管理人さんが帰ってくるまでの仮まとめです

絞殺エンドおじさまヤンデレ
苦手な人はご注意を








「どうして僕を見てくれないんだ?」
目が霞む。それでも、私にのしかかる初老の男性がボロボロ涙を流しているのはわかった。
ここはどこだろう。身じろぎすればスプリングが軋む音がする。ベッドの上にいるのは確かなようだ。
ではこの人は? 私はなぜ見知らぬ男性にのしかかられ、首に手を掛けられているんだろう。
私の首に触れる手はぶるぶると震え、まだ力は込められていない。いずれこの手は体重を乗せて私の首を折るのだろうか。
男性が大きく嗚咽を漏らした。

「ねえ、喪山くん。きみは僕の名前もわからないだろう? 僕はずっときみを見ていたよ。きみが思うよりずっと長く、ずっとずっときみを見ていたんだ」

男性がうなだれた。ロマンスグレーがふわりと揺れ、肩に流れる。一つに束ねられていても、ふわふわ揺れる銀髪の柔らかさは想像に難くない。
揺れるのは髪だけではない。男性の肩までもが震えだした。嗚咽が一際高くなる。視界がクリアになっていく。意識もハッキリしだした。
そうだ、私は同僚の送別会の帰りだったんだ。寿退社を羨んで、適当な居酒屋に飛び込んだんだ。そこでこの人を見た。
初老の男の人が泣きながら一人でお酒を飲んでいたから、目が釘付けになってしまった。今も泣いているということは、この人は相当の泣き虫だ。
男性が顔を上げた。大きな黒縁眼鏡の向こうの涙で濡れた瞳が、私を見る。灰色の眉が悲しげに歪んだ。男性の目から新しい涙がこぼれる。

「喪山くん……喪山くん、喪山くん。もう遅いよ。今更見てくれたって遅いんだ。僕はもう決めてしまった。きみがほかの誰かのものになるならこの手で終わらせてしまおうと。嫌なんだ。きみが僕の知らない男と笑っているのが。きみと僕の年の差がいくつかわかるかい? こんなに開いた差ではね、きみと僕が一緒になれる可能性は低いんだ。きみがほかの男性と生涯を共にする可能性に比べると、ずっと低い。だからね、喪山くん。本当にすまないと思ってる。許してくれとは言わないよ。だけど謝罪することは許してほしい。きみの人生を終わらせてしまってすまない。一緒に旅立つ相手がこんなおじさんですまない。ああ、ああ喪山くん。ごめんよ、きみの幸せを見守るだけで満足できない狭隘な僕を許してくれ」

顔に涙が落ちる。触れるだけだった手が首を掴んだ。力が込められる。圧迫される。苦しい。息ができなくなっていく。
この人は私を知ってるのに、どうして私は知らないんだろう。思い出せ。思い出せば助かるかもしれない。よく見なきゃ。私を殺そうとするこの顔を……。

「――病田教授?」

病田教授。学生時代に、図書館で何度か会ったことがある人だ。多彩で多趣味な人だった。私がレポートに必要な資料を探していたときに、見繕って貸出手続きまでしてくれたことがある。あのときは、授業を取っているわけでもない生徒に親切だなぁとしか思わなかった。
私が名前を絞り出すような声で呟くと、教授はぽかんと私を見下ろして、また泣き出しそうな顔をして、晴れやかな笑顔を見せ、そして鬼のような形相で私の首を絞めだした。

私の意識は、もう二度と戻らなかった。



(終)

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