る舞う彼に何故か違和感はなく。ソファに向かう。
彼の前に座り、改めて顔を見ると、…まずい。
イケメン慣れなんてしていないので、どんどん顔に熱が上がっていくのが分かる。
思わず俯いてしまう、だから聞こえなかったのだ。彼の狂気が滲み出た「喪子はやっぱり可愛いな」という言葉に。

「取り合えず、俺の名前からだね。俺は病田ヤン。君の事を何よりも一番愛している男だ。」
「…はい?…え?何て言いました?えっと…病田さん?」
「ヤンでいいよ。君の事を愛しているんだ、俺は。」

何を言っているんだ。この人は。頭、大丈夫か?どこを好きになる、自分の。

「分かりやすいな、喪子は。悪戯でも罰ゲームでも何でもないよ。本当に喪子を愛してる。」

多少冷静になった頭で考えたら、答えは「無理」である。
どんなにイケメンでも、全く知らない人と付き合うことは出来ない。…正直、ぐらつくけど。
じゃあ友達から?不法侵入してる様な男性と?
…一生に1回だとしても、だ。

「えっと、…本当に、ごめんなさい。」
「うん、知ってる。今日はね、俺の気持ちを喪子に伝えに来ただけ。そして振られに来たんだ。」
「はい?」

振られると分かってて告白に来たのか。…中身は残念な人か、変人か。
まあ、不法侵入している、私が好きとか言う時点でお察しするべきか。

「ねえ、喪子。俺は喪子に俺を選んで欲しかったし、愛して欲しかった。でもそれはもう叶わない夢みたいだから、諦める。でも1つだけ知ってて。」
「喪子が誰と付き合って、結婚して。子どもを産んでも。例え犯罪者になったとしても。俺は喪子を永遠に愛してる。この気持ちは死んでもなくなりそうにない。」
「だから、毎日喪子に〈アイしてる〉と言わせて欲しい。」

冗談…ではないのだろうなと思う。言葉にも、そして何よりも瞳に熱が籠っている。
そして、否定する事を許さない、と肌で感じる。
だから、思わず言ってしまったのだ。深くも考えずに、彼に許可する言葉を。

「その言葉を受け取ることは出来ませんが、言うだけならいいですよ。」と――――。

最後に「ありがとう」と微笑んだ彼の顔に影があった事を私は見抜いていなかったのだ。
ここで気付けばまだ逃げられたかもしれなかったのに。

彼が去った後、私は気にしていても仕方ないと気持ちを切り替え、お酒とゲームを楽しんだ。
寝る前には彼の1件も、忘れていた、と言ってもいいぐらい意識の底にあったのだ。

翌日、朝目が覚めたら自分の枕元に手紙が置いてあった。…手紙を置いた記憶は全くない。
意識がはっきりしていない状態で手紙を読む。

――おはよう、喪子。昨日の事気にしていないようでよかったよ。今日は大学とバイトだよね。無理しないで。病田ヤン。

丁寧な文字でほんの2行程の文章だ。でも一瞬で意識は覚醒した。
名前からみるに、これを書いたのは昨日の彼であり、また不法侵入したのだ。
でもどうやって?…それをいうなら昨日もか。戸締りはしっかりしなければ。
その日の晩、私は家中の鍵を閉めてチェーンもして寝た。

次の朝、やはり枕元に手紙があった。すぐに家中を確認したけれど、鍵を開けられた形跡は何処にもなかったし、家も荒らされたりしていなかった。
手紙の中は…

――いい夢は見られた?今日も1日喪子が幸せでいられる様に祈っているよ。病田ヤン。追伸、俺は喪子にアイを届けたいだけ。他には何もしない、絶対に。

…気持ち悪い、怖い。
彼は私の家にどうやって侵入してるのか、昨日の手紙を思い返すと私の予定も把握しているみたいだから、盗聴器やカメラの類もあるかもしれない。業者に見て貰おうか。
止めて欲しい、そう伝えれば、彼は止めるのだろうか。
家を出る前にチラシの裏に「こんなことは止めて欲しい」と書き、枕元に置いておいた。
家に帰って来た時、その紙はまだ枕元にそのまま残っていて、安心した。家にも異常はなかったから、彼は来なかったのだろう。
ただ、この紙を読んで止めただけかもしれないが。そうだったら安心出来るからいいのだが。

しっかりと家中の鍵を閉めて、寝た。起きたらやっぱり枕元に手紙があった。

――喪子が嫌がることはしたくない、次からは郵便受けに手紙を置いておくよ。でも、これを止める事は出来ない。ごめんね。病田ヤン。

家には入らないということだろうか。
手紙に関しても止めて欲しいが、その内飽きると思って過ごすしかないようだ。
私のいう事を聞いて、行動に反映してくれるので、礼儀ある人なのかもしれない。…一応、だが。

その日から彼は毎朝郵便受けに手紙を入れる様になった。
…彼の最初の宣言通り、それ以外は本当に何もしてこなかったのである。

そんな日々が暫く続き、私はその手紙を気持ち悪いと感じなくなった。…要するに慣れである。
家の中を業者に調べて貰った結果何も出てこなかったし、本当に手紙だけだった。(私の行動を知っていたかの様に書いていたのは偶々だったのだろう。)
読むと時も読まない時もあったが、彼は毎日、本当にどんな日も手紙を郵便受けに入れていた。
内容は、覚えている限り一度として同じ文章を書いていた事がない。

そんなこんなで5年も過ぎ、私は社会人になり、職場の人と付き合うことになった。
付き合う事になったその翌日の朝、彼からの手紙にはこう書いてあった。

――喪子、君が誰を愛しても、俺は喪子を愛し続けるよ。それが俺の全てだ。病田ヤン。

どうして彼が知っているのか分からないけれど、そこはもういい。
私は彼の愛を受け止める事が出来ないけれど、彼はそれでもいいらしい。
…ほんの少しばかり、私はそれを嬉しくもあり、優越感に浸っていた。…だから、手紙の返信としてこう書いた。

――私の事を本当にそう思っているなら、私以外の人と必要最低限のコミュニケーションを取らないで。私だけを思っていて。
――喜んで、俺のお姫様。永遠にそうしましょう。病田ヤン。

返信の返信が朝、郵便受けに入っていた。
それ以来何故か、手紙がぱったりと止んだのである。
一抹の寂しさもあったが、現実も充実していて、また現実に手一杯なこともあって、その寂しさも次第に薄れていったのである。

そして今日、私は付き合っていた彼と結婚するのだ。
結婚式当日、久々に彼から手紙が来ていて、少しわくわくしながらその手紙を読んだのだ。

――結婚おめでとう、喪子。一番近くで見れないのは残念だけど、今日の喪子は本当に誰よりも一番綺麗だ。病田ヤン。
――ありがとう。どうか貴方も幸せになって欲しいの。それが私の願いよ。
――   分かった。その願いはすぐに叶うよ。俺の願いは喪子を幸せにすること、喪子の願いを叶える事だから。病田ヤン。

幸せな結婚式も終わり、次の日の朝、私は夫の腕に抱かれて目が覚める…筈だった。
余りの寒さに朝目を覚ましたら、夫はもうベッドから抜け出していたようだ。
少し寂しさも感じていたが、左手に嵌まる結婚指輪を見たら寂しさも少し薄れる。
リビングにでもいるのかな、ちょっと驚かしてやろうと、わくわくしながら行くと、随分久々に「彼」が居たのだ。…いる筈のないこの場所に。

「おはよう、喪子。」
「どうして、ここに、貴方が…。夫は、彼はどこにいるんですか?!」
「喪子、混乱させてごめん。…ここに座って?」

目の前にいる彼は初めて会った時と余り変わらない容姿で、笑って、まるであの時みたいだね、なんて言っているけれど、今はそんな事はどうでもいい。
彼は一体何処にいるのか、そればかりが気になる。

「喪子、単刀直入に言うと、君の夫は君にもう二度と会いに来ない。会えない。」
「どうして。…なんで!」
「喪子が望んだことだ。」

こんな事望んでない!誰も!

「喪子、俺は喪子が望む事を叶える。喪子は望んだ、確かに。【俺が幸せになって欲しい、それが私の願い】って。」
「それとこれは別…!」
「別じゃない。何故なら俺の願いは【例え喪子に愛されなくても、喪子の側に永遠にいる】ことだからな。」

「なあ、喪子。俺はずっと我慢してきた。喪子の初めては全部欲しかったし、思われるのも俺だったらいいのにって。」
「でもそれは叶えられない夢だって分かってたから、喪子に毎日俺の〈アイ〉を届けるだけで満足しないとって言い聞かせてたんだよ。」
「でも喪子が【私以外の人と必要最低限のコミュニケーションを取らないで。私だけを思っていて。】なんて可愛いお願いをするから欲が出た。」

俺あの日から本当にずっとそうしてたんだよ、なんて笑顔で本当に嬉しそうに言う彼は一体誰なんだろうか。

「喪子からのお願いは全部叶えるよ。」
「喪子が悲しむ必要なんて何もない。喪子は自分の願いに忠実でいい。」
「今の喪子の幸せは【俺が幸せになること】なんだから。俺はいつまでも喪子の側にいるよ。」
「憎ければ俺を殺してもいいし、殴ってもいい。空気の様に扱ってもいい。彼の事を愛し続けてもいいよ。俺の事は愛さなくてもいい。」

「なあ、喪子。俺の〈アイ〉、勿論聞いてくれるよな。」
「喪子はあの時確かに、喪子に対する俺の〈アイ〉を言わせてくれるって言ったのだから。」

私はこの先、彼とどんな日々を過ごすのか分からない。
けれど私は彼の〈アイ〉を毎日聞かなければいけない、それだけは確かに分かる。

私が彼を愛さなくても、彼が私を愛している事は忘れられない。
―――決して彼の〈アイ〉からは逃げられないのだ。



以上です。長い時間、ありがとうございました。
あえて色々書いてません。
盗聴器の類の話や、ストーカー疑惑など、お好きに想像して下さい(笑)

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