最終更新:ID:yBr/C7DL9A 2018年02月27日(火) 21:09:18履歴
小説投下します
第三者視点で、喪子が自分語りの激しい愛されガール
無理だと思った方はNGお願いします
クラスに転校生がやって来た。
家の都合で越してきました、とぼそぼそと転校生は自己紹介した。
雰囲気は暗い。愛想も悪い。ひざ下のスカートが大変モサい。
それにしても五月中ごろと言う中途半端な時期に転校生とは。変なの。
隣のクラスにも、転校生が入ったらしい。事前の噂によると、そっちは男。キョーダイだろうか。
まだ姿は確認できていないけど、こっちの転校生を見る限り、容姿には期待できそうにない。
転校生が私の隣の席に座った。
容姿はアレだけど、中身はどうだろう。
愛想が悪いのは、見知らぬ環境で不安なだけかもしれない。
話してみたら案外仲良くなれる気がして、笑顔で名乗ってみた。
「これからよろしくね」
当たり障りない挨拶だと思う。
当然、転校生からもそんな普通の挨拶が返ってくると思った。
しかし。
「私に話しかけない方がいいよ。怪我するから」
返ってきたのはなんとも言えない厨二発言と、無愛想でどこか大人びた横顔だけだった。
こっちを見やしない。何この子。
第一印象は、最悪。
「…え、えー?怪我って、何それ?」
相手にしない方がいいタイプなのかも。
そう思いながら、好奇心に負けてさらに会話を試みる。
厨二なら厨二で、逆におもしろいことを言ってくれそうだ。
「……」
「……」
無視ですか。そうですか。
転校生はHRの間、何一つ話さなかった。
クラスの子からの質問、一切返答せず。
人見知りとか、コミュ障とかいう次元じゃない。
徹底的にみんなのことを無視してる。
そんなんじゃ社会に出てから困るぞ。
今こういうコミュニケーションがんばっとかないと、いつか絶対に後悔するぞ。
と、思いながら、私も自分から転校生に話しかけようと言う気は失せていた。
だがしかし。
一度も笑ったことないんじゃないかと思うようなそんな転校生の無表情は、休み時間にあっさり崩れた。
休み時間になって、本格的に転校生が囲まれた。
しかし、無視。シカト。馬の耳に念仏。これは違うか。
転校生は素知らぬ顔で、次の授業の教科書なんかを用意している。
「ねー、聞こえてる?返事してよー」
辛抱強い子に、肩を揺すられても無反応だ。
ある意味すごいよ、どこまで他人拒否ってんだよ。
「…もう離れた方がいいかも」
ぼそり、小さい呟きが聞こえた。
「え?」
小さすぎてなんて言ったのかわからなくて聞き返す。
転校生は無表情のまま、もどかしそうにはっきり言った。
「離れた方がいいよ。ていうか離れて。どっか行って」
意味がわからない。
こんな電波な子は初めてだ。
みんな対応に困っている。
隣に座っている私も、だいぶ困惑している。できることなら離れたい。
囲んでいた子たちがいなくなると、転校生はほっとしたように息を吐いた。
…対人恐怖?けっこう重症?
なんてテキトーに考えてると、ふいに、クラスにざわめきが走った。
なにごとかとそちらを向くと、そこにはイケメンが立っていた。
クラス中、特に女子たちに動揺が走る。私にも、もちろん走る。
誰これ。やばい。なにこのオーラ。怖いくらいかっこいい。
男子は男子で、雰囲気に圧倒されているのが見ていてわかる。
それくらい、近年まれに見るイケメンが、出入り口に立っている。
芸能人を生で見たらこんな感じなのか、恐ろしい。とか思ってたら、目が合った。
かっこよすぎて言葉が出ない。え、やばい、マジでかっこいい。
何か言いたい、声をかけたい。
あわよくば近づきたい。知り合いたい。ていうかつき合いたい。
などと考えてあたふたしているうちに、視線は外された。
何かを見つけたイケメンが、嬉しそうに笑う。
イケメンの視線を追うと、そこにいたのはあの転校生だった。え?なんで。
「喪子」
そういや、そんな名前だったな。
でもなんでイケメンがこの子の名前を知ってるんだ。
もしかして。
「えー、もしかして隣のクラスの転校生?」
果敢な女子が、イケメンに近づいた。
くそ、先を越された。
ていうか、だとしたらこのイケメンと、このモサいのがキョーダイ?
嘘だろ、生命の神秘すぎるだろ。
「喪子」
イケメンは果敢女子をガン無視した。
まるで見えていないかのように、少しも相手にしていなかった。
その無礼な態度に、ああ確かにキョーダイだわと納得する。
イケメンは他のものには目もくれず、転校生のもとに向かった。
必然、私との距離も縮む。
近づきたいと、つき合いたいと思いはしたけど、近寄られるとクラクラきた。
イケメンオーラ、やばい。
「喪子。違うクラス、やだ」
なんかカタコトだった。
イケメンだとそれすら好ポイント。ていうか可愛い。
「次に会うのは昼休みって、約束したよね?」
転校生は無表情のまま、淡々と話す。
イケメン相手によく無愛想でいられるな。
キョーダイだとそんなもんなのかな。
「無理。がんばったけど、でももう無理」
「だろうとは思ってた…」
「なんで同じクラスじゃ駄目?やだ。やだよ。一緒がいい。喪子。喪子…」
座ったままの転校生に、覆いかぶさるようにイケメンが抱きついた。
私含め、クラス中がぎょっとした。いきなり何してるんだ、この人たち。
そしてさっきまでの無表情が嘘のように、転校生は優しそうに微笑んだ。
お前身内には笑えるのかよ。
「うん。そうだね。やだね」
「うん。やだ。やだよ。喪子。喪子がいないの、やだよ。さみしい。喪子」
もはや二人だけの世界だった。
口を挟める子はいなかった。
転校生とイケメンがそのまま教室から出て行くのを、みんなでぽかーんと見ていた。
転校生の名前は喪山喪子。
イケメンの名前は山井照。
どうやらキョーダイじゃないらしい。
みんなどこでそんな話聞いてくるんだってくらい、噂が回るのは早かった。
兄でも妹でもない。その反対でもない。
でも同じ家で暮らしてる。でっかい豪邸に住んでいる。
庭には噴水。外車が四台、自家用ヘリまで所有している。
使用人さんが少なく見積もって十数人。
豪邸の持ち主はイケメンの方の両親で、どっかの王族関係者らしい。
どこまでが本当で、どこから嘘なのか、甚だ信憑性の薄い噂だった。
「本当に謎の転校生って感じだよね」
「どういう関係なのかな。やっぱつき合ってんのかな」
「美女と野獣の真逆だよ?普通ありえないって。ていうか、なんかそういうのと違くない?」
「あー、わかる。フインキが恋人じゃないんだよね」
「つーか喪山さんも初日からアレだったけど、山井君も相当みたいよ。誰とも喋んないの」
「二人してお互いしか見てないわけか。とんだバカップルだな」
「そういうのとも違う気がする…。ちょっと怖いよ、あの二人」
「だよね。あんまり関わりたくないわ」
「あー、せっかく超かっこいいのに、言動がおかしいなんてもったいねえなあ」
「黙ってたらすごいモテんのにねー」
「喪山さんがいないとずっと黙ってんじゃん」
「あは、そういやそうだった」
「それはそれでやっぱ駄目だろ」
「ああマジもったいない」
「もったいない」
私らどんだけイケメンに飢えてんだろう。
一日のうち一回はあの二人について話してる気がする。
転校生・喪山さんは、
「喪子がいない教室なんて、おかしいよ。水のない砂漠。酸素のない地球」
「生きてけないね」
「うん。生きてけない。生きられない。死ぬ。俺死ぬ。死んじゃうよ。助けて。喪子」
とか話しながら、ついさっき、イケメン・山井君と教室を出て行った。
痛いし、怖いし、つーかお前ら厨二っていうか真性だよ。
休み時間にどこ行ってるんだろう。
そんな好奇心から、こっそり後をつけたこともある。
二人がいつも行ってる先は、ひっそりとした校舎裏だった。
花壇に腰掛けて寄り添い合う姿は、恋人同士と言えなくもない。
どんなこと話してるのか盗み聞こうと、耳をそばだてた。
「喪子。好き。大好き」
「ありがとう。私も好きだよ」
「ねえ。愛してるって言っていい?」
「うーん…」
「だめ?まだ早い?でも愛してるんだよ。すごく愛してる。喪子のこと愛してる。好き。愛してる」
「大人の表現だね」
「未成年だけど、まだ子供だけど、言わせて。愛してる。愛してる喪子。喪子がいないとつらい。悲しい。死にたい」
「死んじゃ駄目だからね」
「わかってる。死なない。でも死にたい。さみしすぎて死にたくなる。助けて」
「大丈夫だよ。私は照君のことちゃんと好きだからね。そばにいないときも照君のことちゃんと考えてるよ」
「頭の中、俺だけ?」
「照君だけ。照君しかいないよ。照君のこと、大好きだよ」
「本当に?俺だけ?俺だけ好き?俺のことで頭いっぱい?」
「疑ってるの?どうして疑うの?私のこと好きなのに、信じてくれないの?」
「ご、ごめん。ごめん喪子。怒らないで。確かめただけなんだ。ごめん、信じてるよ。許して。嫌わないで」
……ただの時間の無駄だった。
チャイムが鳴るまで聞いていたけど、彼らは同じようなことを繰り返し話していただけだった。
好き。好き。大好き。
毎日のように…を通り越して、毎休み時間こんな告白大会を繰り返して、飽きないのが不思議だ。
彼らが転校してきて二ヶ月弱。
そろそろ夏休みが来ようとしていた。
その前に来たのがプール開き。
みんなが水着に着替える中、喪山さんだけは制服のままだった。
でも誰も気にしない。喪山さんが体育の授業に参加したことは、一度もない。
教師は何も言わない。これまた噂によると、山井君の親の圧力らしい。
どんな圧力なのか庶民の私には全然わからない。
それとなく先生に「喪山さんってなんで体育出ないの?」って聞いたら「体が弱い」という答えが返ってきた。
本当かよ。
今日は私も授業に不参加。生理だ。
喪山さんの隣に座り、みんなのはしゃぎっぷりを眺める。
楽しそうに泳いでいる。というか、遊んでいる。
いいなあ、くそー。
「……」
喪山さんは何を考えてるのかわからない無表情で、どこか遠くを見ていた。
山井君といるときは、とても優しそうに微笑むのに。
もっとみんなにも、その表情を見せればいいのに。
「あのさ」
返事はどうせないんだろう。
わかっていたけど、つい話しかけてしまった。
「体弱いんだって?」
「……」
やっぱりな。
わかっていたとはいえ、無視されるとムカつく。。
なんでもいいから返事をさせたくて、なかばムキになって話しを続けた。
「ところでさー、喪山さんと山井君ってちょっと変わってるよね」
「……」
「ちょっとどころじゃないか。ねえ、山井君とつき合うことにしたきっかけって何?」
言い回しがおかしくなった。
これじゃ、喪山さんが山井君に告白されて、オッケーしたみたいだ。
でも…そうなんじゃないかな、となんとなく思う。
「やっぱ顔で選んだ?」
「……私と話したこと、誰にも言わないでね」
返事きた!!
驚いて、ぐるんと体ごと喪山さんの方を向く。
すると「こっち向かないで」と厳しい声が飛んできた。
なんでよ、と思ったけど、喪山さんは険しい顔で、こっち向かないでお願いとさらに言う。
しょうがなく前を向き直した。
喪山さんはほっと息を吐いて、ふっと笑った。
今日は表情豊かだ!なんかレア!と、私のテンションが少し上がった。
「照君も体育は見学なの。さっきからずっと、こっちを見てる」
体育は隣のクラスと合同で、男女別れて行われている。
男子は体育館でバスケをやるって言っていた。
体育館はこのプールから、百メートルくらい離れたところに建っている。
ちょうど私達が座っている場所の真後ろだけど、間に二階建の校舎があって、屋根くらいしか見えない。
「ここ見えないでしょ」
「…体育館の二階にね、ここが見える場所があるって前に言ってた。そこから見てるの。ずっと見られてるんだよ」
「そんな場所あるなんて女子のプールのぞき放題じゃん」
「うん。危険スポットだね。今は照君がその場所を占領しちゃってる」
「で、見てるって?山井君、喪山さんのこと好きすぎでしょ。あんなイケメンに愛されてて、喪山さんがうらやましいなー」
「うん…」
しかし喪山さんは、ちっとも嬉しそうじゃなかった。
なんだろう。彼氏の視線を、怖がってるみたいだ。
喪山さんの言い方に、ラブラブというより、監視に近いものを感じた。
「私なんかを愛してくれて、感謝しないといけないはずなんだけど」
聞きとるのがやっとの声で喪山さんは喋った。
声は小さいけど、ちゃんと会話が成立している。
そのことに内心驚き、そして達成感のようなものを感じながら、相槌を打つ。
「頷かないで。私に反応しないで。顔は見えないだろうけど、動きでバレちゃうから」
「え、何で?バレてもいいじゃん」
「私と話したことがバレたら、体中ぼこぼこに殴られるよ」
「は?」
突然の、思いもよらない言葉に耳を疑う。
殴られるって誰に?
話しの流れからすると山井君に?
なんで喪山さんと話しただけで、山井君が殴ってくるのよ。
やっぱこの子って発言が電波だ。
「照君はそういうことする子なの。頭おかしいの。だから最初に言ったんだよ、話しかけないでって」
そういえばそんなことを言われた。
怪我するよと言われて、まったく意味がわからなかった。
喪山さんとしては、あれはつまり、山井君に殴られると言いたかったってこと?
「えー、喪山さんの言ってることわけわかんないよ?」
「でも事実だよ。さらにわけわかんないこと言うけど、照君は私のこと昔殺そうとしたの」
「は?……どこまで冗談か知らないけど、あんま痛いと友達なくすよ?」
「友達…私にはいないから」
喪山さんが泣きそうに眉をひそめた。
まあいないだろう、というか、喪山さんみたいに無愛想じゃ、まず作れないだろう。
と思ったけど言わないであげた。さすがに可哀相だ。
「二人で転校してきた理由はね、まず山井君のご両親が引っ越すことになって、私はそれについて来たの」
「え、じゃあ一緒に住んでるって本当なんだ?」
「よく知ってるね」
あなたたち二人は、いい噂のまとだからね。
とは言えず、まあ、うん、とテキトーにごまかした。
「四六時中、私と一緒にいたいんだって。奇特だよね」
「かなり好かれてんだね。マジうらやましいわ」
「だからって一緒に住む?まだ学生なのに」
「普通は住まないっていうか、住めないだろうけど」
家の都合とか、あるし。
「山井君はそんな常識持ってないの。住めないって言ったら、住める環境にさせられちゃった」
「え、どういうこと?ていうか喪山さんの親はどうしてんの?」
「…かなり強引な方法だったから」
「だったから?」
「まあそれはいいんだ、別に」
「え、気になるんだけど」
「山井君はそれぐらい、私といるためならなんでもするってことだよ」
「だからその方法を教えてくれよ。そこスルーしないでよ」
食い下がったけど教えてくれなかった。言いたくないことなんだろうか。
そして喪山さんの話が本当だとして。
あのイケメンに好かれて、一緒に暮らそうって言われて、毎日ずっと一緒にいて。
やっぱりちょっと、うらやましいと思う。
それだけ愛されるって、なかなかないことだし。
いいなあ、と思わず呟いた。
「いいのかな。どうだろう、あんまりよくないんじゃないかな」
「ぜいたくー」
「たしかに贅沢ではあるよね。…照君、なんでもしちゃうから、そのうち私は隣のクラスに行くと思う」
「いや無理でしょ」
「無理でも、行くことになるんじゃないかなあ。前の学校で、学年も変わらされたし」
「はあ?」
「私、もう卒業してる年齢だからね」
唐突すぎる告白に、笑ってしまった。
やっぱこの子、おかしいんだ。絶対おかしい。ていうかビョーキ?虚言癖?
「こんなすぐバレる嘘は言わないよ。全部、本当だから。留年させられたの。ひどいよねぇ」
「あのさ…悪いけどそれ、成績とか単位とかのせいじゃないの?」
「成績は並みだよ。単位は落としたけど。というか、落とされた。照君が学校に行かせてくれなかったから」
「じゃあ山井君も留年じゃん」
「照君はあなた達と同い年だよ。私が照君の学年に、合わせさせられたの」
「ちょっと待って。……もうさっきから意味わかんなすぎる」
「私も実際に話してみて、嘘くさいなあって自分でも思っちゃったよ」
「嘘でいいよ。むしろ嘘って言ってほしいし」
「ごめんね、本当の話で。なんでもしちゃう照君に、殺されるのだけはいやだったからつき合うことにしたの」
「……一番意味わかんない。イロイロなことは置いといて、殺されるとかはさすがに冗談だよね?笑えないけど」
体育の授業中に、なんて物騒な話をしてるんだろう。
しかし小声で、お互いの顔も見ずに話す私たちに、誰も気づいていない。
「ううん。つき合わなきゃ、好きって言わなきゃ殺されてたよ。怖いよね」
「もし本当の話なら、怖いなんてもんじゃないと思うんだけど」
「あはは」
体を揺らすことなく、喪山さんは笑った。
まったく笑えない話なのに、心底おかしそうに、だけどちょっと投げやりに、笑っている。
そんな顔もできるのに、どうしていつも無表情なんだろう。
「同じ家に住める環境を作ったり、留年させたり、照君は一緒にいるためならなんでもしちゃうから」
「喪山さんの親、よくそれ許したね。留年なんて大問題じゃん」
「許したわけじゃないよ」
「え、じゃあなんで?」
「まあいろいろあったから」
何があったんだよ。
知るのが怖い。でも気になる。
だけど喪山さんは教えてくれない。
「私のこと殺すのも、一緒にいるための手段なんだって」
「おかしいって。死んだら一緒にいられないじゃん」
「照君ちょっとその辺の考えがバカだよね。でも殺すっていうか、実際は動けないくらい殴られて、良くて監禁かな」
「どっちにしろ怖い…」
良くて監禁って、悪いとなんなのよ。
私の想像力じゃ何も思い浮かばないよ。
「でしょ。だからつき合うことにしたの。これが質問の答えだよ」
「そういやそんな質問したね…まさかこんな答えが返ってくるとは思ってなかったけど」
「あはは」
「笑えないから」
「照君の顔もたしかに魅力的だけど。それで補っても足りないくらい、頭おかしいよあの子は」
「………いつか自伝でも書いて、印税でうはうはするといいよ…」
言いながら、虚言か何かかと思おうとした。
普通に考えて、喪山さんの話はありえない。
山井君が犯罪者じゃん。そうじゃなくても、異常者じゃん。
だけど、普段の二人の様子を思うと、あながち嘘じゃない気もするから困る。
「ごめん」
「え、なんでいきなり謝んの?あ、やっぱ今の嘘?やっぱりね!喪山さんってばタチ悪いなあ、もう」
「ううん。なんか愚痴に近いことたくさん言っちゃったから。気を悪くさせたでしょ」
というか、だいぶモヤモヤさせられたよ。
こんな話を聞いて、私はこれから二人をどんな目で見たらいいんだ。
「お願いなんだけど、今の、誰にも言わないでね。照君にバレたら本当にまずいから」
「言わないよ」
ていうか言えないよ。
「ありがとう。ひさしぶりに照君以外と話せて、楽しかった」
「あー…学校じゃ全然喋ってないもんね。まさか家でもだったりして」
「そうだよ」
「そうなんだ…そこは否定してほしかった…」
「照君のご両親とも喋ってないよ。照君がさみしがって、泣いて怒るから」
「じゃあ喪山さんの親は?」
「死んだよ」
さらりと喪山さんは言った。
私は思わず、喪山さんの方を向いてしまった。
「こっち向かないでってば」
「あ、だって、でも」
衝撃発言すぎる。
喪山さんは、山井君のことを話してるときと違って、泣きそうでも悲しそうでもなく、無表情だった。
何を思ってるのか、考えてるのか、全然わからない。
そういえば、さっきから喪山さんは親について聞いても、教えてくれなかった。
話したくないことだったのかな。
悪いことを聞いてしまい、どうしようかと気まずくなっていると、喪山さんは笑った。
「なんかごめん。さっきから私、余計なことばっか言ってるね」
「いや、私こそごめん…変なこと聞いて」
「いいよ。気になるのわかるし。だって変だもの、私と照君。なんでつき合ってんの?って思うよそりゃ」
自覚あるんだ…。
まあ、あるんだろうな。
ところどころツッコミどころはあるし、電波発言満載だけど、喪山さんは意外とまともだ。
「誰かに話を聞いてほしかった。でも、照君と近い人じゃ駄目だし、照君が近くにいるときは誰とも喋れないでしょ」
「だから私に?」
「そう。つき合うことにしたのは?って聞かれて、あなたなら大丈夫かもって思ったの」
「どうして?多分みんな同じこと聞きたがってるよ?」
「聞き方かな。たいていみんな、私には選択権ないって思ってるから。あなたは私より照君がおかしいってわかったんでしょ?」
正直、わかってたとは言えない。
ただなんとなく、喪山さんが山井君を宥めているように見えてた。
山井君の方が必死な感じはしていた。
「だから私の話を聞いても大丈夫かなって」
「えーと…大丈夫じゃないかもしれないよ」
「あなたは誰にも言わないでしょ。もし口外しても、痛い思いするのはあなただよ」
「……怖いこと言わないでよ。喪山さんも殺されるんじゃないの?」
「好き。大好き。そう言ってれば、照君は大人しくなるんだよね。だから私は大丈夫」
「なんか……すごいね」
返す言葉がなくなってしまった。
どこまで本当と思っていいのか判断できない。
…きっと全部なんだろうけど、やっぱりそれでも本当だと思えなかったし、思いたくなかった。
「話につき合ってくれてありがとう。すっきりした!」
私は全然すっきりできないけど!
「…初日にね、あなたに話しかけてもらえて、実はすごく嬉しかったよ」
「え?」
「あなたは優しいよね。なのにこんな話につき合わせちゃって、ごめんね」
喪山さんはそれっきり喋らなくなった。
チャイムが鳴り、授業が終わる。
やがて私は、王様の耳はロバの耳を思い出した。
もしかすると私は、穴の代わりだったんじゃないか?
教室へ戻る途中で、喪山さんは山井君に抱きつかれてた。
「なんでこっち見てくれなかった?俺はずっと見てた。喪子のこと、見てたのに。なんで?なんで?」
「だって見たら、そばに行きたくなっちゃうでしょ?」
「来たらいい。俺、行けばよかった。喪子のとこ、行けばよかった」
「でも離れてさみしかった分、そばにいられる幸せを改めて感じられるよ。そういうのも大事じゃないかな?」
「そっか。喪子もさみしかったんだね、俺と一緒」
「後半ちゃんと聞いてた…?」
「聞いてるよ?喪子の話は全部聞いてる。俺もさみしかった。喪子。好き。大好き。もう離れたくない」
相変わらずの様子に、ほとんどみんな慣れていて、そばを素通りしていく。
私も通らないといけない。でも、足が重い。二人のそばに、近寄りたくない。
「もう夏だっつーのに暑苦しいカップルだよ」
友達の言葉に、ほんとだよねーなんて笑ってみたけど。
不意にこっちを向いた山井君の表情が恐ろしくて、頬がひきつった。
睨まれてる。ほとんど無表情なのに、殺意のようなものを感じる。
さっきの喪山さんの話に、私は完全に呑まれてしまっていた。
大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせる。
怖いと思うから怖い。殴られると思うから、びびってしまう。
私は何もしてない。だから殴られるわけない。
でも、殴られないっていう保証もない。
怖いな。どうしよう。怖い。
「でもやっぱかっこいいわー、山井君。変人じゃなかったらアピんのになあ」
「そ、そうだね。うん」
友達の声がほとんど頭に入ってこない。
山井君の顔が、怖い。本当に、怖い。
喪山さんがこちらに気づき、焦ったように山井君に抱きついた。
山井君は途端、喪山さんに夢中になる。抱き締めあい、キスしている。
山井君がこっちを向くことはもうなかった。
そのことに激しく安堵する。
「喪子、喪子っ。ああどうしよう、喪子のこと愛してる、愛してる」
「私も」
「愛してる。愛してるよ、大好きだよ。喪子のことが好きで好きで好きで好きで、好きすぎて、頭が、いたい。なんか、吐きそう」
「…それは多分、熱射病だね」
ちょっとずっこけた。
二人はそのまま教室とは反対方向に歩いて行った。
保健室に行くのか、それともまた花壇に座って告白大会か。
どっちでもいい。どこにでも行ってくれ。
喪山さんと山井君。
五月にやって来た、謎の転校生。
これからもこの二人がいるのかと思うと、私の方が転校したい。
とりあえず、二人に会わなくていいように、夏休みが早く来ますようにと強く願った。
以上です
7レスで終わらなかった
長々と失礼しました
ヤンデレの名前はダジャレです
山井照→やまいてる→病てる→ヤンデル
第三者視点で、喪子が自分語りの激しい愛されガール
無理だと思った方はNGお願いします
クラスに転校生がやって来た。
家の都合で越してきました、とぼそぼそと転校生は自己紹介した。
雰囲気は暗い。愛想も悪い。ひざ下のスカートが大変モサい。
それにしても五月中ごろと言う中途半端な時期に転校生とは。変なの。
隣のクラスにも、転校生が入ったらしい。事前の噂によると、そっちは男。キョーダイだろうか。
まだ姿は確認できていないけど、こっちの転校生を見る限り、容姿には期待できそうにない。
転校生が私の隣の席に座った。
容姿はアレだけど、中身はどうだろう。
愛想が悪いのは、見知らぬ環境で不安なだけかもしれない。
話してみたら案外仲良くなれる気がして、笑顔で名乗ってみた。
「これからよろしくね」
当たり障りない挨拶だと思う。
当然、転校生からもそんな普通の挨拶が返ってくると思った。
しかし。
「私に話しかけない方がいいよ。怪我するから」
返ってきたのはなんとも言えない厨二発言と、無愛想でどこか大人びた横顔だけだった。
こっちを見やしない。何この子。
第一印象は、最悪。
「…え、えー?怪我って、何それ?」
相手にしない方がいいタイプなのかも。
そう思いながら、好奇心に負けてさらに会話を試みる。
厨二なら厨二で、逆におもしろいことを言ってくれそうだ。
「……」
「……」
無視ですか。そうですか。
転校生はHRの間、何一つ話さなかった。
クラスの子からの質問、一切返答せず。
人見知りとか、コミュ障とかいう次元じゃない。
徹底的にみんなのことを無視してる。
そんなんじゃ社会に出てから困るぞ。
今こういうコミュニケーションがんばっとかないと、いつか絶対に後悔するぞ。
と、思いながら、私も自分から転校生に話しかけようと言う気は失せていた。
だがしかし。
一度も笑ったことないんじゃないかと思うようなそんな転校生の無表情は、休み時間にあっさり崩れた。
休み時間になって、本格的に転校生が囲まれた。
しかし、無視。シカト。馬の耳に念仏。これは違うか。
転校生は素知らぬ顔で、次の授業の教科書なんかを用意している。
「ねー、聞こえてる?返事してよー」
辛抱強い子に、肩を揺すられても無反応だ。
ある意味すごいよ、どこまで他人拒否ってんだよ。
「…もう離れた方がいいかも」
ぼそり、小さい呟きが聞こえた。
「え?」
小さすぎてなんて言ったのかわからなくて聞き返す。
転校生は無表情のまま、もどかしそうにはっきり言った。
「離れた方がいいよ。ていうか離れて。どっか行って」
意味がわからない。
こんな電波な子は初めてだ。
みんな対応に困っている。
隣に座っている私も、だいぶ困惑している。できることなら離れたい。
囲んでいた子たちがいなくなると、転校生はほっとしたように息を吐いた。
…対人恐怖?けっこう重症?
なんてテキトーに考えてると、ふいに、クラスにざわめきが走った。
なにごとかとそちらを向くと、そこにはイケメンが立っていた。
クラス中、特に女子たちに動揺が走る。私にも、もちろん走る。
誰これ。やばい。なにこのオーラ。怖いくらいかっこいい。
男子は男子で、雰囲気に圧倒されているのが見ていてわかる。
それくらい、近年まれに見るイケメンが、出入り口に立っている。
芸能人を生で見たらこんな感じなのか、恐ろしい。とか思ってたら、目が合った。
かっこよすぎて言葉が出ない。え、やばい、マジでかっこいい。
何か言いたい、声をかけたい。
あわよくば近づきたい。知り合いたい。ていうかつき合いたい。
などと考えてあたふたしているうちに、視線は外された。
何かを見つけたイケメンが、嬉しそうに笑う。
イケメンの視線を追うと、そこにいたのはあの転校生だった。え?なんで。
「喪子」
そういや、そんな名前だったな。
でもなんでイケメンがこの子の名前を知ってるんだ。
もしかして。
「えー、もしかして隣のクラスの転校生?」
果敢な女子が、イケメンに近づいた。
くそ、先を越された。
ていうか、だとしたらこのイケメンと、このモサいのがキョーダイ?
嘘だろ、生命の神秘すぎるだろ。
「喪子」
イケメンは果敢女子をガン無視した。
まるで見えていないかのように、少しも相手にしていなかった。
その無礼な態度に、ああ確かにキョーダイだわと納得する。
イケメンは他のものには目もくれず、転校生のもとに向かった。
必然、私との距離も縮む。
近づきたいと、つき合いたいと思いはしたけど、近寄られるとクラクラきた。
イケメンオーラ、やばい。
「喪子。違うクラス、やだ」
なんかカタコトだった。
イケメンだとそれすら好ポイント。ていうか可愛い。
「次に会うのは昼休みって、約束したよね?」
転校生は無表情のまま、淡々と話す。
イケメン相手によく無愛想でいられるな。
キョーダイだとそんなもんなのかな。
「無理。がんばったけど、でももう無理」
「だろうとは思ってた…」
「なんで同じクラスじゃ駄目?やだ。やだよ。一緒がいい。喪子。喪子…」
座ったままの転校生に、覆いかぶさるようにイケメンが抱きついた。
私含め、クラス中がぎょっとした。いきなり何してるんだ、この人たち。
そしてさっきまでの無表情が嘘のように、転校生は優しそうに微笑んだ。
お前身内には笑えるのかよ。
「うん。そうだね。やだね」
「うん。やだ。やだよ。喪子。喪子がいないの、やだよ。さみしい。喪子」
もはや二人だけの世界だった。
口を挟める子はいなかった。
転校生とイケメンがそのまま教室から出て行くのを、みんなでぽかーんと見ていた。
転校生の名前は喪山喪子。
イケメンの名前は山井照。
どうやらキョーダイじゃないらしい。
みんなどこでそんな話聞いてくるんだってくらい、噂が回るのは早かった。
兄でも妹でもない。その反対でもない。
でも同じ家で暮らしてる。でっかい豪邸に住んでいる。
庭には噴水。外車が四台、自家用ヘリまで所有している。
使用人さんが少なく見積もって十数人。
豪邸の持ち主はイケメンの方の両親で、どっかの王族関係者らしい。
どこまでが本当で、どこから嘘なのか、甚だ信憑性の薄い噂だった。
「本当に謎の転校生って感じだよね」
「どういう関係なのかな。やっぱつき合ってんのかな」
「美女と野獣の真逆だよ?普通ありえないって。ていうか、なんかそういうのと違くない?」
「あー、わかる。フインキが恋人じゃないんだよね」
「つーか喪山さんも初日からアレだったけど、山井君も相当みたいよ。誰とも喋んないの」
「二人してお互いしか見てないわけか。とんだバカップルだな」
「そういうのとも違う気がする…。ちょっと怖いよ、あの二人」
「だよね。あんまり関わりたくないわ」
「あー、せっかく超かっこいいのに、言動がおかしいなんてもったいねえなあ」
「黙ってたらすごいモテんのにねー」
「喪山さんがいないとずっと黙ってんじゃん」
「あは、そういやそうだった」
「それはそれでやっぱ駄目だろ」
「ああマジもったいない」
「もったいない」
私らどんだけイケメンに飢えてんだろう。
一日のうち一回はあの二人について話してる気がする。
転校生・喪山さんは、
「喪子がいない教室なんて、おかしいよ。水のない砂漠。酸素のない地球」
「生きてけないね」
「うん。生きてけない。生きられない。死ぬ。俺死ぬ。死んじゃうよ。助けて。喪子」
とか話しながら、ついさっき、イケメン・山井君と教室を出て行った。
痛いし、怖いし、つーかお前ら厨二っていうか真性だよ。
休み時間にどこ行ってるんだろう。
そんな好奇心から、こっそり後をつけたこともある。
二人がいつも行ってる先は、ひっそりとした校舎裏だった。
花壇に腰掛けて寄り添い合う姿は、恋人同士と言えなくもない。
どんなこと話してるのか盗み聞こうと、耳をそばだてた。
「喪子。好き。大好き」
「ありがとう。私も好きだよ」
「ねえ。愛してるって言っていい?」
「うーん…」
「だめ?まだ早い?でも愛してるんだよ。すごく愛してる。喪子のこと愛してる。好き。愛してる」
「大人の表現だね」
「未成年だけど、まだ子供だけど、言わせて。愛してる。愛してる喪子。喪子がいないとつらい。悲しい。死にたい」
「死んじゃ駄目だからね」
「わかってる。死なない。でも死にたい。さみしすぎて死にたくなる。助けて」
「大丈夫だよ。私は照君のことちゃんと好きだからね。そばにいないときも照君のことちゃんと考えてるよ」
「頭の中、俺だけ?」
「照君だけ。照君しかいないよ。照君のこと、大好きだよ」
「本当に?俺だけ?俺だけ好き?俺のことで頭いっぱい?」
「疑ってるの?どうして疑うの?私のこと好きなのに、信じてくれないの?」
「ご、ごめん。ごめん喪子。怒らないで。確かめただけなんだ。ごめん、信じてるよ。許して。嫌わないで」
……ただの時間の無駄だった。
チャイムが鳴るまで聞いていたけど、彼らは同じようなことを繰り返し話していただけだった。
好き。好き。大好き。
毎日のように…を通り越して、毎休み時間こんな告白大会を繰り返して、飽きないのが不思議だ。
彼らが転校してきて二ヶ月弱。
そろそろ夏休みが来ようとしていた。
その前に来たのがプール開き。
みんなが水着に着替える中、喪山さんだけは制服のままだった。
でも誰も気にしない。喪山さんが体育の授業に参加したことは、一度もない。
教師は何も言わない。これまた噂によると、山井君の親の圧力らしい。
どんな圧力なのか庶民の私には全然わからない。
それとなく先生に「喪山さんってなんで体育出ないの?」って聞いたら「体が弱い」という答えが返ってきた。
本当かよ。
今日は私も授業に不参加。生理だ。
喪山さんの隣に座り、みんなのはしゃぎっぷりを眺める。
楽しそうに泳いでいる。というか、遊んでいる。
いいなあ、くそー。
「……」
喪山さんは何を考えてるのかわからない無表情で、どこか遠くを見ていた。
山井君といるときは、とても優しそうに微笑むのに。
もっとみんなにも、その表情を見せればいいのに。
「あのさ」
返事はどうせないんだろう。
わかっていたけど、つい話しかけてしまった。
「体弱いんだって?」
「……」
やっぱりな。
わかっていたとはいえ、無視されるとムカつく。。
なんでもいいから返事をさせたくて、なかばムキになって話しを続けた。
「ところでさー、喪山さんと山井君ってちょっと変わってるよね」
「……」
「ちょっとどころじゃないか。ねえ、山井君とつき合うことにしたきっかけって何?」
言い回しがおかしくなった。
これじゃ、喪山さんが山井君に告白されて、オッケーしたみたいだ。
でも…そうなんじゃないかな、となんとなく思う。
「やっぱ顔で選んだ?」
「……私と話したこと、誰にも言わないでね」
返事きた!!
驚いて、ぐるんと体ごと喪山さんの方を向く。
すると「こっち向かないで」と厳しい声が飛んできた。
なんでよ、と思ったけど、喪山さんは険しい顔で、こっち向かないでお願いとさらに言う。
しょうがなく前を向き直した。
喪山さんはほっと息を吐いて、ふっと笑った。
今日は表情豊かだ!なんかレア!と、私のテンションが少し上がった。
「照君も体育は見学なの。さっきからずっと、こっちを見てる」
体育は隣のクラスと合同で、男女別れて行われている。
男子は体育館でバスケをやるって言っていた。
体育館はこのプールから、百メートルくらい離れたところに建っている。
ちょうど私達が座っている場所の真後ろだけど、間に二階建の校舎があって、屋根くらいしか見えない。
「ここ見えないでしょ」
「…体育館の二階にね、ここが見える場所があるって前に言ってた。そこから見てるの。ずっと見られてるんだよ」
「そんな場所あるなんて女子のプールのぞき放題じゃん」
「うん。危険スポットだね。今は照君がその場所を占領しちゃってる」
「で、見てるって?山井君、喪山さんのこと好きすぎでしょ。あんなイケメンに愛されてて、喪山さんがうらやましいなー」
「うん…」
しかし喪山さんは、ちっとも嬉しそうじゃなかった。
なんだろう。彼氏の視線を、怖がってるみたいだ。
喪山さんの言い方に、ラブラブというより、監視に近いものを感じた。
「私なんかを愛してくれて、感謝しないといけないはずなんだけど」
聞きとるのがやっとの声で喪山さんは喋った。
声は小さいけど、ちゃんと会話が成立している。
そのことに内心驚き、そして達成感のようなものを感じながら、相槌を打つ。
「頷かないで。私に反応しないで。顔は見えないだろうけど、動きでバレちゃうから」
「え、何で?バレてもいいじゃん」
「私と話したことがバレたら、体中ぼこぼこに殴られるよ」
「は?」
突然の、思いもよらない言葉に耳を疑う。
殴られるって誰に?
話しの流れからすると山井君に?
なんで喪山さんと話しただけで、山井君が殴ってくるのよ。
やっぱこの子って発言が電波だ。
「照君はそういうことする子なの。頭おかしいの。だから最初に言ったんだよ、話しかけないでって」
そういえばそんなことを言われた。
怪我するよと言われて、まったく意味がわからなかった。
喪山さんとしては、あれはつまり、山井君に殴られると言いたかったってこと?
「えー、喪山さんの言ってることわけわかんないよ?」
「でも事実だよ。さらにわけわかんないこと言うけど、照君は私のこと昔殺そうとしたの」
「は?……どこまで冗談か知らないけど、あんま痛いと友達なくすよ?」
「友達…私にはいないから」
喪山さんが泣きそうに眉をひそめた。
まあいないだろう、というか、喪山さんみたいに無愛想じゃ、まず作れないだろう。
と思ったけど言わないであげた。さすがに可哀相だ。
「二人で転校してきた理由はね、まず山井君のご両親が引っ越すことになって、私はそれについて来たの」
「え、じゃあ一緒に住んでるって本当なんだ?」
「よく知ってるね」
あなたたち二人は、いい噂のまとだからね。
とは言えず、まあ、うん、とテキトーにごまかした。
「四六時中、私と一緒にいたいんだって。奇特だよね」
「かなり好かれてんだね。マジうらやましいわ」
「だからって一緒に住む?まだ学生なのに」
「普通は住まないっていうか、住めないだろうけど」
家の都合とか、あるし。
「山井君はそんな常識持ってないの。住めないって言ったら、住める環境にさせられちゃった」
「え、どういうこと?ていうか喪山さんの親はどうしてんの?」
「…かなり強引な方法だったから」
「だったから?」
「まあそれはいいんだ、別に」
「え、気になるんだけど」
「山井君はそれぐらい、私といるためならなんでもするってことだよ」
「だからその方法を教えてくれよ。そこスルーしないでよ」
食い下がったけど教えてくれなかった。言いたくないことなんだろうか。
そして喪山さんの話が本当だとして。
あのイケメンに好かれて、一緒に暮らそうって言われて、毎日ずっと一緒にいて。
やっぱりちょっと、うらやましいと思う。
それだけ愛されるって、なかなかないことだし。
いいなあ、と思わず呟いた。
「いいのかな。どうだろう、あんまりよくないんじゃないかな」
「ぜいたくー」
「たしかに贅沢ではあるよね。…照君、なんでもしちゃうから、そのうち私は隣のクラスに行くと思う」
「いや無理でしょ」
「無理でも、行くことになるんじゃないかなあ。前の学校で、学年も変わらされたし」
「はあ?」
「私、もう卒業してる年齢だからね」
唐突すぎる告白に、笑ってしまった。
やっぱこの子、おかしいんだ。絶対おかしい。ていうかビョーキ?虚言癖?
「こんなすぐバレる嘘は言わないよ。全部、本当だから。留年させられたの。ひどいよねぇ」
「あのさ…悪いけどそれ、成績とか単位とかのせいじゃないの?」
「成績は並みだよ。単位は落としたけど。というか、落とされた。照君が学校に行かせてくれなかったから」
「じゃあ山井君も留年じゃん」
「照君はあなた達と同い年だよ。私が照君の学年に、合わせさせられたの」
「ちょっと待って。……もうさっきから意味わかんなすぎる」
「私も実際に話してみて、嘘くさいなあって自分でも思っちゃったよ」
「嘘でいいよ。むしろ嘘って言ってほしいし」
「ごめんね、本当の話で。なんでもしちゃう照君に、殺されるのだけはいやだったからつき合うことにしたの」
「……一番意味わかんない。イロイロなことは置いといて、殺されるとかはさすがに冗談だよね?笑えないけど」
体育の授業中に、なんて物騒な話をしてるんだろう。
しかし小声で、お互いの顔も見ずに話す私たちに、誰も気づいていない。
「ううん。つき合わなきゃ、好きって言わなきゃ殺されてたよ。怖いよね」
「もし本当の話なら、怖いなんてもんじゃないと思うんだけど」
「あはは」
体を揺らすことなく、喪山さんは笑った。
まったく笑えない話なのに、心底おかしそうに、だけどちょっと投げやりに、笑っている。
そんな顔もできるのに、どうしていつも無表情なんだろう。
「同じ家に住める環境を作ったり、留年させたり、照君は一緒にいるためならなんでもしちゃうから」
「喪山さんの親、よくそれ許したね。留年なんて大問題じゃん」
「許したわけじゃないよ」
「え、じゃあなんで?」
「まあいろいろあったから」
何があったんだよ。
知るのが怖い。でも気になる。
だけど喪山さんは教えてくれない。
「私のこと殺すのも、一緒にいるための手段なんだって」
「おかしいって。死んだら一緒にいられないじゃん」
「照君ちょっとその辺の考えがバカだよね。でも殺すっていうか、実際は動けないくらい殴られて、良くて監禁かな」
「どっちにしろ怖い…」
良くて監禁って、悪いとなんなのよ。
私の想像力じゃ何も思い浮かばないよ。
「でしょ。だからつき合うことにしたの。これが質問の答えだよ」
「そういやそんな質問したね…まさかこんな答えが返ってくるとは思ってなかったけど」
「あはは」
「笑えないから」
「照君の顔もたしかに魅力的だけど。それで補っても足りないくらい、頭おかしいよあの子は」
「………いつか自伝でも書いて、印税でうはうはするといいよ…」
言いながら、虚言か何かかと思おうとした。
普通に考えて、喪山さんの話はありえない。
山井君が犯罪者じゃん。そうじゃなくても、異常者じゃん。
だけど、普段の二人の様子を思うと、あながち嘘じゃない気もするから困る。
「ごめん」
「え、なんでいきなり謝んの?あ、やっぱ今の嘘?やっぱりね!喪山さんってばタチ悪いなあ、もう」
「ううん。なんか愚痴に近いことたくさん言っちゃったから。気を悪くさせたでしょ」
というか、だいぶモヤモヤさせられたよ。
こんな話を聞いて、私はこれから二人をどんな目で見たらいいんだ。
「お願いなんだけど、今の、誰にも言わないでね。照君にバレたら本当にまずいから」
「言わないよ」
ていうか言えないよ。
「ありがとう。ひさしぶりに照君以外と話せて、楽しかった」
「あー…学校じゃ全然喋ってないもんね。まさか家でもだったりして」
「そうだよ」
「そうなんだ…そこは否定してほしかった…」
「照君のご両親とも喋ってないよ。照君がさみしがって、泣いて怒るから」
「じゃあ喪山さんの親は?」
「死んだよ」
さらりと喪山さんは言った。
私は思わず、喪山さんの方を向いてしまった。
「こっち向かないでってば」
「あ、だって、でも」
衝撃発言すぎる。
喪山さんは、山井君のことを話してるときと違って、泣きそうでも悲しそうでもなく、無表情だった。
何を思ってるのか、考えてるのか、全然わからない。
そういえば、さっきから喪山さんは親について聞いても、教えてくれなかった。
話したくないことだったのかな。
悪いことを聞いてしまい、どうしようかと気まずくなっていると、喪山さんは笑った。
「なんかごめん。さっきから私、余計なことばっか言ってるね」
「いや、私こそごめん…変なこと聞いて」
「いいよ。気になるのわかるし。だって変だもの、私と照君。なんでつき合ってんの?って思うよそりゃ」
自覚あるんだ…。
まあ、あるんだろうな。
ところどころツッコミどころはあるし、電波発言満載だけど、喪山さんは意外とまともだ。
「誰かに話を聞いてほしかった。でも、照君と近い人じゃ駄目だし、照君が近くにいるときは誰とも喋れないでしょ」
「だから私に?」
「そう。つき合うことにしたのは?って聞かれて、あなたなら大丈夫かもって思ったの」
「どうして?多分みんな同じこと聞きたがってるよ?」
「聞き方かな。たいていみんな、私には選択権ないって思ってるから。あなたは私より照君がおかしいってわかったんでしょ?」
正直、わかってたとは言えない。
ただなんとなく、喪山さんが山井君を宥めているように見えてた。
山井君の方が必死な感じはしていた。
「だから私の話を聞いても大丈夫かなって」
「えーと…大丈夫じゃないかもしれないよ」
「あなたは誰にも言わないでしょ。もし口外しても、痛い思いするのはあなただよ」
「……怖いこと言わないでよ。喪山さんも殺されるんじゃないの?」
「好き。大好き。そう言ってれば、照君は大人しくなるんだよね。だから私は大丈夫」
「なんか……すごいね」
返す言葉がなくなってしまった。
どこまで本当と思っていいのか判断できない。
…きっと全部なんだろうけど、やっぱりそれでも本当だと思えなかったし、思いたくなかった。
「話につき合ってくれてありがとう。すっきりした!」
私は全然すっきりできないけど!
「…初日にね、あなたに話しかけてもらえて、実はすごく嬉しかったよ」
「え?」
「あなたは優しいよね。なのにこんな話につき合わせちゃって、ごめんね」
喪山さんはそれっきり喋らなくなった。
チャイムが鳴り、授業が終わる。
やがて私は、王様の耳はロバの耳を思い出した。
もしかすると私は、穴の代わりだったんじゃないか?
教室へ戻る途中で、喪山さんは山井君に抱きつかれてた。
「なんでこっち見てくれなかった?俺はずっと見てた。喪子のこと、見てたのに。なんで?なんで?」
「だって見たら、そばに行きたくなっちゃうでしょ?」
「来たらいい。俺、行けばよかった。喪子のとこ、行けばよかった」
「でも離れてさみしかった分、そばにいられる幸せを改めて感じられるよ。そういうのも大事じゃないかな?」
「そっか。喪子もさみしかったんだね、俺と一緒」
「後半ちゃんと聞いてた…?」
「聞いてるよ?喪子の話は全部聞いてる。俺もさみしかった。喪子。好き。大好き。もう離れたくない」
相変わらずの様子に、ほとんどみんな慣れていて、そばを素通りしていく。
私も通らないといけない。でも、足が重い。二人のそばに、近寄りたくない。
「もう夏だっつーのに暑苦しいカップルだよ」
友達の言葉に、ほんとだよねーなんて笑ってみたけど。
不意にこっちを向いた山井君の表情が恐ろしくて、頬がひきつった。
睨まれてる。ほとんど無表情なのに、殺意のようなものを感じる。
さっきの喪山さんの話に、私は完全に呑まれてしまっていた。
大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせる。
怖いと思うから怖い。殴られると思うから、びびってしまう。
私は何もしてない。だから殴られるわけない。
でも、殴られないっていう保証もない。
怖いな。どうしよう。怖い。
「でもやっぱかっこいいわー、山井君。変人じゃなかったらアピんのになあ」
「そ、そうだね。うん」
友達の声がほとんど頭に入ってこない。
山井君の顔が、怖い。本当に、怖い。
喪山さんがこちらに気づき、焦ったように山井君に抱きついた。
山井君は途端、喪山さんに夢中になる。抱き締めあい、キスしている。
山井君がこっちを向くことはもうなかった。
そのことに激しく安堵する。
「喪子、喪子っ。ああどうしよう、喪子のこと愛してる、愛してる」
「私も」
「愛してる。愛してるよ、大好きだよ。喪子のことが好きで好きで好きで好きで、好きすぎて、頭が、いたい。なんか、吐きそう」
「…それは多分、熱射病だね」
ちょっとずっこけた。
二人はそのまま教室とは反対方向に歩いて行った。
保健室に行くのか、それともまた花壇に座って告白大会か。
どっちでもいい。どこにでも行ってくれ。
喪山さんと山井君。
五月にやって来た、謎の転校生。
これからもこの二人がいるのかと思うと、私の方が転校したい。
とりあえず、二人に会わなくていいように、夏休みが早く来ますようにと強く願った。
以上です
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ヤンデレの名前はダジャレです
山井照→やまいてる→病てる→ヤンデル