最終更新:ID:yBr/C7DL9A 2018年02月27日(火) 21:22:36履歴
大通りからはずれて小型車も通れないような狭くて小さな路地の裏に、その店はある。
もう何度も足を運んでいるけれど、季節が冬であれ夏であれ、雨の日であれ晴れの日であれ暗くてじめじめとした通りだった。
路地の入り口は狭く、奥へ日光が届かないためかまるで大きな怪物が口を開けているようで不気味だ。
いくら通りが賑わっていてもその先はいつもひと気がないし、足を進めていくにつれ車の走る音や鳥の声といった環境音が徐々に遠ざかっていくので、この世とあの世の境目でも歩いているような気さえしてくる。
路地裏に並ぶのは、いつ来てもシャッターのおりている廃れた店ばかり。
ここは昔商店街だったのだろうか?
いつだか、まるで店の墓場のようだと思ったことがある。
墓場をしばらく行くとぼんやりとしたあかりが見えてくる。
誘蛾灯に集る虫のようにフラフラと近付けば見慣れた建物が見えてきて、無意識にほうっとため息をついた。
ドアノブを引いて、開いたドアの隙間に滑り込むようにして中へ入る。頭の上でチリンチリンと控え目にベルが鳴った。
こじんまりとした店内には所狭しと、それでもセンスよく商品がディスプレイされている。
品揃えは、アクセサリーや万年筆や絵画、ランプシェード、食器、時計、キャビネットと大変豊富で、誰が買うのかわからない何かの部品のようなのも時々置いてあったりする。
聞けばこれらは全て年代物の希少な品物なのだそうだ。
骨董品屋というにはモダンだし、アンティークショップというには陳腐な店だった。
「喪子ちゃん、いらっしゃいませ。」
弓でチェロの弦を撫でるみたいな、低くて嗄れた声がわたしを呼んだ。
突然声をかけられたことに驚いてぱっと振り返ると、ニットのチョッキを着た初老の男性が、カウンターの向こうから細いフレームの老眼鏡を外しながらわたしに微笑みかけていた。店主のヤンさんだった。
あのチョッキは、去年のクリスマスにわたしが贈ったものだ。
ヤンさんはよくわたしにプレゼントをしてくれる。
昔はテディベアや装丁の可愛らしい本をよくもらったが、近頃は有名なブランドの靴やアクセサリー、花束に高級なチョコレートなんかが多くて、毎度受け取るのを躊躇してしまう。
だからせめてものお礼として、わたしなりに考えて贈ったのが、このチョッキだった。
ずいぶん愛用してくれているようで、あちこち毛羽立ってよれよれだった。
「それ、着てくれているんですね。」
「喪子ちゃんがくれたものだから。」
ヤンさんは心なしか嬉しそうにチョッキの前を撫でながらそう言った。
ヤンさんには家族がいない。
聞いた時はとてもびっくりしてしまって、その後どんなリアクションを返したのだったか、正直覚えていない。
だって、ヤンさんはいつも薬指にシンプルなシルバーの指輪をはめていたから結婚しているものだと思っていたのだ。
なぜそんな紛らわしいところに指輪をしているのかと聞いたこともあるが、ヤンさんは悪戯っぽく笑むだけで理由を教えてはくれなかった。
ちらりと視線をやった先――ヤンさんの左手の薬指には、あの指輪はない。
思えば、ずいぶん長いことあの指輪を見ていないような気がする。
「そういえばヤンさん、指輪はずしちゃったんですか?」
「え?……ああ、はい。」
「どうして?」
「邪魔でしたので。」
邪魔。よくわからなかったが、大した理由ではないようだったので、わたしも適当に相槌を打ってカウンターの前にディスプレイされているアクセサリーをなんとはなしに眺めた。
不意にコートのポケットから重いバイブ音が聞こえて着信を知らせる。
慌ててスマートフォンを取り出して店を出ようとすると、ヤンさんはふっと笑って、「ああ、どうぞ、お構いなく。外は寒いでしょう。」そう言った。
お礼を言って電話に出る。
「もしもし。」
友人から、今夜の飲み会に関する連絡だった。
待ち合わせ時間が変わったということだったので、時間をメモしていくつか手短かに言葉を交わしてから電話を切る。
すみません、とヤンさんを振り返ると、ヤンさんはどことなく寂しそう顔をしてわたしを見下ろしていた。
「お友達ですか。」
「はい、今夜会うんですけど、時間が変わったみたいで」
「そうですか。女子会、と言うのでしたっけ?楽しそうで羨ましいです。」
「あ、いえ、今日は女子会じゃなくて普通に飲み会なんです」
「でも今の電話は女性の方ですよね?」
「そ、うです、けど、女の子も男の子も来るから」
「そうですか。」
ヤンさんは強張った表情でそう言うと、くるりと身を翻して店の奥へ入っていってしまった。
ヤンさんの姿が見えなくなってから、ドキドキと嫌な跳ね方をする胸をそっと撫でる。
なんだかヤンさんは焦っているようで、イライラしているようで、少しだけ怖い。
今日は忙しいのかもしれない。だから、呑気に遊びまわっているわたしにイライラしてしまったのかも。
「……ヤンさん、わたしそろそろ帰りますね。」
返事はなかった。
こんなことは初めてで、いよいよ機嫌を損ねてしまったのだと悟る。
待ち合わせもしているし、今日はとりあえず帰って、次に来た時にちゃんと謝ればいいよね……。
心の中でそんな言い訳をしながらドアのノブを掴むと、すぐ後ろからヤンさんの思いつめたような声が降ってきた。
「……何処へもやるものか。」
振り返ったわたしの視界いっぱいに大きな置物か文鎮か、ともかくそんなような物を振りかぶったヤンさんの姿が広がって、消えた。
おわり。
ヤンデレグレー流行ってほしいから無い頭使って書きました。
ヤンデレ紳士は最後お店の奥でこれから行う犯罪行為(拉致監禁)に対する言い訳をぶつぶつ呟いてるよ☆ウフフ☆オッケー☆
もう何度も足を運んでいるけれど、季節が冬であれ夏であれ、雨の日であれ晴れの日であれ暗くてじめじめとした通りだった。
路地の入り口は狭く、奥へ日光が届かないためかまるで大きな怪物が口を開けているようで不気味だ。
いくら通りが賑わっていてもその先はいつもひと気がないし、足を進めていくにつれ車の走る音や鳥の声といった環境音が徐々に遠ざかっていくので、この世とあの世の境目でも歩いているような気さえしてくる。
路地裏に並ぶのは、いつ来てもシャッターのおりている廃れた店ばかり。
ここは昔商店街だったのだろうか?
いつだか、まるで店の墓場のようだと思ったことがある。
墓場をしばらく行くとぼんやりとしたあかりが見えてくる。
誘蛾灯に集る虫のようにフラフラと近付けば見慣れた建物が見えてきて、無意識にほうっとため息をついた。
ドアノブを引いて、開いたドアの隙間に滑り込むようにして中へ入る。頭の上でチリンチリンと控え目にベルが鳴った。
こじんまりとした店内には所狭しと、それでもセンスよく商品がディスプレイされている。
品揃えは、アクセサリーや万年筆や絵画、ランプシェード、食器、時計、キャビネットと大変豊富で、誰が買うのかわからない何かの部品のようなのも時々置いてあったりする。
聞けばこれらは全て年代物の希少な品物なのだそうだ。
骨董品屋というにはモダンだし、アンティークショップというには陳腐な店だった。
「喪子ちゃん、いらっしゃいませ。」
弓でチェロの弦を撫でるみたいな、低くて嗄れた声がわたしを呼んだ。
突然声をかけられたことに驚いてぱっと振り返ると、ニットのチョッキを着た初老の男性が、カウンターの向こうから細いフレームの老眼鏡を外しながらわたしに微笑みかけていた。店主のヤンさんだった。
あのチョッキは、去年のクリスマスにわたしが贈ったものだ。
ヤンさんはよくわたしにプレゼントをしてくれる。
昔はテディベアや装丁の可愛らしい本をよくもらったが、近頃は有名なブランドの靴やアクセサリー、花束に高級なチョコレートなんかが多くて、毎度受け取るのを躊躇してしまう。
だからせめてものお礼として、わたしなりに考えて贈ったのが、このチョッキだった。
ずいぶん愛用してくれているようで、あちこち毛羽立ってよれよれだった。
「それ、着てくれているんですね。」
「喪子ちゃんがくれたものだから。」
ヤンさんは心なしか嬉しそうにチョッキの前を撫でながらそう言った。
ヤンさんには家族がいない。
聞いた時はとてもびっくりしてしまって、その後どんなリアクションを返したのだったか、正直覚えていない。
だって、ヤンさんはいつも薬指にシンプルなシルバーの指輪をはめていたから結婚しているものだと思っていたのだ。
なぜそんな紛らわしいところに指輪をしているのかと聞いたこともあるが、ヤンさんは悪戯っぽく笑むだけで理由を教えてはくれなかった。
ちらりと視線をやった先――ヤンさんの左手の薬指には、あの指輪はない。
思えば、ずいぶん長いことあの指輪を見ていないような気がする。
「そういえばヤンさん、指輪はずしちゃったんですか?」
「え?……ああ、はい。」
「どうして?」
「邪魔でしたので。」
邪魔。よくわからなかったが、大した理由ではないようだったので、わたしも適当に相槌を打ってカウンターの前にディスプレイされているアクセサリーをなんとはなしに眺めた。
不意にコートのポケットから重いバイブ音が聞こえて着信を知らせる。
慌ててスマートフォンを取り出して店を出ようとすると、ヤンさんはふっと笑って、「ああ、どうぞ、お構いなく。外は寒いでしょう。」そう言った。
お礼を言って電話に出る。
「もしもし。」
友人から、今夜の飲み会に関する連絡だった。
待ち合わせ時間が変わったということだったので、時間をメモしていくつか手短かに言葉を交わしてから電話を切る。
すみません、とヤンさんを振り返ると、ヤンさんはどことなく寂しそう顔をしてわたしを見下ろしていた。
「お友達ですか。」
「はい、今夜会うんですけど、時間が変わったみたいで」
「そうですか。女子会、と言うのでしたっけ?楽しそうで羨ましいです。」
「あ、いえ、今日は女子会じゃなくて普通に飲み会なんです」
「でも今の電話は女性の方ですよね?」
「そ、うです、けど、女の子も男の子も来るから」
「そうですか。」
ヤンさんは強張った表情でそう言うと、くるりと身を翻して店の奥へ入っていってしまった。
ヤンさんの姿が見えなくなってから、ドキドキと嫌な跳ね方をする胸をそっと撫でる。
なんだかヤンさんは焦っているようで、イライラしているようで、少しだけ怖い。
今日は忙しいのかもしれない。だから、呑気に遊びまわっているわたしにイライラしてしまったのかも。
「……ヤンさん、わたしそろそろ帰りますね。」
返事はなかった。
こんなことは初めてで、いよいよ機嫌を損ねてしまったのだと悟る。
待ち合わせもしているし、今日はとりあえず帰って、次に来た時にちゃんと謝ればいいよね……。
心の中でそんな言い訳をしながらドアのノブを掴むと、すぐ後ろからヤンさんの思いつめたような声が降ってきた。
「……何処へもやるものか。」
振り返ったわたしの視界いっぱいに大きな置物か文鎮か、ともかくそんなような物を振りかぶったヤンさんの姿が広がって、消えた。
おわり。
ヤンデレグレー流行ってほしいから無い頭使って書きました。
ヤンデレ紳士は最後お店の奥でこれから行う犯罪行為(拉致監禁)に対する言い訳をぶつぶつ呟いてるよ☆ウフフ☆オッケー☆