ヤン男は今日も今日とてコンビニのバイトに精を出していたが、客も来ない現在午後七時過ぎ。
大きなガラス張りの自動ドアに張り付く迫るような夜の色と店内の蛍光灯の落差はどことなく落ち着かない。
レジカウンターから閑散とした店内を見回すも変わり映えのしない景色に溜息を吐く。
これはヤン男にとって、全く有意義でない。
ではヤン男にとって有意義とは何かというと、高校時代の想い人のことを考えることである。
クラスで冴えない彼女は周りの騒がしい女子よりもヤン男の目には好意的に映った。
顔の造形が元々整っていたのが幸いしたのか、ヤン男はいわゆる高校デビューに成功し、
中学時と打って変わり派手な友人とつるむようになったが、元来根が真面目な彼には少々負担を強いられる日々であった。
例えばファッションに気を使ったりだの、用も無いのにメールをしたりだの、
流行りの歌を覚えたりといったそんな学生生活を送るヤン男にとって彼女は癒しの存在だったのである。
同じクラスになった当初は不器用ながら努力する彼女の姿が昔の自分の影と重なり、どこかヤン男を苛立たせた。
見ておれずに手を貸すと、彼女は顔を火照らせ蚊の鳴くような声で礼を述べた。
そのとき、ああこいつには俺が居ないと駄目なのだ、とヤン男は悟った。
その日からヤン男は彼女のことを調べ始めた。
受験勉強を理由に友人達の誘いを断り、彼女の帰りを着けた。
どの電車で帰るのか、どの駅で降りるのか、自転車に跨る時に見えた太股と下着の色――
まもなくヤン男の携帯のメモ帳は彼女の情報で埋め尽くされる事となる。
学校では不自然すぎないように慎重に声を掛けるタイミングを伺い、
前もってリサーチしていた彼女の好みそうな話を振る。
無口だった彼女が徐々にヤン男に心を開き饒舌になっていくのはそれほど時間を要さなかった。
男っ気の無さそうな彼女を陥落させるのはそれほど手間が掛からなかったが、
やはり達成感や快感に酔いしれてしまうのは男の性なのだろう。
だから彼女に貸していたゲームが返ってきたとき、思わずディスクに付着していた指紋に興奮し、
自慰に至ったのもそのせいなのだと己に言い聞かせ、罪悪感からひたすら逃げた。
このようなことを何度も繰り返し、ヤン男の行動は次第にエスカレートしていった。
だが受験勉強が本格化するに伴い、勉強に忙殺されお互い口を交わすことも次第に無くなっていき
特にやりたいこともなかったヤン男は親から言われた私立の有名大学へ入学するのに従った。
ヤン男は卒業後、喪子に告白しようと思っていた。
丁度、卒業祝いということで担任が焼き肉食べ放題に連れて行ってくれると言うのである。
カレンダーを何度も見直したり着て行く服を選んだり、そんなささやかな行動さえヤン男の無機的な心を潤したのだった。
当日、彼女は来なかった。
彼女がこんなものに参加しないことなど少し頭を使えばわかる筈だったのに!
ヤン男はいつもの己の詰めの甘さに辟易する。
友人からは気合いの入った服装に「タレ飛ぶじゃん。」と笑われからかわれる始末である。
いつもならばそんな軽口も楽しめたはずなのに、ヤン男は曖昧に笑うことしかできなかった。
昔のことを思い出しヤン男は若干メランコリックな気分に陥る。
無駄な余暇はヤン男に過去を思い出させるが、ヤン男はそれにあまり悪い思いを抱いてはいなかった。
しかし店内に、客が来たときの軽いマーチが流れ、ヤン男は我に帰った。
間延びしたやる気の無い自分の「いらっしゃいませえ。」と言う声。
ヤン男は客の女を認めたと同時に己の頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が襲う。
それは紛れもない「彼女」だったのである。
あの時の彼女が今、目の前で買い物をしている!
落ち着け、と言い聞かせ彼女がレジでもたもたお金を払っている時に声を掛ける。
「あの、もしかして喪子…?」
「え?…あ、ああ!リア男くん!?」
彼女が自分を覚えてくれていたことに深い悦楽をヤン男にもたらす。
声が弾むのを抑えられない。
「すっげえ久し振りだなー、高校以来じゃん!」
「だねー。バイト?」
「おう。結構時給良くてさー。そうだ今客いねえからちょっと話相手なってくれよ。」
「ええ?もー、しょうがないなあ。」
ヤン男は色々なことを聞き出した。
彼女がこのコンビニの近所に住んでいることを聞き、焦りを鎮めることができた。
近くにいるのならいくらでも話せる機会はある。
やぼったいままの変わらない彼女に焦る必要はないだろうと判断したのだ。
ほどなくして客が来ると二人の会話は中断を余儀なくされた。
「あのっ…。またなっ!」
つい必死になってしまい、ヤン男はなんだか照れ臭くなった。
「またね。」
彼女は笑って自動ドアに吸い込まれるように消えて行った。
深い夜の色に包まれた彼女の背はどんどん小さくなっていく。
客に声を掛けられ、ヤン男はレジ打ちへと戻る。
そしてヤン男は、今日も今日とてバイトに精を出し、決して来るはずのない喪子を待ち続ける。
大きなガラス張りの自動ドアに張り付く迫るような夜の色と店内の蛍光灯の落差はどことなく落ち着かない。
レジカウンターから閑散とした店内を見回すも変わり映えのしない景色に溜息を吐く。
これはヤン男にとって、全く有意義でない。
ではヤン男にとって有意義とは何かというと、高校時代の想い人のことを考えることである。
クラスで冴えない彼女は周りの騒がしい女子よりもヤン男の目には好意的に映った。
顔の造形が元々整っていたのが幸いしたのか、ヤン男はいわゆる高校デビューに成功し、
中学時と打って変わり派手な友人とつるむようになったが、元来根が真面目な彼には少々負担を強いられる日々であった。
例えばファッションに気を使ったりだの、用も無いのにメールをしたりだの、
流行りの歌を覚えたりといったそんな学生生活を送るヤン男にとって彼女は癒しの存在だったのである。
同じクラスになった当初は不器用ながら努力する彼女の姿が昔の自分の影と重なり、どこかヤン男を苛立たせた。
見ておれずに手を貸すと、彼女は顔を火照らせ蚊の鳴くような声で礼を述べた。
そのとき、ああこいつには俺が居ないと駄目なのだ、とヤン男は悟った。
その日からヤン男は彼女のことを調べ始めた。
受験勉強を理由に友人達の誘いを断り、彼女の帰りを着けた。
どの電車で帰るのか、どの駅で降りるのか、自転車に跨る時に見えた太股と下着の色――
まもなくヤン男の携帯のメモ帳は彼女の情報で埋め尽くされる事となる。
学校では不自然すぎないように慎重に声を掛けるタイミングを伺い、
前もってリサーチしていた彼女の好みそうな話を振る。
無口だった彼女が徐々にヤン男に心を開き饒舌になっていくのはそれほど時間を要さなかった。
男っ気の無さそうな彼女を陥落させるのはそれほど手間が掛からなかったが、
やはり達成感や快感に酔いしれてしまうのは男の性なのだろう。
だから彼女に貸していたゲームが返ってきたとき、思わずディスクに付着していた指紋に興奮し、
自慰に至ったのもそのせいなのだと己に言い聞かせ、罪悪感からひたすら逃げた。
このようなことを何度も繰り返し、ヤン男の行動は次第にエスカレートしていった。
だが受験勉強が本格化するに伴い、勉強に忙殺されお互い口を交わすことも次第に無くなっていき
特にやりたいこともなかったヤン男は親から言われた私立の有名大学へ入学するのに従った。
ヤン男は卒業後、喪子に告白しようと思っていた。
丁度、卒業祝いということで担任が焼き肉食べ放題に連れて行ってくれると言うのである。
カレンダーを何度も見直したり着て行く服を選んだり、そんなささやかな行動さえヤン男の無機的な心を潤したのだった。
当日、彼女は来なかった。
彼女がこんなものに参加しないことなど少し頭を使えばわかる筈だったのに!
ヤン男はいつもの己の詰めの甘さに辟易する。
友人からは気合いの入った服装に「タレ飛ぶじゃん。」と笑われからかわれる始末である。
いつもならばそんな軽口も楽しめたはずなのに、ヤン男は曖昧に笑うことしかできなかった。
昔のことを思い出しヤン男は若干メランコリックな気分に陥る。
無駄な余暇はヤン男に過去を思い出させるが、ヤン男はそれにあまり悪い思いを抱いてはいなかった。
しかし店内に、客が来たときの軽いマーチが流れ、ヤン男は我に帰った。
間延びしたやる気の無い自分の「いらっしゃいませえ。」と言う声。
ヤン男は客の女を認めたと同時に己の頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が襲う。
それは紛れもない「彼女」だったのである。
あの時の彼女が今、目の前で買い物をしている!
落ち着け、と言い聞かせ彼女がレジでもたもたお金を払っている時に声を掛ける。
「あの、もしかして喪子…?」
「え?…あ、ああ!リア男くん!?」
彼女が自分を覚えてくれていたことに深い悦楽をヤン男にもたらす。
声が弾むのを抑えられない。
「すっげえ久し振りだなー、高校以来じゃん!」
「だねー。バイト?」
「おう。結構時給良くてさー。そうだ今客いねえからちょっと話相手なってくれよ。」
「ええ?もー、しょうがないなあ。」
ヤン男は色々なことを聞き出した。
彼女がこのコンビニの近所に住んでいることを聞き、焦りを鎮めることができた。
近くにいるのならいくらでも話せる機会はある。
やぼったいままの変わらない彼女に焦る必要はないだろうと判断したのだ。
ほどなくして客が来ると二人の会話は中断を余儀なくされた。
「あのっ…。またなっ!」
つい必死になってしまい、ヤン男はなんだか照れ臭くなった。
「またね。」
彼女は笑って自動ドアに吸い込まれるように消えて行った。
深い夜の色に包まれた彼女の背はどんどん小さくなっていく。
客に声を掛けられ、ヤン男はレジ打ちへと戻る。
そしてヤン男は、今日も今日とてバイトに精を出し、決して来るはずのない喪子を待ち続ける。