最終更新:ID:yBr/C7DL9A 2018年02月27日(火) 21:34:15履歴
百合です。苦手な方はご注意下さい。
お目汚し失礼します。
鍵を開け、真っ暗な室内に入ると寂寥感が一気に押し寄せてきた。友達も恋人もいない、孤独な一人暮らし。何年も送っている生活だが、時折どうしようもなく泣きたくなる。
「あれ、布団畳んだっけ」
ベッドの上に、綺麗に畳まれた布団が行儀よく乗っていた。
今朝は取るものも取り敢えず家を出たのだが、いつの間に私は畳んでいたのだろう。
「最近ほんと忘れっぽいなあ」
ぼんやりしているからか昔から物忘れがひどかったが、最近は特にひどい。洗い物を済ませた事や冷蔵庫の整理をした事などを忘れてしまう。布団を畳んだ事もやはり思い出せない。
いい加減病院に行かねば、と思いながら布団を敷き直す。
柔らかく温かいそれからは微かに日の光のにおいがした。最後に干したのが何時だったのかも覚えていないが、意外と持つものだ。
布団に包まれていれば、嫌な事も忘れてしまえそうだった。
好きだった同僚に恋人ができた。その恋人というのが同期のヤン田さんだった。
彼女は近づくと甘い香りのする、ふわふわとした美人だ。男好きのする人だが、仕事はよく出来る。とても私に太刀打ち出来るような相手ではなかった。
それ以来、ヤン田さんを見る度に心の奥で暗いものが首をもたげる。二人が談笑しているのを見かけた時など、それを抑えるのに必死だ。
嫉妬心は段々と、彼女が全てを持っている事へと向けられるようになった。さして会話をしたこともない癖に彼女への憎しみは募る一方だ。
「取り返しのつかないことしたらどうしよう」
自分が凶行に走ってしまうかもしれないと思うと恐ろしかった。
「大丈夫だよね。私がんばれるよね」
枕元に置いているくまのぬいぐるみに語りかける。私の唯一の話し相手だ。
そのぬいぐるみを抱きしめながら、私はいつしか眠りについていた。
「少し怪我をさせるだけだから」
もう何度目と知れないことを呟く。
ナイフを握りしめる手はかじかみ、感覚を失っていた。
ヤン田さんが何かをした訳ではないのに、私は嫉妬心だけで彼女に危害を加えようとしている。
けれど、私はもう自分を抑えることができなかった。
「そんなに酷いことはしないもの」
暗闇の中、靴音を響かせてやって来るヤン田さんを確認すると、爆発してしまいそうな心臓が一層鼓動を早めた。
「喪山さん?」
彼女の後をゆっくりとつけ、機会を窺っていると、思いがけず彼女が振り向いた。
慌ててナイフを隠す。
「こんばんは、喪山さんもこの近くに住んでいるの?」
「あ……えっと、はい。」
「良かったら途中まで一緒に行きましょう。最近、物騒だから。」
断るのは不自然かもしれない。了承するとヤン田さんはいつもの綺麗な微笑みを浮かべた。
「喪山さん顔色が悪いけど、どうかしたの?」
「いえ、大丈夫、です……」
「季節の変わり目は体調を崩しやすいから、気をつけてね。」
別れるタイミングを計りかね、結局彼女のマンションの近くまでやって来てしまった。
また出直そうかと思っていた時、ヤン田さんが聞きたくのない言葉を呟いた。
「彼も風邪を引いてしまったし。」
「か、れ……。」
「もう皆知ってるよね、私リア田さんと付き合ってるの」
落ち着いている彼女が普段見せることのない、はしゃぐ子供のような笑顔に私の中の何かが切れた。
忍ばせていたナイフを掴み、ヤン田さん目掛けて振り降ろす。
後先も考えず、ただただ彼女を傷つけたかった。
「だめ」
ところが、彼女はじっとこちらを見据えたまま、躊躇いなくナイフの刃を掴んだ。
ぱたぱたと滴が零れる。
「だめよ、喪子ちゃん。あんな男のために人生を棒に振っちゃ。こんな危ないもの喪子ちゃんに似合わないわ」
カラン、という音が響く。私は呆気にとられて言葉もでなかった。
ヤン田さんが微笑を浮かべ近づいてくる。思わず後ずさったが彼女が私の腕を掴み、逃げることができない。
ぐっと腕を引かれ、そのままヤン田さんの腕の中に収まる。
「こんなに震えて。怖かったね。あ、喪子ちゃん暴れると服が汚れてしまうわ」
「は、離して……!」
「ねえ、あのつまらない男のどこが好きなの?私がちょっと誘えばすぐについて来ちゃうのよ。」
さっきから何を言っているのだろう。どうして私が彼を好きだと知っているんだ。
「毎晩あいつの事聞くの辛かったな。苦しむ喪子ちゃんを見たくないもの」
毎晩私が語りかけていたのは、あの枕元のぬいぐるみだけだ。ヤン田さんとまともに話すのは今日が初めてだというのに。
「な、んで……」
「そうだ。喪子ちゃん冷蔵庫の野菜また腐ってたよ。こまめに整理しないと」
冷蔵庫の整理はたまに、覚えてこそいないが私が、しているはずだ。
「布団も干しておいたから、今日はゆっくり眠れるわ」
ヤン田さんが甘く蕩けるような笑顔を私に向ける。それは同僚に向けるには不釣り合いな、まるで恋人に向けるような、
「や、やめて!離して!」
全身の毛が粟立つ。頭の中で警鐘音が鳴り響いていた。
「喪子ちゃん、幸せな家庭を持ちたいって言ってたでしょう?私じゃ無理なの。
でも、こんなに喪子ちゃんが追い詰められる前に手を打つべきだったわ」
冷んやりとした指先が頬に触れる。ヤン田さんの整った顔が近づく。
「私ならもう喪子ちゃんに寂しい思いさせないよ」
柔らかい唇が私の乾燥したそれに触れる。
「好きよ、喪子ちゃん。」
終了です。長い上に読み辛くて申し訳ありませんでした。
お目汚し失礼します。
鍵を開け、真っ暗な室内に入ると寂寥感が一気に押し寄せてきた。友達も恋人もいない、孤独な一人暮らし。何年も送っている生活だが、時折どうしようもなく泣きたくなる。
「あれ、布団畳んだっけ」
ベッドの上に、綺麗に畳まれた布団が行儀よく乗っていた。
今朝は取るものも取り敢えず家を出たのだが、いつの間に私は畳んでいたのだろう。
「最近ほんと忘れっぽいなあ」
ぼんやりしているからか昔から物忘れがひどかったが、最近は特にひどい。洗い物を済ませた事や冷蔵庫の整理をした事などを忘れてしまう。布団を畳んだ事もやはり思い出せない。
いい加減病院に行かねば、と思いながら布団を敷き直す。
柔らかく温かいそれからは微かに日の光のにおいがした。最後に干したのが何時だったのかも覚えていないが、意外と持つものだ。
布団に包まれていれば、嫌な事も忘れてしまえそうだった。
好きだった同僚に恋人ができた。その恋人というのが同期のヤン田さんだった。
彼女は近づくと甘い香りのする、ふわふわとした美人だ。男好きのする人だが、仕事はよく出来る。とても私に太刀打ち出来るような相手ではなかった。
それ以来、ヤン田さんを見る度に心の奥で暗いものが首をもたげる。二人が談笑しているのを見かけた時など、それを抑えるのに必死だ。
嫉妬心は段々と、彼女が全てを持っている事へと向けられるようになった。さして会話をしたこともない癖に彼女への憎しみは募る一方だ。
「取り返しのつかないことしたらどうしよう」
自分が凶行に走ってしまうかもしれないと思うと恐ろしかった。
「大丈夫だよね。私がんばれるよね」
枕元に置いているくまのぬいぐるみに語りかける。私の唯一の話し相手だ。
そのぬいぐるみを抱きしめながら、私はいつしか眠りについていた。
「少し怪我をさせるだけだから」
もう何度目と知れないことを呟く。
ナイフを握りしめる手はかじかみ、感覚を失っていた。
ヤン田さんが何かをした訳ではないのに、私は嫉妬心だけで彼女に危害を加えようとしている。
けれど、私はもう自分を抑えることができなかった。
「そんなに酷いことはしないもの」
暗闇の中、靴音を響かせてやって来るヤン田さんを確認すると、爆発してしまいそうな心臓が一層鼓動を早めた。
「喪山さん?」
彼女の後をゆっくりとつけ、機会を窺っていると、思いがけず彼女が振り向いた。
慌ててナイフを隠す。
「こんばんは、喪山さんもこの近くに住んでいるの?」
「あ……えっと、はい。」
「良かったら途中まで一緒に行きましょう。最近、物騒だから。」
断るのは不自然かもしれない。了承するとヤン田さんはいつもの綺麗な微笑みを浮かべた。
「喪山さん顔色が悪いけど、どうかしたの?」
「いえ、大丈夫、です……」
「季節の変わり目は体調を崩しやすいから、気をつけてね。」
別れるタイミングを計りかね、結局彼女のマンションの近くまでやって来てしまった。
また出直そうかと思っていた時、ヤン田さんが聞きたくのない言葉を呟いた。
「彼も風邪を引いてしまったし。」
「か、れ……。」
「もう皆知ってるよね、私リア田さんと付き合ってるの」
落ち着いている彼女が普段見せることのない、はしゃぐ子供のような笑顔に私の中の何かが切れた。
忍ばせていたナイフを掴み、ヤン田さん目掛けて振り降ろす。
後先も考えず、ただただ彼女を傷つけたかった。
「だめ」
ところが、彼女はじっとこちらを見据えたまま、躊躇いなくナイフの刃を掴んだ。
ぱたぱたと滴が零れる。
「だめよ、喪子ちゃん。あんな男のために人生を棒に振っちゃ。こんな危ないもの喪子ちゃんに似合わないわ」
カラン、という音が響く。私は呆気にとられて言葉もでなかった。
ヤン田さんが微笑を浮かべ近づいてくる。思わず後ずさったが彼女が私の腕を掴み、逃げることができない。
ぐっと腕を引かれ、そのままヤン田さんの腕の中に収まる。
「こんなに震えて。怖かったね。あ、喪子ちゃん暴れると服が汚れてしまうわ」
「は、離して……!」
「ねえ、あのつまらない男のどこが好きなの?私がちょっと誘えばすぐについて来ちゃうのよ。」
さっきから何を言っているのだろう。どうして私が彼を好きだと知っているんだ。
「毎晩あいつの事聞くの辛かったな。苦しむ喪子ちゃんを見たくないもの」
毎晩私が語りかけていたのは、あの枕元のぬいぐるみだけだ。ヤン田さんとまともに話すのは今日が初めてだというのに。
「な、んで……」
「そうだ。喪子ちゃん冷蔵庫の野菜また腐ってたよ。こまめに整理しないと」
冷蔵庫の整理はたまに、覚えてこそいないが私が、しているはずだ。
「布団も干しておいたから、今日はゆっくり眠れるわ」
ヤン田さんが甘く蕩けるような笑顔を私に向ける。それは同僚に向けるには不釣り合いな、まるで恋人に向けるような、
「や、やめて!離して!」
全身の毛が粟立つ。頭の中で警鐘音が鳴り響いていた。
「喪子ちゃん、幸せな家庭を持ちたいって言ってたでしょう?私じゃ無理なの。
でも、こんなに喪子ちゃんが追い詰められる前に手を打つべきだったわ」
冷んやりとした指先が頬に触れる。ヤン田さんの整った顔が近づく。
「私ならもう喪子ちゃんに寂しい思いさせないよ」
柔らかい唇が私の乾燥したそれに触れる。
「好きよ、喪子ちゃん。」
終了です。長い上に読み辛くて申し訳ありませんでした。