こちらはあにまん掲示板様のゆゆゆ×ワイくんスレに掲載された長文ss集です。
引用スレの題名はレス番号と併記、リンクはお手数をおかけしますが以下のリンク先から飛んで下さい。
https://seesaawiki.jp/yuyuyuxy/d/%a5%b9%a5%ec%a5%c...
もし、問題があるようでしたら削除させていただきますので何卒よろしくお願いします
初出スレ：千景「貴方達、ワイを変な目で見るの止めなさい」 勇者達「えっ」
>>53 二次元好きの匿名さん22/05/17 23:46:28
「は？」
その日──郡千景は未だ嘗てない程に激怒した。
あの忌々しい故郷で唯一千景を庇った少年が傷付いた時よりも、星屑によって球子と杏が殺害されそうになった時よりも、友奈が神樹に取り込まれそうになった時よりも、此度の怒りは深かった。
その深さたるや付近にいた大社の職員は悉く逃げ去り、巫女はすわ穢れの蓄積による暴走かと身構え、神樹は即座に変身能力を剥奪する程である。
偶々物陰から様子を窺っていた花本美佳に至っては、怒りのオーラが艶やかな黒髪を逆立てているのかと錯覚さえした。
「…は？」
しかし千景に周囲を気にしている余裕等微塵も存在していない。
彼女はつい今しがたまで読んでいた大社からの通達を握り潰し、琥珀色の瞳を濁らせ、鬼神のような形相で俯いている。
それだけの──天の神すら指先１つでノックアウトしてしまいそうな程の怒りが千景を支配しているのだ。
「和井ぃ…！」
斯くして千景は顔を上げた。
瞳に激憤と嫉妬と哀しみを宿し、彼女はクソボケの化身たる少年の名前をありったけの怨嗟を籠めつつ呼ぶ。
もう許すものか。
最近ちょっとよそよそしくなったり、昔のように「ちーちゃん」と呼んでくれなくなったり、紅茶を淹れてくれなくなった事への清算を行わせなければ気が済まない。
何故なら、千景と彼は将来を誓った仲なのだから。
「首を洗って待ってなさい…！」
滑るようにして走り出す千景が投げ捨てた紙が、風に乗って広がる。
記されていたのは、名前。
高嶋友奈、乃木若葉、伊予島杏、土居球子。
全て、本日彼が行うお見合いの相手である。
▽
伊予島杏はいきなり視界が暗転した後気付いたら丸亀城の中にいた事に気付いた。
そこには見覚えのある知人達の姿がある。しかしなんだか様子がおかしい。
高嶋、若葉、球子が自分と同じように何故か縄で吊るされているのである。
そして傍にはひなたの姿が…何故か青筋を浮かべているので全力で目を逸らすと、そこにはこれまた青筋を浮かべた千景の姿があった。
「…あの、これはどういう状況で…？」
明らかに尋常ではない様子だが、ここで何があったのか聞かなければ何も分からない。
いきなり歩いている途中で拉致られるなど一体自分が何をしたというのか、しかしその答えはすぐに返ってきた。
「そうね、この通知に見覚えは？」
青筋をピクピクと震わせながら自分に来た杏達に見せる千景。
それはお見合いが決定した事を知らせる通知書だった。
「お、おい待て！？なんだそれは、私達は聞いていないぞ！？」
「た、タマも初耳だ！そんなの1タマグラムも知らないぞ！」
「…ぐ、ぐんちゃん…それは私も知らないけど、私達が拉致られたのってこの通知が来たから…？」
驚愕する勇者達、しかしそれで終わりではない。
「…杏さん、この通知に見覚えは…？」
千景が手に持っていたのは大社からの通知書。しかしそれは千景が持っていた物ではなく、要約すると「もし将来決剣するなら異性であればどのような人物が良いか」というような遠回しに理想の男性像を聞いているような文面の物だった。
「そ、その…少し前に大社から送られたので解答はしましたが…それがどうかしましたか？」
「ええ、大社から通知が来ていた物で少しこの文面に違和感があったのよ。ちょっと大社上層部をおど…んんっ、説得して回答を見てみたの…」
この口ぶりからして嫌な予感しかしない。止めなくては！そう思うが既に吊るされているためまともに動けず、そのまま杏は千景の言う言葉を聞くことしかできなかった。
「…全員がワイのような人物と結婚したい、と書いてあったのだけれど…どういう事かしら？」
既に修羅と化した千景は既に手段を選ばず、勇者達に爆弾を送り付けた。
「いや…だって…なぁ？」
「和井さん以外に親しい男の人がいませんし…」
「…それもそうね」
若葉と杏の主張に、千景は一応の納得を示した。
確かに言われてみれば、ここ数年の間に深く関わったのは大概が巫女や職員ばかりで、親しい異性ともなると和井しかいないのは事実である。
その上で「誰と婚約したい？」等と乙女心の一切分かっていない無茶振りをされれば、苦渋の選択として彼を挙げるのも理解出来ない話ではない。
「つまり一切和井には気がないと言う事ね？」
「いや…それは…なぁ？」
「わ、私に振られても…でもタマっち先輩と私を命懸けで助けてくれたのは事実だし…」
「どうしてそうなるのよ…！後乃木さんは伊予島さんに投げるのは可哀想だから止めてあげなさいよ…！」
ダメだ、何だかんだ言ってちゃっかり狙っている──杏の抜け目の無さとやたら言葉を濁して煙に撒こうとする若葉の姿に千景は唇を噛み締めた。
成る程、ここ数年の仲間意識と懸命に自分達を守ろうとする姿に「キュンと来た」というヤツなのだろう。
文学少女な杏なら有り得ないとは言い切れないし、戦友として見ていた若葉も一歩進めば親愛となる。
だが、しかし、幾ら何でもこれは酷い。
横恋慕にも程がある、と千景は再び心に怒りの炎を宿した。
されどまだ尋問は終わっておらず──努めて震える精神を落ち着けながら、彼女は残り２人に向き直る。
「た、高嶋さんと土居さんは和井に好意を抱いていたりはしないわよね？あんな似非英国紳士に惹かれたりなんかしていない…そうでしょう？」
「え？いや、その…タマも、悪くないかなぁって。何だかんだ言ってアイツと一緒にいると何か嬉しくなってくるんだよな」
「は？」
「そ、その…私はノーコメントでっ」
「え？高嶋さん？」
あぁ、何て事。
全部終わりだ、勇者チームは今日限りで解散だ。
よもや信頼する全員が一人の男(それも英国紳士気取りのへんちくりん)に好意を抱くなど思いもしなかった──それも千景を差し置いて。
彼は私の運命の相手なのだと散々アピールした筈だ、と彼女は回想する。
隙があれば腕と腕を絡め、彼の手製弁当を独占し、夜は彼の布団で一緒に寝た。
確かに、これが将来を誓った相手でなくて何と言うのか。
「上里さん、和井は？」
「へ？」
「和井は何処へ行ったのかしら」
最早──最早許しておけぬ。
添い寝(オプショナルとして抱き締め付き)でも看過は出来ない。
あのふざけたタラシ野郎を今すぐにでも捕獲し、自室に引きずり込んで「既成事実」を作らねばならないと千景はいきり立った。
しかし────
「和井さんは今朝諏訪に向けて出立されました。暫く探さないでくれ、だそうです」
「────は」
あれほどまでに千景が恋い焦がれた少年は、縁談から全力で逃避する選択肢を選んでいた。
この後諏訪まで追い掛けてきた勇者達によって散々な目に遭わされたのは勿論言うまでもない。
初出スレ：千景「貴方達、ワイを変な目で見るの止めなさい」 勇者達「えっ」
>>151 二次元好きの匿名さん22/05/20 00:55:54
「──千景は和井のどんな所に惚れたんだ？」「ん゛ッ！？」
ある日の昼下がり──突然呼び出すなり無神経極まりない質問をぶつけてきた乃木さんに、私は飲んでいたお茶を根刮ぎ噴き出した。
「だ、大丈夫か千景！」
「平気よ…ただ、あまりにも突然だったから驚いただけ…で、何？どうしてまたそんな事を言い出したの？」
「いや、それは…っ、わ、私だって、色恋に興味がない訳ではない。少しは、その…そういう事にも、憧れる」
「ふぅん」
それにしても色恋──色恋と来たか。
よりにもよってあの堅物武士の乃木さんが。てっきり上里さんと百合百合しい関係なのかと思っていたが、どうやら実態は違うらしい。
しかし大社の職員や他の巫女にそんな事を聞き込み出来る筈もなく、かと言って勇者の仲間に交際経験を持つ者はおらず。唯一男の人と交際している私から止むを得ず事情を聴取する──概ねそんなところか。
『嫌よ』
『えっ』
で、あれば突っぱねるしかないだろう。あの忌々しい故郷について今更思い返さねばならないのは癪に触るし、彼との思い出は早々誰かに話すようなものでもない。そう、恋は胸の内に秘めるもの。古来よりそう決まっているのだから、断るまでの仮定をシミュレートして────
「何から聞きたいのかしら」
「い、いいのか！？」
「ええ、勿論。あなたにも和井の仲の良さ、知って欲しいもの」
それよりも早く、私の口は甘酸っぱい思い出を語り始めようとしていた。
「正確には、和井が何時から私に好意を抱いていてくれたのかは私にも分からないわ」
「そうなのか？」
「ええ、何度聞いても頑として答えてくれないの。でも、彼の気質は生まれついてのものでしょうね。少なくとも小学校で初めて同じクラスになった時から『ああ』だったから」
そう、私は彼がどうして好きになってくれたのか、未だに知らない。
照れているのか、英国紳士としての変な拘りがあるのか、それすら分からない。
まぁその辺りについては何時か話してくれるだろうし──彼が邪な心を持って近付いたのではないと、その点については絶対に信頼出来る。
だって、和井は昔から似非英国紳士だったのだから。
「それで、最初は自分の信条に基づいて私の事を気にかけていただけだったわ。周囲の人達を諌めるとか、それとなくフォローしてくれるとか、その程度だけど」
「…そうか。和井は最初から千景を守ってくれていた訳じゃないんだな」
乃木さんの表情が少し暗くなるが、仕方ない事だ。
小学生に出来る事なんて所詮高が知れてるし、村八分にされてしまう恐ろしさには誰にでもあるだろう。
寧ろあの幼さで精一杯私をフォローしようとしていただけでも、相当に勇気がある方だと私は思っている。
それにあの頃は体育でペアを組んでくれるだとか、水を掛けられた後にタオルを持ってきてくれるだとか、それだけでも心の中に変な気持ちが湧き上がってきたのもまた事実。
尤も、それが恋の火種だと気付いたのは────
「小４」
「え？」
「小４の時よ。私が和井に恋したのは」
そう、忘れもしないあの日。
桜が散って、青葉が繁って、毎日のように雨が降るようになった梅雨のある日。
「酷い風邪を引いてしまって…きっと不摂生が祟ったのね。家で寝ているしかなくて、でも誰も看病なんかしてくれないから、本当に苦しくて──そんな時、和井が来てくれたの」
今でもハッキリと思い出せる。
ビニール袋一杯に薬やら食べ物やら冷えピタやらを詰め込んで玄関の前に立っていた彼の姿。
ふらふらになっている私を見て、とても真剣な表情になった彼の顔。
美男ではないかもしれないけれど──その時までの人生で、一番格好良い表情だった。
「それで、看病とかしてくれて…あの頃はまだそんなに料理が出来なかったらしくてお粥と剥いた林檎とか、その程度だったけど──いつ振りだったかしら、誰かの手料理」
「千景…」
「れんげで一杯一杯掬って口に運んでくれて、部屋の掃除もしてくれて、終いには明日が土曜日だからって寝袋まで持ち込んで泊まりで看病してくれたの」
それに、上手く料理が出来なかったからって、私が復調した次の日から料理の勉強を始めたのも。
これだけは、胸の内に秘めておく。
「その時『ああ、この人が手料理を作ろうと思ってくれる位の価値は私にあるんだな』って思って、それで好きになったのよ」
「だから、まぁ何が言いたいのかって言うと────」
「本当に誠実な人を好きになると、良いのかもしれないわね」
初出スレ：千景「ワイくん、いい加減誰かとくっつきなさい」ワイ「えっ」
>>28 二次元好きの匿名さん22/05/21 12:49:09
初出スレ：千景「ワイくん、いい加減誰かとくっつきなさい」ワイ「えっ」
>>107 二次元好きの匿名さん22/05/22 12:50:18
引用スレの題名はレス番号と併記、リンクはお手数をおかけしますが以下のリンク先から飛んで下さい。
https://seesaawiki.jp/yuyuyuxy/d/%a5%b9%a5%ec%a5%c...
もし、問題があるようでしたら削除させていただきますので何卒よろしくお願いします
初出スレ：千景「貴方達、ワイを変な目で見るの止めなさい」 勇者達「えっ」
>>53 二次元好きの匿名さん22/05/17 23:46:28
「は？」
その日──郡千景は未だ嘗てない程に激怒した。
あの忌々しい故郷で唯一千景を庇った少年が傷付いた時よりも、星屑によって球子と杏が殺害されそうになった時よりも、友奈が神樹に取り込まれそうになった時よりも、此度の怒りは深かった。
その深さたるや付近にいた大社の職員は悉く逃げ去り、巫女はすわ穢れの蓄積による暴走かと身構え、神樹は即座に変身能力を剥奪する程である。
偶々物陰から様子を窺っていた花本美佳に至っては、怒りのオーラが艶やかな黒髪を逆立てているのかと錯覚さえした。
「…は？」
しかし千景に周囲を気にしている余裕等微塵も存在していない。
彼女はつい今しがたまで読んでいた大社からの通達を握り潰し、琥珀色の瞳を濁らせ、鬼神のような形相で俯いている。
それだけの──天の神すら指先１つでノックアウトしてしまいそうな程の怒りが千景を支配しているのだ。
「和井ぃ…！」
斯くして千景は顔を上げた。
瞳に激憤と嫉妬と哀しみを宿し、彼女はクソボケの化身たる少年の名前をありったけの怨嗟を籠めつつ呼ぶ。
もう許すものか。
最近ちょっとよそよそしくなったり、昔のように「ちーちゃん」と呼んでくれなくなったり、紅茶を淹れてくれなくなった事への清算を行わせなければ気が済まない。
何故なら、千景と彼は将来を誓った仲なのだから。
「首を洗って待ってなさい…！」
滑るようにして走り出す千景が投げ捨てた紙が、風に乗って広がる。
記されていたのは、名前。
高嶋友奈、乃木若葉、伊予島杏、土居球子。
全て、本日彼が行うお見合いの相手である。
▽
伊予島杏はいきなり視界が暗転した後気付いたら丸亀城の中にいた事に気付いた。
そこには見覚えのある知人達の姿がある。しかしなんだか様子がおかしい。
高嶋、若葉、球子が自分と同じように何故か縄で吊るされているのである。
そして傍にはひなたの姿が…何故か青筋を浮かべているので全力で目を逸らすと、そこにはこれまた青筋を浮かべた千景の姿があった。
「…あの、これはどういう状況で…？」
明らかに尋常ではない様子だが、ここで何があったのか聞かなければ何も分からない。
いきなり歩いている途中で拉致られるなど一体自分が何をしたというのか、しかしその答えはすぐに返ってきた。
「そうね、この通知に見覚えは？」
青筋をピクピクと震わせながら自分に来た杏達に見せる千景。
それはお見合いが決定した事を知らせる通知書だった。
「お、おい待て！？なんだそれは、私達は聞いていないぞ！？」
「た、タマも初耳だ！そんなの1タマグラムも知らないぞ！」
「…ぐ、ぐんちゃん…それは私も知らないけど、私達が拉致られたのってこの通知が来たから…？」
驚愕する勇者達、しかしそれで終わりではない。
「…杏さん、この通知に見覚えは…？」
千景が手に持っていたのは大社からの通知書。しかしそれは千景が持っていた物ではなく、要約すると「もし将来決剣するなら異性であればどのような人物が良いか」というような遠回しに理想の男性像を聞いているような文面の物だった。
「そ、その…少し前に大社から送られたので解答はしましたが…それがどうかしましたか？」
「ええ、大社から通知が来ていた物で少しこの文面に違和感があったのよ。ちょっと大社上層部をおど…んんっ、説得して回答を見てみたの…」
この口ぶりからして嫌な予感しかしない。止めなくては！そう思うが既に吊るされているためまともに動けず、そのまま杏は千景の言う言葉を聞くことしかできなかった。
「…全員がワイのような人物と結婚したい、と書いてあったのだけれど…どういう事かしら？」
既に修羅と化した千景は既に手段を選ばず、勇者達に爆弾を送り付けた。
「いや…だって…なぁ？」
「和井さん以外に親しい男の人がいませんし…」
「…それもそうね」
若葉と杏の主張に、千景は一応の納得を示した。
確かに言われてみれば、ここ数年の間に深く関わったのは大概が巫女や職員ばかりで、親しい異性ともなると和井しかいないのは事実である。
その上で「誰と婚約したい？」等と乙女心の一切分かっていない無茶振りをされれば、苦渋の選択として彼を挙げるのも理解出来ない話ではない。
「つまり一切和井には気がないと言う事ね？」
「いや…それは…なぁ？」
「わ、私に振られても…でもタマっち先輩と私を命懸けで助けてくれたのは事実だし…」
「どうしてそうなるのよ…！後乃木さんは伊予島さんに投げるのは可哀想だから止めてあげなさいよ…！」
ダメだ、何だかんだ言ってちゃっかり狙っている──杏の抜け目の無さとやたら言葉を濁して煙に撒こうとする若葉の姿に千景は唇を噛み締めた。
成る程、ここ数年の仲間意識と懸命に自分達を守ろうとする姿に「キュンと来た」というヤツなのだろう。
文学少女な杏なら有り得ないとは言い切れないし、戦友として見ていた若葉も一歩進めば親愛となる。
だが、しかし、幾ら何でもこれは酷い。
横恋慕にも程がある、と千景は再び心に怒りの炎を宿した。
されどまだ尋問は終わっておらず──努めて震える精神を落ち着けながら、彼女は残り２人に向き直る。
「た、高嶋さんと土居さんは和井に好意を抱いていたりはしないわよね？あんな似非英国紳士に惹かれたりなんかしていない…そうでしょう？」
「え？いや、その…タマも、悪くないかなぁって。何だかんだ言ってアイツと一緒にいると何か嬉しくなってくるんだよな」
「は？」
「そ、その…私はノーコメントでっ」
「え？高嶋さん？」
あぁ、何て事。
全部終わりだ、勇者チームは今日限りで解散だ。
よもや信頼する全員が一人の男(それも英国紳士気取りのへんちくりん)に好意を抱くなど思いもしなかった──それも千景を差し置いて。
彼は私の運命の相手なのだと散々アピールした筈だ、と彼女は回想する。
隙があれば腕と腕を絡め、彼の手製弁当を独占し、夜は彼の布団で一緒に寝た。
確かに、これが将来を誓った相手でなくて何と言うのか。
「上里さん、和井は？」
「へ？」
「和井は何処へ行ったのかしら」
最早──最早許しておけぬ。
添い寝(オプショナルとして抱き締め付き)でも看過は出来ない。
あのふざけたタラシ野郎を今すぐにでも捕獲し、自室に引きずり込んで「既成事実」を作らねばならないと千景はいきり立った。
しかし────
「和井さんは今朝諏訪に向けて出立されました。暫く探さないでくれ、だそうです」
「────は」
あれほどまでに千景が恋い焦がれた少年は、縁談から全力で逃避する選択肢を選んでいた。
この後諏訪まで追い掛けてきた勇者達によって散々な目に遭わされたのは勿論言うまでもない。
初出スレ：千景「貴方達、ワイを変な目で見るの止めなさい」 勇者達「えっ」
>>151 二次元好きの匿名さん22/05/20 00:55:54
「──千景は和井のどんな所に惚れたんだ？」「ん゛ッ！？」
ある日の昼下がり──突然呼び出すなり無神経極まりない質問をぶつけてきた乃木さんに、私は飲んでいたお茶を根刮ぎ噴き出した。
「だ、大丈夫か千景！」
「平気よ…ただ、あまりにも突然だったから驚いただけ…で、何？どうしてまたそんな事を言い出したの？」
「いや、それは…っ、わ、私だって、色恋に興味がない訳ではない。少しは、その…そういう事にも、憧れる」
「ふぅん」
それにしても色恋──色恋と来たか。
よりにもよってあの堅物武士の乃木さんが。てっきり上里さんと百合百合しい関係なのかと思っていたが、どうやら実態は違うらしい。
しかし大社の職員や他の巫女にそんな事を聞き込み出来る筈もなく、かと言って勇者の仲間に交際経験を持つ者はおらず。唯一男の人と交際している私から止むを得ず事情を聴取する──概ねそんなところか。
『嫌よ』
『えっ』
で、あれば突っぱねるしかないだろう。あの忌々しい故郷について今更思い返さねばならないのは癪に触るし、彼との思い出は早々誰かに話すようなものでもない。そう、恋は胸の内に秘めるもの。古来よりそう決まっているのだから、断るまでの仮定をシミュレートして────
「何から聞きたいのかしら」
「い、いいのか！？」
「ええ、勿論。あなたにも和井の仲の良さ、知って欲しいもの」
それよりも早く、私の口は甘酸っぱい思い出を語り始めようとしていた。
「正確には、和井が何時から私に好意を抱いていてくれたのかは私にも分からないわ」
「そうなのか？」
「ええ、何度聞いても頑として答えてくれないの。でも、彼の気質は生まれついてのものでしょうね。少なくとも小学校で初めて同じクラスになった時から『ああ』だったから」
そう、私は彼がどうして好きになってくれたのか、未だに知らない。
照れているのか、英国紳士としての変な拘りがあるのか、それすら分からない。
まぁその辺りについては何時か話してくれるだろうし──彼が邪な心を持って近付いたのではないと、その点については絶対に信頼出来る。
だって、和井は昔から似非英国紳士だったのだから。
「それで、最初は自分の信条に基づいて私の事を気にかけていただけだったわ。周囲の人達を諌めるとか、それとなくフォローしてくれるとか、その程度だけど」
「…そうか。和井は最初から千景を守ってくれていた訳じゃないんだな」
乃木さんの表情が少し暗くなるが、仕方ない事だ。
小学生に出来る事なんて所詮高が知れてるし、村八分にされてしまう恐ろしさには誰にでもあるだろう。
寧ろあの幼さで精一杯私をフォローしようとしていただけでも、相当に勇気がある方だと私は思っている。
それにあの頃は体育でペアを組んでくれるだとか、水を掛けられた後にタオルを持ってきてくれるだとか、それだけでも心の中に変な気持ちが湧き上がってきたのもまた事実。
尤も、それが恋の火種だと気付いたのは────
「小４」
「え？」
「小４の時よ。私が和井に恋したのは」
そう、忘れもしないあの日。
桜が散って、青葉が繁って、毎日のように雨が降るようになった梅雨のある日。
「酷い風邪を引いてしまって…きっと不摂生が祟ったのね。家で寝ているしかなくて、でも誰も看病なんかしてくれないから、本当に苦しくて──そんな時、和井が来てくれたの」
今でもハッキリと思い出せる。
ビニール袋一杯に薬やら食べ物やら冷えピタやらを詰め込んで玄関の前に立っていた彼の姿。
ふらふらになっている私を見て、とても真剣な表情になった彼の顔。
美男ではないかもしれないけれど──その時までの人生で、一番格好良い表情だった。
「それで、看病とかしてくれて…あの頃はまだそんなに料理が出来なかったらしくてお粥と剥いた林檎とか、その程度だったけど──いつ振りだったかしら、誰かの手料理」
「千景…」
「れんげで一杯一杯掬って口に運んでくれて、部屋の掃除もしてくれて、終いには明日が土曜日だからって寝袋まで持ち込んで泊まりで看病してくれたの」
それに、上手く料理が出来なかったからって、私が復調した次の日から料理の勉強を始めたのも。
これだけは、胸の内に秘めておく。
「その時『ああ、この人が手料理を作ろうと思ってくれる位の価値は私にあるんだな』って思って、それで好きになったのよ」
「だから、まぁ何が言いたいのかって言うと────」
「本当に誠実な人を好きになると、良いのかもしれないわね」
初出スレ：千景「ワイくん、いい加減誰かとくっつきなさい」ワイ「えっ」
>>28 二次元好きの匿名さん22/05/21 12:49:09
『久し振り…郡、さん』
何年振りか分からない再会で彼から放たれた第一声が「これ」だった時の私は、一体どんな顔をしていただろうか。
怒っていた？悲しんでいた？憎んでいた？
どれも当て嵌まるようで、違うような気がする。
多分──愛憎が入り雑じった不思議な表情をしていたんだと思う。
ある日最初から存在しなかったかのように消えてしまった和井と再会出来た喜びと、私を捨てて消えてしまった事への憎しみと、奈良から上手く避難して来れた事への安堵。
そう言う意味では、高嶋さんにはとても悪い事をしてしまった。
きっと彼の隣に立っていた高嶋さんは私の凄まじい形相が丸見えだった筈だから。
でも、だからこそ──私は和井くんを自分の部屋に呼びつけたのだ。
「ねぇ、どうして？」
「ぐ、ぅ…ッ！」
「どうして私を見捨てたの？」
和井くんは、あの頃よりずっとひ弱になっていた──それこそ私の力でも片手で首を締め上げられる位には。
私が勇者に変身しているとか、彼には一切の害意が無いとか、そんな事は関係ない。
昔だったら、きっと私程度の拘束なんて軽々抜け出せた筈なのに。
それに目元には深い隈が刻まれて、髪もボサボサ。
確かに四国までの道のりは過酷だったと聞いているけれど、本当にそれだけだろうか。
「どうして和井は私に一言も告げずに消えてしまったの？」
「────」
「そんなに、私には『価値が無い』の？」
「ち、が────」
ほら、やっぱり。
私が自分の価値について少し言及するだけで、和井くんは敏感に反応を示してくれる。
見てくれや雰囲気は変わってしまっても、根っこは何も変わってない。
寧ろそれ以外が変わってしまうだけの「何か」があっただけで、和井くんは何時だって和井くんなのだ。
だから──首を掴んでいた右手を放してあげる。
「ぅぐっ！げほっ、げほっ…」
「ねぇ、教えて？」
「何、を…」
「何で私の前から姿を消したのか。何でそんなにボロボロになってしまったのか。そして何でまた『ちーちゃん』って呼んでくれないのか、全部教えて欲しいわ」
そう、一番気に入らないのはその部分。
どうして「郡さん」なんてよそよそしい言い方をするのか。
それは、あまりにも寂しいでしょう。
私達は幼馴染みなのに。
あの忌々しい村から出て、何処かで自由を掴み取ろうと夢を語った仲なのに、
そして──将来を誓い合った、仲なのに。
「ねぇ、和井『くん』？」
そう言えば、高嶋さんは彼の事を「和井くん」って呼んでいたような気がする。
仲睦まじいようで何よりだと思っていたけど、やっぱりそれはダメ──その呼び方は、私だけのもの。
「殴った」
「は？誰を？」
殴った──殴った？
「あの」和井くんが？
暴力とは一切無縁で、如何なるトラブルも言葉で鎮めて、私への村八分すら言葉の力で軽減させたあの和井くんが誰かを殴ったと言うのか。
しかし喉に手をやってげほげほと咳き込む彼の口からは、確かに「殴った」という一言が飛び出したのだ。
俄には信じ難かったが、しかし嘘を吐くメリットも見当たらず──動揺を抑えながら続きを促せば、彼はぽつぽつと語り始める。
「あの…いたろ、クラスの人気者。郡、さんの勝手に机捨てたの、覚えてないか？」
「あぁ…いたわね、そんなのも」
「ホントに酷いヤツだったよ。人を虐めるのを何とも思ってなかった」
忘れようにも、忘れられない。
あのニヤニヤと下卑な笑みを浮かべるクラスの人気者は、校内に於いて私への攻撃を行う主犯格だった。
物を捨てる、隠す、殴る、下履きに画鋲を仕込む──彼の意のままにクラスメート達は動き、ありとあらゆる手段で私に嫌がらせを行ってきたのだ。
私に和井くんが裏切ったと教えたのも、彼の取り巻きだった筈だ。
(────あ、れ？)
そうして思い返してみれば、和井くんが居なくなってしまったのとほぼ同時期にあの人気者は入院していた気がする。
確か階段を踏み外したとかで、顔から落ちた結果鼻と腕の骨が折れた、そんな感じだった筈だ。
尤も私は和井くんが別れの言葉すら告げずに消えてしまった事がショックで、人気者の事など殆ど気にしていなかったが──もし。
もし和井くんが彼を殴った事であの村に居られなくなってしまったのだとしたら。
「ぶん殴ったんだ、アイツを」
「────！」
「思いっきり顔を殴ってやったら必死になって守ろうとするから、その腕も殴って──で、まぁ、そんな事したから村には居られなくなった」
「…そん、な」
此方の指も何本か折れたし良い事無しだ、と自嘲する和井くんに私はただ絶句するばかりだった。
だって、ああ、何て事を。
とんでもない思い違いをしていた。
彼は私を裏切ったりなんかしていない。
寧ろその逆、虐めの主犯に立ち向かおうとした結果出て行かなければならなくなっただけで、最後のその時まで私の為に戦っていたのに。
取り巻きの言葉を信じて見当違いな憎悪を募らせていた私が馬鹿だったのだ。
でも、何故？
「で、でもどうしてそんな事をしたのよ…？」
「…」
「和井は…和井くんは暴力を振るうような人じゃないでしょう…！？」
思わず溢れ出た激情が、殆ど怒声に近い声音となって彼を叩く。
違う、違う違う違う。
そんな事をしたくはないのに。
理由を知りたいだけなのに、決して怒りたい訳ではないのに、寧ろ私の思い違いを謝りたいのに──彼の肩を掴んで激しく揺さぶってしまう。
そうして、和井くんは戸惑うように視線を逸らして。
「…えって」
「え？」
「襲えって言われたんだ、ちーちゃんを」
答えを、紡ぎ始める。
頭の中が真っ白になった私を置き去りにして。
「所詮は小学生の言う事だから、襲うって言ったって胸を触るとか殴るとか精々その程度だったと思う。でも、カッてなって…止められなかった」
「────」
「まぁ、少しは打算があったけど。徹底的に暴力を振えば警察沙汰とか児童相談所が出てきてちーちゃんの事も暴露されるんじゃないかって。何かが変わるんじゃないかって」
「────」
「でも、結果は逆だったんだろ？ちーちゃんの様子を見れば分かるよ。寧ろ俺がやった事は虐めを悪化させただけだった」
ごめん、ごめんな、と声を震わせる彼を前にして、思う。
裏切り者は私だ。
彼が私を裏切ったのではなく、私が和井くんを裏切ったのだ。
にも関わらず、何と恥知らずで恩知らずな事か。
つい先程まで私は憎悪すら彼に向けていたのだから。
「──ごめんなさい」
「…何で、ちーちゃんが謝るんだよ。寧ろ謝るのは俺の方だろ」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…！」
わんわんと泣きじゃくりながら、彼の胸にすがりつきながら、私は決意を固める。
もうこれ以上、和井くんを誰にも傷付けさせたりはしない。
和井くんが誰かを傷付けるような真似もさせたりはしない。
私が、守るんだ──他の誰よりも強く、この命に替えてでも。
何年振りか分からない再会で彼から放たれた第一声が「これ」だった時の私は、一体どんな顔をしていただろうか。
怒っていた？悲しんでいた？憎んでいた？
どれも当て嵌まるようで、違うような気がする。
多分──愛憎が入り雑じった不思議な表情をしていたんだと思う。
ある日最初から存在しなかったかのように消えてしまった和井と再会出来た喜びと、私を捨てて消えてしまった事への憎しみと、奈良から上手く避難して来れた事への安堵。
そう言う意味では、高嶋さんにはとても悪い事をしてしまった。
きっと彼の隣に立っていた高嶋さんは私の凄まじい形相が丸見えだった筈だから。
でも、だからこそ──私は和井くんを自分の部屋に呼びつけたのだ。
「ねぇ、どうして？」
「ぐ、ぅ…ッ！」
「どうして私を見捨てたの？」
和井くんは、あの頃よりずっとひ弱になっていた──それこそ私の力でも片手で首を締め上げられる位には。
私が勇者に変身しているとか、彼には一切の害意が無いとか、そんな事は関係ない。
昔だったら、きっと私程度の拘束なんて軽々抜け出せた筈なのに。
それに目元には深い隈が刻まれて、髪もボサボサ。
確かに四国までの道のりは過酷だったと聞いているけれど、本当にそれだけだろうか。
「どうして和井は私に一言も告げずに消えてしまったの？」
「────」
「そんなに、私には『価値が無い』の？」
「ち、が────」
ほら、やっぱり。
私が自分の価値について少し言及するだけで、和井くんは敏感に反応を示してくれる。
見てくれや雰囲気は変わってしまっても、根っこは何も変わってない。
寧ろそれ以外が変わってしまうだけの「何か」があっただけで、和井くんは何時だって和井くんなのだ。
だから──首を掴んでいた右手を放してあげる。
「ぅぐっ！げほっ、げほっ…」
「ねぇ、教えて？」
「何、を…」
「何で私の前から姿を消したのか。何でそんなにボロボロになってしまったのか。そして何でまた『ちーちゃん』って呼んでくれないのか、全部教えて欲しいわ」
そう、一番気に入らないのはその部分。
どうして「郡さん」なんてよそよそしい言い方をするのか。
それは、あまりにも寂しいでしょう。
私達は幼馴染みなのに。
あの忌々しい村から出て、何処かで自由を掴み取ろうと夢を語った仲なのに、
そして──将来を誓い合った、仲なのに。
「ねぇ、和井『くん』？」
そう言えば、高嶋さんは彼の事を「和井くん」って呼んでいたような気がする。
仲睦まじいようで何よりだと思っていたけど、やっぱりそれはダメ──その呼び方は、私だけのもの。
「殴った」
「は？誰を？」
殴った──殴った？
「あの」和井くんが？
暴力とは一切無縁で、如何なるトラブルも言葉で鎮めて、私への村八分すら言葉の力で軽減させたあの和井くんが誰かを殴ったと言うのか。
しかし喉に手をやってげほげほと咳き込む彼の口からは、確かに「殴った」という一言が飛び出したのだ。
俄には信じ難かったが、しかし嘘を吐くメリットも見当たらず──動揺を抑えながら続きを促せば、彼はぽつぽつと語り始める。
「あの…いたろ、クラスの人気者。郡、さんの勝手に机捨てたの、覚えてないか？」
「あぁ…いたわね、そんなのも」
「ホントに酷いヤツだったよ。人を虐めるのを何とも思ってなかった」
忘れようにも、忘れられない。
あのニヤニヤと下卑な笑みを浮かべるクラスの人気者は、校内に於いて私への攻撃を行う主犯格だった。
物を捨てる、隠す、殴る、下履きに画鋲を仕込む──彼の意のままにクラスメート達は動き、ありとあらゆる手段で私に嫌がらせを行ってきたのだ。
私に和井くんが裏切ったと教えたのも、彼の取り巻きだった筈だ。
(────あ、れ？)
そうして思い返してみれば、和井くんが居なくなってしまったのとほぼ同時期にあの人気者は入院していた気がする。
確か階段を踏み外したとかで、顔から落ちた結果鼻と腕の骨が折れた、そんな感じだった筈だ。
尤も私は和井くんが別れの言葉すら告げずに消えてしまった事がショックで、人気者の事など殆ど気にしていなかったが──もし。
もし和井くんが彼を殴った事であの村に居られなくなってしまったのだとしたら。
「ぶん殴ったんだ、アイツを」
「────！」
「思いっきり顔を殴ってやったら必死になって守ろうとするから、その腕も殴って──で、まぁ、そんな事したから村には居られなくなった」
「…そん、な」
此方の指も何本か折れたし良い事無しだ、と自嘲する和井くんに私はただ絶句するばかりだった。
だって、ああ、何て事を。
とんでもない思い違いをしていた。
彼は私を裏切ったりなんかしていない。
寧ろその逆、虐めの主犯に立ち向かおうとした結果出て行かなければならなくなっただけで、最後のその時まで私の為に戦っていたのに。
取り巻きの言葉を信じて見当違いな憎悪を募らせていた私が馬鹿だったのだ。
でも、何故？
「で、でもどうしてそんな事をしたのよ…？」
「…」
「和井は…和井くんは暴力を振るうような人じゃないでしょう…！？」
思わず溢れ出た激情が、殆ど怒声に近い声音となって彼を叩く。
違う、違う違う違う。
そんな事をしたくはないのに。
理由を知りたいだけなのに、決して怒りたい訳ではないのに、寧ろ私の思い違いを謝りたいのに──彼の肩を掴んで激しく揺さぶってしまう。
そうして、和井くんは戸惑うように視線を逸らして。
「…えって」
「え？」
「襲えって言われたんだ、ちーちゃんを」
答えを、紡ぎ始める。
頭の中が真っ白になった私を置き去りにして。
「所詮は小学生の言う事だから、襲うって言ったって胸を触るとか殴るとか精々その程度だったと思う。でも、カッてなって…止められなかった」
「────」
「まぁ、少しは打算があったけど。徹底的に暴力を振えば警察沙汰とか児童相談所が出てきてちーちゃんの事も暴露されるんじゃないかって。何かが変わるんじゃないかって」
「────」
「でも、結果は逆だったんだろ？ちーちゃんの様子を見れば分かるよ。寧ろ俺がやった事は虐めを悪化させただけだった」
ごめん、ごめんな、と声を震わせる彼を前にして、思う。
裏切り者は私だ。
彼が私を裏切ったのではなく、私が和井くんを裏切ったのだ。
にも関わらず、何と恥知らずで恩知らずな事か。
つい先程まで私は憎悪すら彼に向けていたのだから。
「──ごめんなさい」
「…何で、ちーちゃんが謝るんだよ。寧ろ謝るのは俺の方だろ」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…！」
わんわんと泣きじゃくりながら、彼の胸にすがりつきながら、私は決意を固める。
もうこれ以上、和井くんを誰にも傷付けさせたりはしない。
和井くんが誰かを傷付けるような真似もさせたりはしない。
私が、守るんだ──他の誰よりも強く、この命に替えてでも。
初出スレ：千景「ワイくん、いい加減誰かとくっつきなさい」ワイ「えっ」
>>107 二次元好きの匿名さん22/05/22 12:50:18
勇者部でお酒飲みに行くSS
「えー、それでは、伊予島さんの20歳の誕生日を祝いまして。かんぱーい」
「「「「「かんぱーい!!」」」」」
からん、と6つのグラスが重なる音が響く。
「……いやしかし、こうして皆で集まってお酒を飲める日が来るとはなぁ。あの頃の私に言っても信じてもらえなさそうだな」
皆の顔を一瞥しながら、懐かしむような表情で乃木若葉は呟いた。
その言葉に対して、郡千景は頷きながら同意を返す。
「ええ、ほんとにね。どこか間違えていたらこの場にいる誰かがいなかったかもしれない、そう考えると……」
「あーもうその話ストップ。二人ともその話し出すと止まらないんだから。今日は伊予島さんの誕生日なんだから楽しんでお酒でも飲みましょう」
二人の会話が陰気臭い方向に行きそうな予感を感じた青年はこれはまずいと慌てて方向の修正を図る。
「……そうだな。折角ワイが場所まで用意してくれたんだ、楽しまなくてはな」
「それにしてもワイさんがこんなお洒落なお店知ってるなんて私初めて知りましたよ」
「『Bar Techs』だっけ?タマもこういう店知ってたなんて初耳だぞ」
それに対し、ワイは後頭部を掻きながら恥ずかしそうに答える。
「いやまあ、大社の職員の人に教えてもらったんだけどね。お酒の飲み方もその人に教わったし」
「……その人、まさか女の人じゃないでしょうね」
「いや、男性だけど」「ならいいわ」「?」
一瞬千景に刺のある雰囲気が現れたような気がしたが、気のせいだろう。
ともあれ今日は全員20歳以上になった日。皆と初めてお酒を飲める日である。
先程から黙りこくってメニュー表を眺めていた高嶋友奈がゆっくりと悩みに眉をひそめた表情で顔を上げた。
「ワイく〜ん……私今日初めてお酒飲むから何が良いのか教えてくれないかな〜……?」
「ちょっとカクテルのメニュー貸して。……えーと、ジントニック、カピストラーノに、柳陰と……ああ、あった」
そう言って青年がメニューに羅列された文字の中から『カルーアミルク』とかかれたものを指差す。
「こういう甘いカクテルとかは飲みやすいと思うぞ」
「じゃあ私それにしようかな。ぐんちゃんはどうするの?」
「私は……そうね、ジェントルマンズショコラというのにしてみるわ。チョコレートが乗ってるやつ」
「私もそれにしよう。球子と杏は何にする?」
「あー、タマは悪いけどノンアルで。今日車で来てるんだ」
「私は身体弱いですし……弱めのカクテルがあればそれで」
全員がメニューを決めたことを確認すると、青年は店員にオーダーするためにゆっくりと右手を上げた。
▽
────甘い。
一口飲んで千景が真っ先抱いた感想はそれだった。
カフェオレのようなクリーミーな茶色をしたカクテルの上にスライスしたチョコレートが乗っているという見てくれからして甘いことは分かっていたのだが、想像よりもずっと甘かった。
同じものを頼んでいた若葉も僅かに驚いたような顔でカクテルを眺めている。
「このお酒甘くて美味しい……!!」
「口に合ったようでなにより。ただ余り飲みすぎないようにはしておいた方がいいぞ」
友奈の方もカルーアミルクに舌鼓を打っており、ワイの気遣いは成功を収めているようである。
「う〜苦いぃ〜……喉がジリジリする〜……無理ぃ……」
他方、弱めながらも甘くない普通のカクテルを頼んだ杏は渋い顔をしている。やはりお酒は苦手だったらしい。
「あんず、タマが飲んでやろうか……って車で来たからダメだったんだ」
「しょうがないな。ほら、俺のノンアルだから交換しよう」
「え、いや、その、ワイさん、間接キス……」
「? 俺のはまだ口付けてないから間接キスじゃないぞ?」
「いや、そういうことじゃなくって……あああ〜……」
まごまごと杏が言葉に詰まっている内にワイは杏のカクテルを取り上げて自分が頼んでいたアイスティーを杏に手渡し、杏が口を付けたカクテルに自分も口を付けた。
「大丈夫だって。俺はそれなりに酒には強いから……って杏、顔が赤いぞ?酔ったか?」
「はわ、はわわわ……」
(間接キスだ)(間接キスだな)(……羨ましい)(あんず凄い照れてるなー)
突然の事態に顔を紅くしていた杏だったが、ワイ以外の四人から視線が集中していることに気付くと、羞恥に耐えられずゆっくりと席を立った。
「ち、ちょっと私酔っちゃったかな?外の空気浴びてきますね……」
「大丈夫か?一人で行ける?」
「だ、大丈夫、ですっ!!」
ぎこちない上にふらふらと頼りない足取りで外に出ていく杏の姿を見送りながら、青年は心配そうな顔をして呟く。
「大丈夫かなぁ……?」
「……まああんずは平気だって言ってたし、大丈夫じゃないか?」
それもそうか、と青年が一瞬上げかけた腰を戻した時、ふと思い出したように球子が口を開いた。
「そういえば、二十歳って結婚適齢期とか言われてたよな?大社からの圧もこれから増してくるんじゃないのか?」
「ああ、アレか……」
「ワイが開拓を理由にして諏訪に逃げたやつね」
「いや誰だって逃げたくなるよ……今まで友達だと思ってたのがいきなり婚約者だなんて。それも5人も」
「まあ確かにそうだけどな……」
「でも何も言わずにいなくなるのは言って最低よ、ワイ」
「はい……」
がっくりと項垂れるワイ。
普段からは想像できないその情けない姿を酒の肴にしながら談笑する皆。しかし、あることに気付いた若葉が声を上げた。
「友奈がさっきから黙ったままなんだがどうしたんだ?」
「そういえば、会話にも入ってこなかったな」
あの快活で人懐っこい友奈が会話に入ってこないなんてあっただろうか。
一抹の不安を抱えた勇者部一同が先程から俯いたままの友奈へと視線を向け、同時に友奈も酔いで真っ赤になった顔を上げた。
「……ひっく……うぃ〜……ひっく」
「……これ、ほろ酔いなんてものじゃないわよね」
「ベロンベロンだぁ」
「これはまずいな、ワイ。友奈を一旦外の空気に当ててきた方がいい」
「ああ、そうだな……」
友奈の泥酔っぷりに皆が心配している中、しゃっくりを繰り返しながら据わった目で一同を眺めていた友奈であったが、ふと自分が来ていたカーディガンに手をかけるとおもむろに脱ぎだした。
「あ〜つ〜い〜……」
「ヤバいこの娘脱ぎ上戸だっ!!乃木さん、友奈を早く外へ!!」
「えっ、あっ、分かった!!」
果たしてワイの予想は的中し、カーディガンの下の服まで脱ぎだそうとした友奈の両手を慌てて若葉が掴んで止める。
「なんでとめるの〜若葉ちゃ〜ん〜ひっく」
「ああこら、暴れるな友奈……胸を揉むな!!」
じたばたともがく友奈を抑えながら店の外にでていく若葉を見送った後、今度は球子が席を立つ。
「うーん、あんずのやつ帰ってこないなぁ……ちょっと心配になってきたからタマも外出てっていいか?」
「ああ、俺とちーちゃんはここで呑んでるから。行ってきな」
ワイの言葉に甘んじて友奈達の後を追うように球子も出ていき───そして、ワイと千景は二人っきりになった。
「……二人っきりになっちゃったな、杏の誕生日なのに」
「……」
杏と交換したカクテルを一口飲んで、青年は寂しげに呟く。
千景はそれに対して無言を貫き、若干ながらも重い空気が流れ出し始める。
「……あのさ。俺、皆のこといやらしい目で見れないんだよね」
ぽつぽつと、ワイは重い口を開く。
「昔からの付き合いだから勇者部の皆のこと家族のように思ってたからさ。いきなりそのー、なんだ……そういう関係になれと言われてもって感じだしさ。なにより……あの村のことを思い出す」
千景とワイがかつていた場所。千景が虐げられていた場所。それを止めようとワイが短慮を起こし、追放された場所。
思い出したくもない記憶にわずかに顔を暗くしながら彼は言葉を紡ぐ。
「ちーちゃんは知らなかっただろうけどさ、あの村にはちーちゃんを『そういう目』で見てる奴らもいたんだよ。端から見てるだけでも反吐が出そうだった。だからさ、なんというか、そういうことに嫌悪感を抱くようになっちゃったのかな?」
自嘲するように笑いながら、もう一口お酒を含む。
苦く、アルコールの独特の風味が口の中に広がる。
それから、ワイは俯いて申し訳なさそうに呟く。
「……だからごめん。俺は、俺には……」
その後に続くワイの言葉は、細く白い両手がテーブルを叩きつける音にかき消された。
突然の事態に青年が目を見開く中、ゆっくりと目の前に座っていた千景が立ち上がり、ワイの元まで歩いていく。
その顔は、先程の友奈と同じように酒精で紅く彩られていた。
「ち、ちーちゃん、まさか酔って「酔ってないわ」
ワイの言葉を遮るようにして千景はワイの隣に座ると、彼の両頬を掴み、軽く引っ張る。
「ワイ……貴方バカなの?ねぇ、バカなの?」
「いでででで、なんで二度も……」
「大事なことだからよ」
引っ張っていた頬から指を離し、今度はワイの顔を掴んで自分の顔から目を離せないようにすると、千景はため息を吐く。
「別に今さらそんなことで嫌いにならないわ。私が怒ってるのは、ワイが私にそういうことしても村の奴らと同類にはならないってことを分かってないことよ」
じっと真剣な眼差しでこちらを見据える千景の目に圧倒され、ワイは言葉を出すことも出来ない。
「あなたはあの村にいた私を一人の人間として見て、そして行動を起こしてくれた。あれがなければ、私はあの村だけじゃなくていずれ人そのものも憎むようになっていたかもしれない。あるいは───この場にいられなかったかもしれない」
そこで、ふっと千景の表情に優しく笑みが浮かぶ。
「他の皆だって貴方に救われてる部分もあるのよ、貴方が知らないうちに。それに───貴方がいやらしい目で見れなくても、私の方がいやらしい目で見るかもしれないわね」
自分は酔ってしまったようだ、とワイは朧気に思う。
普段の千景からは考えられないような妖艶な雰囲気を感じる。
服から僅かに見える鎖骨の辺りからはえもいわれぬ美しさが見て取れる。
そして彼女の姿に、己の心臓が高鳴っている。
言い終わった後、はっとした様子で千景はワイから離れた。
「ごめんなさい……嫌いになったわよね、こんなこと言ったら」
その時、ワイの身体が無意識のままに動いた。
僅かに俯いた千景の顎を指で軽く上げ、彼女が驚き声を上げる暇もなくその桃色の唇に己の唇を重ね合わせる。
一秒か、あるいは二秒か。
どちらにせよ、その一瞬は二人にとっては永遠に近いように感じられた。
「嫌いになるわけないだろ、ちーちゃん」
「……和井……」
「こんな情けない男だけど、どうか……一生側に居てくれますか?」
「───勿論」
瞬間───ガタタッ、と音がすると、カウンターの陰から外へ出ていった杏達が転げ出てきた。
「ヒューヒュー!!やったなー千景ー!!」
「ああもう、あとちょっと見てたかったのに〜……若葉さんどうして友奈さんまで連れて来ちゃったんですかぁ」
「いや泥酔してる女性を一人に出来る訳がないだろう。それに、当初の目的は達成したようなものだ」
「うあ〜……世界が回るぅ〜……」
「な……なんで皆ここにいるの!?さっき出ていったはずじゃ……」
顔を紅くして野次馬四人を問い詰める千景。その顔が先程より紅くなっているのは、酔いではなく先程のやりとりを見られていた羞恥からだろう。
「いや、実はな?杏主導でお前達をくっ付けようという計画が上がってだな……私は乗り気じゃなかったんだが……」
「若葉さんも賛成してたじゃないですか!!」
「……それで?」
「前々から千景がワイのこと昔から好きなのは皆分かってたからなー。取り敢えず酒に酔ったふりして少しずつ出ていって二人きりにして、酒の酔いであわよくば……みたいな?」
「そうなのか……」
「そうだぞ?なんせ大社から皆の縁談話が持ち上がった時なんかな……」
「───土居さん、伊予島さん、そして、乃木さん?」
ふっと放たれた冷ややかな言葉が、三人の勇者の背筋を凍らせた。
発言者は、当然ながら郡千景である。
酔いで赤くなった顔はそのままだが、その眼は顔色とは正反対に明らかに冷徹なものになっている。
「私とワイの為に気遣いをしてくれたのはありがとう。それでも、それを見学するのは趣味が悪いわよね?伊予島さんに至っては私とワイの言葉をメモに取ってるようだし」
「ぎくっ」
パラパラと、杏が後ろ手に隠していた白いメモが数枚こぼれ落ちた。
「ああいえ、私は怒ってないわ。ええ、至って冷静よ」
ゆっくりと席を立つ千景。立ち上がるために掴んだテーブルがミシミシ音を立てているのはきっと幻聴なのだろう。そう思いたい。
「あ、あの……その、千景……」
「高嶋さんは酔い潰れているから後にするとして……そういえば、人の恋に首を突っ込む輩はなんとやらと言ったわね」
千景が震える三人の前に立ちはだかる。
「───ああ、そうそう。思い出した」
後に三人はこの時のことを口を揃えてこう言う。
「人の恋に首を突っ込む輩は……馬に蹴られて死んでしまえっ!!」
後にも先にも、人間相手に死を覚悟したのはこの瞬間だけだったと。
「「「ごめんなさい出来心なんです許してえええええ!!」」」
夜はまだ、始まったばかりである。
「えー、それでは、伊予島さんの20歳の誕生日を祝いまして。かんぱーい」
「「「「「かんぱーい!!」」」」」
からん、と6つのグラスが重なる音が響く。
「……いやしかし、こうして皆で集まってお酒を飲める日が来るとはなぁ。あの頃の私に言っても信じてもらえなさそうだな」
皆の顔を一瞥しながら、懐かしむような表情で乃木若葉は呟いた。
その言葉に対して、郡千景は頷きながら同意を返す。
「ええ、ほんとにね。どこか間違えていたらこの場にいる誰かがいなかったかもしれない、そう考えると……」
「あーもうその話ストップ。二人ともその話し出すと止まらないんだから。今日は伊予島さんの誕生日なんだから楽しんでお酒でも飲みましょう」
二人の会話が陰気臭い方向に行きそうな予感を感じた青年はこれはまずいと慌てて方向の修正を図る。
「……そうだな。折角ワイが場所まで用意してくれたんだ、楽しまなくてはな」
「それにしてもワイさんがこんなお洒落なお店知ってるなんて私初めて知りましたよ」
「『Bar Techs』だっけ?タマもこういう店知ってたなんて初耳だぞ」
それに対し、ワイは後頭部を掻きながら恥ずかしそうに答える。
「いやまあ、大社の職員の人に教えてもらったんだけどね。お酒の飲み方もその人に教わったし」
「……その人、まさか女の人じゃないでしょうね」
「いや、男性だけど」「ならいいわ」「?」
一瞬千景に刺のある雰囲気が現れたような気がしたが、気のせいだろう。
ともあれ今日は全員20歳以上になった日。皆と初めてお酒を飲める日である。
先程から黙りこくってメニュー表を眺めていた高嶋友奈がゆっくりと悩みに眉をひそめた表情で顔を上げた。
「ワイく〜ん……私今日初めてお酒飲むから何が良いのか教えてくれないかな〜……?」
「ちょっとカクテルのメニュー貸して。……えーと、ジントニック、カピストラーノに、柳陰と……ああ、あった」
そう言って青年がメニューに羅列された文字の中から『カルーアミルク』とかかれたものを指差す。
「こういう甘いカクテルとかは飲みやすいと思うぞ」
「じゃあ私それにしようかな。ぐんちゃんはどうするの?」
「私は……そうね、ジェントルマンズショコラというのにしてみるわ。チョコレートが乗ってるやつ」
「私もそれにしよう。球子と杏は何にする?」
「あー、タマは悪いけどノンアルで。今日車で来てるんだ」
「私は身体弱いですし……弱めのカクテルがあればそれで」
全員がメニューを決めたことを確認すると、青年は店員にオーダーするためにゆっくりと右手を上げた。
▽
────甘い。
一口飲んで千景が真っ先抱いた感想はそれだった。
カフェオレのようなクリーミーな茶色をしたカクテルの上にスライスしたチョコレートが乗っているという見てくれからして甘いことは分かっていたのだが、想像よりもずっと甘かった。
同じものを頼んでいた若葉も僅かに驚いたような顔でカクテルを眺めている。
「このお酒甘くて美味しい……!!」
「口に合ったようでなにより。ただ余り飲みすぎないようにはしておいた方がいいぞ」
友奈の方もカルーアミルクに舌鼓を打っており、ワイの気遣いは成功を収めているようである。
「う〜苦いぃ〜……喉がジリジリする〜……無理ぃ……」
他方、弱めながらも甘くない普通のカクテルを頼んだ杏は渋い顔をしている。やはりお酒は苦手だったらしい。
「あんず、タマが飲んでやろうか……って車で来たからダメだったんだ」
「しょうがないな。ほら、俺のノンアルだから交換しよう」
「え、いや、その、ワイさん、間接キス……」
「? 俺のはまだ口付けてないから間接キスじゃないぞ?」
「いや、そういうことじゃなくって……あああ〜……」
まごまごと杏が言葉に詰まっている内にワイは杏のカクテルを取り上げて自分が頼んでいたアイスティーを杏に手渡し、杏が口を付けたカクテルに自分も口を付けた。
「大丈夫だって。俺はそれなりに酒には強いから……って杏、顔が赤いぞ?酔ったか?」
「はわ、はわわわ……」
(間接キスだ)(間接キスだな)(……羨ましい)(あんず凄い照れてるなー)
突然の事態に顔を紅くしていた杏だったが、ワイ以外の四人から視線が集中していることに気付くと、羞恥に耐えられずゆっくりと席を立った。
「ち、ちょっと私酔っちゃったかな?外の空気浴びてきますね……」
「大丈夫か?一人で行ける?」
「だ、大丈夫、ですっ!!」
ぎこちない上にふらふらと頼りない足取りで外に出ていく杏の姿を見送りながら、青年は心配そうな顔をして呟く。
「大丈夫かなぁ……?」
「……まああんずは平気だって言ってたし、大丈夫じゃないか?」
それもそうか、と青年が一瞬上げかけた腰を戻した時、ふと思い出したように球子が口を開いた。
「そういえば、二十歳って結婚適齢期とか言われてたよな?大社からの圧もこれから増してくるんじゃないのか?」
「ああ、アレか……」
「ワイが開拓を理由にして諏訪に逃げたやつね」
「いや誰だって逃げたくなるよ……今まで友達だと思ってたのがいきなり婚約者だなんて。それも5人も」
「まあ確かにそうだけどな……」
「でも何も言わずにいなくなるのは言って最低よ、ワイ」
「はい……」
がっくりと項垂れるワイ。
普段からは想像できないその情けない姿を酒の肴にしながら談笑する皆。しかし、あることに気付いた若葉が声を上げた。
「友奈がさっきから黙ったままなんだがどうしたんだ?」
「そういえば、会話にも入ってこなかったな」
あの快活で人懐っこい友奈が会話に入ってこないなんてあっただろうか。
一抹の不安を抱えた勇者部一同が先程から俯いたままの友奈へと視線を向け、同時に友奈も酔いで真っ赤になった顔を上げた。
「……ひっく……うぃ〜……ひっく」
「……これ、ほろ酔いなんてものじゃないわよね」
「ベロンベロンだぁ」
「これはまずいな、ワイ。友奈を一旦外の空気に当ててきた方がいい」
「ああ、そうだな……」
友奈の泥酔っぷりに皆が心配している中、しゃっくりを繰り返しながら据わった目で一同を眺めていた友奈であったが、ふと自分が来ていたカーディガンに手をかけるとおもむろに脱ぎだした。
「あ〜つ〜い〜……」
「ヤバいこの娘脱ぎ上戸だっ!!乃木さん、友奈を早く外へ!!」
「えっ、あっ、分かった!!」
果たしてワイの予想は的中し、カーディガンの下の服まで脱ぎだそうとした友奈の両手を慌てて若葉が掴んで止める。
「なんでとめるの〜若葉ちゃ〜ん〜ひっく」
「ああこら、暴れるな友奈……胸を揉むな!!」
じたばたともがく友奈を抑えながら店の外にでていく若葉を見送った後、今度は球子が席を立つ。
「うーん、あんずのやつ帰ってこないなぁ……ちょっと心配になってきたからタマも外出てっていいか?」
「ああ、俺とちーちゃんはここで呑んでるから。行ってきな」
ワイの言葉に甘んじて友奈達の後を追うように球子も出ていき───そして、ワイと千景は二人っきりになった。
「……二人っきりになっちゃったな、杏の誕生日なのに」
「……」
杏と交換したカクテルを一口飲んで、青年は寂しげに呟く。
千景はそれに対して無言を貫き、若干ながらも重い空気が流れ出し始める。
「……あのさ。俺、皆のこといやらしい目で見れないんだよね」
ぽつぽつと、ワイは重い口を開く。
「昔からの付き合いだから勇者部の皆のこと家族のように思ってたからさ。いきなりそのー、なんだ……そういう関係になれと言われてもって感じだしさ。なにより……あの村のことを思い出す」
千景とワイがかつていた場所。千景が虐げられていた場所。それを止めようとワイが短慮を起こし、追放された場所。
思い出したくもない記憶にわずかに顔を暗くしながら彼は言葉を紡ぐ。
「ちーちゃんは知らなかっただろうけどさ、あの村にはちーちゃんを『そういう目』で見てる奴らもいたんだよ。端から見てるだけでも反吐が出そうだった。だからさ、なんというか、そういうことに嫌悪感を抱くようになっちゃったのかな?」
自嘲するように笑いながら、もう一口お酒を含む。
苦く、アルコールの独特の風味が口の中に広がる。
それから、ワイは俯いて申し訳なさそうに呟く。
「……だからごめん。俺は、俺には……」
その後に続くワイの言葉は、細く白い両手がテーブルを叩きつける音にかき消された。
突然の事態に青年が目を見開く中、ゆっくりと目の前に座っていた千景が立ち上がり、ワイの元まで歩いていく。
その顔は、先程の友奈と同じように酒精で紅く彩られていた。
「ち、ちーちゃん、まさか酔って「酔ってないわ」
ワイの言葉を遮るようにして千景はワイの隣に座ると、彼の両頬を掴み、軽く引っ張る。
「ワイ……貴方バカなの?ねぇ、バカなの?」
「いでででで、なんで二度も……」
「大事なことだからよ」
引っ張っていた頬から指を離し、今度はワイの顔を掴んで自分の顔から目を離せないようにすると、千景はため息を吐く。
「別に今さらそんなことで嫌いにならないわ。私が怒ってるのは、ワイが私にそういうことしても村の奴らと同類にはならないってことを分かってないことよ」
じっと真剣な眼差しでこちらを見据える千景の目に圧倒され、ワイは言葉を出すことも出来ない。
「あなたはあの村にいた私を一人の人間として見て、そして行動を起こしてくれた。あれがなければ、私はあの村だけじゃなくていずれ人そのものも憎むようになっていたかもしれない。あるいは───この場にいられなかったかもしれない」
そこで、ふっと千景の表情に優しく笑みが浮かぶ。
「他の皆だって貴方に救われてる部分もあるのよ、貴方が知らないうちに。それに───貴方がいやらしい目で見れなくても、私の方がいやらしい目で見るかもしれないわね」
自分は酔ってしまったようだ、とワイは朧気に思う。
普段の千景からは考えられないような妖艶な雰囲気を感じる。
服から僅かに見える鎖骨の辺りからはえもいわれぬ美しさが見て取れる。
そして彼女の姿に、己の心臓が高鳴っている。
言い終わった後、はっとした様子で千景はワイから離れた。
「ごめんなさい……嫌いになったわよね、こんなこと言ったら」
その時、ワイの身体が無意識のままに動いた。
僅かに俯いた千景の顎を指で軽く上げ、彼女が驚き声を上げる暇もなくその桃色の唇に己の唇を重ね合わせる。
一秒か、あるいは二秒か。
どちらにせよ、その一瞬は二人にとっては永遠に近いように感じられた。
「嫌いになるわけないだろ、ちーちゃん」
「……和井……」
「こんな情けない男だけど、どうか……一生側に居てくれますか?」
「───勿論」
瞬間───ガタタッ、と音がすると、カウンターの陰から外へ出ていった杏達が転げ出てきた。
「ヒューヒュー!!やったなー千景ー!!」
「ああもう、あとちょっと見てたかったのに〜……若葉さんどうして友奈さんまで連れて来ちゃったんですかぁ」
「いや泥酔してる女性を一人に出来る訳がないだろう。それに、当初の目的は達成したようなものだ」
「うあ〜……世界が回るぅ〜……」
「な……なんで皆ここにいるの!?さっき出ていったはずじゃ……」
顔を紅くして野次馬四人を問い詰める千景。その顔が先程より紅くなっているのは、酔いではなく先程のやりとりを見られていた羞恥からだろう。
「いや、実はな?杏主導でお前達をくっ付けようという計画が上がってだな……私は乗り気じゃなかったんだが……」
「若葉さんも賛成してたじゃないですか!!」
「……それで?」
「前々から千景がワイのこと昔から好きなのは皆分かってたからなー。取り敢えず酒に酔ったふりして少しずつ出ていって二人きりにして、酒の酔いであわよくば……みたいな?」
「そうなのか……」
「そうだぞ?なんせ大社から皆の縁談話が持ち上がった時なんかな……」
「───土居さん、伊予島さん、そして、乃木さん?」
ふっと放たれた冷ややかな言葉が、三人の勇者の背筋を凍らせた。
発言者は、当然ながら郡千景である。
酔いで赤くなった顔はそのままだが、その眼は顔色とは正反対に明らかに冷徹なものになっている。
「私とワイの為に気遣いをしてくれたのはありがとう。それでも、それを見学するのは趣味が悪いわよね?伊予島さんに至っては私とワイの言葉をメモに取ってるようだし」
「ぎくっ」
パラパラと、杏が後ろ手に隠していた白いメモが数枚こぼれ落ちた。
「ああいえ、私は怒ってないわ。ええ、至って冷静よ」
ゆっくりと席を立つ千景。立ち上がるために掴んだテーブルがミシミシ音を立てているのはきっと幻聴なのだろう。そう思いたい。
「あ、あの……その、千景……」
「高嶋さんは酔い潰れているから後にするとして……そういえば、人の恋に首を突っ込む輩はなんとやらと言ったわね」
千景が震える三人の前に立ちはだかる。
「───ああ、そうそう。思い出した」
後に三人はこの時のことを口を揃えてこう言う。
「人の恋に首を突っ込む輩は……馬に蹴られて死んでしまえっ!!」
後にも先にも、人間相手に死を覚悟したのはこの瞬間だけだったと。
「「「ごめんなさい出来心なんです許してえええええ!!」」」
夜はまだ、始まったばかりである。
コメントをかく